.


マスター:望月誠司
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:8人
サポート:6人
リプレイ完成日時:2014/06/18


みんなの思い出



オープニング

 その日撃退士のカサンドラは上機嫌だった。
 彼女は近々に十八歳の誕生日を控えていて、誕生日にプレゼントして届くように母国の父と母がプレゼントを久遠ヶ原で暮らしている彼女の元に送ってくれたらしい。
 それは幼い頃に彼女が憧れていた大粒の宝石があしらわれたネックレスであり、母が母の実家から嫁いでくる際に祖母から譲り受けたという代物で、代々「一人前のレディになった証」として受け継がれてきたものだった。
 それを誕生日に贈られるという事はカサンドラも一人前の女性であるとして両親から認められたという事である。
「楽しみだわ」
 友人達が呆れるくらいルンルン気分を振り撒いていたカサンドラの元へと、その晩電話がかかってきた。
「――お前に残念な報せを伝えなければならない」
 父の声は沈んでいた。
「えっ?」
 なんでもネックレスを空輸していた貨物機が日本まであと少しといった太平洋の海上上空で原因不明のエンジントラブルにより墜落したらしい。残された記録により天魔の仕業ではないかという疑いもあがったが定かでは無い。
 確かな事は、他の貨物同様、カサンドラが受け取る筈だった誕生日プレゼントであるネックレスも海の底だという事だ。
「郵便会社によれば回収も検討されているらしいが、危険な海域らしく期待はしないでくれ、と……」
 ショックを受けたカサンドラは呆然と、その瞳から涙を溢れさせるのを堪えられないのであった。


「さるべぇ〜ぢぃ〜?」
 と、初め話をもちかけた時には胡乱な表情をしていたパトリシア他、劇団メンバーだったが、さんさんと輝く太陽の下、青く青く広がる大海原に、今は船上できゃっきゃと歓声をあげている。
「いやー、良いよね、サルベージ! トレジャーハント! 深い深い海の底に沈んだ煌く宝石を拾い上げにゆくのだよ!」
 曲線豊かな身をダイビングスーツに包み、腰までの長い銀髪を吹く風に靡かせながら、小柄な少女が大海原の先を指差して歌うように声を張り上げサファイアブルーの碧眼を輝かせている。いつものヘテロクロミアではない。ジャンヌ=ルイは今日はカラコンは外しているらしい。
「それにしても、なんでアタシ達に話が来た訳?」
 ブロンド美人が小首を傾げて依頼を持ってきた青年に問いかける。
「平たく言うとそこそこ実力があって、暇があって、ネコババしない真面目そうな奴というと俺だったらしい」
「ほんと平た過ぎる言い方するわねアンタ」
 仏頂面でそんな答えを返す長谷川景守に多少呆れた表情を浮かべてパトリシア・スミス。
 なんでも元々は、久遠ヶ原の執行部が、さる保険業を扱っている企業から「太平洋上に墜落した貨物機より積荷を回収する」事を打診されたらしい。
 久遠ヶ原に話が来たのは、その海域に天魔が出るかもしれない危険があった事と、水深が深い為、常人だと潜るだけでも命に危険があるからだった。
 拳銃弾を受けてもケロリとしていられる、超人たる撃退士の耐久力があれば水圧にもある程度は耐えられるし、天魔にも対抗できて具合が良い、という訳だ。
 なので、海外の郵便会社→保険会社→久遠ヶ原執行部→長谷川景守→撃退士達、と話が回ってきた、という寸法である。
「えぇと、景守、回収するのは貴金属類が詰められたケースが八つ――と機長さんと副操縦士さんのご遺体、だっけ?」
 いつものピエロ化粧を落としてすっぴんになっている黒髪童女が依頼内容を確認する。シィール=クラウンだ。
「うむ、遺体は現存していてかつ余裕があったら、だがな」
 齢十七の黒のザンバラ髪の青年は答えて言った。
「物に関しては、貴金属が詰められたケース、一般的なジェラルミンケースと似たような外観とサイズらしいがこれを八つすべて回収する事、だな。ケースの中には宝石がぎっしりで、時価にして数億久遠はくだらないそうだ」
「数億久遠!」
 パトリシアが目を剥いた。
「宝石ならまぁそんなものだろう。だから報酬も多い――って大丈夫か?」
「あ、足が震えてきた」
「おい団長」
 今度は景守が呆れた顔をした。普段やってる舞台でも実力はあるのにプレッシャーに弱いのがパトリシアだった。
「でもでもっ、回収の途中でサーバントとかディアボロとかと遭遇して壊しちゃったりしたらどうするの?」
 青い顔で女は言う。
「そういう事も含めてなんとかする為に雇われたのが俺達だろう」
「ううっ、そーなんだろうけどさ……」
「まぁ、積まれていた荷物は当然、その宝石ケースだけでなく他にもあるが、そちらは今回は回収しなくて良いとの事だ。とりあえずケースを八つと遺体、それだけで良いんだ。俺達ならなんとかなる」
 長谷川景守は淡々とそう述べたのだった。


リプレイ本文

 光彩は眩く煌きを放つ。
 青く、青く、青く、万丈に青く広がる蒼穹だ。
 船は風を切り裂き進む。
「こっちはもうすっかり夏ね」
 ナナシ(jb3008)は南海の空を見上げて額に手を翳した。青が深い。皓い太陽が眩く燃えている。海鳥が軽快に舞って鳴いていた。
「これがバカンスとかだったら、もっと良かったんだけど」
「まぁまずは仕事優先だな」
 と、ウェットスーツ姿でマリンブーツを履いてる最中のアイリス・レイバルド(jb1510)が答える。
「そうね。上手く見つけられると良いんだけど」
 頷いてナナシ。今回、撃退士達が南海を訪れたのは余暇の為ではなかった。海底に沈んだ諸々を引き上げにきたのである。
 アイリスとしても海底の世界など滅多に観察できないので興味深いのだが、
(海底で朽ちるのは一般人には孤独が過ぎるだろうし遺体回収も手は抜けないな)
 と思う所で。
「さてと、淑女的に考えて、可能な限りという事は可能ならば是が非でもと受け取った」
「明言された訳じゃないが……遺族や同僚の心境を考えると、第一クライアントである郵便会社的にはそうなるだろう」
 ブロンド少女は半眼無表情で淡々と述べ、黒髪少年もまた仏頂面のまま淡々と頷く。
「冷たくて暗い場所へ置いてけぼりなんて、したくない」
 若菜 白兎(ja2109)が哀切をその大きな碧眼に宿して切々と言った。
「事故の事はもうどうしようもないですけど。せめてご遺体は家族の元へ……」
 小さな童女の言葉に陽波 透次(ja0280)もまた思う。
(遺体すら戻って来ないのは辛いよな……何とか帰したい)
 透次の母が死んだ時は遺体が行方不明で戻って来なかった。
(遺体でもせめて手を取って、顔を見て泣くくらいの事はしたかったな)
 各々そんな思いからか撃退士達の士気は高いようだ。
 しかし、
(でもじつはダイビングは初めて)
 若菜はスーツに袖を通したものの不安は治まらずヘルメットをぎゅっと胸に抱いた。
(皆の足を引っ張らないようにしなくちゃ……)
 そう強く思う所である。
 しかし、その他のメンバーの方も、
「水泳部にいたものの、これだけの潜水は初めてだな」
 ウェットスーツに袖通しつつ凪澤 小紅(ja0266)が緊張を表情に浮かべている。一応出港前に浅場で素潜りし水中戦闘の慣らしはしてみたが、本番は深度が違う。
 同じくスーツ姿の小田切 翠蓮(jb2728)もまた、
「……これまた面妖な装備よのう」
 ブーツに装着するフィンを手にしげしげと観察して「まるで河童のようじゃ」と洩らしている。
「河童みたいに泳げるようになるわよ。はい、着けるから貸してねー」
「本当かのぅ?」
「ま、河童みたいはオーバーかも。でも大分違うわよ」
 翠蓮は着け方がイマイチ解らぬ、という事でパトリシアが装着を手伝っている。
 大潜行の経験はこれが初、という者は若菜以外にも多いようで――というか、ダイビング自体が大半が経験がなかったり多少はあっても慣れていなかったりする。
(あまり経験がないので少々不安だな……)
 それは大炊御門 菫(ja0436)も同様で。
 しかし、
(そういう姿をシィールに見せてはダメだ)
 と傍らの童女の事を思い、菫は常以上に元気良く話しかけていた。
 シィールが経験した事を少しでも共有したかったのと、話す事で不安を逸らせたかったのである。最近の事を問うと童女は笑って言った。
「んっとネ、この前、劇団の皆で京都に公演しにいったんだっ。上手くいくかどうか心配だったけど、拍手沢山貰えて嬉しかったよ!」
「京都に?」
「うん。もうゲートの残骸は消えててね、街も去年の十月に行った時よりも随分賑やかになってて、良かったよー」
 そんな雑談を片耳に拾いつつアリーチェ・ハーグリーヴス(jb3240)は白兎が郵便会社に確認し取り寄せた墜落した貨物機の図面を睨んでいた。はぐれ悪魔の少女は「ふーん、海底のお宝さがしかぁ……、楽しそうじゃん☆」という事で参加中である。
「そうだ、もしかして、沈没した時に貨物機も海流で墜落位置より流されちゃってる?」
 アリーチェはふと思いついて図面より顔をあげて問いかける。
「その可能性は高いな」
 と答えて景守。
「うーん、それじゃ、まっすぐ海底まで降りて、そこで海流の方向に探索するのがいいのかなぁ」
 赤毛の少女は思案しつつ呟く。
「ああいや、海中から発せられている信号を元に向かうから、その辺りはナビに従えば大丈夫だ。貨物機のブラックボックスが作動している」
「あぁそうなんだ」
 それに菫が言った。
「海流といえば一応、当時の潮の流れが解るかどうか郵便会社や港の漁師に確認してみたんだが、その辺りは巨大な暖流が流れているそうだ。正確な所は断言できないが、北東方向に流れている可能性が高い、と」
 なお墜落当時の天候は晴れだったらしい。
「ふーん、巨大な暖流ねー……」
「黒潮とかでしょうか……?」
 小首を傾げて小等部三年の白兎。日本近海の巨大な暖流といえばそれだ。最近、学園の講義で習ったような気がしないでもない。
 アリーチェはふんふんと頷くとパトリシアへと視線をやって言う。
「随分早いみたいだしー、流されないようにナビよろしくね♪」
「解ったわ。任せておいて」
 どんと己の胸を叩いて片目を瞑ってパトリシア。彼女とシィールが船に残り、他の十名で海底の探索を行う事になっていた。
 菫はそんなパトリシアへと視線をやり――逡巡の後に視線を外した。若干、話しかけづらい。
(……? なんか、この前から菫ってあたしにだけ様子が妙よね?)
 ブロンドの娘はそんな菫の様子に胸中で首を傾げる。
(――はっ! も、もしかしてあたし、嫌われてるとかっ……?!)
 密かにガーンとパトリシアはショックを受けている。
 他方、
「あっ、そうだ、ジャンヌさん。この前はどうもありがとう。おかげで私も入院せずに済んだわ」
 とナナシは訓練会の際の治療の礼を銀髪の少女に述べていた。
 ジャンヌ=ルイはふっと微笑すると胸を張り、
「大事に至らなくて何よりなのだよ。ふふふ、私の治療術は天下一品だろう!」
 などと答えていた。礼を言われて嬉しいらしい。
 そんなこんなをやりつつ船は進んでゆく。
 菫は現地民――厳密に言うなら現地は太平洋上なので、出港元である伊豆の漁師――に、出港前に該当海域に危険な動物はいないか尋ねた所、最近ではその近海では天魔らしき巨大生物の影が確認されたらしく漁師達はすっかり近寄らなくなっているとの事だった。巨大な海月や烏賊、島のようなサイズのクジラ、嘘か真か、恐竜のような巨大な影を見た、なんて噂まであるらしい。ただ噂は噂なので信憑性は微妙な所だった。鮫の話もされたので、誘導の為に買い込んだ生肉に錘をつけて投げ入れていっている。
「――原因不明のエンジントラブルとは何なのだろうな」
 最終的な手順確認をしつつ小紅がふと疑問を呈した。
「あ、その辺りちょっと気になるわよね」
 とナナシ。
「うん。すごく余裕があれば、ボイスレコーダーの回収もしたいな。事故の状況がわかるし」
 と小紅。
「ボイスレコーダーってどういう形で飛行機の何処についてるんだろ?」
 シィールが小首を傾げた。
「俗にブラックボックスと呼ばれる物の中に入っている。恐らくは、赤か橙色のこれくらいの大きさの箱だろう」
 自称千年天使が身振りで示しつつそんな事を言う。
「郵便会社さんから送って貰った図を見た感じだと……これでしょうか?」
 白兎が図面の一点を指差して小首を傾げる。
 ジャンヌ=ルイは白兎の手元を覗き込み、
「ああそれだ、後部圧力隔壁の裏に設置されているようだよ」
「ブラックボックスは上手く外して持ち帰りたい所ね」
 とナナシ。
 かくて、余裕があったらレコーダーも探す事となった。
 各自準備を進める。小紅は船内からロープを調達して適当な長さに切り、透次と菫は白兎から寝袋を受け取って綿を抜き、翠蓮は耳抜きの練習をしている。ちなみに菫はペンキでボンベを目立たぬように塗ろうかとも思ったのだが借りられる宛が無く、使用可能な経費は肉に消えてしまったので塗れなかった。
 やがて船は目標座標の上へと停泊し、準備を終えた各員から入水を開始してゆく。
 ウェットスーツに身を包み、ブーツを履いてフィンを着け、ウェイト付きのベルトを巻き、ヘルメットをかぶり、ボンベを背負えば、その重量がずしりと身にかかる。
「ふむ。こうやれば良いのかのう?」
 翠蓮は、次々に海中へと飛び込んでゆく仲間達のやり方を見よう見真似しつつ、船べりに腰かけるとぐるりと後方回転するようにしながら海に落ちるように入った。
 水面を叩く衝撃と共に視界が一変する。白い泡が立って、目の前を塞ぎ、やがて消えると、光差す蒼い海中の景色が広がった。
 菫はスーツの隙間から海水が間に滑り込んでくるのを感じた。まだ冷たい。
 同様に海中に入ってきたシィールを見やる。硝子越しに見える童女の表情は硬いもので、やはりというか彼女も緊張しているようだった。天魔等が出てきて海底でボンベを破壊でもされたりすればえらい事になるので、不安に思わない方が少数である。
「大丈夫だ。ゆっくり行こう。私が守る」
 菫は不安そうなシィールへと微笑すると手を差し出す。
「う、うん」
 伸ばしてきたシィールの手を握り――ぎゅっと握り返してきた――ゆっくりと海底へと向かって降りてゆく。ウェイトベルトを身につけているので、放っておけば自ずと沈んでゆくのである。
「……なんとッ!? スキル無しでも水中で呼吸出来るとは……。人の子の技術とは大したものよ」
 無線から翠蓮の感嘆の声が聞こえた。驚嘆しているようだが、何処となく楽しそうである。
「ちょっと先行して危険が無いか探って来るわね」
 ナナシは闇の翼と物質透過能力を発動しつつ言った。
『待って』
 ナビ担当のパトリシアの声が慌てたように響いた。
『天魔がでるって話だし、光の差さない視界も効かない、無線機が壊れたら声すらも通じない海中で、単独先行は危ないわよ。固まっていった方が良いわ』
 危険な天魔が出るかもしれないと言われている海域なのである。ついでに言うと現在のナナシは破壊力は相変わらず圧倒的だが、装甲や回避力は低めだ。機動力も低くはないが突出しているという程ではない。
 ナビゲーターは単独先行は危険だと判断したようで、それは恐らく、常識的な判断だった。
「ん〜〜〜、そうね、解ったわ」
 ナナシは少しの逡巡の末、頷いた。普段は手堅い動きをする事が多い撃退士である。今日は突撃したい気分なの! 等そういう何か特別な理由がある訳でも無し、一人で突っ込んでいくのは不味いと思考した。天魔が出ないなら話は変わってくるが、出るか出ないかは解らない。
「それじゃ……皆で見る方向を分担して……警戒しながら進んでゆきましょう」
 透次が言って、
「了解、お互いに注意を呼びかけあっていこう」
 と菫が頷く。
「シィール、目が良いんだってな。よろしく頼むぞ」
 小紅がシィールへと声をかけ、
「りょ、了解ー、頑張るよ」
 はぐれ悪魔の童女は緊張気味の声を返した。
「むぅ……南は、こっちかのう?」
 そして小田切翠蓮は方位術を発動して方角を確かめている。水中では風はないし、星も見えない。太陽の光もそのうち消えるだろう。なかなか陸上のようにしっかり把握し続けるのは難しそうであった。しかし今は水面に近い為、漠然とした手応えだが解る事は解った。
 アリーチェが言った。
「うん、海の流れは北東であっちだから、こっちが南で合ってるんじゃない?」
「おぉ、なるほどのぅ」
 座標と方位を確認し、八方への警戒態勢を整えると、撃退士達は改めて海底目掛けて降下してゆく。
(み、皆に遅れないよう、頑張るの)
 白兎はなんとか海中での動きに慣れようと四苦八苦しつつ皆の後を追う。しかし、景守が案外のんびりしているようで、殿は彼が務める事となった。
(うわぁ……)
 少し余裕が出てきた白兎は下方の彼方を見やり驚嘆の息を洩らした。
 透明度の高い海中から見下ろすと、空に浮いている、という感覚が近かった。ただし地上は見えない。水中では視界は僅かな距離しか通らないからだ。光も消えてゆく。
 下方に巨大に広がる、底知れぬ蒼い闇の底に落下してゆくような感覚だった。
 一方の頭上を見上げれば、この水深ではまだ煌く水面が見えた。差し込む陽の光がカーテンのように帯を作って幻想的に揺らめき煌いている。
 地上は光の世界だった。そして向かう先の海底とは、闇の世界だと感じる。
(……ふむ)
 水平方向を監視するアイリスは彼方に夥しい数の細長い楕円状の銀の色が無数に煌いているのを確認した。その数は千や二千では効かない。数万の大集団はまるで一体の巨大な生き物のように、光を浴びながらうねり、方向を転じて蒼い闇の彼方へと泳いでゆく。銀色に輝く超巨大な大蛇だった。
 あれは――
(鰯の群れか)
 アイリスは思わず観察眼を働かせて胸中で呟く。イワシ達は何かに追われるように彼方へと泳ぎ去ってゆく。
 この辺りは海中の栄養素が豊富であるのか、生物の種類や数自体も豊かなようだった。良く目を凝らすまでもなく、イワシの他にも色鮮やかな魚類が舞い泳いでいた。
(集中……)
 アイリスは色鮮やかさに目が奪われないように気を保ちつつ周囲を見張る。
 豊かな海中の風景を横に、撃退士達はさらに深く海底に向かって落ちてゆく。
 水は徐々に徐々に濁ってゆき、視界が効く範囲が狭くなってきていた。急速に周囲が暗くなってゆく。水も冷たさを増してきた。各自ヘッドライトを点灯する。紺碧の薄闇を切り裂いて十の光の筋が伸びた。
 海中は闇に閉ざされ、冷たい静かな闇の中をさらに潜れば、泥に包まれた海底がライトに照らされ浮かび上がった。
「底が見えたわね」
 ナナシが言った。深度一〇〇メートル。撃退士達は海底に着地する。
 頭部よりの光を周囲に投げれば、地形はなだらかで、少なくとも視界の中では急な勾配は見当たらなかった。ついでに墜落機も見当たらなかった。
「無い……な」
 小紅が首を巡らせ周囲を見渡しながら呟く。
「海流の関係で少しずれちゃったのかもね」
 とアリーチェ。
「パトリシア、聞こえるかの?」
 翠蓮はナビ担当に無線で現在地点の報告を入れる。意思疎通も併せたかったが、ちょっと射程外だ。
『んー、こっちの画面だと重なってるんだけど……なるほど、精度があんまり良くないのねぇ』
 無線からはそんな声が聞こえてきた。
『ちょっと周囲を探索してみて。近くにある筈よ』
 視界が満足に効くのはおよそ十m程度である。死角は大きい。
「信号が出てて、それを目指して降りて来た訳で、海流が流れる方向は北東だから、それ考えると、南西に向かった方が良いのかな?」
 アリーチェが思考しつつ確認する。
「そうね。最初の誤差具合にも拠るけど、北東に向かうよりは確率は高いでしょうね。信号は既に動かないから、この場合、流されたのって多分、私達自身でしょうし」
 とナナシが答えて言った。
 撃退士達は着地点を基点とし、探し漏れが出ないように徐々に探索範囲を広げてゆく。
 そんな最中、
(む、この生物は)
 アイリスは海底を進んだ際に足元の泥を巻き上げるように飛び出してきた影に、半眼の碧瞳を僅かに見張らせ煌かせる。
 それは一匹の魚だった。ターコイズブルーに色鮮やかな半円形の羽の如き二枚の胸鰭を広げ、身をくねらせてアイリスから逃れるようにライトの中を泳いでゆく。ユニークな外見なのでなかなか興味深かったが、
(うむ、今は探索だ。淑女的に)
 ちらと一度振り返ってからまた前方を睨み落下機の捜索に戻る。あれはホウボウという奴だろうか? という言葉がオートで脳裏を掠めたが集中集中。
 しばし探索を続けると、
「あっ、あれじゃないかな」
 シィールが光を闇の彼方に投げかけて言った。
 撃退士達がその方向に進むと、十のヘッドライトの光に照らされて破損している巨大な貨物機が、その姿が闇に浮かび上がらせた――

●DarknessBlue
「これが件の墜落機か……」
 透次が呟いた。
 光に照らされる貨物機に接近して様子を見るに、翼折れ細部には破壊の跡が見られたが、胴体部分には致命的な破損は無いようだった。少なくとも大穴などは見られない。
「それじゃ中を見てくるねー」
 アリーチェが言って、翠蓮、ナナシと共に機体の胴体に沈むようにめり込んでその姿を消してゆく。天魔が持つ透過能力だ。これなら壊さずとも侵入出来る。
「僕達も行きましょう」
 透次の言葉に白兎と景守が頷いた。こちらは機首側へと回った。
 コクピットのフロントガラスも割れてはいないようだった。硝子越しに内部へと光を投げかければ、座席に腐敗が始まっている人間の姿が現れた。左と右のシートに一人づつ。
 白兎が息を呑み、透次が黙祷を捧げた。景守は表情を変えずにじっと睨むように見詰めている。
「操縦室から離れていなかったのですね……」
 白兎が呟いた。
 光を失った四つの黒瞳が三人を見ていた。
「帰りましょう、陽の当たる場所へ」
 透次は言って、手に神聖な輝きを放つ古刀を出現させると、フロントガラスに向かって振り下ろした。


 他方。
「宝石箱八つと言うてものう……貨物が多くてドレがドレだか……」
 翠蓮が真っ暗闇の貨物スペースでヘッドライトを上下左右に回しつつ呻いている。
 積荷は網やバンドやロープでしっかり梱包、固定されていたようで、散らばってはいないが、倉庫のようにコンテナがうず高く積まれている。
 手始めに斧槍を出現させてロープ等を切断して大きな塊を解き、天井近くまで浮き上がって手近なコンテナの一つを開けてはみたが、ジェラルミンケースは入っていなかった。
「……片っ端から開いていくしかないかの」
「うわー、めんどくさっ」
 アリーチェが想像しただけで嫌になったのか悲鳴じみた声をあげる。水中での作業は力が要る。
「これは時間がかかりそうね……とりあえず搬入口を作りましょうか」
 ナナシは言って巨大なピコハンを出現させると壊しても良さそうな壁へと振り下ろした。ポキュ☆ というファンシーな音が水を震わせて響き渡り、次の刹那、魔の力が開放されて壁を一撃で爆砕して消し飛ばした。凶悪な破壊力だ。色んな意味でこれで撲殺はされたくないものである。
「これはまた、随分な量だな」
 生じた穴より侵入してきた小紅が所狭しと積み上げられている貨物に声を洩らす。
「作業するには少し暗いな」
 アイリスが言ってアウルを開放する。闇海に佇む少女の身に光が灯り、次の刹那、爆発的に美しい光が広がった。星の輝きだ。
「これでもヘッドライトよりは頼りになるだろう。持続時間は連続使用して八分、といった所だが」
「それじゃ手分けして急いで探そうか」
 シィールと共に入ってきた菫が言って、撃退士達はコンテナの開封作業を開始するのだった。


「長谷川さん、お願いします……」
「了解」
 割れた窓より操縦室に滑り込んだ透次は寝袋を広げると遺体をその中に包み保護する。
(今回、女の子ばかりだし……いや僕より頼もしい人沢山いるけど)
 これは男の仕事かなと思った。
 戦場で惨状は沢山見た。
 今更怖気づきも……出来ない。
 景守の方を見やれば彼もまた遺体を寝袋で包み終わったようだ。青年は透次へと視線を寄越すと頷いた。
 透次は軽く頷きを返すと寝袋に包まれた遺体を腕に抱き、機の外へと窓から抜け出る。
 窓の所では白兎が周囲を警戒しながら待機していたので声をかける。
「……完了しました」
「お疲れ様です」
 と白兎は神妙な顔で頷いた。
 透次は無線のチャンネルを遺体回収班から全体に切り替えると報告を入れる。
「こちら遺体回収班です……回収は完了しました……ケースの方はどうでしょう……?」
『あー、駄目じゃのぅ。まだ時間がかかりそうじゃ。当たりがでん』
 宝石探しは難航しているようだ。
 どうしたものかな、と透次が考えていると、不意に十m程度先の闇の中から巨大な影が浮かび上がりヘッドライトの光の中に踊りこんで来た。一般的な熊の倍はありそうな凄まじい馬鹿でかさ。全長は七mはあるだろうか。大きくても2m程度の人間など一呑みにしてしまいそうな巨大さだ。
「天魔……っ!?」
 巨影はそのまま水中を猛進してくる。男は左脇に遺体を抱え直して後退しつつ光の古刀を右に抜き放つ。遺体の安否が第一だと咄嗟に思った。
「菫の話じゃ唯の鮫が出るとも言ってたな――唯のって大きさじゃあないが」
 同じく遺体を脇に淡々と、十字槍を出現させて切っ先を鮫に向けつつ景守が言った。
 それは巨大な鮫だった。二メートルはありそうな巨顎を開いて見る見るうちに迫り来る。が、その進路上に小さな影が下方から急上昇して割り込んだ。
「させないの」
 若菜白兎だ。淡青色の光を身に纏った童女は六芒星型の輝盾を出現させると、大鮫の鼻面へと向けて放った。浮遊機動する盾と突進する鮫が激突し、水中に轟音が鳴り響く。盾が吹き飛び、鮫はかなり減速したものの、その質量のままに押し切って白兎に体当たりする。白兎は大きく吹き飛んだが、一回転して態勢を立て直す。ダメージ自体はほとんど無い。異界認識を発動、天魔の時の反応は返ってこなかった。
 となると、
「この子、ただの鮫なの……私より強くなければ、だけど」
「なら鮫だな」
 白兎の言葉に景守が断言する。見かけは小さな童女だが若菜白兎は熟練者にもひけをとらないレベルで強い。この大鮫が白兎よりも上の相手には景守には見えなかったようだ。
 黒髪の青年は身を逆さに鮫の下方へと身を潜り込ませると槍を回転させて石突で鮫の腹を突いた。大鮫が苦痛に身をよじらせる。透次はすかさず接近すると、刀の峰を鮫の頭部目掛けて振り下ろした。輝く太刀が海水を切り裂いて一閃されて狙い違わず炸裂し、骨の砕ける鈍い音が水中に鳴り響いた。鮫の瞳から光が消えてゆく。
「やったか……?」
 その一撃が致命傷となったのか、鮫はぴたりと動きを止め、海流に乗って流されてゆく。倒したようだ。
 透次は一つ息を吐くと無線に報告を入れる。
「……こちら遺体回収班です……巨大な鮫が出ましたが撃退しました。問題――」
 闇の中に無数の光が見えた。
 咄嗟に白兎が星の輝きを発動し、周囲から闇が吹き飛ばされ、光の中に次々に巨大な鮫の姿が浮かび上がる。
「――あります。鮫の大群です!」


「なーんかー、外がヤバそうなんだけどー?!」
 アリーチェは無線を聞きつつ、ケース回収班のチャンネルに声を流す。
「むぅ、これでもないこれでもない」
 ぱかっぱかっぱかっとコンテナを開きつつ翠蓮。
「……これか?」
 小紅が開いたコンテナの一つを覗き込んで声をあげた。中には銀色に輝く長方形の箱が二つ詰め込まれていた。
「む、こっちにも出たぞ」
 コンテナを開いてアイリス。
「おぉ、どうやら、固まっていたようじゃな」
 当たりを引いて翠蓮。
 どうやら同種の物は近くに集中して積み込まれていたようだ。
 銀色のケースにかけられていた鍵を破壊して蓋を開くと、中には小さな箱がぎっしりと詰められていた。それを開いてゆくと金銀の細工に大粒の宝石があしらわれたペンダントや指輪といった装飾品が姿を現した。
「間違いないみたいね」
「じゃ、手筈どおりまず三つだけ」
 小紅はケースを閉めると取っ手の部分にロープを通し三つのケースを纏めて縛りあげてゆく。一つに纏めると小紅、翠蓮、シィールの三人でロープを掴み運搬を開始した。
 宝石班が機外へと出て機首へと回ると六匹ほどの巨鮫と、白兎、透次、景守の三人が格闘していた。
「私が相手なの!」
 ウェットスーツに身を包んだ銀髪の童女が鮫達の注意を惹くように前に出て星と白馬の紋章を翳し、水流の矢を放って鮫達を撃ち抜いている。巨大な顎を開いて迫る三匹の鮫の突撃に対し盾をぶつけて機敏に捌いていた。
 潜行している透次は鮫を見据えてヒレ等の動きから進路を見切り鮮やかに――海中でボンベを背負い遺体を抱え人間離れした運動性能――かわすと、交差ざまに古刀で斬りつけている。二匹の鮫に襲われている景守は苦戦しているようで一匹に槍を突き刺しているが一匹に噛み付かれていた。遺体は守っているようだが、背中の酸素ボンベの片方に穴があけられたようで激しく気泡が漏れ出している。
「長谷川さん、どかーんと行くわよ」
 水の透過を解いたナナシはアウルを手に集中させて解き放った。海底に赤、青、黄、色とりどりの壮絶な爆炎が盛大に咲き乱れて、轟音と共に海中を揺るがし、二体の巨鮫を瞬く間に消し飛ばしてゆく。
 そのド派手な破壊力と轟音に恐れをなしたのか、鮫達は機敏に身を翻すと紺碧の闇の彼方へと素早く逃走を開始した。
「なるほど、野生だな」
 アイリスが闇へと消え去ってゆく鮫達の背を見やって頷いた。踏みとどまって死ぬまで戦い続ける、という訳ではないようだ。
「今のうちに上がってしまおう」
 菫が言って、撃退士達はそれに頷くと固まって周囲を警戒しながら浮上を開始する。
 その道中、透次は手より光を放って白兎と景守を回復させた。血の匂いを減らす為だ。
(人を癒す手段があるのは良いもんだな……)
 そんな事を思う。
 星の輝きの効果が切れたが、周囲も急速に明るくなってきていた。底より上の方が水は澄んでいるのか透明度もまた回復してきている。
 しかし。
「ま、また来たよ!」
 シィールが声をあげた。蒼の彼方より影が無数に躍り出てくる。おまけに今度が本隊のようで、大小併せて二十を超える凄まじい数であった。
「……やれやれ。鮫がわらわらと群がって来よるわ」
 翠蓮はロープ片手に斧槍を出現させると、共にロープを持っているシィールへと視線をやって言った。
「童女よ。後もう一踏ん張り、頑張るのじゃ。船上ではフカヒレパーティーが待っておるぞ」
「それは豪勢だぁ、沢山獲らないとだネっ。有難う、大丈夫!」
 おかっぱ童女は青い顔をしながらもそんな言葉を返した。
「せめて一回目ぐらいは穏便に行きたかったが」
 アイリスは虹神の紋章を翳すと無数の妖蝶を形成し解き放った。ブロンドの少女から放たれた妖の蝶が、蒼い海中を舞うように泳ぎ大鮫に纏わりついてゆく。その力が次々に解き放たれて、大鮫は激しく身を捩じらせ暴れる。が、すぐに動かなくなった。意識が混濁したのだ。
「深海っていうとー、サメがいるのはお約束だけどー、執念深く追ってくるのもお約束ー?」
 アリーチェは言ってビスクドールを手に薔薇の花弁を放った。無尽光の花が朦朧としている鮫に直撃し血飛沫を鮮やかに噴出させる。仕留めた。
「退治されるのもお約束だよねー」
 周囲を包囲されているが、はぐれ悪魔の少女は相変わらずのペースで喋っている。
 菫、全身より紅蓮の光を噴出し鮫達の注意を惹いている。腕を伸ばして正面の鮫の突撃を誘い靄を身に纏って弾き逸らす。左からの突撃を靄で弾き、右からも弾き、上から接近してきた鮫に対しては目を狙って槍を振るって牽制し、下方から噛み付いてきた鮫の頭部を脚で蹴って止める。さらに一体の鮫が菫の背後に回りこんだが、黒髪の娘に噛み付くよりも速くに、斜め下方より闇の弾丸が飛んで鮫の腹部を撃ち抜いて爆砕した。シィールの射撃だ。
「しかし、数が多いな……!」
 スペースの関係で菫を攻撃できない鮫達はその脇をすり抜けて後方へと向かう。
「何匹か中央、行くぞ!」
「問題ない。来い!」
 小紅はWスーツが包む全身より赤光を立ち昇らせ、銀刃のキュアノスピアを回転させ片手に構える。ロープを左に黒髪の少女は、突っ込んで来た鮫に対し赤い残像と共に石突を突き出す。赤雷の如くに繰り出された突きは鼻先を殴打し、その衝撃に鮫の突進が止まった。怯んだ所に小田切が海中を斬り裂くように斧槍を一閃させて掻っ捌き仕留める。
「フカヒレ大量じゃのぅ」
 隻眼のはぐれ悪魔は赤を海中に引きつつ斧槍を回転させて構え直しそんな事を言った。
 鮫の数は多かったが、さすがに一般の軟骨魚類に過ぎず、不意さえ突かれなければ撃退士達の敵ではなかった。ナナシの火炎が群がる鮫達を一気に爆砕して薙ぎ払い、透次の影手裏剣・烈なども唸って次々に討ち減らされてゆく。十数秒もすれば再びの襲撃も呆気無く潰走した。
 一同が鮫を蹴散らして浮上を続ければ、頭上に揺らめき無数に煌く光が見えた――海面だ。


 船上、翠蓮が安置された遺体に両手を合わせている。
 遺体と三つのジェラルミンケースを船に置いた撃退士達は、残りを回収する為に再び海へと潜った。
 鮫達はすっかり恐れを成したのか近寄ってこず、撃退士達は無事に残り五つのケースとブラックボックスの回収に成功した。ナナシがボックスを回収する際にエンジンを確認した所、エンジンがある筈の箇所がまるごと消滅していた。根元には融解したような跡が見られた。
「――ふぅ。これで全部かのう?」
 回収目標を総て拾い上げ再び船に戻った時、ヘルメットを外しながら翠蓮が息をつきつつ言った。
「だな。感謝する――と言うにはまだ早いかもしれんが、しっかり港まで運べば依頼は成功だ」
 景守は頷くと、やはり淡々と答えた。一同を載せた船は北へと進路を転ずる。
「突然嵐がやってきたり、飛行型の天魔が襲来したりしたら事だもんね」
「気は抜けないな」
 そんな事を話しつつもしかし、海が黄昏に染まる頃に、船は無事に港へと到着した。
 かくて、海に沈んだ宝石類と遺体は企業に回収され、それぞれを待つ者達の元へと送られていった。
 ブラックボックスも然るべき場所へと送られ、事故原因の究明が図られる事となるだろう。

 なお撃退士達はその晩、久遠ヶ原島へと船で帰還中、成功を祝って、倒した鮫の一部でフカヒレパーティを開いたという。


 了



依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:8人

繋いだ手にぬくもりを・
凪澤 小紅(ja0266)

大学部4年6組 女 阿修羅
未来へ・
陽波 透次(ja0280)

卒業 男 鬼道忍軍
創世の炎・
大炊御門 菫(ja0436)

卒業 女 ディバインナイト
祈りの煌めき・
若菜 白兎(ja2109)

中等部1年8組 女 アストラルヴァンガード
深淵を開くもの・
アイリス・レイバルド(jb1510)

大学部4年147組 女 アストラルヴァンガード
来し方抱き、行く末見つめ・
小田切 翠蓮(jb2728)

大学部6年4組 男 陰陽師
誓いを胸に・
ナナシ(jb3008)

卒業 女 鬼道忍軍
華悦主義・
アリーチェ・ハーグリーヴス(jb3240)

大学部1年5組 女 ダアト