スマートフォンに文字が浮かんでいる。
「料理か……こういう物でも依頼に出せるものなのだね」
天風 静流(
ja0373)は呟いた。
その依頼を引き受ける自分が言うのも変な話か、と思いつつ依頼受諾の旨を送る。
「しかし、団子が好物の友人……一人しか浮かばん」
予想は合っているか否か、さて。
●
「もう心配させてばっかり!」
「ご、ごめんなひゃい〜!」
ナナシ(
jb3008)は神楽坂茜の頬を掴んでムニーっと引っ張った。
「うぅ……先は泣いて抱きつきになられた程の可憐さでしたのに……」
赤くなった頬を撫でつつ涙し茜。
「……引っ張り具合がまだ足りないのかしら?」
「い、いいえー!」
黒髪娘はふるふると首を振ったのだった。
「それじゃ団子理論を説明するわね」
家庭科室に場所を移し、再び現れたナナシは白衣を纏っていた。博士なあれである。
「団子はシンプルに見えて奥が深いわ。神楽坂さんはまず団子のメカニズムについて知るべきね」
ナナシはホワイトボードにきゅきゅっと文字や数字、図をかいてゆく。
「め、めかにずむ……?」
「根本原理は大切ですね」
感覚派と理論派で反応は違うらしく、南は目を瞬かせ、茜はうんうんと頷いた。
ボードに記された内容を要約すると以下だ。
上新粉の成分は生米と同じβデンプン
水分と熱を加えるとα化してもっちりした触感になる
蒸した方が水分と熱の通りが良い
しかし時間が経つと水分が抜け再β化して硬くなる
水中で冷ますのは空気中だと熱と共に水分が逃げるから
砂糖には生地の保水性がある
杵でつくと澱粉分子が絡んで生地に腰が出る
「そういう事だったのですね。流石ナナシ先生、解りやすい……!」
茜が感動したように目を輝かせ、南は台に突っ伏し早くも睡眠の態勢に入っている。ザ・講義風景。
「……というわけで適切な水と十分な熱で澱粉をα化する事、水分を保つ事、物理的に澱粉分子を絡ませる事等が、美味しい団子には必要なのよ」
白衣のナナシはそのように締め括ったのだった。
次にナナシは実際に調理にかかった。
上新粉に上白糖を少々混ぜた物を熱湯でこね、それを12等分してセイロで20分蒸し、冷水に入れ粗熱を取る。
それをまた纏めて臼と杵を用いてつき、団子大にして丸め、もう一度セイロで蒸す。
冷水で冷ましたら水気をきり、串に刺して網の上で焼きタレをつけ、完成である。
タレは昆布だしに上白糖、水飴、濃口醤油を加え中火で加熱し、水溶き葛粉を少しづつ加え沸騰させた物だ。
「お団子は甘い方が好きね」
「甘いもんはええよなー、あたしも茜ちゃんも甘党やで、ゲンクローとかは甘過ぎると駄目らしいけど」
手本を見せた後、ナナシは真剣な顔で調理中の茜の姿を見つつ南とお茶を飲んでいた。
お茶受けは各種団子である。粒餡ときな粉を用意しみたらし以外の団子も作っていた。
「出来ましたー!」
「お疲れ様」
「さて、出来の方はどんなもんかな」
最後にナナシは南と二人で茜が作った団子を試食しその採点結果を告げたのだった。
結果、
『二人の間を採って72点』
「採点は辛い!」
まだまだ修行は必要らしい。
●
翌日の家庭科室。
「まず団子だが、何の粉を使うかで大分変わるね」
天風静流はエプロン姿の黒髪娘へそう述べた。
茜は驚きに目を瞬かせると、
「え、使う粉って決まってるんじゃないんですか?」
「実は違いがある。そうだね、今回は上新粉と白玉粉を混ぜた物を使ってみよう」
艶やかな黒髪を持つ長身の娘は、鍋に水を張るとコンロに乗せ、つまみを押しながら回す。ちちちち、という音と共にぼっと蒼白い火がついた。
熱する間に、ボールを手にすると白い粉――白玉粉を目分量でさらさらと入れ、少しづつ水を加えながら手で捏ねてゆく。さらに、上新粉を加えぬるま湯を少し注ぎ混ぜ合わせる。
「静流さんエキスパート……」
はうと見惚れたように息を吐いて茜が言った。
「いや、私も特別上手という訳では無いよ」
そんな会話を交わしつつ混ぜていると程よい柔らかさになったので、一口大にちぎっては丸め、沸騰した鍋へと入れてゆく。
茹でる事しばし、やがて団子が湯中に浮かび上がってきた。
静流はそれらを掬うと用意しておいた冷水の中へと放り込み粗熱を取る。
冷ましたら水気を切り、火で炙って焼き目を付けた。
「たれは……蜂蜜でも使うか」
「蜂蜜、ですか?」
「そういうのもある」
鍋に醤油、蜂蜜、少々の水を入れて火にかける。
一煮立ちするとコンロの火を消し、片栗粉を加える。一度に入れるとダマになってしまうので、少しづつである。
「このとろみは……どれくらいにするかは好みだね」
好みに調節したタレを先の串を打った団子にかけ、完成である。
「おー」
「他の人も教えてくれているみたいだし、参考程度に」
「有難うございます。本当、色々あるのですね」
感銘を覚えている様子の茜を見やりつつ静流はふと思う。
(普段だったら会長にちょっかいを掛ける人がいる訳だが……いないとそれはそれで新鮮だな)
割と珍しいかもしれない。
(まあ、あそこまでやらなくても見詰めるだけで狼狽する会長なのだが)
それは見つめる人と見つめ方に拠るのです、と茜が心を読めたら言うような事を思う静流なのだった。
●
「メレクと申します。よろしくお願いいたします」
メレク(
jb2528)は礼儀正しく一礼してみせた。
学園の生徒会長は柔らかい微笑で、
「神楽坂茜と申します。こちらこそ、どうかよろしくお願いいたしますね」
と頭を下げた。基本は礼儀正しい二人である。
「ではみたらし団子の作り方で、よく知られている方法を、おさらいしながら作っていこうと思います。どの部分が違ったら微妙になるのか一緒に考えてゆきましょう」
メレクはエプロンを身につけると茜と共に調理に取り掛かった。
下準備後、まずは団子に取り掛かった。白玉粉にぬるま湯を注ぎ、混ぜ捏ねてゆく。耳朶程度の硬さまでだ。
「これぐらいですね」
後、手頃なサイズに千切って丸め団子状にし、沸騰した鍋に入れてゆく。
「浮き上がってきたものは大丈夫です」
茹で上がった団子を掬いあげると、メレクはそれを氷水を張ったボールに入れて冷ました。
「あら……メレクさん、それは寒天でしょうか?」
茜が目を瞬かせた。
「はい、タレを作るのに使うんですよ」
「なるほど、本当に様々な作り方があるのですね」
鍋に寒天と水を入れコンロの火を再び点火。
沸騰したら1、2分その状態を維持し、寒天を溶かしてゆく。
溶けた所で、砂糖小さじ二杯、みりん小さじ一杯を加え、絶えず掻き回し続けながら、嵩が最初の三分の二程度になるまで煮詰めてゆく。
水飴を適量入れて溶かし、醤油を小さじ一杯分加え、とろみがついた所で火を止めた。
水で濡らした竹串に先の団子を五つ刺し通して、皿に盛って出来上がったたれをかけて完成、である。
「なかなか上手く出来ましたね」
「とても美味しいです」
団子を試食し会長の佇まいが微妙にふやけてきた所で、今度は二人は調理法をあれこれ変えて作ってみた。
トライ&エラー、原因究明にも試行が大事である。
「……茹でた後にきちんと冷水で熱を取らないと、こしが無くなってるような気がします。あれですね、恐らくαからβが上手くゆかないのですね」
「αからβ、ですか?」
飛び出してきた料理用語らしくない言葉に小首を傾げるメレク。
「はい。先日、教えてくださった方がおっしゃるには――」
と会長はナナシ式団子理論をメレクに説明する。
「……実に、科学ですね」
世の中、料理にも色々なアプローチの仕方があるのだなぁとメレクは思ったのだった。
●
(こういう形で自分のお願いの為に努力する友達を知ると嬉しさの反面、居た堪れない気持ちになります)
団子好きの友人ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)は胸中で呟いた。
「え、えーと、夕方って『こんにちは』を使うべきか『今晩は』なのか迷いますよね」
あははと笑って神楽坂茜がそんな事を言う。家庭科室で顔を合わせた茜は微妙に挙動不審だ。あちらとしてもそんな感じなのかもしれない。
陽が沈むまではこんにちはで良いのではないか、などという話を挨拶代わりにしつつ、
「私は自慢料理を一つ『シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ』をお教えいたしますね」
「あ、その幻想的なお名前は、なんだかとっても懐かしい気がいたします。あれですよね」
「はい、黒い森のサクランボ酒ケーキという意味のあれですね」
ファティナは笑って首肯する。結構前に話に出た事があったのだ。
「お、ドイツ菓子か。楽しみやな。どない作るん?」
「まずはスポンジ生地ですね。これは特別な事はしません、ココアを混ぜて作るスポンジでOKです」
銀髪の娘は下準備を整えると、卵、砂糖、薄力粉、ココア、牛乳、バター等をオーソドックスな手順で混ぜ型に流し込み熱しておいたオーブンに入れた。
「このケーキの要はスポンジと、キルシュ入りのザーネクリーム、キルシュ漬けにしたチェリーの三つですね。チェリーは今回、三ヶ月漬け込んだものを持ってきましたけど、お店売りのサワーチェリーのシロップ漬け缶詰でも代用できますよ」
ボールにキルシュを注ぎ、粉糖を入れて泡立てた少量のクリームと湯煎で溶かしておいたゼラチンを加え混ぜ合わせる。後、残りの生クリームを追加し混ぜ合わせた。
オーブンから焼きあがったココア色のスポンジを取り出すと、ケーキナイフで平行に三枚に手際良くスライス。
一枚目のスポンジにザーネクリームを塗り、チェリーをちりばめまたクリームを塗ってゆく。その上に二枚目を乗せ同様にし、さらに三枚目を乗せ、全体にクリームをたっぷり塗ってゆく。
ケーキはすっかり雪のように白くなった。
クリームの絞り袋に星型の口金を付けて絞り、上からケーキに見栄えよく置き、チェリーを並べてゆく。
最後にファティナは、削った茶色のチョコを森の葉のように中央に散らすと、
「完成、ですね♪」
皿に載せられたケーキを持ち上げ、片目を瞑った。
「おおおおー、これまんまお店で見た事ありますよ!」
「お流石、力作やな」
「有難うございます。御姉様のやり方では途中でケーキの土台にもキルシュかけるらしいです」
「シュヴァ……さんにも色々バリエーションがあるのですねぇ」
かくてファティナのケーキが生徒会の娘二人へと伝授されたのだった。
●
「毎日、美味しいものを召上って胃腸が疲れていると思いますので」
黒井 明斗(
jb0525)は茜と南が家庭科室にやってくると手作りのドリンクを差し出した。
「お気遣い有難うございます」
茜は嬉しそうに破顔するとコップを受け取りこくこくと飲んだ。ぷはっと一気である。
「ありがと、せやけど、これ、何ジュース?」
南は受け取ったコップを手にしげしげと見つめる。
「豆乳・パイナップル・キウイ・ハチミツをミキサーしたものです。胃腸を保護し消化を助ける栄養素が含まれているんですよ」
と明斗は成分を解説する。
「へー、助かるわ。食いしん坊な茜ちゃんと違うてあたし小食やねん」
「うっ、ほ、ほっといてください」
実際は胃腸は茜の方が弱い。食い意地が張っているだけである――もっと駄目だ。
「あはは、今日はちょっとオシャレで美容に良いものをお教えしますね」
明斗は二人にそう微笑する。彼が教える事にしたのは『サツマイモのパイナップル煮』である。
「旬の食材であるサツマイモを消化に良いパイナップルで煮る事によって、本来の糖分・食物繊維にビタミンが加わって疲労回復と美容に良いと言われています」
サツマイモを1cm少々程度のサイズに輪切りにしつつ明斗は説明してゆく。
「レシピは簡単です」
少年は切ったサツマイモを水にさらした。アクを取る為だ。後、水から揚げると鍋に並べ、そこにパイナップル100%のジュースをひたひたになるまで注ぐ。
コンロに火を点火、中火で茹でる。沸騰したら落し蓋をし待つ。
「そろそろ良いでしょうか」
十五分程度後、イモに火が通ったのを確認し、最後にさっとレモン汁をかけ――完成である。
「これは確かに気軽に作れる一品やねー」
出来上がった物を三人で食しつつ南。
明斗は言った。
「料理は、相手の事を考えて提供するのが基本です。今回は、会長と大鳥先輩の体調を考慮して提案させて頂きました」
「有難うございます。そうですね、何事もそれが基本で、大切な事だと思います。お心遣い、とても美味しゅうございました」
会長はそう微笑して礼をしたのだった。
●
「む、皆が一同に会して行う訳ではないのか」
依頼概要を読んで鬼無里 鴉鳥(
ja7179)は呟いた。基本的に一日一組なので、他の教授者達と顔は合わせないようだ。
「……どうしたものかな」
自慢料理、自慢料理……
(ん? そう言えばそんな物あったか?)
基本、作れる範疇で選り好みはない鴉鳥である。
うーむと少女は頭を悩ませるのだった。
という訳で、
「ん……これは良い味だ。今までで一番良く出来ている。とても美味だ」
鴉鳥は茜が作ったみたらし団子を食べ評価を述べた。
「良かったです」
ほっとした様子で破顔して会長。
鴉鳥は茜が団子を作る際の補佐をする事にした。もっぱら材料の用意と味見である。茜がなかなか出来に納得しなかったので物凄い量を食べている。今週は体重増えそうだ。
「ではこちらを持って伺います。折角ですし、呉葉ちゃんも一緒にゆかれませんか?」
お届け先の人物は鴉鳥も知っている。
折角なので鴉鳥はその誘いに頷き、二人は共にファティナの元へと向かったのだった。
「ん、これはお世辞抜きに美味しいですね」
ファティナはみたらし団子を食べると舌鼓を打った。ちょっとした店の物と同等かそれ以上に美味である。
「やった! ふふー、お口に合って何よりです!」
と満面に輝く笑顔で会長。
(……まぁ、イマイチなものは全部ボツにしたものなぁ……)
口には出さぬが、げふ、とちょっとここまでに食べた量を思い出して咽た鴉鳥である。私の友人は「美味しい物を作るコツは、美味しい物が出来るまで作り続ける事です」なんて理論を本気で実行する女だったらしい、と鴉鳥は思った。
「とても気持ちの込められたお団子でしたよ」
微笑してファティナはそう述べたのだった。
(――あぁ、然し。茜殿が和気藹々としている姿を見ていると心が和む。良く傷だらけであるからなぁ……)
ちょっとしたお茶会になったので相伴に預かりつつ、鴉鳥はぼんやりとひとりごちる。
二人の娘を眺めて「うむ、花だな」と思う。
(……と、いかんな。見ているだけで満たされるとは愈々以て年寄り臭い)
とは言え、表立って言う性格でもない。
(……こんな性格な辺り、引っ張って貰う方が性に合うのか?)
そんな言葉が脳裏をよぎる。
(まぁ、深くは考えまい。今はこれで十二分)
陽気の良い秋の夕暮れ、空は黄金の色に輝いていた。
了