.


マスター:望月誠司
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/05/11


みんなの思い出



オープニング

 シャリオン=メタフラストは少年である。黒い髪と瞳の少年である。実年齢は不明だが、外見年齢は十歳だ。
 確かな事はそれ以外不明。
 それ以外は、人なのか、悪魔なのか、天使なのか、そんな事すら、だぁれも知らない。誰も知らない。
 不確かな噂なら山ほどある。
 二十年も昔から、細々とした噂だけならあるという。
 最も有名な噂の一つはこれだ。
 黒髪のシャリオンは夕陽が黄金色の光を鮮やかに放った晩に現われ、そして笑って告げるという。
「貴方を殺しに来ました」
 と。


"シャリオン=メタフラストは殺す前に手紙を出す"
 噂の一つにそういうものがある。
 つまり殺人予告状だ。
「なんだこれは?」
 最初、葉斯波翔悟(はしばしょうご)はそれを何かの悪戯だと思った。
 なんせ白い便箋一枚に書いてある事は「夕陽が黄金色の光を鮮やかに放った晩、貴方を殺しに伺います――シャリオン=メタフラスト」原文そのままこれだけである。
 終業後の酒の席で、性質の悪い悪戯を受けた、と笑って述べ、オカルト好きの同僚が青い顔でシャリオン=メタフラストなるものの噂について語った後でも、翔悟は信じてはいなかった。そんなものが実在する訳がない。今の世の中、天魔という不可思議な存在はいるが、連中だってわざわざ家畜と見なしている人間達の頼みを引き受けて、見ず知らずを殺して回る程暇ではない筈だ、と。所詮、都市伝説を利用した悪戯、そう判断していた。
 単なる悪戯でないと悟ったのは、帰宅して居間の灯りをつけた時だ。
 闇からぱっと光が満ちたリビングの、そのソファーの上に見知らぬ少年が座っていた。歳の頃十歳程度の黒髪の少年は男をじっと見ていた。恐らく電灯がつく前の闇の中からも、その闇色の瞳でじっと見つめていたのだろう。
「あぁ、お帰りなさい。土足で失礼、お邪魔してますよ」
 なんでもない事のように少年はその人形のような無表情で淡々と告げた。
「僕はシャリオン=メタフラスト、貴方を殺しに来ました」
 次の刹那、少年は既に翔悟の眼前で長剣を振り上げていて、爆風を巻き、天井を割り、男の肩を掠めて、長剣が振り下ろされ床を盛大に爆砕した。
「と、言うのは実は嘘です」
 石像のように固まり、身じろぎすら出来なかった翔悟を少年は見上げて言う。
「今日のこの街の夕陽は鮮やかではなかったので、今日の所は殺しません。単なるデモンストレーションです」
 長剣が光の粒子と化して掻き消え、少年は翔悟の脇を抜けて玄関の方へと向かう。
「ま……待て!」
 ひりついたような喉を無理矢理に震わせて翔悟は叫んだ。オカルト好きの友人の話が本当なら、今が運命の分かれ道である。
「『私には殺されるような心当たりが無い』!!」
 少年は足を止めた。
 そして次の瞬間には、コマ落とし再生のように一瞬で翔悟に向き直っていた。
「あぁ、もしかして貴方はシャリオン=メタフラストに関するルールをご存知でしたか?」
「そうだ。そう告げれば君は、私を殺すように君に依頼した者の事を教えてくれるんだったな?」
 噂によればそうだった。シャリオンは他人から依頼を受けて人を殺す殺し屋なのだという。
「違いますよ」
 少年はあっさり否定した。
「……なんと」
「ええ、それは誤解です。いや、もしかしたら本当なのかもしれません? ただ、言われても構わず無言で殺す時は殺しますので、少なくとも正確な評ではありません。あぁ、でも今回は折角だからお教えしましょう」
 少年は無造作に言った。
「貴方を殺すように僕に言ったのは、貴方の娘さんです」


 噂に一つ、依頼人が殺害依頼を取り下げる事を申し出れば、メタフラストは殺人を中止するという。
 しかし。
「あんな男、死ねば良いんだ」
 アパートの駐車上、尋ねて来た撃退士達に対し、葉斯波彩花は煙草を吹かし腕組みしながら堂々と言い放った。白肌の二十代前半の女だ。前髪を眉のラインで切りそろえ、横と後ろは腰上程度まで真っ直ぐ長い艶やかな黒髪を流していた。モデルのように長身で凹凸の豊かな身をシャツとジーンズに包んでいる。
 教唆犯で捕まえるなら捕まえれば良い、といった態度だった。優秀なキャリアウーマン――を飛び越えて、ハマキに拳銃でも持たせた方が似合うんじゃないか、といった凄味がある。あるいはサラシに日本刀の方が似合うかもしれない。
「あいつは、あたし達を愛さなかった。いつも死別した女とその娘の事ばかり見てた。母さんはあの男に焦がれて、ずっと努力してた。子供の目でもわかったよ。でも結局一度も振り向かれずに死んでいった。あたしは悔しい……!」
 なんでも元々、葉斯波翔悟は別の女性と結婚して家庭を築いていたらしい。だが事業に失敗し莫大な借金を抱えた所へ、彩花の母優奈――富豪の娘だった――が負債を肩代わりするのを条件に、翔悟は妻と別れて優奈と再婚したらしい。
 だが心は元妻の方にあったようで、優奈に隠れて元妻と娘と会っていたらしい。結局、彼の元妻はしばらく後に事故死し、娘も家に引き取られたもののその数年後に失踪したらしいのだが、翔悟はいつまでも消えた家族の事を思っていたという。
「だったら、最初から別れるなっていうんだ。ふざけてるよ」
 煙草のフィルターを喰いちぎった若い女は、顔を顰めると吐き捨て、荒々しく踏み消した。
 なお彩花は優奈と翔悟が結婚してからその二年後に産まれた実子だそうだ。家庭環境は冷え切っていて、彩花が中学生の頃にはもう別居となったという。
 母の優奈は先月『父を怨むな』と彩花に遺言して亡くなったそうだ。
「母さんがあの男の事を愛してたからずっと我慢してたけど、もうこの世にはいない。だからブッ殺してやるんだ。母さんと同じ世界に叩き送ってやる!」


 葉斯波翔悟の同僚にして学生時代からの親友を自称するノリの軽い中年は言った。
「あいつも大変だよなぁ。肉食獣みたいな女に目をつけられたら、それまで順調だった商売がいきなり傾いて、借金の取り立てで嫁さんと娘さんは酷い目に遭うわで地獄みたいな生活だったらしいぜ。そんで、嫌々別れさせられて借金のカタに再婚したって噂だった。
 再婚後も内緒で元嫁さんと娘さんに会ってたらしいが、バレない間は何事もなかったがバレたらその三日後に元嫁さん事故死だろ?
 二番目の嫁――優奈さんはあの性格だったし、疑うなってのが無理だ。実家も恐ろしいトコだしな。
 元嫁さんが亡くなった後に娘さん引き取ってまた一緒に暮らしてた時も色々あったらしいし、愛せる訳ねぇわ。子供同士は仲良かったらしいけどな。
 ただまぁ警察の発表じゃ事件性はなかったって事だから、それが本当に真実であるなら、優奈さんもやるせなかったかもしれねぇなぁ……いや、しかし、それにしてもモテる男ってのもそれはそれで大変だな。俺ぁ平々凡々な一家でよかったよ、近頃娘の口癖が『パパうざーい』なのが泣けるがね。昔は、大きくなったらパパのお嫁さんになるのー、とかだったのに……」
 はぁ、と男は嘆いた。


「警察には知らせないで欲しい」
 苦悩の色が見える中、依頼人、葉斯波翔悟は言った。
「そして、どうにか、私の身を守って貰いたい。娘から殺人依頼を受けたあのシャリオン=メタフラストなる者に殺される訳にはいかない」
 どうかよろしくお願いします、と頭を下げて中年の男は言ったのだった。


リプレイ本文

 曇天。
 鈍色の分厚い空が、大地を睨むように淀んでいる。
 傘を持たない人々が、何処か不安げに空を仰ぎながら、足早に街を歩き去ってゆく。
「――フーン。葉斯波ね……」
 街の珈琲屋の一席で、銀髪の男が紅玉のように赤い瞳に思念の光を燻らせながら呟いた。小田切ルビィ(ja0841)だ。脳裏をよぎるのは死天使の使徒の顔。
「そう何処にでも転がってる苗字じゃねえし。偶然にしちゃあ出来過ぎって気も……」
「……関係者なんでしょうか」
 対面の席に腰を降ろしている黒髪黒瞳の青年が――陽波 透次(ja0280)――カップを卓上に置きながら呟いた。
「死天使の使徒の名前はハシバリカ」
 銀髪の少女、水枷ユウ(ja0591)は微かな声量で記録を朗読でもするかのように無機質に事実を読み上げる。
「ハシバショウゴの娘は大分前に失踪している」
「ふむ……あるいは、関係があるのかもしれないな?」
 珈琲カップに口付けつつ天野 天魔(jb5560)が述べる。苦い。何かを思ったか、白黒反転した瞳の男は何処かシニカルに口端をあげる。
「俺はその辺りも洗ってみよう。葉斯波彩花の説得に使えるかもしれない」
「説得か……しっかし、感情で動いてる人間に理論は正直、無力な気もするんだよなあー」
 双角を持つ金髪金瞳の女がストロー咥えつつ物憂げに嘆息した。ルーガ・スレイアー(jb2600)だ。
「その辺りは考慮に入っている。いや、だからこそ、というべきか」
 ブラフは冷静に理屈で考える相手には通用しづらい。が、冷静に深く考えられない状態の相手へならば、しばしば効果を発揮する。
「何か思いついたのかー? ……妙な事は駄目なんだぞ?」
「そうだな。正攻法で上手くいかなった時の保険だな。上手くいくなら、俺の出番はないだろう。まっとうに済むならそれが一番だ」
「……なんとか、したいですよね……」
 透次が呟いた。思う。
(彼らに何かあればリカも悲しむのかな……)
 と。
「当然! 人の命がかかってるからね!」
 青髪碧眼の小柄な少女が勢い良く声をあげた。雪室 チルル(ja0220)だ。少女はつついていたパフェを平らげると元気良く言う。
「ともかく、何とか依頼を取り下げさせましょっ」
「そうだね」
 ユウはクールに呟いて頷き、バナオレを飲み干し席を立つ。
「……そんじゃ、行くとするかァ」
 左眉から目の上を通り頬まで縦に傷跡を持つ大柄な男――郷田 英雄(ja0378)もまた灰皿に煙草を押しつけて消すと、黒色の外套を肩にひっかけて席を立った。
「――おや、雨だね」
 出入り口付近で会計中、窓の向こうを見やって狩野 峰雪(ja0345)が呟いた。
 灰と黒が入り混じった分厚く重い空より、ぽつりぽつりと透明な雨粒が、地上へと向かって降り注ぎ始めていた。


 それまでの人生を顔の皺に刻んだ初老の男は、雨降りの街の雑踏を傘を差して歩いていた。
(どうでもいい相手なら無関心でいればいい)
 狩野は濡れてゆく街と人々の流れを見やりながら思う。
 どうしようもない程の強い感情――愛憎。
 手に入らないなら、いっそのこと――執着。
(愛は突き詰めると破綻する)
 それが世を見てきた男の結論だった。
 やり場のない感情を受け止めてくれた姉の失踪。
 大切な母の死。
 父を恨み責めることでしか、現状を受け入れられない。
(母と同じ世界へ送るという、いじらしさ……彩花さんは、自分が本当は何を欲しているのか分かってないなら。そっと気づかせてあげたい)
 一方の彩花の父、翔悟の言葉を思い出す。
(警察沙汰にしたくない、殺されるわけにはいかない……か)
 その真意は何処にあるのか。
 今も一軒家で暮らし続ける理由はなんだ。嫌な思い出だけなら、すぐ引き払えばいい。
 彩花が多くを言葉にするなら、その父は言葉には胸中の多くを現さない。
(……彼女と、父の友人の話は食い違う)
 真実は一つでも、別の視点で眺めると、異なって見える。
(彼女は父の一面しか知らない)
 灰黒の空から降る雨は勢いを増し、太陽は分厚い雲の彼方に隠れていた。


 天野天魔は彩花の身辺調査を開始していた。
「彩花ぁ? 迫力あるけど根っこがお嬢様だっよねー、お金のある無しじゃなくてー? なんてゆーか、育ちがぁ? 直情で言う事がストレートっていうかぁ、アタシは嫌いじゃないけど、ちょっとガキ臭い所ある子だよねー」
 バイト先の同僚はキャハハと笑った。
「この街のアーティストとしちゃ中堅からやや上ッスね、固定ファンもついてるッスけど、でも歌だけで喰っていけるだけ売れてるかっていったら売れてねーっす。そんな甘い世界じゃないッス。全国見ればあの程度ごろごろいますんで」
 ライブハウス店員はそのように批評する。
「前に殴られました。恐いです。凶暴です。大人げない人です。言葉に対して暴力で返す人なんて最低です」
「前に助けて貰いました。優しくて純粋で良い人ですよ。信用できる人です。今時珍しい」
「葉斯波彩花? 名前聞くだけで虫唾が走らぁ!」
「美人さんですけど髪型似合ってないですわよね。その辺りも可愛いですけど。前に似合ってないですわって申し上げたら激怒されましたの。あの子に踏まれると気持ち良――いえ、なんでもないですわ」
 周囲の評価は大体そんなものであるらしい。概ね周囲と摩擦を巻き起こしながら生きているようだった。多くを愛し、多くを憎み、多くとぶつかって叫んでいる。
 家族構成は現在別居中の父、先月他界した母、失踪した腹違いの姉の四人構成だった。現在はアパートで一人暮らし。
 翔悟の商売が傾いた理由は友人曰く風評被害から連鎖していったらしい。借金の貸元は銀行からも拒否されて街の性質の悪い金融業者。優奈の実家はとある報道機関で重要な位置を占めている一族だとか。
 その実家では瑠璃花の娘が失踪した頃、一つ事件が発生していたと。
「嘘か本当か解らないですけど、優奈さんのお母様、その頃に狂ったらしいですわよ。『あの女が、あの女が来る!』って絶叫して。実際、その頃から今に至るまで『持病の悪化により』奥様、寝たきりで表に出て来てないんですの。そう、もうずっと長い間、あの奥様、昼は虚ろで、夜は狂気で、その間を行ったりきたり、生きながらにボロボロに壊れ果てた廃人なんですって。怪奇じみてますわよねぇ」
 屋敷の近所に住むという婦人は楽しそうに含み笑いしながら天野へと語り、男はご協力に感謝しますと物腰柔らかに礼を言った。


 薄暗い室内。
 窓の外では滝の如き雨が音を立てて、大地を呪うかのように叩いている。
 ユウとルビィは葉斯波翔悟の元を訪れていた。
「言葉にしないと伝わらないことってあるんだよ」
 銀髪の娘は長身の渋い面差しの中年男を見据えた。多分、若い頃は紅顔の美少年、という奴だったのだろう。今は彫りの深い顔には陰が濃く落ちている。歳々年々人同じからず――もっとも、その時の輪から外れた存在もこの現世にはあるかもしれなかったが。
「聞きたい事がある」
 ユウは言った。
「これ、割と大事なこと。矛盾しててもいいから隠さず正直に答えて」
「……なんだね?」
 男はゆっくりとユウを見返した。
「ハシバユウナの事をどうおもってるの?」
 優奈、先月他界した彩花の母。
「それと、別居の理由。優しさとか気遣いがつらかった? 別居提案したのってユウナだったりしない?」
「……出て行ったのはアイツだな……それが理由だ。ある日優奈は家を出ると述べて、彩花もそれについていった。私は引き止めなかった」
 翔悟は何処か自嘲するように笑った。
「聞いてる事にきちんと答えて、つらかった?」
 翔悟は沈黙し、窓外の雨音がしばし耳朶に響いた後、口を開いた。
「辛いといえば、辛かった。だが、それは疑っていたからだ。その優しさを愛するべきか、憎むべきか、私は疑念を拭えず、解らなかった」
「……疑念?」
「瑠璃花は何故死んだのかだ」
 瑠璃花、翔悟の最初の妻。事故死したという。
「警察の調べでは事件性は無い、という事だった。だが不自然だった。優奈はそんな事をする人間ではない、と思ったが、同様に優奈だったら一時的にカッとなってやりかねない、という疑念も捨てられなかった。それとなく問いかければ、優奈は目を逸らしたから。何か、陰をアイツは付きまとわせていた」
「……ユウナがルリカを殺したと疑ってた?」
「そうだ」
 翔悟は鉛でも吐き出すかの如く、重く息を吐き出しつつ声を響かせる。
「優奈が殺したのなら、俺は優奈を憎むし、そうでなければならない。でなければ、瑠璃花が浮かばれない。だが、証拠は無かった。優奈はそこまでする女ではない、とも思った。だが、どうしてもただの事故とは思えなかった」
「そう……」
 ユウはその言葉を脳裏に刻む。
「アヤカの事、どうおもってる? どうおもわれているとおもってる?」
「……彩花は俺の罪の証そのものだ。優奈が瑠璃花を殺したのでなくても、愛する女以外の女との間に産まれた、俺の罪の子だ」
 翔悟は呻くように吐き出す。
「傍で見ているだけで辛い――彩花は俺を憎んでいるだろう。あの子にはその理由がある」
 ルビィはその言葉に微かに眉を潜めた。
(彩花の翔悟への憎悪は、父親からの愛に飢えているから……俺にはそう思える)
 愛情の対極は憎しみでは無く無関心だと、青年は思う。
「『娘から殺人依頼を受けたシャリオンに殺される訳にはいかない』っていう言葉の意図は?」
 ユウの問いに翔悟は顔をあげて言った。
「彩花自身に罪がある訳ではない。あの子には未来がある。私が依頼殺人で殺されれば、いずれ調べがつく、あの子は一生を棒に振ってしまう。あの子は明るい、幸せな未来を手に入れて欲しい」
 親の顔だ、とユウは思った、が。
「私の見えていない場所で、って事?」
 翔悟は沈黙した。彼は先に言っていた、見ているだけで辛いと。
「……何の為に生きてるの?」
 ユウは問いかけた。
 娘の幸せを願うなら、多分、遺書でも書いて己の手で死を選び、この世から自主的に消え失せるのも、極論、選択肢の一つに入る。そうすれば彩花が殺人依頼の罪で投獄される事も、恐らくは無い。
 そもそそも、
「家族を守るために別れて、再婚して、でも最初の奥さんが死んで、その娘さんも失踪して、守りたかったものはみんな消えて、その辺りで自殺しててもおかしくない。それでも生きてるのは、どうして?」
 少女は無機質な瞳で、疲れ果てている中年男の黒瞳へと視線を向ける。
 翔悟は即答した。
「既に生きてはいない。死んでないだけだ」
 男は語った。それでも自分が呼吸を続けているのは――心残りがあるからだろう、と。
 もうこれだけ年月が経ってしまったのだから、まず無いだろうが、失踪した娘がある日ひょっこり戻って来るかもしれない。
 彩花の事も気にならない訳ではない。
「亡霊のようなものだ」
 成仏しきれずこの世で蠢いている。
「それでも何かが再び訪れるかもしれないと、完全に滅び去る瞬間まで漂っている。無様なのだろう。だが、それでも……」
 男は苦悩と共に呻いていた。


「……アンタはもっと、娘と話し合うべきなんじゃねーか?」
 ルビィはそう翔悟へと言い残し、ユウと共に邸宅を去った。
 他方、陽波透次と雪室チルル、ルーガ・スレイアー、狩野 峰雪の四人は彩花を尋ねていた。
 狭いアパートの室内、透次は彩花の前に座ると己の手首に噛みつき全力で喰い千切った。激痛と共に鮮血が勢い良く溢れだす。
 彩花はその光景に一瞬固まり、
「なななななな何やってんのあんたはぁあああああ?!」
 次の瞬間、血相を変えて叫んだ。
「こんな痛みじゃ貴女の苦しみとは釣り合わない……けど、話を聞いて欲しくて……」
 室内を血で汚さぬようにハンカチで抑えつつ透次は言う。
(他人の僕が説得する……僕に痛みがないのは間違ってる)
 そんな思いからの行動だった。
「ババババババカかっ?! 解かった! お前の気持ちは解かったから手当てだ! 手当てーッ!! あぁ畜生救急箱がうちにはねぇっ!!」
「あ、あたい持ってるよっ」
 救急箱を取り出しつつチルル。
 そんな訳でドタバタと透次の手首へと応急手当てが施されるのだった。
「……撃退士って、皆こうなの?」
 顔色青く、一気にげっそりした顔で彩花。
「……で?」
 胡坐に座り直した黒髪美人へと透次は言った。
「優奈さんの想いは、亡くなったら無効ですか? 亡くなったから、彼女が愛した人を殺して良いんですか……?」
 青年は懸命に、真摯に訴えかけた。
「優奈さんは、翔悟さんを本気で愛し最後までそれを貫いた。彼女はそうやって生きると自分で決め、覚悟し、納得の上で、自分の責任で貫いたんじゃないんですか……? 報われなくても怨むなと遺言まで残したんだ……強い人だと思う。
 その想いを貴女が汚して良いんですか……? 貴女まで優奈さんの気持ちを裏切ったら、本当に優奈さんが浮かばれない……」
 彩花は目を見開き、はっきりと苦痛の色に表情を歪めた。
「貴女の怒りは最もだ……夫が妻を蔑ろにし、子が親に愛されないなんて駄目だ……けど、今、翔悟さんを殺したら一度も貴女達に振り向かず終わってしまう……あの世で翔悟さんと優奈さんが出会っても何も変わらない。
 今からでも生きた翔悟さんを振り向かせ、墓前ですまなかったと涙の一つでも流させる……彼に課すべき酬いは、そこからじゃありませんか……?
 教えてください。貴女の手を汚し、優奈さんの想いを汚して……そこまでして翔悟さんは殺さなきゃならない存在ですか……?」
 透次は彩花を見据え、必死に言った。
「僕は貴女に殺人者になってほしくない……お願いします……殺人は、取り下げて下さい……」
 それに対し、
「……い・や・だッ!!」
 彩花は叫んだ。
「うるさいうるさいうるさい! 殺さなきゃならない存在だよ! 母さんは、母さんは……あんた、あのクソ親父に似てる。今ここに無いものばっかり見てる!」
 ぎりと歯を喰いしばって涙目で女は透次を睨んだ。
「彩花さん!」
「うるさい、出てけ! お前なんてレバー喰って寝てろバカァッ!!」
 かくて透次は彩花に部屋の外へと叩きだされた。腕力で彩花が透次に叶う訳がないので、精神的に押し出された形である。
「……正直、私はお前さんがかわいそうに思うンゴ」
 ルーガは、ふーふーと息を荒げながら身を震わせている彩花へと同情を込めつつ述べた。
「でも、こんな死因であの世に行った父親は、果たして母親を愛してくれるかな?」
 それは透次も指摘していた事で、
「解かったよ! それは解かったよ! でも……でも……!」
 拳を握って彩花は俯き、沈黙した。
 窓の外では雨が大地を叩いている。
「――ねぇ、歌ってどんな歌うたってるの?」
 不意にチルルが問いかけた。
「……なに?」
「シンガーソングライターなんでしょ? 出来たら聞いてみたいなって」
「……歌ってる歌は色々だよ。色んな事を歌にする……別に良いけど、どんな曲が聞きたい?」
「一番良い曲を頼むわ」
「すっごい難しいリクエストだよそれ……」
 彩花は部屋の隅に置かれていたギターを掴むと数度つま弾きつつ音階を微調整する。
「……一番受けが良いのは、これかな」
 言って、ギターを掻き鳴らした。
 響く弦の音は拍の速い軽快な調子で、開かれた唇より澄んだ高声が力強く伸びてゆく。
 歌詞の内容は、要約すると「辛い時に貴方がくれた笑顔が嬉しかった、有難う、どうか貴方に幸福がありますように」という事だった。
「ほんと、良い歌ね!」
 演奏終了後、チルルは拍手した。
「ありがと。『貴方』は結局幸せにならずに死んじまったけどね」
 どうやら歌詞中の人物は優奈がモデルだったらしい。
「ファンの人とかいるの?」
「私の歌を好きだって言ってくれる人達はいる」
「彩花にとってファンの人達って凄く大事な存在?」
「そりゃ大事だよ。皆良いヤツラさ!」
「あたい思うんだけど」
 チルルは言った。
「翔悟がシャリオンに殺された時に、翔悟を大切にしていた人達って、殺された恨みを晴らそうとすると思うのよね。その時、同じように殺人依頼が彩花やファンの人達を標的として出されちゃったら、自分自身はともかく、ファンやその親族、友達、大切な人達に対して貴方はどう責任を取るの?」
 彩花は固まった。
「そっ……そんな事……あ、ありえない。やり返すならアタシにだろ! なんで、あいつらあたしの歌が好きってだけだろ!」
「狙われる理由は、彩花がその人達を大事に思っているから。その人達が酷い目にあうと彩花は苦しむ。だから、あたい、可能性は零じゃないと思う」
 黒髪の女の顔からすーっと血の気が引いてゆく。
「そうなったら、彩花やその人達の関係者がまたやり返すかもしれないわよね。どんどんエスカレートしていって、最後にはあちこちで死を撒き散らす報復の連鎖になってしまうんじゃないかしら」
 彩花は元々色白な肌の女だったが、今やその顔は白樺の木の如くに真っ白になっていた。
 チルルの言葉に白女は口を開けたり閉めたりするだけで答えない――というか、答えられない様子だった。
 かろうじて、
「そんな事、なる訳、ないよ……」
「そうね、我慢する人って多いし、実際はならないかもしれない。でも、運命の出目次第ではなるかもしれない。優奈の遺言って、そういう報復の連鎖を自分の所で止めようとしてると思うのよね。それを破る事は、彩花自身だけじゃなくって、優奈のその遺言も裏切ってしまう事になるんじゃないかしら。
 それならさ、翔悟は昔事業に失敗したんだし、彩花は自分の夢で成功して見返してみるっていうのどう? こっちのやり方のほうが生産的よ! すっごく大変だろうけど、夢を大切にしていたらきっと叶える事は出来るはず――って彩花?」
 真っ青な顔をした女は、目の焦点がブレていて、額と首筋には脂汗を浮かべていた。
「……ちょっと、話しこみ過ぎたみたいだね。今日はこの辺りでお暇しよう」
 狩野はチルルとルーガに視線を送りつつ言う。
「あ、あぁ」
「また明日来るよ」
 今日ここでこれ以上言っても駄目だろう、との判断だった。狩野は視線で仲間達を促し席を立つ。
 いずれ時が経てば見えるものもある、というのが男の持論だ。結論を急ぐことは無い。リミットはあるが、まだ時間はある。心を整理する時間を渡すのも必要な事だろう、と。
 三人の撃退士はアパートの室内から出ると、表で待っていた透次と合流し、去っていった。


 ルーガは彩花に会いに行く前に先んじて、
『【急募】シャリオンとかゆう都市伝説について教えれ( ´∀`)』
 という呟きをネット上に流し、情報を集めていた。
 主に募集したのは、キーワード、どうやって呼び出すか、また依頼人が払う「代償」についてなどだ。
(ただの遊びじゃなく、何か理由があるはずだ)
 はぐれ悪魔の女はそう睨んでいた。
 集まった情報はまさに噂話という奴で――とあるアングラサイトで「シャリオン様シャリオン様どうかご降臨くださいませ」という定型呪文を掲示板に書き込むとある日メールが届く、というものや、いや駅にリアルにある掲示板にアルファベットを三文字書き込むと連絡が取れる、いや、そうじゃない自分が聞いた話では黄金の夕陽――などと様々で、どれが本当なのか解からない状態だった。ソース希望、という奴だ。
 代償についても「依頼の遂行と引き換えに魂を奪われる」「大金を要求される」「無償だよ」などと様々だった。
 ルーガからそれらの情報について郷田は情報共有を受けていたが、やはり『実際に呼び出している』本人に直接話を聞くのが確実だろうと、彩花のバイト先で出待ちしていた。
 雨がしとしとと降る薄暗い明け方、ファミレスから出て来た女の姿を確認すると、郷田は近づき声をかけた。
「よう、お疲れ」
「……あんたか」
 何処か疲れている様子の黒髪美人は声をかけられて驚いた様子だったが、先日に一度顔を合わせていた男だと気づいて、緊張を解いたようだった。
 傘を並べ、鈍く光るアスファルトの帰り道を共に歩きながら郷田は問いかけた。
「俺も以前、人の願いを叶える悪魔に会った事がある。そいつは代償に依頼人の魂を、つまり命を奪ってその亡骸を使い、一見不可能に思える願いも成就させていくって寸法だった」
「……へぇ」
 世間話もそこそこに郷田は用件を切り出す。
「――実は他の奴らには内緒で頼みたい事があってな。シャリオン=メタフラストと個人的な話しがしたい。会わせてくれないか?」
 彩花に会いに来たのはシャリオンの情報を手に入れる為だった。彩花は二十歳だ、郷田としては「善悪を諭されるような歳でもないだろ」と思う所で。
 そして郷田は、シャリオン自身にも執着がある訳ではない。
 だが似ていたのだ。
 今は亡き悪魔に。
 別の存在という事は解かっている。だからこそその悪魔に似ているシャリオンは何者なのか、何を考えているのか、それは今は亡き『奴』を知る為であり、それ以外ではなかった。
「良いよって答えたいけど……あの子はあたしがどうこう出来る相手じゃないよ。ケータイの番号とか教えられてる訳じゃないし、会うも会わないも向こうの意志次第。連絡すらも。普段何処にいるのかも知らないし……あたしが呼びだせた時の方法くらいなら教えられるけど」
「それで良い。感謝する」
 別れ際、
「ああ、これはこれはただの独り言なんだが――葉斯波翔悟は過去に囚われて現在を蔑ろにし、今の様な遺恨を残した未来になった。今のお前は奇しくも父親と同じ道を進んでいるように見える」
「なっ」
「どうするかはお前の好きだが、血は争えん、などと言われぬようにな」
 男はそう言い残して去っていった。


 彩花から方法を聞いた郷田は近場のネットカフェに入るとブラウザにアドレスを打ちこんだ。
 刹那、海に沈みゆく夕陽の画像と、あるのは書き込みが一件もされていない掲示板だけ、というシンプルなページに切り変わる。
 郷田は新規で取ったフリーメールのアドレスを欄に記入し、教えられた文言を本文に打ち込んでゆく。
「最期の時に黄金の光を見せてやりたい相手がいる」
 エンター。
 直後、メールボックスに一通、返信があった。
『――ああ、どうも、メタフラストを御入り用のようですが、残念ですがそのサイトは既に使用されています。未使用の物を探してください。悪しからず――シャリオン=メタフラスト』
 人を喰ったようなテンプレ回答文だった。


 二日目。
 本日は隣の住民が夜勤明けで寝てて隣の部屋にいる、という事で近場の喫茶店で話す事になった(アパートの壁が薄い為)。黒髪の娘は透次の姿を確認すると「昨日はきつい事言って悪かった……手、大丈夫なのか」「でも親父は殺す」などと言っていた。
 席につくとユウは問いかけた。
「ショウゴをどうおもってるの?」
「クソ親父だ。死ねば良いんだ」
 彩花は即答した。
「じゃあ、なんで自分で殺しに行かないの? 死んでほしいなら自分が殺せばいいじゃない。他人に頼んだのはどうして?」
「…………アタシじゃ多分、殺せないから。あれで結構、腕っ節強いんだよ」
「……ふーん」
 殺せないというのは本当だとしても、後半は取ってつけた理由のように聞こえた。
 その答えを聞いたユウは、初日に翔悟から聞いた内容を全てそのまま彩花に話した。暴露、と言って良い。
「ちょっ、おまっwwwww」
 慌てたルーガが草を生やしている。
「はっきりと口止めされてないし」
 銀髪娘はクールに白黄の飲料を飲んでいる。
「こ、殺し? でも姉さんの母さんは事故で亡くなったって」
 彩花は呆然としている。
「……嘘だッ!! そんな事、母さんがそんな事する訳ないッ!! そんなの出来る人じゃなかった! それに、大体、親父も母さんも姉さんもそんなの一言も……嘘だ、アタシを見てるだけで辛いだなんて……」
「……世には様々な愛の歌が溢れているように、男女の間には色んな事情がある」
 狩野はゆっくりと言った。
「物事全てに白黒はつけられない、曖昧な世界だよ。知らない方が幸せな事もある。だから、相手を思って隠したり、遠ざけたり……」
 故に、憎しみの裏に愛があり、拒絶の陰に悲哀が覗く。
(柵、誤解、先入観。他人の話なら冷静に判断できても、当事者となると視野狭窄に陥る)
 初老の男は人のその様を多く見て来た。己が身となっても冷静に振る舞える者は、零ではないが案外少ない。
「あんたが思い詰めるのは解かる。複雑な家庭環境だしな……でもだからって殺すのはナシだ」
 小田切ルビィが言った。
「殺害依頼を娘が出した事実を知っても、翔悟は警察には知らせないで欲しいと言った。そして、娘から殺人依頼を受けたシャリオンに殺される訳にはいかない、と。その理由はさっきユウが言った通りだ。俺も聞いていた。親父さんはアンタの事をちゃんと考えてる。それに……」
 一度言葉を区切ってから青年は続ける。
「耳タコかもしれねーけど、そんな事、天国のお袋さんだって望んで無い筈だろ?」
『父を怨むな』と遺言して亡くなった優奈は、彩花の言う様に本当に翔悟を愛し、そして、翔悟の人生を変えてしまった負い目も背負っていた筈だとルビィは思う。
 ままならない人の心。
 しかし、
「今直ぐとは言わねぇ。少しずつでも、親父さんと話をしてみたらどうだ?」
 彩花は魂の抜けたような表情のまま答えない。
「……明日も雨だって。どうしたいか、じっくり考えてみてもいいんじゃないかな」
 動かない彩花へとユウはそう告げたのだった。


 撃退士達は会計して席を立ち、黒髪の娘は俯いて、ずっと座ったままだった。


 四日目に雨は上がる。
 西の空を茜に染め、燃えるように輝く太陽が黄金色の光を鮮やかに放ち、先までの雨に濡れていた街を煌めかせていた。
「綺麗なものだな」
 会社帰りの翔悟は悟りでも開いたかのようにぼんやりと呟いた。彼にとって最期になるかもしれない夕陽。
 ルーガは彩花を探したが、黒髪の娘は忽然と姿を消していた。
(彩花……何処へ行ったのだ?)
 そして、どのように決断したのだろう。
 ルーガは祈るような気持ちで、黄金に燃える夕陽を仰いだのだった。


 その日の晩、邸宅の呼び鈴が鳴らされ、玄関を開けばそこには堂々とフード付きパーカーにハーフパンツ姿の黒髪の少年が立っていた。
「ああ、今晩は。皆さん、警戒する必要はありません」
 シャリオン=メタフラストは特に何の感情もなさそうに淡々と告げた。
「葉斯波翔悟さん、事情が変わりました。僕が貴方を付け狙う事は今後一切ありません。御安心くださって結構ですよ、と、それを告げにきました」
 まぁ信じる信じないに関してはご自由に、と少年。どうやら、彩花は依頼を取り下げたらしかった。
「では僕はこれで」
「待て」
 郷田が鋭く声を発した。
 少年は足を止め振り返る。
「俺が訊きたい事は一つだ。お前はなぜこんなことをしているのか。魂の収集が非効率的で力が弱まっていくんじゃないのか」
 しばしの沈黙の後、
「地獄の大公爵フラウロス」
 唐突に言った。
「そう呼ばれる大悪魔がいます。彼は魂を乱獲はしません。味の好みに煩いからです。なので好みの色の魂をのみ喰らいます。
 下位の悪魔は集めた魂の全てを己の物とする事が出来ません。上位者に上納しなければならない。
 悪魔というのは一般的に、天使に比べて気侭な傾向があります。だから悪魔です」
 紡がれる言葉は意味があちこちに急に飛んでいた。
「昔はただただ強くなる事を求めました。理由があったからです。しかし理由がなくなれば、残されるのは、最早理由がなくなった力です。
 さて、この力を何に使いましょうか。残念ながら僕はそれとしてまっとうとされる理由には興味がありません。
 まあそんな所です。
 お役に立ちましたかね?」
「……お前の願いの代償は何だ。彩花はどうなった?」
「ああ、代償ですか、知らず何かを失っているのかもしれませんし、何も失わないかもしれません。通常はそれですが、今回は彩花さんにはキャンセル代として――」
 少年は言った。
「日暮れの酌に付き合っていただきました。酷く酔い潰れさせてしまいましたが、明日か明後日くらいには姿を見せるんじゃないですかね」
 郷田は眉を潜めた。
「…………お前は、悪魔なのか?」
「何に見えますか? それがきっと貴方にとっての僕でしょう。では」
 シャリオンは一礼するとゆらゆらと闇に溶け消えるように去っていった。


 五日目、護衛契約最後の日、日暮れ時に葉斯波邸に帰還すると玄関前で彩花が座りこんでいた。二日酔いで頭が痛い、との事らしいがどうやら無事のようだ。
 父と娘は視線を合わせなかったが、話し合いをするとの事だった。既に脅威は消えていたし、彩花の無事も確認でき、後は親子二人で話すのが良いだろうと撃退士達は別れを告げる。
「お世話になりました」
「……ありがとう」
 葉斯波親子はそんな事を一同へと言っていた。


 天野天魔は親子を見たまましばし、逡巡していた。
 懐には久遠ヶ原学園で取得してきた使徒・葉斯波理花の写真がある。
 調査結果では、翔悟の娘で彩花の姉である娘の名は琉花だった。
 別人だろうか。
 しかし、優奈の母、つまり彩花の祖母が発狂したのは、葉斯波琉花が失踪したのとほぼ同時期。
 精神を崩壊させた優奈の母が、今も夜毎に狂う程の恐怖と共に叫ぶ台詞は、
『あの女が来る!』
 だ。
 この写真を葉斯波親子に見せた時、どんな反応があるだろうか――
「あれ、どうかした?」
 黒髪の娘が小首を傾げる。
「いや」
 天野は一つ手を振ると踵を返した。
「達者でな」
 そう言葉を残して歩き出す。
 彼等はきっと今、ようやく希望に向かって歩き出したのだ。
 空には夕陽にかかった雲が、茜色に輝いていた。


 了


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 伝説の撃退士・雪室 チルル(ja0220)
 ちょっと太陽倒してくる・水枷ユウ(ja0591)
 戦場ジャーナリスト・小田切ルビィ(ja0841)
重体: −
面白かった!:8人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
未来へ・
陽波 透次(ja0280)

卒業 男 鬼道忍軍
Mr.Goombah・
狩野 峰雪(ja0345)

大学部7年5組 男 インフィルトレイター
死神を愛した男・
郷田 英雄(ja0378)

大学部8年131組 男 阿修羅
ちょっと太陽倒してくる・
水枷ユウ(ja0591)

大学部5年4組 女 ダアト
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
駆逐されそう。なう・
ルーガ・スレイアー(jb2600)

大学部6年174組 女 ルインズブレイド
能力者・
天野 天魔(jb5560)

卒業 男 バハムートテイマー