薄く、澄み渡った冬の蒼空だ。
静岡県がT市の一画、うち捨てられた廃ビルが並ぶ通り。どこからか飛んできたビニルの買い物袋が、傷んだアスファルトの道の上を寒風に吹かれて流れてゆく。
「こういう作戦は初めてだが……まあ平常運転で行きますか」
集まった撃退士のうちの一人、夜風 隼(
ja3961)が言った。戦域は広範囲に渡っており、他の区画にも熟練学園生や企業撃退士達が展開している。夜風達が受け持つのはその中の一部の領域だった。
夜風、霧間 蒼(
ja0639)、筑波 やませ(
ja2455)の三人はまず無線を用意すべく働きかけた。神楽坂に要請すると女は頷き、しばらくして無線機が各員に配られた。ただ、予備なのであまり性能の良い物ではないとの事。ついでに神楽坂は武器を持って来ていない者達へと予備武器各種を貸し出した。小田切ルビィ(
ja0841)と御堂・玲獅(
ja0388)は地図の取得を申請してやや古いものだが市街の地図を入手し、さらに御堂は揃えた各種ペン類を仲間達へと渡した。
その間に撃退士二十五名は大まかな迎撃方針を練っていたのだが、
「ブートキャンプから二十五人引っ張ってくるだけでは……」
なかなか簡単には方針は決まらなかったらしく、アーレイ・バーグ(
ja0276)は揉めに揉めたという協議を振り返り一つ頭を振った。胸中で呟く。
(二十五人も纏まって動くのに指揮官がいない)
久遠ヶ原は自由を謳う学園だ。物事には表裏がある。自由であるからには、それに則って戦わなければならない。唾棄される事が多い規律や階級や序列だが、それらは必要だから存在している。そう、一糸乱れず作戦の元に動く強兵が使えるならば――だが、ここにそれは無い。強制は出来ない。
「一班五人の一個分隊と全体を小隊に見立てて小隊長及び分隊長を任命した方がよいのではないでしょうか」
アーレイはメンバーへと言ったが、賛成した者もいたが、賛成しない者もまた多かった。少女は首を振った。これでは駄目だ。隊長を任命しても名乗っても、隊員とされた者達がその言葉に従わなければ意味がない。兵のいない将軍が一体誰に命令するというのか。
統率された作戦をやりたい場合は事前相談と互いの合意はしっかりね、である。
現場で最も難しい事の一つであり、最重要である事の一つが、味方を一つにまとめあげる事だ。その事を考慮しない作戦は破綻する。事前の相談で大雑把な部分しか組めなかったのなら、後は細かい部分は場当たりに個々の動きでカバーしていくしかない。
(でも、やれるのでしょうか)
思う。
そもそもに、そんなやり方で、勝てるのか?
誰かが言った、この状況は非常に難しいと。
「これは……生きて帰れればよしとしますか」
アーレイは憂いを宿した表情でそう呟いた。
空を見上げる。
ビルの間を吹き抜ける風が細く鳴り、一同をこう謳いあげているようだった。
戦場へ、ようこそ。
●
何につけてもまずは情報の把握からである。相手は天魔だ。衛星から地上を望遠した情報だけでは信頼性が低いかもしれない。一同はまず偵察を出す事にした。
偵察索敵に出たのはリョウ(
ja0563)、犬乃 さんぽ(
ja1272)、筑波、霧間、三神 美佳(
ja1395)の五名である。
「数が多いとの話でしたが……まあ、なるようになるでしょう」
地図を広げながら筑波が他メンバーへと言った。偵察する範囲、手筈を打ち合わせる。
「なるように、ですかぁ……」
おどおどとした調子で見上げつつ三神が言った。身長110cm、小等部4年2組だ。外見年齢六歳。こんな子供まで兵というのは、久遠ヶ原学園、割とハードな所。
「……気負い過ぎも良くないですし、明日は明日の風が吹くとも言いますから。自分達は自分達の役割をこなす。ただそれだけですね」
GPS情報を確認し、眼鏡をかけなおしつつ男は淡々と述べる。
筑波、学生にしては落ちついた男だ――と思いきや、一見では二十代半ば程度に見えた。久遠ヶ原は小等部から大学院まで幅が広い。それでも実年齢がどうなのかまでは不明だが、外見年齢相応に、あるいはそれ以上に大人であるようだった。
「そうだねっ、気負わずやればきっと上手くいくよっ」
他方、セーラーに身を包んだ十五歳程度のブロンド少女に見える犬乃は、年齢相応に快活にうんうんと頷いた。魔物の軍団を偵察しニンジャの力でやっつけたい、父様の国を悪者の好きにはさせないもん! という意気込みである。
彼は見た目の通りだが、別の意味で見た目の通りではない。なおセーラー服なのは日本の由緒正しき戦闘服だからである。ヨーヨーも持参済みだ。微妙に騙されているようで、業界では合ってるかもしれない、閑話休題。
「……血塗れな戦いも捨てがたいけど、やっぱり情報を制して迎撃出来たと言いたいものね」
霧間はそう言った。彼女も筑波と共に携帯のGPSや衛星写真、地図などを睨んで敵味方の動きを観察している。
「ああ」
全身黒ずくめの男は感情を表に出さぬ仏頂面で頷いた。リョウは偵察メンバーの中でも特に先行して偵察する事にしていた。最も危険な位置であり、ヘマをやる事は許されない位置でもある。腕とバックアップが必要だ。
五名は作戦を打ち合わせると偵察に出発した。
筑波と霧間がGPS情報で全体を把握、警戒、三神はその護衛、犬乃が地形に沿って布等でカモフラージュしつつ隠密しながら進みオペラグラスで地上の細部の状況を観察、その情報を受けてリョウが視認可能な距離まで近づいて詳細を観察する事となった。わざわざ接近するのは、市街地であるので視界が通りにくい為だ。
冬の廃街を偵察する事、少し。
一行はやがて敵の行軍を把握した。
全体的にサリエル軍は陣形など無くばらばらに散って侵攻していたが、小さい単位ではそれなりにまとまって動いてはいるらしい。体長五メートルの巨躯を誇る仮面をつけた一体の白巨人が車道を進み、その後ろから小柄な狼の獣人と腐った人骸の兵がわらわらとついて来ていた。
一同は手筈通りに偵察を行って確認する。獣人と骸兵の数はそれぞれ五体づつ、といった所か。コボールトと呼ばれる獣人達は皆、槍を手にしていた。動きは軽快で、なかなか素早そうだった。一方のゾンビ達、毒腐骸兵と呼ばれるそれは両手持ちの長剣、長柄の戦斧、そしてやはり槍を持っていた。動きは鈍そうだが、しつこそうな印象を受けた。情報によればパワーもあるらしい。確認できたのは以上だった。
最も前まで出ているリョウはビルの陰から様子を窺いながら、確認したサーバントの群れを速やかに無線で報告した。後、帰還せんとする。
しかしその時ふとリョウは背後を振り返った。感知に優れた男の感覚に何かがひっかかったような気がしたのだ。だが、視線を向けた先には何もなかった。ただ無人の路地が広がっているだけである。ビルの谷間。上を見上げてみても、特に影はない。
(……気のせいか?)
リョウが胸中で呟くと、路地の隙間から「にゃーん」と声をあげて黒ネコが歩いてゆくのが見えた。
あれだったらしい。
リョウは半眼で嘆息した。
『――どうかしましたか?』
無線からノイズ交じりに筑波の声が聞こえた。
「いや、問題無い。ただの野良猫だった」
『猫ちゃんですかぁ……』
『ほんとにただの猫?』
と三神と霧間。
「……多分な。ともあれ、これより帰還する」
『気をつけてねっ』
犬乃の声にああ、と頷いて無線を切ると男は踵を返した。
長居は無用だ。サーバント達の視界に入らぬように道を選んで立ち去る。
他方、その視界の死角、ビルの陰。
セーラー服姿の黒髪の少女は立ち去るリョウの背を光が失せた黒瞳で見やりつつ胸中で呟いていた。
(――やはり飛び道具が欲しいものだ)
と。
思う。
次があったら、狙撃銃を用意しておこう。
路上を巨人とサーバントの群れが派手に進んでいった。
●
「進軍ルートは割れてるんだろ? 射撃で先手を取れないか」
志堂 暁(
ja2871)が言った。一同は相談すると偵察情報から敵の進路を予測し迎撃ラインを敷く事にする。
志堂は御堂がまとめた地図と情報を参考に、彼我の隊が実際に格闘戦で激突するであろう地点を予想すると、その右手に並ぶそこそこの高さの雑居ビルの上階に伏せた。
「とにかく突破を阻止する」
とは霧間の言だ。敵は今の所固まっているようだが、こちらを発見した時に機動を変化させる可能性もあるので、手薄な箇所をださないよう、惑わされずに対応するように伝えておく。
他方、アーレイは戦場を俯瞰したかった。指示を出す為に敵味方全ての位置を把握しておきたい。志堂の動きも視野に入れて、その道路を挟んで向かい側のビルの屋上に拡声器を手にアーレイはついた。
御堂は打ち合わせた内容やまとめた情報を可能な限りメールに記載し、仲間達へと送信して作戦と情報を行き渡らせておく。マメな少女だ。とかく、仲間達が的確に敵を迎撃できる様に尽力する。
他の撃退士も皆、敵戦力のそれぞれの対応班に別れて迎撃位置についてゆく。
「敵の数も多いけどこっちだってみんなで協力すれば大丈夫!」
そう言って笑っているのは月子(
ja2648)だ。
「せいいっぱい頑張りますので、よろしくですっ」
氷月 はくあ(
ja0811)が大人数なので若干緊張気味に挨拶をしている。
「……特に不安はありません。皆さんと、ご一緒出来るので」
楠 侑紗(
ja3231)はそう述べた。彼女は旅団カラードの仲間達、先の氷月や、リョウ、クラリス・エリオット(
ja3471)と共にこの戦いに参加していた。いつもの仲間と共に戦えるというのは、心強いものだ。
「ほっほっほ、皆よろしくじゃよ。回復スクロールをもらったでな、支援は任せておくのじゃー」
金髪碧眼の十二歳程度の少女――クラリスが笑った。
(……敗北は出来ないな)
リョウは団員達を見渡して思った。当然だが、負ければ全員血の海に沈む事になる。それは避けたい所だった。
迎撃準備を整え待つ事しばし、六車線の道の彼方より白い巨人と、槍の狼人達と、骸の兵達が地響きを立てながら押し寄せて来た。無線からの情報によれば、中央や各方面でもそれぞれ散発的に戦端が開かれ始めたらしい。
天使達の軍団。
「新年早々に傍迷惑な行動を……」
銀髪の、九歳程度に見える童女が呟いた。名を雫(
ja1894)という。一年の始まりの日より戦いである。九歳。こちらも若い、というより幼い。光と共に出現させたのは2m程度の長さの短槍だ。
「町は天使の玩具では無いのだがな……」
軍服姿の鳥海 月花 (
ja1538)もまた冷めた瞳で呟いていた。
「昔を思い出すな……忌々しい限りだ」
しかし、これ以上被害は出す訳にはいかない。速やかに敵を排除せねば、と女は思う。身に包む服装と同様、口調も普段の敬語でなく軍人時代の断定的なものに戻っている。元々、口調や思想は軍人のそれで、それを隠すために母親から言葉遣いと一般常識を学んでいる所なのである。緊急時の為、かどうなのか理由は定かではないが、今はまたそちらモードのようだった。
「元日より攻めてくるとは慌しい事だな」
天風 静流(
ja0373)もまた呟いていた。年の頃十七程度に見える凛とした佇まいの黒髪美人だ。魔具を具現し短槍をその手の中に出現させる。
「随分な大群みたいだが、ここから先は通行止めとさせてもらおうか」
女は槍を一払いしてそう言った。
他方。
「気が緩みかける自分自身への叱咤にはなったな……」
そんな事を述べているのは赤髪の少年、久遠 仁刀(
ja2464)だ。路上の彼方、迫り来るサーバントの群れを見やって思う。
「……ふけってる場合じゃないか」
白巨人、まさに見上げる程の体躯。この巨体、ましてや天魔に対して素手ではダメージが通らない。鞘打ち、柄打ちでなんとかなる相手ではなく、抜刀は奥の手だが、出し惜しめる状況でもない。決意と共に男は刃を引き抜いた。黒鞘から鋼の光がこぼれ出る。
「役目を、果たしに行かないとな」
反りの入った曲刀を手に言う。働かない訳にはいかない。
「……行くぞ。ここで食い止め、蹴散らす」
佐倉 哲平(
ja0650)が言った。大剣を担いだ灰色の髪の青年だ。一同はその言葉にそれぞれ頷く。
佐倉が所属する対ボス班の概要は、サリエル襲来を含め、シュトラッサー等突発的なイレギュラー対応だった。サリエルの場合は戦線維持の防戦に努め、それ以外の場合、【対小型】の援護あるまで防戦しつつ敵戦力の把握、可能なら合流後撃破を目指す予定である。イレギュラーが発生するまでは、対ボス班でも小型への戦闘を視野に入れている者が多い。よって、対ボス班も他小型への戦線に加わりつつ、イレギュラーが発生したら離脱してそちらの対応に回る事とした。
撃退士達が動き出してゆく。
「動物は好き、なのですけれどね……」
小柄なコボールトを見やって機嶋 結(
ja0725)が呟いていた。あれは既に天魔だ。二本の脚で立つ狼など地球には存在しない。天使によって創られた不自然な存在。
「天国へ……送り届けてあげましょう」
十歳程度の童女は無表情で淡々と言って、左右の義手でトンファーを構え、左右の義足でアスファルトを蹴って駆け出した。その眼は暗く淀んでいる。
「I desert the ideal」
アイリス・ルナクルス(
ja1078)が呟いた。血の如く赤黒いオーラを全身から煙のように纏う。戦闘狂の少女の赤眼が爛々と輝かせて駆け出してゆく。
時代という言葉がある。
楽園と呼ばれる世界。
世界は光輝いているが、闇もまた孕む。
撃退士達が移動を開始したのに合わせてサーバント達も吼え声をあげて走り始めた。骸の兵が怨嗟の呻き声を響かせ、狼頭小人が槍をふりかざして軽快に駆け、白い巨人がアスファルトの大地を揺らす。
戦闘開始。
距離が詰まる。
一番手を取ったのは伏せていた志堂だ。
廃ビルの割れた窓から身を覗かせ、洋弓に矢を番えてぎりと音を立てて引き絞る。
何処を撃つ? まず数が多い敵を減らす。巨人の足元近くを駆けているコボールトを狙う。鋭く呼気を発しつつ矢を放つ。
コボールト、まったく気づいていない。上からの完璧な奇襲だ。ヒヒイロカネで作られた矢が錐揉むように回転しながら宙を奔り、路上を駆けていた狼頭小人の即頭部をぶちぬいてその半ばまで埋まった。ヘッドショット。必殺の一撃。
コボールトは矢の衝撃に身体を傾がせ、白眼を剥いて勢い良く路上に転倒する。脳まで達したか、動かない。
他のコボールト達は仲間がいきなり倒れた事にぎょっとしたようにうろたえ、うち一匹が志堂を発見して吼えた。だが、槍しかないので、反撃しようがない。
「ま、そんなもんしか持ってないのを恨めや、古今東西飛び道具は基本だろ?」
男は冷徹に呟きつつ、路上の狼たちを見下ろし再度矢を引き絞って放つ。コボールトの一匹の肩に再度矢が突き刺さった。さらに弓を引き絞る。一方的な展開だ。
その間にも距離は詰まっている。
巨人が咆哮をあげて駆けている。狙いは志堂より地上から迫る撃退士達へと向いているようだが、万が一がある。近づいて来たら、この場所から飛び降りて移動する事を考える。志堂は上から先制射撃する為に先行している形だが、リスクに対する用心もあるようだ。
再度一矢を地上へと放った所で、志堂の耳はサーバント達の吼え声に混じって、不審な音が鳴り響いていたのを拾った。
例えるなら、アンカーがビルの壁に撃ち込まれたような、そしてワイヤーが巻き取られてゆくような。
「志堂さん!」
わんわんと拡声器からアーレイの声が響くと同時、窓辺に立っている志堂の目の前に、唐突にセーラー服姿の少女が姿を出現させた。空中だ。だが、両手でワイヤーガンを持ち、上からぶらさがっていた。振り子の原理で反動をつけ、志堂の顔面へと向けて靴の底を突き出しながら突撃の構え。
不意を打たれた志堂だが、咄嗟に身を捻って跳び退き蹴りを回避する。女は蹴りをかわされると宙で一回転しながら着地し、ガンを手放して背負っていた薙刀を両手に構えた。
(――こいつ)
アーレイが何かを叫んでいるが、聞きとっている余裕は無い。目の前の相手は偵察からの情報にはなかった。姿形もまったく人間のそれだ。だが、天魔には使徒と呼ばれる存在がいる事は知っている。恐らく、それ。
志堂は刹那に判断をくだし、飛び退いた勢いのままビル内に残っていた本棚を蹴った。三角飛びの要領で自らの軌道を変化させる。宙で身を捻りざま、メタルレガースを装備している右脚で回し蹴りを放たんとする。
それを迎え撃つべく薙刀を振り上げる女の、闇の底を覗いたような光の失せた黒瞳が、志堂をじっと見つめていた。
他方。
地上では二十三名の撃退士達と十四体となったサーバントの群れが激突している。
ざっと地を蹴りWGの進路上に躍り出たカルム・カーセス(
ja0429)は杖を片手に巻物にアウルを集中させた。
「喰らえッ!」
言葉と共にかざすスクロールから、眩い光球が発生し、一直線にホワイトジャイアントの上半身へと飛んでゆく。
「……さて、ゆるりと参ろうかえ」
夜風もまたスクロールを翳して光球を生み出して腹へと狙いを定めて撃ち、
「ま、まいりますぅぅぅっ」
さらに三神もまたスクロールで光の玉を放った。
三名のダアトから放たれた三連の光球の次々に巨人の肩、胸、腰に炸裂してその部位を爆砕し、血肉を飛び散らせてゆく。痛烈な破壊力。
だがしかし、巨人は抉られた箇所の肉を急速に蠢かせて盛り上げさせ、瞬く間に再生させた。怒りの咆哮をあげながら急加速し、爆風でも巻き起こす勢いでダアト達へと突進してゆく。
でかいが、速い。ダンプカーが時速百キロで突進してくるのとすら比較にならない圧倒的な迫力だ。
巨人の狙いは――最も痛打を与えた夜風。
「来るかえ」
アウルを全開に黄金の狐耳と九尾を出現させている夜風はスクロールを手に身構えた。
そして、少年と白巨人の間に小柄な男が一人駆け出た。久遠仁刀だ。赤髪の少年、後衛を守る為の足どめが役目だが、敵は五メートルを超える超巨体の超質量だ。まともにぶつかって止められるような相手ではない。
久遠はアスファルトを砕きながら夜風へと突進する巨人へと駆けると跳躍し、すれ違いざまにその膝裏へと剣閃を放った。打刀が炸裂して、その衝撃力を解き放ち、血飛沫が吹き上がると共に巨人の膝が曲がった。巨人が轟音と共にその場に転倒するように膝をつく。良い判断だ。見事に止めた。
攻撃を受けた巨人は吼え声をあげつつ、腕を振り上げると目標を転じ、路上に着地した久遠へとその大木のような右腕を稲妻の如くに振り下ろした。
久遠、敵を止め味方を守る、という事に関しては良い狙いを見せたが、自分の防御にはさほど意識を割いていなかった。
文字通り爆風を巻き起こしながら迫りきた巨人の腕は、咄嗟に防御に刀を構えた少年をその刀ごと押し切って強打して、道路へと叩きつけ、そのままアスファルトを陥没させて爆砕した。押しつぶされた久遠の口から鮮血が勢いよく噴出し、瞳から光が失せる。砕け散った道路の底で、衝撃で骨を折られ内臓を潰され、血の海の中で少年は動かなくなった。
だが、巨人の態勢は低くなっている。雫がすかさず駆けて跳躍するとその顔面へと向けて槍を振り下ろした。刃が巨人の仮面に激突して強烈な衝撃力を炸裂させ陥没させる。巨人が苦痛に吼え声をあげた。
他方。
「ボクと同じ戦闘服に身を包んだ女の子がワイヤーアクションで宙を駆けてる……?! あんな人、撃退士にいなかったよね。みんな、気を付けて!」
視界の端に、路地裏から出現してワイヤーガンを撃ちビルの上階まで跳ね上がり志堂へと向かって突撃するリカの姿を目撃していた犬乃がそんな言葉を発していた。
「セーラー服!? 人間……いや、違うな」
同様に目撃していた小田切ルビィが呟いた。小田切とルビィは無線で神楽坂へと使徒の出現を報告し、さらにリョウは神楽坂へと増援を要請したが、しかしあちらは今まさに殺戮の赤い大天使サリエルと激突している最中らしかった。返答は「御免なさい、無理です!」との事だった。
救援は万一サリエルが新入生達の側に襲来したら、という話だった筈であって、リカはサリエルではない。
「使徒なら、皆さんなら、しっかり連携しあえば必ず勝てます。そちらは頼みます!」
と神楽坂は言った。
一応、サリエルを撃退出来て、状況が許すなら、援護に向かいます、と女は言ったが、あてにはならなそうだ、とリョウは思った。最もきつい戦況の場所に神楽坂は行く筈で、新入生達に割り当てられたここは厳しい場所ではあるが、最悪の場所ではない。
他方。
「いきます!」
「後ろから、撃てば良いんですね……どどーん、と」
氷月が声をあげてリボルバーを両手で構え、楠がスクロールを構えて駆けている。
氷月は軽快に駆けて来るコボールト達の中でも志堂の矢を肩に受け動きが鈍っている一匹をターゲットとした。射程に捉えるとその頭部へと狙いをつけ発砲。弾丸が唸りをあげて飛び、コボールトは咄嗟に首を振りつつ横に跳んでかわし、すかさずそれに重ねて楠がスクロールを翳し、回避直後のコボールトの身体の中心を狙って光の玉を撃ち放った。光球はアスファルトの道路に着地したコボールトの胴体に吸い込まれるように中り、その破壊力を爆裂させて腹を爆ぜさせた。断末魔の悲鳴をあげて狼頭小人が鮮血を噴出して倒れる。撃破。コボールトは残り三体。
風雪 和奏(
ja0866)はリボルバーを構え最大有効射程からコボールトを狙い霊的な力を増幅させて射撃。魔法的弾丸が宙を飛び、コボールトは素早くステップして回避。風雪は連射してゆくが、狼は素早く弾丸をかわしながら前進してゆく。
「死者なら死者らしく大人しく寝ていたらどうなのだ」
鳥海月花は呟きつつ回転式拳銃の銃口を骸の兵へと向ける。発砲、藍に燃える銃弾を撃ち放つ。斧を持っている毒腐骸兵の身に銃弾が突き刺さって腐肉が散った。だがそれなりに頑強なのか、一撃では倒れずに呻き声をあげながら突進して来る。
鈴代 征治(
ja1305)もまたスクロールを翳し、迫りくる毒腐骸兵の、その手に持つ槍を目がけて光球を撃ち放った。骸の兵は防御に槍を翳し、光球はその柄にぶつかって破壊力を解き放った。槍が中頃から二つに割れ、骸の兵は両手にそれぞれを持って迫る。
クラリスは杖の中頃を持って構えながら前に出て防御に集中する構え。コボールトの一匹がクラリスへと迫り、激突の直前にリョウがクナイを投擲した。刃が狼頭小人の肩に突き刺さり、コボールトは痛みに顔を歪めながらも吼え声をあげてエリオットへと槍の穂先を突き出す。
少女は迫りくる槍に対して、右に動きながら杖の先を合わせるように突き出して穂先を左へと捌いて逸らした。払った勢いのまま杖を捻って回転させ、穂先に中てたのとは逆側の先端を打ちつけるように繰り出す。水月に殴打が炸裂し、コボールトは苦悶の息を吐いて身をくの字に折った。
霧間は駆けながら、フリーの骸兵のうち一体へと手裏剣を投擲する。腐った死体に刃が突き立ち、骸兵は霧間へと標的を変更して突進。霧間は横っ跳びに跳躍して軌道を変更し、後退に移って間合いを離してゆく。まともにはやり合わない方針だ。
佐倉は大剣を手にコボールトへと斬りつけ、狼頭のサーバントは斬られつつも反撃の刃を振りおろし佐倉の肩へと刃を喰い込ませた。側面、隙を捉えて天風が入っている。連携して仕掛けた。
(まだまだ強くはないし頭を使わないとな)
艶やかな黒髪を持つ女は長い髪を宙に棚引かせながら踏み込み、身を捻りざま槍を水平に一閃させた。遠心力で加速された刃が唸りをあげてコボールトの首元に炸裂し、鮮やかに抜けてゆく。狼の頭が宙に飛んで、胴体は血を噴水の如くに吹き上げながら倒れた。撃破。
月子は接近戦闘に入っている味方を援護射撃したいが、接近戦に突入していると後ろからでは射線が通らない。下手に撃つと味方の背中に中る、ので、距離を引き離さんとしている霧間の相手の骸兵へと標的を移してリボルバーで発砲。猛射して弾丸を叩き込んでゆく。
赤黒いオーラを噴出させているアイリスは猛然とコボールトへと突撃すると両手持ちの両刃の直剣を振り上げ、竜巻の如くに振り下ろした。コボールトが咄嗟に防御に掲げた槍の柄をぶち折ってその胴に一撃が炸裂し、狼人は吼え声をあげて短くなった槍を振り上げて少女の脇腹に穂先を突き立てる。穂先が捻られて引き抜かれると鮮血が噴出し少女の身が揺らいだ。
御堂は撃退士とサーバントが激突し激しく入り乱れている戦場へ視線を走らせ、アイリスが攻撃を受けたのを見ると、素早く治療のスクロールを翳して治癒の光を解き放った。暖かい光がアイリスに降り注ぎ、その傷を急速に癒して痛みを和らげてゆく。
機嶋は突撃してくる骸兵の一体の進路上へと躍り出るとトンファーを構えた。骸兵がやや大雑把さを感じさせる動きながらも、長剣を軽々と振り上げて振り下ろして来る。童女は右のトンファーで打ち下ろされた剣を受け止めると、一歩踏み込んで左のトンファーを旋回させながら繰り出した。一撃が骸兵の胴に入って肋骨が砕ける音が鳴り響く。
小田切は迫りくる骸兵の動きを良く見据えると、振り下ろされた斧に対し半身に身を捌くと踏み込んで「――Ochs!」の掛け声と共に精巧な細工が施されているレイピアを繰り出した。切っ先が鋭く奔って骸兵の喉を刺し貫く。さらに犬乃がロングニンジャソード(ツーハンデッドソード)を手に駆け、石火の如くに一閃させて骸兵の身を斬り裂いた。
フラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)は久遠が倒されたのを見て、その元へと駆け出している。
鳥海月花を狙っている骸兵が交戦中の各位の脇を抜けて突き進んでゆく。後衛へと抜けないように注意を払っていた筑波がそれを阻むべく駆け、挑発するように打刀で斬りかかった。筑波の刃が直撃して骸兵がよろけ、しかし踏みとどまると、反撃に毒斧を振り回す。遠心力で加速した刃が男の身に炸裂して切り裂き、傷口から毒を浸透させてゆく。
鈴代へと突撃した骸兵が呻き声をあげながら短くなった槍を突き出すと、
「っと、ちょっと援護もらえますか!」
少年は声を発しつつ斜め後ろへと切っ先を跳び退いてかわし、スクロールを納めて光と共に日本刀を出現させた。
他方、廃ビル内、志堂VSリカ。
軌道を急変更させた男は宙より旋風の如くに回し蹴りを繰り出し、セーラー服姿の少女は上体を後ろに反らせて一撃を回避すると、身を捻りざま薙刀を剛速で横薙ぎに払った。
雷光の如き速度で奔った刃が男の脇腹に直撃し、圧倒的なパワーでジャケットを切り裂いて肉を切り裂き肋骨を圧し折って断った。鮮血と共に内臓をぶちまけさせながら、男の身を吹き飛ばしてゆく。志堂は木の葉のように舞いながら窓の隣の廃ビルの壁に激突し、爆音と共にそれを発砲スチロールのように破砕しながら突き抜け宙へと放りだされた。
男は朦朧とする意識の中で悟った。小山のような体躯を誇り、強烈な再生能力を持ち、新人撃退士を一撃で叩き潰した白の巨人よりも、この娘一人の方が恐らく強いのだと。
この脅威を仲間達へと伝えなければ、と志堂は思ったが、男の意識は急速に闇へと落ちていった。
●
白巨人VS三神、夜風、雫、カルム。
駆けつけたフラッペが久遠を肩に担ぎあげて離脱せんとし、白巨人が膝の傷を再生させながら立ち上がりつつ首を巡らせて、フラッペと久遠を見下ろす。夜風はアウルを全開に、血色のオーラを噴出させ、瞳と髪を銀色に変化させながらスクロールを翳した。
「やらせぬよ」
眩い光が凝縮されて巨人の顔面へと奔り、直撃して爆裂を巻き起こした。巨人の仮面が粉砕され、怒りの咆哮をあげて駆け出す。
「このっ!」
雫が駆けながら巨人の脚へと槍で斬りつけたが、巨人の突進の前に槍が弾かれ、激突の際に刃は脚へと確かに傷を与えたもののすぐに再生されていってしまう。止まらない。正面から打っても駄目だ。
「デカブツだけあって腕力も生命力も並みじゃねえな。色んな意味でお近付きになりたいタイプじゃねえが、そうも言ってらんねえか」
カルムがそんな事を呟きながらスクロールを構えている。
白巨人、瞬く間に距離を詰め、今度こそその射程に夜風を捉えた。その剛腕を振り上げ、爆風を巻き起こしながら振り下ろす。
夜風が横っ跳びに跳躍し、瞬間、カルムは球形に凝縮した光を振り下ろされる腕へと撃ち放った。光の球が白巨人の腕に爆裂してその衝撃で軌道が僅かに逸れ、身を翻した夜風のすぐ脇の空間を貫通して抜け、アスファルトを爆砕して破片を宙へと吹き上げる。外れた。
「頭が……弱点ですねぇ?」
一連の様子を注意深く観察していた三神は、頭部の傷が再生していないのに気づいて言った。言葉と共に光の球を頭部へと撃ち放つ。巨人は素早く首を振ってかわした。三神の予測は正解だったが、頭は中てにくかった。単独で正面から撃ってはなかなか中らない。
リョウは槍を出現させると、クラリスと相対しているコボールトへと側面より踏み込み槍で突き刺した。回しながら引き抜くとコボルトは白眼を剥いて倒れる。撃破。
クラリスはフラッペが血まみれの久遠を担いで後退しているのに気づくと、そちらへと走って、癒しのスクロールの力を解き放った。久遠の傷がみるみるうちに癒えてゆき、男が目を見開き地に足をつける。
月子、呻き声をあげながら突進して来る骸兵へと向けてリボルバーを構え発砲。弾丸が腐った死体の胸を撃ち貫き、天風が駆けてその毒腐骸兵の右脚へとショートスピアを繰り出して突き刺した。よろめいた所へ霧間が飛びこんでナイフの切っ先を眉間に叩き込んで打ち倒す。
回復したアイリスは赤い瞳を輝かせながら大剣を最上段に振り上げ、踏み込みながら振り下ろした。肉厚の両手剣の刃がコボールトの頭蓋に直撃して爆砕して鮮血の河に沈めた。
小田切は骸兵の攻撃を盾で受け流し、犬乃が大剣で斬撃を叩き込んで骸兵の身が揺らぐと、すかさずレイピアを閃かせて骸兵を斬り伏せた。
骸兵が袈裟に振るう長剣を機嶋は後方へと軽く跳んで回避した。間合いが離れたのを見て、楠がスクロールを翳して光球を撃ち放って骸兵へと炸裂させ、衝撃に動きが止まった所へすかさず氷月がリボルバーを向けて引き金をひき、骸兵の頭部を弾丸で撃ち抜いて沈めた。ヘッドショット。
「くっ……!」
筑波は毒が身体に回ってよろめきつつも、迫りくる骸兵からの追撃を、一旦大きく後ろに飛び退いて間合いを外してかわした。射線が空いた所を鳥海が狙い澄ましてリボルバーで猛射して弾丸を骸兵へと撃ち込み、佐倉が背後から迫って大剣で袈裟に叩き斬る。骸兵がよろめいた所へ筑波は再度踏み込み、刀を一閃させて斬り倒した。
鈴代と格闘している骸兵は折れた槍の切れ端をぶんぶんと振り回し、鈴代は後退しながらそれを回避し、刀で逸らしてかわす。先の鈴代の声を聞き取った風雪が鈴代と相対する骸兵へとリボルバーを向けて弾丸を叩き込み、機嶋もまた駆けて骸兵の後方から迫り、その後頭部へと駆け抜けざまにトンファーを叩き込んで痛烈な一撃を叩き込んだ。
「どうも!」
鈴代は礼を言いつつ、身を傾がせた敵の隙を捉えると、身を捻りざまに日本刀を一閃させ、ゾンビ兵の首を刎ね飛ばして打ち倒した。撃破。
落下してきた志堂の身が地上に叩きつけられた。アーレイが一同へと注意の声をあげている。
リカは廃ビルの窓から眼下の戦場を見下ろすとクラリスが久遠を復活させている光景を視界の中に確認する。使徒の少女の思考はある意味、直線的だ。狙いを自由に選べる状況下にあるならば、戦場に存在し続けられると厄介な敵から殺す。最も脅威と見られた志堂を屠った次は回復手段を持つクラリスに標的を定め、煙幕弾を地上へと撃ち放ち窓から地上へと身を躍らせる。
「当たるといいが……な!」
鳥海は人の姿に少し戸惑ったが、仲間達からの注意の声を聞いていたので迷う事無く攻撃を開始する。リボルバーを宙のリカへと向け弾丸を撃ち放つ。風雪和奏にもまた迷いはなかった。あれは敵だと知らされている。茶色の髪の童女は躊躇なくリボルバーを向けると、空中で自由落下中の使徒へと向かって猛射した。魔法的な弾丸が宙を切り裂いて飛ぶ。二連の弾丸が少女へと襲いかかり、水兵服を貫いて弾丸をその体躯にめり込ませた。リカがその痛みに僅かに眉を動かす。
煙幕が広がり、それに紛れてリカは着地し、突撃を開始する。その動きを止めるように月子はリボルバーで弾丸を放ったが、煙に紛れて使徒は突進し弾丸をかわして駆けてゆく。
白煙が勢い良く周囲へと広がってゆく中、フラッペ、煙幕等で視界が塞がれる事は読んでる。一旦それから脱出せんと、踵を返して廃ビルへと飛びこむ。一旦退いてから煙中を突破して来た所を迎撃する方針。一対一なら良い判断だし、全員が同様の行動を取れるなら良い手だったが、学生達の大半は煙中に留まって戦う意識であり、そしてリカが狙っているのはクラリスだった。
視界の悪さに混乱が起こっている中、もう一人煙幕について読んでいる者が居た。犬乃さんぽだ。音を頼りに煙中を駆ける。これだけの大人数での乱戦の中、個別に音を拾いあつめるのは至難の業だが、着地の際に大きな音がしたのと、高速で機動するだけにリカの地を蹴り踏み込む音は強かったので、少年はそこから聞き分けて進路上へと躍り出た。
曰く「ニンジャの耳にはお見通しだよ」という奴である。金髪の少年はニンジャロングソードを構えて叫ぶ。
「ボクは犬乃さんぽ。君は人間なのに、どうしてこんなことを――」
白い闇の中から小柄な影が、呼びかける犬乃へと迫り有無を言わさず薙刀を一閃させた。犬乃は咄嗟に身を捻りながら両手剣を掲げる。薙刀の刃が防御に掲げた犬乃の両手剣に激突し、そのまま剛力で押し切って刃を肩口まで押しつけ、袈裟に脇腹まで撫でるように叩き斬った。犬乃の身から血が霧のように噴出して煙幕の中で赤色を散らしながら吹き飛び、勢い余った薙刀の穂先がアスファルトの道にぶちあたって爆砕して、土砂と共に破片を天へと吹き上げてゆく。
「――する、んだ」
血を吐きながら呟いた犬乃を、光の失せた黒瞳が見据えていた。吹き飛んだ犬乃の身がビルの壁に激突し、ひびを入れて跳ね返り、アスファルトの路上に叩きつけられる。
「少しでも気を抜くと、こっちがやられるか……!」
佐倉が剣を手に声を頼りに煙中をリカへと向かって駆ける。防御に意識を割いて固めていなければ一撃で斬り倒されそうな気配はした。敵はビルを薙ぎ倒す巨人よりも強い。
その間にクラリスは後退しつつ、御堂は犬乃へと癒しのスクロールを翳し、クラリスは志堂へと同様に癒しのスクロールを翳した。二人の星幽前衛士によって治癒の力が解き放たれ志堂と犬乃の身体を暖かい光が包みこみ、損傷した肉体が再生されてゆく。
「名前位は名乗って行けよ。お姫サマ……」
「I am nothingness. I cannot save anyone.」
小田切、アイリスもまた剣を手に、機嶋はトンファーを手に突撃してゆく。アイリスの瞳が蒼色に変化し背から蒼い二対のオーラの翼が出現する。リョウは後衛との連携を呼びかけようと思っていたが突撃をかける者がいる中、あのサイズの敵に煙中では誤射が怖い。無理と判断して槍で援護に向かう。
リカは囲まれないように駆けながら佐倉、小田切、アイリス、機嶋、リョウからの攻撃を回避、または受け流してゆく。
他方。
雫が白巨人の態勢を崩さんと駆け抜けながら巨人の右の膝頭へと槍を振り下ろして鮮血と共に叩き割り、巨人が腕を振り下ろして雫の身を捉え、叩き潰して爆砕し阿修羅の童女を昏倒させた。同時、立ち上がった久遠が駆け、巨人の左の膝裏へと打刀を一閃させて叩き斬る。
巨人は咆哮と共に膝をついてその足を止め、生じた隙を捉えて三神、カルム、夜風が駆けつつスクロールを翳した。三方から一斉に発生させたダアト達の渾身の光の玉は、まさに閃光と化して巨人へと襲いかかり、その顔面、即頭部、後頭部へと直撃して爆裂を巻き起こした。巨人の頭が砕け散り、その身が大きく揺らぐ。
復活した志堂がその後頭部へと矢を放ち、さらに氷月がリボルバーを向けて弾丸を、楠がスクロールを翳して光球を撃ち込み、天風が跳躍して短槍を叩きこんだ。
撃退士達の猛攻を受け、白の巨人は鮮血を噴出しながら仰向けにゆっくりとその巨体を傾がせ、やがて地響きをあげながら路上に倒れた。動かなくなった。傷の再生も見られない。撃破。
コボールトと毒腐骸兵を殲滅した対小型対応班の面子のうちの接近戦可能な組、鈴代、筑波、霧間もまたリカへと向かう。
「やられっ放しは気に食わないし、一矢報いないとね」
ナイフを構えて霧間が言った。
リカも囲まれないように駆けているが流石に数が多い。
「銃はまだないっ……けど、このボクの心が弾丸! 身体が銃なのだ!」
さらにフラッペもまた側面を打つ為にリカへと突撃してゆく。復活した犬乃もまた起き上がると剣を手に再度リカへと迫った。
撃退士達の猛攻に、セーラー服姿の少女は多くの攻撃をかわしながらも、やがてかわしきれずに斬り裂かれ、打たれ始め、足が鈍った所へ、幾重にも包囲されてゆく。
クラリスは雫へと治癒のスクロールを使用した。最後の一枚、御堂は佐倉へと癒しのスクロールを向けてその力を解き放つ。男の身より傷が消えてゆく。
「……サリエル……じゃないようだが、いずれにせよ、ここで止めさせてもらう……!」
佐倉が言って、リカの注意を惹くべく突進する、囲まれているリカは踏み込んで来た佐倉に即応し、剣の間合いに入れさせるよりも前に落雷の如くに薙刀を振り下ろした。佐倉、攻撃ではなく止めるのが目的だ。咄嗟に大剣を翳して全力で防御を固める。薙刀と剣が激突して壮絶な破壊力が炸裂し、佐倉は手首が圧し折れるのを感じつつも身を捻って脇に一撃を流した。倒れない。薙刀が道路を爆砕し、それに合わせて小田切ルビィがレイピアと盾を手放し捨て身で飛びこんだ。猛然と薙刀の柄へと両腕を伸ばす――掴んだ。
「肉を切って骨を絶つ、てな」
瞬間、撃退士達が一斉に刃をリカへと突き出し、リカは掴まれた薙刀を手放して捨て上へと大きく跳躍した。槍の穂先が少女の足をかすめ、剣の刃が空間を貫いてゆく。リカは宙でワイヤーガンを抜いて付近のビルへとアンカーを放った。フラッペ、ビルへと放たれたワイヤーへはちょっと届かない。風雪や復活した志堂等の飛び道具持ちがすかさず銃や弓やクナイや光球を撃ち放って幾つかは外れ、幾つかは直撃してその身を蜂の巣にした。
鮮血を宙に噴出し、ぐったりとした様子ながらも、巻き取られたワイヤーに引かれて少女は宙を移動し、廃ビルの窓ガラスを蹴破って飛びこんだ。そして、よろめきながらもまだ動いて、姿をビルの奥へと消していった。
「タフで無口なお姫様だ」
小田切が奪い取った薙刀を担いで見上げつつ、そんな事を呟いたのだった。
その後、幾名かが追撃をかけたが、リカは捕捉されなかった。
二十五名の新入生達は一人も欠ける事なく、その後も無事に持ち場を守り続けた。無線から伝えられる戦況に拠れば、他の戦域ではかなり死亡者も出ていたようだが、なんとか撃退士側が勝利したらしく、殺戮の大天使は富士山へと引きあげていったとの事だった。
「作戦終了、かの」
黄昏時、サリエル軍の撤退が報告され、夜風がそんな呟きを洩らした頃に神楽坂がやってきた。出発前に来ていた振袖はボロボロになっていて、ほとんど赤く染まった襦袢姿と言って良い様子だった。南曰く、ズタボロになっているのは昔はしょっちゅうだったが、会長となってからは前線に出る事は少なくなってので、最近ではあまり見られない姿であるらしい。南ははしたないと嘆息していたが、茜自身は斬った張ったは慣れているのか笑っていた。無事に生きて持ち場を守りきった一同に対して有難うございます、と頭を下げていた。
リョウは救急箱から傷薬や包帯を取り出して茜の手当てをしつつサリエルや使徒について尋ね情報交換を行った。
「お気を使わせてしまってすいません。えーと、リョウさん達の方に来た使徒は、リカって呼ばれてる人かもですね。ワイヤーや煙幕を使った隠密高機動が得意だとか」
曰く、不意打ちには要注意との事。
「……そういう事は、出来れば戦う前に教えて欲しかったんだがな」
嘆息してリョウ。
「サリエルの方はどうだった?」
「なんとか一撃入れましたけど、笑ってましたね……」
戦闘中の事を思いだしたのか、げんなりとした表情をして神楽坂。
「本人曰く今回は挨拶みたいなものだったようです。人格はともかく、彼女は……強いですね。何人もの撃退士が首を刎ねられて殺されています。真っ向から突撃して来るタイプなので、搦め手が効くのが救いですね」
女はそんな事を言っていた。
アーレイ・バーグは屋上から今回の戦いを観察していた思った。一つの意志の元に皆が従ってその手足の如くに動くような、精密に組み上げられた作戦ではなかったが、この状況下で最善を尽くして奮戦した者達も多かった。この勝利はそれぞれが、それぞれに出来る範囲で踏ん張った結果といえよう。
「なんとか、なりましたか……」
はふっと嘆息して豊かな胸を揺らしつつそんな事を呟いたのだった。
他方、クラリスは戦いの後、廃ビルに登った。冬の風が吹く屋上に登り、赤い光を浴びている富士山を見やる。
日本で最も高いと言われ、この国の象徴とされているそれは、今は殺戮の天使の軍団に支配されている。天界の支配から解放する事は出来るのだろうか、そんな言葉が脳裏をかすめる。
「あの山を開放して名を轟かせれば、エリオット家の復興の助けになるかのぅ……」
遠い異国の地でクラリスが戦っているのは、撃退士として活躍して家を繁栄、復興をさせる為だ。イギリスの両親と弟の顔を少しだけ思いだし、風に肩を震わせた。
かくて、新入生達は無事に使徒を含むサーバントの群れを撃退し、中央では神楽坂等がサリエルを追いかえし、T市の防衛は成功した。
「ヒヒヒヒヒ、まーけちゃったナァ〜! 新年早々やってくれるってものサァ! リカ、キミ、お仕置きねっ☆ キャハ!」
「……うっ」
使徒はこの戦いを教訓に、装備などを見直して来るだろうが、今はその勝利を讃え、つかの間の平穏に身を休めよう。
了