陽暮れのファミリーレストランの窓際の席、撃退士達は飲み物と軽食片手にミーティングを行っていた。
「しかし、ルナティックトノサマソード……異様にツボに嵌る言葉だ。リフレインして頭から離れん」
ディザイア・シーカー(
jb5989)は額を抑えた。
「面白い子だねぇ、流水ちゃんは」
はは、と柔和に笑っているのは砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)だ。彼としても「そのネーミングどうなの」と思う所で。
男二人の寸評に対し、水色の髪の中等部少女は不思議そうに小首を傾げた。何が問題になっているか理解していないらしい。
「ルナティックという言葉には狂気、という意味がある……」
南條 侑(
jb9620)は律儀に真面目にエーコの思考を読もうと努力していた。
「そして、辻斬りといえば妖刀に魅入られた侍、もしくは殿様などが連想される。だから、その犯人は剣に狂った殿様ででもあるのだろうか? という意か?」
「十枚集めてサブトントラベラー、ヤマダ先生に注意です」
エーコはにこっと笑うと頷いてそんな事を言った。侑が推察するに多分、正解、という意味なのだろう。
しかし、
「あれはクイズ番組ではなかったと思うが」
ふと疑問に思って言う。どうやらエーコの言葉は連想ゲームな上に大体適当であるらしい。
「良く言ってる事解るなおい」とディザイア。
「南條ちゃんもそっち側の人間だったんだね……」と砂原。
「待て、誤解だ」
「ナカマー全部お見通しだ」
「違う」
四人がそんな会話を交わしている傍ら、
「人通りの少ない場所で、必ず一人でいる時に、狙われる――天魔だったら、人間相手なら、何人でも殺せるのに。注意深いのかな。人目を避けているのかな。それとも一人だけじゃないとダメな理由があるのかな」
Robin redbreast(
jb2203)は真面目に事件について思考を巡らせていた。
「通り魔とか面倒くせえ……一人じゃなきゃ襲わないとか更に面倒くせえ……」
厄介さを思い、顔を顰めているのは嶺 光太郎(
jb8405)である。
「複数の目撃者を討ち洩らしなく仕留めるのが面倒なんじゃねぇか?」
「……ふむ。いずれにせよ、敵の行動からして、相当用心深いと見えるのう」
小田切 翠蓮(
jb2728)が唸る。
「目撃者が長く出なかったのは確からしい」
中等部の黒髪少年――アユムが頷く。
「アウル事件として撃退士に話が来るまで時間がかかっている。一度に殺されるのは一人だが、累計では犠牲者は結構な数がでているそうだ」
先日も三人家族の父親が殺され、残された母子から涙ながらに、犯人を捕まえて二度とこんな事が起こらないようにして欲しい、と県警に嘆願があったという。
(お父さん……)
若菜 白兎(
ja2109)は犠牲者とその家族を思い瞑目した。五歳の童女とその母は、父が惨殺された時に何を思ったのだろう。
瞳を開く。
「……犯人はぜったい許さないの」
童女のブルーアイズには怒りの火が宿っていた。
その隣に座るエルム(
ja6475)もまた、話を聞いて胸が痛むのを強く感じていた。
「幸せな生活を一瞬で破壊したモノを私は決して許さない。これ以上悲惨な犠牲者が出る前に、犯人を倒します」
銀髪緑眼の少女はそう決意する。
「ああ、これ以上の犠牲者を出す事は必ず阻止しよう」
少年風紀委員は頷き、言葉を続ける。
「それで何故一人を狙うかだが……天魔であるなら、単純に数を殺すだけなら、確かに駅なり病院なり学校なり人が多く集まっている場所に強襲かけて斬りまくった方が殺せそうな気はするな。ただ、人間であるならば、顔を見られたくない、というのはあるだろう」
理由は魂を吸収するのに五秒程度かかるから(一人殺して吸収る間に周囲に蜘蛛の子を散らすように逃走される可能性があり、撃退士を呼ばれてすぐに撃退されてしまう危険性が高まる)、というのと、一応連続して吸収してゆく事も可能だが、今は一回一回試行サンプルを採集して魂の吸収抽出精度のブレ幅を検証・調整中だから、である。満足いく数値が出たら、大量生産の上で人が多い箇所を襲撃し連続して多数を殺し始めるに違いない――もっとも、そんな事は撃退士達は知る由もなかったが。
「ふーん……」
Robinは考え込む。
「あと疑問に思う点は……どこで、獲物が一人だって確認しているのかな。空から? それとも、偵察者と実行者が別々にいるのかな」
銀髪緑瞳の少女は小首を傾げる。
「ビルの壁面に張りついて獣の如き速度で駆けていった、という情報があるから、屋上などの高所から見通してる可能性はあるな――しかし、偵察者?」
「あれよアユム」パチンと扇子を鳴らして翠蓮が言う「そんな用心深い敵が、一人でうろつくとも思えんぞい?」
「なるほど……言われてみるとありえそうだな。単独犯ではないのかもしれない」
風紀の少年は頷いた。
そんな調子で撃退士達は諸事の対策を話し合うと店を出、まず市の警察署へと向かったのだった。
●
「市民は通り魔に脅えています。こちらこそよろしくお願いしますよ」
警察署にて協力を仰ぐとスムーズに了解を得られた。
エルム、侑、白兎はこれまでの事件発生場所、時間帯、人通りの少ない通り、等の情報を得ると譲り受けた地図に記入した。
侑案によって発生場所をナンバリングしておく。また人通りの少ない箇所もピックアップし、各通りにもナンバーを振った。
「隠れ易そうなのは……ここと、ここと、ここと、ここと……他にも山ほどあるな」
ディザイアが地図を睨みながら唸る。都市部は死角が多い。
「場所は広く散らばっとるのぅ……時間帯はこれまでは夜間に集中しておるな」
次に犯行が行われそうな場所・時間帯を予想しつつ翠蓮。
「犯人が囮にかかり易くする為に、囮を立てる場所以外の範囲にペア以上の人数でそちらに巡回していただいても良いですか? 制服警官が街に多いと勘付かれるかもしれないので、私服で」
撃退士達は囮作戦を行う事に決めていた。砂原は中年の刑事に丁寧に言う。
「『一人』の存在位地を絞って、犯人を誘き寄せ易くしようかと思います」
「なるほど、了解しました」
刑事は頷く。
「あと……街の人達に一人で出歩かないように呼びかけをして貰う事って出来ますか?」
白兎が刑事を見上げて問いかける。
小等部三年の童女の発言に刑事は一瞬、驚いたような表情をしたが、
「ええ……遺憾な事ですが、犠牲者が既に多く出て通り魔は話題になってますからね。徹底は難しいでしょうが、呼びかける事は可能です」
言ってる内容は最もだと思ったのか了解した。
「ついでに、人通りの無い通りには近寄らないように規制とかできます? 回覧板とか巡回とかで」
とRobinもまた言う。
「可能です。解りました、そちらも手配しておきましょう」
と刑事は請け負う。
「よろしく頼むぜ。街は、広いからな。可能性が上がり被害も減る、一石二鳥だ」
ディザイアはそう言った。
●
寂れた都市に風が吹く。
夜。
諸々の準備を終えると撃退士達はそれぞれ一名の囮を有する五人、二班に分かれて配置についていた。出発時、砂原が「それじゃ皆で一緒にアダウチクライシスと行こうか」などと上手い事を言ってエーコを喜ばせディザイアの額を抑えさせている。
その眼鏡をかけたブロンドの男は、今は路地の壊れかけて時偶に明滅する街灯の下、スマートフォンを耳に当てていた。
「んー、まーだかな? なーんてこっちの話♪」
通話しているふりである。実際には会話している相手はいない。
そんな砂原をおよそ十メートル程度離れた距離、家屋の陰から見守っているのは南條侑だ。方位術を使って自らの位置を地図上と正確に照らし合わせ、立体的ヴィジョンを脳裏に確保している。
「多分、まぁ……天魔なんだろうな……」
黒髪金瞳の男は警戒しつつ小声で呟いた。ディアボロなのかサーヴァントなのかは解らないが、両手を剣状に変化させる人間というのは、なかなかいない。
(目撃者がテンパっていて、見間違えてという線も考えられなくはないけどな)
そんな事を思う。
囮である砂原は、最低でも五十メートル以上は囮との距離を離した方が良い、と初め主張していたが、危険性などあれこれの話し合いがあり、結局、物陰に隠れる事を条件に近い距離で見守る事となった。潜伏していれば近距離でも大丈夫ではないか、との判断である。
街灯も月の光もあたらない路地と路地の狭間の闇の中、光太郎は薄汚れた路面に腰を降ろし家屋の壁に背を預けてじっと待っている。その名前とは対照的に光太郎の姿は闇に溶け込んでいた。
他方、五十メートル程離れた地点、ディザイアはシャッターの閉まった正体不明の小さな店の前で、置かれたポリバケツやダンボール等の隣で黒いシートを被って潜伏していた。蛇になった気分である。
黒羽の堕天使は水色髪の少女と先程交わした会話の内容を思い出していた。
男はナイトヴィジョンを渡しつつエーコの索敵には期待している、と述べた。
「俺らじゃ遠くは見れないからな。俺が使うより発見しやすいだろう。異変があったらすぐに皆に連絡してくれ。事前に見つけれりゃ対応しやすいからな」
中等部のセーラー少女はディザイアをじっと見上げると、
「……期待されれば、応えない訳にはいきません」
珍しく電波でない言葉を述べてゴーグルをつけ、とんと地を蹴って跳び、近くの電柱を掴むとするすると身軽に登って家屋の屋上に跳び移り姿を消していった。
今は何処にいるのかディザイアにも解らない。
砂原を囮とするB班はそんな布陣である。
他方、A班の囮を務める白兎は、B班からは離れた寂れた道のバス亭前の街灯の下で、手提げを手に塾の帰り、親の迎えを待つ小学生を装って佇んでいた。
「若菜さん、くれぐれも気を付けてくださいね」
配置につく前、エルムが心配そうな表情で言っていた。白兎は強力な撃退士だが、なんせ小等部の子供である。
白兎も普段なら拘りはしないのだが、今回は一家の父が犠牲になった話を聞いていたので、強く希望していた。
アユムなども反対するかな、と思ったのだが、白兎の予想とは反して意外にも少年は反対しなかった。
「俺は今じゃただの人、フツーの撃退士だが、餓鬼の頃は神童または悪魔的クソ餓鬼なんて呼ばれててな。今考えりゃ頭悪いが悪知恵だけはあったから、子供の優位点とアウルを活かして散々に大人どもを利用してやったものだ。守った人もいれば破滅させてやった奴もいる、比率で言えば、後者が多い」
妙な昔がたりを述べた後、風紀委員の少年は白兎へと言った。
「だから子供が無力でか弱く守られるべき存在だなんてのは毛ほども信じちゃいない。子供以下の大人なんて腐る程いる。子供らしい子供もそりゃ世にはいるんだろうが、あんたなら上手くやるだろう。幸運を祈る」
喜ぶべきなのかどうなのか、アユムは白兎をいわゆる子供扱いはしていないようだった。能力を認めるから一人前として扱い、だから平気で囮にする。
かくて、白兎は囮として立ち、班員達はそれを見守った。
Robinはバス亭付近の公園の植え込みの中に身を伏せている。隠蔽率を確保しつつ自らの視界の通りを確保できる良ポイントだが、虫がいやんな感じであるのが珠に瑕。しかし暗殺組織での訓練経験がある少女は平然と気にしない。隣で毛虫がのたのた動いているが、微動だにしない。
小田切翠蓮は白兎から四十メートル程度の距離を開け、月光の陰となっているビルの高所の壁から顔を出していた。人間業ではない、天魔が持つ透過能力である。はぐれ悪魔の男は、昼間なら逆に目立ったかもしれないが、今は夜で光があたらなければまず解らない上、距離も開いている。隻眼の男はその片方だけ残った緑の目に双眼鏡をあて、街灯の下に佇んでいる童女を見守る。
「不動さん、今日はよろしくお願いします」
エルムは離れた家屋の陰より白兎や周囲へと視線を走らせて警戒している。
「ああ、こちらこそな」
同じポイントで監視についているアユムは振り返らずに言葉だけで答えた。じっと動かず、片時も視線を外さない。
「……心配なんですか?」
あんな事を言っていた割には、とエルムは少し意外に思う。
「……よくいる神童といっぱしのまともな大人を比較した場合、頭脳自体に大差は無い。相対評価では優秀であっても、絶対的な実力が増す訳じゃねぇ。餓鬼だからって手心を加えたり油断をしない奴相手じゃ子供だからって有利ではなく、そしてどんだけ優秀でも餓鬼は餓鬼だ、人生の総量が少ない。苦労しか知らない奴は楽を知らない、勤勉な奴は怠惰を知らない、高尚しか知らない奴は下賤を知らない、逆も然り、それらを子供で全部やるには時間が足りない、やっても中途半端だ。だから相対する相手の心を読みきれない場合がある。修羅場において紙一重を争う際は敵の心、その変化を読んで流れに合わせて間隙を撃つ、だからその差は響く」
彼自身エルムから見ればまだまだ子供な風紀少年はそんな事を言って、エルムはへぇ、と呟いた。
思う。
一つ確かに言える事があるならば、この少年はあんまり素直ではない。色々理屈を並べてるが、要するに白兎の身が心配なのだろうとエルムは直感していた。
白兎を囮とするA班はそんな布陣であった。
●
黒猫が路地裏の道を駆けてゆく。
それを路地の隙間から見かけた光太郎は、なんとなく気を引き締めた。
(不幸の前触れ、か)
ゲン担いで敵さん出たりしてな、などと青年は考える。
それからどの程度時間が経過しただろうか。
そろそろ場所を移すべきかねぇ、と砂原が考え出した頃だった。
『敵ッ!!』
エーコの意外な程大きな声が通りに響き渡った時には、既に砂原は脇腹より猛烈な衝撃を受けて吹き飛ばされ宙を舞っていた。間髪入れず、砕ける音、風を裂く音、様々な音が一瞬のうちに連続して響く。
(何を貰った――?!)
どんな攻撃を受けたのか、砂原には解らなかった。しかし、衝撃力はかなりのものだったが、幸いダメージは零に等しい程度に軽い。ブロンドの男は路上を一回二回と回転しながらもその勢いを利用して三度目で起き上がり、視線を巡らせる。
すると、先程まで砂原が立っていた地点にいつの間に出現したのかワイシャツにジーンズ姿の中肉中背の男が砕けた路面上に立っていた。実に特徴の無い男だった――その両腕が刃と化していなければ。
両腕の刃は交差するように先程まで砂原がいた地点を貫いている。砂原は違和感を覚えた。先の衝撃は、斬撃を受けた感じではなかった。何かアメフトボール程度のサイズの砲弾でもぶつけられたような衝撃だ。砂原が受けたのは、この刃ではない。
しかし深く考察している間はなかった。男は刃を振り抜いた態勢のまま巡らせていた首を砂原に合わせたからだ。男は大きく口を開く。
「ふん――ようこそウェルカム♪」
砂原は不敵に微笑を浮かべた。ブロンドの男は水晶の大剣を片手に出現させつつ踏み込むと、もう片方の手より光の鎖を放つ。同時、双刃男の方も口から蒼白く輝く光の奔流が勢い良く吐き出された。
ジャッジメントチェーンが翳された左腕刃に炸裂して絡みつき、光の奔流に呑まれた砂原の身に痺れが走る。
砂原の身に光の茨がまとわりつき、感覚が急速に鈍ってゆく。
麻痺だ。
「冥魔か!」
光鎖が効力を発揮したのを見た侑は、やはり天魔であったと確信しつつアウルを集中させると腕を翳し、幻影の蛇を解き放った。同時、光太郎は潜伏場所から飛び出して駆けると影縛りの術を発動、影が槍の如くに伸びて男へと襲い掛かってゆく。
瞬間、双刃男の左腕が、刃状の部分はそのままに、腕の付け根から勢い良く蠢きながら伸び、鞭のように紐状の肉がうねった。そして左腕刃は高速で左右に翻り、幻影の蛇と影の槍を斬り払って叩き落とす。鞭の如く遠心力で加速して振るわれた刃の先端は、音速を超え衝撃波でも巻き起こしているのか、空気が破裂するような鋭い音を連続して鳴り響かせている。
光太郎は思わず呟いた。
「……なんか漫画でいたよな、こういう敵」
何処かで見たような記憶があるが故に、もの凄い強敵の予感がした。十人で一斉にかかればまぁ『普通』に倒せた気がするが、半数の五人だとひょっとしたら『非常に難しい』相手なのではなかろうか。
「左腕、先に潰すぞ!」
全力移動で突っ込んで来たディザイアは、粘つくような黒雷と火花を散らす白雷を纏った右腕を男の胴体目掛けて伸ばす。翻った左腕刃と雷の右腕が激突し、轟音と共に激しく明滅しながら光を散らしてゆく。
『ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!!』
ギターのファズの如く歪んだ音がまるで人の叫びのように左腕刃から鳴り響き、そして左腕刃のみが、気絶でもしたかのようにくたりと地に落ちた。
が。
次の瞬間、光の鎖が吹き飛ぶと同時に、再び素早く左腕が跳ね上がる。
「扇状のブレスに注意だよ。身体が痺れる」
同様に光茨をアウルを解き放ち吹き飛ばした砂原は、透き通る水晶大剣に電撃を宿して斬りかかった。ブロックに入った左腕刃と帯電する刃が激突し、先のディザイアの一撃の時と同様に左腕刃の動きが止まり脱力したように大地に落ちる。
直後、夜闇の彼方よりアメフトボールに匹敵するサイズの砲弾が飛来、双刃男の左腕に突き刺さり大量の肉を爆砕した。エーコの135mm対戦車砲だ。
『オ"オ"オ"オ"オ"オ"ッ!!』
空間を軋ませる叫びのような音を発しながら右腕刃が掻き消える程の速度で翻り、砂原の身より血飛沫があがった。さらに男は飛びかかって金髪青年の首筋を狙って噛みつきにかかり、砂原が身を捻った事により逸れ、歯は肩元へと打ち込まれる。
歯が突き刺さると共に麻痺毒が砂原の身に流し込まれ、負傷率十五割、砂原の意識が痺れと共に消えてゆく。
「放せ」
侑が横合いから放った胡蝶扇を男は飛び退いて回避、砂原が路上に崩れ落ちる。
「動くな、止まってろ!」
「面倒くさいだろ」
ディザイアと光太郎が口々に言ってそれぞれアイビーウィップと影縛りを飛ばし、影槍を身を捻ってかわした所に植物の根が炸裂する。しかし男はそのまま根を引きちぎりつつ、撃退士達に背後を取られまいと弧を描くように獣の如き速度で素早く駆けてゆく。
「めんどくせぇ……こいつ、もしかして、左手、右手、頭と胴体でそれぞれ別の存在なんじゃねえか?」
光太郎がふと思った事を述べた。
「なんだって?」
ディザイアが声をあげる。
「漫画だとそうだった」
「漫画かよ」
「ありえない事ではなさそうだが――来るぞ!」
侑の声と共に、弧を描くように駆けていた男は、再び動きだした左腕と翻る右腕と共に、口、左腕、右腕、三箇所から三種の奇声を発しながら、真っ直ぐに撃退士達に向かって突っ込んで来る。
迎撃するように侑が扇を、ディザイアが木の根を飛ばし、左腕刃がそれを切り払って弾き、嵐の如き三連撃をディザイアへと繰り出す。
左腕刃を右腕で受け止めたディザイアだったが、音速を超えて振るわれた右腕刃に胴を掻っ捌かれ、噛みつき攻撃を喰らい負傷率十四割。
血飛沫を噴出しながら男が倒れる。
レート差が炸裂していた。
その瞬間、サイドに飛び込んだ光太郎が身を捻りざま脚を鞭の如くに振るった。左腕刃と黒色の脚甲が激突し、浸食が発動して左腕が地に叩き落される。
エーコが路地の陰から出てきて砂原にヒールを飛ばした。砂原、負傷率十一割四分まで回復。
砂原が意識を取り戻す。
双刃男は光太郎へと怒涛の三連撃、紅い障壁が光太郎と双刃男との間に発生し、光太郎は紅壁をスクリーンに使いながら素早くステップして左の一閃を身を捻ってかわし、右の一閃を上体を逸らして掻い潜り、噛みつきを横に大きく跳んで回り込みながらかわす。
青年は地に着地すると同時、旋風の如くに身を捻りざま猛然と蹴りを繰り出した。双刃男は向き直りながら左腕を素早くくねらせる。
蹴りと刃が激突して鈍い音と火花と共に互いに弾かれ、その背へと向かって侑が胡蝶扇を投擲、ブーメランの如くに回転しながら飛んだ扇が双刃男の背に直撃する。
膝立ちになった砂原は、双刃男の足元めがけて黄金の鋼線を飛ばした。ワイヤーが男の足に絡みつき、狭められて肉を裂き、血飛沫があがる。
エーコはディザイアへとヒールを飛ばし、男の身が光に包まれ癒えてゆく。
そんな最中だ――突如として月と街灯の光を塗りつぶす濃い闇が出現した。
闇は意志を持つように蠢きうねってナカオ達に纏わりつき、その視界を閉ざしにかかる。
いつの間にか、白金髪に淡翡翠の瞳の少女が付近の薄闇の中に出現していた。
少女は微笑を浮かべているが、どこか人形のような、感情や意志の無い無機質な表情で双刃男を見つめている。
Robin redbreastだ。
「秘剣翡翠!!」
さらに疾風の如くに銀髪の少女――エルム――が飛び込んで来て、鮮やかな朱色の日本刀を赤雷の如くに突き出した。
切っ先が男の背を貫いて衝撃を巻き起こし、その身が大きく崩れる。
「お父さんの仇ー!」
さらに宙より、陽光の翼を広げる童女が、小星の如き淡青色の煌きを小さな身に纏い、光の軌跡を曳きながら飛来し、その手に持つ大剣で斬りかかった。若菜白兎が振るった白刃は唸りをあげて闇を斬り裂き、男の身もまた鮮やかに掻っ捌いて血飛沫を噴出させながら抜けてゆく。
「――ほう。何やら以前読んだ漫画の登場人物の様じゃな」
肩までの銀髪、右目には黒の眼帯、着流し身を包んだ男がキセルを片手に現れて言った。小田切翠蓮である。
怒涛の勢いでA班の面子が路地の間から通りへと雪崩れ込んで来ていた。
「恐らく、左腕、右腕、それ以外の部分、それぞれ別存在だ」
侑が言った。
「なるほどの、"神の左手"とも云うからのう」
翠蓮は頷くと忍法「髪芝居」を発動、左腕刃を束縛をかけてゆく。
アユムは倒れているディザイアへとヒールを飛ばした。
ディザイアが起き上がり、エルムの身から麻痺が消え、左腕刃が再び動き出す。
「しつこい奴だな」
光太郎は跳躍すると侵食を発動、空中よりヤクザ蹴りを繰り出す。左腕刃がやはりガードして朦朧によって力を失い、しかし、右刃が音速を超えてエルムへと振るわれ、銀髪少女の身が斬り裂かれて真っ赤な血飛沫が吹き上がり、さらにその首筋に噛みつかんと男が飛びかかる。
即座にエーコとアユムがヒールを飛ばして全快復させ、エルムは腕を翳して急所への噛みつきを避けるも、噛み付かれた腕から麻痺毒を流されて麻痺すると共に負傷率三割九分。
侑が扇を胴体へと叩き込み、ディザイアは属性攻撃を発動、対冥魔の力の収束を開始する。Robinはヘルゴートを発動、冥府の風を纏いアウルの力を増幅させてゆく。
「そろそろ沈んで貰うよ♪」
砂原、クリスタルファングに本日二度目、激しい電撃を宿らせると踏み込み、猛然と左腕目掛けて斬りかかった。左腕は刃の部分で受け止めるも、電撃の前に意識を消し飛ばされてゆく、スタンだ。
「そこだっ!」
エルムは十字斬りを発動、裂帛の気合と共に朱色の日本刀を下段より振り上げ、次いで横一文字に薙ぎ払った。刹那の間に二連に翻った剣閃は綺麗に直撃し、刃を半ばから叩き割り、腕を根元から切断した。盛大に血を溢れさせながら左腕が路上に転がる。
ヒ・ダリ、撃破。
「覚悟なの!」
白兎はティシュトリヤの紋章を出現させると審判の鎖を発動、翼をはためかせつつ至近の宙より光の鎖を撃ち降ろす。光鎖はナカオに直撃し、レート差が乗った痛烈な打撃を与えると共に絡み付いて麻痺を付与してゆく。
翠蓮は斧槍に荒れ狂う風を纏わりつかせると踏み込みと共に一閃した。間合いの外、しかし斧槍の軌跡より風の刃が唸りをあげて飛び出し、ナカオの胴に炸裂した。血飛沫があがって男の身がよろめく。
ミギィは鞭の如くにしなって砂原へと斬りかかり、アユムとエーコは砂原にヒール、砂原の身が回復し血飛沫があがり、負傷率十二割四分、意識が千切れ飛びそうになるが気合で堪える。
その間にナカオは踵を返し逃走に入ったが、
「逃がさない」
Robinはその紺碧の十字架をナカオの頭部へと向けると、己の周囲に無数の水の刃を出現させると一斉に解き放った。嵐の如くに水刃がナカオへと降り注ぎ、その身を切り刻み、頭部を吹っ飛ばして抜けた。ヘッドショット。
ナカオ、撃破。
双刃男の身が傾ぎ、しかし、次の瞬間には男は頭部を失いながらも態勢を立て直し、駆けてゆく。
だが、白兎と砂原から光の鎖が飛んで絡みつかれ、その足がついに止まった。
突撃していたディザイアは追いつくと、黒雷と白雷を宿した右腕を猛然と繰り出した。
「――全力全開だ、ぶち抜いてやんぜ!」
属性攻撃の破壊力が乗せられた一撃は、双刃男に炸裂すると、白と黒のアウルを爆ぜさせ、轟音と激しい光と共にその右腕の刃を粉々に破砕して消し飛ばした。
光が収まった後、頭部を失っても動いていた胴体は、糸が切れた操り人形のように脱力して地に転がったのだった。
戦闘終了後、Robinは犯人の身体を検査し持ち物を確認していた。他のメンバーは県警等にケータイで連絡を入れたり、傷の応急手当をしたりしている。
(着の身以外、何もな――)
し、と思った所で指先にこつんとした手触り。懐にあったそれを取り出し、顔をあげると月と街灯の光に翳す。
それはクリスタルで造られた容器のようだった。細長い円筒、シリンダーに似ている。
(なんだろう、これ?)
人形じみた雰囲気の少女はかくりと小首を傾げる。まぁとりあえず天魔事件で得たこういう正体不明の物は学園十三委員会のこの手の係りの所――風紀委員会――に提出しておくか、などと考えていると、その視界の隅、ふと、壊れかけの街灯の光が淡く照らす路地裏の陰より、一匹の黒猫がじっと監視でもするかのようにRobin達の方を真紅の瞳で見ているのに気付く。
闇に輝く二つのルビーアイズ。
「猫ちゃん」
なんとはなしにRobinは猫の興味を惹かんとちっちっちと舌を鳴らしながら指先をふりふりと振ってみる。野良猫は偶にこれで寄ってくる。猫捕獲手段の一つである。
すると猫は牙の光る口を開いて「にゃあ」と一声鳴くと、ざりっと爪でアスファルトをこする音を立てながら踵を返し、まさに獣の速度で矢の如く闇の彼方へと駆けてゆく。
「あの黒猫……いや、まさかのぅ」
周囲に共犯者がいないか視線を巡らせていた小田切翠蓮は、去り行く黒猫を隻眼を細めて見つめ、ぽつりと呟いたのだった。
●ドコカノゲート
冥く沈んだ緋色の闇だ。
生物の臓器を思わせる赤黒い床と壁には、所々が瘤のように膨らんでおり、血管のようにはしる管と共に時折、脈動している。
黒猫が赤黒い通路を駆けてゆくとやがてホールに出た。
部屋の中央には巨大な水晶体があり、その前には血染めの白衣を纏った長身の男が背を向けて立っている。
「マスター」
黒猫の姿が溶け、奇怪に膨張し、激しく蠢いてゆく。一瞬の間の後、それは金色の髪の淡桃看護服姿の少女へと変わっていた。
「おぉう、もぅどりぃましたかぁヨハナ君! 本日ぅの首尾はぁあ、どぅおおおうでしたかぁ?」
勢い良く振り返った男は、やたらに鋭利なイェローサングラスをかけていた。
「ナカオ達、やられてしまったぞ、撃退士が出て来たのじゃ」
「NA・N・TO!?」
驚愕の声があがる。
「健闘はしたんじゃが、あのクラスの手練達相手だときっついのぅ」
「ふぅううううむ! つぅ〜いにやられてしまぁいましたかぁ! まぁ、やぁられてぇしまぁったぬぅあらぁしかぁた〜なぁあああいって奴でっすねぇ」
「そろそろ厳しい塩梅になっておったからのう」
「フフ、世の中ぁとぉいうものぉはぁ、かぁならぁずしも〜、ばぁんぜ〜んの状態でぇ、しょーぶでぇきるぅもっのではあぁりぃませぇえええん。だっっっからエエエエエエエキサイティィィィィン! しょーしょー不安はぁ残ぉりぃますがぁ、現行のぉ物でぇ、次ぃのだぁんかぁいに進みぃまっしょう!」
「的は何処に?」
「でぇきるだけ近場でぇ、よぉわってる場所ぉがいーいでぇっすねぇ。カジバのドロボーとゆー奴でぇええっす!」
その言葉に金色の長髪の少女はルービアイズを細めて「そうか」と呟いたのだった。
了