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マスター:望月誠司
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:10人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/06/03


みんなの思い出



オープニング

 天外の雷霆だ。
 遥か遠く彼方の天空を貫く稲妻。
 ブランカート=ハーツにとって、まっとうな人間社会なんてのはそのようなものだった。己にとって近寄り難く、そして実際かけ離れている。近寄りたいとも思わない。それは恐ろしく強大で、暗黒を切り裂き、ともすれば綺麗だな、と思う程度で、だがそれよりも嵐だ。圧倒的な嵐だ。稲妻は風を呼ぶ。
 南の海の産まれの少年は生きていく為なら大抵の事はやった。気付いた時には仲間達と共に貨物船を海峡で襲っていた。
 海賊。
 中世でもファンタジィでもない、今も現実に行われていて、少年にとってはそれこそが日常だった。
 正義や道徳なんてのとはかけ離れた場所だ。だからこそそれら――太陽の光の元に構築されている正義と道徳――の強大さと守っているものが良く解る。
「さて」
 頭に白布を巻いた褐色の大男がブランに言った。
「どっちが生き残るかねぇ」


 昔は良かった。
 彫刻のように整った顔立ち、豊かな肢体を白の胸当てと具足で包み込んだ黄金髪の堕天の女聖騎士はそう思う。
 DOG副長エアリアは長らく人間界に関わってきた天使であったが、昔は倒すべき相手ははっきりしていた。
 天使は己達を崇める種族から信仰を受けて精神エネルギーを集め、天に反逆し生ける者達の魂を奪ってゆく悪魔達を打ち倒す、それは天の騎士たるエアリアにとって実に解りやすい形式であり、己が刀槍を振るう事に何の疑問もなかった。
 しかし時代の流れというべきか、天使と悪魔の戦いの激化により人々は強制的に心を吸い尽くされて廃人と化されるようになり、その抜け殻は天界へ運ばれてサーバントの材料とされる短期的な戦力増強という意味では実に無駄の無い工程となった。
 エアリアは己が陰に守護してきた人々が他ならぬ天によって滅ぼされてゆくのが耐えられず堕天し、人間達を守る為に衰えた身ながらも戦い続けている。
(そう、私は人間を守る為に堕天したのだ)
 で、あるのに。
「死ねぇえええ紛い物の裏切り天使ぃぃいいいいい!」
「天界万歳!!」
 光纏し猛然と豪速で突進して来る人間の男が繰り出す槍の穂先をかわしざまその顔面へとランスの切っ先を叩き込んで爆砕し、横に回りこんできた女撃退士が振り下ろしてきた剣を身を捻って肩当てで受け止める。向き直りつつ圧し折れたランスを消してサーベルを出現させざま一閃、女撃退士の首が宙に刎ね飛んだ。
 鮮やかな血飛沫をあげて人間達が倒れてゆく。
(……私は、なんで、人間を殺してるんだ? 何の為に?)
 天界信奉組織の信者達を斬り伏せながら、女天使は虚ろな瞳で血塗れた剣を構え直す。
「――何の為にかなんて、そんな事は解ってる!」
「……副長っ?」
 背後から仲間の心配げな声が聞こえた。
 解っているが、しかし、叫び出したくなる想いは降り積もってゆくのだった。


「根こそぎ潰す」
 死んだ目に消えぬ炎を宿した壮年のDOG撃退長、炎と灰の指揮官、西園寺顕家はそう宣言した。
 静岡県、富士山火口にゲートを構えるイスカリオテ・ヨッドが率いる天界軍との戦いが陽に陰に激しい地域だ。
 黒衣の死天使イスカリオテは人間達の心の間隙を突き、互いに反目させて内部分裂を巻き起こし、静岡の人類側勢力の力を削ぐ事に腐心していた。
 新撃退長西園寺顕家は、戦果をあげて人類側の優勢を確保して利害を示しつつ、並行して内通者を徹底的に処断する事でこれに対抗せんとしている。
 DOGは先には久遠ヶ原学園の撃退士達の協力の元に、人々の扇動に少なからざる役割を果たしている天界信奉組織『天使の眼(アンゲルス・オクルス)』の構成員を捕え、情報を引き出し、彼等のアジトの位置を把握していた。
 西園寺顕家は、静岡県内の『天使の眼』の撲滅掃討を宣言し、その流れを受けて、DOG副長堕天使エアリアは隊を率いて県内にある『天使の眼』のアジトの一つを襲撃していた。
 天使の眼は人間達の天界信奉組織を母体としていたから、その構成員の多くは人間である。
 よって、当然の事ながら、人間達と刃を交える事となっていた。
 廃棄されていた筈の地下鉄のホーム、銃火と刃が激しく交錯するその場所で、エアリアは先頭に立って刃を振るっていた。
 しかし、
(吐き気が酷い、身体が思うように動かない、眩暈がする)
 女騎士は思う。この身は、鎧は、剣は、翼は、こんなにも重いものだったろうか。
 歯を喰いしばって剣を振るう。悲鳴があがり、嫌な手応えと共に、血飛沫が舞う。剣を一振りする度に己の中の何かが削れてゆく。
 こんな戦場ばかりを渡り歩いてきたから、あの新しい撃退長の瞳は死んだ魚のそれのようになっているのだろうか。何故、あの男は戦い続けているのだろう。
 思えば、悪魔相手に戦っていた頃は大気を揺るがすほどに凄まじい戦だったが気楽だった。堕天してよりも、前のDOG撃退長山県明彦が味方の総大将で、敵がサリエル=レシュであった頃は敵は強大だったが、激しくも誇りがあった戦いだった。今は逆だ。敵は脆弱だが、血と汚泥の中を泳ぐように心が重い。苦しい。今年の二月に暗殺されて今は亡い山県の口癖を借りるなら、死天使イスカリオテ・ヨッドはまったくもって『忌々しい』敵だった。エアリアの心の柔らかい場所ばかりを狙い澄まして責めて来る。
 きっと―ーというか、確実に、そんな事をぐるぐると考えていたせいだろう。
 不意に頭上に気配を感じ、見上げた時には、天井に足をつけて逆さまにぶらさがっていた銀髪の少年が、牙を剥いてエアリアへと二丁の拳銃を向けていた。
「舐めんなよ売女ッ!!」
 罵声が耳を打った。その時には既に不意打ちの二連の弾丸が女の胸甲を砕いて、身の深い所まで突き刺さっていた。
(あ)
 と思った時には凄まじい激痛と共に視界が回った。
 己の名を呼ぶ部下の絶叫が遠くから響いてきて、しかし、それもすぐに消えて、世界が真っ暗になった。


「ギャハハハハハハ! 油断大敵ィィィィィ!! DOG最強とやらもたいした事ねぇなァ! エェッ?! オィィイイイッ?!」
 ゲラゲラゲラと哄笑をあげながら銀髪の少年ブランカート=ハーツは、鮮血の海を自ら作って沈んだ天使を見下ろし勝ち誇る。しかし笑いながらもその意識は周囲に鋭く張り巡らされていて、飛来する矢弾を天地逆転している状態ながらも滑るように鮮やかにかわし続けていた。チンピラのような言動だが、このアウル覚醒者の少年はハイレベルで強い。
 悪い事というのは続くものだ。地下ホームの側面の壁が爆砕されて吹き飛び、その奥から巨大な仮面をつけた蛮族風の大男が出現する。
「ワレ、天ノ、守護者、ナリ――我、天ニ、仇成ス、者ヲ、滅スル、一枚ノ刃、ナリ――故ニ、我、敵、滅スル!」
 仮面の奥の双眸より蒼輝の光を噴出し、稲妻を纏った巨人は大剣を振りかざして突進しくる。
「おーおー、派手な事!」
 AO(アンゲルス・オクルス)側のアウル覚醒者の一人、頭に白布を巻いた褐色肌の大男が笑い声をあげた。
「さて、敵の頭を潰して、うちの秘密兵器も登場した所で」
 ギターを持った緑髪の青年が笑う。
「……反撃開始。地獄の底に叩き込んで、やる?」
 大斧を担いだ金髪童女が淡々と告げる。
 地下での戦いは今まさに勝敗の分岐点を迎えようとしていた。


リプレイ本文

 都市の底に蟠踞する塗り篭められた血色の闇だ。
 打ち捨てられた地下の鉄道に影が巣食い、数多の人と人外の者達が折り重なって倒れ、赤黒い海を広げている。
 闇底の空気は熱く、重く、粘りつき、空洞を抜けゆく風は生暖かく緩く吹いている。
 そんな戦場に身をおいて、Robin redbreast(jb2203)は、
「何の為に」
 という女天使の叫びを聞き不思議に思っていた。
(なぜ、仕事中に余計なことを考えるんだろう?)
 幼い頃に暗殺組織に売られ躾けられた少女には、仕事内容に疑問を抱くこと自体が理解できなかった。そして理解不能の行動の果てにエアリアは不意を打たれて倒れ血海を作っている。
 敵の方がまだ理解できる。
(廃地下鉄駅をアジトに……路線が張り巡らされているし、地下鉄を軍事利用する国もあるから、賢い……かも)
 定番だが合理的でもある。廃棄された線であっても地下の穴は新旧密かに繋げられ街に張り巡らされている。
 侵入して少女が気付いた事は、給水、通電、それらは密かに整備されていたという事だ。
 ならば、
(――隠し通路とかもある?)
 今回の目的は敵アジトの壊滅。
 相手側の要人や重要情報があるなら、逃したり隠蔽されぬように迅速に退路を断って撃破しなければならない。
 Robinはかつて教え込まれた襲撃のロジックを引き出し、ハイドアンドシークで闇に姿を紛れさせながら思考を巡らせてゆく。
「うわぁ、また敵さんだよ……」
 来崎 麻夜(jb0905)が壁を破砕して出現したサーバントを見やって呟きを洩らした。
「こっちの最強の一角が落ちた上に、相手に増援か……」
 麻生 遊夜(ja1838)はやれやれと口端を上げる。
「やることが増えてくねぇ」
 漆黒ドレスに二丁拳銃の少女は『Change Hound』を発動し、その身より犬耳と尻尾を出現させる。
「やるべきことが多いのが俺らの辛い所だな」
 漆黒コートに二丁拳銃の男もまた赤黒い霧を身より噴出し専門知識を発動させている。
「……少々厄介な事になったか。さて、どう切り抜けた物かな」
 黒髪の娘が言った。天風 静流(ja0373)である。
「他は余裕が無いみたいだし、私達でなんとかするしかないわね。散開して突撃よ! ギター持ちから解体ね!」
 雨野 挫斬(ja0919)が敵勢を見やって言う。
「了解、時代錯誤した海賊共を懲らしめてやらないとね!」
 黒光を纏い全身鎧に身を固め、鉄塊を担いだ獅子面の少年が言った。天羽 伊都(jb2199)である。その大剣の分厚さは蛮人の巨大剣に勝るとも劣らない。
「それじゃあ、海賊狩りといこうか」
 アサニエル(jb5431)がその紅の髪をかき上げながら言った。海賊というのは、見つけ次第縛り首が相場だ。
 十人の撃退士達は散開すると多数の敵味方で乱戦になっている地下ホームの戦場を前進する。目標との互いの距離は既に近い。
「……捉えたわ」
 ナナシ(jb3008)は闇の翼を展開し、天井付近まで飛びあがって間合いを取っていた。
 セフィロト樹を模した巨大な魔導銃を両手に構え、彼方の地上、ギターを掻き鳴らし衝撃波を放っている若い男へと照準を合わせる。
 隣、案の定というか漆黒のゴシックドレスに身を包んだ金髪童女が、双刃大斧を構えて固めているのが見えた。いつでも庇える位置取りなのだろう。
(庇ってくれるなら、むしろ好都合ね)
 庇護の翼とニュートラライズの同時発動は出来ない。非常に頑強な聖騎士だという童女にレート差攻撃を撃ち込めるなら都合が良い。ナナシは全身より闇を噴出して負の力を銃身へと凝縮させてゆく。
 金髪童女は気付いたらしく視線を宙のナナシへと向け――そして固まった。
「仲間を見捨てるか、庇って自分が倒れるか。好きな方を選択しなさい」
 発砲。
 壮絶無比の破壊力を秘めた闇の魔弾が、黒雷の閃光と化して一瞬でゴシック童女の隣の空間を突き抜け、赤ジャケット男の胴を紙の如くにぶち抜き、その向こうのホームのタイルに突き刺さって爆砕し盛大に土砂を噴き上げた。
 動けなかった童女の隣で、大穴を開けられたフッカーが鮮血を撒き散らしながら襤褸屑のように倒れてゆく。天魔の一撃。
「――あれはヤバイッ! 上から殺せ!!」
「ッモシレェエエエッ!!」
 アルカドが即座に叫び、既にブランカートはナナシへ向かって駆け出していた。黒スーツの少年は二丁拳銃を手に牙を剥き、稲妻の如き速度で天井を逆さまに駆けてゆく。
「邪魔な奴の排除は完了したので一番厄介な奴を片付けますよ!」
 鈴代 征治(ja1305)が声をあげアサルトライフルを手に突撃してゆく。元々不利な戦況だ、一気にひっくり返したい。静流は複合弓に矢を番えて引き絞り、雨野は自動式拳銃の銃口を向け、鈴代から絆を受ける機嶋 結(ja0725)は救済のロザリオを構え――鈴代は機嶋にとって、学園編入時からの知己で気の置けない先輩である。「……揶揄うのはやめてほしいですけど」という要望もあるが――絆・連想撃を発動し輝く光の矢を己の周囲に無数に出現させる。
 Robinもまた紺碧のロザリオを翳して、こちらは無数の水の刃を己の周囲に出現させ、遊夜は二丁拳銃を構えて『腐爛の懲罰』を発動し、麻夜もまた『Abolish Ostentation』を発動して前進してゆく。
 一斉攻撃だ。
 その狙いが向けられる先は――稲妻を纏う巨面の白き蛮巨人。
「喰らえ!」
 鈴代が叫んでフルオートに入れた突撃銃の引き金を絞ってライフル弾を猛射し、静流は息を吐いて止めると満月の如くに引き絞った弓より番えた矢を撃ち放つ。刹那、銃弾が、矢が、光矢が、水刃が、猛烈な密度の嵐となって荒れ狂った。
「オオオオオオオオオオオッ?!」
 巨面の蛮人は弾幕に晒されながらも分厚い巨大剣の切っ先を地に向けて掲げ持ち咄嗟に盾にするが如く翳す。矢は青白い光の尾を軌跡に残し煌かせながら閃光の如くに飛び、巨人が翳す鉄塊と激突した。壮絶な火花と共に衝撃が巻き起こり轟音が響き渡る。超レベルの弓矢の破壊力は半端ではない。
 その間に天野は両手で拳銃を構えると銃声を轟かせながら鋭く連射した。弾丸が蛮人の身に次々に突き刺さって血飛沫を噴き上げ、そこにさらに機嶋から光矢が嵐の如くに襲い掛かる。
 巨人はたまらずに飛び退いて光矢の一波をかわし、続くRobinが放つ水刃嵐に対し直撃コースに来た刃を大剣を嵐の如くに閃かせて叩き落す。機嶋はさらにロザリオを翳し高速で力を収束させると即座に次の一波を解き放った。濃密な弾幕への対処に手一杯な巨人は防ぎきれず、嵐の如き無数の光矢にその身を次々に直撃されてゆく。
 しかし巨人はまるで応えた様子をみせていなかった。どころか傷を見る見るうちに再生させてゆく。
「流石、外見通りタフらしいな」
 麻夜と共に前進する遊夜は、蛮人が防御に振るっている巨大剣、それを支え持つ腕へと銃口を合わせた。
「存分に腐り落ちてってくれや!」
 発砲。腐蝕のアウルが篭められた弾丸が超レベルの恐るべき精度で飛び、巨人の剛腕に炸裂して血飛沫が舞う。さらに生じた銃傷より蕾の模様が浮かび上がって蠢き周辺を急速に侵食してゆく。
 怒りの咆吼が轟いた。蛮人の全身より稲妻が迸り轟音と共に激しく明滅しながら巨大剣に収束してゆく。
(――来るか)
 静流、二つの蒼輝が仮面の奥より輝いて、己を睨み据えているのが見えた。距離が離れていても殺気が吹き付けて来る。女は姿勢低く身構える。蛮人は眩い光塊と化した巨大刃を振り上げると、踏み込みと共に半月を描いて一閃した。
 刃の軌跡より風が逆巻き、巨大な真空の刃と化して飛び出した。嵐の刃は爆音と共に地を削りながら一直線に音速を超えて迫り来る。静流は咄嗟に地を蹴り低く跳んだ。刹那、先程まで黒髪の女が立っていた空間を爆風の刃が抉り斬り潰し爆砕して抜けてゆく。かわした。敵の衝撃波の威力も半端ではないようだ。
 他方、フッカーが倒れるのを見たアサニエルは戦場を前進している。ナナシに向かって突撃中のアルカドと蛮人を自身の領域に納めると無尽の光を集中させて屈み、右手を地につけた。
「さて、物騒なのは無しでいこうさね?」
 女はニヤリと笑みを浮かべるとアウルを全開に解き放った。刹那、巨大な魔法陣が紅蓮の髪の女を中心に出現し蛮人と眼帯の巨漢を呑み込んで光が吹き上がる。シールゾーンだ。
「――ッ! 味な真似を!」
 技を封じられたアルカドは、そのまま方向を転じると疾風の如くにアサニエルへと跳び込みカトラスを一閃させた。赤毛の堕天使は立ち上がりざま飛び退き、しかし白刃が蛇の如くに伸びる。最初に感じたのは熱さで、次に激痛が身を走り抜け鮮血が噴出した。負傷率七割四分。眼帯を嵌めた褐色肌の中年偉丈夫の一撃は、見た目と違わず剛撃のようだ。
「ォオオオオオオオオオッ!!!!」
 稲妻を全身から撒き散らし突進する巨人は鉄車の如く、ホームの石畳を巨足で爆砕しながら遊夜へと踏み込み、稲妻の如くに鉄塊を一閃させる。黒衣の男は迫る巨塊に対し咄嗟にかわさんと身を捌く。
 巨刃は爆風を巻いて空間を突き抜け、その間にあった遊夜の身を斬り裂きながら抜けた。赤色が宙へと盛大に撒き散らされ、遊夜の視界が激痛と共に揺らぐ。負傷率十一割四分、意識が薄れ遠くなってゆく。
 しかしその瞬間、アサニエルより神兵が発動した。力が遊夜の身へと注ぎ込まれて負傷率五割六分まで回復。男は意識を覚醒させて踏みとどまり、蛮人は追撃をかけんとさらに巨大剣を振り上げる。
 瞬間、遊夜の陰より影が一つ飛び出した。
「やらせない」
 来崎麻夜だ。漆黒の少女は右腕に赤黒い肉塊を纏わりつかせ、鬼の腕の如くに変貌させたそれを一閃させる。狙いは先の遊夜の一撃で蕾に腐蝕されている腕。禍々しき赤き閃光が、負のカオスレートによって研ぎ澄まされ、狙い違わず巨人の剛腕に食い込み、強固であったそれを泥の如くに抉り取った。
「能力が高くてタフな上に再生持ちなんて、さ」
 大量に肉を失った巨人の腕より真っ赤な血潮が勢い良く迸る中、少女はくすくすと微笑を浮かべる。
「羨ましい……剥ぎ取ってあげる」
 攻撃の際に砕けた肉塊が巨人の傷口に纏わりつき、さらに侵食せんと蠢いてゆく。虚飾の廃止、憎悪を込めた、凶悪な一撃だ。
 刹那、仮面の奥より蒼く輝く二つの双眸が麻夜を睨み据えた。
 怒りの咆吼と共に巨大剣が爆風を巻いて少女へと振り下ろされる。
(――あっ)
 痛みは感じなかった。ただ熱い塊が身体を突き抜けていった。漆黒のドレスが斬り裂かれて、少女の身より大量の鮮血が噴水の如くに吹き上がった。レート差により研ぎ澄まされた凶悪な一撃により負傷率十五割四分。意識が急速に闇へと堕ちてゆく。
(先輩が、心配するから……)
 意識が消えゆかんとする時に少女の脳裏を過ぎったのはそれだった。
 瞬間、不意に身体に力が流れ込んできた。
 アサニエルの神の兵士だ。
 傷が急速に回復してゆき、感覚が正常に働いて、脳髄を焼き切る程の痛みが傷口から響いて来る。しかし負傷率十割六分まで回復、視界はぐらんぐらんと揺れているが、麻夜はそれでもなんとか精神を振り絞りギリギリ踏みとどまる。普通なら完全に倒れている一撃だが立っている。アサニエルの神兵の効果が凄まじい。
 他方。
「キミ、相当タフなんだって?」
 無表情ながらも怒りに身を戦慄かせているケイトリンの元へと、全身より漆黒のオーラを立ち昇らせる獅子面の大剣使いが迫っていた。天羽伊都である。
「ボクとちょっと相手して頂こうかな? 悪いけどボクもタフなんだ♪」
 軽い調子の言葉を放つと同時、壮絶に重い漆黒の鉄塊が爆風を巻いて振り下ろされる。黒ドレスの童女は咄嗟に身の丈程の大斧を翳し、大剣と大斧が激突して金属が絶叫し火の粉を激しく巻き起こしながら、童女の身が軽く後方へと吹き飛んでゆく。半端な打ち込みではない。
「お望みなら……」
 しかし、その一撃にすらブロンド少女はさしたるダメージを受けた様子もなく――風評違わず凄まじく頑強なのだ――黒のドレスの裾を舞わせながら軽やかに着地すると切り替えし、静謐な怒りを燃やす双眸で伊都を睨んで踏み込み、長柄の大斧を竜巻の如くに一閃させる。
「遊んであげる!」
 大岩が天空より大地に激突したが如く重く激しい音を轟かせながら凶悪な戦斧が少年の胴に炸裂した。その破壊力に黒獅子の身が石畳を擦って滑り流れ、しかし天羽伊都、負傷率五分。頑強ってレベルじゃないぞ。その全開は既に攻防共に超レベルの領域である。
「…………魔神?」
「人間だよ」
 童女は眉を顰めて呟きつつ飛び退いて双刃大斧を低く構え直し、黒光を立ち昇らせる黒獅子は大剣を担ぐように構えた。
 他方。
「ぶち抜いてやらぁっ!!」
 天井を疾走するブランカートは二丁拳銃を翳すと猛射した。
 弾丸が唸りをあげてナナシへと迫り、瞬間、悪魔の童女の姿が掻き消える。後に残されたのは蜂の巣にされたスクールジャケット、空蝉。
「――正直、貴方達がどうして天界側についたのかは知らないし、聞いても意味が無い事は判ってるけど、一応聞いておくわね。降伏する気はある?」
 隣の宙に姿を再び現したナナシは巨銃を消し赤黒い光を纏うハンマーを手に出現させながら問いかける。
「くたばれクソ餓鬼」
 少年は銃口をナナシの頭上へと向け、刹那、天井より夥しい量の土砂が噴出して童女の身を呑み込み、大地へと向かって叩きつけた。土遁・土爆布。
 刹那、ブランカートの背後より弾丸が飛来してその膝裏をぶちぬいた。少年の姿が消えてサングラスが残される。空蝉。
「あはは! 強いのね! 私と遊んでよ!」
 雨野挫斬だ。黒髪を結い、濁った赤の陽炎を纏う女は拳銃を手に再び天井に出現したブランへと接近してゆく。
「チッ! このクソ忙しい時に……ッ!!」
 黒服スーツの少年は挫斬へと向き直って二丁拳銃を構え、
「そうだ! 一応聞くけどスポンサーが金なら倍出すから裏切らないかって?」
 女は笑みを浮かべながらブランへと向かって寝返りを呼びかける。
「ナニィ……?」
 少年は戸惑ったように声を洩らした。
 他方。
 アルカドとサーバントの身よりアウルが膨れ上がって封印の効果を消し飛ばし、アサニエルは再び魔法陣を出現させて両者のスキルを封じ込める。
「まずあんたから殺る必要があるようだな」
 海賊の長は、その隻眼でアサニエルを射抜くと嵐の如くにカトラスを振るってその身を斬り刻む。
「出来るもんならねぇ」
 血飛沫を舞わせ激痛に襲われる中にあっても赤毛の女は不敵な笑みを崩さない。負傷率十四割七分、遠退きそうになる意識を精神力で繋ぎとめ、さらに神兵を発動させてその身を再生させてゆく。十割五分まで回復。
 刹那、
「…この日本で、なんて格好ですか……」
 呆れたような声と共に紅蓮の閃光が突き抜けた。
「うぉっ?!」
 咄嗟に飛び退いたアルカドだったが、かわしきれずに中近東風の長衣が斬り裂かれて鮮血を舞わせる。
(絵に書いたような海賊、陸上で見るとはね)
 機嶋結は紅炎の光を立ち昇らせる妖刀を手に疾風の如くに踏み込むと、絆・連想撃の力で以って再度稲妻の如くに斬りかかった。日本刀の刃は唸りを上げて海賊船長の身を袈裟に斬り裂き血花を鮮やかに咲かせる。常ならば、あるいは海賊船長は盾で受け止めてみせたやもしれなかったが、今はアサニエルからの封印によりスキルが発動出来ない。
「……死装束がそれで、満足なのですか?」
 小柄な銀髪少女は血塗れた大太刀を手に問いかける。
「――ハッハァッ! お嬢ちゃん、神の名にかけて、俺は死体を焼く側だッ!!」
 その身を赤く染め上げながらも黒眼帯の偉丈夫は野太い笑みを浮かべ、機嶋を見据えながら後退するようにして移動してゆく。その方向、先には、地に倒れ伏しているエアリアの姿が見えた。
 機嶋は何処か脱力しつつも目を細め、思う。
 掃除。
(私の得意分野のはず)
 と。
 他方。
 ブロンドの少女は双刃大斧に煌きの粒子を宿し、斬り上げから虚を織り交ぜ、伊都の顔面へと稲妻の如き一撃を繰り出した。水晶十字斬。
「おっと!」
 伊都はフェイントに身体を流されつつも、大剣を翳して紙一重で振り降ろしの大斧を受け止める。少年は一撃を弾き飛ばすと、頭部を狙って反撃を放つ、と見せかけて胴を狙って薙ぎ払った。
 本命はこちらが有利になった際の逃走を阻止する為に足を狙いたいのだが、集中的に叩きすぎても意図を悟られそうなので、伊都はひとまず上半身に攻撃を集めている。
(まずは布石……っと♪)
 少年としては、出来れば今回で生け捕りにしておきたかった。そうすれば次回以降が楽になる。
 黒ドレスを翻しながら大斧で剛剣を受け止めているケイトリンを観察しつつ、伊都は詰め将棋の如く追い込んでゆく為の攻め手を構築してゆく。
 鈴代征治はエアリアの元へと辿り着くと、周囲の敵から庇うように立ちつつ、巨面の白蛮人へと突撃銃を向け弾幕を張っていた。
 強烈な威力を乗せて弾雨が飛び、再度麻夜へと斬りかからんとしていた蛮人は巨体に見合わぬ軽快さでスライドして弾幕をかわしてゆく。
 その隙を突いて、巨人の狙いを遮るように赤黒霧の襤褸切れを纏った死神の如き男が二丁拳銃を手に割り込んだ。
「その腕、潰せるか試させてもらうぜ?」
 麻生遊夜だ。近接型拳銃術の使い手である男は『霧夜の絢爛舞踏』を発動、赤黒霧をその軌跡に漂わせ舞うが如く軽やかにスライドしながら怒涛の猛連射を叩き込んでゆく。
 銃撃の嵐は精度が落ちてもそれでも凄まじい鋭さで飛び、肉塊の侵食によって再生能力を失っている腕を次々に撃ち抜いて、瞬く間に赤い襤褸雑巾の如くに変貌させる。
 蛮人は苦悶と怒りの吼え声をあげ、左手一本で大剣を一閃する。威力も速度も落ちているがそれでも速い。
 稲妻の剛剣が、風を切り裂き、空間を断ち切り、高速機動する死神の身を捉えてその半ばまでを斬り裂く。
 盛大に赤黒い血潮が噴出し、返す刀で追撃の二連撃目を振り下ろす瞬間、
「先輩!」
 麻夜が二丁拳銃で猛射した。レート差が乗った凶悪な破壊力が爆裂して巨人の左の二の腕が爆ぜ、遊夜は朦朧とする意識ながらも迫る巨大剣を紙一重ですり抜けるようにかわす。現在負傷率は十三割三分からアサニエルの神兵の力が注ぎこまれて七割四分まで回復中。
 運命の三撃目。
 吼え声と共に袈裟に一閃された巨大剣を、態勢を立て直した赤黒の死神は側面に低く踏み込みながら左の銃で捌いてかわす。風が唸った。至近距離から右の銃口を突きつけ引き金を絞る。轟く銃声と共に肉が爆ぜ、鮮血が飛び散る。スタイリッシュ・ガンアクション。
 しかし、
「オオオオオオオオオオッ!!!! 我、天ノ守護者、ナリ、我、ニ、敗北ナド、有リ得ヌッ!!!!」
 咆吼と共に身に纏う稲妻を明滅させる巨面蛮人はまだまだ生命力に溢れている動きだった。致命傷には遠い。どころか傷口が収縮、蠢き始め、止まっていた再生能力が再び動き始めそうだった。
 こっちはギリギリなのに本気で洒落にならないタフさだ、と遊夜が半ば呆れと共に感じ始めた時、
「――貴方達には貴方達の想いがある様に、私にも叶えるべき願いがあるの」
 不意に宙より声が響いた。
 先に土砂の直撃を受けて満身創痍になったナナシだが、まだ意識を失ってはいなかった。負傷率九割五分ながら健在で、前進してきていたのだ。
「私の……私"達"の理想は不可能だと皆が笑うかもしれない」
 童女のその身より巨大なアウルが立ち昇り、翳す手に収束されてゆく。
「けど、どんな困難で辛い道でも私はそれを貫くと約束したわ。だから、私はもう迷いはしない!!」
 紅蓮の意思を燃やす叫びと共に力を解放、刹那、巨人を中心としてその周辺一帯に壮絶な大爆炎が太陽が爆発するが如くに巻き起こった。色とりどりの大爆炎の嵐、ファイアワークスだ。文字通り一つ桁の違う鬼神の破壊力が空間を揺るがし荒れ狂う。頑強さを誇る筈の蛮人が紙の如くに爆ぜその全身が瞬く間に赤く染め上げられてゆく。
 さらに炎の嵐を裂いて、青白い刀身を持つ大薙刀を手に黒髪の女が飛び込んだ。天風静流だ。
 アウルを開放して刀身に青炎を宿すと、身をひねりざま大薙刀を閃光の如くに一閃。長柄によって加速された刃は、バターを熱いナイフで斬るように蛮人の胴を易々と掻っ捌いて一瞬で抜けた。巨人の視界が天地が崩壊したが如くに激しく揺るがされ、その意識が消し飛ばされてゆく。薙ぎ払いだ。
 二連の超破壊に蛮人の巨体がついによろめき、片膝が落ちる。だがまだ完全には倒れない。
 他方。
(好機……?)
 闇に紛れていた暗殺組織出身の少女、Robin redbreastは密かに潜行して敵勢の背後まで回りこんでいた。
 巨面の白蛮人、その頭部の表側は仮面で防御されている。
 しかし、後頭部はがら空きである。
 その巨体に見合わず動きは恐ろしく速い。
 しかし、今は完全に足が止まっている。
 静流の薙ぎ払いを受けて意識も混濁しているようだから、Robinにはまったく注意を払っていないだろう。
 地下ホームの支柱の影より白金の髪の少女は翡翠の瞳を刃の如くに輝かせると紺碧の十字架を翳した。祈りは無い。仕事だから殺す、それだけだ。自らの意思を持たないキルマシーンは、心など無くても殺せると知っている。
 背後潜行不意の一撃、音もなく繰り出された透明な水刃が、闇の中より空間を渡って蛮人の後頭部へと突き刺さり、爆砕した。柘榴を割ったが如く真っ赤な華を鮮やかに撒き散らしながら、巨体がうつ伏せに倒れてゆく。撃破。
 他方。
「結ちゃん!」
 ブランと対峙しているので距離が離れてしまってるが、エアリアを気にしている挫斬が声をあげた。
「解ってます……させませんよ」
「チッ!」
 機嶋はエアリアへと接近するアルカドを追って紅蓮の妖刀を弧を描いて一閃させ、アルカドはその瞬間、移動方向を切り替えして入り身で側面に入ってかわし、反撃のカトラスを振り下ろす。
 少女の白銀の鎧の上から剛刃が炸裂し、強烈な衝撃が突き抜けてくる。負傷率五割七分。
 海賊船長の一撃は重いが、かつて対峙した大天使達よりは軽い。直撃を受けても機嶋なら耐えられる。
 機嶋がアルカドを抑えている間に鈴代は、エアリアを血海の中より抱え上げて駆けホームから線路へ下りると、陰に身を隠した。
「絶対に助けますから!」
 エアリアを安置した鈴代はアウルを集中させ手に光を宿すと傷口に当てて放出した。ライトヒールだ。光が血濡れの天使の身を包み込んで傷を急速に癒してゆく。
 すると数瞬後、ブロンドの天使はうっすらとその碧眼を開いた。
「……ここ、は?」
「良かった」
 鈴代はほっと破顔すると、
「味方は優勢です。決着がつくまでここを動かないで下さい」
 言って再び銃を手に上へと戻らんとホームに手をかけ跳躍する。
 他方。
「あぁ〜、どうにも不利だし、そりゃあ有り難い話だわ。渉りをつけてくれよお姉さん」
 ブランは笑顔を浮かべると銃口を降ろして挫斬へと答えた。
 なんだ、と挫斬は一瞬落胆したが、ブランの瞳がまだギラギラと獣の如くに輝いているのに気付き、違和感を覚える。
 刹那、挫斬の足元より土砂が勢い良く噴出した。アウルの土砂が女の身を呑み込んで破壊を巻き起こしてゆく。負傷率五割二分。
「あははははは! 嘘つきね!」
 土砂を切り裂いて挫斬は飛び出し天井の少年を睨んで叫ぶ。
「ハッ、どっちが! 火の車の静岡にンな金があるわきゃねぇだろ!」
「でも断られて良かった。受けられたら興醒めだもん! さぁ! 解体してあげるわ!」
 挫斬は微笑を浮かべて目を輝かせると跳躍し、ブランへと向かってワイヤーを解き放った。空を裂きながら迫る鋼の糸を少年は天井を逆さに駆け抜けながら回避し、
「上等ッ! 蜂の巣にしてやるぜッ!!」
 牙を剥いて挫斬を睨み二丁拳銃の銃口を向ける。
 他方。
 ケイトリンは伊都の首元を狙って大斧を一閃させ、伊都は肩で刃をブロックしつつフェイントを織り交ぜながら足へと鉄塊を叩き込んだ。黒ドレスの長い裾の上から細い足に剛刃が炸裂し、童女は一瞬、その瞳を瞬かせたが、何事もなかったかの如くに飛び退いて間合いを取り直す。
(……本当に頑丈っぽい……?)
 それとも単にやせ我慢してるだけなのか。いずれにせよ伊都の一撃を受けて表情を変えないというのは相当である。
 人形のような童女は不気味に薄い闇の中から碧眼を輝かせた。
 が、その瞬間、色とりどりの大爆発が吹き荒れて童女の身を呑み込んだ。ナナシのファイアワークスだ。相手が人間だろうともちろん本気、立ち塞がる者が居るのなら押し通る、というか消し飛ばす勢いである。
「くっ……!」
 しかしレート差さえ零に殺せればケイトリンなら耐えられる。童女は大斧を翳してガードを固めている。
 静流は薙刀を消して弓を出現させると戦場を引き返し、突出しているブラン目掛けて閃光の如く矢を放っている。少年は空蝉で回避。
 遊夜はアルカドへと『腐爛の懲罰』を撃ち込み、麻夜は『Shadow Stalker』を活性化。アサニエルは機嶋へと掌を向けて光を飛ばし、その身を包み込んで痛みを癒してゆく。ライトヒールだ。負傷率一割六分まで回復。
 Robinは消火栓を探すと駆け寄り、共に設置してあった消火器を入手する。
「――野郎ども! プランBだッ!!」
 アルカドはアウルを膨れ上がらせて封印を破りつつ声をあげ全力で駆け出した。
「またそれかよッ!! クソがッ!!」
 叫び返しつつもブランカートも駆け出し、ケイトリンも無言で踵を返し駆け出している。
 どうやら劣勢を悟って退却に入ったらしい。だが無論、ただで逃がす撃退士達ではない。
「ボクとのお遊びは歯ごたえあっただろ? でも、逃がさないぞ♪」
 即座にナナシからの爆炎に呑み込まれ遊夜から腐敗の弾丸を背中から撃ち込まれているケイトリンを見据えつつ、獅子面の撃退士は大剣を振り上げた。漆黒の鉄塊にエネルギーが集中されてゆく。それが極限まで達した時、伊都は渾身の力を篭めて半月の剣閃を描きながら大剣を振り下ろした。
「遊びは一回きりだ」
 壮絶なアウルが篭められた黒光衝撃波が、唸りをあげてケイトリンへと襲い掛かり、先にも強打した足を捉えて壮絶な破壊力を炸裂させた。
「あぁっ……!」
 一撃は防御を掻い潜って直撃し、悲鳴をあげてついに黒ドレスの童女が転倒する。
「……確保」
 Robinは周囲を見渡した後、倒れているケイトリンへと油断無く接近すると、容赦無用で消火器より消化剤をぶちまけた。実は反抗する気力を未だ残していたタフな童女だったが、足を封じられた上に目潰しされ、それでついに根こそぎ心まで折られたらしく、すっかり大人しくなったのだった。
 他方、機嶋に背中から斬撃を受け、アサニエルから光玉を叩き込まれて血飛沫を噴出しているアルカドだったが、『根性』スキルで倒れずに駆けて戦域からの離脱を図っていた。
 が、
「げぇっ」
 大薙刀を振り上げる黒髪の女が眼前に迫っていた。肆式「虹」の射程は一なので、天井のブラン相手にではなくこちらに来た。
「終わりにしよう」
 黒髪の女は稲妻の如き速度で、刃を一閃して切り裂くと回転させて石突で殴りつけ、さらに肉薄すると肘を水月に叩き込んで吹き飛ばした。怒涛の三連撃。
「無いと思うのは油断だよ。天魔でなければこういう手もある――……ふむ、既に聞こえていないか」
 海賊船長の負傷は、どうやら根性ではどうにもならない域にまで達したらしく、既に大の字に伸びて昏倒していたのだった。
 他方。
「ちょっとー、逃げるの? 興醒めよ!」
「ルセェー! また今度ぶっ殺してやらぁッ!!」
 挫斬からのワイヤーに背後から絡め取られつつも空蝉でかわした黒服少年は、無人の天井を駆け抜けてあっという間にその姿を小さくしてゆく。完全回避の空蝉が使えて立体的に機動出来る忍軍は、こういう場面だと特に有利だ。
「……どうにも、なかなか直接対決できないねぇ」
 ブランへと今度こそ、と思っていた遊夜だったが、それは今回も叶わなかったようで、やれやれと嘆息したのだった。あの海賊エースは逃げ足が速いので、やるなら速攻で抑えないと駄目なのだろう。


 かくて、戦況は撃退士側の優勢へと盛り返し『天使の目』の地下アジトは壊滅した。要人や資料も首尾良く無事に抑えられたようである。
 ブランカートには逃走を許してしまったが、アルカド、ケイトリン、フッカーは捕縛され連行される事となった。
「しかし、海賊が天使に味方ってのはどうにも納得いかないねぇ」
 アサニエルがぼやいた。
「お金じゃない? 富士山の天界軍って随分と人間の財産を抑えてるらしいわよ」
 と挫斬。
「あるいは、何か別の理由があったのかもしれないわね」
 とナナシ。
 一段落した所で、エアリアが一同に礼を言ってきた。今回は助けられた、と。
 勝利に終わったが、それでも何処か元気が無い堕天使に対してナナシは言った。
「そうね……じゃあ『守ってあげる』じゃなくて、『共に生きたい』って考えたらどうかしら? 人間だって天魔だって色々居るわ。だから上から目線じゃ無くて色んな方向から見てみない?」
「……解らん」
 エアリアは苦悩を深めて言った。
「私には、解らん。『守ってあげる』なのか『守るべき』なのか『守りたい』なのか『守らせて欲しい』なのか、それらが上なのか下なのか解らない、私の本当の気持ちはどれなのかも解らない、すべて嘘のようでもあるし、すべて本当のようでもある。ある時はそうだったり、ある時はそうでなかったり。ただ、お前の言葉で解った事もある」
 エアリアはナナシを見据えた。
「『共に生きたい』というのは多分真理だ。それが根源なのだと思う……共に生きたい人達がいるからこそ、私はここにいるのだ」
 そんな言葉を残して堕天の騎士は地上へと向かい歩いていったのだった。
 静岡での戦いは続いてゆくが、この勝利を契機に地下での暗闘は人類側が大きく優勢を確保する事となる。



 了


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 誓いを胸に・ナナシ(jb3008)
 天に抗する輝き・アサニエル(jb5431)
重体: −
面白かった!:11人

撃退士・
天風 静流(ja0373)

卒業 女 阿修羅
秋霜烈日・
機嶋 結(ja0725)

高等部2年17組 女 ディバインナイト
高松紘輝の監視者(終身)・
雨野 挫斬(ja0919)

卒業 女 阿修羅
最強の『普通』・
鈴代 征治(ja1305)

大学部4年5組 男 ルインズブレイド
夜闇の眷属・
麻生 遊夜(ja1838)

大学部6年5組 男 インフィルトレイター
夜闇の眷属・
来崎 麻夜(jb0905)

大学部2年42組 女 ナイトウォーカー
黒焔の牙爪・
天羽 伊都(jb2199)

大学部1年128組 男 ルインズブレイド
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
誓いを胸に・
ナナシ(jb3008)

卒業 女 鬼道忍軍
天に抗する輝き・
アサニエル(jb5431)

大学部5年307組 女 アストラルヴァンガード