風が唸っている。
激しいローターの回転、鋼の翼。
(久々にコッチに来てみれば、随分と物騒な状況になってるな)
スクランブルを受けた君田 夢野(
ja0561)は土が剥き出しの臨時駐屯所内を駆け、離陸準備を整えているヘリの搭乗口へと飛び込む。
(久々に頼むぞ、蠍火……!)
ヘリでの空戦は三年の撃退歴でも初めてである。アウル弾倉、給弾機構、射撃動作、全て異状無し。
続いてヘリ内へと飛び込んできたレアティーズ(
jb9245)と視線を交わす。
「いけるぞ」
金髪緑眼の天使は尊大そうに一言答えた。
「こっちの準備はOKです! 出してください!」
「ラジャー! しっかり掴まってろよ! イィィィィヤッハーッ!!」
鋼の塊は爆風を大地へと叩きつけながら急速に宙へと浮かび上がり、十数のヘリが次々に蒼空へと舞い上がって、一路東を目指して飛空してゆく。空に春の太陽が眩く燃えていた。
「空中戦か、地に足がついていないせいかどうも落ち着かんな」
天風 静流(
ja0373)は暴風が侵入してくる機内で長い黒髪を暴れさせつつ呟いた。
「ヘリでの戦いってあんまりないよね」
その隣に座るのは笑顔を浮かべる四足移動のもちもちした異形――天魔ではない、エルレーン・バルハザード(
ja0889)だ。
「どらごんは強敵っ、だから私も本気、だすよ!」
という訳でこの変化である。
「腐り神様よ! 腐り神様が御降臨なされてるわ! 今夜は良い夢見られそうっ」
何故かAチームの女ヘリパイの士気は向上していた。きっと加護を受ける眷族なのだろう。
他方。
「サーバントの為に、ね」
Bチームの機内では小田切ルビィ(
ja0841)が先日の業火が燃え盛る森での会話を記憶から甦らせていた。
――サリエル亡き今、何の為に戦い続ける?
水兵服に身を包んだ漆黒の瞳の少女。その答え。
「……その純粋無垢さは正に"お姫様"ってトコだぜ」
赤眼の男は半ば呆れつつも、口元に笑みを浮かべていた。例え愚かでも彼女の思考は嫌いでは無い。
「ライフルは使わなくて大丈夫か?」
「たしかにいい銃だけど、私はコイツでいくわ」
神埼 晶(
ja8085)は漆黒の蛇文様の小銃を出現させて見せパイロットに答えている。
「射程では劣るけどね。使い慣れていない銃でドラゴンと戦う自信はないから」
「なるほど、確かに信頼性が一番だ」
歴戦らしいパイロットは納得した様子だった。
東空。
やがてぽつぽつと朝日のように黄金に燃え上がる輝きが出現し始めた。伊豆ゲリラの最大火力、金焔竜達の空戦部隊だ。
『左端、北の竜から狙おう』
エルレーンの声が無線より響く。学園生チームは静流とエルレーンが登場するA機を先頭に、その後方左、北方に神埼とルビィが搭乗するB機、後方右、南側に君田とレアティーズが搭乗するC機がつける三機編成だった。C機は他二機よりも高度を取って高空へと上がっている。
「解った。此方が各個撃破を狙うなら、相手も同様だろう。上空や死角、背後には重々注意するが良いぞ」
地上へと視線を配りながらレアティーズは無線のヘッドセットに声を流す。出来れば墜落時に周辺被害が少ない位置へと誘いだしたかったが、難しいか。
『了解』
各機のパイロットから返答がかえってくる。
敵味方の距離がみるみるうちに詰まってゆく。
レアティーズは光の翼を展開し、ルビィはケイオスドレストを発動、静流は外式「鬼心」を発動し、次いで外式「黄泉」を発動した。また静流、ルビィ、晶の三人は阻霊符を展開している。
相対距離およそ五〇まで接近した時、破砕音と共にA機のパイロットが呻くように叫びをあげた。
「大丈夫っ?」
「だ、大丈夫……掠っただけ! 構えて! アルファ・エンゲージ!」
言葉の途中には中央を飛ぶA機は既に旋回機動に入っている。接近目標は中央正面のリカ、ではなく、その右翼を飛行する金焔竜。三体の注意を惹くようにしながら北方へと逸れてゆくように旋回してゆく。機内、鋼鉄で囲まれた世界が揺れる。慣性の法則で身体が外へと引っ張られ、風が唸りを増して勢い良く吹き込んで来る。
静流は外へと放り出されぬように膝をついて蹲み、機内のバーを片手で掴んで握り支える。エルレーンは四足に変装してるが故、伏せ撃ちの態勢で大口径の魔導ライフルを搭乗口より突き出し構えた。激しく揺れる機内では陸地と比べて著しく狙いづらい。
「おのれ、ふじょしのちから、みせてやるッ!」
旋回する視界、蒼空の彼方より直進してきた黄金の光へと照準を定め引き金をひく。
「まずは中てる」
静流もまた素早く狙いを定めライフルで発砲。エルレーンの銃より銀色の四足生物状の弾丸が奇声を発しながら飛び、静流の全身から光が爆発的に噴出して構える銃より弾丸が勢い良く飛び出す。彼方のドラゴンもまた顎を開き、燃え盛る爆熱の輝きを吐き出した。
一条の紅蓮と二連の弾丸が交錯し、金色の火炎が唸りをあげて迫り、高速で機動するヘリの尾翼をかすめ蒼空を突き抜けてゆく。異形の銀弾が竜の肩を擦過して抜け、鋭く飛んだライフル弾が竜の胸を貫いた。竜鱗が紙の如くに突き破られ赤い鮮血が宙へと撒き散らされる。
ヘリは敵の右翼の竜との相対距離を保つべく弧を描くように空を滑ってゆく。
全速で飛行する金焔竜の時速は216km。
撃退士達が搭乗するネフィルム鋼製の特殊ヘリも似たような最大速度だ。
機動力はほぼ同等。
A機はU字を描くように旋回軌道を描いて後退せんとし、追って西進する右翼竜に対し、味方左翼につけるB機が弧を描く機動でさらに北より間合いを詰め、中央ではリカが騎乗する黄金竜は旋回するA機を追ってその後方へとつけ、敵左翼の竜も急角度で中央へと向かい、右翼のC機は高空よりその動きを見定めつつ機動する。
中央竜はA機と進行方向が直線に並んだ瞬間に火炎を吐き出した。
『アルファ、シックス!』
敵の動きを観察していたレアティーズが一瞬早く注意の声をあげていた。黄金色の灼熱の奔流は機動を急変化させたA機の側面を掠めながら抜けてゆく。かわした。
北よりB機が迫り、その搭乗口より神埼晶、風の向き、強さ、敵の機動、味方の機動、それらを計算に入れつつ銃口を竜へ向ける。
(かなりの射撃難易度だけど、だからこそインフィルトレイターの私の出番よね)
ヨルムンガンドのトリガーを滑らかに絞り、発砲。一閃の弾丸は飛行する竜の横腹へと突き刺さり鱗を爆ぜさせるように貫いて、周辺を瞬く間に腐敗させてゆく。さらにB機に同乗するルビィ、アサルトライフルをフルオートに入れ猛射。弾幕に対し竜は蒼空に弧を描いてリカ側へと旋回し回避してゆく。
「悪いが、俺達の領域を侵したからには覚悟してもらうぞ」
流れを見ていたC機が上空より矢の如く真っ直ぐに突っ込んだ。君田夢野、アウルを全開に解放し、蠍の赤銃を構え猛烈な弾丸の嵐を解き放つ。籠められた無尽光によって回転力が増された無数のライフル弾が空間を歪ませながら黄金竜へと次々に喰らいつき、鱗を貫いて血飛沫を噴出させてゆく。
猛撃に巨体を揺るがせる竜へとレアティーズ、重ねるように隙を狙って魔法書を掲げ、紅蓮の火球を解き放つ。灼熱の塊は唸りをあげて飛び、ドラゴンの顔面を掠めて逸れ、その背中へと中り爆裂と共に破壊を撒き散らした。
だが直後、猛烈な熱波が横合いからC機を飲み込みその装甲を吹っ飛ばした。左翼、南の竜だ。狙ったのか偶然か、攻撃中の隙を突いてきた。猛烈な熱波に金属が融解して不気味な金属音をあげながら軋み、搭乗口から炎が内部へと侵入して撃退士達を焼き払ってゆく。夢野、負傷率五割七分、レアティーズ、十割二分。
「おのれ、空飛ぶ蜥蜴の分際で……!」
レアティーズ、全身を焼き焦がす痛みに遠退きそうになる意識を気力を絞って繋ぎとめる。黄金竜のブレスは流石の破壊力。
「――不味い、回避してくださいッ!!」
「避けながら突っ込んで!」
次の刹那、夢野とエルレーンがそれぞれのパイロットへと叫んだ。
三機からの集中猛撃を受けた元右翼の竜は急降下しながら東へと進路を転じていたが、中央竜に騎乗するリカが身を捻ってC機へとライフルの銃口を向けていた。さらに再度、左翼竜が大きく開いた顎の奥より黄金の光を膨れ上がらせている。
「容易く落とせると思うな、リカ!」
撃団の長はカッティング・ノイズを発動、翳す左手より音波を迫り来るライフル弾へと放ち、右に構える蠍火で左翼竜へと牽制の猛射撃を繰り出す。
音波と弾丸が激突してその軌道が僅かに逸らされ、凶悪な破壊力のライフル弾は、防護硝子を貫通しパイロットのこめかみを掠めて座席を貫き、膝をついていたレアティーズの頭上を通り機内の壁を貫いて抜けてゆく。パイロットへとトドメを刺す一撃は逸らした。
黄金の熱波の奔流が迫り、レアティーズは設置していた縄梯子を抱いて機内から飛び降りた。黄金の光がヘリを横合いから再度呑みこみ、炎に焼き焦がされ夢野、負傷率十一割三分。三途の河が見えてきた。
ヘリ内より損害深刻を伝える警報がけたたましく鳴りはじめる中、青年は魂を焼き焦がす熱に歯を喰いしばり意識を絞る。まだ寝る訳にはいかない。
外へと飛び降りたレアティーズは縄梯子にぶらさがりつつ、夢野の猛射で鮮血を噴出しているへと異界の呼び手、は届かないので、強風に揺れながらも火球を放つ。炎は竜翼の先をかすめながら虚空を貫いてゆく。外れた。
中央の竜が顎から炎を膨れ上がらせつつ旋回してC機へと猛進せんとし、B機がそれを目掛け遮るように急行している。
「鼻先を抑える」
神埼晶、ヨルムンガンドを消し頭上に掲げた手にリボルバーを出現させ膝立ちの状態、両手で構え銃口を向ける。
(私達がヘリを落とされたら困るように、使徒だって竜を落とされるのがイヤなはず!)
近距離よりドラゴンライダーのその進路を妨害するように発砲、発砲、発砲。轟く銃声と共に放たれたマグナム弾の嵐に竜は急降下して回避に移り、その先目掛けて小田切ルビィ、銃を消して大太刀を抜き放っている。
「『この子達を見捨てない』か。――嫌いじゃないぜ? そういうのは。だがな……」
極限までエネルギーを集中させ、一閃。
「そのサーバント達は人間を材料にして造られてる。その事実を考えた事はあんのか? ――お姫様よ……!!」
振りぬかれた鬼切より黒光の衝撃波が唸りをあげて噴出し使徒と竜をまとめて貫いた。竜は首をめぐらせて黄金の爆熱を撃ち返し、晶が牽制射撃を受けつつも炎はもろともB機を呑みこんで直撃させる。炎の嵐に呑まれたB機内、ルビィ、負傷率五割三分、晶、負傷率十割。
「私のもえは、一回じゃ止まらないんだからねッ!」
中央へと旋回する左翼竜へと向けエルレーン、闇のアウルを開放、背後に巨大な四足異形の残像を出現させつつ大型の大口径ライフルを構え、猛射。背後の異形もまた腕をかざし銀色の弾丸が飛ぶ。連射。銀の弾丸(四足)は黄金竜の身へと連続して直撃し、鱗と肉を突き破って痛烈な破壊力を炸裂させる。
竜が苦悶の悲鳴をあげ態勢揺るがす中、天風静流、
「さて……どの程度か」
膝立ちの状態で純白の複合弓を掲げ、黒髪の娘は禍々しい光を全身から立ち昇らせつつ銀弦に矢を番え引き絞る。貪狼を発動、裂帛の呼気と共に撃ち放った。
青白い光を煌かせ軌跡をひきながら飛んだ閃光の矢は、壮絶な破壊力を発揮して竜身をぶち抜き、その体内まで深々と鏃を埋め込んだ。
とどめを刺さんとさらに弓と銃を構える静流とエルレーンの視界の先、不意に竜の姿を隠すように白い煙が爆発的に噴出した。
「煙幕――?」
中央。
『――ある。だからこそ私はここに居る』
ルビィの問いに答えるようにリカの声が響く中、白煙が爆発的に広域に広がり中央を中心に覆い隠してゆく。
「サーバント達を哀れと思うなら、真にするべきは歪んだ生から解放してやる事。……それだけだ、違うか?」
白い闇の奥へと響く声を頼りにルビィは目を凝らす。
『人の側であるなら貴方が正しい、きっと正義。人の尊厳を損なって生まれいでるものだから。けれど私は既に使徒、人ではない』
珍しくリカは饒舌に語っていた。
『生み出した親達からまで罪の子だから殺すのが正しいなんて言われたら、その親達の為に戦ってる子供達に立つ瀬が無い』
まるですぐ隣に立って語りかけてきているようだった。だがそんな事は物理的に無い筈で、近くにいるのか、遠くにいるのか、判別し難い。
『人は動植物を喰らい生き受精して産みだされる。サーバントの多くは抜け殻の複数を混ぜ合わせて生み出される。工場、原材料、人体、ミンチ、だから心は受け継がない。だから既に別の存在。人外の視点から見れば、人もサーバントも大差は無い。養分元が動植物か人間か、それだけ。喰われた動植物の魂が人ではないから』
「面妖な手品を使うわね」
晶は周囲へと視線を走らせつつ呟く。各機は旋回し煙中より西方へと脱出せんとする。視界が閉ざされている為、攻撃に移れなかったが、敵からの攻撃も止んでいた。
『私に残された人の視点が、酷いと叫んでも、それは人間がすべき事。私は使徒。元人間であっても狭間であっても天の眷属。一度旗色を定めたからには、使徒として生き、使徒として死ぬ。私はこの子達に歪んでなどいないと言う。人は人が守れば良い。天の眷属はサーバントを守護する。それが公平』
「くそっ、ごちゃごちゃと」
機内へと戻りつつレアティーズは憤慨していた。睨む白い闇の彼方、徐々に煙は薄れてゆき、黄金の焔達が見え始める。
「何故、お前ごときが天使の一員に……!」
リカの背を睨んで歯軋りする。使徒は既に東の彼方へと遠ざかり始めていた。声だけが残されていたらしい。
元は人間の分際でありながら、天使に受け入れられ、可愛がられ、竜を率いるその姿に嫉妬心を禁じえない。
(……何故だ!)
天界へ行けなかった魔界育ちの天使は胸中で叫んだ。
「退いた、か……」
他方、同機内の黒髪の青年は一つ息を吐いていた。追い詰めてはいたが、追い詰められてもいた。安堵すべきか惜しむべきか、微妙な所だ。
夢野としては主を失ったリカに同情の気持ちが全く無いでもなかった。喪失の悲しみは理解できたからだ。
もっともそれは、手心を加える理由にはならなかったが。
敵対者の間柄での最大の礼儀とは、全力を尽くし相手に立ちはだかる事だと夢野は信ずるが故に。
かくてリカは退き、それと同時に他の竜達も後退に移っていた。敵味方共に損害は小さい物のようだった。
レアティーズが心配していた地上への被害も深刻なものはなかったようだ。なお男曰く、心配していたのは仕事だからだ、との事。
「あのリカとかいう使徒に復興妨害を一切させず悔しがらせ、私の優秀さを見せつけてやりたかっただけだ」
と魔界育ちの天使は語っていた。
被害は抑えられたが、敵への損害も少なかった。
伊豆でのゲリラ達との戦いはまだまだ長引きそうだった。
了