誰かが叫ぶ。誰かが叫ぶ。あちこちから怒号が聞こえている。
人が、叫んでいる。
谷屋 逸治(
ja0330)は城牆上に登る為、中庭の隅にある階段を目指し迅速に駆け出していた。
「門前に行きます!」
若菜 白兎(
ja2109)が言って御影 蓮也(
ja0709)もまた自分も向かうと声を返しつつ臨戦を発動、西にある正門前へと駆ける。アラン・カートライト(
ja8773)、水葉さくら(
ja9860)もそれに続いた。
既に門自体は破壊され、単なる空洞と化している正門を潜り抜ける。要塞を紅に染め上げる程に強い西日の中、目を眇めて四人が見やれば、十体程の敵影が猛然と迫って来ている所だった。
空に火炎を纏った大烏が一体。地に漆黒の巨馬に跨った人型の鎧武者が一体。使徒だ。木乃伊武者が二体に、剣と大盾を持った動く骸骨達が五体。うち一体は立派な兜をつけていたから、あれは骸骨指揮官だろう。
先頭の火炎鴉との距離は既に射程に入りそうな程に詰まりつつある。敵の移動が迅速だ。巧遅よりも拙速か。撃退士側の迎撃態勢が整う前に最速で雪崩れ込んでぶん殴る腹積もりらしい。
「正面突破かよ、迎撃準備。レーベンは頼んだ!」
正門前に立った御影は、後方にも聞こえるように振り返りつつ声を張り上げて叫んだ。
状況は切迫していた。城牆の守りは四方に分散し、監視塔でもここぞとばかりにサーバント達が反撃に出ている。
使徒に抜かれると、不味い。
「騎馬武者と真っ向勝負か。武士道精神も嫌いじゃねえが、紳士として譲れねえな」
御影の隣に到着したアランが西日に目を細めつつ言った。
「――妹が京都旅行を心待ちにしてる。その為に沈んで貰うぜ」
イングランド出身の若き紳士の世界の全ては、ただ一人の妹こそが中心だ。その性は狂愛に近い。今、赤い夕陽に灼かれているこの両眼よりも、妹の事となれば常識を失い盲目になる。
愛に狂える魂の導くままに男は闘気を開放、AL54突撃銃を出現させると鈍い音を立てて弾丸をロードした。
妹の望みを邪魔する奴は、潰す。
――ホントに紳士か?
というツッコミに対しては「俺以上の紳士はいねえさ」と答えるのがアラン・カートライトである。
その隣に立つ白髪の童女、若菜白兎もまた別の理由で不退転の意志を固めていた。
(今、敵の援軍が雪崩れ込んじゃったら塔で頑張ってる皆が……)
若菜は凄惨な予想を打ち消すように頭を振る。戦いには未だ抵抗がある。けれども、そんな事は、絶対にさせられないのだ。
「たとえどんな強敵だって、ここは通さないの!」
決意と共に光纏、淡青の光を煌に輝かせながら、全長2mもの巨大さを誇る大剣を出現させ、己の存在を誇示するように構える。
2m。
外見年齢6才の若菜の身長は92cmであるからして、己の体躯の二倍以上の差がある。
若き紳士は狂愛が為に銃を取り、その隣では6歳の童女が仲間が為に身の丈に倍する大剣を構えて血をぶちまけたかの如きこの紅の戦場に立っている。凄い絵面だ。世紀末、はもう過ぎたか。地獄の一丁目へようこそ。
水葉はというと、あくまで隅で控えめに、おどおどとした様子で小天使の羽を発動して浮きあがっていた。
「これ、構えてみて一番しっくりくるのを使って下さい……きっと助けになるはずだから」
他方、氷月 はくあ(
ja0811)は、長谷川景守と名も無き阿修羅へと三丁のAL54突撃銃を渡していた。
「素直な子達だけど、誤射には気を付けてね」
緑髪の少女は冗談めかして笑い、急ぎ城牆上に登る為に隅の階段へと向かって駆ける。
氷月は銃を指して子達と呼んだ。彼女はかつて、幼少期に故郷を収穫され目の前で両親を失った。そして助けられた時に撃退士の魔具を見て以来、武器や魔具に心底惚れ込んでいる。銃を受け取った景守は「有難う」と礼を述べ、阿修羅は「仕方ねぇな」と不機嫌そうに言っていた。
「さぁ、受け取って下さいな!」
桜井・L・瑞穂(
ja0027)は女帝恩寵を発動し西唯一のダアトであるファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)へと魔眼と加護の力を付与している。鴉女 絢(
jb2708)の往復、はちょっと間に合わなさそうだったので、ファティナは礼の言葉を一言残し急ぎ階段へと走った。
桜井が景守へと言った。
「景守、前に言ったこと覚えていますかしら? わたくし達で前線を支えますわよ」
「覚えている。任せておけ」
桜井の言葉に少年は頷く。
他方。鴉女はその間に闇の翼を発動、鴉のような漆黒の翼を広げると赤坂白秋(
ja7030)を抱きかかえて飛び、城牆上へと運んでいた。鴉女絢は空を飛ぶのは好きだ。
「ありがとよ、絢」
白秋が礼を言って、鴉女は笑顔でそれに応える。
「どういたしましてっ」
赤坂は城牆上に降り立つと西へと視線を転じた。
迫る騎馬武者達の姿が、男の金色の瞳に映し出される。
「さて、舞踏会が始まるぜ。連中、ダンスの腕前は如何ほどだ?」
銀髪の男が浮かべる軽薄な笑みの裏には決意が秘められていた。
鼠一匹、通さない。
通すつもりは、男にはなかった。
他方。
(この状況で使徒の襲撃か、厳しい戦いだな……)
谷屋は城牆上に出て配置につくと銀眼にアウルを集中させていた。
(だが、ここで阻む)
サムライも骸骨も大鴉も敵であるなら誰ひとり、ここから先へは通さない。
射程内にいる敵、全て撃ち抜く。
黒髪の青年は決意を固め、スナイパーライフルを出現させ静かに構えた。
谷屋に少し遅れて氷月とファティナも城牆上の配置につく。
氷月は銃を片手に身を低く伏せ、ファティナは門近くの位置に構えつつ思う。
要塞を攻略している部隊には義姉妹が、友達がいる。もし使徒を通してしまったらどうなるか。
最悪の想像が胸を締め付ける。
(絶対に通せない、通す訳が無い、妹達の為、友達の為にも銀髪姉妹の長女として、この戦い、負けられない……!)
銀髪赤眼の少女は決意を籠めて迫る敵勢を睨んだ。
他方。
正門の要塞内側には桜井、景守、阿修羅の三名がついていた。
(数多の人の上に立つが故の苦悩、お察ししますわ……)
桜井は部隊長の声を思いだしていた。
将来的に実家お抱えの撃退士兼経営者になる事を目指している桜井もまた、きっとその悩みは無縁ではない。
「――決死の覚悟で向かった皆様の為、何人たりとも此処を通す訳にはいかなくてよ!」
少女のその言葉に、門前に立つ御影が敵を睨みながら答えた。
「ここで必ず食い止める。突破などさせるものかよ」
さぁ撃退士達、やれるか、否か。
●
炎の鴉が飛び、騎馬武者が駆け、鎧武者が駆け、骸骨兵達が駆ける。
距離が詰まる。
西戦場で交戦の口火を切ったのは谷屋だった。
「この一撃、外さん……!」
狙撃銃の射程に空を舞う炎纏の大烏を捉える。対空。赤光が眩しい。ダークショットを発動、カオスレートが負の方向へと大幅に変動し飛躍的に力と精度が増してゆく。男はアウルを全開に黒霧を纏わせると一発の弾丸を撃ち放った。
旋条により回転するライフル弾が大気を切り裂いて真っ直ぐに飛び、ファイアレーベンは機敏に反応、バンクするように身を傾け、宙を滑るようにスライドする。
次の瞬間、強烈な破壊力を秘めた弾丸は大鴉の片翼を一撃でぶち抜いて空の彼方へと飛んでいった。命中。良い腕だ。黒羽が散り、鮮血が吹き上がる。ファイアレーベンの態勢が大きく崩れた。その速度が減じ、高度を徐々に下げながら、しかしそれでも正門へと落下するように滑空してくる。執念か。苦痛に喘ぐ顎の奥には燃え盛る火炎が見えた。
「落とすだけじゃ足らない……」
氷月は目を細めつつPDWを構えファアレーベンの首と胸部の狭間へと狙いを定める。概念付加弾『誓約せざる者』を発動、反抗の意志と、殺意等の黒い感情をアウルに乗せて凝縮、カオスレートが大幅に変動し、飛躍的に力と精度が上昇してゆく。
「その邪魔な波動……魂ごと消し飛ばすっ!」
トリガーが絞られ、少女が構える防衛火器が火を吹いた。怒涛の勢いで弾丸の嵐が飛び、黒炎の尾を宙に曳きながら、大鴉に次々と喰らいついてゆく。弾幕が瞬く間に大鴉の身を削り爆ぜ飛ばした。凶悪な火力と半端じゃない精度。残骸が大地へと落下してゆく。撃破。
大地を駆ける二体の木乃伊武者は足を止め鬼火の弓を斜め上へと向け次々に撃ち放った。蒼く燃え盛る鬼火の矢が稲妻の如くに走る。
氷月、射撃後はすぐに身を伏せて移動せんと反撃に備えている、眉間へと迫り来た矢を間一髪で伏せてかわす。高所は有利。
谷屋、回避せんと身を捌いたが、こちらは反応が遅れた。かわしきれずに肩部を撃ち抜かれ、凄まじい衝撃が全身を貫いてゆく。負傷率九割六分。受けに回ると開いたレート差がきつい。
地上先頭を駆ける漆黒の巨馬・絶影、その鞍上に跨る鎧武者新田虎次郎。髭面の大男は和弓を構えると矢を番え、大きく引き絞った。
使徒の狙い、正門を突破したい、その前に並ぶ四人、御影は身を低くし半身に構えて射撃に備えている、若菜はシルバータージェを構えている上に的が小さい、水葉か、アランか。次の刹那、強弓から猛烈な勢いで矢がはっしと放たれる。矢は錐揉むように横回転しながら流星の如くに飛び、アランの頭部を目がけて襲いかかった。
赤坂は城牆から身を乗り出し回避射撃を発動、突撃銃をフルオートに矢へと向かって弾幕を叩きつけるように撃ち放つ。弾丸の一発が矢に当たり、それでも進む剛矢の前に水葉がケリュケイオンを構えて飛びこんだ。
「ふ、防ぎます!」
防陣壁を発動、翼持つ銀杖から光輝く翼が形成されて拡大し杖を包みこんで盾と化した。光翼の盾と強矢が激突し、重い衝撃を撒き散らしながら、しかし矢が弾き飛ばされて地に落ちる。
「――ぬぅ?! 小癪な!」
馬上の大男は胴間声を響かせながら和弓を消すと太刀を引き抜く。蒼く眩く輝く巨大な光が柄より焔の如くに噴出し、轟音を轟かせながらその刀身を包み込んだ。黒馬が風のように加速する。
「可愛い馬だが、躾がなっちゃいねえな」
アランは小柄な水葉の頭越しに突撃銃を構え発砲。闘気を乗せて鋭く飛んだ弾丸を、しかし絶影は突進しながら斜め前へと跳んで回避した。速い。御影、出来るだけ多くを巻き込みたいので前方へ駆け出している。
桜井、光輝くアウルの槍を出現させる。ヴァルキリージャベリンだ。前衛達の陰から見える絶影と虎次郎を対象識別して定め全力で槍を投擲した。霊気の槍が空間を貫いて飛び、唸りをあげて鎧武者へと迫る。
黒馬は着地と同時に素早く身を傾がせ、槍がその脇腹をかすめて後方へと抜けてゆく。
御影、多くを巻き込みたいが攻撃直後に轢かれるのは避けたい。真っ向を避け、至近の斜めから狙う。
「まずは挨拶代わりだ、駆けろ、真弾砲哮<レイジング・ブースト>!」
極限までアウルを集中させたカーマインを蒼光と同化させ砲撃。爆音と共に蒼光が飛び出し、スライドしてかわさんとした絶影の脇腹を抉り削りながら後方へ抜け、その奥を走っていた骸骨兵士に直撃する。
城牆上、ファティナ。霊符を構えアウルを集中させるとライトニングを発動、使徒を睨み、御影の砲撃に重ねるように爆雷を解き放った。桜井から魔眼の支援を受けている。精度が増幅されている紅蓮の稲妻が空間を一瞬で制圧して飛び、態勢を崩している巨馬に喰らいついた。荒れ狂う赤雷が絶影の身を灼き焦がしてゆく。
「誠に残念ですが、お客様はお通し出来ません」
同時。赤坂も銃口を絶影へと向けていた。アウルを全開に構えた突撃銃へと黒い霧が集まってゆく。
「何分、ネクタイの着用が義務でして……おちろぉッ!!」
轟く銃声と共に強烈なマズルフラッシュが瞬き、稲妻に打たれている絶影の身に弾丸が次々に突き刺さった。銃弾の嵐を受けて血飛沫を噴出する。
しかし、それでも雷を払い、弾幕を突き破り、漆黒の巨馬は主人を乗せて鬼気迫る勢いで門へと突っ込んで来る。
他方。
「……射線が通らん」
景守が呻いていた。門が破壊されて空いている空間は、幅6m高さ4m程度、城牆の高さは8m。高さ8mから高さ4m分ひけば、残りは4m、4m分の空洞のその上に壁が4m分残されている。いわば、トンネルのような状態だ。
そのトンネル状の出口の前には御影、若菜、アラン、水葉が突破阻止の為に並んでいる。しかも攻防で動きまわっている。
「動き回る味方の隙間を抜くか? その上で敵に中てる自信は、あまりないが」
「一発だけなら誤射という。多少味方に中てても敵を潰すのを優先した方が結果の被害は少ねぇだろ」
阿修羅の男がぶっきらに阿修羅な事を言った。
「こっ、こんな時に冗談はおよしになって! 今は撃っては駄目ですわ!」
先の桜井、槍を投擲しながらも慌てて二人に制止をかけていた。識別射できるジャベリンならともかく銃撃は不味い。その一発が命取りだ。
他方。
「止める……!」
城牆上。鴉女はアウルを集中させていた。
迫り来る天の軍勢。ふと脳裏を過ぎるのは過去の映像。鴉女の好きな事は空を飛ぶ事。嫌いな事は己の昔話。
鴉女は親代わりで命の恩人の撃退士の元で育った。だが恩人は天界勢に殺された。鴉女はそれがきっかけとなって久遠ヶ原学園に入った。
城牆の縁に足をかけて見下ろし、叫ぶ。
「使徒、あなた達があの人の夢を絶ったように私はあなた達の夢を絶つ!」
武者は何の話だ? とは問わなかった。
ただ一言、
「やってみろッ!!」
鞍上の虎次郎は太刀を一閃させて吠え返した。
悪魔の娘はクレセントサイスを発動、カオスレートが変動し、対天に極度に研ぎ澄まされた−5。
「いけぇ!」
鴉女の振るった手より三日月状の刃が、無数に、嵐の如くに噴出し、空間の総てを滅多斬りに斬り刻みながら騎馬武者へと襲いかかる。痛烈な破壊力を秘めた一撃。
絶影は血を撒き散らしながら駆け飛燕の如く、風にでも乗るよう低く鋭く跳躍する。刃の嵐が巨馬をかすめ、大地を深く抉った。かわされた。漆黒の巨馬は着地と同時に地を蹴り、猛然と正門へと突っ込む。止まらない。
来る。
「と、とまってくださぁ〜い!」
水葉は使徒の進路上、真っ正面に躍り出ると、翼をはためかせて跳躍し、その顔面へと目がけて足から突っ込んだ。ドロップキック。
突進する騎馬武者は委細構わず矢でも払うように太刀を左袈裟に一閃させた。
太刀が水葉の腿部に炸裂し、猛烈な衝撃と共に少女が斬り裂かれて弾き飛ばされ、駒のように回転しながら吹き飛んでゆく。リーチが違う。
若菜が声をあげて突貫した。
迫り来る漆黒の巨馬の前に立ち塞がり真っ向から2mの大剣を叩きつけるように振り下ろす。
巨馬の力と大剣の力が激突し、刃が絶影の身に喰い込んで血飛沫があがった。漆黒馬の瞳から光が消え、若菜が重量に押し切られて絶影の骸に撥ね飛ばされる。猛烈な衝撃がその身を襲った。負傷率三割二分。
童女が吹き飛び、絶影の膝が折れて前のめりに倒れ、鞍上から投げ出された虎次郎は地を転がりつつも一回転して立ちあがり、なおも突貫。前進を止めない。
進路上にアランが割って入り、ブラストクレイモアの刀身で武者の肩からの体当たりを受け止め阻んだ。地が靴底によって土煙りをあげて削れる。力と力の押し合い。
「馬が馬なら飼い主も飼い主か。成る程、レディにモテない顔してやがる」
アランが歯を喰いしばりながら笑い言う。
「ハッ、一人を振り向かせられればそれで十分よ!」
虎次郎が吠え、彼方から全力移動してきた骸骨指揮官が御影へと斬りかかって御影は身を捌いてかわし、水葉と若菜は弾き飛ばされているので、アランと虎次郎の脇を四体が抜けて正門内へと次々に雪崩れ込んで来た。
「撃つぜ!」
阿修羅と景守が突撃銃で発砲し、骸骨達が構える大盾に中って弾丸が弾き飛ばされる。突進する骸骨兵による大盾の体当たりを、避ける訳にはいかないので阿修羅はかわさずに受け止めて後方へと吹っ飛ばされ、景守はシールドを発動して受け止めて踏ん張る。桜井も同様に受け止めて後方へと吹っ飛んだ。
御影、アウルを再び集中させると振り返りざまに虎次郎を対象に指定、蒼光をカーマインに宿して撃ち放った。光の砲撃が使徒に炸裂しその身を揺らがせる。その直後、御影の背に衝撃が襲い来た。前につんのめり息が詰まり背骨に痛みが走る。肩越しに背後を見やれば、虚ろな目をした骸骨が追いすがり剣を振り抜いていた。刹那、一発の弾丸が飛来して骸骨の頭部をぶち抜いて砕き、骸骨が倒れる。赤坂の射撃だ。ヘッドショット。
赤坂、射撃後即座に身を伏して遮蔽を取る。間髪入れず蒼焔矢が頭のすぐ上を貫通してゆく。サブラヒナイトからの射撃だ。かわした。撃ち合いなら地形を上手く活かせば抜群に有利。しかし男は思う。使徒はともかくサーバント達の突撃が予想より迅速だ。既に第二防衛ラインまで踏み込まれている。
「ハッ……上等だ、てめぇら! 押し返すぞ! ロックンロールッ!!」
男は銃をロードし直しつつ叫んだ。
同じく城牆上、谷屋。スナイパーライフルを構え、サブラヒナイトへと狙いをつけトリガーを引く。鈍い反動と共にライフル弾が唸りをあげて飛び、吸い込まれるように鎧武者に直撃した。一発の弾丸が発生した特殊力場をぶち抜いて脇腹に炸裂し、鎧を凹ませる。しかし木乃伊武者は倒れない。猛然と谷屋へと鬼火の矢を撃ち返す。弾丸と矢が応酬され、矢が谷屋の身を貫いた。負傷率十六割一分。血飛沫をぶちまけながら男が倒れる。昏倒した。
城牆上は直下、門後の位置から視界が通らない。ヒール等の支援が届かない。
他方、ファティナ、城牆上から身を乗り出し、御影の砲撃に身を揺るがせた使徒へと異界の呼び手を解き放った。虚空より無数の腕が出現し、鎧武者の全身にわらわらと絡みついてゆく。
「ぬぅっ?!」
呻き声をあげる虎次郎。密着状態のアランは至近距離から掌底を繰り出した。アウルが集中された手の平が水月に命中すると同時、猛烈な衝撃が発生して鎧武者を後方へと吹き飛ばしてゆく。
「今だ、叩き込め!」
アランが叫び、鎧武者は宙で身を捌いて前傾姿勢を取りつつ接地、土煙をあげながら滑ってゆく。アランの声に応えて城牆上から氷月が身を乗り出した。
「完全無効じゃないなら……強引に潰すっ!」
緑髪の少女はMod-003『螺旋白虹』を発動、莫大なアウルを銃へと集中させると爆音と共に撃ち降ろした。光の弾丸が分裂し三重の螺旋を描く。光が咆哮をあげて使徒へと襲いかかった。怒涛の三回攻撃。
虎次郎、異界からの腕に絡まれている。移動出来ない。髭面の鎧武者は裂帛の気合いを発した。太刀より蒼光を爆発させて刀身に収束させると嵐の如くに剣閃を巻き起こす。剣撃の結界が放たれた光弾を叩き落とし、しかし残りの二発が太刀を掻い潜って次々に使徒の身に直撃し強烈な衝撃を巻き起こしてゆく。
他方。
起き上がった水葉と若菜。黒髪の少女は手に持つ杖より四枚の光り輝くアウルの翼を形成、光翼は次の瞬間には束ねられて光の刃と化し、少女は光刃を手に駆ける。白髪の童女は2mの大剣を構え駆けた。
水葉と若菜は左右から鎧武者目がけて迫ると光刃と大剣で同時に斬りかかった。二条の剣閃が走り、武者は異界腕に絡まれながらも素早く蒼光の刃を掲げて魔法の光刃を受け止め、障壁を纏う手甲を翳して大剣を受け止める。衝撃が炸裂し、轟音が荒野に鳴り響いた。
水葉はぎりぎりと刃を押し込みながら使徒へと言う。
「今は、取り込み中ですので……日を改めて頂けると、助かります、です」
「たわけた事を」
武者は笑った。笑いつつもしかし、眼光鋭く一喝する。
「子供がこんな場所に出てくるな!」
「小さいからって、侮らないで!」
童女は大男を睨み上げて叫び返す。
「よかろう、なら死ね!」
大男が吠え、太刀から蒼く燃える焔のような光が轟音と共に吹き上がった。蒼い剣閃が猛然と嵐の如くに放たれる。
若菜、防御を重視している。即応してシールドを発動、頭部への落雷の如き打ち込みを大剣で傾斜をつけて受け流して逸らし、一瞬で飛燕の如く翻った刃の突きに再度大剣を掲げる。
蒼く眩く輝く霊剣の切っ先が、大剣の側面を抜けて、吸い込まれるように若菜の右肩の付け根に突き立ち、紙の如く法衣を貫きその下のチェインも泥の如くにぶち抜いて、その奥まで貫いて抜けた。武者は手首を返して抉りながら太刀を引き抜く。猛烈な灼熱感の後に凄まじい激痛が走り抜け鮮血が溢れ出た。しかし、若菜、倒れない。負傷率八割四分。非常に頑強だ。
正門。
骸骨兵達が突破せんと雪崩れ込み押し合っている。前線を援護していられる状況ではない。突破させる訳にはいかない。身体を張って止めるしかない。景守は槍を、阿修羅は大剣を出現させて斬りかかり骸骨兵の大盾と激突して激しく押し合う。骸骨達は大盾の隙間から剣を突き出し、景守と阿修羅を突き刺した。
「荒々しい入場はお控え下さい、な!」
桜井、歯を喰いしばって踏みとどまると再び霊槍を出現させ、眼前の骸骨兵へと零距離からぶちかました。光輝く槍が骸骨兵の身に直撃貫通して吹っ飛ばして抜けてゆく。先に御影から砲撃を受けていた骸骨兵は、これがトドメとなったか、身を半壊させると、そのまま崩れ落ちるように倒れた。撃破。
しかし攻め手側も必死だ。その攻防の間に一体が、先に生じた隙間、阿修羅と押し合っている骸骨兵の背後を通って監視塔の方へと駆け抜けてゆく。
突破された。
鴉女が気付いた。少女は闇の翼を広げて城牆上から降下し全力移動する骸骨兵を追う。
射程外へと逃れられる前に宙で漆黒のショットガンを構え発砲。撃ち降ろしのバックアタック。散弾が骸骨兵の背骨に直撃しレート差による凶悪な破壊力を解き放った。骸骨兵は身を真っ二つに断たれて倒れ、動かなくなる。撃破。
御影は気合いの声と共にケイオスドレストを発動。黒と白が混ざりあった混沌の光を全身から噴出させてゆく。
水葉はおどおどした表情ながらも果敢に踏み込み魔法の光刃を一閃させる。虎次郎は即座に半身に身を捌いてかわした。
(警戒されてる……?)
武者は大剣より魔刃に注意を払っている様子だった。恐らく、先の会話がなければ水葉から先に仕留めにかかろうとしたに違いない。
「こんなにイケメンな男が居るんだ、まさか無視はねえだろう?」
少女二人の苦戦を見て取ったアランが地を蹴り飛び込んでいた。剣を片手に虎次郎の側面より踏み込み掌底を放たんとする。
「おおよ!」
虎次郎は稲妻の如くに反応してアランが拳の間合いに入る前に、身を捻りざま薙ぎを繰り出した。一閃の刃がアランを逆袈裟に叩き斬って抜け、振り抜かれた太刀が一瞬で翻って最上段から落雷の如くに振り下ろされる。唐竹割りの太刀が、アランが咄嗟に掲げた大剣ごと押し切って肩口に喰い込み、肉を斬り裂き骨をぶち折りながら抜けた。男の身より鮮血が霧の如くに吹き出し、視界が暗転し、意識が遠のく。誰かの声が聞こえる。
「――アランさんっ!!」
若菜が悲痛な叫びをあげていた。瞳から零れた涙が地に光の波紋を生み、男の身に吸収されてゆく。その光には意識を繋ぎとめる力が込められていた――が、ダメージが重すぎた。負傷率十八割二分。沈んだ。ブロンドの男は糸が切れた人形のように、自らが産み出した血溜まりに倒れる。
涙を流す若菜へと彼方より光る物が飛来する。
サブラヒナイトの蒼焔矢。二本。
若菜、我に返ると咄嗟に防がんとするが、避け切れずに二連続でぶち抜かれて負傷率十割九分。激痛に意識が遠のいてゆく。
「……倒れる訳には……いかないの!」
若菜は散り散りになりそうな意識を掻き集め、気力を振り絞って堪える。倒れない。気合いの声と共に使徒へと大剣を一閃させる。巨大剣を鎧武者は身を沈め装甲の厚い部分で受け止め、強烈な衝撃が巻き起こるが、しかし武者はまるで倒れる気配が無い。
「くそっ、あのヒゲを止めるぞ! 援護するんだ!」
赤坂は舌打ちしつつ、味方に使徒への攻撃を要請。同時に金属製の十字架を出現させブーストショットを発動。アウルを集中させて精度と引き換えに破壊力を増大させた光球を撃ち放つ。城牆上から撃ち降ろされた魔法の光球に対し鎧武者は猛然と反応、向き直りざま蒼光剣を一閃させて斬り払う。
「やらせません!」
赤坂の声に応えてファティナが使徒を睨み霊符を翳した。妹達の為にも絶対に通せない。魂を込めてライトニングを発動、爆雷を解き放つ。轟く雷鳴と共に紅蓮の稲妻が城牆上より撃ち落とされ、迎撃の太刀を掻い潜って鎧武者に突き刺さってゆく。激しい電撃が使徒の身を灼き焦がした。
「ぬぅ!」
これまで猛攻を受けてもある種平然としていた虎次郎が初めて顔を顰めた。魔法攻撃が良く効く――というか、物理衝撃半減の鎧を着込んでいる為、物理攻撃に極めて強いのだ。
そんなの関係ねぇ、と言わんばかりに同じく城牆上、氷月、再度螺旋白紅を発動。莫大なアウルを集積し、裂帛の気合いと共に撃ち放つ。
「もっと……理想をも超える力をっ!」
轟音と共に七彩の光が分裂して三重の螺旋を描きながら使徒へと襲いかかる。怒涛の三回攻撃。虎次郎、態勢が悪すぎる。避けられない。全弾命中。鎧に次々と凹みが出来てゆく。手数で相性の悪さを押し切るか。
鴉女は城牆上に降り立ち魔弾・影鴉を活性化させる。
骸骨兵を破砕した桜井、若菜とアランを視認すると霊光燦爛を発動させた。
「景守。篤と御覧なさい、此れが……『癒す』ということですわ!」
アウルの光を放つ色とりどりの花が咲き乱れた。甘い芳香漂う風が吹き抜け、若菜とアランの傷が急速に癒えてゆく。若菜、負傷率六割四分、アラン、負傷率十二割五分まで回復。
「すまんが見えん!」
景守は十字槍で骸骨兵と斬り合っている。大盾に防がれ苦戦している模様。
「ああもう、さっさと片付けなさいなっ!」
桜井の叫びが響く中、名も無き阿修羅の方は骸骨兵が突きかかって来たタイミングに合わせて相討ちの斬撃を叩き込み骸骨兵を撃破。
「ぬぉおおおおおおおおおお!」
虎次郎が咆哮をあげ、大男の身にまとわりついていた腕が吹き飛んで消えてゆく。
武者は倒れているアランを跳び超えると猛然と駆け出した。
その視線が向く先は桜井。回復手から潰す腹のようだ。
だが、ただで行かせる程撃退士達も甘くは無い。若菜の大剣が虎次郎の背中を強打し、水葉の魔刃もまた背中に炸裂してその鎧を斬り裂く。
しかし、虎次郎は背より剣を受けても倒れずに駆け、紅に輝く糸が飛んだ。刹那、虎次郎の右肘より血飛沫が吹き上がる。
「――鎧に半減されようと、その隙間ならどうだ」
御影が紅糸を引き絞りながら言った。その手より伸びる紅に輝く鋼の糸が、虎次郎の右腕に絡みつき、肘関節の部分に喰い込んでいる。
「……こしゃくな!」
「使徒!」
足の止まった虎次郎の頭上に漆黒の影が落ちた。
闇の翼を広げて見下ろす鴉の娘と、仰ぎ見た鎧武者の視線が交錯する。次の刹那、鴉の羽根が舞い落ち、虎次郎の左目から血飛沫が盛大に吹き上がった。
「うぉおおおおおおおおおっ?!」
「あなたの目、これから先を見る目………貰うね」
鴉女は左目を瞑っていた。放ったのは影鴉、不可視の魔眼だ。
「今だ! 撃て撃て撃て!」
赤坂が叫んだ。目から血を噴出しよろめく虎次郎へと城牆上から放たれた光球が炸裂し、稲妻が爆裂し、虹光の螺旋弾が怒涛に降り注いでゆく。
門後組みでは桜井がアウルを全開にさらに霊光燦爛を発動、若菜、アラン、水葉の傷を回復させ、景守の槍と骸骨兵の大盾がぶつかり、阿修羅が側面より大剣を叩き込み最後の骸骨兵を粉砕した。
「……最早これまでッ!!」
骸骨兵達は全滅し自身も隻眼となった虎次郎は、押しきれぬと判断したか苦渋に溢れた声音で叫んだ。蒼光の太刀を竜巻の如くに振るって鋼糸を斬り飛ばすと、太刀の切っ先を天へと向け高々と掲げた。
刹那、一万本の剣を同時に叩き折ったかのような甲高い爆音が鳴り響き、蒼光剣が粉々に砕け散り、砕け散った刀身から真夏の太陽よりも猛烈な光が周囲に溢れた。
数秒後。光に灼かれた撃退士達の目が回復し、おぼろげながらにも視界を取り戻した頃には、既に鎧武者達の姿は何処にも――
「あっ、に、西です! 逃げてる……!」
水葉が言った。西へと目をやれば、四十m程彼方で背を向け足を必死で動かして駆けている虎次郎とサブラヒナイト達の姿があった。
「ハッ、ざまぁみやがれッ!!」
赤坂が銃を振り上げて声をあげた。
「この守りの堅さ! 決して堅固な要塞によるもののみに非ず! 意思の堅さ! 決意の堅さ! 人間の底力の発露! てめえら如きに――崩せるものではないと知れッ! おとといきやがれッ!!」
赤坂の言葉に応えて周囲から歓声があがる。その声は、虎次郎達の耳に聞こえただろう。声を背に武者達は京の家屋の残骸に紛れて消えていった。
「谷屋さんが負傷してます。来てくださいますか!」
ファティナは城牆上から地上の桜井と景守へと声を投げた。
「承知しましたわ! 景守はアランを!」
「了解」
「あ、私も診るよ!」
「瑞穂ちゃんちょっと待って、運ぶよ!」
氷月は生命の水で谷屋を応急手当てし、桜井が鴉女に抱えられて城牆上に登り治療を開始する。景守もアランの元へとゆきヒールを連打した。
二人の傷は浅くはなかったが、回復術によってやがて意識を取り戻す。
桜井はその後も景守と共に治療に奔走し、回復した撃退士達は守りを固めた。
使徒が撤退すると北東南の城牆を攻め寄せていたサーバント達も撤退に移ったようだった。
監視塔では秋津分隊と日暮分隊が勝利を納め、要塞内のサーバント達は全滅。
ついに西要塞は陥落した。
季節は冬、陽が短い頃の事だった。
了