未明の闇夜を揺るがすが如く、耳をつんざく破壊の音が鳴り響いている。
瞬くように連続に、咲き誇るのは紅蓮と黄金の焔の色だ。
「こんな時間に、頼んでもない目覚ましのお届けだなんて」
水枷ユウ(
ja0591)は呟きつつ光纏い霊を阻む力を展開させつつ彼方を睨む。
「また出たか、わるい龍……今度こそげきついしてやるっ!」
変化の術で白の四脚生物に変身しつつ意気込むエルレーン・バルハザード(
ja0889)は、敵に爆炎天使がいる事を聞くと、
「――えっ? あのハゲ、久々に出たの?」
思わず、といった調子で言った。ギメル・ツァダイの容姿については歴戦の多くが知っているようだ。
「あっちはギメルで、こっちはリカ。まったく……どういう組み合わせよ」
ナナシ(
jb3008)は頭が痛そうだ。
「天使に金焔龍、別方向からの同時襲撃か……ヘリが敵にとって厄介であると証明しているものだね」
日下部 司(
jb5638)は冷静に敵の狙いから導き出される事を述べる。
「何としてもヘリの被害を最小限に抑えないと」
「そうね」
学園の撃退士達は頷き二手に分かれると、空と地上の天界軍を撃退すべく駆けてゆく。
対空組方面。
(向こうの目的がヘリの破壊なら、初手は対撃退士よりも対地攻撃を優先する?)
狩野 峰雪(
ja0345)は駆けつつ夜空に黄金に輝く竜達を見上げて胸中で呟く。
男の予想通り、ドラゴン達は地上に停まっているヘリに向けて次々に火炎を吐き出した。リカもまたヘリに向かって射撃している。狩野の予想と違ったのは、敵は爆裂火球を吐き出すナパームブレスではなく、バーナー状火炎のファイアブレスを繰り出している事だった。
ドラゴン達の主力にして最大火力であったナパームブレスは既に撃退士達に見切られ阻止される率が非常に高くなっていたので、敵としては最初から使用するつもりがなかった。完封されると解っている攻撃は使わない。
駐屯所の上空を舞う無数の竜達が火炎を撃ち降ろし、次々にヘリが炎に呑まれ、爆裂四散してゆく。撃退士達が担当する領域でも二機のヘリが破壊されていた。
「好き勝手はやらせないわ」
ナナシ、射程限界よりセフィロトの樹を模した巨大な魔導銃を構える。紫髪の童女は全身より闇を噴出させて逆巻かせ銃身に漆黒を纏わりつかせ集中させてゆく。睨む照準の先、黄金の焔光を纏い大翼を広げ旋回している竜の軌道を予測しその頭部へと狙いを定める。息を吐いて止め、引き金を滑らかに絞る。発砲。
瞬間、絶大の破壊力を秘めた巨大な闇の魔弾が地上より夜空に向かって一直線に撃ち放たれた。
黒い閃光が闇夜を貫いて、途中にあった竜の頭部を柘榴の実の如く一撃で爆砕して突き抜ける。断末魔の悲鳴すらあげる間もなく、頭部を失った竜が赤色を撒き散らしながら地上へと落下してゆく。撃破。地上からでも鬼神の破壊力。
他方、
「乗せてもらえる?」
エルレーンは離陸せんとしている生き残りのヘリに乗降口から飛び込んでいた。
「さ、サーバントっ?!」
奇襲を受けて鉄火場となっている場所である、エルレーンが人から変化している所を目撃した訳でもない、ヘリパイロットが機内にいきなり飛び込んで来た白色にモチモチした四足生物の姿を確認して驚愕し、慌てて拳銃を片手に抜き放っている。
「ち、違うよっ、人間だよっ、私は味方味方っ!」
そんな場面もあってもたついたが、なんとか信用して貰って空へと舞い上がってゆく。
狩野もまた同様に離陸せんとしている別のヘリへと駆け込んで飛び込み、こちらはスムーズに空へと舞い上がっている。
「火力には自信がないけど――」
撃たないよりはマシかと狩野は激しく風が吹き込み逆巻くヘリの乗降口よりスナイパーライフルを構え狙いをつける。ヘリは高速で旋回し、景色が流れてゆく。空中を上下している竜へと照準を合わせ発砲。ライフル弾丸が唸りをあげて飛び、飛竜は素早く急降下し、一撃は翼の端を掠めて暗空へと抜けてゆく。なかなか速い。
他方、対地組方面。
「目玉の化物の周りに浮かんどる光球が怪しいのう……先ずはアレを全て破壊した方が良さそうじゃ」
小田切 翠蓮(
jb2728)、レッドアイを見やって駆けつつ闇の翼を発動せんとする。が、その瞬間、赤目が翠蓮を見た。
「……なんじゃ?」
翼が、出せない。アウルを開放せんとしようとするも上手くいかない。仕方が無いので翠蓮はそのまま脚で駆ける。
撃退士達が身構えながら通常速度で接近して来るのを見たギメル・ツァダイは、
「ウワハハハハハハ! 駆け抜けながら壊しまくれい!! 滅せよ! 滅せよ!」
火球を放って左右のヘリに爆炎を叩き込むと、接近するどころか撃退士達より遠ざかるように北へと駆け始める。
レッドアイは炎に呑まれたヘリに光弾を放って追撃、強烈な一撃で破壊すると北へと鳥足でのたのたと駆け出し、ブルーバブルは北へとぬるりと移動してゆきながらやはりギメルの爆炎で削られたヘリに己の身を拳状に変化させてすれ違いざまに殴りつけ、轟音と共に破砕する。二機大破。対空組と併せて合計四機。
水枷ユウ、機嶋 結(
ja0725)、永連 璃遠(
ja2142)、翠蓮の四人はそれぞれ標的へと向かって駆けているが射程外で届かない。
「これは、全力で駆けた方が良いんじゃないかの?」
翠蓮は距離を離しにかかっている敵を睨み、焦りを抑えつつ言う。敵の標的は撃退士達ではなくヘリだ。
ギメル達からすれば、撃退士達から逃げ回りながらヘリを壊しまればそれで作戦成功なのだ。戦わなくても目標を達成できるなら無駄に戦う必要など無い。
だから、撃退士達としてはまずギメル達が自分達と戦わざるをえない状況に持ちこむ必要があるのだが。
「……しかし、ギメル達は固まって移動しています」
璃遠が唸るようにして言う。
全力で駆け飛び込めば隙が出来る。
「隙だらけで突出して、集中攻撃されたらひとたまりもありません」
難しい所だった。
ギメル・ツァダイは激しやすい性格ではあるが、平天使の身ながらここまで生き抜いてるのは伊達ではないのか、それともただの偶然かは解らないが、なかなかやらしい立ち回りをしてきていた。
●
対空組。
ナナシは遁甲の術を発動、気配を薄くする。同時、天空より弾丸が飛来してナナシの頭部をぶち抜いた。次の瞬間、はぐれ悪魔の童女の姿が掻き消え、スクールジャケットが後に残される。空蝉。
リカ、基本的には間合いを保ち無理はしない、味方にもさせない傾向が強いのだが、竜の頭部を一撃で粉砕して一瞬で仕留めて来くるような相手は基本じゃない。射程内にいる限り逃げる間がなく一瞬で殺されるので間合いを保つ意味が薄く、ついでに射程も恐ろしく長いので一旦射程外に逃れてもヘリを破壊している最中に何時不意を撃たれるか解らない恐怖がある。
その為、リカは味方を守る為には一刻も早く凶悪無比な射手を仕留めるしかないと決意した。
(殺られる前に殺る)
水兵服の少女はナナシ目掛けて騎竜と共に猛然と突撃を開始する。
一方、もう一匹の黄金竜は旋回してナナシから逃れるように距離を開けにかかっている。夜空を飛行して間合いを離しつつ、地上に停まっているヘリへと顎を開きその奥から黄金の光を膨れ上がらせてゆく。
逃げる黄金竜をヘリに搭乗し追尾しているのは狩野とエルレーンだ。竜は全速飛行しなくてもなかなかの機動力だが、ヘリもまた機動力が高い。
狩野は乗降口の取っ手を左手で掴みつつ風が荒れ狂う夜空へと身を乗り出し、右手に構える狙撃銃の銃口を今まさにブレスを吐かんとしているドラゴンへと向けて発砲する。回避射撃だ。竜は首を振って弾丸をかわしつつもブレスを吐き出す。黄金の奔流は妨害により狙いが多少甘くなっていたが、地上で停止しているヘリは回避はできず、炎に呑まれてその装甲を急速に融解させてゆく。
同様にヘリに搭乗して黄金竜を追っているエルレーン、地上へとブレスを吐いている竜へと迫ると、88mmという巨大な銃口を持つ魔導ライフルを構える。乗降口より伏せて身を乗り出し、器用に二本の前脚で銃を支えて狙いを定める。
「とんでけ! 私のかぁいい┌(┌ ^o^)┐ちゃんたちーッ!」
背後に巨大な四足生物の残像を出現させると共に発砲。白銀の異形型の弾丸が奇声を発しながら闇を切り裂いて飛び、咄嗟に逃れんと急旋回する竜の身を逃さず捉えて喰らいついた。レート差が乗った一撃が強烈な破壊力を叩き出し、黄金竜の身より血飛沫があがる。
すかさず狩野がライフルで追撃の弾丸を飛ばし、今度は鋭く命中させている。しかし、まだまだ強靭な生命力を誇るドラゴンは落ちそうにない。
ナナシ、黄金竜を駆るリカが己を目掛けて突撃して来るのを見て距離を取るべく後退しているが、現在の機動力は高く無い。見る見るうちにリカドラゴンに間合いを詰められ黄金のブレスが吐き出される。
童女の姿が荒れ狂う金色の奔流に呑まれ、融解するように消え、ジャケットが残された。空蝉。バーナー状の焔の隣に紫髪の童女が出現する。かわした。
●
他方。
いきなり詰んだかに見えた地上組だったが、日下部司が全速で駆けずとも素で脚が速かった。青年は闇夜のアスファルト上を駆け、四〇メートルほど開いていた距離を見る見ると詰めてゆく。
ギメル・ツァダイが再び爆炎を放ち、レッドアイが光弾を放って三機目を破壊しさらに北へと駆けていった時、日下部はズラトロクH49の射程に敵勢を捉えた。金角獣の意匠が凝らされたオートマチック拳銃を両手で保持し、素早く駆け続けながら銃口を向ける。
二〇メートル先の彼方に睨むのは、直径1m程度の巨大な目玉に鳥の足が四本つき、その鳥脚をばたばたと動かしながら機動して、目より凶悪な閃光を放ってヘリを破壊しているレッドアイ――が、己の周囲に浮遊させている橙色の三つの光球のうちの一つだ。
日下部は精神を研ぎ澄ますと滑らかに引き金を絞った。轟く銃声と共に鋭く飛んだ銃弾が橙色の光球を撃ち抜き、光の球が破裂するように爆ぜ四散する。
すると、
「ほぉ、詰めてくるか! さすれば相手をしてやろうか原住民ども」
ギメル・ツァダイが傲然と向き直った。剃髪の巨漢は白の外套を払い黄金の錫杖を構える。赤目と青泡もまた撃退士達に向き直った。
それぞれの標的との距離およそ、日下部、二十メートル、璃遠、三十六メートル、ユウ、四十メートル、翠蓮、四十メートル、機嶋、四十メートル。機嶋がやや抑え気味に移動しているのは、翠蓮の護衛についている為だ。
「悪魔を護る……気に食わない」
少女はそう思う。火力ある者を護る戦術は有効だ。けれども理解はすれど、納得はしない。
(……でも)
以前パーティや休暇で聞いた会長の言葉。機嶋を庇った悪魔の行動。それらが脳裏を霞めてゆく。
「……今回だけ、です」
「ふむ、よろしく頼むの。しかし――」
翠蓮は己の隣を駆ける少女に答えつつ、脳裏に先に己が翼を出せなかった事象を過ぎらせていた。
撃退士達へと向き直ったギメルは南へと駆け出しつつ黄金の錫杖を翳した。その先端に眩い紅蓮の光が灯り、急速に輝きを増してゆく。
「吹きとべい、わっぱども!」
野太い大声と共に神官の錫杖が振るわれ、紅蓮の火球が勢い良く飛び出した。巨大な焔は唸りをあげて飛び、駆ける撃退士達のおよそ中央のアスファルトに着弾した。刹那、爆熱の火炎が爆音と熱風を巻き起こしながら、着弾点より直径およそ三十メートルの範囲を一気に爆砕せんとドーム状に膨れ上がってゆく。
日下部、肩越しに振り返った後方より爆熱が唸りをあげて迫ってくる、咄嗟にシールドを発動して大剣を緊急活性化しようとしたが、レッドアイの霊波が飛んで掻き消され、剣が出現しない。迫る紅蓮の直撃を受けて身が焼き焦がされてゆく。負傷率三割三分。多少焦げたがまだまだいける。
璃遠、ある程度分散することを心がけてはいたが、通常移動の足で遠ざかってゆく敵から離されないように距離を詰めんとしつつでは、図にでも引けばよく解るが、広がれる距離は短い。普通の相手ならそれでも十分だが、ギメルの範囲攻撃は直径三十メートルの広範囲を一気に薙ぎ払う。逃れきれない。
紅蓮の爆熱に少年もまた呑まれ、一瞬で臓腑まで焼き尽くされんが如き壮絶な勢いで焼き焦がされてゆく。負傷率十一割一分。カオスレート差が乗って破壊力が激増している。激痛に璃遠の視界が赤く、その意識が急速に薄れてゆく。
(まだ……っ!)
紫髪の少年は身が傾いでゆくなか歯を喰いしばって足を前に出した。崩れそうになる膝に力を篭め、ギメルの火炎に爆砕された灼熱の大地を踏みしめる。倒れない。満身創痍で身から白煙をひきつつも駆けてゆく。
ユウ、銀髪の少女もまた炎に呑まれていた。が、冬を司る氷雪の娘はこんな炎なんぞ温い、といわんばかりに涼しい顔をしている。負傷率七分。鍛えられたダアトの凶悪な魔法耐性。紅蓮の中を白銀の少女が駆けてゆく。
機嶋、翠蓮を庇わんとその前に飛び込んでいる。庇護の翼を発動、しようとしたが赤目の視界の中だった。アウルが霧散し、上手く庇えない。
翠蓮のその身にダイレクトに火炎が襲い掛かり負傷率、十二割三分。猛烈な熱波に焼き焦がされ、激痛に意識が一瞬で消し飛びそうになるが、精神を振り絞って堪える。ともども焼き焦がされた機嶋、負傷率三割三分。
「……なんで?」
銀髪の少女が顔を歪めた。爆発による痛みよりも翠蓮が庇えなかった事に混乱している。
「ぬぅ、やはりあの赤目、攻撃スキル以外にも反応しおるぞ!」
満身創痍の翠蓮が唸り、男は隻眼を細めると全速で駆け出してゆく。このままゆっくり近づいても辿り着く前に範囲攻撃でもろとも爆殺されるだけだ。
日下部が裂帛の雄叫びをあげ爆炎を切り裂いて飛び出し、大剣を手に青泡を避けるように回り込みつつレッドアイへと迫る。赤目は瞳より光弾を発射した。凶悪な破壊力を誇る光弾が男を撃ち抜いて、鎖仕込の儀礼服が爆ぜ、その腹より血飛沫が噴出する。負傷率八割九分、倒れない。
だが、青色の液体が進路を遮るように現れる。日下部はかわして回り込もうとステップし、ブルーバブルがやらせはせんとその蒼い液状の身を変形させ、鞭の如くに伸ばす。
唸りをあげて蒼鞭が日下部に炸裂した。激痛が青年の身に襲い掛かって、負傷率十二割。歯を喰いしばって倒れない。だが、さらにブルーバブルは日下部に巻きついて拘束してゆく。移動が出来ない。
「くそっ!」
日下部は拘束されつつも銃を出現させてレッドアイの光球へと発砲。弾丸が飛び出し光球を四散させた。あと一つ。
璃遠、ユウ、機嶋は攻撃が届かない。
翠蓮、全速で横手まで回り込みレッドアイの光球へとアサルトライフルの銃口を向けて猛射する。弾丸が橙色の光球を撃ち抜き四散させる。全部消えた。
●
空。
ナナシ、エルレーン達が狙っている竜を攻撃しにゆきたいが、その竜はナナシから逃げていて、さらにそちへの攻撃を阻むように一方の竜騎兵はナナシへと突撃してきており、ナナシは敵の接近から逃れたいので、とてもあちらの竜を狙いにはいけそうにない。
後退しつつ空へと銃を向けて叫ぶ。
「貴方の境遇には同情する部分はあるし、今更旗を変えろなんて言うつもりは無いけれど。前線に出て来ないで、静かに暮らす気は無かったの?」
闇を纏いリカが騎乗する竜の頭部へと狙いを定め発砲。
壮絶なレート差により桁違いの破壊力と精度となった一撃が唸りをあげて飛び、しかし、竜に激突する直前、白と黒の混じった球形の光膜がリカとドラゴンを包み込んで弾丸と激突した。
「――結界?」
弾丸と結界が激しく鬩ぎ合い、次の刹那、闇の魔弾が光をぶち抜いた。が、著しく精度と破壊力の落ちた弾丸は頭部には中らずに逸れ竜の肩に当たる。それでも超レベルの攻撃力の一撃は紙の如くに竜鱗をぶち抜いて鮮血が噴出した。壮絶だ。だが、急所でもなくレート差も零ならば、竜は一撃では落ちない。
竜は怒りの咆吼をあげて突撃しながら黄金の焔をナナシへと撃ち降ろし、ナナシは飛び退いて空蝉で回避。ナナシの上空を取ったリカは薙刀を出現させ、切っ先を天へと向けた。
「そのつもりだった。でも――」
竜騎兵より五メートル程水平に離れた宙に光の帯が出現し、光は弧を描いて走ってゆく。
「私にはこの子達を見捨てられなかった」
光はおよそ一秒で宙に円陣を描き、光の法陣が完成した瞬間、耳をつんざく爆音を轟かせながら爆発的に白光が噴出した。純白の光は円柱のように天空と、そして大地へと向かって伸び、文字通りを天地を貫いた。
巴、高低差を無視するリカの範囲攻撃。
地上のナナシの視界を真っ白に埋め尽くしながら巨大な光の柱が迫り、悪魔の童女は咄嗟に飛び退いて空蝉で回避せんとする。が、直径十メートルのそれから逃れきれずに光の爆圧に呑まれ吹き飛ばされる。爆砕された大地に転がり、その全身から白い煙が立ち昇ってゆく。負傷率四十一割七分。既に意識はなかった。童女は瞳を閉じて、ぐったりとしてぴくりとも動かない。昏倒した。
他方、旋回しながら逃げるドラゴンを追うエルレーン搭乗機。
ヘリはローターを高速で回転させながら弧を描いて旋回すると、機体横の搭乗口を竜へと向ける。
瞬間、エルレーンは再度背後に四足異形の幻影を生み出し、素早く狙いを定め引き金を絞る。愛と共に放たれた白銀の弾丸は奇声をあげて竜へと襲い掛かり、その身を逃さず喰らいつく。レート差が乗った破壊力が荒れ狂い、金の焔を散らし竜の鱗が爆ぜ散ってゆく。
狩野、すかさず血飛沫を噴出し態勢を崩している竜へと狙いを定め引き金を絞る。ライフル弾が空を裂いて飛び出し、竜の身に追撃が突き刺さる。
集中攻撃を受ける金焔の竜は怒りの咆吼をあげながら身をくねらせるとエルレーン機へとその巨大な顎を開き、燃え盛る火炎を吐き出した。狩野がブレスに向けて回避射撃を放つが、黄金の熱波はライフル弾を呑み込み、旋回するヘリを呑み込み、その内部のエルレーンを呑み込んで、凶悪な破壊力を解き放ってゆく。
黄金の熱波にヘリの各部位が融解し金属が絶叫をあげるかの如くに軋んでゆき、レート差が乗った炎がエルレーンの白身を焼き焦がしてゆく。
しかし、
「まだっ……!」
負傷率十五割四分。激痛と共に意識が急速に遠退いてゆき、されどエルレーンは真にギリギリの所で踏みとどまる。
●
対地組。
日下部、酸に侵食されその身がさらに蝕まれてゆくが消し飛びそうになる意識を必死に繋ぎとめる。青年は満身創痍で拘束されながらも銃口を機動するレッドアイへと渾身の力で向ける。
(これで――)
引き金を絞る、その瞬間。
「惜しかったな!」
ギメル・ツァダイが青年の背後で錫杖を振り上げていた。爆熱の色が宿った錫杖が唸りをあげて振り下ろされ青年の頭部を強打する。負傷率二十四割二分、青年の意識が途切れその場に崩れ落ちる。
レッドアイは光弾を翠蓮へと飛ばし、はぐれ悪魔の男の身を光が撃ち抜いて吹き飛ばした。血反吐をぶちまけながら翠蓮が沈む。負傷率二十四割八分、動かない。昏倒した。
「これ以上はやらせない……」
璃遠、歯を喰いしばりつつ駆けて間合いを詰めると拳銃の銃口をレッドアイへと向ける。
「やらせる、もんか……ッ!」
裂帛の気合と共に発砲。唸りをあげて飛んだ弾丸がレッドアイへと突き刺さり、レート差を乗せて強烈な破壊力を炸裂させる。
大目玉が爆ぜ、赤色を撒き散らしながら崩れ落ちる。撃破。
機嶋はギメルへと駆けつつレッドアイが倒れたのを見てリジェネレーションを発動、急速に細胞を再生させ負傷率一割六分まで回復。
ユウはスキル射程外なので前進。
ブルーバブルは璃遠目掛けて南下すると、その身を鞭状に変化させて鋭く振るった。
音速を超えて空気を破裂させる音と共に先端が璃遠の身に炸裂し凶悪な破壊力を叩き込む。負傷率二十二割五分。
血反吐を撒き散らしながら赤眼の少年が意識を失い血河に沈んだ。
●
エルレーンが睨む未明の夜空、地上で吹き上がっている爆炎に照らされて常よりも薄明るい空、ドラゴンは満身創痍ながらまだ飛んでいる。不意に、その姿が白い煙に包まれた。煙幕だ。
視線を横にずらせば黄金の光を立ち昇らせる竜の首元に跨る少女が狙撃銃を構え接近してくる。
「リカ!」
エルレーンは魔導ライフルの銃口を向け発砲。唸りをあげて白銀の弾丸が飛び、瞬間、竜騎兵を包み込むように白黒の光円膜が発生して弾丸を受け止める。白銀の異形は奇声を発しながら光を突き破るとリカの身を捉えて喰らいついた。が、大半の威力は結界に殺されたか、使徒は眉一つ動かさなかった。浅い。ドラゴンが顎を開きその奥から黄金の光が膨れ上がってゆく。
「葉斯波翔悟って知っているかな?! あなたの兄弟とか従兄弟とか親戚じゃないかなって思うのだけど!」
咄嗟に狩野は彼方のリカへと叫んだ。
単なる興味、という部分もあり、懐かしいであろう名前を聞かせて動揺を誘いたい部分もあった(ただ、狩野としてはあの家族は平穏であってほしかったので、翔悟父娘にはリカのことを教えるつもりはなかったが)。
しかしリカが駆る竜は構わず燃え盛る火炎をエルレーン機へと吐き出した。狩野が回避射撃を放つが、直撃コースで唸りをあげて迫り来る。
「くっ……!」
エルレーンは空蝉を発動、機内には逃げ場がないので宙へと飛び出す。黄金の奔流に呑まれたヘリは爆発を巻き起こし煙を噴き上げながら落下してゆき、やがて大地に激突して大爆発を巻き起こしながら四散した。宙より落下したエルレーンは、なんとか身を捌いて脚から着地したが、極限の負傷が響き、地上に激突した衝撃で昏倒した。
狩野は竜騎兵は落とせないと考え、煙中へと消えたドラゴンへとイチかバチかでライフルを向け発砲したが、外れる。
●
他方地上。
「ウワハハハハハハハーッ!!」
ギメル・ツァダイ、錫杖に紅蓮を宿すと再度、火球を噴射し、広範囲を爆砕する。紅蓮の火球が膨れ上がり、アスファルトを爆砕し、巨大なクレーターを生み出してゆく。
機嶋、凧型盾を出現させ銀光の障壁を張るが、爆熱の火は盾の隙間を滑り抜けて奥の身へと襲い掛かって来る。敵の攻撃精度が恐ろしく高い。負傷率四割九分。
ユウは二割二分。まだまだ余裕だ。紅蓮燃え盛る熱波に巻かれつつも淡々と前進、南下し飛びかかってきたブルーバブルへと向けてアウルを解き放った。刹那、災禍の風が逆巻き、蒼いサーバントを呑み込んで、その意識へと侵食してゆく。
ブルーバブルは跳躍した勢いのまま地に落ちると、そのまま動かなくなった。睡眠。
(……二対二になるなんて)
機嶋、笑う巨漢を睨み据えると大剣を低く構え接近してゆく。
自分達だけでやれるか? 否。やるしかない。
銀髪の少女は意を決すると、地を蹴って鋭く踏み込み、稲妻の如くに突きを繰り出した。狙いはギメルの心臓。
剃髪の巨漢は野太く口端を吊り上げると、錫杖を翳しながら横に一歩動いた。切っ先が錫杖に当たって横に逸れ、そのまま虚空を貫いてゆく。
機嶋は素早く身を切り返すと捻りざまに竜巻の如く、腹を狙って薙ぎを払いを繰り出した。
ギメルは素早く後退して間合いを外し紙一重で斬撃をかわす。
「ハッハァッ!!」
着地と同時に地を蹴って前方に切り返し、錫杖を回転させつつと石突で突きを閃光の如くに繰り出してきた。
咄嗟に凧型盾を出現させんとし、しかし杖の先端は盾が出現するよりも早くに機嶋の胴に叩き込まれた。衝撃に息が詰まる。負傷率八割五分。
(この男……)
機嶋は苦痛を堪えつつ目の前の天使を睨む。集団で取り囲む大規模戦ではその広範囲火力やタフさが目立つが、少数で向き合うとギメル・ツァダイの真髄はその精度だと気付く。
中らない。防げない。ギメルは攻防に技術があった。囲まないで対抗するのは至難の技だ。
●
爆炎が荒れ狂う地の空に竜とヘリが飛んでいる。
『……いいえ、知らない』
不意に、狩野のすぐ隣にリカがいるかのように声が響いた。
『……家族がいた使徒が人だった頃と同じ氏名を名乗っている訳ない……その人が、どうかしたの?』
少女が動揺しているのか、していないのか、声と彼方を飛行する姿からは良く解らない。が、彼女自身もドラゴンも攻撃を仕掛けてはこなかった。
「先日、偶然お会いしてね。ご健勝ですよ」
狩野はもし関係があるのなら、聞くだけ聞いて放置するのも人として可哀想だな、と思い答える。
『そう……』
一瞬の間の後。
『貴方の魂に、平穏がありますように』
弾丸が狩野の眉間目掛けて飛来し、狩野は回避射撃で間一髪で弾丸に弾丸を中てて弾き飛ばし逸らす。が、間髪入れずに黄金の炎がヘリを飲み込み、狩野負傷率十六割五分。黄金の炎に焼き焦がされながら、男は機内に倒れた。
数秒後、ヘリのパイロットがリカに撃ち抜かれて昏倒し、操縦者を失ったヘリは大地に激突して爆発炎上四散した。
●
地上。
ユウ、眠っているブルーバブルへと向けて赤く揺らめく天焔の剣の切っ先を向けると、逆巻く白い風を解き放った。
液状サーバントの身が螺旋の風によって猛烈な勢いで引き伸ばされて回転し、回転しながら引き伸ばされて、そのまま散り散りに千切れて吹き飛んでゆく。やがて風が収まりべしゃりとアスファルトに水色が散った。撃破。
機嶋の剣が空を斬り、ギメルの杖が機嶋に叩き込まれる。
(中らない……!)
肩で息をする機嶋、再生能力と頑丈さもあって未だ倒れていないが激痛と疲労に目が霞んできた。
バブルを吹き飛ばしたユウはその半眼を機嶋と格闘している巨漢へと向け、
「ギメル・ツァダイ、その炎、たかが人間の、こーんな小娘一人も満足に殺せないなんて。実は大したことない?」
距離を保ち横手に回り込みつつ注意を己へと向けるべく煽りの言葉を放つ。
「ヌハハハハハハッ! 抜かすか小娘!」
それでもギメルは機嶋の大剣の切っ先をかわしつつ見得を切るように錫杖を翳す。
「あるいはそうかも知れぬ。が、貴様等二人以外は全員倒れておるわッ! 単に貴様等が強者なだけよ――」
次の刹那、眩いばかりの閃光がギメル・ツァダイを中心に放たれ壮絶な大爆発が膨れ上がった。
爆熱と共に暴風が荒れ狂い、周囲一帯の大地を爆砕し、機嶋を吹き飛ばし、近隣のヘリを吹き飛ばし、桜雪門の残滓を吹き飛ばし、倒れている日下部、璃遠、翠蓮をも巻き込んで壮絶な破壊力を巻き起こしてゆく。直径六十メートル超爆発。
機嶋、負傷率十七割四分、昏倒した。日下部、璃遠、翠蓮が凄絶な状態になっている。
「だがまぁ、これを受けては立ってはおれまいて」
カラカラとギメル・ツァダイは笑い声をあげる。
しかし実際の所、水枷ユウは立っていた。
爆発波を受けていなかったからだ。桜雪によって空間を渡り範囲外へと脱出しかわしていた。
(……いける?)
銀髪の少女はさらに門を開くとギメルの背後へと空間跳躍した。門の残滓が崩れ雪のように桜のように吹き消えてゆく。
再度空間を渡った少女が、ギメルの後方、五メートル程度の位置に出現する。
呼吸を抑え、気配を消して天焔の剣を消す、代わりに出現させるのは、無尽の光に共鳴し白く凍てつく氷葬の細剣。左手には氷の短刃、白き細剣より氷が噴出しその刀身を包み込んで長大な白銀の剣と化してゆく。
見詰める先にあるのはギメルの背中。狙うはその胸。銀の少女は氷葬剣を構え、稲妻の如くに刺突を繰り出した。
「あるいはそれは、他に立っている者がいれば――」
が、
「あるいはそれは、もう少し工程数が少なければ――」
鈍い音を響かせながらその刃は止まった。
「あるいはそれは、相手がこのギメル・ツァダイでなければ――」
氷剣の切っ先は肩越しに振り向いたギメルが翳す錫杖の根元で止められていた。
ギメルは語りつつ剣の切っ先を払うと錫杖を回転させながら踏み込み、先端が消える速度の突きをユウの胴へと叩き込む。猛烈な衝撃が突き抜けて視界が揺らぎ、負傷率六割八分。
ユウは咳き込みつつも後ろに飛び退いて間合いを広げながら刺突を放ち、ギメルは踏み込みながら入り身で斜め前にかわす。
落雷の如くに爆熱の錫杖が振り下ろされ、ユウの身を強打する。負傷率十一割一分。痛烈な打撃を受けた少女だったが、気力を振り絞って踏みとどまる。目を霞ませつつも歯を喰いしばって反撃に氷の双刃を繰り出す。銀の刃が空間を斬り裂き、巨漢は軌跡をすり抜けるように紙一重でかわした。
「――成功したやもしれぬな!」
錫杖一閃。強烈な一撃が叩き込まれて銀髪の少女が吹き飛び大地に転がった。三度目の激痛に意識が捻り切られてゆく。負傷率十五割四分。ついにユウが昏倒した。
学園撃退士の全滅であった。
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炎が駐屯所を呑みこみ、人々の断末魔の絶叫と共にヘリが爆砕されてゆく。
朝焼けよりも早く、紅蓮に赤い炎の光が未だ未明のその場所を眩く照らしていた。
真っ赤だ。
真っ赤だ。
真っ赤だ。
総てが赤い。
『……ギメル様、有難う、想定以上の戦果……もう十分、引き上げましょう』
虚空から少女の声が響き渡る。
「ヌハハハハハハ! そうさな、DOGとやらも態勢を立て直して集まってきたし、そろそろ引き上げるとするか」
破壊の限りを尽くした爆炎の天使は白翼をはばたかせ旋風を巻き起こして天空へと舞い上がる。
「このギメル・ツァダイの実力を以ってすれば、勝利など容易い!」
巨漢は野太い笑い声を響かせると使徒やサーバント達と共に東へと消えていった。
かくて、痛烈な大被害を受けたDOGは空対空戦力を著しく欠く事になる。
了