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マスター:望月誠司
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:7人
リプレイ完成日時:2012/06/17


みんなの思い出



オープニング

 もしも明日が来ないのならば、貴方は最期に何を見たいと願ったのだろう。
 夏に太陽が燃え、秋の紅葉が鮮やかに赤散し、冬を白雪が染めて、京の春空に光が舞った。そして貴方は消えていった。
 また夏が来る。
 世界は何も変わらなかったかのように流れてゆく。私達の事情などお構いなしに季節は巡る。
 ただただ、万物は流転し、やがて滅する。
 そんな言葉を思い出す。
 全てのものは、通り過ぎてゆく。そして必ず死ぬ。
 私も貴方と同じように、今までに消えていった多くのようにいつか消えてゆくのだろう。
 いつか必ず己も他人もこの空も全てが消滅するというならば、生きる意味とはなんだろうか。
「終わりだ。あぁ……もう終わりだ!」
 視界の隅で誰かが両手で頭を抱えて呆然したように声をあげている。
 絶叫が巻き起こっていた。真に命の危機が迫っている者達だけがあげる独特の声。
 かすむ視界に目を凝らし、咆哮と共に振り下ろされる刃を身を低くして掻い潜る。
 風が頭部を掠め髪が散ってゆく。
 横に構えた剣に光を集めて一閃。振り抜いた勢いでそのまま横へと駆け抜けつつ身を転じる。
 紫色の異形の亜人が、胴から真っ二つに断たれ赤色を噴出しながら倒れゆくのを視界の端に捉えつつ、眼前に飛び込んできた二体目が振り下ろす斧に対して左腕を翳す。鈍い衝撃と共に斧刃が肉を断ち、骨をぶち砕いて抜け肩に激突した。腕一本を犠牲にしたおかげか致命傷を与える程の威力ではない。痛みを気力で堪える。熱く、目眩がした。
 歪んでゆく視界の中で踏みとどまりつつ剣を異形の首へと突き刺した。手首を返して捻り、裂帛の気合いと共に渾身の力で横に払う。異形は黄瞳に宿していた不気味な光を消滅させて、鮮血をぶちまけながら倒れていった。
 血は赤かった。己の血も、異形の血も。
 荒い息をつき目眩と吐き気を堪え、先から聞こえる叫びに視線を転じれば、通りの角から津波のように異形の群れが押し寄せて来ていた。
「助けてぇー!」
 まだ幼い少年が表情を歪めて必死にこちらへと駆けながら絶叫している。
 駄目だな、と思った。
 異形達の方が遥かに足が早い。逃げ切れない。私が突っ込んで足止めしようとしても、駄目だろう。私は一人だが、対する異形達は十数体いる。一部が私を殺している間に、子供を追いかけて殺すだろう。
 どうにもならない。
 破裂しそうな肺に無理を言わせて空気を吸い込みつつ、右手一本に剣を握りしめて走り出す。
 楽になりなよ。
 声が聞こえた気がした。
 どう足掻いた所で所詮無駄だ。
 抗うな、と声は言う。
 楽になる事に意味はあるのだろうか。
 闘う事に意味はあるのだろうか。
 私が生きた事に意味はあったのだろうか。
 考えても解らないので、走る。
 私のいつかは、すぐ近くだったらしい。
 逃げろ、と子供へと叫びつつ剣を構えてもっとも近い位置の異形へと距離を詰める。
 突きだされる槍の切っ先に太刀を当てて、擦り上げながら逸らし、さらに一歩踏み込んで振り下ろす。刃が異形の頭部を粉砕した。影が倒れてゆく。刹那、横合いから頭部へと猛烈な衝撃が抜けていった。
 目の前が真っ暗になり、転倒した。全霊を奮って横に転がって起き上がろうとした。だが、目が見えなくて上手く立てなかった。手足に力が入らない。
 子供があげる断末魔の悲鳴が聞こえた。
 私の最期は、何も見えなかった。
 暗闇の中、激痛が何度も身体を突き抜けていった。刺されたり斬られたり引きちぎられたりしているらしい。今日は久しぶりに友人と会う約束をしていたから、気に入ってる服を着て来たが、駄目になってしまった。約束を果たせなかったのが、心残りだった。
 薄れゆく意識の中、最期に思ったのは久遠ヶ原の学園の後輩達の事だった。
 アイン・ソフ・アウル、それは尽きる事の無い無限の光だという。無限というのは、永遠だろう。
 私は久遠ヶ原の撃退士としては改革が成される前の古い世代の人間だ。伸びしろには限界があった。
 アウルの力はあまり強くない。
 私の光は、尽きた。
 けれども、新しき彼等ならきっと、尽きる事の無い本物の光を――


 連絡を受けた鬼島武は急ぎ生徒会室へと入った。
「状況は?」
 室内には大塔寺だけが居た。他は出払っているらしい。
「滋賀県某市にディアボロが大量出現したという報告を偶然その場に居合わせたらしい学園OGの撃退士から受けた。現在、彼女からの連絡は途絶えてるけど、別口からも市にディアボロが大量出現したとの報告が入っている。詳細は――」
 説明を受けると鬼島は片眉を釣りあげた。
「奴等、何が狙いだ」
 悪魔の第一目的は魂の吸収の筈だ。そこまで大々的に解き放ってまで単なる殺戮が目的なのだろうか。
「ゲートを設置するには地脈やらなんやらの設置ポイントの下調べからコアを設置し展開まで時間がかかる。ゲートを展開する為に派手に暴れて撃退士側の注意を引きつけてるんじゃないかと予想する」
 大塔寺はそう言った。
「陽動か、ありえそうな話だが……本命では無いからといって放置する訳にはいかない。親衛隊は出るぞ」
「そう言うと思った。至急で新入生達を集めて一隊を組織してある。連れてゆくと良い」
「戦える連中なのか?」
「新入生達は京の戦闘だって潜り抜けたんだ。やれる筈だと僕は信じるね」
「わかった」
「鬼島さん」
「なんだ?」
「御武運を」
「ああ」


 鬼島等は某市に急行すると市街の一画で人間を捕食していたディアボロの一隊と激突、これを殲滅した。
「中核は潰したか?」
「副長、索敵報告です。ディアボロは幾つかの集団に別れて広く暴れ回っているそうで、ここは一部ですな」
 親衛隊員の一人、秋津京也が光信機からの報告を受けて言った。
 街はディアボロの集団が暴れ回っているせいか大混乱に陥っているようだった。
「なるほどな。隊を分ける。分隊単位で四方に散る。ディアボロを狩りだして街への被害を抑えろ」
「了解」
 親衛隊員達は瞬く間に街へと散ってゆく。
「新入生達は俺の隊と――」
 鬼島が言いかけた時だった。
 烈しさに耐性が無い者なら、それだけで身を竦ませる程の憤怒の絶叫が路上に響いた。
 視線をやるとそこには無残に喰い散らかされた屍の前で、膝をついて蹲りアスファルトの道路に拳を叩きつけている少年が居た。
「――あいつは? 親衛隊には見ない顔だが」
「ちょうど用事があったとかでこの街に居合わせた撃退士です。名前は長谷川景守。俺と同じ部に所属してる奴で信用できます。戦力になりそうなので同行して貰っていたんですが……」
「……仏の顔には見覚えがあるな」
「え?」
 秋津は骸へと目をやる。正直、正視できるような状態ではなかった。
「昔、世話になった。学園のOGだ。今は企業に務めていると聞いていたが……」
「副長、上を!」
 鋭い声が響いた。見上げると道の両側のビル上から異形達が次々と降下してきていた。
――奇襲だ。


リプレイ本文

 人生は思い通りに行くことのほうが少ない。
 自分の思惑で、他人を思い通りに動かすことなどできない。

〜親衛隊記の一節より、初老の撃退士の言葉〜


「――トカゲ風情が随分と粋がってくれるじゃない」
 左右のビル上より降下してきた十八体ものディアボロに挟まれた路上、ブロンドの女が驚いたように声をあげた。黄昏の魔女を称するダアトが一人、フレイヤ(ja0715)だ。
「上等よ、黄昏の魔女の恐ろしさをその目に焼き付けてあげるわ!」
 光纏特有の獅吼にも似た爆音と共に青紫色の焔に似たオーラを噴出させ、素早くケーンを具象化する。
「奇襲とは、厄介ですねー…!」
 櫟 諏訪(ja1215)もまた緑色のオーラを噴出しながらオートマチック拳銃を出現させた。慌しくも鋭く声が飛び交い、十五名の撃退士達は光と共に次々に武器を抜き放ってゆく。鬼島武等は南を迎え撃つとの事。
 着地の衝撃に膝を折っていた敵達も立ち上がり、既に駆け始めている。速い。
 蹲っていた長谷川は弾かれるように反応し、獣の如き怒りの咆哮をあげながら大剣を振り上げ駆け出した。激昂しており、まったく冷静さを欠いた動きだ。鬼島から奴を頼むとの声が飛ぶ。
「…ったく。厄介な坊やだぜ!」
 素早く視線を走らせた小田切ルビィ(ja0841)が漆黒の大鎌を出現させる。
「フォローは任せてくださいなー!」と櫟が声をあげ、駆ける長谷川を追って移動してゆく。射撃で援護する構えだ。
 桜井・L・瑞穂(ja0027)は射線に注意をと声を飛ばしつつ北の九体の敵勢の動きを予測計算する。無尽光を集中させて仲間の一人へと解き放った。
「連中、突っ込んで来きますわよ! 由真。受け取りなさいな!」
 光が或瀬院 由真(ja1687)へと集まり、花匠が刻まれた麗美な蒼穹色の鎧が路上を駆ける少女の身を包みこんでゆく。背面より光翼が生じて花弁状の光子が舞った。
「右は俺達が引き受ける。初手で出遅れたら後は無いぞ…!」
 小田切は右方の敵へと駆け出し、狩野 峰雪(ja0345)もまた小田切と同様に右を狙える位置へと動きながら、刹那の間に目まぐるしく動き出した場を俯瞰つつ胸中で呟いていた。
(人生は思い通りに行くことのほうが少ない。自分の思惑で、他人を思い通りに動かすことなどできない。長谷川くんは、まだ若い)
 故に思う。
 怒り、報復、後悔の残らぬよう、思うままに動くのもいいだろうと。
 若さは経験不足で未熟、失敗や挫折は今後の成長の糧になる。
 ただし、
(死んだらそれでお終い。自分のせいで、他人が犠牲になれば、取り返しはつかない)
 彼は、その事を知っているのだろうか――?
「目的は知らないが、これだけやった以上……叩き潰される覚悟はしてきただろうな」
 これまでの被害を想ったか、久遠 仁刀(ja2464)が言って大太刀の鞘を払って中央の蜥蜴人達へと駆け出し、獅堂 遥(ja0190)は向かって最左、敵の右翼へと向かう。
 或瀬院は肩に極限までアウルを集中させるとその左手を翳し、左端より迫る盾持ち蜥蜴人へと狙いをつけた。
「推して参ります!」
 裂帛の気合いと共に左腕より放たれた無尽の光が波動と化して、宙を貫き唸りをあげて紫色の蜥蜴人へと襲いかかる。衝波式光纏機導弾。猛烈な衝撃力を持つ光波に対し、しかし蜥蜴人は素早く反応してその手に持つ盾を掲げた。
 光と盾が激突し、激しく粒子を撒き散らして鬩ぎ合う。蜥蜴人の身体が強烈な衝撃に浮き上がり、北西へと軽く吹っ飛んだ。距離にして2m程度。2mというのは、およそ平均的なサイズのベッドの縦の長さと認識すると把握しやすい。
 盾蜥蜴は宙で身を捌いて足から着地せんとし、それへと向かう長谷川より早く、獅堂が駆けざまに全長3.2mもの長大な斧槍を振り上げ飛びこんだ。
 斧槍の間合い、長柄は端を持つのではないので3.2mという事はないが、常識的な片手剣よりは遥かに広い。盾蜥蜴と獅堂では獅堂が先手。
 光纏と共に白髪に転じた少女は、踏み込みと共に身を捻るとハルバードを一閃させた。遠心力で加速された斧刃が竜巻の如くに唸り、刹那の後、鈍い轟音が鳴り響いた。
 着地と同時に翳された蜥蜴人の盾と獅堂の斧刃が噛みあっている。蜥蜴人は人外の膂力に物を言わせて盾を跳ね上げ斧刃を払うと、地を蹴り破裂音をあげながら弾丸の如くに加速して踏み込み、広刃剣を弩矢の如く突きだした。
 獅堂は跳ね上がった斧槍を素早く構え直し柄で刺突を逸らし流さんとする。刃が柄に中り切っ先が逸らせれて流れゆく。が、逸らしきれずに切っ先は獅堂の脇腹を浅く斬り裂いた。灼けるような痛みが走る。だが一方、紫蜥蜴人の態勢も刃を流された為に斜前に泳いだ。
 すかさず援護の機会を窺っていた櫟諏訪、機動しながら射線を通すと拳銃のサイトを盾蜥蜴人へと素早く合わせる。青年がトリガーを絞ると同時、銃声が轟き、弾丸が唸りをあげて飛び出し蜥蜴人へと襲いかかる。
 蜥蜴人は盾をかざさんと身を捻ったが態勢が悪い、それよりも早くに銃弾はディアボロの腿に叩き込まれ、鱗を貫通して血飛沫を噴出させた。
 弾丸の衝撃によって盾蜥蜴人の態勢が再度崩れ、その側面へと長谷川景守が踏み込み怒声と共に両手剣で斬りかかった。憎悪の刃が蜥蜴人の肩口に炸裂して血飛沫が吹き上がる。
 他方、この西端の盾蜥蜴と連携する構えであった槍蜥蜴へは、或瀬院由真が詰めている。
 槍蜥蜴は寄らば斬り払うまでよ、と応ずるが如く爬虫類独特の奇怪な叫び声をあげ、八双に構えた3mの槍を袈裟に振るう。寺生まれの銀髪巫女は光を伸ばして操作するとカイトシールドを眼前に出現させ、刃に対し傾斜をつけて翳した。
 槍の穂先と盾が激突し、火花を撒き散らしながら穂先が流されてゆく。盾越しの衝撃が突き抜けて来るが、軽い。少女はそのまま勢いを止めずに駆けて肉薄する。
 桜井からの蒼穹鎧で装甲が増加している事もあって或瀬院、恐ろしく固い。カオスレート差で威力が増大していても問題としない。
 しかしその側面、破壊力に優する斧蜥蜴が猛然と或瀬院へと斬りかかって来ていた。或瀬院、多対一を意識し安易に包囲を受けない様に立ち回らんとする。側面からの突撃に対し、眼前の槍蜥蜴を壁にするように左サイドへと跳び込む。振り下ろされた戦斧は空を切った。勢い余った斧刃が道路に激突し、アスファルトを爆砕して破片を宙へと吹き上げてゆく。同時、東北東の方角から猛烈な光刃が飛来して槍蜥蜴を貫き、或瀬院のすぐ傍らの空間を貫いて西南西へと抜け、獅堂の背後の空間を掠めて抜けた。
 一方の中央、久遠、その開幕からの動き。赤髪の男は正面の敵を引きつける為に前に出ていた。それに応えるように左から太刀蜥蜴、正面から槌蜥蜴、右から太刀蜥蜴が向かって来る。
 三対一、きついポジション。いけるか。
 三体のディアボロに対し久遠はまず、中央の槌へと向かって突っ込むようなそぶりを見せた。戦槌、破壊力は絶対だが、命中の精度は極めて低い。
(横に振り回す攻撃以外なら左右に大きく動けばまず当たるまい)
 男はそう睨んだ。左右の太刀型に対しては、この槌型を遮蔽に使って盾とし対処せんと決める。
 大太刀を構えながら男が駆け、紫蜥蜴もまた駆け、久遠を迎え撃つように戦槌を振り上げ、瞬間、久遠は弾かれるように大きく左に跳んだ。次の刹那、唸りをあげて戦槌が振り下ろされ、地を蹴った久遠の足先をかすめて空間を貫き、轟音と共に道路が爆砕された。
 敵は一体ではない。石片が吹き上がる中、太刀蜥蜴もまた突っ込んできている。左方向にかわしたので左が先に間合いに入る。左の太刀蜥蜴は疾風の如くに間合いを詰めると着地の瞬間を狙って太刀を振るった。態勢が悪い、避けられない。殺意が練り込められた稲妻の如き一閃。
 風を巻いて曲刀が走り、男を斬り裂いて抜けてゆく。灼さが久遠を突き抜け、次の瞬間、激痛と共に鮮赤の血飛沫が吹き上がった。
 さらに久遠の右側面、もう一体の太刀蜥蜴が踏み込んで来る。
 久遠、これに対しては前に進んで槌蜥蜴の横手に入り盾にしたい。だが、そのスペースには先に斬りつけてきた太刀蜥蜴(左)がいる。塞がれている。武器を振り回す為の間合いは空いているので、僅かな隙間はあるが――
 久遠、崩れた態勢ながらも、意を決し、破裂音と共に地を蹴りつけ、低く転がるように太刀蜥蜴と槌蜥蜴の間の僅かな隙間へと矢の如くに飛びこんでゆく。右から迫った太刀蜥蜴が身の毛もよだつ奇声をあげながら剣を突き降ろす。薙ぎは味方が邪魔だ。剣閃が空間を貫き、耳触りな鈍い音を巻き起こしながらアスファルトに突き立った。
 儀礼服姿の赤髪の男は飛びこみから一回転して蜥蜴達の間を抜け、さらに受け身の要領で身を捻りながら一回転して南側へと向き直りつつ膝立ちになり大太刀を横に構え、素早く場に視線を走らせながら極限までアウルを開放、大太刀が月白のオーラに包まれ輝きを放ち始める。
 久遠、奇せずして蜥蜴達の背後を取ったが、作戦としては西側の槍蜥蜴を狙いたい。視界の端に映る西側の状況。出来るだけ多くの敵を巻き込みたいが、しかし、或瀬院が斧をかわす為に槍の西側横手に入ろうとしていたし、さらに奥では獅堂達が斬り合っている。下手に撃つと敵以前に味方を巻き込む。巻き込みにくい位置ならば拘りはしないがそれでも、上手く通せるかどうか。
 序盤で押し負ければ不味い事になるので、攻められるうちに攻めておきたい。
 刹那の判断。
 久遠は、極限まで精神を研ぎ澄ませると、白輝の大太刀を斜め下から上へと斬り上げるように振り抜いた。収束された無尽の光が爆発的に解き放たれ、太刀より光の刃が伸びて空間を突き抜け、槍蜥蜴を貫いて痛打を与え、さらに通路の彼方までを貫通し薙ぎ払ってゆく。強烈な破壊力。光の刃が抜けた後には、月白のオーラが霧虹のごとく揺らめき軌跡を残した。
 他方。
 右方、敵の左翼に対応せんとするフレイヤ。
 ブロンドの魔女は敵の奇襲に驚いてはいたが、慌てずに視線を走らせ敵の位置や武器の長さから見た間合い等の観察に務めていた。
(前にも後ろにも心強い仲間がいるんだもの。何も恐れる必要はないわ)
 胸中で呟く。
 ダアトというのは綺麗ごとでなく、例外を除いて脆い為に一人ではろくに戦えないが、仲間がいれば戦える。
 敵の俊敏さを見てとったフレイヤは、盾に追随して突撃して来る槍蜥蜴を直接狙うのではなく、そのやや手前を側を発動点と定めてケーンを翳しアウルを操って力を解き放った。
 無尽光が収束し、次の瞬間、アスファルトから針のように尖った土錐が吹き上がる。狙いたがわず範囲のど真ん中で術が発動し、槍蜥蜴はかわさんと横に跳んだが、範囲内から脱出する事ができず、その両足からを貫いた。盾蜥蜴も巻き込む位置だったがこちらは前に跳躍して範囲外に脱出してかわした。
 魔法の高火力に槍蜥蜴が悲鳴をあげて移動速度を落とし、盾蜥蜴はそのままフレイヤ目がけて突っ込んで来る。
 しかし、その進路上、行く手を遮るように一人の男が踊り出た。
「こっから先は通行止めだ。狩野とフレイヤへのお触りは厳禁……ってな!」
 小田切ルビィだ。不敵な笑みと共に漆黒の大鎌を構え、アウルを全開に開放する。光と闇とが混ざり合った混沌の光が青年の身より噴出した。ケイオスドレスト。
 盾蜥蜴は邪魔だと言わんばかりに、独特の奇声を発し、路上を破砕する勢いで蹴りつけ加速し、弾丸の如くに突っ込んで来る。ブロードソードが風切り音をあげて突きだされ、対する小田切はシールドを発動しながら鎌を振るう。
 鎌と広刃剣が激突して火花が散った。
 猛烈な衝撃と共に互いの刃が弾き飛ばされ、次の瞬間、斜左前より踏み込んだ紫蜥蜴が小田切へと戦斧を振り下ろす。
 男は弾き飛んだ勢いのままに鎌を回転させて素早く構え直すと、戦斧の剛撃に対して柄を翳した。装飾が凝らされた鎌柄と無骨な斧刃が激突して火花を散らし流れてゆく。さらに逆サイド、やや遅れて小田切の右側面へと回った槍蜥蜴が、激しく鎌と斧を打ち合わせている小田切の脇腹を狙って槍を繰り出さんとする。
 その瞬間、小田切の援護についている狩野峰雪――同部であり京での大戦も共にしている事から、小田切と互いの動きは把握している――初老の撃退士はアサルトライフルの銃床を肩にあてつつ両手で構えつつ、蜥蜴人の腹へとエイムし引き金を絞る。三連射、バーストショット。銃声と共にマズルフラッシュが瞬き、ライフル弾が次々に飛び出してゆく。施条の砲身効果により、螺旋旋回しながら弾丸は空気を切り裂いて直進し、吸いこまれるように槍蜥蜴人の脇腹に突き刺さった。鱗が爆ぜ飛び、血飛沫があがり、蜥蜴人の態勢が崩れて穂先の勢いが弱まる。小田切は地を蹴って後方に跳んだ。直前まで男がいた空間を穂先が貫いてゆく。かわした。
 左翼。
 或瀬院はタウントを発動、槍蜥蜴の注意を引き、そちらを向きながら北側へと抜けんとする。槍蜥蜴は柄を持つ手を滑らせ、槍持つ位置を調節しながら一歩後退して間合いを取りつつ身を捻りざま、盾の下部を通すよう、或瀬院の足を刈り取るが如く槍撃を繰り出した。唸りをあげて迫る穂先に対し、或瀬院は素早く盾を下へと降ろして防がんとする。
 刃と盾が激突し、瞬間、その左手側面、斧蜥蜴が踏み込んでいる。身の毛がよだつ叫びと共に恐るべき破壊力を秘めた剛斧を振り下ろす――防ぎきれない。戦斧が少女の肩口に直撃した。猛烈な破壊力が炸裂し、頑強な装甲を叩き割って刃を喰いこませる。負傷率五割一分。苦痛が全身の神経を貫いてゆく。
 櫟諏訪、スターショットを発動、アウルを集中させカオスレートを変動させ、盾蜥蜴へと拳銃で猛射する。破壊力が増大した弾丸が流星の如くに飛び、ディアボロの身へと突き刺さった。痛烈な打撃が炸裂、盛大に鱗が爆ぜ飛び血飛沫が吹きあがる。すかさず長谷川が両手剣で仕掛け、盾蜥蜴は態勢を崩しつつもソードで受け流したが、注意が逸れた瞬間に獅堂がハルバードを一閃させる。長柄により加速された刃は、閃光と化して盾蜥蜴の頭部に直撃し、蜥蜴の頭蓋を爆砕し吹っ飛ばして抜けた。撃破。
 中央。
 久遠へと振り向いた槌型が戦槌を猛然と振り上げて迫り来る。こればっかりは貰う訳にはいかない。立ち上がりつつ、槌が振るわれる瞬間に地を蹴って斜め後ろへと大きく跳ぶ。戦槌が再度アスファルトを爆砕し、左右から太刀持ち蜥蜴が襲いかかる。
 久遠が着地した瞬間を狙って、一匹が胴を狙って薙ぎ、一匹が最上段から頭部を狙って落雷の如くに太刀を振り下ろした。咄嗟に頭を横にふって直撃は避けたが、鎖骨部と腹に二連の剣閃が炸裂して血飛沫が吹き上がる。久遠、負傷率五割二分。徐々に三途の川が見えて来る。
 この辺りが正念場。久遠は身体に走る激痛に耐えつつ一歩東へと踏み込みながら、渾身のエネルギーを集中させた大太刀を一閃させる。月白のオーラが再度爆発的に吼えた。太刀型と槍型を巻き込む軌道。
 太刀型は素早く斜め後ろに跳んだが、しかしかわしきれず光がその脇腹を斬り裂いて抜けてゆく。さらにその奥の槍型、注意の大半が或瀬院に引きつけられているのでやはり避けられない。月白のオーラが槍型に直撃し、その身を貫通した。
 右翼。
「――此処が勝負どころ、ってな。イケるか?」
 槍の攻撃を回避した小田切ルビィは身を捻りながら右へと踏み込み、漆黒の大鎌に極限までアウルを集中させ左逆袈裟に振り抜いた。猛烈な黒光の衝撃波が放たれ、槍蜥蜴を貫通する。その奥の盾型へと襲いかかり盾蜥蜴は素早く盾を翳してガードしたが、強烈な破壊力の衝撃波はそのまま抜けて向かいのビルに直撃する。けたたましい音がたてながらガラスが粉砕されてゆく。
 同時、フレイヤはケーンを翳して再度アウルを集中させている。味方を巻き込まぬように注意して狙いを定めアーススピアを発動。次の瞬間、広範囲に土錐が噴出して槍蜥蜴を貫き、盾蜥蜴を貫き、斧蜥蜴は飛び退いてかわした。槍蜥蜴が断末魔の悲鳴をあげながら倒れてゆく。
 狩野は小田切とフレイヤの二連撃を浴びて態勢を崩している盾蜥蜴を標的と定めると、盾を翳した事によって空いた脚部分へと照準を向けライフル弾を撃ち放つ。狙いたがわず弾丸が蜥蜴の脚に炸裂し、盾蜥蜴がさらに態勢を崩した。
 斧蜥蜴は着地すると方向を切り替えながら再度跳び、小田切へと向かって薙ぎ払うように戦斧を振るった。混沌の光を纏う男は大鎌を振るって戦斧を打ち払う。一瞬遅れて盾蜥蜴が小田切へと踏み込んで片手剣を突きだし、受け損なって切っ先が青年の身に突き刺さった。が、軽い。多少衝撃が抜けてくるが、大部分は装甲で弾いた。
 他方。
 観察力と頭脳をフル回転させて桜井は状況を睨んでいた。
「情けない姿をお見せする訳にはいきませんものね……!」
 ミスをする訳にはいかない。何処をどう援護すべきか。重視するのは誰が倒れたら此方の戦線が崩壊するかという事。
 右翼は大丈夫だろう。左はそれなりにきつそうだが人数がいる。最もきついのはやはり寡勢の中央か。そう判断を下し前進を開始する。
 白虹が放たれたあたりで間合いに入った桜井、アウルを集中させると光を久遠へと解き放った。
 久遠の周囲に光の花が咲き乱れ、舞い飛ぶ光の花吹雪が男の身を包みこんでゆく。桜井からは見えないが、蜥蜴人達がぎょっとしたように目を見開いた。ド派手なビジュアルと共に久遠の傷が癒され急速に細胞が再生し、痛みが身体から引いてゆく。『霊光花園(ヒーリングガーデン)』と名付けられた桜井・L・瑞穂の回復術である。
 左翼。
 東で槍蜥蜴が倒れ、西で盾蜥蜴が倒れた所で櫟は長谷川に対して冷静になるように声をかけていた。
「景守さん、落ち着いてくださいなー! その勢いじゃやられ――」
「うぉおおおおおおおおッ!!!!」
 聞いちゃいない。
 怒り狂っている長谷川は盾蜥蜴の屍を踏み越え大剣を振り上げて槍蜥蜴へと突撃せんとする。バーサーカー状態だ。
「待ってください!」
 不味いと判断した獅堂は制止の声をあげつつ瞬華を発動、一瞬で間合いを詰め捕縛せんと片手を伸ばし背後から長谷川に組みついた。
「何をっ?!」
 獅堂は後方の比較的安全な場所へと引き寄せんとするが、長谷川も撃退士だ、パワーがある。暴れ回る少年を獅堂は制圧術を用いて絞めあげんとする。
「貴方がする事は敵に向かう事ですか? それとも誰かを生かし救う事ですか……託された志は何処ですか……貴方に光は、みえますか?」
 託された志、というくだりで、暴れていた長谷川の動きが止まった。
 櫟が駆けつけて長谷川の正面に回り、その目を真剣に見据えて言う。
「あの人がどんな人だったかわかりませんが、景守さんにとって大切な人なのは分かりますよー? 景守さんが自分のせいで無茶をしたと聞いたら、その人は喜びますかー?」
 櫟の言葉に長谷川は顔を歪める。
「俺は……!」
 他方。
 或瀬院由真、それなりに危なくなってきているが、すぐ近くで足を止めての説得が始まったのであそこに敵に突っ込まれるともっと危ない。三名共に無防備も良い状態だ。
 余裕は無いが、退けない。雄叫びをあげて槍を突きだして来る蜥蜴人に対し、右のディバインランスを構える。
 突き降ろされる穂先に対し、意識を鋭く絞って下方からランスを突きあげる。槍と槍が交差し、或瀬院は敵の槍を巻いてその穂先を逸らせると同時、そのまま押し込んで喉元へと切っ先を叩き込んだ。馬上槍試合の如き、カウンターの一撃。
 カオスレート差により破壊力が増大している穂先が蜥蜴人の喉をぶち破って抜け、蜥蜴人はその黄瞳に宿していた不気味な光を消滅させて倒れる。討ち取った。
 しかし、側面の斧蜥蜴もまた攻撃の瞬間の隙を狙って旋風の如くに剛斧を繰り出していた。
 或瀬院は素早く盾を翳さんとしたが、二体を同時には十全に捌ききる事は出来なかった。盾をかわされ、背に剛斧が炸裂して斬り裂かれ、背骨が嫌な音を立てて軋んだ。戦姫光鎧も既に消滅しその援護も消えている。次の瞬間、盛大に血飛沫が吹き上がった。負傷率九割七分五厘。三途の河は涼しい所。身体が冷たく、目の前が暗くなってゆく。
 他方、中央。
 光花吹雪と共に全快近くまで回復した久遠に対し、おのれ面妖な、とでも言いたそうな様子で左右の蜥蜴人達が太刀を振り上げ、正面の蜥蜴が戦槌を構える。同時に来た。
 久遠、太刀蜥蜴を遮蔽にせんと北側面に回り込むよう、太刀を振るって牽制しながら素早く踏み込む。左の太刀蜥蜴と互いに剣閃を応酬して血飛沫をあげながらも強引に駆け、その後背を戦槌が掠めて抜けてゆく。右の太刀蜥蜴は進路を塞がれたので、攻撃を諦め、大きく回り込むように跳ぶ。
「忙しいですわね!」
 桜井は西へと動きつつ再度光を集めると或瀬院へと向かって解き放った。少女の身が光の花吹雪に包まれ、その傷が急速に癒えてゆく。癒し手は偉大だ。
 他方、東側。
 盾蜥蜴が剣を突きだし、同時、斧蜥蜴が小田切へと剛斧を振るわんとするが、狩野が構えるライフルから放たれる弾丸の嵐を受けて攻撃のタイミングが僅かだが遅れる。小田切は漆黒の大鎌で剣を打ち払い、斧が来る頃には素早く大鎌を構え直して叩き落とす。盾蜥蜴の側面に踏み込みながら盾を避けるように鎌を振るい、盾蜥蜴は素早く盾を翳すが、鎌は盾で受けづらい。柄に盾の端を中てるも切っ先が脇腹に突き立つ。フレイヤはケーンを翳し無尽光を集中させて火塊を出現させると小田切と斬り合う盾蜥蜴の横手から投げつけた。炎が宙を焼き焦がして飛び、紫蜥蜴人の身に喰らいついて爆殺する。炎に包まれながら盾蜥蜴は倒れた。撃破。中央が一寸、窮地に見えた狩野はあちらの援護に向かいます、と言い残して西へと向かう。
 西側。
 或瀬院VS斧蜥蜴、一対一。斧蜥蜴は花吹雪の中の少女へと奇声を発しながら戦斧で斬りかかる。光を割って盾が出現し、斧と盾が激突し、傾斜がつけられた盾表面を滑って斧刃が左へと流れてゆく。間合いが近い。或瀬院は右へと体躯を捌きながらランスを捻るよう風車の如くに回し、石突きで蜥蜴人の顎をかちあげた。レート差が乗った強打に泡を吹いて蜥蜴人がのけぞる。サシなら負ける気はしない。さらにその身が光に包まれ、全身の痛みが引いてゆく。
「――落ちついた。大丈夫だ、行ってくれ」
 瞳を閉じ、剣を掲げてヒールを発動させながら長谷川は言った。
「一人で無茶をしないでくださいねー、微力ながら自分たちがついているのですよー?」
 櫟は軽く微笑して拳銃を手に東へと走り出す。
「……貴方が私達の光となるんです」
 獅堂は呟くように言って捕縛を解くと彼女もまた斧槍を手に東へと駆け出してゆく。
 右翼。
 小田切、ケイオスドレストを発動、再び混沌の光を纏う。斧蜥蜴が小田切へと斬りつけ、男はシールドが切れているので、大鎌のリーチを活かして牽制しかわさんとする。斧蜥蜴は猛然と踏み込むと竜巻の如くに斧刃を振るった。刃が男の身に直撃して血飛沫が吹きあがる。負傷率七割三分。
 フレイヤは再度、炎を出現させて斧蜥蜴へと撃ち放つ。火焔がディアボロを包みこんでその身を焼き、温度障害を与える。
 中央。
 ビルを背後に背負った久遠、ついに四方を囲まれた。
 左右から二連の剣閃が放たれ、正面から戦槌が唸りをあげて襲いかかる。太刀の一撃を身を沈めてかわすも、二撃目を避けられずに切り裂かれ、戦槌が振るわれてピックが腹部に突き刺さる。口から鮮血が吐き出され、意識が遠のいてゆく。桜井から霊光花園が飛んで傷が癒され、踏みとどまるも負傷率六割五分。回復量よりも敵の火力の方が高い。さらに桜井の霊光花園はこれで打ち止めだった。
 しかし、その時、横殴りのライフル弾の嵐が槌蜥蜴を撃ち抜き、南から飛んだ拳銃弾が左の太刀蜥蜴に突き刺さった。さらに斧槍を振り上げた獅堂が太刀蜥蜴の背後から迫り袈裟に一閃させる。斧刃が直撃して、太刀蜥蜴がのけぞり、活路を見出した久遠は大太刀を逆袈裟に一閃させた。太刀蜥蜴の脇腹から肩にかけて血飛沫が吹きあがり、糸が切れたようによろめき崩れ落ちる。撃破。
 或瀬院は戦斧を盾で受け流し、棒術の要領で足を強打して動きを鈍らせてから後ろに飛び退いて間合いを離す。長谷川が側面に入って両手剣を振るい、斧蜥蜴を切り裂いた。
 小田切は後退しつつ大鎌を一閃させ、突進と共に戦斧を振るわんとする斧蜥蜴にカウンターの一撃を与えて前進を止めて攻撃を潰した。フレイヤは斧蜥蜴の後背に回り込むと、その背に向かって杖を振り上げ魔力を集中させて殴打する。
 中央、戦槌蜥蜴は再度、戦槌を振り上げたが、それが振り下ろされるよりも前に、狩野のライフルと櫟のスターショットにクロスファイアされ、獅堂の斧槍と久遠の大太刀の連撃を受けて沈んだ。太刀蜥蜴はそれでも久遠へと太刀を振るって斬り裂いたが、桜井の霊光花片で回復されて打ち倒すまではゆかず、次の瞬間に四名からの総攻撃を受けてやはり沈んだ。
 東では、背後からの打撃に斧蜥蜴が振り向きざまに剛斧を振るってフレイヤへと直撃させ、負傷率九割二分とちょっと死にかけていたが、直後に小田切の大鎌が唸って蜥蜴人は斬り裂かれ倒れた。
 西でも斧戦蜥蜴が長谷川へと斧を叩き込んでいる側面から、ディバンインランスを腰溜めに構えてチャージした或瀬院の剛撃が炸裂して屠られていた。


 かくて北側の全ての蜥蜴人が倒され、南側でも鬼島達親衛隊が蜥蜴人を撃破し、ひとまずの安全が確保された所でメンバーは応急手当を開始した。長谷川や親衛隊員達のヒールで負傷者の傷が癒えてゆく。
「お前達、やるな」
 鬼島は八人の戦いぶりをそう評した。
「これからだが――」
 鬼の副長が声を発す中、桜井はつかつかと長谷川へと歩み寄ると右手を一閃させた。張手が少年の頬に炸裂して、乾いた音が鳴り響く。
「……其処まで想えた人に、貴方如何顔向けする心算でしたの?」
 桜井は長谷川を睨みつけた。
 少年は俯く。
「なんとかおっしゃってくださいな!」
「……よせ」
 久遠は桜井の肩を手で掴んで制止した。
「でも……!」
 振り返る桜井へと、男は瞳を閉じ、静かに首を振った。
「俺は大切なもの奪われて激昂する奴を止めたくない。泣くか怒るかしか、できないんだから」
 久遠はそう言った。
 女はその言葉に瞳を閉じ、眉を顰め、そして一つ息を吐いた。踵を返し、負傷者の手当てへと向かう。
「長谷川君」
 狩野が柔らかな笑みを浮かべながら声をかけた。
「この年になってなお、生きる意味を探し求めている僕には、説教するのも烏滸がましいけれども――死んだらそれでお終いだ。自分のせいで、他人が犠牲になれば、取り返しはつかない」
 その言葉に少年ははい、と頷いた。
「……死を受け入れるのは辛い」
 小田切が言った。
「だが、託された想いを……しっかり受け止めてやれ」
 言葉で語られずとも、死して滅び去っても、残されるものはある。
「……落ち着いたら、あの人がどんな人だったか教えてくださいなー」
 櫟が軽く長谷川の背を叩いて言った。
「自分たちが来るまでここを守ってくれた人のことを、覚えておきたいのですよー」


 その後、応急手当てを終えて態勢を整えた一同は先に街へと散っていった親衛隊員達と共に、街で暴れ回っていたディアボロ達を掃討した。
 全てのディアボロの撃退が確認され、帰還する段になってフレイヤはそっと目頭を抑えた。
 その様子に鬼島が無言で視線を向け、問いかけた。
「もしも私がもう少し早くこの場に来る事が出来たら亡くなった街の人達、子供もOGの人も助ける事が出来たんじゃないかって……ifに意味がないなんて分かってはいるけど……」
 魔女はそう言った。
 鬼島は相変わらずの無表情でフレイヤを見据えていたが、
「――そうか」
 頷き、そうとだけ呟いた。
 しばし経ってからフレイヤは涙を拭くと、
「……泣いたって何も変わらない。それも解ってる。だから、死者への手向けに私のアウルを魅せつけてやるわ。せめてもの手向けに」
 言って、顔をあげ、笑った。
「どうでもいいけど武君の筋肉素敵ね! …触っちゃダメ? ほんのちょっと! さきっちょだけでいいから、ね?」
「……さきっちょというのが良く解らんが、そんなもので気が晴れるなら好きにすると良い」
 鬼島はそんな事を言って頷いてみせた。
 他方。
「すまなかったな。本当なら俺がぶん殴ってやらなきゃならなかった所だ」
 秋津が桜井へと頭を下げていた。
「……単に腹が立ったから張り倒しただけですわ」
「そうかい」
 秋津は笑ったようだった。
 そんなこんなをやりながら撃退士達は帰路につく。
 帰りの車両の中、長谷川はぽつりぽつりと語った。
「忘れないで欲しい、とは言わない。けれど一時、聞いてくれると嬉しい。あの人は、陣内陽子と言って……ぶっきらで、言葉が少なくて、よく一人で悩む癖に一人で勝手に納得して、無鉄砲で、女らしさも欠片もなくて、よくふらっと現れてはふらっと何時の間にか消えていて、おまけに何時の間にか死んでゆく! いつも何考えてるんだかよく解らないような人で、最期まで解らない人だったけれど、なんで逃げなかったんだよ――ああ、でも、解る、優しくて、強い人だった」
 長谷川が語る言葉を聞きながら、小田切は窓の外を見やった。
(Ain Soph Aur――無限・無尽の光、か……)
 彼方の空では夕陽が赤く燃えていた。




 了


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: ラッキースケベの現人神・桜井・L・瑞穂(ja0027)
 戦場ジャーナリスト・小田切ルビィ(ja0841)
 揺るがぬ護壁・橘 由真(ja1687)
重体: −
面白かった!:9人

ラッキースケベの現人神・
桜井・L・瑞穂(ja0027)

卒業 女 アストラルヴァンガード
双月に捧ぐ誓い・
獅堂 遥(ja0190)

大学部4年93組 女 阿修羅
Mr.Goombah・
狩野 峰雪(ja0345)

大学部7年5組 男 インフィルトレイター
今生に笑福の幸紡ぎ・
フレイヤ(ja0715)

卒業 女 ダアト
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
二月といえば海・
櫟 諏訪(ja1215)

大学部5年4組 男 インフィルトレイター
揺るがぬ護壁・
橘 由真(ja1687)

大学部7年148組 女 ディバインナイト
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド