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駅。土産屋やコンビニが並ぶ一階の売店区画。
常木 黎(
ja0718)はベンチから、ぼんやり人の流れを眺めている。
夏の休日。買い物に来てはみたが、収穫はなかった。
目の前を過ぎていく一般の学生達、手をつなぐ家族連れは、黎には違う世界の住民のように見える。
1人で来ている自分とは違う。もっと賑やかで、華やかな世界の住民に。
(‥‥帰るかな)
羨むともなく、軽い背伸びを一つした。
そんな黎の前を、1人の少女が通り過ぎる。大切な人との待ち合わせに急ぐ森浦 萌々佳(
ja0835)である。
服を選ぶのに手間取って約束の時間の直前になってしまった。
(急げば間に合うかな〜‥‥)
いざとなったらスキルで空を飛んで行けば‥‥。そんなことを半分本気で考え始めた時だった。
どん。
「わっ‥‥!」
大きな袋を抱えた青年にぶつかった。
「すいません〜! 大丈夫ですか〜?」
「あー‥‥ごめん。そっちこそ大丈夫?」
「あたしは大丈夫です〜! ごめんなさいっ、急いでるので〜!」
ぱたぱたと走り去る萌々佳を見送り、青年――桝本 侑吾(
ja8758)は荷物を抱え直す。
「意外にかさばるなぁ‥‥」
最近入った寮の部屋の私物を揃えるために、彼は駅ビルを訪れていた。クッション等を詰め込んだ袋を脇に、そろそろ帰ろうかと改札を目指す。
黎も、ベンチから腰を上げた。
悲鳴があがった。
固まる人々。エスカレーターを女性が転がるように上ってくる。
「ば、ばけものが‥‥!下に! あぁ‥‥」
地下から人ならざる者の咆哮が響く。
一瞬で、悲鳴と安全地帯を求める足音が構内に満ちた。
(まるでテロだねぇ‥‥や、似たようなもんか)
逃げていく人々の波の真ん中で、黎が苦笑する。
ばけもの、その正体は、天魔なのだろう。
(ま、いいさ)
彼女の手には、いつの間にか銃が握られている。
(私にとっては“こっち”が日常なんだし)
人の流れに逆らって、黎は歩き出した。
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「いえーいおやすみーおやすみの日は本屋さーん」
同時刻。鬼燈 しきみ(
ja3040)は、駅ビル内の書店にいた。
食品売り場にあるようなカート一杯に古本を積み、しきみは店内を物色して回る。
ページを捲ってはカートに本を積む彼女に、店員と客の不審の目が向いていた。
一方、隣の洋服店では地領院 恋(
ja8071)が、レースたっぷり大人かわいいシャーベットカラーのワンピースを手に、苦悶のオーラを纏っていた。
(‥‥いや待て。早まるな。これをいつ着るというんだ。似合わないし、ガラでもないだろ。ああでも‥‥)
ワンピースをこっそり体にあてる。前方にある鏡を一瞥。
(アタシでも着れるサイズがあるのは奇跡‥‥だし‥‥)
女子っぽい悩みに没頭している彼女だが、表情のせいで女性店員には「このワンピースを着てたアマ、今度会ったら絶対○○してやる」とか思っている人にしか見えない。よって、怖くて近寄れない。
(――‥‥)
恋が顔を上げる。
「‥‥ねえ」
「っ!? は、はいっ!」
女性店員が震える。
「今、何か聞こえなかった?」
「えっ‥‥何か、ですか?」
「うん。悲鳴、みたいな――」
きゃぁあああああああ!!
遠くで響いたそれに、店内の空気が戦慄する。
「‥‥このワンピース、一応とっていて」
ハンガーを元の位置に戻す。凍りつく店員に言って、恋は店から飛び出した。
「‥‥んーなんだか騒がしいねー」
ざわざわと人々が蠢くなか、ベンチで読書中のしきみが不機嫌そうな顔を上げる。
「読書の邪魔だなー静かにしないとゆっくり読めそうにないやー」
しきみが逃げ遅れたように見えたのか、1人のスーツの男が近づいた。ここは危険だ、そう伝えようとした彼の目の前で、
しきみが消えた。
「えっ‥‥?」
彼には見えなかった。騒ぎの元を狩るべく動きだしたしきみが、壁を走りだした瞬間が。
少女はもう、彼の遥か後方を人の流れに逆らって駆けていた。
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「全く、たまに休日にやる気出して外に出てみれば‥‥」
袋を近くの壁に放り投げ、侑吾はホームへ走っていた。こんな騒ぎ、原因は天魔しか考えられない。
改札口に辿り着く。そこには果たして、ソレがいた。
(本当に、折角の休みだってのに‥‥)
溜め息をつきながら、逃げ回る人の間を縫って床を蹴る。
「よう」
目が合ったグールめがけ、具現化させたブラストクレイモアを振り下ろす。グールの肩から足へ、確かな手ごたえと共に大剣の刃が腐肉を裂く。
グールが叫び、腕を振る。侑吾は身を屈めてそれをくぐり、跳ねあげる大剣でグールの首を刎ねた。
「そこの駅員さん」
侑吾が目を上げる。
「新しい電車が来ないよう、手配をお願いします。ホームの非常ボタンには俺が行きますから」
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地下。黎は曲がり角の手前から、手鏡で奥を覗き込んでいた。
「芳しい香りがすると思ったら‥‥」
鏡面に映る敵を見て、黎は、ふっと口だけ歪めて笑う。
「ひっ‥‥」
グールに手を伸ばされた少女が、壁まで追い詰められた。彼女に迫るグールに向けて、黎が銃弾を撃つ。
穿つ胴体、死体の臓物が吹き飛んだ。
「や、久しぶり」
微笑みを浮かべて黎が接近する。戦闘経験のある敵、グールがこちらに寄ってくる。
「あんたが誰かは知らないけどね」
通り過ぎ様に、黎はグールのこめかみを打ち抜いた。
崩れる死体に目もくれず、背後で襲われていた少女に声をかける。
「大丈夫?」
少女は泣きながら頷き、黎に抱きついた。
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少し前。
駅前のオープンカフェで、青木 凛子(
ja5657)と夜来野 遥久(
ja6843)は休息をとっていた。
今日は久しぶりのデートだ。
凜子は駅前を行く少年少女のカップル達の輝きを見て、自分の若さを再認識する。張りのある肌に、巻いた髪。
うん、やっぱり。
(若いって、いいわね‥‥!)
ぐっと親指を立てるオカン。そこに彼氏が声をかけてくれる。
「凜子さん」
「なーに?」
微笑んで首をかしげてみた。
「何か、臭いませんか」
「!!!!??」
昔の少女漫画のような顔でショックをうける凜子。しかしすぐに、遥久の目が戦場のものであることに気が付く。
凜子は振り返り、異常を見とめた。駅の入り口からグールが出てきていたのだ。
「デートの邪魔してくれるとはいい度胸ね‥‥?」
「折角の休日に、無粋な」
同時に言って、目を合わす。ふっと笑い合い、行動開始。
遥久は携帯で学園に連絡しつつグールに近づく。凜子も続こうとしたが、ふと立ち止まった。
一般人に振り下ろされた爪を、間に割り込んだ遥久が盾で弾く。遥久は即座に得物を盾からドラコニアに変え、アウルの力を込め、振り上げた、その瞬間だ。
「遥久ちゃん! 躱して!」
凜子の声がした。はっとして、遥久がかがむ。
首を回したグールの目に、遠距離でスナイパーライフルを構えた膝立ち姿の凜子が映った。
「暑いのは分かるけれど、腐った体でウロつかないで頂けないかしら」
引き金を絞る。
「こっちは、折角のデート服なのよ」
発砲。弾丸が回転しながら空を穿ち、真っ直ぐにグールの顎から上を吹き飛ばした。
構内に入った凜子達は、改札口で斬り斃されたグールを横目に、改札に接近する。近くの駅員に凜子は生徒手帳を提示した。
「撃退士よ。失礼――」
改札に手を乗せ、凜子はふわりと跳ぶ。駅員の眼前で彼女のスカートの裾が翻る。美脚が流れ、駅員が目を見開き――、
その視界を遮るように、無言で遥久も改札を跳び越えた。
「貴方は人々の安全な場所へ誘導を」
惚けかけた駅員に、きつめに遥久が言う。凜子は駅員室へ、遥久はホームへと向かった。
「電車は止めましたよ」
遥久の前方から現れたのは、侑吾だ。
互いが学園の撃退士であることと、そして現在の状況を互いに伝え合う。
『遥久ちゃん、聞こえる?』
スピーカーから凜子の声がした。
『構内の監視カメラで確認すると、ホームに天魔はいないわ。駅にいる撃退士は7人。お客さん達の誘導は駅員さんがやってくれるそうよ。あたし達は天魔退治に集中ね』
凜子はそこから、各撃退士とディアボロの位置、確立された安全地帯を放送していった。これで間違いなく、一般人は天魔に遭遇することなく脱出可能だろう。
『今、最寄に確認できる敵は、グールが西の売店区画に3体。そして、あれはディバインナイトのスキルね、構内を飛んで現場に向かってる女の子が1人‥‥って、』
凜子の放送に、驚いたような間。
『‥‥あれ、ももちゃんじゃない!?』
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「りんりんの声だ〜!」
萌々佳は小天使の翼で飛んでいた。凜子の指示で位置を特定、親子を襲うグールを目視し、彼らの間に降下する。
悲鳴を聞いた時、萌々佳は迷いもなく駆けだしていた。
なぜなら『ヒーロー』は困った人は放っておかない。その花嫁になる自分も然り。
「襲われる人を助けるのも、ヒーローの花嫁の仕事です〜!」
タウントを纏って着地する。大声に反応したグールと、萌々佳は双剣を構えて対峙した。
グールが襲い掛かる。萌々佳は振られた灰色の腕を躱し、白刃でグールの胴体を三つに断った。
斃れた仲間など気にもかけず、違うグールが爪を突きだす。
「‥‥ッ」
爪先が萌々佳の腕を掠めた。痛みが走り、血が線になって飛ぶ。
攻撃してきたグールの背後で、三体目の個体も近づいてくる。
(あと2体‥‥っ)
ふと萌々佳は、背後で震える少女に気が付いた。
「‥‥大丈夫だよ〜」
痛みを堪え、安心させる為に笑顔を作る。
「安心して、お姉さんの後ろにいてね」
そんな萌々佳に向けて、グールが、腕を振り上げる。
ぐしゃり。
反応が遅れた萌々佳の前で、グールはハンマーに叩き潰された。
「アハハハハっ!」
背後から接近、敵を屠った恋が、ぎろりと敵に目を向ける。
「いいぜ‥‥片っ端からぶっ潰してやらァっ!」
新たな敵に混乱したのか、三体目のグールは固まる。恋は容赦なく距離を詰め、歯を覗かせながらウォーハンマーを横に振り抜く。
力の鉄槌を食らったグールは、吹っ飛ぶ間も無くその上半身を砕け散らせた。
『撃退士達へ。構内の天魔はあと1体、カエル型の個体が2階の通りにいますわ。猶、固体は人を呑み込んでいる模様、胴体への攻撃には注意を』
凜子の放送、そんな中、現場に到着した者が1人。
「りょうかーい」
走りながら案内板を記憶し、迷うことなく辿り着いたしきみだ。
顔にかかる前髪の奥から、通路の真ん中の巨大なカエルを見据える。
「本の続きをねーはやく読みたいからさー」
手にダガーを具現化させ、
「早く、静かになってよ」
床を蹴った。
高速でトードに接近する。タイルを穿つ蛙の舌の一撃を躱し、腕を振った。
影縛り。食らったトードの動きが鈍る。
しきみは足を止めず、武器を蛇腹剣に持ち替えた。敵の前足に剣を突きだすも、予想外の素早さで足を上げた蛙に躱される。
「――っ」
降ろされる足が頭上に迫った。跳んで避けたしきみの横で、先程まで立っていた床が砕かれる。
銃声。
蛙の極太の左足の表面が、砕け散る。
「待たせたね」
しきみが振り向くと、黎が射程ぎりぎりから拳銃を構えていた。
トードが巨体のバランスを崩す。チャンスだ。しきみが剣を構え、手負いのトードの足を狙い、一気に飛び出す。
その時だった。
びきり、と音がして、トードが影縛りから逃れたのだ。
「!」
黎が目を大きくする。しきみの一撃を避けて上半身を持ち上げたトードが、そのまま彼女へ、
全体重を乗せた前足を叩き落とした。
衝撃音。しきみが下敷きになり、床に亀裂が走る。
傷だらけの左足で少女を踏んだまま、巨大なカエルが満足そうに一鳴きした。そして、
トードの左足が、根本から吹き飛んだ。
蛙が絶叫し、床に落ちる。
「夏よ。蛙は干乾びてなさいな」
黎の背後から凜子が放ったスナイパーライフルの弾丸だ。
通路を4人の撃退士が駆ける。萌々佳はタウントを纏い、侑吾は剣を構える。恋は蛙の背後に回り、遥久はしきみを救出、ライトヒールで回復した。
侑吾の斬撃が蛙の右足を薙ぐ。
「ん‥‥?」
不気味なくらいに無抵抗なトードに、侑吾は違和感を覚えた。
そんな彼に、立ち上がったしきみがピースサイン。
「ただではやられないしきみちゃーん」
下敷きにされた直後、彼女はゼロ距離から『影縛の術』を使っていたのだ。
恋がトードの背後から、『電磁感染』を発動した。
冥魔にのみ効く毒がトードの体を麻痺させ、ついにその体力を奪い尽くした。
さて。腹にいる人々を助けなくては。しかし、どうする?
「簡単だよー」
進み出たのはしきみだ。手に握られているのは――ダガー。
「解剖ー解剖ーたーのしいねー」
‥‥妙な唄と共に開始された事後処理は、全て順調に運ばれた。
文系少女による理系的救出劇は成功、人々は全員無事に生還した。
救急隊が彼らを病院へと搬送し、騒動は収束する。遥久による顛末の報告をうけた学園は、本騒動を解決した7人に通常の依頼と同額規模の手当てを出すことを決定。
撃退士達は、各々の休日へ帰っていく。
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「袋、取りにいくか…」
「本、回収しないとねー」
侑吾としきみが歩き出す。この時の侑吾は知る由もないが、彼のクッションは騒動の尊い犠牲となっていた。
その死因は実は、壁を全力疾走する系忍者女子が壁から降りた際に、壁の下に落ちていた袋を偶然かつ猛烈に踏みつけたコトだったりするのだが、それはまた別のお話。
「アトラクション付デート。なかなかに刺激的なことで」
「刺激が強すぎるわ。遥久ちゃん、仕切り直しに何か飲みに行きましょ」
笑う遥久と、溜め息をつく凜子。
「あの」
そこへ、恋が声をかけた。
「青木さん、ですよね。今日は的確な指示、ありがとう‥‥ございました」
珍しく「さん」付け、しかも敬語になっている自分に恋は戸惑う。
原因は、憧憬だ。年下であるはずの凜子がなぜか纏う大人の女性オーラ、美貌、そして余裕ある冷静さへの。
「こちらこそ今日は助かったわ〜。また機会があったらよろしくね」
年上の貴婦人に話しているかのようなどきどき感が止まらない。
恋は、収集がつかなくなった思考をまとめる一言を放つ。
「‥‥ワンピース、買います」
「‥‥?」
無表情に決意の色を浮かべる恋であった。
(りんりん達、楽しそうだな〜)
にこにことその光景を見つめる萌々佳。
でも、あれ? あたしも何かを忘れているような――
「‥‥あ〜〜〜っ!!」
そうだった! あたし、デートに向かう途中だったよね‥‥!?
慌てて携帯を取り出して、彼の番号をプッシュする。
謝るついでに、報告もしよう。彼なら許してくれるはずだ。
今日のような状況下、彼だってきっと、同じ判断をしただろうから。
(‥‥大した相手じゃなかったね)
黎は肩を竦め、詰まらなさそうに帰路につく。
周囲を見渡せば、既に人通りも回復し始めているようだ。
「全て世は事も無し、と」
どこにでもあり得る、日常であった。
〈了〉