曇天の雲の下、しとしとと雨が降っている。
盛んに歌った蝉時雨は既に亡く、吹く風には涼やかさが混じり、山は橙や赤の鮮やかな化粧をし始めていた。
川に寄り添い雄大に広がるかつて栄えた町「月夜町」。その中心部には白塗りの三階建ての建物があった。公民館である。その古めかしくはあるが、立派な門構えの入り口前には「月夜町秋祭り実行委員会・本部」の看板が掲げられていた。
公民館内二階にある座敷に、刃傷を顔に走らせた隻眼の大男が一人、あぐらを掻いて座っていた。郷田 英雄(
ja0378)である。男の手には祭りで使う仮装服があり、彼はそれに飾りを付ける作業を行っている所だった。当日はこれで街を歩くつもりなのである。
男が作業を行っていると、座敷の入り口の方から、盆を手にした老婆がよぼよぼとした動きで近づいて来た。どうやら茶を配っているらしい。郷田の下にも来た。青年は礼を言って緑茶が入った磁器を受け取ると、一つ啜ってから老婆に言った。
「俺も本来ならもっと動きのあるパフォーマンスを行いたかったのだが、膝に矢を受けてしまってな……」
先の大戦で重傷を負ってしまい、未だその傷が癒えきっていないのである。
「まぁまぁ、それは大変だったねぇ冒険者さん」
「いや、俺は撃退士だ」
「あぁ御免なさい、この所物忘れが酷くてねぇ、衛兵だったね」
「……いや、俺は撃退士だ」
もしかしたらボケているのではなく、この婆さん竜の血を引く戦士なのかもしれぬ、という疑いの眼差しを郷田は向けたが、老婆はそれには答えず微笑し、ゆっくりしていってねぇ、とだけ言い残して、また別の参加者の方へとよぼよぼと茶を配りに行ったのだった。
他方。
(しわしわだ……)
白金の柔らかい髪に淡い翡翠色の瞳の何処か人形のような雰囲気を纏う少女――Robin redbreast(
jb2203)はじっと老婆を見つめていた。
これまで組織や学園では老人と接する事が少なく、特に老女との関わりはいっそう経験が少なかったからである。
そのロビンは曲芸で使う衣装を手にした老婆達に囲まれており、
「あらあらこっちが良いかねぇ」
「いやいやこっちのが可愛いいんじゃないかねぇ」
「全部着せてみれば良いんじゃないかねぇ」
「それがいいねぇ」
と着せ替え人形状態になっていた。慣れていないせいもあって元暗殺者の少女は集団老婆パワーに圧倒されており成されるがままである。合掌。
「……うーん、天候ばっかりは……どうにもなりませんねぇ……」
ノートPCが置かれた卓の前に座っている黒髪の少女が呟いた。月乃宮 恋音(
jb1221)である。
「当日は晴れると良いですね」
画面を後ろから覗き込みつつ中等部の少年が言う。天羽 伊都(
jb2199)だ。
二人はネットを使って祭りの広報活動に勤しんでいた。
伊都少年曰く、
「要は町おこしを久遠ヶ原風に成功させれば良いんだよね!」
との事で、
「なら、ボクは催しではなく興業としての成功を重視して動きたいな」
と、観光客の増加と祭りの出店参加者の増加を図っていた。
その為、伊都は恋音と共同してSNSなどのネットや各種情報発信機関に働きかけて宣伝に勤めていた。
また、
「南ちゃんちょっとお願いが」
と、執行部の会計長に連絡を取り、学園祭で利用する祭の業者等、仕入れルートについて教えを乞い出店規模の増加を図った。町長等とも話し合い色々条件はついたが、それらは概ね上手くいっていた。
が、
「……雨で中止になったら……赤字どころじゃないですねぇ……」
超一流と評される事務能力を活かし、宣伝手配や資材確保の資金調整を行っている恋音が愁いを帯びた表情と声音で呟いた。
規模を大きくしようと働きかけるのは、博打に似ている。
それに伊都は明るい口調で言った。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ、きっと晴れます。きっと売れます。上手くいきますよ先輩」
「えぇと……」
恋音は身を捻って肩越しに振り返り伊都を見上げる。
「……どういった根拠による……推測でしょう……?」
「皆、頑張ってますから。それに」
黒髪の少年はニヤリと不敵に笑うと、
「僕は勝負強いんです。だから、晴れますよ。当日の予報は晴れですし」
「はぁ……」
恋音は同意とも否定ともつかぬ言葉を返しつつ、まぁ徒に不安になってても生産的ではないか、と思い「そうですねぇ……」と頷いたのだった。もっとも、いざという時に被害が最小限になるように手配はしておいたが。
他方。
「ド派手な事は出来ねぇかもだが菓子作りには自信があるンでね」
と述べる成生遠馬(
jc0609)は木嶋香里(
jb7748)達が催す予定の【料理祭】に協力する事にしていた。
【料理祭】というのは木嶋香里曰く、
「調理過程を見せながら、振る舞い料理をお出しして祭りを盛り上げる、というものです」
との事だ。
公園の一角にて野外調理器具を設置し、そこを観覧用調理スペースとする予定である。
「婆ちゃん、この町の名産って何?」
遠馬は公民館で茶を貰いつつ問いかける。
「そうだねぇ、林檎とこんにゃくと手作りのガラス製品なんかは名産って言われてるかねぇ」
「ふーむ、林檎とこんにゃくとガラスか……」
茶髪の男は顎鬚を撫でつつ思案する。町の名産を使ったスイーツの開発しようと考えていたのだ。
(食べ歩けるモン……クレープなんかに出来りゃ良いンだが)
胸中で呟きつつ、構想を練ってゆく。
他方、
「地元の味を教えてくれますか?」
香里やユウ(
jb5639)は町の郷土料理を委員に教えて貰いつつ、練習の為に厨房で包丁を振るっていた。
「若い子は物覚えが早いねぇ」
と婆さんの一人が言う。この調子なら当日までにはしっかりとした味の物を出せるようになるだろう。
「雨、か……」
合羽を着込んだ鷹司 律(
jb0791)はホームセンターの駐車場にて、梱包された大荷物を幌付きのトラックの荷台へと運び込みながら空を一瞥した。
彼が現在運んでいるのは【料理祭】でメンバーが使う予定の野外調理器具やその燃料である。ずっしりと手に重い。
「当日までに晴れてくれると良いのですが……」
積み込みを終えた青年は運転席でハンドルを握り、祈るように呟いた。
でなければ準備がすべて無駄になってしまう。
「予報、あたっていてくださいよ」
エンジンがかかりトラックがゆっくりと動き出して、車道へと走りだしてゆく。
もうじき祭りの日がやってくる。
空では灰色の雲が重くゆっくりと流動していた。
●
当日、心配されていた天気はすっかり回復し、見事な秋晴れを見せていた。
蒼天のもと、山間の平野部に広がる町には祭りの多様な音が響き渡り、多くの人々が押し寄せて通りはごったがえしている。
「ママ、おっきな猫しゃん! 猫しゃんがいる!」
幼稚園児程度の齢に見える小さな女の子が、母の手にすがりつきつつぴょんぴょんと小さく飛び跳ねて、前方を指で差した。
「はーねーないのっ! あら、ほんとね。器用な猫さんねぇ」
道の中心を仮装した一隊がにぎやかに楽器を奏でながら前進している。その中に、直立して歩きながらシンバルを打ち鳴らす黒猫のきぐるみの姿が一体あった。中の人は黒百合(
ja0422)である。
黒猫は色とりどりの紐付き風船を身につけて周囲にぷかぷかと多数浮かべ、バンド付きの白いボードを肩にかけていた。
黒百合は自らに熱い視線を送ってくる女の子に気付くと、ててっと行列から抜け出し、風船を一つ差し出した。
「くれるの?!」
目をきらきらと輝かせて己を見上げてくる女の子へと、黒猫はこくこくと動作だけで頷く。
「わぁ! ありがとー! ございますっ!」
躾がしっかりしてるらしい幼い女の子は風船を受け取るとぺこりとお辞儀した。隣で母親も頭を下げている。
黒猫はマスコット独特の大仰な身振りで答えてから、もふもふした手で童女の頭を一つ撫でると、ぶんぶんと手を振って小走りに行列へと戻ってゆく。行列の歩行速度はゆっくりだが、途中で抜け出し用事を済ませ置いてかれないようにまた再び戻るとなると、なかなか忙しい。
「風船ありがとー!」
ぶんぶんと手を振る幼女に見送られつつ、黒百合はまたシンバルを一定のリズムで叩きながら通りを仮装仲間達と共に歩いてゆくのだった。
●
メインストリートの一画。
「うわ、結構人多いんだね」
と、当日の盛況ぶりに対し目を見開いているのはジョシュア・レオハルト(
jb5747)である。
ちょっとこれは緊張する、と思いつつ銀髪の青年は路上にてクラシックギターを取り出した。
祭りならば喧騒が一つの音楽となるが、そこに少しアクセントを加えられればな、という思いである。
「趣味の領域だから、あまり上手くないかもだけど」
と一つ述べつつ、青年は弦を爪弾き、ギターの音色が祭りに賑わうストリートへと溶け込んでゆく。
メインストリートでは多くの撃退士達がパフォーマンスを行っていた。
通りで特に人が集まっている輪の中、二人の青年と一人の(見た目)少女が楽器を奏でている。
路上にステップしながらショルダーキーボードに指を走らせ、伸びのあるアルトヴォイスを震わせているのは亀山 淳紅(
ja2261)だ。
歌い奏でているのは周囲からリクエストを採った、最近流行りのアーティストの明るい曲である。
青年は曲に合わせて歌いながらメロディの合い間合い間に周囲で足を止めて眺めている観光客達に呼びかける。
ハンディカラオケはちょっとご遠慮されたが、サビの部分等など周囲の客達も声を揃えて合唱した。ちょっとしたライブハウス状態だ。
ギターを奏でていたブロンドの青年――ガート・シュトラウス(
jb2508)――が大きく跳躍する。はぐれ悪魔の青年は宙で一回転し、足の裏から通りの小ビルの壁に激突、そのまま張り付き壁を駆け上ってゆき、また後方に宙返りしながらアスファルトの上へと着地した。その常人ではありえない身のこなしに周囲からおおっと声があがる。
志堂 龍実(
ja9408)がメインヴォーカルを務める曲に入ると、淳紅は聴衆を順繰りに踊りに誘った。リズムに合わせて婦人を横抱きに抱え上げて踊ったり少年少女を抱き上げて回転したりと見た目にそぐわぬパワフルなパフォーマンスを見せてゆく。
流行の数曲を終えると、深紅の鮮やかなドレスに身を包んだ龍実が、静寂の中、身を捻り手をすらりと天へと伸ばし、独特のポーズでフロントに立った。
ガートがクラシックギターを爪弾き、淳紅が朗々と声を響かせ手拍子を打ち徐々に激しくしてゆく。
フリルがあしらわれた赤いドレスの裾がふわりと宙に舞った。黒曜石の瞳の半天使が、腰まである長い銀髪を靡かせ鋭くステップを踏んで躍動してゆく。遠い異国・アンダルシアより伝わる伝統芸能、フラメンコである。
重体の身なので常よりもキレが鈍ってしまっているのは致し方ない所だったが、
「やるからには全力で、な」
と事前に語っていた通り、汗を飛ばしながらも全力で情熱的に踊ってゆくのだった。
他方。
双城 燈真(
ja3216)もまたストリートにて陰影の翼を広げて飛行しパフォーマンスを行っていた。
彼はこの際にハーフというものについても喧伝しておこうと思い、
「ハーフだからって強制的に二重人格になるわけじゃないからな!」
「なったら大変だよ……憧れないでね……?」
と交互に人格を入れ替えて喋っていた。
飛行している撃退士は他にもいる。
「皆さん、初めましてであります!」
右に機械の片翼を、左にアルバトロスの翼を広げ、桃色の髪の少女が通りの宙を旋回し、自己紹介した。蛇ヶ端 梦(
jb8204)である。
「今日はディアボロ芸を披露したいと思うであります!!」
カラフルなピエロ服に身を包んだ少女は笑顔と共に元気良く宣言すると空中で一回転して静止した。
ディアボロ――というと撃退士の場合、天魔を思い浮かべる所だが、そうではなく、ジャグリングで使う道具の一つである。
テンポの良い曲が流れ出すと同時に淡桃色の髪の少女はやや平べったい杯を二つ底で繋げ合わせたような独楽を取り出した。
「アンダースロースタート、で始めるであります!」
梦は宙へと独楽を手前に引くようにして回転をつけながら放り、間髪入れずに素早く紐で結ばれているスティックを広げる。
独楽中央の細い部分が紐にあたり回転の作用を効かせながらスティックの間の紐でキャッチした。
「さて、ここからサン!」
技名を叫びつつ梦はスティックに微妙な操作を加え、紐の間で回っているディアボロをそのまま回転――例えて言うなれば天球の自転の動き――させながら、紐ごと大きく円を描くように左回りに一回転――言うなれば天球の公転の動き――させた。
「スピードループ!」
サンのような動きだが、さらに微妙な繊細な動きをスティックに加え、ディアボロの自転を加速させてゆく。
「ハイアップであります!」
叫ぶと同時に梦はディアボロを天に向かい高々と飛ばした。糸を離れたディアボロは回転しながら登りきるとやがて重力に引かれて落下を始める。梦はスティックを操作すると落下してきたディアボロを紐でしっかり受け止め、また紐の間で回転させ続けてゆく。
「そして、ピルエットー!」
今度は天に向かってディアボロを飛ばすだけでなく、桃髪の天使はその瞬間に自分もくるりと一回転を行った。正面に向き直った所で落下してきた独楽を糸で無事に受け止める。
「さぁ増やしちゃうでありますよ!」
少女は弾んだ調子で言って、さらにもう一つのディアボロを紐へと加える。そしてスピードループ、ハイアップ、ピルエットと二個に増やしたにも関わらず鮮やかに成功させてゆく。周囲の観客達から感嘆の声が洩れた。
「フィニッシュー、であります!」
声と共に少女は二つのディアボロを宙へと飛ばし、素早く両方のスティックを片手で持つと、網をかけるように紐を振るって二個のディアボロを逃さず紐でひっかけて捕えた。
「以上であります! ありがとうございましたであります!」
言って笑顔と共に梦は一礼し、周囲から盛大な拍手が送られたのだった。
●
一方その頃、公民館の厨房にて、
「えと、ノーチェさんにその、お味は…どうでしょうか……?」
茶髪に青瞳のハーフエンジェルKamil(
jb8698)は、隣で調理を行っている銀髪の少年へと問いかけていた。
(うぅ、美味しく出来るといいのですが……)
少女が見守る中、ヴァルヌス・ノーチェ(
jc0590)は小さな皿に取ったKamil作の吹き寄せみそ汁に口付け味見すると、
「うん、とても美味しく出来てるよ」
と微笑して答えた。
「良かった」
ほっと一安心するKamilである。
「あたしの方はこれで完成ですけど……ノーチェさんの方も出来そうです?」
「うん、もう出来るよ」
頷いて悪魔の少年は調理の仕上げにかかる。
「美味しそうですね」
「これ、酢のかわりにお酒を使っているんだ」
ヴァルヌスは調理しながら説明する。
「ゆっくりと圧力をかけて熟れさせてやると、酒の中の酵素が具や飯を旨味酵素に変えて、より深い風味と味わいが楽しめるんだよ」
少年が作っていた料理は、旬の野菜や地元の特産を入れた特製のちらし寿司だった。一応、酒が駄目な人向け用に普通のちらし寿司も作ってある。
「へぇー、美味しそうですね……」
「――っと完成だね」
「か、完成したので笑顔で提供……ですね」
「……大丈夫?」
「き、緊張しますが……頑張ります……!」
かくて調理を終えた二人は料理を外へと配りにゆくのだった。
●
「おにーさん実行委員の人なのー?」
十代前半程度に見える少女が英雄を見上げて問いかけた。
「その通り。こうして出し物の解説をして回ってるって訳だ」
銃士の仮装に身を包んだ長身の男――郷田英雄は、帽子の鍔を指で押しあげて笑った。
「一人一人に付いて? それって効率悪くない?」黒髪少女はかくりと小首を傾げる。
「なに、俺が付くのは可愛い子限定だから。どう? 一緒に回らない?」
「おにーさん不良委員ー、でも悪い人じゃなさそうだし、良いよー」くすくすと笑った後、少女はぼそっと言った「友達がドタキャンしたせいで一人で回るのつまんないし」
「あぁ……そりゃあ災難だったな」
「ほんと最悪ー」
「ま、後でその友達に自慢できるくらい楽しくいこうぜ」
そんな訳で秀雄はナンパした少女と共に祭りを見て回るのだった。
●
翻る閃きは光のように。
ステージの上で、銀髪の男と女が剣を手に舞っていた。
曲に合わせて軽快に舞う男は浪風 悠人(
ja3452)、女は浪風威鈴(
ja8371)だ。
(心と息を合わせれば……)
(息を……合わせる)
悠人に連れられて壇上に上がった威鈴は少し緊張していたが、悠斗の事は信頼していた。
二人の身のこなしは素早く洗練されており、風を切って振るわれる金属の剣は刃は潰されているが迫力は十分である。二人の銀の剣舞は観客達の目を惹いた。
甲高い音と火花をあげながら剣を合わせる事数合、二人は距離を置いて剣を納め、林檎と弓矢を取り出した。
まず悠斗が頭に林檎を乗せ、威鈴は弓を手に矢を番えた。
威鈴の手の弓は満月の如くに引き絞られ、悠斗は微動だにせず、二人は見つめ合いBGMが徐々に盛り上がってゆく。
曲が最高潮に達した時、威鈴ははっしと矢を放った。矢は目にも止まらぬ速度で勢い良く飛び、鋭い音と共に悠斗の頭上から真っ赤な林檎を吹き飛ばした。
観客からどよめきがあがると共に、停止していた悠斗が再び動き出し壇上に落ちた林檎を拾い上げ、観客に良く見えるように頭上に翳した。
矢は見事に林檎の真芯を貫いており、周囲から拍手が送られる。
悠斗と威鈴は一礼すると林檎と弓矢を交換し、再び距離を取る。
矢付きの林檎を威鈴が頭に乗せ、悠斗が弓に矢を番えて引き絞る。
見詰め合う事しばし、BGMが再び盛り上がってゆき、頂点に達した時、悠斗の弓から矢が飛んだ。
一閃の光が宙を走り、威鈴の頭上の林檎が吹き飛ぶ。
直立していた威鈴が動いて林檎を拾い上げると先の悠斗と同様に観客へと示した。
矢は先に突き刺さっていた矢を尾から割いて突き刺さっていた。
それを見た観客から盛大に拍手が巻き起こる。
悠斗と威鈴は壇の中央まで歩くと手を繋ぎ、四方の観客達に向かってお辞儀したのだった。
●
「大根役と言い称えられた私の演技! しっかり見るといいよ……!」
桜木 真里(
ja5827)の相方は、不安感が炸裂するような台詞をのたまってらっしゃった。ツインテールの長い黒髪に、紫水晶の色の瞳の少女、鴉女 絢(
jb2708)である。
舞台にあがった青年と少女は、曲の開始と共にそれぞれ魔法書とスナイパーライフルを構える、流れ弾が大変デンジャラスなので、観客が立つ位置はかなり制限されている。
リズムに合わせて踊りながらテンポ良く、炎の剣と弾丸が飛び交い、青年と少女が壇上を駆け跳び回る。壇上の一部が砕け散ったり破壊や、ぎりぎりをかすめてゆく猛攻はスリルと迫力がたっぷりで、飛び交う観客の声にも熱が入っている。
「ちょっ……!」
飛んで来た弾丸をぎりぎりでかわした青年は少女の紫瞳を睨み据える。
(……本気、じゃないよね?!)
ところどころ本気の一撃が混じっているような気がして焦る真里。きらきらと紫瞳を輝かせて銃口を向けてくる鴉女からは真意が読み取れない。
ぎっりぎりで真里はかわし続け、やがて曲が切り替わってスピーカーから久遠ヶ原学園の校歌が流れ出す。
不安に思いつつも真里は攻撃の手を止め、踊りながら歌を歌い始める。
一方、
「え? え?」
鴉女は足を止めて棒立ちになり戸惑っていた。打ち合わせはしてあったのだが、頭が悪いので芝居の流れを覚えてないのである。観客の鴉女を見つめる視線が徐々に訝しげなものになってゆく。
(と、とりあえず踊るべき……?)
鴉女が迷っている中、歌パートは終了し、真里が繰り出した一撃が炸裂し、
「え、鴉女?!」
戸惑ったような真里の声と共に、吹き飛んだ鴉女は壇上から転げ落ちていったのだった。
●
桜雨 鄭理(
ja4779)と共にボックスを抱えタンクを背負いただいま売り子中の卯左見 栢(
jb2408)は、うさぎの着ぐるみを着込み、客寄せのパフォーマンスを行っていた。
そのパフォーマンスというのは、
「よってらっしゃい見てらっしゃい、今日はいつもよりたかーく跳んでまーす♪」
耳脇の髪の毛を動かして、きぐるみのウサギの頭部をぽんぽんと宙へと投げてはキャッチしまた投げるというものだった。
「いやぁあああああ、うさちゃああああああん?!」
中の人が見えているだけでなく首が飛ぶという光景を目撃し幼女が悲鳴をあげている。
「…………栢、それは少し、ヴィジュアル的に刺激が強過ぎるんじゃないだろうか……?」
犬耳のコスプレをしニンジャヒーローを発動中の桜雨鄭理は、現在の場の因果関係を見据えて分析し、相棒にそのような感想を洩らした。
「えー、そんなぁてーりん!」
「目立ってるとは思うんだけど……子供泣いてるし」
「まったく、最近のお子様は根性がないんだぜ」
ぽふと首を正しくセットすると栢は、泣いてる子供に向かってあやすようにぶんぶんと手を振ってみる。子供はぴたっと泣き止んだ。
「時代というより個々の性格の問題な気もするが……あ、はい、百円になります」
栢に返答しつつ鄭理はボックスからパックに包まれた握飯を客に手渡し、代金を受け取って腰のケースに入れる。
「てーりんせんせー、半分だけ浮かせる、っていうのはどうだろ?」
にょきと首をまた少し浮かせて栢。それに反応してびくっと幼女が震えている。
「根本的に頭部以外を扱うのが良いんじゃないか――六つ入りのだと五百円になります、まいど」
とまた御握りを売り捌きつつ鄭理。そんな調子で二人は屋台を回してゆくのだった。
●
リュートの音が響いた。長く延びる音は、しばし空気を震わせると、色を微妙に変えた。それは特に、曲という訳では無かった。調弦の為に鳴らした音である。
公園のベンチに腰掛けて帽子をかぶった赤銅色の髪の男がリュートを抱えていた。
「お祭りって雰囲気がもう楽しいよね!」
男の前で、茶色の髪の若い娘が弾んだ調子で両手を広げて言った。
「色々な演し物があるから見て回りたいんだけど、まず先に依頼内容しっかりこなさなきゃね。演奏をシルにお任せして私が踊るっていうのはどうだろ?」
ユーナミア・アシュリー(
jb0669)はくるりとターンして夫に問いかける。
「いいねぇ」
シルヴァーノ・アシュリー(
jb0667)は祭りの雰囲気にウキウキと上機嫌な様子の妻を見やると、
「誰かを楽しませるには、まず自分が楽しむことだよ」
言って頷いた。
夫妻は軽く打ち合わせると公園内の、適度なスペースがある交差路へと移動し、同時にアウルを集中させ、解き放った。
光と共に二体のヒリュウが出現し空へと飛翔してゆく。周囲からどよめきが起こった。
やがて遠い異国の旋律が赤銅髪の男が爪弾くリュートより流れ出し、茶色の髪の娘がステップを踏んで踊り出す。
二体のヒリュウは躍動するユーナミアの動きに合わせて、その周囲の宙をくるくると舞い、三身にて一つの舞いという名の物語を生み出してゆく。
一曲終えた所で、見惚れたように見ていた観客達の中に子供を発見するとユーナミアは柔らかく微笑みかけた。
「良かったら混ざるかい?」
シルヴァーノが言葉を投げる。
「ほら、可愛くて良い子なんだよ」
とユーナミアはヒリュウを呼び寄せて撫でる。
『混ざるー!』
かくて、ヒリュウの可愛さにやられたらしい子供達が混じって一緒に踊る――というか戯れだしたのだった。
●
月夜町の公園には町民がテニスをするコートや野球をするグラウンドなどがある。
そのグラウンドの一画に、今は人間大の巨大な岩石がごろごろと運び込まれていた。
大半はまるい岩だったが、中にはゾウやキリンらしき造形に削られたものもあり、今現在も、観光客達が見守る中、法被を着込んだ紫髪の童女が、破壊音を撒き散らしながらハンマーを振るって、発泡スチロールの如くに大岩を削っていっている。
「ふぅ、出来たわ」
額を拭ってハンマーを振るう手を止めてナナシ(
jb3008)。
「お嬢ちゃんちっこいのに凄いのぅ……こいつは、恐竜かの?」
観光客の一人が問いかけた。
「ええ、ティラノサウルスよ」
にこっと微笑んでナナシ。男の子達は大喜びである。
「お爺さんも何かリクエストある? 持ち帰る事ができればそのままあげるわよ」
「ふむ、それじゃ、儂の唯一の肉親である可愛い孫娘をかっさらっていった軽薄男を」
「……それ、すっごい何に使うかに疑問が沸くわね」
「いっつあジョークじゃジョーク、柴犬を頼みたいのぅ」
「柴犬ね、わかったわ」
そんな調子でナナシはまたハンマーを振るってゆくのだった。
●
商店街の一画に、カーテンで囲まれた仮設の試着室と、衣装のかかったポール、そして頑丈な机が一つと椅子が二つ置かれていた。
椅子の一つに腰掛けているのは銀髪の、一見では歳の頃十七、八といったところの歳若い少女である。彼女――川知 真(
jb5501)は一つの看板を掲げていた。
「……腕相撲?」
観光客らしき二人組みの、派手な服装をした若い男がその看板をみとがめて足を止めた。
椅子に座っている娘はにこにこと微笑を浮かべながら、
「はい、ここは腕相撲をする所です」
と頷きシステムを説明する。
「私が買った場合はそちらの飴を1つお持ち帰りください。お客様が勝った場合、私がそこの衣装の中でお客様が選ばれたのを着て一緒に記念写真を撮る。というシステムです。1回100円です。いかがでしょう?」
「えー、撮影するだけ? もうちょっとこう、なんかない? 君がドレス着て口付けしてくれるってんならオレ、万札出しても良いんだけど」
「えーと……」
笑顔のままどうしたものかと真は思案する。困ったお客というのも、しばしばいるものだ。
「おいハチロク、若い娘さんを困らせんなよ」
派手男の連れらしき、背広を着込んだ筋骨逞しい男が後ろから制止の声をあげる。
「へいへい兄貴は真面目なんだから、まァいいや。オレァこう見えても高校時代地元じゃ腕相撲四天王と呼ばれた男なんだぜ。いいぜ、100円な!」
「有難うございます。では、おかけください」
真は代金を受け取ると掌を差し出して席を勧める。
「おうよ!」
派手男はやたら気合が入った様子でぐるぐると腕を回しながら席につく。
「あの……私、あまり強くないのでお手柔らかにお願いします」
男と腕相撲の形に手を組みつつ、真が言うと、
「……ふぅーん?」
と、男は訝しげな様子で片眉をあげた。
少しの間の後、開始の合図――瞬間、ただの人間が出したとは思えぬ程の猛烈な負荷が真の腕に加わった。真は少し驚きつつも机面に激突する寸前でなんとか堪える。
「ぬぐぐぐぐぐっ!」
派手男は顔を真っ赤にして歯を喰いしばり腕に筋を浮かび上がらせている。どう見てもお手柔らかどころか全身全霊全力全開である。
「ん……しょっ」
真は腕に力を込めると徐々に徐々に押し戻してゆき、やがて――
「だぁ! 畜生! 負けたぁっ!!」
ぺたりと男の腕が机面に押し付けられる。
「ザマァねぇな」
「うるせーよ!」
微笑を浮かべて真は言う。
「あの……なんとか勝てました。お強いのですね」
「あんたもうるせーよ! くそう、覚えてろ!」
派手男は顔を真っ赤にして席から勢い良く立ち上がる。
「あの」
真は去り行こうとする男を呼び止める。
「あん?」
「景品の飴です」
と真は飴を一つ手に取って差し出した。
「……どーも」
派手男は苦虫を噛み潰したような顔で言うと真の手から飴を受け取り、連れの巨漢と共に去って行ったのだった。
●
「んぅ……あたしに何ができるの、でしょう?」
この依頼を引き受けたは良いものの、華桜りりか(
jb6883)はその遂行にあたり悩んでいた。
悩んだ末に出した結論は、
「出来ることと言ったらチョコを作るくらいなの……」
という事で、りりかは開催日までに作成しておいたチョコを籠に詰めて、黒髪桃瞳の少女は和風のメイド服――桜色の着物に短めの袴、フリフリのエプロン――を着込みメインストリートでチョコを配り歩いていた。
「チョ……チョコレート、お一つ如何ですか?」
引っ込み思案ながら少女は勇気を出して通りを行く観光客達に声をかけてゆく。
「チョコレートより俺が欲しいのは君という名の甘い菓子――」
途中、そんな言葉と共に変な派手男に手を掴まれたが、背広男が後頭部を殴り倒して引きずっていってあっさりと事無きを得たり、
「あまーい、これはとっても美味しいですねっ」
同じ依頼を受けてやってきた梅之小路 鬼(
jb0391)に渡して感想を貰ったりしていると、
「チョコレート、くれるのっ?」
小学生程度の六名程度の子供の集団が目を輝かせてやってきた。
「うん。どうぞなの、です。よければもらってほしいの……」
りりかは精一杯の微笑みを浮かべて言う。
「やったっ」と小柄な子供が言って、
「ねーちゃん、サンキュー!」体格の良い子供が言い、
「あ、これ桜?」と少女が小首を傾げ、
「うん……これは、味わい深い。良い仕事してますね」もぐもぐとチョコを咀嚼しながら眼鏡をかけた少年がくいっとフレームをあげた。
チョコを受け取った子供達はわいわいと騒ぎ出す。
りりかが配っているチョコは桜の花弁を模ったもので、味はカカオから作る本格派なミルクチョコ、ビターチョコに加え彩りに苺とホワイト、というそこらの市販の物とは一線を画す代物である。
包装も薄い桃色をベースに、濃い桃色で桜の模様を描いた和風の包装で、薄緑のリボンを可愛いらしくあしらえてある。
桜大好きのチョコ中毒者、の評は伊達ではないのだ。
「んぅ……喜んで貰えたなら、良かったの」
子供達の笑顔に微笑を返し、ぶんぶんと手を振って駆け去ってゆく子供達に手を振り返して見送ると、りりかは再びチョコを配ってゆくのだった。
●
月夜町公演ホール、町をあげての祭りが行われている今、ホール内の席は多数の客によって埋め尽くされていた――満員である。
闇の中、スポットライトを浴びてステージの上に浮かび上がっているのは、二人の少女と一人の青年だった。
一人は六歳程度に見える茶色の髪の幼い童女、雪城美紅(
jb8508)。赤を基調とした魔女の長衣に身を包み、鍔広のとんがり帽子をかぶっている。
一人は年の頃十五、六に見える赤髪紫瞳の少女、Abhainn soileir(
jb9953)。神社で見かける日本伝統の紅白の巫女服に身を包んでいる。
一人は同じく十六程度の外見の黒髪の青年、四月一日蓮(
jb9555)。フード付きの漆黒のローブに身を包んでいた。
曲がかかり、三人はマイクを手にすると息を吸って口を大きく開き歌いだす。
(心を込めて皆が楽しんでくれるように歌うの)
美紅の心にあるのはそれだった。民謡や童謡を選んだのも、そのあたりならおじいちゃんたちでも喜んでくれるのではないかと思ったからだ。
三人(Abhainnが最初とちったが)の口から歌声がこぼれだしてゆく。
(皆で歌えば楽しいの)
美紅は流麗なソプラノの声で歌い上げてゆく。故郷を想う歌だった。
故郷、夢が故郷を巡るならば、その身は今、何処にあるのだろうか。
志が果たせたならば、いつか帰れる日は来るのだろうか。
(んー……やっぱり『じぇいぽっぷ』とは大分違いますねー)
天使の微笑を明るくふりまきつつ舞いながらアルハインは胸中で呟く。知ってる曲の範囲が限られているので色恋に関連しない歌というのは割りと新鮮である。
(みんようもいいですねー)
故郷、アルハインは故郷は知らない。記憶が無いからだ。それはどういうものなのだろうか、そんな疑問が脳裏をかすめたが、前向きな性格なので今は忘れた。
蓮は笑顔を浮かべ声をはっきり出す事を心がけて歌う。最初は緊張の為に笑顔がひきつっていたが、徐々に緊張がほぐれ自然な笑顔になってゆく。
一曲目が終わると夕焼けの歌を歌った。その後も懐かしい物や朗らかな感じのする曲を三人で歌い上げてゆく。
やがてすべての曲が終わると美紅は連とアルハインと共に観客に向かってお辞儀した。盛大な拍手が三人に向かって返ってくる。
やがてスポットライトが消えて幕が降りる。
舞台袖に戻った時、美紅は「おにいちゃん、おねえちゃん、一緒に歌ってくれてありがとうなの!」と礼を言った。
「いや、こちらこそ」
連は微笑して童女に言った。
「うん、こちらこそ有難うだよー」
あはと笑いつつアルハイン、最初とちったのがちょっと心が痛い。
「さて、それじゃ私はもう一仕事してきますねー」
「あぁ、舞ですか」
「頑張ってなの!」
二人に見送られてアルハインは再び舞台の上に出た。
(天使って、人間さんの間だと神に仕える者らしいですねー、それって「ミコ」さんと同じー?)
手に持つ神楽鈴がしゃらんと鳴る。
一説によれば、天使とは神と人の間を繋ぐ『存在(モノ)』だという。神とは何か。まぁ人が言うそれは多分、ゼウスやベリンガムではないのだろう。
幕が再び開くと記憶を失くした天使アルハインは舞いを舞った。
奉納の舞であった。
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「すごい、あのウサギさん(栢)、髪の毛でお会計してる……!」
「天魔じゃないよね? 世の中広いね……」
料理を配り終えたKamilとヴァルヌスは二人で手を繋いで出店を見て回っていた。
ボディタッチの類は赤面や混乱してしまうKamilだったが、ヴァルヌスと手を繋ぐのはKamil的には問題無かった「友達同士だからね!」という意識である。「青春だねぇ、てやんでい!」と二人を見かけた爺さんがおでこを叩いていたが閑話休題。
「うぅ、人の波に酔ってしまいそうです……」
「大丈夫? 人が多いから、はぐれないようにね?」
Kamilは腕に実行委員の腕章をつけていた。案内や迷子など、困っている人を見つけたら積極的に助けて祭りの成功をサポートしようという心である。
これだけの人混みなので当然、迷子などは出ていた。
途方にくれた様子の子供を発見し二人が事情を尋ねると、やはり迷子になってしまったようだった。
「どうしましょう……?」
「運営委員会の本部に連れて行こう。あそこなら呼び出し放送とか出来るだろうし」
とヴァルヌス。
「それは名案ですね」
笑顔を見せてKamil。
そのように二人は出店を回りつつ、トラブルに遭った人のヘルプにあたってゆくのだった。
●
「祭りと来たら超稼ぎ時じゃないっすか」
という訳で響龍(
jb9030)は飲茶と点心の屋台を出していた。
「いらっしゃいー! いらっしゃいー!」
金色の狐耳と尾を持つ焦げ茶色の髪のハーフデビルは、熱心に商売を展開している。こう、風水的に昔の血が騒ぐのに加え、
(ギリギリの値で仕入れてお手頃な値段で売る……商売の超醍醐味ですからね)
と燃えているようだ。ザ・商売人の血脈である。
常ならば、人の世の社会においては、その耳と尾は奇異の目に晒されそうだったが、今は祭りという時分であり、仮装の一種なのだろうと周囲の人間達には認識されているらしく、特にその辺りを問いただされる事はなかった。
「旨いっすよー、そこの先生、小籠包買うと風水的に超ラッキー。食べてきません?」
響龍は店の前を通りがかった老人達に軽快に声をかける。
その声に気付いた徳重 八雲(
jb9580)は視線をやり足を止めると、
「なんだいおまいさん、こんな所でも金儲けやってんのかい」
「所変わっても、結局、自分が変わらない限りやる事にそう大差は無いって事っすね。先生の方は何か出し物とかやりにいらっしゃったんすか?」
八雲はぺしんと扇子で己の肩を叩きつつ、
「いやお生憎、こんな爺じゃ派手な出し物なんざできやしねぇよ」
とのたまった。そんな調子で何言か世間話しつつ、同行者の倭文 左近(
jb9835)に喰い物をねだられたのもあって結局、
「毎度ありー! お世話んなってますから特別に2割引きしとくっすよ」
と小籠包を食べてゆく事となった。
「うめぇな……! いや、屋敷の皆の料理も極上だがよ!!」
左近は湯気立つ小籠包を箸とレンゲを使って美味そうにたいらげてゆく。
腹ごなしも軽く済んだ所で二人は店を出ると公園へと向かう。
他方。
「昨今の年配層は意外と"みぃはぁ"なのじゃよ、儂とお前で淑女のハートを鷲掴みじゃぞハマグリ!」
鳥居ヶ島 壇十郎(
jb8830)は楼蜃 竜気 (
jb9312)を連れ出し和ロックライブを慣行せんとしていた。
「そんなもんなのかねぇ……っておい! ハマグリじゃねーよ! 龍だよっ!」
角付きカチューシャと龍の尻尾つけ、ヴィジュアルメイクもばっちし決めている銀髪青年が老悪魔の言葉に突っ込む。
「ふむ何じゃ、一丁前に龍の仮装も似合うとるではないか」
壇十郎はかかかと笑う。
そんな調子の二人は公園に設置されているステージにあがるとターゲットを老年に絞って演歌や50年代の歌謡曲をロック調にアレンジして歌い始めた。
壇上の壇十郎は三味線を掻き鳴らし、無駄にキレッキレの動きでパフォーマンスを披露してゆく。
(壇さん……すっげぇはしゃいでんな……)
伴奏のギターをストロークしつつ竜気は老悪魔を見やって胸中で呟く。
(あれ? そういえば怪我してなかった……?)
そう思った瞬間だった。
曲の終わりに決めポーズを取った瞬間、壇十郎が糸が切れた人形のように崩れ落ち、盛大にステージの床に顔面を叩きつける。
「だ、壇さん?!」
慌てて竜気が駆けよると、演奏が止まり静寂が広がってゆく中、壇十郎が言った。
「……じ、重体になってるの……忘れておった……」
「もう歳だってのに無茶し過ぎだろおい!」
診察するにどうやらぎっくり腰のようである。
「無茶じゃないわい! 儂は這ってでもこのライブを完遂するんじゃあ!」
「はぁまったく……」
すったもんだの末、
「ほら、乗りな?」
と竜気が壇十郎を背負ってのライブ続行となった。
「折角の祭りではしゃげないとか……」
「……ふん、トリを譲ってやったんじゃ。ヘマはするでないぞ」
真っ赤な顔をしつつ壇十郎が言う。
竜気はその言葉に苦笑しつつ竜気は壇十郎を背負ったままギターをじゃーんと掻き鳴らした。
「それじゃ、しっかり捕まっとけよーー!」
そんな訳でドタバタしつつも竜気と壇十郎がライブを完遂し終えると、二人の元へと八雲と左近がやってきた。
「よう、見てたぜ。一部ちょっとアレな場面もあったが、上手なもんだったじゃァねぇか」
その八雲の言葉を聞いた竜気の背の壇十郎は竜気の頭部から角付きカチューシャを毟り取ると八雲に向かってぶん投げた。
「ちょお、背中で暴れんなよ!」
「あんだい騒がしいねぇ、おまいさんら、もう少し静かにできねぇのかい」
ぺしりと扇子で飛んで来た角を弾きつつ八雲。
「ま、その調子なら大丈夫そうだな」
と苦笑して左近。
「ただまぁ、一旦、どっかで診てもらおうぜ。いらん根性ばっか張ってんだから爺様達は」
「そうするか」
そんな事を言いつつ四人は実行委員会の本部へと向かったのだった。
――追記。
「全治……三日くらいですかね?」
『回復はやっ!』
壇十郎へとヒールしつつ診察したジョシュアの見立てに天魔達は驚きの声をあげたのだった。
●
「世紀の大マジックショー! はじまるよ〜!」
「寄ってござれ見てざれ!」
仮面をかぶりドレスに身を包んだ緑髪の少女が周囲の観客達へと向かって声を張り上げた。
司会進行を務めているのはシエル・ウェストである。
「撃退士によるマジックショーをご覧下さい!」
シエルは腕を腕を振り上げ一人の少女を差し示す。
「まずは狗猫さんによるステッキショーです!」
紹介と共に現れたのはドレスに身を包み仮面をつけた黒髪の、身長118cmというとても小柄な少女だった。最大の特徴は、人ならざる猫の耳と二本の尾だろう。
仮面の猫耳童女は周囲の観客からの視線を浴びつつ滑るように前に出ると、一本の棒を取り出した。
マジシャンステッキと呼ばれるそれである。
狗猫 魅依(
jb6919)は杖をくるくると回すと宙へと放り投げ掴んだ瞬間にぱっと布へと変化させた。
その鮮やかな変化に軽く観客からざわめきが洩れる。
猫耳仮面の童女は布を宙へと数度振りかざすと再びステッキへと変化させ、さらにステッキを花へと変化させる。そして最後に花を掻き消し代わりに白銀の鎖鞭を出現させた。観客から大きなどよめきが起こる。
「タネも仕掛けもにゃいんだよ?」
一礼して銀鎖を掲げると盛大な拍手が降り注いだ。
「有難うございましたー! 続いてイリュージョンショー!」
魅依が後方へと下がり、シエルは声を響かせながら腕を振り上げる。
「ユカリン! 頼みます!」
入れ替わるように前に進み出てきたのはやはり仮面をつけドレスに身を包んだ少女だった。
「種はありますがしかけはございません♪」
ゆかり(
jb8277)は声を響かせると、手に持つ三つのボールを次々に宙へと放り投げてジャグリングを開始した。和風に言うならば(細かい違いはあるが)お手玉である。
しかし初めは三つの球がくるくると楕円を描くように宙へと舞い上げられていたに過ぎなかったが、時間の経過と共に球の数が四つ、五つ、六つ、と増えてゆく。
観客達は目を凝らしたが、どこに球を仕込んでいるのか、まったく見切れなかった。突如として空間を割って出てくるかのように球が増えてゆくのである。
球が増えてゆくと共にざわめきも多くなってゆき、最終的には十個までボールは増えた。
ゆかりはどこからか大きな帽子を出現させると十個のボールをその中に落とし入れ、観客に向かってお辞儀した。拍手が巻き起こると共に仮面の少女は後ろへと退がってゆく。
「さぁさぁ会場の熱も増してきました所で、お次はハンドパワー! グラさん! お願い!」
三番手として前に台を押して進み出てきたのは赤髪の、やはり仮面とドレスを身につけた少女だった。
グラサージュ・ブリゼ(
jb9587)は一つ一キログラムのダンベルを、観客に良く見えるように掲げ、前列の客を指名してステージに上がって貰いその重さを確かめて貰うと、五つあるうちの一つを台の上に置いた。
「最初は一本から〜!」
声と赤毛の仮面の少女は腕をかざす。
すると鉄のダンベルが重力が逆転でもしたかのようにすっと空中へと浮かび上がり、そのまま吸い込まれるようにダンベルは少女の腕へと張り付いた。
観客がどよめく中、グラサージュはダンベルを台の上に戻し、
「今度は五本で挑戦します〜♪」
言葉と共にさらに残りの四本も台の上に乗せる。
「む〜〜〜ん……」
両手を翳して念でも篭めるかのように赤毛の仮面少女は唸り、
「はっ!」
気合の声を発すると共に五つのダンベルが一斉に浮かび上がった。
五つの鉄の塊は数が増えても先とまったく同じように、グラサージュの腕へと張り付いてゆく。
観客から拍手が巻き起こり、グラサージュはダンベルを台上に戻すと一礼して後方へと退がってゆく。
「さぁいよいよ最後です! ラストは私ども全員総出で執り行う大脱出ショーですー!」
四人の仮面少女が箱と共に前に進み出る。
「まーず箱の中に入る二人の自由な動きを縛りますー!」
グラサージュが言ってゆかりと共に鎖を取り出すと、二人で共同してシエルと狗猫をぐるぐるに縛り上げてゆく。
「箱には仕掛けがない事を皆さんに確認してもらいますー!」
とグラサージュは箱を観客達に確認してもらう。
「次に二人を箱の中に詰めまーす!」
鎖で縛られ身動きの取れなくなった仮面少女達を同じく仮面少女達が詰め込んでゆく。
「閉めます」
ばたむ、と音を立てて箱が閉じられる。
「ここに取り出したるは四本の槍ー!」
ゆかりはグラサージュから槍を二本受け取ると、グラサージュと共に箱の両脇に立つ。
「刺します!」
ズガァッ、と鈍い生々しい音と共に槍は箱を貫通し左右から串刺しにし、さらに上からも突き刺してゆく。緊張が会場に満ちた。
「みんなでカウントー!」
「カウントー!」
グラサージュとゆかりが声を合わせて、数字を徐々に減らしてゆく。
『――ゼロ!』
最後の数字が唱和された後、会場に沈黙が降りる。
「さぁ、箱から何が出るかな〜?」
直後、箱から色とりどりの炎が膨れ上がり大爆発を巻き起こした。
会場から悲鳴と共にどよめきが起こる。
荒れ狂う炎が収まった後、そこにはシエルと狗猫が無傷で、鎖にも縛られていない状態で立っていた。
「はい、この通り、まったく無事でございます! 以上、撃退士によるマジックショーでしたー!」
四人は観客に向かって一礼する。
客席からは熱烈な万雷の拍手が送られたのだった。
●
九鬼 龍磨(
jb8028)曰く、
「仮装行列と喧嘩神輿を組み合わせた全く新しいイベント……それが【謎神輿】!」
という事で、武者やら陰陽師やら仕官やらエトセトラエトセトラの扮装に身を包んだ爺様達が担ぐ神輿の上で、ここ一番のアイドル衣装に身を包んだ龍磨は仁王立ちで立っていた。
龍磨の敵方陣営についている撃退士は法被を着込んだ童女――ナナシ、であった。闇の翼を広げ巨大なピコピコハンマーを担いでいる。まだ距離は離れているが、じーっと赤い瞳で龍磨を見つめてきているのが感じられた。どうやら神輿の乗り手を殴り倒して叩き落す腹のようだ。
……あの童女、敵に回すと普通に身の危険がマッハでヤバイのだが(レート差乗ると攻撃力1020とかいうべらぼうなのがスキル無しで飛んで来る&空蝉四回)、大丈夫だろうか。魔具使用直接攻撃OKとかのルールにするのはヤバイて。
「……大丈夫、大丈夫……勝敗はどちらが神輿を先に破壊するか……なら、戦い方次第で勝機は、ある!」
男は銀色の刃を抜刀すると眼前に構え天へ向かって突き上げた。
「僕等に勝利を!」
オオッと爺様達から熱い気合の声が返って来る。龍磨は自軍の士気を高めると、さらに戦闘(?)開始の合図と共にバトルソングよろしく声高く歌を歌い始めた。
カオスな仮装に身を固めた一団と一団がストリートの両サイドよりそれぞれ神輿を担いで怒涛の勢いで駆けてゆく。
足元のアスファルトが流れ、左右の景色が流れ、風を切って距離が詰まる、距離が詰まる、相手がみるみるうちに近づいてくる。神輿同士が激突する直前、それに先んじて闇の翼を広げた赤眼の悪魔が弾丸の如くに龍磨目掛けて突っ込んで来る――ナナシだ!
「今ですッ!! 右四十五度旋回ッ!!」
「?!」
歌いながらも龍磨が諸葛孔明よろしく指示を出し、龍磨側の神輿の進路が急角度で曲る。龍磨もまた神輿にしがみつきつつアクロバティックに横倒しに体を傾けた。
刹那、『原罪』と名付けられた世界最悪の兵器――ピコピコハンマーが死を叫ぶ風を巻き上げながら龍磨のすぐ脇の空間を突き抜けてゆく。間一髪、かわした!
おかしいな、こういうノリのイベシナじゃなかった筈なんだが……というどっかの誰かの戸惑いをよそに両陣営の爺様達が大地を揺るがすような鬨の声をあげ、神輿と神輿が爆音をあげながら激突する。
「うぉおおおおおおおおお?!」
無茶に無茶を重ねた態勢で間一髪一撃をかわした龍磨だったが、その態勢は大きく崩れていた。神輿同士が激突した衝撃によりさらに崩れ、再び激突すべく距離を取らんと動く神輿の上から転がり落ちそうになる。
その時だ、
「先輩! 危ないッ!!」
一つの影が宙を舞った。緑髪の青年、金色の百の龍を身より舞わせる、翡翠鬼影流の伝承者にして敏腕の撃退士、翡翠 龍斗(
ja7594)である。
龍斗は神輿の上でギリギリ身体を支えている龍磨へと向かって飛ぶと『静動覇陣』を発動して黄龍を纏い組み付き関節を決めにかかった。
どう見てもトドメ刺しにかかってます有難うございます。
と判断するのはプレイング内容的に早計だろうかと、と(少し)迷う所である。
「えいしゃおらぁああああああーっ!!!!」
防御陣にて関節破壊を耐え切った龍磨は根性一発、裂帛の気合と共に力任せに龍斗をぶん投げ関節技から脱出した。くるくると回転しながら龍斗が宙へと飛んでゆき、青年は宙で身を捌いて足から着地する。
アウルを全開に解き放ち金髪朱眼に変化している青年は龍磨を見据え言いて曰く、
「は、すいません先輩! わざとではないんです!」
誤って関節技がかかるのかどうか審議が待たれる所だが、とりあえず本人はそう主張し行動する予定なようなので今後の追撃はないだろう。プレイングにそう書いてある。
かくて、強敵二名のうち一名を退けたのを確認した龍磨は態勢を立て直すべく神輿の真上へと登り――
「待ってたわ」
にこりと微笑する悪魔童女が言葉通りに待っていた。
赤黒光に輝くピコハンが唸りをあげて迫り、ポキュ☆という愛らしい音と共に天地を貫く壮絶な破壊力が爆裂し、あわれ青年は空へと向かって吹き飛んでいったのだった。
まぁ二対一は流石に無理だ、合掌。
後。
「結構、物騒なお祭りなんですね……」
ジョシュア・レオハルトは担ぎこまれてきた龍磨へとヒールを連射しながら呟いたのだった。
なお、謎神輿の勝敗は龍磨を失い劣勢に立たされた龍磨陣営は奮戦するも及ばず、ナナシ&龍斗(?)陣営の勝利に終わったらしき事を追記しておく。
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龍斗は目が覚めた龍磨へと改めて謝罪するとメインストリートで居合い術を披露した。
宙に紙が舞い、ふわふわと落ちて来た所に、鮮やかに剣閃が走り抜けた。瞬後、紙がバラバラになって散ってゆく。周囲の観光客達から拍手が送られた。
他方、梅之小路鬼もまた居合いを行っていた。
彼女は大きめから徐々に小さくなるように、複数の三方(神事に使われる三方に丸い穴が空いた木製の台)を準備した。
着物姿の娘は三方の上へと登ると、周囲の三方へとさらに三方を重ねてどんどん上へと登ってゆく。
人の身の丈に数倍する高さまで登った所で、梅之小路は観客にリンゴを投げて貰うようにお願いした。
その要請に応えて真っ赤リンゴが梅之小路の元まで高く放り投げられると、娘は構えていた太刀を裂帛の気合と共に連続して振り抜いた。
「覇ァッ!」
白刃が走り抜けた後、見事にカットされたリンゴが地へと落ちてゆき、それを見上げていた観客達から拍手が送られたのだった。
(出来れば、龍とかの形に斬りたかったんですが……)
一刹那の間にそれは、流石にちょっと無理だったようである。
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太陽が地平の彼方へと沈み、空には月と星々が登る。
闇を裂く様に炎の道が一直線に伸びている。
その端に宙よりふわふわとたゆたいながら純白のドレスに身を包んだ一人の白金の髪の少女が降りてきた。
Robin redbreastである。
白いドレス姿の少女は機械仕掛けの人形のような動きで、浮世離れした雰囲気を周囲に放ちながら、炎の道へと平然と足を踏み出してゆく。燃え盛る道を歩くというその様もまた、非現実的な印象を加速させた。
ドレスの裾に火が移り、赤く燃え上がってゆくと、少女はドレスを脱ぎ捨てた。すると、不可思議な事にその下から絢爛な着物が出現する。ロボットの如くに歩く少女は炎に巻かれながらも進み、やがて着物もまた炎の中に脱ぎ捨て、レトロな洋服姿となり、最後にはいつもの民族服姿となる頃には、闇に燃え盛る炎の道を、すっかり渡りきっていた。
観客達から拍手が送られ、ロビンはにこりと――しかしどこか人形じみた微笑を浮かべて一礼してみせたのだった。
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「権ちゃんさんの技に惚れました! ししょーと呼ばせてもらいます」
そんな意志を表明していた雁鉄 静寂(
jb3365)は、同じく岩板に穴をあけて似顔を描く催しを行う事とした。
ただし、空手家ではないので自分流にアレンジを加えている――使うのは拳や指ではなく銃と弾丸である。
「ちょっと練習してきたのでみなさんに披露します」
言葉とは裏腹に両手に包帯を巻く程に練習してきた娘は、舞台に立つとその手に二丁の青色拳銃ブレイジングソウルを携え、構えた。
静寂より五メートル程空けた距離に岩の板が立てられ、その奥に安全対策の為に壁が立てられている。
岩板には照明があてられてライトアップされ闇の中に浮かび上がっていた。
「行きます」
静寂は言ってまず左の銃で一発発砲した、弾丸が唸りをあげて飛び、岩板の中央を撃ち抜く。
二、三と左手のみで発砲し、ピントを合わせると右の銃も発砲を開始し、銃声を轟かせながら左右の拳銃で派手に岩板を撃ち抜いてゆく。
まるで見えざる彫刻家の手によって削られてゆくように、光の中に浮かぶ岩板に穴が空いてゆき、それは徐々に――しかしかなりの速度で――、人の顔を浮かび上がらせてゆく。
やがて、銃声が止み、静寂は周囲へと向かって一礼する。
岩板には一人の老女の顔がリアルに描き出されていた。
モデルとなったのは実行委員の一人、御歳九十歳の心優しい御婆ちゃんお豊さんである。
「すご……凄いです!」
見物にきていた梅之小路鬼が声をあげ両手を叩く。他の観客達も手を叩き、それは盛大な拍手となって静寂へと送られたのだった。
●
闇に浮かぶ炎は鮮やかに。無数の薪が紅蓮の火をあげて燃えている。
【料理祭】の会場ではキャンプファイヤーの如く組まれた薪が盛大に燃やされ、その上に野外調理器具が組まれ、そしてそれは会場内に複数点在していた。
「皆さん 目と舌で料理を楽しんでくださいね♪」
ヘッドセットを付けた黒髪紫瞳の娘が、周囲の観客へと微笑を向けて言った。
香里は一抱えもある肉塊を凧紐で手早く縛り、塩胡椒等調味料を練りこむと、薪の火で熱せられている鉄板の上へと置いた。
肉の焼ける音と共に白煙があがってゆき、頃合を見て少女は酒の入ったボトルを鉄板の上で動かした。
刹那、大きな炎の舌が夜空へと飛翔するように立ち昇り、周囲の観客から声が洩れる。
肉の表層をぐるりと焼き終えると少女は薪ストーブのように見える鉄の器具へと肉を入れた。野外オーブンだ。彼女が作っているのはローストビーフであった。
「よーし、準備は良いかい?」
おっとりとした声が会場に響いた。その声は上から聞こえた。視線をやれば、虹色の光を纏い純白の翼を広げた青年――星杜 焔(
ja5378)――が、光の羽を散らしながら闇夜の空を背に宙へと飛翔していた。黄金の月が輝いている。
大地にも月があった。巨大な布が敷かれ、布には夜空に浮かぶ月が描かれている。
その上には一定の規則に沿って配色された無数の重箱が並べられていた。
「準備オーケーですよ」
茶色の髪の少女が空の夫へと向かって答える。星杜 藤花(
ja0292)は食紅を満たした小皿を片手に、筆を手にして重箱群より2m程度の高さの宙に浮いていた。ケセランの「たゆたう」の能力である。
「それじゃ、行くよ」
焔が抱える籠の中に詰められているのは蒸しあがった饅頭だった。
青年は籠から饅頭を一つ取り出すと地上へと向かって放った。
落下してきた饅頭へと向かって藤花は宙にて筆を振るった。紅がつけられた饅頭が重箱の中に音を立てて納まる。
焔は次々に饅頭を放ってゆき、藤花もまたそれらに筆を振るってゆく。
やがてすべての饅頭が地に落ちて、重箱の中へと納まった。
「これは、文字になっているのか」
組まれた櫓の上から地上を見下ろした観光客がうむと唸った。
照明の光に照らされた饅頭群は、月の中に紅く『福』の文字を浮かび上がらせていた。それはモザイクアートだった。
「この町の皆さんに『福』が訪れますよう……ちょっとした願掛けのようなものです」
にこりと笑って藤花は言った。
他方。
「お飲み物は如何ですか〜♪」
メイド服に身を包んだ青髪の娘――カナリア=ココア(
jb7592)は紙コップに入ったジュースを配り歩いていた。大自然の食材を使った健康に良い野菜と果物のジュースである。
ユウは薪の上に吊るされた鍋でじっくりと丁寧に山菜と共に秋魚を煮込み、煮つけを作成していた。
「有難うございます」
少女は感謝の言葉を述べながら完成した煮付けを客へと振舞ってゆく。
海原 満月(
ja1372)はウニケーキ等の海鮮スイーツを作成し周囲の客に振舞っていた。
「ほい、ちょっと待っておくれよ。オッサン今、モテ期でね!」
人が多く集まっている鉄板の前で忙しく手を動かしている成生遠馬は、客達から注文を受けると軽い口調で冗談を飛ばして笑いを誘いつつ、素早くクレープの皮を焼き上げてゆく。
熱せられた鉄板の上に溶いた粉を円状に塗るようにひき、焼き上げた皮の上に林檎の果汁を混ぜたクリームを乗せて、手馴れた動作で素早く包んでゆく。
「ほいっ! リンゴクレープ、お待ちどーさん♪」
「ありがとー!」
「おう少年、こいつを食べながら、他の出し物も楽しンでってくれよ?」
「うん!」
遠馬の言葉に頷くとクレープを受け取った少年は早速それに齧りつきながら他の場所へと向かってゆく。
遠馬は次の客からの注文を受けるとまた調理にかかった。気軽に食べ歩けるクレープは人気らしくなかなか盛況である。
ジュースを配り終えたカナリアは、仮設のステージに登り歌とダンスを観客に披露した。
鷹司律は踊るカナリアに併せてファイヤーワークスを放って演出してゆく。
色とりどりの炎がステージのバックの空に散りばめられ、鮮やかに光を放ってゆく。光と陰がステージに踊った。
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闇の中に輝く光球が現れた。
光球に照らされて櫓とそこに佇む一人の少女の姿が浮かび上がる。
『魔界の姫』に扮する巫 聖羅(
ja3916)である。
白粉を塗り紅を引いた艶やかな面差し、身を包むのは絢爛な着物である。
(……さて、と。台詞無しで何処まで表現出来るか……勝負よ!)
姫は天守に見立てた櫓より地上を見下ろすと背より陰の翼を広げて身を躍らせ、次の瞬間、掻き消え、月を背負ってまた別の空間へと出現する。
どよめきが起こる中、聖羅は空中を飛びまわり幻想的なパフォーマンスを行ってゆくのだった。
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「こう道化師的な仕事も良い経験になるわァ」
満面に笑顔を浮かべ軽くはしゃいだ調子で握飯にかじりつきつつ黒百合は言った。
「次は遊園地で戦隊ヒーロー物を経験したいわねェ♪」
「元気だな……着ぐるみ着込んでパフォーマンスした後なのに」
数度の補給をしてもあらかた軽食を売り捌いた鄭理は空になったボックスのベルトを外して肩を回して呟く。
「このくらいの気温だったら問題ないわぁ、撃退士だし。年中着ぐるみ着っぱなしで活動してる撃退士だって学園にはいるじゃないの」
「まぁ確かにねー」
うん、と礼によってウサギの着ぐるみ姿の栢はぽんぽんと耳毛でウサ頭部を宙へと飛ばしながら頷いたのだった。
かくて、月夜町の秋祭りが終わる。
後日、来年以降に備えてのアフターケアも行っていた恋音の調査によると、撃退士達のパフォーマンスはかなり好評だったようで、月夜町より感謝の手紙が撃退士達の元へと送られたのだった。
了