「先輩がやられたのか……」
黒須 洸太(
ja2475)は混乱渦巻く院内でその報告を聞いた。
少し前に迎撃に出ていった学園の先輩達は優秀で、とても強く見えたのに。
だが死んだ。誰だろうと死ぬ時は死ぬ。
「……僕らがやらなくちゃ」
もう自分達以外には残っていない。
(初っ端からちょぉきつい状況やなぁ)
九条 穂積(
ja0026)は無線に耳を傾けながら思った。
(せやけど退くわけにはいかへんな。守るんがあたしらの仕事や)
青い双眸に強い光を宿す。
「いったるわ、他に人、おらへんのやろ?」
女は決意を固め、オペレーターの言葉に了解の意と共に氏名を告げた。
「わたしも、戦えますっ!」
氷月 はくあ(
ja0811)もまた声をあげた。名乗りは次々にあがり、それは総勢八名となった。
「恐らく今回限りの、新人撃退士の集まりだ……自分を含め、特別な期待などせん。だが同じ目的で、同じ敵に向かうお前達に一つだけ言わせて貰う」
名乗りをあげたうちの一人、水無月 神奈(
ja0914)は黒髪を結い直しながら集まったメンバーへと言った。
「……死ぬなよ」
生きている以上、死なないなんて事はありえない。それは自身達とて例外ではない。
若きブレイカー達、それでも守り、きれるかな? 其の他人と己の命を。
「――大丈夫。なんとかなるよ」
黒須が言った。この学園に入学した段階で覚悟は済ませてあるが、それでも目の前に危機が迫ればやはり足が震える。けれども、それを表には出せなかった。
この場には避難して来ている一般人達がいて、老人や子供達もいるのだ。
(不安に思う人が一杯居るのに、唯一今戦える僕らが不安そうになんかしていたらダメだ)
だから、黒須は笑顔を見せた。
「大丈夫、なんとかなる。これだけ人数が居るんだからさ」
そう誰しもが願った。
●
「この子なら、もしかしたら上手くいくかも……?」
氷月は銃の下にレーザーポインタをワイヤーで取りつけ数度試し打ちをする。
「いけそうか?」
黒尽くめの男が声をかけた。カラード旅団の長、リョウ(
ja0563)だ。
「リョウさん」
氷月は初任務、異常事態にかなり緊張していたが知り合いのリョウの姿を見て少し緊張が解れた。
「はい、なんとか、使ってみます」
旅団長の問いにそう頷いて答える。狙いへの影響は多少あるが計算に入れておけばやれそうだ。
「それはなにより。前は俺達が張るから、援護を頼む」
男は頷くと言って自身も準備を進めてゆく。
「お代は保険と学園にツケといてね〜」
大城・博志(
ja0179)が病院の関係者に陽気に言った。医者達はその物言いに苦笑しながらも頷く。
撃退士達は病院から各員各種物資を借り受け準備を整えると高速へと向かった。
「クリスマスシーズンだってのにとんだサンタさんが居たもんだよ!」
真っ赤に染まった空の下、アスファルトの道をキャスター付きベッドを押して駆けながら大城。季節は冬。地上の何処かで幸福な誰かは暖かい暖炉を囲んで愛を語り合っているかもしれないのに。
「プレゼント代わりに危険手当もらってやる!」
この場所に暖かい灯など存在しえない、逆巻くのは烈火。戦場へようこそ。
八東儀ほのか(
ja0415)の表情からも笑顔が抜け落ちていた。
明るく元気な娘だったが、彼女にも好みでない物はある。脳裏をかすめるのは過ぎ去った日だ。
黄昏時は大嫌いだった。
血の色だから。
八人の撃退士はやがてICに辿り着いた。奥へと進み地形を確認し、装備を準備し、作戦を確認する。忍者が一瞬だけ八名の前に姿を現し、一つ頷いて姿を消した。
彼方を見据える。
黄昏の光の彼方から、紅蓮の焔を纏い、赤い鮮血を引いて、血濡れた鉄塊を担いで真紅の鬼が歩いて来る。
鬼は八名をその視界に捉えると、天を仰いで大気を震わせる咆哮をあげた。
腕利きの八名の撃退士を皆殺しにした地獄の焔鬼。大剣にさらなる八名の血を染み込ませんと、地を揺るがして突進して来る。
陽波 飛鳥(
ja3599)は思う。
ディアボロではなく、悪魔が憎い。
「初の実戦にしては死地が近すぎるが……ここが撃退士の領域か。ならば、こなして見せなければならないのだろうな」
リョウは光と共に槍をその手に出現させた。低く構え駆け出す。
「これ以上誰も死なせてたまるものか……!」
八名の撃退士が素早く散り、鬼が猛然とアスファルトの道の上を駆ける。
戦闘開始。
距離が詰まる。
陣形。
鬼は西から東へと向かって進行中。
それに対しまず前衛陣。
鬼から見て左、撃退士達からは右、北側にやや先行してリョウ。水無月。
鬼から右、自分達からは左、南側に陽波。囮は鬼の左手側から入る作戦なので、初手は南側に構えて九条。八東儀は太陽を背負える位置へ移動予定だが陽波の援護につきたい予定、こちらも南か。
大城は氷月と挟めるように一端、敵の背後まで移動予定。
中盤に黒須。基本後ろから援護だがいざという時は前に出る予定。
やや距離が開いて後衛に氷月。
展開図は以上の予定。
最初に仕掛けたのは飛び道具持ちの氷月だ。リボルバーを構えレーザーのスイッチを入れて光線で鬼の左目へと照射し、さらに弾丸を連射する。
光が鬼の左目に中り、鬼は反射的にか頭部を横に振った。弾丸が鬼の頬をかすめて宙を貫いてゆき、鬼は光を浴びた事により目に多少の痛みを覚え、怒りの声をあげ氷月を睨みつけ突進して来る。
黒須はスクロールを用いて光の球を発生させた。それは鬼の脚へと目がけて勢い良く放たれ、しかし鬼は突進しながら横にスライドしてかわす。速い。
「どぉおおおおりゃっ!!」
大城が粉末を大量に包みこんだシーツを乗せたキャスター付きベッドを押しながら走り、猛然と加速させると手を離し突っ込ませた。ベッドが砲弾の如くに飛び出し、その後を追うようにリョウが加速する。
鬼は大木のような脚でベッドを圧倒的なパワーで蹴りあげ空へと蹴り飛ばし、同時、大城から放たれた光球がベッドに炸裂し粉末が周囲に舞い散った。
夕陽に紅く煌めく粉塵の中、大鬼は脚を勢い良く振り降ろし道路に罅を入れつつ踏みしめる。筋肉が蠢き力が充足され、その巨体が方向を転換しながら弾丸の如くに前に飛び出した。大剣を振り上げながら唸りをあげて迫る。狙いはリョウだ。
その速度はリョウの予想よりも一段と速く、そして鬼が持つ大剣の間合いは広かった。一瞬で大剣の間合いに入る。
だが、蹴りあげる動作が入った事で一拍タイミングが遅れ、そしてリョウは既に病院から借りていた大光量のライトを構えていた。
鬼が突っ込むとほぼ同時、閃光が放たれて鬼の左目を強烈に照らし、鬼の視界を白く塗りつぶした。鬼はそれでも高速で大剣を袈裟斬りに一閃させる。粉塵を斬り裂いて剛速で剣が奔り、リョウは斜め前へと身を沈ませながら踏み込む。頭部の黒毛の先が切断されて宙を舞う。かわした。各種の妨害に狙いが甘くなっている。リョウのすぐ側の空間を突き抜けた大剣が勢い余ってアスファルトの道を爆砕し、破片を宙へと吹き上げてゆく。
鬼の右手、赤髪の少女が大太刀を脇に構えている。陽波飛鳥だ。鬼が攻撃態勢に入った瞬間を狙って飛び込んでいた。防御と攻撃は、同時にできない。一瞬の隙。鬼は右目が潰れている。死角から狙いを済ませて一閃。
黄金の光を纏った刃が奔り、鬼の右足首を薙ぎ斬りながら抜けてゆく。クリーンヒット。血飛沫が舞った。
鬼が咆哮をあげ、先に振り抜いた大剣を左手一本高速で切り替えし独楽が回転するが如くに薙ぎ払う。
低い態勢のリョウの頭上を通り抜け陽波の首元へと唸りあげて大剣が迫り、それに反応して八東儀が入っている。
(やらせない)
縦と袈裟なら打ち落としたいが首位置の薙ぎを落とすのは厳しいか、刀身に巻いた革紐部へ左手を当て上へ逸らすように角度をつけて掲げ持つ。
横薙ぎの剛剣が大太刀に炸裂し猛烈な衝撃が腕に伝わる。壮絶に重い。流せない。身体が宙に浮き、少女の身が薙ぎ払われて吹き飛ばされてゆく。砲弾のように飛び高速の壁に激突する寸前、身を捻って脚で壁を蹴り着地する。
その間の攻防、八東儀によって剣勢が弱まった鬼の薙ぎを陽波は咄嗟に屈んで回避し、他方、水無月が大鬼の左腕に狙いを定めて踏み込んでいる。
少女は胸中で呟く。
(たかが鬼風情の業火で、私の復讐を阻めると思うな……!)
かつて、家族と呼んだ者達を殺めた。
その家族だった者の血で赤く染めた手で、今更誰かを護る為に戦うなど言うつもりは無い。
水無月の振るう刃は誰の為でも無く、自分の為だ。
彼女が、彼女の、復讐の為に、それ以外の何の為でもない。
だから、全霊を太刀に籠め、居合の構えから抜刀様に一閃。刃が風を切って放たれ大鬼の左手首に鋭く炸裂する。硬い手応え。肉を切り裂き、骨に喰い込む。が。
断てない。
狙い澄ました一撃だった、が、一太刀で断つには破壊力が足りない。敵は強大だ。伊達に八人殺してない。
大鬼の足の筋肉が蠢き、九条は鬼の左目へとレーザーポインタを向け、水無月は危険を感知し間髪入れずに仰け反るように飛び退いた。光が鬼の目を灼き、直後、水無月の胸の先をかすめて鬼の足先が空間を突き抜けてゆく。かわした。九条はポインタ片手に後退しながらファルシオンを足首へと振るって腱を切り裂きつつ間合いを離す。無理はしない。水無月もまた一歩さらに後退しながら打刀を構え直しつつ間合いを測る。
一度で断てないならもう一度だ。女は赤眼で大鬼を睨み据える。
他方、一連の攻防の間に大城、素早く移動して脇をすり抜け後背を取っている。
「今はできる事を……一つでも多く重ねるだけっ」
氷月、距離を保ちつつリボルバーで敵の頭部に狙いを定め、猛射。レーザーで目を狙う事も含め、執拗に頭部への攻撃を繰り返す。流石の鬼も頭は不味い。これは嫌がり頭部を素早く振って回避し注意をかなり割いている。鬼は煩わしそうに咆哮をあげつつ、攻撃態勢に入るべく大剣を振り上げる。
水無月は間合いを置いている。大鬼はターゲットを陽波に定め、竜巻の如くに大剣を振りまわした。嵐の如き三連撃。
陽波、極限まで精神を集中させ、コマ落としの世界の中で、唐竹割りに振るわれる大剣を斜め後方へ飛び退いてかわす。 刃が傍らを突き抜け、アスファルトを爆砕して破片を撒き散らす。
思う。町の人も先輩もディアボロにされた人にもどれだけの想いと人生があった?
――礫が側面から身体のあちこちに中ってゆく。
(ここでこいつを止められない私になんの価値があるのよ……!!)
――土煙を裂いて、跳ね上がる逆袈裟の一撃。
ディアボロではなく悪魔が憎く。何より弱い自分が許せない。
――歯を喰いしばって強引に身体を斜め後ろへスウェーさせる。頭部の拳半個分隣の空間を鉄塊が颶風を巻き起こしながら突き抜けてゆく。
死んだ母よりも、天魔よりも、強くなると誓った。
――大剣がその質量を無視したかの如く飛燕の如く跳ねあがり、切っ先が陽波へと向いた。上段からの高速突き降ろし。
理不尽を引っ繰り返してやると、一匹でも多くの天魔をぶった斬り天秤を変えてやると、母が出来なかった事を――私が。
――身体が後方に泳いでいる。バランスが崩れた。身を捻らんとするも間に合いそうもない。
(私が)
理不尽を、引っ繰り返して、やるって。
――避けられない。
鬼の鉄塊が陽波の顔面へと伸びてゆき、そして横から猛然と振われた大太刀の一撃によって轟音を巻き起こしながら逸らされてゆく。
ふっと時間の流れが元に戻った。
「八東儀の血族を舐めるなよ」
うっすらと狂気を孕んだ笑みながらも八東儀ほのかが大太刀を振り抜いた低い姿勢で笑っていた。今度は、叩き落とした。
八東儀の剛撃に逸らされた鬼の大剣がアスファルトの道に深く突き刺さってゆく。
黄昏時に撃退士だった兄を失った。今度は誰も失わせない。
他の前衛三人が一斉に動いた。中後もそれを援護せんと得物を翳す。
「うぉおおおおおおおおッ!!」
黒須が吼えた。
黄金のアウルを全開に魔力を極限まで集中させて光の球を発生させる。大城もまた機を捉えてスクロールで光の球を発生させる。右手を伸ばして構え、男はそれを照準とする。狙いは、鬼の後頭部。
光が空間を裂いて、まさに閃光と化して飛び、大鬼の後頭部に大城の一撃が爆裂し、顔面に黒須の光が炸裂した。痛烈な挟撃。
「どんなに強かろうがこっちには退けへん理由があるんや。鬼なんかに負けてらへん……!」
――変わらない日常を、明日を、ずっと信じていた、信じていたかった。
九条と水無月が衝撃によろめいている鬼へとそれぞれ刃を振り上げながら踏み込む。鬼の左手首へと水無月が稲妻の如くに刃を振り降ろし、九条が低い態勢から入って刃を振り上げる。上下から唸りをあげて振るわれた刃が鬼の左手首を挟みこみ、それを骨まで断ち切ってついに落とした。
死角から踏み込んだ黒の男が右足首の傷へと槍をしならせて薙ぐようにさらに刃を打ち込んでいる。
鬼が咆哮をあげて身を傾がせ、大太刀が手首ごと路上に転がった。
「氷月、攻勢だッ!!」
リョウが言って突っ込み再度槍を猛然と足首へと振るい、氷月が応えて鬼の顔面へとリボルバーの銃弾を炸裂させてゆく。弾丸の一発が鬼の瞳を貫いた。
鬼はそれでもしゃむに手足を振りまわして対抗せんとしたが、隙のある者達ならともかく動きを良く見ている連中にあたるものではない。
総攻撃を受けて斬り刻まれ、ついにほのかの太刀を受けて足首を圧し折られ、大きく態勢を崩した。
「私は誓った――」
大太刀を構えて陽波が呟いた。
瞳を開き真紅の灼熱の焔にも見える無尽の光を大太刀に宿らせる。アイン・ソフ・アウル、其れは全ての闇を消し飛ばし、全ての光をも消し飛ばす、光と闇の無限の力。
「――天秤を変えてやるとッ!!」
少女は大鬼へと向かって跳躍し、オーラを纏った大太刀に己の全てを籠めて振り下ろした。
夕陽を浴びながら振り降ろされた紅光の刃は、赤雷の如くに鬼の頭部に炸裂し、痛烈な破壊力を炸裂させてその額を叩き割った。
ふっと鬼の双眸から光が消える。
業焔の鬼は仰向けに、鮮血を噴出しながら、ゆっくりと倒れていった。
かくて大鬼は倒れ他の方面も他の撃退士によって撃退され、街の人々は守りきられた。
「みんな無事で……本当に、よかったです」
戦闘後、ほっとして緊張が解けた反動か、涙を浮かべながら氷月が言った。
「氷月も、良くやったな。助かった」
黒の旅団長はそう言った。皆、直撃は受けずほぼ無傷だったが、紙一重だ。粉末、光、妨害、回避の方法、運、何か一つ欠けていれば、中れば、誰かはこうして立っていなかったろう。
作戦勝ちだ。非常に良く連携されていた。
さらなる強敵が出て来るのは確実だろうが、今は撃退士達の、その勝利を讃えよう。
了