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マスター:望月誠司
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2015/02/06


みんなの思い出



オープニング

 鹿砦夏樹は通り名だ。
 魔の世界に生きる人外の名だ。
 人であった頃の名は既に捨てた。
 初めは逆茂木ナキツとでも名乗ろうと思ったが、友人に「逆茂木だとストレート過ぎるので、鹿角砦とか鹿砦などはどうです?」と言われて、そちらの方が響きが良いかと鹿砦にした。ついでで名前もナツキとなって、当て字で夏樹とした。
 友人に言われた場所へと赴くと、異形の魔物たちが鹿砦夏樹を出迎えてくれた。
 が、
「はぁぁぁぁぁぁぁ?! お主がメタフラストの代わりじゃとお?!」
 背は小さいが胸と態度だけはやたらと大きい桃色ナース服姿のお姉さんが叫んだ。彼女は四獄鬼というものの一人らしい。
 いわゆる「悪の女幹部」という奴だろうか? と、朝にやっていたアニメを振り返りつつ、鹿砦夏樹はそんな事を思う。
「……ロクサイナツキ、お主は、歳、幾つなのぢゃ?」
「十歳よ」
「外見年齢じゃなくて実年齢がかのぅ?」
「うん」
 ヨハナと名乗った鹿砦より五つ程度年上そうな金髪のお姉さんは、盛大に笑顔をひきつらせつつも、猫を撫でるように柔らかい声音でさらに問いかけてきた。
「…………ロクサイよ、あの『ジャリ=オン・タワケラスト』少将サマは妾達に対して何かゆーとったかな?」
「シャリオン君のこと?」
 友人の少年の名前はジャリではなかった筈だけど、と小首を傾げつつ鹿砦はあたりをつけて答える。
「『義理は果たしました、悪しからず』だって」
 目の前のお姉さんの目が一気に釣りあがった。
「ふ、ふざけんなドタワケがぁ!! あやつが妾達四獄鬼の頭(かしら)じゃろおぉおおお?!」
 周囲の異形達がビクリ、と身を震わせたが、鹿砦はなんだかよく解らなかったのでぼんやりとそれを見上げていた。
「こんなホントのホントの小娘をっ! 供もつけずに送り込んできてっ! 義理は果たしましたって! それどういう了見なのじゃああああ?! 色々無責任過ぎじゃろぉおおおおおおおおっ?!」
 お姉さんは絹のように奇麗な白金の髪を両手でがしがしと掻き毟り、
「うぐぐぐぐぐぐ、プロホロフカ・デビルの掟に一つ! 『汝真に自由たれ、汝が欲する事をせよ』! うむ掟通り! さすがは妾達の頭よッ!! 惚れ惚れするほどに鑑っ! あの悪魔めぇええええええっ!!」
 お姉さんはじったんじったんと地面を踏みつけている。
「子供扱いはしなくて良いわ」
 鹿砦はクールに胸を張って言った。
「あたし、ご近所でも『妹さん大人びてるのね』って評判だったんだから!」
「さ、さよかえ……」
 お姉さんは疲れ果てたようにがくりと首を垂れると、
「うぅ……レイガー、レイガー、ウルヴァリンよぉ、曲がりなりにもこやつあやつのたぶん初ヴァニタスじゃし、この娘がやられそうになったらあやつが飛んで助けにきてくれる、とかいう展開はないかのぅ?」
「はぁああっ?! ……ああ、ええ、だったらあっし等としちゃ楽出来るんですがねぇ」
 異形達のうちの一人、狼男さんは野太い声で何故か盛大に笑った。
「しっかしヘルキャット、あっしの首を獲りたいランキング目下の所第一位の鬼神さまが、そんな過保護な男だったら、そもそもにこのお嬢ちゃんを、たった一人でここへ送り込んできますかねぇ? テメェで言うのもなんですが、あっしら個人主義者どもの集まりですぜ。あの鬼将、そこで死ぬならそれまでだ、ってスタンスじゃないですかね」
「そーじゃよねー…………ロクサイ嬢、お主、なんでヴァニタスになったのじゃ? のじゃ? というか、なれたのじゃ?」
「あたしは強くなりたいの」
 鹿砦はヨハナを見据えて言った。
「色々あったけど、人間辞めても強くなりたいっていったらシャリオン君がしてくれたの。ここでお仕事すれば、もっと強くなれるんでしょう? どうか、お仕事ください、しっかりやります」
 ブロンドお姉さんと狼お兄さんは顔を見合わせた。
「…………強く、強く、強くねぇ」
「はは、どっかで聞いた話ですな。末は都市伝説ですか。こりゃますますもって放置主義だ」
 とレイガーレイガー・ウルヴァリンと呼ばれた狼が笑う。
「はぁ……覚悟はできとるんじゃろーな? 妾たちゃー悪魔じゃぞ? 覚悟はできとるんじゃろうな? 覚悟はできとるんじゃろうな? 悪魔のお仕事が一体どんなものなのか、わかっていっとるんじゃろうな?」
「してきたわ。できているわ。清く正しく美しく、心優しく生きた、けれどもか弱かった女の最期が、どんなものだったのか、あたしは知っている。それはそれできっと尊くて素敵なものなのかもしれないけれど、あたしはああいう死に方だけは絶対にしないと誓ったの。周囲と手を取り合って日々感謝しながら生きる、素敵ね、でもそれ生かすも殺すも周囲の、運命次第じゃない。あたしは、運命を、どんな理不尽が相手だろうと捻じ伏せて生きたいの、己を脅かす嵐が迫り来るなら、独りでだって消し飛ばして生きる女になりたいの。だから強くなりたいの。アウルがあれば撃退士になったかもしれないけど、ないんじゃ仕方ない。だからあたしはシャリオン君に頼んで人を辞めたの」
「ふぅん……」
 お姉さんは鹿砦を見た。
「ま、理由は了解したのじゃよ。ちょうど今は目立てぬ時期じゃからな。やってもらいたい仕事はある。お主がやれるというなら、都合は良い。一つ己を試してみるかえ?」
「なんだってやってみせるわ。有難う、ヨハナ様」

●新たな始まりは密やかに?
 富士山を南に見る山梨県の某市では今年に入って市民や撃退署員の行方不明者が相次いでいた。
 と、同時に――
「人魂ぁ?」
 撃退署の若き男性職員、田岳頼虎(でんがくよりとら)が缶珈琲片手に素っ頓狂な声をあげる。少し長めの黒髪の、怜悧そうな顔立ちの長身の美青年である。
「なんです、それ?」
「市民の間で噂になっててなぁ」
 顔に皺を刻んだ中年の署員は紫煙を燻らせつつ、人差し指を伸ばし、すっ、と宙を横切らせる。
「夜になると白い拳大の塊がすぅっと街の宙を翔けてゆくんだそうだ。目撃証言が幾つもあがっている」
「……天魔事件、ですかね」
「恐らくはな。近頃はぁ、超常現象が平然とまかり通る世の中で、困ったもんだよ、ほんと」
 そんな訳で撃退署では久遠ヶ原に人員の応援を頼みつつ、幾つかのチームを作って謎の人魂を追う事とした。
「――出た、人魂だ!」
 深夜、警邏に出た頼虎は撃退士達と共に人通りの消えた田舎の街の漆黒の空を十数の白い光の群れが飛んでゆくのを目撃する。
「追うぞ!」
 光球の速度、時速にして八十キロ程度だろうか。一同は追って、なんとか見失わずに済んだが、光球は廃ビルの中へと飛び込んでゆく。
 撃退士達は一階から固まって踏み込み、調査を進めてゆく。
 五階のフロアに踏み込んだ時、撃退士達は巨大な異形の姿を目撃した。
「……なんだっ?」
 それは一つ直径一メートルはあろうかという八つの巨大な目玉の集合体から、無数の触手を生やした悪魔的生物だった。
 そして、
「た、助けてぇ……」
 歳の頃は十歳程度だろうか、幼い童女が触手の一本に胴を締められ掲げあげられていた。
「市民だ! 救助しなければ!」
 男が駆け出し、
『ウゴクナ! ウゴクト、コノムスメ、コロス! ジット、シテロ!』
 化け物は何処かから奇怪な声質で言葉を発し、撃退士達に命令する。
「くっ、なんて事だ……!」
 頼虎は凍りついたように動かなくなったのだった。


リプレイ本文

 窓から差す月明かりが廃ビル内の冷えた暗闇を照らしている。
 化け物から制止の声が響いていたが、鴉守 凛(ja5462)は勢い余った風を装って、田岳頼虎より一歩前――つまり最前列――に出た。
『ウゴクナト、イッテイル!』
 闇の中に浮かび上がる、直径一メートルはあろうかという巨大な目玉達が一斉に動きぎょろりと凛を睨みつける。
「……そう、睨まずとも……もう動きませんよ……」
 茶色の髪の女はしれっと言った。
(多少は近づけましたかねぇ)
 声に出さず胸内でそんな事を呟く。
「人質を取るとは、卑怯極まりないですね。相応の罰が下りますよ?」
(一体どうやってしゃべっているのかしら?)
 或瀬院 由真(ja1687)とクリスティーナ アップルトン(ja9941)も間合いを計っているが、二人はすぐに前進を止めていた。化け物は部屋の中央に陣取っていたので、一歩を踏み込めば既に一手で詰められる間合いだったからだ。
(人魂を追って行った先には冥魔と人質――)
 小田切ルビィ(ja0841)は漆黒の触手を生やす巨大な目玉の集合体の化け物とそして人質の童女を観察していた。
 巨大な眼球の集合体、光沢のある白い球体、黒目は黒曜石のように、しかし中央のそれだけは赤かった、周囲の空間より仄かな光が引き寄せるように流動している。目玉達に体躯はなく――いや、それ自体が体躯なのかもしれなかった――黒くぬめるおぞましき無数の触手が蠢き、九つの眼球を支えている。
(今年に入ってからの市民や撃退署員の行方不明事件の犯人はコイツ等って訳か……)
 黒触手に胴を絡められ盾にするように掲げられている人質の童女は十歳程度の年齢に見えた。身長およそ130cm程、小さい。黒髪を後頭部で結い上げ、袖の長いブラウンのドレスシャツに成長期途上の薄い小柄な身を包み、デニムのショートパンツに白黒横縞の腿丈靴下と頑丈そうな半長靴をはいている。
(妙だな)
 銀髪の青年はその名を体現する紅玉の如き赤瞳を鋭く細め、疑念の光を燻らせた。
 狩野 峰雪(ja0345)は咄嗟に背後にナナシ(jb3008)を庇いつつ、彼もまた違和感を覚えていた。
(ふむ……この季節に随分と薄着に見えるけれど、随分と顔色が良いね)
 幼く愛らしい造作の人質童女は、声音や表情は弱々しくすっかり脅えきって助けを求めている様子だった。だが、どうにも血色が良過ぎる。
 精神的な圧迫や、気温を考慮するならば、顔色は青ざめているのが自然ではないだろうか? 無論、気質や体質などもあるから、それは絶対ではないが。しかし、
(日中に拐われたなら通報がきているはずだし、夜間になら女の子が出歩く時間ではない)
 五十後半に見える男の胸に疑念がよぎってゆく。
(他に保護者と思われる人質は無し、ってか? ……こんな夜更けに廃ビルで子供が一人。どう考えても罠臭ェが……)
 とルビィ。何処から拉致して来た事も考えられたが、どうもひっかかる。
 他方、
「……まさか、茂木月菜か? 今迄どこに?」
 天野 天魔(jb5560)は愕然とした調子で声をあげていた。妹の顔を直接見た事はないのだが、顔立ちが非常に姉と良く似ている。無論、似ているだけで、他人の空似かもしれなかったが。
 天野に声をかけられた人質童女は、しかし自分に呼びかけられているとは気付いていない様子だった。反応せず変わらず脅えた表情をしている。
 天野は頼虎へと「阻霊符を切れ」と思念を飛ばした。思念を受けた頼虎は一瞬戸惑ったが、すぐに阻霊を停止する。
 そんな最中、
(あの人魂はどこに行ったんだろう……?)
 と九歳程度に見える童子、郷田 成長(jb8900)は小首を傾げていた。
 出動する前に初老の男と若い撃退署員が交わしていた言葉を思い出す。

――人魂ってことは、悪魔が魂を集めているのかな?
――なんとも。断定は出来ませんが、その可能性もあります。
――人魂が飛ぶ様子は冥魔のゲートが支配領域内の人間から魂を剥ぎ取り吸い出した時に似ている……光球の大きさに差異があるようだけどね。最近、人魂が飛んだ日に、近辺の住民に異常はなかったかな?
――ゲートですか……人魂が飛んだ後は、失踪者、行方不明者の報告が増えます。なので、市民は脅えているようです。

 冥魔の関与が疑われているようだった。
 一応、敵の不意打ちにも気をつけたほうがいいのかな、と茶髪緑眼の少年は、周囲にそれとなく視線を配り警戒してゆく。動きはしない。人質の身が心配なので素直にじっとしていた。「人を助けるのが撃退士だ」と、かつて成長の兄は言っていた。故に、人質を助けるのが少年にとって一番大事なことだったのである。
「大丈夫ですかねえ」
 凛は頼虎へと囁いた。
「……市民の命が第一だ。あまり無茶をしないでくれ」
 すると、若き撃退署署員からはそんな無理矢理搾り出したような乾いた声音が返ってきた。
(……どう、判断したものかな……)
 女は胸中で小首を傾げる。急停止した青年が既に何か状態異常にかかってないか案じて声をかけてみたのだが、その苦しそうな声音は既に何かの影響下にあるのか、それとも単に凛の先程の踏み込みに人質が心配で心臓ドッキドキなのか、判別がつかない。
「最近の人魂騒ぎや行方不明者多発はお前の仕業か?」
 天野天魔がストレイシオンを召喚して奇声をあげさせながら――大胆な行動である――中央の赤い巨大目玉を睨んで問いかける。
『……! コノムスメ、イノチ、イラナイ、ノカ?』
 胴へ回した触手の締め付けを強くしつつ、化け物は童女を掲げる。童女は苦悶の声をあげてジタバタと脚を動かした。
「待て。そちらは召喚するなとは言っていなかったろう。安心しろ、召喚獣も動かさんよ。それで、お前の目的はなんだ?」
『コタエル、ギム、ナイ』
 他方、狩野の背後に回っていたナナシは、先程、凛へと九つの目玉の注意が集まっていた刹那の時に、男の背と闇に隠れて物質透過を発動していた。阻霊符が発動していたので、その際は透過できなかったが、頼虎が天野からの意思疎通で阻霊符を切ったので、その後に現世の物質を潜り抜ける事に成功していた。
 時空の断層を異なえたが如くに、はぐれ悪魔の童女の身が冷たい廃ビルのコンクリートに沈んですり抜け、五階フロアの真下の四階フロアへと出る。
(さてと)
 五階フロアと似たような、がらんとした空間に着地したナナシは背から闇の翼を広げる。
「動くな、ってことは、動かれると困るのかな? まだ魂の回収が終わってないとか……?」
 五階フロア、狩野が大目玉達へと疑問を投げかけている。
 吸魂の為かどうかは解らないが、うっすらと仄かな光が周囲の空間より中央の巨大な目玉に集まってきているのが見て取れた。
『ナンノ、コトカナ』
 目玉達がぎょろりと狩野を睨む。
「邪魔はしないから、どうぞごゆっくり――お嬢さんは、いつから此処に……? 怖かったでしょう。寒くない?」
「私、は……」
『シャベルナ!』
 また強く締められて童女が「ああっ!」と苦痛の悲鳴をあげる。
「くっ……」
 苦悶する市民へと撃退署員の青年・頼虎が歯軋りし、
(酷い奴だ)
 少年撃退士・成長が目玉へと怒りを燃やす。
「わかった。話しかけもしないからやめてほしいな」
 隠した表情の裏に猜疑を宿らせつつ狩野。
 その時である。

――冥魔認識を頼む。

 早く戦いが始まらないかな……と実にベルセルクっぽい事を思っていた凛の脳裏に、するりと天野天魔の声が響き渡った。

――あの人質の娘に。

 女はちらりと銀髪の堕天使へと視線をやってから、
(何か怪しい、のかな……?)
 と首を傾げつつも――凛としては特に疑うような余地はなかったので――しかし、要請通りに冥魔認識を発動してみる。
 結果、冥魔だ、という感触はなかった。至って普通の人間の少女である。
 凛は再び視線を銀髪の堕天使へと向けると、小さく首を横に振ってみせた。
(……白だと?)
 茂木月菜の存在を知っている天野には不気味だった。獄中の首なしラプター。一般人であった茂木月菜に監獄の防衛網を人知れず突破してかの悪魔を殺害出来た筈がない。シャリオン=メタフラスト、その名がちらつく。もしあの悪魔と関わったのならば。
 しかし。
(他人の空似、なのか……?)
 天野は月菜本人の顔を知っている訳では無い。姉に似ているというだけだ。確証は抱けない。
(…………でも)
 凛は胸中で呟いた。
 彼女としては人質に対して不審に思っている訳ではない。思っている訳ではないが、
(私よりもずっと強力な冥魔なら、冥魔認識にはひっかからない…………)
 そういう事実なら確かに存在する。
 凛も既に並以上のアウルを持つ撃退士だったが、もしも超強力な冥魔かその眷属――ヴァニタス――ならば、看破が届かない可能性はある。
 凛の心に警戒が宿った。信用に値する力量の仲間が警戒を示しているのなら、それは頭の隅においておくのが、幾多の戦場を生き残ってきた戦士の習性である。
 そも、
(人語を解する敵には見えない……)
 先ほどから響く言葉を目の前の目玉が発しているかどうか良く解らなかったし"他の敵"の存在は考慮したかった。
 緊張の中、疑念が渦巻き、探るように言葉が交わされてゆく。
 そんな中、
『オマエラ、コソコソ、ウゴキスギ!』
 ついにトサカに来たのか、それともそれは口実で単にチャージタイムが完了しただけかは不明だったが、赤い巨大目玉に集中されていた力がつに収束・解放され、一条の光波と化して飛んだ。
 狙いは、後方からの増援等を警戒しつつ攻撃に適した位置まで密かに移動せんとしていた小田切ルビィ。咄嗟に防御態勢を取った青年を光は呑み込んで――そして、それだけだった。
 何をした、と一同が疑問に思う中、突如としてルビィが猛然と駆け出し両手剣を振り上げ、稲妻の如くに田岳頼虎へと斬りかかった。敏腕撃退士の一閃の刃は、撃退署員の青年の身を深々と切り裂き、血飛沫と共に一撃で昏倒させ斬り沈める。
「小田切さん?!」
 振り向いたクリスティーナが驚愕に碧眼を見開き、笑い声が響き渡る。
『ウゴクナ、ヨ!』
 中央の赤眼が再び光を周囲から集め始める。
 どうやら赤い目玉の化け物は、撃つのに溜め時間がかかるようだが、強力な魅了光線を放つ事ができるようだった。人質を取って動きを封じている間に次々に魅了し、撃退士同士で殺し合いをさせる腹積もりらしい。
「卑怯な……!」
 由真は呻き、この戦局を思考する。こちらの金将がいきなり殺されるどころか敵に奪われてしまった。小田切ルビィ、一撃で頼虎を斬り倒した所から見て、操られていても強い。敵戦力の全容は未だ未知数だったが、唐突にその天秤は大きく揺れた。静岡天界軍の総大将と正面から斬り合えた剣士の力は軽くない。
 だが、まずは人質をどうにかしないと、満足に動く事すらできない。
 そんな中、ナナシが床からにょっきりと出現した。
 紫髪の悪魔の童女が、人質の童女を掴みあげている触手の真下へといつの間にかその身を現している。
 ナナシは黒塊を睨み、童女の位置を至近から確認すると、雷光の如くに素早く手を翳した。
 刹那、空間が流動して風を巻いた。
 夥しい数の薔薇花弁状の炎が、紅蓮に眩い光を放ちながら荒れ狂い、赤光の花弁の渦を鮮烈に逆巻かせる。
 劫火の嵐は黒塊の肉を喰らうかの如く、猛烈な速度で破壊を撒き散らし目玉の化け物の身を、触手を、瞬く間に襤褸雑巾の如くに変えてゆく。声も無く、壮絶に立ち昇った紅光の渦の中で、目玉と触手達は身を捩じらせ苦痛に悶える。
 炎に化け物が怯んだ一瞬に、地を蹴って凛と由真が矢の如くに突進、天野は阻霊符を発動しつつ魅了に備えての指示と併せて防御効果の発動をストレイオンに指令し、成長は手に炎の槍を出現させるとフロアの天井へと向けて撃ち放った。天井に炸裂した炎の塊が燃え盛り、フロアの中を紅蓮に照らす。
 凛は殺意をアウルに乗せて無視しえぬ威圧感を噴出し、由真は長剣を一閃、白刃の斬光を宙に描きながらボロボロの触手を鮮やかに断ち切った。童女の身が宙へと投げ出され、九つの大目玉達の集合体であった化け物が、突如として手負いの獣を思わせる雷光の如き素早さで一斉に四方に散った。九つに分かれ、各々無数の触手を振り上げる。
「援護します、ナナシさん! スターダスト・イリュージョン!!」
 クリスティーナの閃光刃が翻って煌く流星群が轟音と共に撃ち放たれ、ナナシへと振り下ろされた触手の群の一部に流星群が直撃して吹き飛ばして抜けてゆく。狩野もまた無数の水の刃を出現させると回避を援護すべく触手群へと向けて嵐の如くに撃ち放つ。
 凛は跳躍すると童女の身を両手で抱き止める。目玉達より鞭の如き無数の触手が襲いかかり、一撃を浮遊する盾が弾き、残りに三連打を浴びせられその身に絡みつかれたが、しかしなんとか化け物達の魔手より童女を庇い再奪還を阻止しつつ床に着地する。
 残りの四連の触手群がナナシへと襲いかかったが、童女は次々に掻き消えながらスクールジャケットを身代わりにかわしてゆく。空蝉。
 しかし、
「――それで打ち止めだったよな?」
 銀髪赤眼の青年が振り上げる大剣に、極限までアウルが集中されていた。小田切ルビィだ。
 次の刹那、ツヴァイハンダーが一閃され黒い光が衝撃波となって撃ち放たれた。闇色の光は獰猛な咆哮をあげながら空間を一直線に貫いて、ナナシへと襲い掛かる。
 ルビィの封砲は素でエリートを超える破壊力だが、悪魔殲滅掌によりさらに威力が増大し、超レベルに迫る破壊力と化している。打たれ弱い撃退士相手ならば正面からでも一撃必殺。ナナシは咄嗟に退避せんとしたが、並なら十分かわせたが、ルビィのそれは精度もまた高い。避けきれない。
 が、
「そう簡単に倒せるとは思わない事です!」
 由真が間に割って飛び込んだ。小柄な銀髪の少女が掲げる盾と黒光の衝撃波が激突して激しく光を撒き散らす。
 光が収まった後、由真はまったく無事な様子でその場に立っていた。
 或瀬院由真、その装甲、頑強至極。
「……なるほど、庇護の翼か」
 小田切ルビィはツヴァイハンダーの切っ先を由真へと向けつつ顔の横に掲げ、腕をクロスさせて構えた。ドイツ剣術でいう所の『雄牛』の構え。ヨハンネス・リヒテナウアーの体系たる殺人剣。
「だがアンタの装甲は厄介だが、角度をつけて受けさせなければ、俺の剣でも貫通できる筈だ」
 目玉達が触手をうねらせながらルビィと共に由真を取り囲むように散開する。静岡天界軍の総大将とも真っ向から斬り合った剣技とその立ち回りの巧みさは伊達ではない。
「……どうやら、完全に操られてしまっているようですね」
 銀髪の少女はルビィを見据えて呻く。
「巨大目玉の親父からの依頼なんでね、悪く思うな……!」
 今の所、彼の魅了が解ける気配は一向に無かった。
 他方、天野のストレイシオンの防御効果が効力を発揮し、撃退士達の身が蒼い燐光に包まれてゆく。
「入り口へ、退ってくださいねえ」
 凛は何処かのんびりとした口調で救出した童女へ言いつつも、身体能力に物を言わせて身を捻り強引に触手の束縛を緩め、さらに盾をマリシャスシールドに換装して振り回して触手を盾刃で切り払いつつさらなる追撃より童女を守り、装甲と防御結界の蒼燐光で負傷を無傷に抑えながら誘導・後退に移った。忙しい。が、こちらも鉄壁至極である。安定している。ポニテの童女は「はい」と折り目正しく凛へと答え入り口へと共に後退してゆく。
「こいつ!」
 成長は黄金の紋章を左手に、凛と女の子の進路近くにいる大目玉の一体へと右手の指先を向けた。瞬間、魔力の刃が唸りをあげて飛び出してゆく。光刃は大目玉に吸い込まれるように直撃し血飛沫を盛大に舞わせる。少年は少女を守るべく気合が入っているせいか、常よりも威力と精度が増している。天野もターゲットを合わせてストレイシオンに突撃指示を出し、蒼いセフィラビーストが咆哮と共に追撃の尾撃を目玉へと加えて打ち倒す。
「『久遠ヶ原の毒りんご姉妹』華麗に参上!ですわ」
 お約束なのかクリスティーナはいつもの名乗りをあげつつ、赤目玉が向いている向きの直線状から軸を外すように駆け、剣を消して洋弓を出現させた。
(赤い目玉がいかにもって感じですわね――司令塔なのかしら?)
 ブロンドの女は素早く矢を番えるとはっしと放つ。唸りをあげて剛矢が飛び、凛へと襲い掛かっていた目玉の中央ど真ん中をぶち抜き射倒す。二体目、撃破。
 他方、ナナシは由真がガードに入れる範囲で浮かび距離を取りつつ赤い巨大目玉目掛けて再度の猛火を解き放っている。狩野もまた拳銃を出現させると蒼光を宿し、赤目玉へ目掛けて轟く銃声と共に猛射する。壮絶な猛火と蒼光の弾丸が赤目玉に直撃し、破壊を撒き散らすが、赤目玉は特にタフらしく倒れずに再度魅了光を凝縮させてゆく。その視線が向いた先は、ナナシ。
「それは、使わせません!」
 由真が赤い巨大目玉に猛然と踏み込み、体当りするが如くに盾を叩きつけた。シールドバッシュ。解き放たれる寸前だった光が霧散する。
 危機一髪、この場の最大火力が敵方に回る事が阻止される。
 しかし、由真に生じたその隙を狙って周囲の目玉達から無数の触手が鞭の如く飛んだ。その装甲と蒼燐光の前に悉くが打撃力を減じられてかすり傷すら負わせられないが、命中した触手達は由真の身に絡みついてその動きを拘束してゆく。
 瞬間、小田切ルビィが稲妻の如くに由真の側面に踏み込んだ。雄牛に構えた両手剣より突くと見せつつ腕の交差の反動で水平に一閃した。狙い済まされた裏刃の一撃が装甲の隙間に滑り込み、奥の肉体を掻っ捌いて抜ける。
「くっ……」
 血飛沫があがり、由真の顔が苦痛に歪んだ。由真は碧色に輝く光の直刀を手に出現させると、碧光を刃を中心に猛烈に渦巻かせながら果敢に一閃した。血飛沫を撒き散らしながら大目玉の一体が吹き飛び床に沈む。三体目、撃破。
 入り口付近まで後退した人質の童女は、己を庇い背を向けている凛へと跳躍すると、空中で身を捻りざま後ろ回し蹴りを竜巻の如くに放った。頑丈なブーツの踵が凛の延髄に叩き込まれ、猛烈な衝撃に凛は意識を消し飛ばされ、前のめりに床に沈んだ。


「なっ……」
 成長が突然の童女の凶行に目を見開く。
「……なんで?」
「敵だからよ」
 少年の問いにポニテ童女はにこりと微笑した。
「だ、騙したなーっ!!」
 少年は悔しさを大粒の緑瞳に宿しつつ魔刃を一閃する。だって成長的にはぜんぜん悪いやつに見えなかったのである。
 ドレスシャツにデニム姿の童女は黒髪を靡かせながら身軽に天井ギリギリまで跳躍して飛刃をかわすと、
「うふふ、有難う。そう悔しがってくれると、あたしって超外道ね! って感じで張り合いがあるわ!」
 紫色の粒子を背より爆発させて方向を急激に切り替え猛加速し、彗星の如くに成長へと突っ込んで来る。
「くっ?!」
 咄嗟に受けんと予測防御で防御を固める少年だったが、童女はさらに宙に身がありながらも二段階にくの字を描いて方向転換してフェイントを入れてから、紫光を宿した左右の脚を車輪の如くに宙より三連続で振り回した。受け損ねた成長は、その壮絶な重さの前に吹き飛ばされ昏倒する。
 ルビィが剣を振るい、由真が拘束を振り解きつつ防ぎ、また拘束され、スタンから即座に復帰した凛が起き上がり、迫りきていた触手を受け止め、天野のストレイシオンと共に反撃に踏み込んで一撃を叩き込んで一体を沈める。周囲で攻防が続く中、狩野が目玉へと射撃しつつ問いかける。
「やってくれるね。ヴァニタスかい?」
「正解」
 と床に着地し答えて童女。
「……月菜なの?」
 ナナシは三度目の炎を放って赤目玉を完全に消し炭にして撃破しつつ問いかける。
「いきなり正体バレてるとかあたしって有名人だったのね、なんてね。顔でもつけかえておくべきだったかしら?」
 天野天魔の脳裏にふとある使徒の顔が過ぎったが、今はそれを振り払うと、
「…………既に手遅れ、か。ならこれだけは教えよう、茂木月菜」
 血を流す目を見開いて言った。
「茂木陽菜とヴォルクの死の責任の半分は俺にある。俺がラプターに陽菜の病室を教え、誘拐を唆したが故に陽菜は誘拐され、恐らく陽菜を人質に取られたが為に、ヴォルクは遅れを取って殺され、そして陽菜は狂死した。だから君は俺に復讐する権利を持つ。権利を行使するかは好きにするといい――ただし俺にも抵抗する権利があるのは忘れるな」
「あら、堂々とした宣言ね。そういうの嫌いじゃないわ。あたしは貴方を怨むべきなのかしら?」
 黒瞳の童女は薄く目を細めた。
「でもあたし、人の心は友達の悪魔に食べさせてしまったのよね。あたしは既に人ではなく、最強最悪のヴァニタス鹿砦夏樹であって、茂木月菜なんて弱い女の心は知らないの。そもそもに――あたしって、妹さんは賢いわねってご近所でも評判だったのよね。でも貴方のその言葉だけじゃ、賢くって外道で最強最悪なあたしでも解らない事だらけなの。貴方の宣言、肝心な部分が抜け落ちてるわ。わざとかしら? 無意識かしら? どんな事情があったのかしら? あなたはどんな人で何を思ってそういってるのかしら? そう、何故、そうしたの? 盲目では怨めないわ」
 鹿砦は天野へと視線をやって言った。
「あたしが何を怨むか怨まないかはあたしが決める。他人を怨む権利があたしにあるかないかもあたしが決める。だからあなたがくれるその権利はいらないわ。シンプルに、今、貴方と貴方達はあたしの野望ロードの前に立ち塞がってるから殺す。権利は主張しないわ。不当に殺す。あたしは、すべてに負けない最強の女になるの。人も天魔もあたし自身の良心も、一切合財全部ぶち殺してあたしはヴァニタス界の大魔王になってみせるわ。あれもこれも本気の野望なの、あたしの邪魔は、誰にもさせない!」
 会話の間にクリスティーナが再び剣を出現させざま神速に踏み込んで一閃して一匹の目玉を斬り屠り、由真が碧光の刃で一閃と共に衝撃を撒き散らして一体の目玉を沈め、ナナシの猛火が荒れ狂いさらに一体の大目玉が倒れる。
「チッ、ザマねぇぜ……すまん」
 正気に戻ったルビィは由真へと謝罪しつつ、一閃と共に黒光の衝撃波を放って、目玉の一体を吹き飛ばし沈めた。
「いえ、大丈夫です」
 由真は笑ってみせつつ、ナナシへと突撃する鹿砦へ素早く反応し地を蹴って飛び出す。
 稲妻の如くに突撃してきた童女は、円を描くように脚を振り回して怒涛の三連撃を繰り出し、由真は身を盾にしてその連撃を受け止める。
「――悪魔の力でも倒れない? 頑丈ね、お姉さん、人間なの?」
「人間を舐めてはいけません」
 由真は反撃に光剣を一閃し、鹿砦は驚きを瞳に浮かべつつも飛び退いて光の刃をかわし、飛来した弾丸を上体をスウェーさせて避け、さらに突っ込んで来たストレイシオンを腕でいなして捌く。
 そんな最中、女の声が響きわたった。
「やんちゃなお子様ですねえ」
 凛は凄絶な笑みを浮かべると猛然と着地点へと詰め、針盾で殴りかかった。ヴァニタスは咄嗟に両腕に紫光を宿して一撃を受け止める。
「……完全に急所に入った筈なのに、もう目を覚ましてるとか、嫌になるわね」
「戦いの年季の違いかな……」
 凛は目を細めて呟く。あの時、凛は無防備に隙を晒していたように見えて、実は警戒しており、意識は後方に向けられていたのだ。インパクトの際に前方に体を流して打点をずらし致命傷を回避していた。それでもスタンさせてくるパワーは予想外だったが、抵抗力に優れる女騎士はすぐに復帰している。
 凛の見る所、どうも目の前の童女はよほど強力な冥魔によほどの力を籠められて創られたのか、スペックだけならヴァニタスとしては極悪無比なものがあるようだった。だが、いかんせん、詰めが甘いというか命中精度が悪いというか荒削りな感があった。力を十分に使いこなせていない。
「人の剣閃、魅せてさしあげますわ!」
 艶のある、しかし勇ましい女の声が響き渡った。
 クリスティーナ アップルトンはブロンドの髪を宙に靡かせ神速に、その手に携える透明な材質で作られた刃を飛び込みざま、閃光の如くに一閃した。
「うっ?!」
 戦闘経験が浅い童女には消える剣閃が見切れなかったらしく、刃が奇麗に直撃して斬り裂かれ血飛沫があがる。
 鹿砦は大きく後方に跳んで間合いを広げると、
「ふふ、人間のままなのに凄いわね。やっぱりブレイカーは強いわ!」
 と笑った。
(ふむ、撃退士は憎んでおらず、弱さそのものを憎んでいる……?)
 狩野は鹿砦の言動を観察しつつ胸中で呟いた。人や人類側の天魔への怨恨はなさそうで、純粋に自分の力で道を切り拓きたい、自立心旺盛な雰囲気を感じる。力に対する憧れと渇望が強いようだった。
 狩野個人の思いとしては、彼女へは申し訳なさはあった。
 しかし、謝って済むことではなかったし、そもそもに、鹿砦は謝罪の言葉は欲していなさそうにも見える。
「夏樹」
 ナナシは人の名ではなく魔の名で呼んだ。
 それは自らの意思で生き方を選んだ者への彼女の礼儀だった。鹿砦から向けられた視線に対し答えて言う。
「……私はナナシ。貴方が選んだ未来を作ってしまった一人よ」
 ナナシは、茂木姉妹には流石に負い目がある、と感じていた。
 十歳の少女にあったはずの無数の未来を消して、もはや引き返せない未来を選ばせてしまった……と。
 それに鹿砦は笑って言った。
「気にしないで、例えばうちのお姉ちゃんとかがもしあたしだったら絶対こういう事はしないでしょうし、この現在はあたしが選んだ結果よ。っていうかお兄ちゃんの為に骨折って貰っといてこちらとしても申し訳ない気もするんだけど、まぁそれはそれ、これはこれ、よ、多分お互いにね。今の貴方達はあたしの前に立ち塞がる壁だから粉砕させて貰うわ。貴方の名前、うちの軍団のブラックリストにあったし、手柄首だわ。手柄首だわ。あたしの野望体系大魔王ロードの為に、その首置いてきなさい!」
 魔の眷属たる童女は爛々と目を輝かせて跳躍すると宙で爆発的に猛加速しナナシへと突撃してくる。
「悪いけどあなたにあげる訳にはいかないわ!」
 ナナシは手を翳し空間に逆巻き荒れ狂う炎の花弁の嵐を解き放ち、炎はまるまると童女を呑み込んだ。しかし、次の刹那、鹿砦は身に破壊を受けつつも炎嵐を突き破って迫り――寸前で由真が間に飛び込んでブロックする。
 轟音と共に衝撃が巻き起こった。
「くっ……」
 ヴァニタス童女の脚が空中で三連続で振り回され、由真の装甲に連続して激突してゆく。
 体躯は小さいが呆れるほどの馬鹿力三連撃に流石に負傷が蓄積してきた由真は、リジェネレーションを発動して傷を癒しにかかる。最後の三撃目の反動で鹿砦の身が後方に宙返り、狩野が銃撃し、凛が盾撃を繰り出し、ストレイシオンが尾を、クリスティーナが剣を振るって打ちかかる。
「君の主は誰だ?」
「あたしの主は、あたしだけよ!」
 囲まれての猛攻に血飛沫をあげつつも、天野の問いに対し血濡れ童女は獰猛な微笑を浮かべながら叫び返す。
(茂木月菜か……妹から聞いた話に確かその名前が出て来たな)
 ルビィは胸中で呟きつつ、
(指揮官が必ず何処かで見ている筈だ)
 との思いから周囲へと視線を定期的に走らせている。
 今回も新たな敵影は無し、と思いかけた瞬間だった。
 赤翼を広げ、髑髏マークの帽子を被り、渦巻くオーロラ色に光輝く水晶の長剣を持った桃色ナース服の少女が『九人』、割れた窓から津波の如くに一斉に飛び込んで来た。
「――ヨハナだっ!」
 銀髪の青年が皆に警戒を促す声をあげ、間髪入れずに漆黒の閃光を解き放つ。唸る光波がブロンドの少女の一人を撃ち抜いた。しかし、
『アッハアアアアアアアッ! 惜しいナァッ! はっずれじゃよんッ!』
 不敵に笑うヘルキャットの一体が掻き消え、残りの八体が一斉に虚空にオーロラ光の水晶剣を突き出す。
 刹那、場に百万の太陽が一斉に砕け散ったが如くに猛烈な爆光が連続して解き放たれた。轟音と共に視界が色とりどりの光の嵐に塗りつぶされてゆく。
『ロクサイ! 回収完了じゃ! 潮時じゃぞ!!』
「もうっ、ヨハナ様! 良い所だったのに!」
 あまりの眩さに意識が眩む中、魔の眷属たる大小二人の少女の声が響き渡る。光が収まった時には、二人は既に窓へと向かって駆け出していた。
「待ちなさいヨハナ!」
 反応速度に優れるナナシが即応しハンマーを出現させて飛翔しその背に迫る。
『なんじゃ?』
 ヨハナは移動を止め、くるりと振り返った。
「殴るわ!」
 唸りをあげて振るわれた巨大ハンマーが『性悪女(ヘルキャット)』に直撃してその身を爆砕し粉砕し打ち砕く。そして、陽炎のように掻き消えた。幻影。
『あはぁっ、妾、痛いの嫌なのじゃっ♪』
 艶然とした笑声と共に本体含めた残りはすたこらさっさと飛んでゆく。クリスティーナ、ルビィ、狩野、由真からも追撃の飛び道具が飛んだが、大半は幻影に中った。鹿砦の背に由真が放った銃弾が突き刺さったが、童女は止まらず窓から外へと身を踊らせ路上に着地し、ヨハナの本体と共に夜の街を駆け遠ざかってゆく。
 月夜の街の彼方から、狼の遠吠えが響き渡っていた。



 かくて、ヴァニタス鹿砦夏樹と女男爵ヨハナは逃走し、応援として駆けつけた撃退署員達から治療を受けて成長と頼虎は息を吹き返した。
 廃ビルに存在していた大目玉の化け物は退治されたが、しかし謎は残った。
 夜空に飛び交う人魂とはなんなのか、冥魔達は何を目的としていたのか、一連の事件は計画的なものなのか、それとも全国各地によく見られる散発的な冥魔の襲撃なのか、事件はまだまだ続くのか。

「あの女の子達、何を企んでいるのかな……」

 一晩明けて治療を終えた成長は病院の窓から朝焼けに輝く冬の山梨県の街並みを眺めて、白い息を吐いたのだった。




 了


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 揺るがぬ護壁・橘 由真(ja1687)
 ベルセルク・鴉守 凛(ja5462)
 誓いを胸に・ナナシ(jb3008)
重体: −
面白かった!:6人

Mr.Goombah・
狩野 峰雪(ja0345)

大学部7年5組 男 インフィルトレイター
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
揺るがぬ護壁・
橘 由真(ja1687)

大学部7年148組 女 ディバインナイト
ベルセルク・
鴉守 凛(ja5462)

大学部7年181組 女 ディバインナイト
華麗に参上!・
クリスティーナ アップルトン(ja9941)

卒業 女 ルインズブレイド
誓いを胸に・
ナナシ(jb3008)

卒業 女 鬼道忍軍
能力者・
天野 天魔(jb5560)

卒業 男 バハムートテイマー
開拓者・
郷田 成長(jb8900)

中等部1年3組 男 アカシックレコーダー:タイプA