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マスター:望月誠司
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/02/16


みんなの思い出



オープニング

 全てのものは、通り過ぎてゆく。
 冬の教会、月明かりが十字架を鈍く輝かせている。
 葬式に出席したのは、これで何度目だろうかと少年は思った。黒髪黒瞳、中肉中背、齢は十六の少年だ。名を長谷川景守という。
 先程まで行われていたのは、京の西要塞戦で戦死した撃退士の葬儀だった。
 死んだ男は、勇敢で、強い男だった。
 あの時、サーバント達は監視塔内へと撤退してゆき、彼はそれを追撃して監視塔内へと踏み込み、そして猛反撃に逢って落命した。彼の光は、尽きた。
 戦いなのだから、敵ばかりが死にゆく訳ではなく、味方も死んでゆくものだ。それは必然だ。
 人はいつか必ず死ぬ。必然だ。それは仕方がない事だ。
 景守はそう思っている。
 だから、死にゆく事は悲しいが、それ自体が真に悲しい訳ではない。
 想いを馳せるのは、彼は満足して逝けたかという事だ。
 西要塞はその後、生きていた撃退士達の奮闘によって陥落した。
「手向け」という言葉がある。
 そういうものに、なっただろうか。
 魂が無いなら、死んだ者はきっと何も感じない。
 しかし、この世界には、魂があるという。ならば、それは伝わっただろうか。
 魂が在るとしても、伝わるかどうかは定かではない。だが、伝わっていれば、良いと思う。
 光。
 撃退士を撃退士たらしめる力を指してアイン・ソフ・アウルという。無限の光とか、無尽の光とかいう意味の言葉だ。
 撃退士達は尽きる事の無い光を宿すという。
 しかし、死ねば光は消える。
 消えるならば、無尽ではない。
 だが。
「――私達が光だとしたら景守は他の光を貰ってその分輝く事が出来るんじゃないだろうか」
 過去に一人の撃退士が言った。
「それは尽きぬ事の無い光だ」
 景守は聞いた時は良く意味が解からなかったが、振り返って考えて、彼なりの解答をだしてみた。
 葬儀からの帰り道、夜空を見上げる。
 空には蒼白い月が輝いている。
 きっと、あの月のようなものだろうか。
 実際、撃退士がどういう意味でそう言ったのか、確かな所は、景守には解からなかったが。


 景守がそう思い至った経緯には、戦場に立ち実感した幾度かの事がある。
 そのうちの一つが、それは、一人で出来る事などたかが知れているという事だ。人というのは綺麗事抜きに、支え合って生きている。
 そして、助け合うという事と荷物を抱えるという事もまた意味が違うという事だ。
 原則、存在価値が無いと見なされた者は排除される。
 損害を与えると判断された者へも同様だ。
 善い事だとか、悪い事だとかではなくて、そういう法則が存在しているように見える。
 だから、人は力や愛や情けを求めるのだろうか。
「ヘイヘイ、そこ行くおにーさん! 暗い顔してどーしたいっ?」
 学園のキャンパス内を歩いていると、不意にソプラノの声がした。何処か聞き覚えがあったので振り返ると、年の頃は十歳程度だろうか、黒髪おかっぱの小柄な童女が立っていた。人形のように整った美しい顔をしている。白い頬にべにで描かれた星と涙の図が目を惹いた。
「あんたは……」
 景守は呻くように呟いた。
 見知った顔だった。
「確か、シィール=クラウンだったか?」
「や! お久しぶりっ」
 童女は一般にピエロと呼ばれるそれの格好をしていた。シィールはふふふと笑ってみせた。
「……奇遇だな」
 対する景守は仏頂面で言った。元々愛想が良い方ではないが、慕っていた人が悪魔に無残に喰い殺された為、景守は悪魔達が大嫌いだった。
 少年のそんな心情を知ってか知らずか、悪魔の童女はにこにこと笑顔で言う。
「ほんとばったり会うとは奇遇だネッ、元気してた? ってーあんまり元気じゃなさそだよネ。下向いてると幸福が逃げてくっていうんだヨ、上向いてこーようっ」
「やかましい」
「ば、ばっさり斬られたー?!」
 吃驚したような顔でシィール。
「……あんた、俺に何か用なのか?」
「えぇと、いや、お懐かしい姿を見かけたので……以前はどうも有難うございました」
 ぺこりと頭を下げてシィール。
「仕事だからこなしただけだ。礼を言われる筋合いではない」
「……そ、そうですか」
 それきり会話が途絶えた。雑踏が道に立ちつくす二人を避けて流れてゆく。
「え、えぇと、その……」
 場を繋ぐようにシィールが声をだして言った。
「す、すっかり雪積もっちゃって大変だよネっ?」
「俺は別にそうでもない。慣れてる」
「そうなんだ?」
「ああ。郷里は毎年こんなもんだった」
 郷里、何処にあったのか、何故か名前を思い出せないが。
「特に用がないなら俺はゆく。じゃあな」
「あ……ちょ、ちょっと待って!」
「……まだ何か?」
「長谷川サン、ミュージカルとか興味ない?」


「……ミュージカル?」
「うんっ! ミュージカル! 今度、本州の方で演るんだよっ」
 悪魔の童女曰く、天魔被害に逢って避難生活を余儀なくされている市民を励ます為に、ボランティアでイベントが行われるそうなのだが、シィールが所属している劇団もそれに参加するとの事。
「…………天魔被害にあった連中を、他ならぬデビルが慰めにいくというのか?」
 少年は眉を潜めた。
「正体は伏せようかと思ってる」
 シィールはそう答えた。
 景守は頷いた。
「それが賢明だな。だが、そもそもに根本から皮肉が効き過ぎてる。悪魔は外れた方が良いんじゃないか」
「……やっぱそうかなぁ?」
 シィールは表情を曇らせながら呟いた。
「あんたの所の劇団はどうかしている。なんで外さない」
「……仲間だから差別しないって」
「なるほど、美しいな」
 景守は眉間に皺を刻んだ。
「確かに、お前は悪魔だが、お前が殺した訳ではない。お前に罪はないとも。だが、観客がそれを理解するかな。理解した上で喜ぶかな。いっぱいいっぱいな連中にそれを求めるのか。励ましにいく連中が、感情を逆なでするだけなら、本末転倒だろう。お前の所の団長は立派だよ。正義と言って良い。だが、その正義は、観客達にとっても正義かな。あんた達は満足かもしれんがな」
 シィールは俯いた。
「……劇団内でも色々あってさ」
 曰く、それを是とする派と否とする派でかなり強く争っていたらしい。
「あと、メインを誰が張るかで色々揉めて、主だった人達が、その、皆急病で倒れちゃったんだ。だから人手が足りてなくて」
「急病、ね。ボロボロだな」
 景守は言った。
「……そこに存在するだけで不和を巻き起こすのに、お前がそこに居続けるのは何故だ?」
 シィールは俯いて答えなかった。
「ふん…………ま、正体がバレなきゃ大丈夫か。それが誠実かどうかは、俺には解からんがな」
「どうすれば良いかなぁ……?」
「なんで俺に聞く」
「……私達の事、嫌いそうだから」
「自分で考えろと言ってやる」
 景守は天を仰いだ。
 一つ息を吐いてから言う。
「…………ひとまずは、人員が足りてないなら助っ人を集めるんだな。客観視できる奴を入れた方が良い。そっから先は知らん」
「長谷川さん」
「なんだ?」
「助っ人に参加してみない?」
「……だから、なんで俺に言う?」
「踊りが上手いって秋津さんに聞いたのさっ。あと、好き嫌いあっても引き受けた仕事はきっちりやるじゃないか長谷川さん。団長が私の事好きだから、私の事大嫌いな人間が一人いた方がバランス取れるんじゃないかな」
「…………良い根性してると思うよ、お前」
 景守は眉間に皺を刻んだ。
「報酬は貰うからな。ただで利用されるのは御免だ」


リプレイ本文

 学園。
 流れゆく雑踏の中、大炊御門 菫(ja0436)は見知った顔を二つ見つけた。
 黒髪の少年とピエロのはぐれ悪魔。
 その顔に思い出される事がある。夏の山を行った護衛行。
 あの時の二人は足を止めて話しこんでいるようだった。
 会話が耳に飛び込んで来る。

――此れだけは聞き捨てなら無い。

 そう思った。
「人手を集めているのか?」
 声をかけると二人は振り向いた。
「あんたは――」
「おぉ、菫さん?! お久しぶりっ!」
 シィールは満面の笑顔を浮かべた。
「あの時は有難うっ」
 童女はぺこりと頭を下げた。
 シィールへと繰り出された刃を咄嗟に割り込んで身体を張って止めたのは菫だった。言うなら、命の恩人という奴だろう。
「大変そうだな、私で良ければ力を貸すが?」
「え、良いのっ? とっても助かるよっ」
「――知った顔が集まっているな」
 不意に声が響いた。
「何やら話していると思えば、ある意味予想以上の難題だな」
 久遠 仁刀(ja2464)はようと片手をあげると一同へと近づく。
「久遠さんも聞いてたんですか?」
 と少年。
「悪いな。だが、こんな往来で話してたら、耳栓でもしていなければ聞こえるだろう?」
 その言葉に景守は頬を掻く。
「まあ、首を突っ込んだ以上、手を貸すさ」
「助かります」
 再会した四人はあれやこれやを話すと、ひとまず斡旋所へ向かうのだった。


 募集をかけると翌日にはさらに六人が集まった。
「あ・た・し・が! 劇団ドリーマーズの団長パトリシア=スミスよ! パティって呼んでね。パット言ったら殺すから! よろしくッ!」
 絶壁美人がウインクしてそんな事を一同へとのたまった。なかなか尖がった女であるらしい。
 劇団の部室で他の団員達も交えつつ相談する。まず景守が現案に色々とダメ出ししパティは口をへの字にひん曲げた。
「――天魔の正体は隠す方が良いと思うぜ」
 小田切ルビィ(ja0841)が意見を述べた。
「えー、あんたも?」
「パティ、アンタの言ってる事は間違っちゃいないが、時として理想や正義は人を深く傷付けちまうモンだ。今は『その時』では無いと思うぜ?」
 青年はそう説く。
「見る者、聞く者が一時現実を忘れられる様に……素性は隠すべき、と」
 桐亜・L・ブロッサム(jb4130)もまた頷く。天使はちらりと視線をシィールへと向けた。
「いっそ舞台に上がらない、という意見もありますが、そこまで引き下がるのは……貴女を頼り、薦めた人間を落胆させますし。やはり演じる、のが良いかと "人間"を」
 視線が向けられた先のシィールは何処か迷いがあるようだった。
 それを見て菫が口を開いた。
「天魔に苦しめられた人間の前で姿を晒す事が誠実か? 誠実に欠けるとは私は思わない。私はいい悪魔だから受け入れろと押し付けているようにも見えるはずだ。
 天魔被害に合った人の事を配慮するべきなんじゃないだろうか。見てくれる客を励ます為に舞台に出るのだろう」
「むむむっ」
 団長は唸っている。
「それに天魔という事で騒ぎが起こったら責められるのは発案者でなくシィール達でもある」
 と仁刀。
「……とても難しい問題を含んでいますけど、ともかくは、観客の皆さんに楽しんで貰える劇に仕上げるのが重要ではないかと」
 多くの胸中を代弁するかのように楊 玲花(ja0249)が言った。
 宗方 露姫(jb3641)が頷く。
「ああ、皆それぞれ、思うところはあるんだろうが……まずは舞台を成功させなきゃな」
「解かったわよ。それじゃ今回は皆の言うとおりにするわ。他にも何かある?」
 とパティ。
「舞台を見ている間だけでも夢と希望を与えたい」
「ふむ」
 一同は脚本についても話し合うのだった。


 かくて変更された脚本を元に、一同は公演に向けて練習や準備を重ねてゆく。
「弓封印中なんだ。何でかな?」
 舞台に使う武具を用意しながら雨野 挫斬(ja0919)は問いかけた。
「……それは」
 シィールは顔色を変える。
 話すのを迷っているような、しばしの沈黙の後に童女は言った。
「昔、取り返しがつかない事をしてしまって。それから、手が震えてしまって、撃てないんだ……逃げてる、のかもしれない。弓矢は、私の罪なんだ」
 俯くシィール。
 挫斬は頭を掻くと言った。
「ん〜、後で模擬戦しない? 剣とかで良いからさ」
「え?」
「何も考えられなくなるほど疲れても頭に浮かぶのが本心なんだよ! 考えても答えが出せないならいっそ自分に正直になったら?」
 と挫斬はシィールを誘い、練習の後に身体を動かした。
 模擬戦の後、童女は「少しすっきりしたヨっ」と笑顔を挫斬に向けたが、挫斬にはやはりまだ何処か影のある笑顔に見えたのだった。


「ちょっと良いか」
 公演も間近に迫った頃、その日の練習が終わった帰り、小田切はシィールを呼びとめた。
「はいー、なんだいっ?」
「色々と複雑な立場で大変だとは思うが――演るからには本気で演れ。観客や抜けてった仲間達にお前の『想い』が伝わる位に」
 赤い双眸がシィールを見据える。
 童女がはっと息を呑んだのが解かった。
「その気が無いなら、姫役は辞退すべきなんじゃねーか?」
 沈黙が降りた。
 童女は言葉を詰まらせたようだった。
 シィールは表情を歪め、拳を胸に抱いて俯き、天井を見上げ――そして再び、小田切を見た。
「……その通りだな」
 力なく笑う。
 引き受けても何かを害し、断っても何かを害す。
 けれども、やるなら全力でやるべきだし、それが出来ないならきっぱり断るのが礼儀だ。
 女は両手でぱんと己の頬を叩くと、くるっと回って輝くような笑顔を浮かべてみせた。
「私は誰か? 私はピエロ! 時に涙を払い、笑顔をお届けするのがお仕事なのサ! 時に涙と共に、心に響く輝きをお届けするのがお仕事なのサ! いつだって、魂を込めて演じてきたッ!! ここで忘れちゃ、いけないヨネッ☆ 負けるものか! 私の実力を御見せしよう!!」
「ふん……でかい口叩くだけはあるんだろうな?」
「やってみせると御答えするよっ!」
 拳を突き上げるシィールに小田切はニヤリと口端をあげ「その意気だ」と笑ったのだった。


 光陰は矢の如くに過ぎて公演当日。
 控室。
 挫斬はメイクすると共に天魔三名の正体がばれないように衣装を整える。特にシィールは念入りにした。
 曰く、
「騎士がロリコンにならないように気合入れないとね!」
 との事である。挫斬は「でももう化粧でなく仮装だよね」などと言いつつメイクを進める。
「俺も悪魔だってバレねぇように頑張らねぇとなぁ」
 とメイクされながら露姫。
「いつか貴女達も私も胸を張り素性を語れる日を……演者としてその礎を与える物語にできれば良いです、ね」
 侍女に扮した天使の桐亜はそんな事を言った。
「ま……魔族の方には難しいやも知れませんけれど?」
「「なんだとう」」
 と魔族達。
 一言多い桐亜であった。
 そんな様子に七種 戒(ja1267)は軽く笑う。
(囚われ続けるのは、勿体無い)
 天魔だからと一括りに蟠りを持ち目を背ける中に、将来の大親友が、恋人がいるかもしれない。
 それは選択肢を狭めているのだと、そう思う。
 少しでも伝わると良い、と女は願った。


 開演直前。舞台へと続く薄暗い通路。
 菫はシィールへと元気づけるように言った。

「不和を巻き起こす存在と言われているのは今は仕方が無い事だ。
 ただこの学園には君を助けたい、守りたいと思っている者もいる。
 色んな視点をもつ君だからこそ見える場所もあるんだと思う。
 迷う事が悪い事ではない、怖ければ傍にいる。
 楽しく笑顔に暮らしたいという君の願いを忘れたりしない」

 菫の言葉にシィールは「有難う」と礼を述べた。
 そして「そう言ってくれた事、忘れない。行ってくる」と言い残して、闇の中から光の中へと歩いていった。
 舞台へと。

 幕が上がる。


 それは敵対する二国間で揺れた王女と騎士との愛の物語。
 時は古代から中世にかけて、人々はクワと牛とで田畑を耕し、鋼の刀槍と弓馬で争っていた時代の話。
 そんなナレーションと共に登場する騎士役のパトリシアだったが、緊張しまくっていた為、足をもつらせて転倒してしまう。
 あちゃあ、と撃退士達は目を覆い、従者役の仁刀は咄嗟に舞台中央に躍り出て歌いあげる。

――私は火と鉄の国の兵士。

 主である騎士パトリックに従って敵対するこの森と湖の国へと潜入した。

 されど湖の女王が組織した、影無き間諜達に襲撃され、なんとか撒いたものの、主もまた手傷を負い、ついにここに倒れてしまった。

 おお、生きて共に祖国に帰る為には我々には助けが必要だ! 運命よ、救い給え!

 そこへシィール扮する王女が登場する。
 王女は騎士を付近の村に運び手当てをする。一命を取り留めた騎士は礼を言う。
 お互いに置かれた立場に気付く事もなく知り合った二人だったが、磁石が引き合うように互いに惹かれ合う。
 湖畔の村で静かに逢瀬を重ねる二人。しかしやがてそれは周りに知られる事となる。
 診療所へと兵士達が奇襲を仕掛け、咄嗟に王女が手負いの騎士を庇うが、王女は兵士達に掴まってしまう。

――ああ、貴様等は何者か?! 彼女をどうするつもりだ!

 騎士の問いに応えるように左の袖幕から豪奢なドレスに身を包んだ女が登場する。玲花扮する森と湖の国の女王だ。

――お母様!

 王女が声をあげ、騎士は驚きの表情を浮かべ、その心境を歌う。
 その女は、この国の女王ではないかと。では女王を母と呼ぶ愛しい娘は何者なのか。
 甲高くガラスが割れる音が響き、右の袖幕から戒扮する鉄と火の国の騎士と、騎士従者の仁刀が再び登場する。

――我こそは鉄の王の信頼厚き黒の騎士! 友よ! 黄金の騎士パトリックよ! 助けに参ったぞ!

 戒は朗々と歌いながら仁刀と共に剣舞を舞う。
 すると兵士達はくるくると回りながら倒れ、包囲の一角が崩れる。
 呆然としている黄金騎士パトリック(テンパってパティが台本内容忘れた)は(それを察した)黒騎士カイと従者マサトにひきずられるようにしつつ舞台袖へと退場してゆく。兵士達が後を追いかけてゆく。

――お母様、どうして……?!

 悲痛な声をあげる王女。
 玲花は言う。

――彼の者は火と鉄の国の騎士パトリック。我が国の様子を探っていた斥候じゃ……彼の国と我が国とは長きに亘って争ってまいった。故にお互いに相容れない存在なのじゃ、ぞ。

 玲花扮する湖の女王の表情は厳しかったが、王女を見つめるその瞳には深い愛情があった。
 一国の主としての務めと、娘の幸せを願う親の心の間で心が軋んでいる。

――……そなたも我が娘ならばその事をきちんと弁えるのじゃ。

 玲花はあくまで厳かに、そう告げた。

――お母様……!

 シィールの切ない声が響き、暗転。


 再び幕が開き、ミュージカルは進んでゆく。
 虎口を脱した黄金騎士は祖国に帰ると、王女との出会いから非戦を説くが、鉄の王から不審を買って裏切り者と断じられてしまう。
 湖の女王は娘の将来を思い、国内の大貴族の嫡男である小田切扮するレオンハルト・フォン・ローゼンベルガーへと縁談を持ちかける。
 レオンは苦労知らずの究極のお坊ちゃまで、完全な馬鹿息子タイプの上、自信過剰のナルシストである。
 小田切はコミカルな動作でそれを演じ舞台を盛り上げた。
 場面転じ、軟禁部屋。
 監禁の上レオンと婚約させられてしまった王女が悲しみを歌う。
 そこへ袖幕より女が一人踊り出る。桐亜扮する王宮の侍女だ。

――王女様、王女様、お泣きにならないでください。

 桐亜は歌いながら呼びかける。

――レオンハルト様は確かに少し……寧ろ凄〜〜く、変な方で……嫌がる御気持ちは解ります。

 桐亜は観客席の方を向くと大仰な動作でコクコクと頷いてみせる。
 小田切が舞台袖から出て来て、オーバーアクションに舞踏した。笑いが会場に洩れて、小田切が舞台袖へと去ってゆく。
 侍女は再び王女の方へと視線をやって言った。

――ですがこれも貴女の為……

 王女がそれに言葉を返し、暗転。
 かすかな光が王女の周りだけを照らし、暗い雰囲気の中、寂しげな独唱をする。
 光が空へと登ってゆき、一旦幕。


 再び幕が開く。
 国を脱出し、約束の丘へとやってきた騎士と従者だったが、しかし王女の姿は何処にも見えなかった。
 立ち尽くす騎士の元に露姫が現れる。
 走り回り観客に「ハリボテの龍人」を印象づけつつ露姫は歌う。

――私は森深くに住まう竜、囚われの王女の嘆きを聞き、遣いとしてやってきた。王女はその身を拘束され、ここには来れない。
 彼女から貴方への伝言、私の事は忘れて、と。

――王女は何処に?!

――貴方にとっては、とても危険な場所。

――教えてくれ!

 露姫は迷いの表情を浮かべつつも、

――……湖の女王の居城。その中央にある、もっとも高き塔の中。

 そう告げ、スモッグに溶けるように消えてゆく。
 すぐに駆け出そうとする騎士だったが、その背に制止の声がかけられる。

――待て!

 袖幕より剣を抜き躍り出て来たのは戒扮する黒騎士だった。

――敵国の者と通ずるなど……騎士の風上にもおけぬ裏切者め!

 戒は侮蔑の表情を浮かべ、その双眸で騎士を射抜く。
 激しい殺陣が始まり、観客がどよめきをあげる。
 二人相手に奮戦する黒騎士だが、剣を交えつつ黄金騎士が己の心情を語り動揺する。
 その隙をついた黄金騎士は黒騎士の剣をその手の中から弾き飛ばした。
 騎士はしかし、黒騎士を斬らずに従者と共に去ってゆく。
 黒騎士は「己が間違っていたのか」と呆然と立ち尽くし見送るのみであった。


 再び幕が開き、背景は映像で投射され次々に切り変わってゆく。追手の兵士を何度か撃退し、王都に辿り着いた二人は夜を待って城へと忍び込んだ。
 軟禁部屋で王女と再会し抱き合う二人。さぁ脱出、という所でレオンと兵士達が躍り出る。

――我が花嫁を奪われてなるものか! 黄金の騎士よ、勝負だ!

 小田切がレイピアを抜き払い、色とりどりの照明と共にアップテンポの曲が流れて剣舞が始まる。
 激しい舞いが終わった後、貴族の息子がぱたりと倒れる。
 王女は一度振り返り、しかし騎士に手を取られて舞台袖へと消えて行った。


 その後、互いを非難し合い対立する両国。
 しかし、そこに王女と騎士を発見したとの連絡が入り両国は二人の元へ向かう。
 力強く手を取り合い、国と国を結ぶかのような二人の姿に、王と女王は心を動かされ停戦し平和条約を結ぶ。
 訪れた平和に皆が喜び、歌い舞い踊る中、幕が閉じてゆき、終劇。


 終了後、小田切は観客と出演者で記念撮影会を行った。
 感想を聞くと「ラストちょっと強引じゃ?」との意見もあったが、明るい物を、という心遣いは伝わったようで、各員の熱演もあってそこそこ好評だったようだ。
 また後日、団長の方針に反対して抜けていった団員達がこっそり見に来ていたらしく、今回の内容を見て劇団に復帰したという。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 『九魔侵攻』参加撃退士・楊 玲花(ja0249)
 戦場ジャーナリスト・小田切ルビィ(ja0841)
 撃退士・久遠 仁刀(ja2464)
重体: −
面白かった!:9人

『九魔侵攻』参加撃退士・
楊 玲花(ja0249)

大学部6年110組 女 鬼道忍軍
創世の炎・
大炊御門 菫(ja0436)

卒業 女 ディバインナイト
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
高松紘輝の監視者(終身)・
雨野 挫斬(ja0919)

卒業 女 阿修羅
あんまんマイスター・
七種 戒(ja1267)

大学部3年1組 女 インフィルトレイター
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
激闘竜姫・
宗方 露姫(jb3641)

大学部4年200組 女 ナイトウォーカー
【猫の手】劇団員・
桐亜・L・ブロッサム(jb4130)

大学部4年137組 女 ダアト