冬の戦場。
廃街の南に広がる荒野を北方に睨む、高台を東西の走る高速道路の上、凍える風が、身の芯から体温を奪ってゆく。
橙色の光球を侍らせ、白いドレスに身を包み、漆黒の大鎌を担ぎ、腰ほどまでの長さの煌く銀髪を凍風に流しながら、蒼い瞳の幼天使が空を舞う。地上よりは白い巨人の群れが咆吼をあげて進撃し、狙撃銃を手にした黒髪の少女が粛々と付き従っていた。
(巨人は友軍が抑えてくれる。僕らが担当する敵は二体だけですか…………あー、でもあの二人絶対に強いですよねー)
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)はむしろ笑い出したくなるような気分だった。
(見たら解かるレベルで変なオーラが出てますね)
日ノ本の最も高い場所、富士山火口に直径二十キロメートルもの支配領域を持つ大ゲートを構え、千を超える軍団を指揮する殺戮のアークエンジェル。過去に久遠ヶ原や静岡企業連合と死闘を繰り返してきたその実力は折り紙つきだ。
「何この逃げ出したい状況、ってかこりゃヤバイだろう素で……」
久瀬 悠人(
jb0684)は何処か遠い目をしながら呟いた。
(やれるだけやって、とっとと逃げよう)
胸中をよぎるのはそんな考え。なんてったってまだ十九歳、前途有望な大学一年生なのだ。富士市の市民達には悪いが自分もまたここで捨てられるような命は持ち合わせていない。
しかし、
「なに、なに、まだそこまで恐れる状況じゃない」
両手の平を地へと向けコミカルな動作で企業連合撃退組織の総大将は落ち着けと示してきた。山県明彦、経歴だけなら歴戦の勇士である。死天使の軍団としばしば戦い、そして生き永らえて、今日まで富士市を守り抜いてきた。
「サリエルは強い。確かに強いが、音に聞く神の剣程にデタラメって訳じゃない。俺が見る所、アンタ達も非常なレベルで強いぞ。だから、戦えない相手じゃあない。他の戦域でどうだかは知らんが、ここじゃあもっと自信を持って良い、その力を使いこなしさえ出来ればな」
久瀬にはこの目の前の指揮官が、事実を述べているのか、こちらを戦わせようとして適当な事を言っているのか、判別が実につけ難かった。だから、疑わしそうに半眼をくれてやる。山県大将はハハハと笑った。胡散臭い。
「いずれにせよ、私達でやるしかないでしょう……」
と日下部 司(
jb5638)、身体が敵の強さを感じ取って震えている。息をゆっくりと吐き出し、無理矢理に抑え付ける。
「敵側の大将にして主力の二体……撃破は無理でもここに釘付けにできれば、他の場所が有利になるはずだ」
言葉の裏。逆を言うなら、ここで喰い止められないと他が不利になるという事。どの程度不利になるのかは、司は想像もしたくなかった。
「そうだな、退く訳にはいかない」
凛とした声を響かせながら黒髪の少女が頷いた。大炊御門 菫(
ja0436)だ。
(笑えない冗談だ、あのダレスと同じ強さで更に使徒付きとは)
それでも、思う、退く訳にはいかない。自分達の後ろにあるのは街だ。人々の生活であり、未来だ。その重さ。
他方、フレイヤ(
ja0715)もまた身を震わせ呻き声を発していた。
「くっ、幼女天使とセーラー少女のコンビとか何て恐ろしい萌えぱわー……! ちょっと誰か! あの子達のうすいほん早よ!」
戦慄を走らせている理由はちょっと違ったが。
「可愛い子猫ちゃん達、美味しく喰らわせてもらうわねェ……♪」
うふふふと艶やかに唇を微笑に歪ませ金色の瞳の少女が笑う。黒百合(
ja0422)は楽しみだった。あの使徒と大天使はどんな味がするのだろう?
「……守る時は守るが、攻める時は攻めるぞ。守勢一辺倒は性に合わぬ故な」
銀髪の剣士が淡々と言った。鬼無里 鴉鳥(
ja7179)である。
「そうだな……逃げ回るだけでは無視して他に向かわれてしまいそうだし、足止め狙いでも、ある程度こちらから仕掛ける必要はありそうだ」
と菫。撃退士達は手早く迎撃作戦を打ち合わせる。
エイルズは作戦の基礎路線を山県へと提案しつつ、言った。
「山県さん出来れば狙撃銃しまってください。コストオーバーが抑えられる他の魔具で」
「……マジでぇ? これ先月俺のファンだっていう美女からプレゼントされた自慢の一品なんだけどぉ?!」
「回復手が他にいませんので、ヒーラーが紙耐久って全滅フラグですよ。それどう考えても罠です」
碧眼の少年よりかく説得を受け山県は、今回の編成的に一理あると感じたのか、円盾に持ち替えて回復に専念する事に決める。
山県は己へとヒールをかけて回復し、フレイヤはエイルズへと風の守りをかける。久瀬はエルダーを召喚して防御効果を発動させた。
「メリークルシミマス……サンタさんじゃなくて地獄の使者か……」
既に五十メートルほどに迫った幼天使を見やって、陽波 透次(
ja0280)はぽつりと呟いたのだった。
●
「ハロー人間さんっ! サリエルちゃんだよ? あっそびまっしょー!! キャハハハハハッ!!」
血塗れの赤翼を広げて空舞うシルバーブロンドの童女は、ドス黒い隈に覆われたブルーアイを爛々と輝かせて、黄色い声をけたたましくあげながら大鎌を旋風の如くに振り回した。衝撃波が巻き起こり、空間を埋め尽くす程に膨大な数の赤刃の嵐が彼方より迫り来る。
刃が飛ぶ先に立つのは――山県明彦。
「やはりな!」
菫、読んでいる。撃退長の姿を霞で包んで覆い隠し、蒼い燐光を纏う己が身を盾として割って入り襲い来る赤刃の嵐を受け止める。活性化させた盾と焔の槍を重ねて頭部を守るも、赤刃が肩や胴、脚部に次々に炸裂してゆく。菫、大天使の凶悪な破壊力を受けて、負傷率七分、掠り傷。あと十六回くらい中ると不味いかな、程度のダメージ。
「…………えっ?」
サリエルが戸惑いの声をあげた。菫は山県と共にピンピンとした様子で駆け出している。当然、大天使のサリエルの一撃が弱いなんて事はなく、菫の防御力が何かがおかしい。久瀬から防御結界の援護を受けているとはいえ半端じゃない。
「ダレスに負けた者がダレスに勝った者に勝てるわけがない。その程度の攻撃ダレスにも及ばない、やはり奴の方が強かったな!」
菫は彼方のサリエルへと向かって大声で叫んだ。本心では無い、挑発である。
「ナンダアノバケモノ。でっもー、無駄だよ! リカ! 山県守ってるあの黒髪女さくっと殺っちゃってッ!」
サリエルは空へと雷の魔法陣を出現させつつ地上の使徒へと指示を飛ばす。水兵服の少女が装備しているのは京都で二百を超える撃退士をただ一柱で打ち倒したザインエルの霊力が宿る大剣だ。大天使と渡り合う者達すらも紙切れのように斬り殺す。
他方、一連の攻防の間に他メンバーも動いている。
サリエルが赤刃嵐を放つのとほぼ同時に前方へと飛び出していたのはエイルズレトラだ。全速力で高台にある高速道路上から斜面を駆け下り、矢の如くにリカへと向かう。次に動いたのは陽波透次、赤刃嵐が放たれたのを確認してから全力で駆け出し、こちらはサリエルへと向かう。
リカは前進していたが、駆け下りて来た撃退士達を認めると足を止め、先頭を駆けるエイルズへと狙いを定め発砲。鋭く飛んだライフル弾が、蒼燐光を纏っている少年の眉間に炸裂し、その頭蓋を吹っ飛ばして抜けた。次の瞬間、宙に舞っているのはお馴染みスクールジャケット、空蝉。
「最効率を求めるが故に狙いが単調、読みやすい、それでは雑魚は殺せてもこの奇術士は殺せない!」
一撃をかわした碧眼の少年はせせら笑いの声をあげながら快速でリカへと迫る。挑発である。
その後方を駆けている透次は前方の空に、蒼白い光の文字群を線として描かれた巨大な魔法陣が出現するのに気づいた。駆ける二人の脚力と発動のタイムラグを計算に入れて偏差で置くように放たれている。このまま駆けると発動中心点へと自ら飛び込む。
「エイルズさん、上ッ!!」
狙われていると気づいた透次は即座に進路を変えて横に逸れつつ叫んだ。
天雷は発動までに一秒の溜めがある。だが逆を言うと僅かに一秒。
エイルズは声を耳で拾い、認識し、空を見上げ、そこに収束してゆく直径十メートルの広範囲に及ぶ光の意味を理解した時、彼もまた即座に進路を転じた。
全力で駆けるエイルズレトラは秒速十一メートル六十センチ、透次は十メートル八十センチ。後続の透次は陣の出現と共に即座に進路を変えた為に、天の雷が解き放たれるよりも早くに範囲外への脱出を成功させる。エイルズは――
次の瞬間、直径十メートルもの巨大さを誇る稲妻が天の魔法陣より地上へと向けて撃ち降ろされた。
外周部まで辿り着くも後一歩の所で範囲内から逃げ遅れたエイルズが、眩く輝く稲妻の柱に呑まれて消し飛ばされてゆく。
耳をつんざく轟音と共に大地が盛大に爆砕され、巨大なクレーターが一瞬で出現し、吹き上がる土砂と共にスクールジャケットが宙に舞っていた。
空蝉。
間一髪で天雷を回避したエイルズは地に着地すると、再度方向を転じてリカへと突っ込んでゆく。
なお直撃していた場合、透次は負傷率三十一割三分、エイルズは負傷率二十割であり、一撃で倒されていたのは確実な所。二人とも忍軍とはいえレートは0なので、威力が増大している訳でもないのだが、そういうレベルの破壊力である。
(化物過ぎだろ……)
透次は出現したクレーターから首元を掠めていった死神の鎌の威力を察すると歓喜の声を胸中であげていた。死ななかった故に生きている。己は生きているのだと感じられる――否、死と隣り合わせでしか、己が生きていると実感できない。
サリエルの真下へと辿り着くと青年は空を仰ぎ見、ルキフグスの書を掲げて黒刃を放った。
橙色の光球から迎撃の光弾幕が飛び、しかし、操作されたカード状の刃は宙で急激に軌道を変えて光弾をかわし、サリエルの赤い翼目掛けて襲い掛かる。大天使は慌てたように身を捻り間一髪でかわした。吃驚したような表情を浮かべている。
「雷もファランクスも案外ちょろいね。ダレスの範囲技は厄介だったけど、サンタさんのは欠陥技か?」
陽波透次、ナイフの刃上で踊るような男。
「うるさい!」
幼天使は真っ赤な顔で地上の男へと叫び返した。
他方、鴉鳥、久瀬、司、菫、山県、フレイヤは通常前進中、フレイヤから風の守りを受けた黒百合は戦況を見渡しつつ全速で飛び出している。
エイルズは手の中にカードを出現させると、水兵服の少女へと向かって嵐の如くに投擲した。長い黒髪を持つ少女は、その光の消えた黒瞳にカードを捉えると素早く飛び退いてかわす。
回り込んできた黒百合は着地したリカの後方へと駆ける勢いのままに踏み込んで三刃のデビルブリンガーを稲妻の如くに一閃させた。リカは低く身を沈め、大鎌が使徒の頭上の空間を薙ぎ払って抜けてゆく。次の瞬間、大鎌が消えた。
黒百合は隼突きを発動、目にもとまらぬ速度で液体が飛んだ。流体金属が五本の鋼糸化して水兵服の少女へと襲い掛かる。横へと踏み込みながら身を捻り使徒は咄嗟に狙撃銃を掲げて受け止めんとしたが、糸は銃をかわして少女の身に絡みついた。黒百合はそのまま抱きつくように密着するとワイヤーで首筋、腕を締め上げんとする。
超接戦、互いの吐息と体温さえ感じ取れる距離。もがくリカは狙撃銃を消すと、抱きついてきた黒百合の背へと、鋼線を身に食い込ませて血を噴き出しながらも左腕を回した。逆にその細身からは想像も出来ない程の力で締めあげて捕える。右手を黒百合の首の後ろに回し、大剣を出現させて刃を押し当て、横へと滑らせて一気に引き裂く。必殺の一撃。
次の刹那、血霧が繁吹く代わりに撥水性・通気性が高い例のジャケットが宙を舞い、一歩離れた位置に黒百合が出現する。空蝉。
鴉鳥、山県、菫、久瀬は前進中、フレイヤは瞬間移動を発動し一気に距離を詰め、司は全力移動で回り込むように駆ける。
「死ねぇええええええッ!!」
空のサリエルは宙で姿勢を回転させると、手の平から蒼雷の槍を噴出させ、次いで大鎌を旋風の如くに振り回した。蒼い稲妻が天地を断って迸り、視界を埋め尽くす程の膨大な数の赤刃が嵐となって迫り来る。
「おや」
透次は攻撃を捨て全力で回避に専念している。サリエルの手の向きに注視し雷の射線を予測し飛び退いてかわした。
「痛い所を突かれたのか?」
続く赤い赤刃嵐も鎌の動きから測りつつ横にスライドして次々に掻い潜る。空蝉を使わずとも凄まじいまでに速い、速い。
そんな中、司もまたサリエルの元に到着。
「上空から遠距離攻撃なんて卑怯だぞ、そんなに俺達が怖いのか!」
ディバインランスを空へと掲げて挑発する。
(こんな挑発に乗るとは思わないが)
敢えて遠距離攻撃が嫌だと言う事を伝えて天雷を誘発させる狙いである。
他方。
態勢を整えたエイルズ、ワイヤーに絡み付かれているリカの側面へと低く回り込んでサリエルへの遮蔽としながら再度カードを投擲した。
リカは身を捩りながら大剣を防御に掲げるも、鋭く飛んだカードの嵐は刀身を掻い潜って、次々に少女の身に直撃し貼りついてゆく。
「……うっ」
張り付いたカードはワイヤー拘束されているリカの身をさらに圧迫、束縛してゆく。使徒がうめき声をあげた。
次の瞬間、リカの身から光が爆発した。まとわりついていたカードが吹き飛ばされてゆき、しかし、背後に回りこんでいたフレイヤはミョルニルを発動、北欧の雷神が出現しその手に持つ戦槌を振り下ろした。バックアタック、さらに負のレートが乗っている。壮絶な破壊力の一撃がその背に炸裂した。
衝撃にリカの態勢が崩れた所へエイルズがクラブAを鋭く投げつけて再び束縛する。鴉鳥は斬天「虚空刃」の射程に迫ると、出現させた大太刀に膨大な黒焔の無尽光を大太刀の刀身に収斂、踏み込み抜刀ざまに突きを放った。
「――虚空刃が崩し、穿(ウガチ)」
黒の刃が閃光と化して伸びる。距離感の掴み難い点の一撃。カードとワイヤーに束縛されているリカは身を捻るもかわしきれず、黒光の刃が少女の身を斬り裂いて血飛沫を舞わせた。
「貴女の血肉は美味しいのかしらァ……」
黒百合再び。リカへと肉薄する。
「じゃァ、頂きますゥ……♪」
女は凶牙を発動、リカはニュートラライズを発動し押し留めんともがくが、束縛されて満足に動けず、黒百合はするりと腕を掻い潜って、おもむろに喉笛へと噛みついた。変質した犬歯が少女の白い喉へとズブズブと埋め込まれてゆく。急所への一撃、入った。
「あ」
リカが虚ろな瞳を大きく見開く。毒牙から神経中枢に作用する幻覚物質が流し込まれてゆき、ビクリと少女の身体が大きく震えた。使徒の身が痙攣し力が抜けてゆく。
「――殺す」
天より酷く冷めた声が響いた。同時、サリエルが猛然と急降下して来て黒百合へと大鎌を一閃させる。稲妻の如くに空間を縦に走った黒い光は忍軍の女を真っ二つに断ち切って、次の瞬間、やはり裂かれたスクールジャケットが宙を舞った。支えを失ったリカの膝が落ちた。
「あらァ……怒ったァ?」
黒百合は艶然と微笑しながらワイヤーを解いて後退し、間髪入れずに大天使はその手の平を向け爆雷の槍を撃ち放つ。透次はルキフグスの書に持ち帰るとサリエルの光球の一つを目掛けて黒刃を放った。黒刃は一直線に飛んでそのまま光球に突き刺さり、光の球が破裂して四散した。爆雷が再びスクールジャケットを消し飛ばした。
「ひひひひひ、最高の気分って奴だネッ! 生まれて来た事を後悔させてやるよッ!!」
蒼眼を爛々と輝かせて死天使が叫んだ。全身から蒼い雷が迸っている。ハイ・ボルテージではない。士気が高揚しているようだ。黒百合が集めたヘイトはぶっちぎりで抜群だ。
「死体の山を築いてきた奴が歌うなよ」
山県明彦の声が響いた。地に降り立った赤い天使の周囲に黄金色の魔法陣が出現し、淡い光が空へと向かって吹き上がる。封霊陣だ。
「抑えます!」
日下部司が踏み込んで神速を発動、サリエルへとディバインランスを猛然と繰り出し、久瀬悠人は膝をついているリカへと疾風の如くに斬りかかる。幼天使は身を捻りざまに目にも止まらぬランスの一閃をかわし、久瀬とリカとの間に割って入った。振り下ろされた刃が、銀髪の大天使の肩に直撃する。
(……硬い?!)
渾身の力を込めて叩き込んだ一撃だったが、久瀬は腕に伝わる手応えに眉を顰めた。白いドレスしか纏っていない華奢な少女なのに、まるで鉄塊にでもぶちあたったかの如くに頑強な手応え。
「きゃは! きゃは! きゃははははははッ!!」
赤翼の大天使はけたたましい哄笑をあげると振り向きざまに大鎌を振るって赤い斬風の嵐を巻き起こした。狙いは、黒百合。レート差が爆裂している圧倒的な刃の風が、大地を抉りながら一瞬で突き進み迫り来る。空蝉は打ち止めだ。黒百合は咄嗟にかわさんと横に跳ぶ、が、避けきれない、呑まれた。無数の熱せられた火箸を突き込まれたかの如くに全身に熱さが走り、激痛と共に血飛沫が吹き上がった。負傷率二十六割五分、少女が血の海に沈む。
透次は至近へと踏み込むと紅爪を発動、大鎌を振るうサリエルの背へと向けて無数の鎖付きの鉤爪を撃ち放った。鉤爪が大天使の身に食い込み、鎖がその身に絡みついて束縛してゆく。間髪入れずに司は神速を発動させてサリエルの側面へと迫り赤翼へと狙いをディバインランスを繰り出した。
「貰った!」
神速の一閃が大天使の片翼をぶち破り、羽を舞い散らせ骨を折り鮮血を吹き上がらせる。天使から苦痛の声が漏れた。
他方、リカは首から鮮血を溢れさせながらも立ち上がり、大剣に眩いばかりの光を集めてゆく。エイルズは最後のクラブAを放ちながら後退し、再びカードに束縛されたリカへと久瀬が迫る。
青年は双大剣を竜巻の如くに振るって駆けざまに斬りつけ、叩ききった勢いのままに駆け抜け距離を離しにかかる。
(例の巴か)
剣の輝きを見て取った鴉鳥もまた間合いを取るべく動く。銀髪の少女は再び大太刀を出現させて黒焔を収束させると、太刀を抜き放ちざまに一閃させた。斬撃が漆黒の閃光と化し砲弾の如く唸りをあげて飛び、リカの身に炸裂する。一撃を放った鴉鳥は大太刀を消すと踵を返して距離を離しにかかった。
「リカちゃん、貴女だって元は人間でしょ? 何だって人間と戦ってんのよ? この世紀末級美女に話してご覧なさい」
フレイヤは距離を取りつつ光球を出現させると輝きを急速に増してゆく大剣へと狙いをつけて撃ち放った。光球は狙い違わずザインエルの大剣へと直撃し、しかし、あっさりと吹き散らされる。
「なんて邪魔な奴!」
サリエルは鎖拘束を受けながらも強引に大鎌を一閃させて透次へ罵声と共に赤い斬風を飛ばし、青年は距離を離すように駆けつつ、結界を張って超加速して斬風を回避する。山県は黒百合へとヒールを飛ばした。
「どうした、死天使というのはその程度か!」
菫が挑発しながらサリエルへと踏み込み焔の槍を繰り出す。赤い一閃は鎖拘束で動きが鈍っている幼天使を逃さず、その胴に焔の穂先を鋭く突き立てた。畜生、とサリエルが苦悶の息と共に怒声をあげる。
リカは荒い息をつきつつ、光の塗り潰された虚無的な瞳でフレイヤを見据えた。無言。答える気は無いようだ。
「後、スカートのヒラヒラが気になるのでちょっと捲っていいですか」
しかし女は重ねてそんな軽口を飛ばす。根暗な子を笑わす事が出来たら私的勝利! らしい。例え相手が敵でも笑ってくれたら嬉しいのよ、との事。
「……それは、駄目」
少女は根負けしたようにフレイヤへと少し笑ってそう言った。
「人間だったから、人を愛して、人を憎んだ。今は、赤い天使様が好きだから」
少女の身より光が噴出してその身を束縛していたカードが吹き飛ばされてゆく。
リカは菫に向かって走り大剣を片手で天へと向かって振り上げた。大地より光の帯が円状に走る。
(――これは)
狙われているのに気づいた菫、
「明彦!」
咄嗟にアウルを解放し霞を山県へと纏わせて範囲の外へと突き飛ばす。次の瞬間、純白の光の柱が耳をつんざく爆音を轟かせて空へと向かって吹き上がった。光の爆圧に菫の身体が宙を舞い、しばし後に大地に激突して転がった。全身から白い煙が吹き上がっている。負傷率十九割二分、動かない。山県を庇った為、二人分の打撃を受けている。山県が慌てて菫へとヒールを飛ばしている。
リカがフレイヤへと振り向く。
「多くの人間は、知らない相手だから、殺せるし、憎めるし、叩き斬れる、傷つけられる、なのに、貴方達は何故、問いかけるの? 戦うしか術が無い者同士なら、苦しくなるだけなのに……」
「そんな事は……無いのよッ!」
フレイヤは羽根の生えた光玉を生み出すと、血塗れの使徒へと向けて放った。負のレートの乗った光球は、吸い込まれるように水兵服姿の少女の身に突き刺さり、炸裂した。リカは糸の切れた人形のように吹き飛んで、大地に転がり動かなくなった。血の海が広がってゆく。
「キャハハハハハハハハハッ!」
狂ったような哄笑が響き渡った。
サリエルの全身が帯電し電撃が勢いを増して迸る。死天使がその霊力を全開に解放している。全身の傷がみるみるうちに癒え、鎖が吹き飛んで大鎌が翻る。猛烈な数の赤刃嵐が唸りをあげてフレイヤへと牙を剥き襲いかかった。斬風が女の身を呑み込み滅多斬りに斬り刻んで、激痛と共に鮮血を噴出させてゆく。ブロンドの魔女が倒れ、血の海へと沈んだ。負傷率十八割八分、意識が赤い闇に途切れる。
久瀬はエルダーを召喚しなおすと、防御効果を指令する。
透次はサリエルの真正面、その目の前、クロスレンジまで踏み込んだ。至近距離から紅爪を放ち、現出させた複数の鎖付き鉤爪をサリエルの身に直撃させて無数の鎖を絡め縛り上げてゆく。
鴉鳥、サリエルへと向かって駆け距離を詰めつつ本日三度目、斬天「虚空刃」を発動する。膨大な黒焔の無尽光を大太刀の刀身に収斂し抜き放つ。放たれた刃は長大に伸びながら唸りをあげて弧を描き大天使へと迫る。が、命中する手前、刃の軌道が滑らされるように逸らされて、その刀身は虚空を断ち切って抜けた。
エイルズが放ったカードもまた光弾に迎撃されて堕ちる。司、サリエルの背後へと回っている。仲間達の攻撃にあわせてアウルを足に込め、猛加速して踏み込みディバインランスで神速の一撃を放つ。穂先が閃光の如くに走って、残りの片翼も貫き圧し折った。盛大に血飛沫があがる。
「こっ、のぉ!!」
サリエル、苦痛を堪えつつ鎖を吹き飛ばすと横へと駆けながらその小さな手の平を山県へと向ける。透次がそれを追って最後の紅爪を放ち、サリエルは身を沈めてかわし、直後にエイルズが距離を詰めてバイスクルを至近から叩き込んで切り裂き、サリエルの背を司がランスで貫く。鴉鳥は前進。久瀬は一同を追いながらエルダーを召喚しなおして再度防御効果、山県は菫へとヒール中。包囲攻撃を受けながらもサリエルから爆音と共に放たれたケルビムの火が撃退長へと飛び、蒼燐光結界を纏っている山県は円盾を翳してガード、壮絶な破壊力が炸裂して盛大に吹き飛んでゆくが、宙で身を捌いて着地する。体力全快の撃退長は普通に硬い、一撃では倒れない。が、距離は大幅に開いた。
駆けるサリエルは方向を切り替えして司へと踏み込んだ。下から司の黒い瞳を覗き込む。
(これは――)
司は直前で気づいた。事前情報にあったあれだ。接近戦を挑むなら、最も警戒しておくべきあれ。
サリエルの二つの瞳が蒼く輝き、司の瞳に不可視の電磁波が飛び込んだ。
「俺は――」
何故だろう、目の前の天使がとても親しい友人だったように思える。そうだ、何故忘れていたのだろう。天魔とは、彼女とは分り合えるのだ。むしろ分かり合えないのは人間である。だから、倒さなければ、ならない。
「かかれお兄さん!」
司は赤い天使からの声を受け、猛然と神聖騎槍を振りかざすと透次へと向かって閃光の如くに槍撃を繰り出した。山県はクリアランスをかけんと司へと駆けて、サリエルは駆けてくる山県を迎撃するように再び爆雷の槍を撃ち放つ。
「くっ!」
透次は超加速して司の一撃をかわしつつサリエルへと斬撃を繰り出し、サリエルは身を沈めて回避、追撃にエイルズがトランプを放ってサリエルの身を切り裂き、山県が二発目の雷撃の槍を受けて再びぶっとび、今度は大地に叩き付けられて転がった。立てない。
「……行くぞ」
鴉鳥は大太刀を出現させて踏み込むと黒焔を収斂させ近距離から斬天「虚空刃」を放った。抜刀ざまに一閃された黒光の刃が、弧を描いてサリエルの身を斬り裂いて抜け、血飛沫を舞わせる。
「このっ!」
サリエルは反撃に手の平を向けて爆雷の槍を飛ばし、銀髪の少女は襲い来る稲妻に対し大太刀を一閃させた。迎撃の太刀が稲妻を斬り払って裂き、しかし次の瞬間、二つに割れた稲妻は減衰しながらも猛烈な爆裂を巻き起こす。
「ッ……何と、重い、一撃、だ」
怒り狂いさらにハイ・ボルテージで全力を解き放っているサリエルの渾身の一撃は、本気で信じられない程の重さだった。鴉鳥は驚愕に目を見開き、爆圧を受けて崩れ落ちる。全身から白煙があがっていた。負傷率十三割五分、昏倒した。
駆けて来た久瀬が攻防の隙を突いて背後より二刀大剣で斬りかかる。勢いが乗せられた銀刃の巨大剣が唸りをあげて弧を描き、サリエルのドレスと肌を切り裂いた。鮮やかに赤い色が宙に舞う。
意識を取り戻した菫は状況を確認しながら起き上がり剄吹を発動、負傷率八割まで回復。
「こっ、の、ちょろちょろとぉ!」
「げっ」
ヒット&アウェイに徹していた久瀬がついに狙われた。大天使の手の平より蒼雷の槍が勢い良く噴出され迫り来る。
(逃げ、遅れたなぁ)
轟音と共に蒼い閃光が弾けた。全身がバラバラになるような激痛と共に青年の身が砲弾の如くに吹き飛び、大地に叩きつけられる。負傷率二十一割六分、立てない、意識がぷつりと闇に落ちた。
「お嬢さん、僕の相手はしてくれないんです? 接近戦では中てる自信がないとか?」
エイルズ、劣勢になってきた戦況に対する焦りを隠しつつ挑発、至近から鋭くトランプを投げつける。
「うっさい、君は後で片付けてやる!」
トランプに切り裂かれ、透次の斬撃を背に受けながらも、サリエルは白いドレスを翻して菫に向かって駆ける。透次は斬りかかった瞬間に横から突いてきた司の刺突を超加速して回避。
「来るか」
菫、駆けながら炎の槍を構える。
「寝てろ化け物っ!」
サリエルの手の平から雷の槍が噴出し、菫はその身の周囲に月の輪の如く光輝く靄を展開する。蒼雷が轟音と共に光輪と激突して激しく鬩ぎあい光を撒き散らす。稲妻が月輪を突き破って爆裂し、菫が彼方へと吹き飛んでゆく。宙で身を捌いて大地に着地、負傷率十割四分、倒れない。頑強にも程がある。
サリエルは菫を追走し、さらにケルビムの火を叩き込んで吹き飛ばした所へ、もう一度追いすがって雷槍を叩き込みようやく沈めた。
透次は司からの攻撃を回避しつつエイルズと共に後を追うも距離を引き離され攻撃が届かない。
振り返ったサリエルは透次を見据えて言った。
「アンタ、ホント強かったよ。でももう終わり、キャハ!」
黄色い笑い声と共に赤斬風が巻き起こる。
しかし、
「勝利宣言は気が早いんじゃないか」
透次は大鎌の動きを冷静に見据えて回避専念し、横へとスライドして赤刃嵐をかわし、回避先を狙われて放たれた第二波もやはりかわす。
刹那、背後に殺気を感じ、透次はさらに飛び退いた。バックアタック、司の神速の槍撃が脇腹をかすめて抜けてゆく。
「くそっ、あがくんじゃない!」
エイルズの最後のトランプをかわしつつサリエルが舌打ちして叫ぶ。
「気が早いと言っただろう?」
しかし、続くサリエルと司からの三連撃も悉く回避してみせた透次だったが、前後を挟まれながら大天使の攻撃を永遠にかわし続ける事は出来なかった。
司の一撃をかわした所へ追撃の大鎌が直接に一閃されてついに被弾して沈む。
「君はさっきの奴より地力自体は上みたいだから――さっきのでも十分凄まじいのに、恐ろしいね。アタシへの対策を練られてたら、もっと危なかったかもね」
ひひひと幼天使は笑い、スネークファングの一撃をかわすと、ケルビムの火を二連射してから、突如踵を返し彼方へと駆け始めた。
「……何を言っているんです?」
エイルズは二連の雷撃を空蝉して空蝉してかわし続く司の一撃も空蝉してかわすと眉を顰めた。すかさず追いかけるが、あちらの方が倍以上に足が早い。こちら一回の間に二回動く、といった勢いだ。
彼方でサリエルが足を止めて振り返った。
「まぁ人間の意識は割ける量に限界がある。惜しかったね、と言ってるのさミスターッ!! キャハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
次の瞬間、エイルズの頭上三十メートルの地点に出現していた魔法陣から、巨大な稲妻が大地へと向かって撃ち放たれた。
(天雷――)
咄嗟に空を見上げたエイルズの視界は、既に白く眩く輝く巨大な稲妻で埋め尽くされていた。警戒していれば全力移動で確実に範囲外へ脱出できるが、意識していなければ避けられる類の技では無い。警戒していた者がいなくなった時点で詰みだ。
巨大な天の雷が、エイルズと司、二人の男をまとめて吹き飛ばし、大地に沈めた。
かくて山県隊の九人の撃退士達が倒れるとサリエルは周囲のサーバントの援護へと入った。
戦況は逆転し副隊長のエアリアは負傷者を回収しての撤退を指示、追撃を受けながら後退していった。
担当領域の戦線は突破され、死天使と息を吹き返した使徒とその軍団が富士市へと雪崩れ込む事となる。
了