「きゃはは、豪快に燃えてるわね〜」
荒野を爆走する車両の窓より身を乗り出し、紅蓮に燃える彼方の空と大地を見やりながらアリーチェ・ハーグリーヴス(
jb3240)が言った。
「伊豆の残党を誰かが再集結させたってトコか……ったく、企業連合がゴタついてる嫌な時期を突いてきやがるぜ」
とハンドルを握る小田切ルビィ(
ja0841)。
「復興の邪魔をしたら人が住めなくなる、何が目的だ?」
龍崎海(
ja0565)が眉を顰める。
「人間にとって貴重な森を燃やして消火する一般人を守らせることで、撃退士の戦力を削ぐ――」
アリーチェが歌うように言った。
「ドラゴンごときに、そんな小癪なこと考える頭脳なんて無いはずだし、どっかに悪知恵を吹き込んだ、悪い子が隠れてるよね〜」
「だろうな」
ルビィが頷いた。
「背後に居るのはガブリエルかイスカリオテか……」
もしくは、
「――リカか?」
●
炎の森、現場に到着した撃退士達は混乱に呑み込まれていた。
「いがみ合ってる間に人が死んでます!」
陽波 透次(
ja0280)は次々に突撃してくる青銅兵の穂先を横に動いて軸を外しながら古刀で払い捌き叫ぶ。
「お願いです! 隣の人を守って下さい!」
アリーチェもまた透次が捌いたその青銅兵の頭を杖で殴り飛ばしながら言った。
「あ、これが内ゲバってやつ? わー、天使の思う壷っちゃってるんだ、たのしー!」
それに武闘派な風体の企業撃退士が答え叫んだ。
「うるせえええっ! 外野のガキは黙ってろ!」
「あ、そーいう事言っちゃう? 仲間同士で睨みあってる間に、みんな燃えちゃって死んじゃって――」
――そして誰もいなくなった。
「ってやつー? あはは、ならもうさ、思う存分、殴りあったら?」
「ンだとぉ! テンメェもやるかぁあクソガキ?! アァッ!?」
乱戦、混戦、いがみ合い、炎は荒れ狂い、爆ぜ、木々は燃え、落雷の如き轟音を立てながら割れ、倒れてゆく。
「貴様ら……いい加減覚悟を決めて戦え。貴様らが持つ力は何のために得た力か、何の為に振るうべき力か!」
蘇芳 更紗(
ja8374)はアウルを身に纏いつつ円形盾を翳して銀騎士の突撃を受け止める。盾と盾が激突して火花が散った。
「今は内情と義憤は棚上げし現状を打破する為に力を振るえ、貴様らの戸惑いが無為に命を散らせる行動に繋がると知れ!」
蘇芳は歯を食いしばって一喝した。一部には効果があったが、しかし企業撃退士達の大半はすっかり戦場の混乱と熱気と劣勢である恐怖といがみ合いとで頭に血が昇っていて、まるで聞いちゃいない。消防隊員や自衛隊員達の方が余程落ち着いて役割をこなしていた。マインドケアの恩恵というのもあったが、非アウル行使者の吹けば飛ぶような身で命を張って戦場に立つ彼等は覚悟が違う。
しかし、覚悟などが幾らあった所で力が無ければ押し潰されるのが物理だ。一人、また一人と非アウル行使者達が倒れ、それを庇って撃退士達も倒れてゆく。
「くそっ……! 敵の数は倍近く。地形、戦況、味方の連携、揃って圧倒的に不利。こんな状況下で正面から削り合っても焼石に水だぜ!」
大太刀を一閃させて青銅兵を斬り倒しルビィは総隊長へと叫んだ。
「ならどうする?」
岸崎蔵人はその側面を守るように立ち太刀を振るいながら言う。
「サーバントを指揮してる『頭』を排除して指揮系統を乱し、突破口を開く! それ以外に道は無いんじゃねーか?」
フリーの俺達で行く、とルビィ。
「北の迎撃では上手くいった手だな。今回の条件でもいけるか……?」
サリエル・レシュは自らが矢面の先頭部分に立つ猛将的なタイプだった。しかも、あの時は敵は焦っていて前のめりだった。だから分断からの大将狙いは上手く機能した。
しかし同様に大将に戦力を集中させた南側は敗れている。敵の頭を狙って突撃するのは、状況と敵の能力によってはリスクが大きい。
「とはいえ、このままじゃジリ貧か。射撃の援護はする。二番隊と一緒に行け、秋津!」
「了解、突撃指令だ! スリープミスト、星の輝き用意! ――放て!」
秋津京也が吼えた。龍崎提案の戦術に基づき親衛隊のダアトより霧が飛び、星幽より光が眩く撃ち放たれる。
「突撃ッ!!」
蘇芳と斬り合っていた銀騎士へと鳳 蒼姫(
ja3762)は炎の刃を撃ち放ち、しかし騎士は光の中でも素早く盾を翳して受け止める。
だが、盾が横に空いた瞬間を蘇芳は見逃さず長柄戦斧を一閃させた。唸りをあげて振るわれた戦斧が、騎士の兜を凹ませ、喰いこんで割り、その下にある頭蓋を爆砕する。
鮮血を撒き散らしながら銀騎士が倒れた。
星の輝きは効果を現さなかったが、霧に包まれたサーバント達がバタバタと倒れてゆく。
小田切ルビィを初めルインズ達から封砲が、陽波透次から黒皇『雷切』が、地表を薙ぎ払う衝撃波の嵐と化して連続して飛んだ。アウルの衝撃波の嵐は、まだ立っていたサーバント達を薙ぎ払い、吹き飛ばし、大地に叩きつけた。
道が開け、撃退士達が雄叫びをあげながら突撃してゆく。
だが、次の瞬間、先頭を駆けていたいた副総長が突如、頭部から鮮血を噴出させて倒れ、白い煙が爆発的に周囲へと噴出してゆく。ただでさえ森が燃え煙が立ち込めている中にさらに煙幕で埋め尽くされ、突撃した者達の視界は瞬く間に零に近くなった。たちまち前進の勢いは鈍った。煙幕を見た蒼姫は迷ったが援護に残る。
「煙幕……それに狙撃! やはり敵はリカか? サリエルの敵討ちって所か……!」
陰影の翼を広げて上空を舞っていた龍崎は戦況を見下ろして呟く。その耳に竜の咆哮が轟いた。黄金の焔を纏ったドラゴンが、龍崎目掛けて突撃してくる。その顎が開かれ、燃え盛る火球が唸りをあげて龍崎へと迫り、大爆発を巻き起こした。
●
(……敵討ち?)
その声を拾っていた木陰のリカは、なるほど、そういう風に見えるものか、と納得した。光の塗りつぶされた黒瞳で白煙を睨みつつ、煙中で動きが遅くなった撃退士の脚をライフルで撃ち抜く。脚なのは見えてる箇所がそこだからだ。
リカが今戦っているのは、苦闘を続けるサーバント達とサリエルが示した生き様とを思っての事であって、それ以外ではない。
主と自分は撃退士達と戦い、互いに命を張って、そして負けた、だから死んだ。リカが憎む類の事は、そういう事ではない。仇討ちを思ってるのは多分、イスカリオテだろう。
しかし当然、そんな事はリカ達以外に解るものではない。
しかし、
(理解なんて無い方が良い)
リカはそう思いつつライフルを構える。どの道戦うしかない者達同士だ。後腐れなく無言で殺りあった方が心は乱されない。心の乱れは隙を生むから――否、悲しいから。
精神波を飛ばして騎士達へ後退集結の指示をかけつつドラゴン達にも連絡し、煙中へとナパームブレスを次々に撃ち込ませて広範囲を爆撃してゆく。
水兵服の少女は吹き上がる土砂と人と紅蓮の炎を瞳に映しつつ木々の間を移動、さらにライフル弾を煙中へと撃ち込んでゆく。鬼の如くに容赦が無い。
発砲の直後、一閃の爪鎖は赤雷の如く、木々の上より降って来た紅の鉤爪をリカは咄嗟に飛び退いてかわした。
「シュトラッサー・リカか」
寂寥を背負った漆黒の男は、地に降り立つとリカを見据えて言った。知ってる顔だ。サリエル・レシュを殺した男の一人。戦うのはこれで三度目。多分、もっともサリエルを苦しめた男。
リカは紅爪を警戒しながら透次を見据えた。サリエルはこの鎖に捕まってやられた。
「……サリエルに愛されてた君が、少し羨ましい」
透次はそう言った。
青年は実際の所、割と本気でサリエルに惚れていた。
あの天使の少女の言葉に、努力を認められたようで嬉しかったのだ。
「僕に言えた事ではないが……」
リカは、青年の黒瞳に宿る光を見て、不器用な人なのかもしれないな、とそんな事を思った。閉ざしていた口を開く。
「そう……確かに、そう……幸せな事だった」
かつてリカの隣にいた天使は今はもう隣にいないが。
最後まで愛され続けて、自分も愛し続ける事が出来たのだから、だから、きっと、出会い共に生きた事は幸せな事だった。
「幸せは……大切にすべき……」
リカは狙撃銃を消し、両手を掲げ光の粒子を集中させる。
「貴方は今、幸せ?」
手に一振りの大薙刀が出現し、透次へと向かって流れるような動作で猛然と振り下ろされた。
颶風を巻いて刃光の一閃は空間を断ち切り、しかし透次は結界を纏うと、爆発的に超加速して飛び退き刃をかわす。
紅蓮に燃える炎の森で、赤光に照り返されながら、少女は鈍く輝く薙刀を構え間合いを測りながら透次を見据えて来た。その黒瞳を柔らかく細め言う。
「国にお帰り、優しい人」
「……日本が僕の国だ」
透次はそう答えた。生粋の日本人である。
「この国を攻撃しているのは君達だ」
態勢低く、神輝を纏う古びた刀を構える。
男は思う。
僕は小さい。
だけどサリエルに強いと言われた。
だから自分を信じ、足掻く。
退く訳にはいかない。
「……そう……そうだね」
少女は薙刀を再び構え直した。やはり互いに戦うのが宿命だ。背負っているものがある。
「では……死天の使徒が一、葉斯波理花、私の全力を以って、お相手させていただく」
少女の身から光が逆巻き、燃える森の奥から、集結してきた大量の青銅兵と銀騎士達が次々に出現し透次へと向かって突撃を開始する。
「数で殺す、覚悟」
●
空は空で爆華が咲き乱れている。
龍崎は陰の翼を広げ爆炎を突き破って旋回する。地上からの射撃が火球を射抜いて爆裂させていたので直撃は避けていた。男はプルガシオンを掲げ、光る球体を出現させる。光球は光を膨れ上がらせると一条の光を矢をドラゴンへと向かって飛ばした。光矢が竜の鱗を貫いて鮮血を噴出させ、金焔の竜が怒りの咆吼をあげる。
「ヘリが撃墜されたり、放水車の道塞がれたり、更に広範囲を燃やされたり、そしたら困るんでしょー、仕方ないなぁ、あたしが助けてあげちゃうこともないよ?」
そんな言葉と共に地上より赤髪金眼の悪魔の少女が闇の翼を広げて煙吹き上がる空へと登ってくる。アリーチェ・ハーグリーヴスだ。
「竜を――」
「ヘリから遠ざけて、放火しないように注意を反らせばいいんでしょ? うん、だけどあたしってば、か弱いからぁ」
「とにかく頼む!」
龍崎は盾を翳して竜から放たれたファイアブレスに耐えつつ叫ぶ。
「もー、仕方ないなぁ、あたしってばやさしー!」
悪魔少女は雷華霊符を掲げると稲妻を花弁状の刃と化して、ヘリを追っている竜の目玉を狙って撃ち放つ。竜は素早く首を捻ってかわし、ぎろりとその目をアリーチェへと向けて旋回する。
「でも正面に立つのはあたしじゃないのよね。親衛隊ー、バリバリ戦ってよー!」
そんな事を言いながらアリーチェは竜の射程から逃れんと後退する。
翼を広げた撃退士達と黄金の炎を纏った竜とが入り乱れるのだった。
●
(サリエルとはタイプが違うな……)
透次は胸中で呟いた。
指揮官としてのリカは攻撃はサーバント達に任せて自身は防御と指揮に専念していた。隙を狙いたいが隙を容易に見せない。青銅兵と銀騎士に囲まれた青年は壁走りで再び樹上へと退避する。リカが何語かを短く発すると、銀騎士と青銅兵は動きを変化させて樹木へと斬りかかった。倒れゆく樹上より透次は鎖を放ちつつ隣の木を目掛けて跳躍する。使徒はすかさず狙撃銃を出現させ銃口を向けて来た。透次は樹にひっかけた鎖を引き絞り、空中で機動を急激に変化させる。首筋をライフル弾がかすめて抜けた。かわした。
木々の多くは燃えていて、枝上からリカに近づく為のルートは限られる。リカとサーバント達の集団はまるで一体の獣のように躍動してそのルートを塞ぎにかかってきていた。近づけない。
「――久し振りだな? お姫様」
だが一人で戦っている訳でも無い。漆黒の衝撃波が空間を貫き、青銅兵達を薙ぎ払い、機動するリカの脇を掠めて抜ける。
ルビィは空いた道を駆け抜けると水兵服の少女へと斬りかかった。薙刀と大太刀が激突して鈍い音が鳴る。
「……ま、俺の事なんざ憶えちゃ居ねえだろうが」
少女は答えず、即座に飛び退いて間合いを広げると、薙刀の持ち手を滑らせ短く構え直した。強い警戒が見えた。
「……今の主はイスカリオテか」
その問いにはリカは無表情で淡々と答えた。
「…………正解、でも不正解、私の主は、赤い天使様だけ。彼に誓いを捧げてはいない」
銀髪赤眼の男は仕掛ける隙を窺いつつ問いかける。
「――サリエル亡き今、何の為に戦い続ける?」
リカは光の粒子を片手に集め、次の瞬間、その手の中に手榴弾を出現させ、すかさずルビィは素早く太刀を消すと鋼線を出現させて放った。リカはピンを口に咥えて素早く飛び退きつつかわし、引き抜くと、吐き出し、言う。
「……私がここに居るのは、偶然の結果、もう戦うつもりは無かった」
煙が爆発的に広がり視界を閉ざしてゆく。
「けれど、赤い天使様だったら、この子達を見捨てない、そう思った」
言葉を響かせながら白い闇の中に使徒が消えてゆく。周囲のサーバント達も雪崩を打って後退を開始した。煙はさらに次々と出現し、後退するサーバント達を包み込むように広がってゆく。
「化け物風情が戦場を掻き回すか」
後退する銀騎士を戦斧を振るって斬り倒し、前進してきた蘇芳が言った。
共に前進してきた蒼姫はアウルを開放すると旋風を解き放った。逆巻く魔の風が一直線に煙幕を吹き飛ばしてゆく。一瞬煙が晴れた時、水兵服の使徒は燃える木の枝上にいた。
蘇芳更紗はそれを見上げると淡々と、しかし殺気を瞳に込めて言う。
「次に首があるなら食い千切って無様に殺してやる」
小柄な娘はシュトラッサーという存在自体に強い嫌悪感をもっていた。
その言葉にリカは、微かに微笑むように目を細める。水兵服の少女は枝を蹴って高く跳躍し、降下してきていた竜がその身を背中で拾い上げて、紅蓮の空の彼方へと飛行していった。
「何だったのよあれー、自分で死ぬ勇気がないから元同胞の人間に殺されるのを待ってるのかしら?」
波がひくようにサーバント達の群れはひき、消火作業を手伝いながらアリーチェが言った。
「さて、どうかな……ただ、死にたがりの戦い方でも無い気はするね」
同様に消化作業と負傷者の手当てを行いながら龍崎が答える。
泥沼の消耗戦に突入する前にサーバント達は引き上げていった。壊滅は避けられたがしかし、討てたサーバント達の数も多くは無い。損害比では、こちらの方が大きいだろう。
(――随分とえげつ無い戦い方をする)
一戦士としてはサリエルより基礎能力は遥かに低いが、それとはまた違った方面での苦戦が予想される今後の伊豆だった。
了