●
「夢の中? おもしろそうー! ふゆみ、そうゆうユメのあること大好き☆」
やってきた研究室。新崎 ふゆみ(
ja8965)が目に見えてはしゃいでいた。
「むぅ? 駄洒落か?」
「叢雲先輩。その手のツッコミやってると、今回は体が持たないと思うわよ?」
咄嗟に反応した叢雲 硯(
ja7735)に荻乃 杏(
ja8936)が呟く。
「あれ? 風見先輩、それは何ですか?」
指定されたベッドに座った三崎 悠(
ja1878)が、隣の風見 巧樹(
ja6234)に訊ねた。巧樹は何やら設計図のような紙を熟読している。
「ふっふっふ、まだ秘密だよ!」
首を傾げる悠の向こう、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が篠狛博士に質問を重ねていた。
「‥‥では、博士が休暇に訪れた場所とお札については、何も教えてくれないと」
「だ、だって関係ないじゃないっ!」
すなわち、後ろめたい事があるということだ。少年はそれを心に留める。
「では最後に。博士の夢では鳥居の上に誰かが座っているそうですが、ひょっとして‥‥博士の想い人だったりします?」
「なっ!?」
博士が目を剥く。かすかに赤くなる。
「そ、そんなの初耳よっ! 誰が座ってたの?」
これも、ヒントか。
「帰ってきたらお教えしますよ」
エイルズレトラは微笑み、礼を言う。慌てる博士に背を向けてベッドに向かった。
(博士さんの秘密を探る‥‥)
Reira(
ja8757)はちらりと隣を見る。
(朝緋と一緒に‥‥)
隣のベッドには彼女が想いを寄せる夕霧 朝緋(
ja8977)が座っていた。
レイラには今回、依頼とは別に目的があった。
朝緋との関係の進展。そして‥‥。
準備してきたラブレターとお菓子。目が覚めたら渡すことを誓って、彼女はそれを枕元に隠す。
「ふふ、誰かの夢のなかにお邪魔するなんて、それこそ夢みたいな話ですね?」
研究室の様子を眺めながら、ニナエス フェアリー(
ja5232)が微笑んだ。
「むぅ? 駄洒落か?」
「叢雲先輩、だからその手のツッコミは‥‥あーもう、いいわ!」
硯と杏がやり取りをする脇で、野倉が実験開始の合図をした。撃退士達と篠狛博士がベッドに横たわる。
「おっやすみーっ☆」
ふゆみの明るい声を最後に、彼らの意識が沈んでいった。
――――‥‥‥‥
●
夢の中の迷路。麻生 遊夜(
ja1838)が腰を上げる。
「さて、とりあえず何ができるか試さんと話にならんか」
壁の透過は楽々成功。浮遊もイメージをすれば簡単だった。
「ま、天魔の相手してりゃ透過のイメージなんざトラウマ並に印象深いわな」
ここまではいつもの夢どおり。挑戦はここからだ。かつて戦った天魔の能力を思い描く。
ゆらり、と遊夜の全身が青白い炎に包まれ――。
「おおっ!」
目を開くと、遊夜の体は先程と違う地点にテレポートしていた。
(どこまでいけるもんかね? 流石にどこにでもってのは無理か)
見上げると、空には例のボロ屋敷が浮いていた。六面ろくろ首に間違いないだろう。
名前を呼ばれて、朝緋が目を開ける。カラフルな空を背景に、自分を覗き込むレイラの顔が見えた。
「夢の中でよく寝れますね」
「眠くて寝てたワケじゃないけどな」
レイラを待っていたんだ、とは口に出さない。気だるげに起き上がり、朝緋は宙に浮かぶボロ屋敷を見る。
「さぁて‥‥やりますかぁ」
「どんな夢を見てるんだか‥‥」
無駄にファンシーな夢世界の様子を眺め、佐藤 としお(
ja2489)が苦笑する。
(せっかく皆とお手合わせ出来るんだ。ゴールの鳥居を目指しながら、出来る限り皆と戦いながら‥‥っと)
夢の中にも関わらず屈伸運動をしながら、としおはイメージを練っていく。
「さぁてどこまで出来るか分らないけど、一人で皆とは‥‥ちょっと厳しいね」
にやり、と。怪しく口角を上げた。
●
(‥‥ここ、もう夢の中なんだよね?)
巧樹は目を閉じたまま、過去の記憶――シュトラッサーにされかけた時の事を思い出す。
(目指せ‥‥実現率100%!)
イメージが完全に定まった瞬間、彼はカッ!と開眼した。
「よっ‥‥と」
杏がジャンプで生垣の上に出ると、自身と周囲の状況を眺めているニナエスがいた。2人が夢解釈について打ち合わせをしようとした時、横から声がする。
「やあ! 一緒にこの夢を解読してみない?」
巧樹の声だ。2人が振り向くと、そこには。
全身メカメカのサイボーグがいた。
「誰よ、あんた!?」
「ええっ!? 風見巧樹だよ!?」
「そ、その恰好は?」
驚く杏とニナエスに、巧樹が笑い声をあげる。
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました!」
説明しよう!
「機械ノ銃!」
腕に装備された大型の銃。青白い光線を放つぞ!
「機械ノ翼!」
超高速、飛行機的飛行が可能!
「機械ノ(ry
尺の関係で省略だ!
「アウルとシュトラッサーと科学の力! 人間捨ててる気がするけど、気にしない!」
ガシャーン!とポーズをとる巧樹。
なんやかんやで合流を果たした3人。
「夢解釈という課題ですが、篠狛博士は‥‥」
ニナエスが、あえて、と言うように言葉を止めた。
「ふふ、こういうことは黙っていたほうが楽しくありませんか」
留めたのは仲間の解釈を楽しみにしているからであり、彼の優しさでもある。
「私は、この夢世界を一周してみます。何かを見つけたら、後で報告しますね」
そう言って光纏をし、ニナエスは虹色の空に昇って行った。杏と巧樹も、遠くから空のボロ屋敷に飛んでいく朝緋とレイラを見とめ、後に続くことにする。
同刻、高笑いと共に空から現れたのは硯だ。
「ふふふ‥‥とことん派手に暴れまわってやろうではないか! そこのおぬし! わしと一戦どうかの!」
具現化させたハルバードを、同じく空中にいたザラーム・シャムス・カダル(
ja7518)に向ける。ザラームはぽりぽりと頬を掻きながら、それを眺めた。
「‥‥まったく。夢の中まで働くとはそなたらも勤勉じゃのぅ」
空を見上げて、大きな欠伸を一つ。ふと、その息を止め――、
『‥‥よかろう。ならば我が貴公の相手をしよう』
突如立ち昇った火柱が、ザラームを呑み込んだ。炎の中から現れた彼女の表情は、先程までとはどこか違う。人格交代。
火炎放射器がイメージ元の紅蓮の業火が、彼女の背中に集まっていく。
『我はダウゥ、カダルに仕える古き魔である! さぁさぁ人間よ!我が主を楽しませるが良い!』
名乗りを上げた彼女の背で、操られた炎が羽ばたいた。紅い翼を背負う悪魔の姿に、硯が不敵に笑う。
「夢の中でどこまでやれるか、とびきりの妄想をとくと味わうが良いわ! わしの眼前に立った不幸を呪うがいいっ!」
戦槍を握りしめて飛び掛かる硯。迎え撃つザラームも、燃える腕を振りかぶる。
爆炎と衝撃波。天に熱を撒き散らしながら、2人が上空で激突した。
「ごーうごーう!れっつごーう!」
弾む足取りも軽やかに、ふゆみは一路鳥居を目指す。スキップのはずみはどんどん大きくなり、まるでジャンピングシューズ、ばね仕掛けのおもちゃのよう。
「わーお!わーお!きゃはははははは!」
迷路の壁を高く越し、ぴょんぴょんと飛びながら、ふゆみは風景を観察した。
「鳥居‥‥に、いっぱいの光の輪っか‥‥。ん、この時期、『輪っか』って言ったらぁ‥‥」
そこまで考えを広げた時、背後で聞いたこともない咆哮が聞こえた。
六面ろくろ首が動き出した。首が、傍にいた遊夜に伸びていく。
彼の射撃が女面に着弾。止まらず迫る妖怪をギリギリまで引き寄せ、テレポートで逃れた。屋敷に近くに転移し、コートをはためかせながら体勢を立て直す。屋敷に目を向けると、
眼前にろくろ首の顔があった。
「ッ!? おわっ!」
咄嗟に透過をイメージするも、首は無関係に体に巻きつこうとする。
慌てて蹴とばし見回せば、右にも一つ、後ろにも一つの首だらけ。天魔とはまた違う気色悪さに、思わずぞわっと鳥肌が立つ。
イメージを集中してテレポートを試みる。が。
「‥‥?」
出来ない。え。もしかして、連続ではムリ?
ろくろ首が迫る、流れる冷や汗。焦って周囲を見回すと、比較的近い場所ににふゆみの姿を発見した。自身に伸びてくる別の首を見据え、彼女はぐっと戦闘態勢をとっている。
「そうはいかないよぉ‥‥必殺☆ふゆみろけっとぉぉぉぉ!」
おお!なんか凄そう! そうだ、ふゆみが何らかのドリーム技で六面ろくろを蹴散らしてくれれば助かる!
ガシャリーン!とふゆみの両足の先がジェットに変形する。チャージ、点火‥‥!
物凄い勢いで吹き出した炎を六面ろくろに向け、ふゆみはそのまま、
「じゃあねぇ〜☆ばいび〜!」
高速で一気に逃げ去った。
「おーーーいっ!!?」
絶叫する遊夜に、容赦なく首達が殺到する。
ふわり、と。遊夜の目の前に黒い羽根が舞った。
「ったく、しょうがないわね」
怪物の首を駆け上ってきた杏が、群がる首の中から遊夜を引っ張り出す。一気に下方に離脱。
「おお、助かったのぜー」
生垣に着地し、遊夜が笑った。ポケットに手をつっこみながら杏が訊ねる。
「どうしたのよ麻生先輩。前半調子よかったのに」
「んやー、それが、透過が効かないみたいなのさ。アレを突破するには、天魔と戦うくらいの気合が必要であるな」
杏と遊夜が上空を見上げると、果敢に妖怪に立ち向かう三人の影がある。
「あれ、誰かね」
「ああ。レイラと、朝緋と‥‥」
眼鏡を直す遊夜に、杏が答える。
「機械ノ‥‥なんとか」
●
巧樹の機械ノ銃(大事)から放たれた光線が、うねる首達を片端から吹き飛ばした。光纏して雰囲気が大人になっている巧樹だが、恰好は勿論、メカメカ・シュトラッサイボーグのままである。
「いくよ‥‥」
パワーは無尽。敵を蹴散らしながら、彼は叫ぶ。
「レイラさん、朝緋君、今だ!」
巧樹の脇を、レイラと朝緋が昇って行く。
信じがたい執念の六面ろくろはすぐに立て直し、ひゅるりと顔をレイラの鼻先に近づけた。レイラが全身を強張らせる。怖い。嫌い。来ないで‥‥!
「嫌なのですっ!」
叫ぶと同時に、見えない障壁が女面を弾いた。恐怖を拒絶するレイラの心の発現だ。
怪物がくるりと首を回す。
「きゃあっ!」
ろくろ首がレイラの胴体に巻き付いた。ぐるぐると動く細首の白に、一筋だけ紅い線が混じり――
「離せよ」
朝緋の腕の一振りと共に、巻きつけたカーマインが妖怪の首をバラバラにした。消えゆく残滓のなか、落下しそうになったレイラを、朝緋が両腕で受け止める。
イメージを練り上げた朝緋が、空を裂く音と共に空を滑る。加速。加速。空気で加速。
堪らないのはレイラだった。朝緋の胸に顔を押し付けられて、しかも、お姫様抱っこで‥‥。
「はぅ〜‥‥」
照れつつも、彼女は屋敷に目を向ける。高速で屋敷を目指す朝緋の前方を、五本のろくろ首が塞いだ。
ズドンッ!と、ろくろ首に、燃える何かが激突する。
「ぐぅ‥‥、なかなかやりおるのじゃっ!」
硯だ。ザラームの炎をハルバードで受け止めて、ここまで飛ばされたのだった。
『どうした人間よ! 貴公の力はそんなものか!』
「たわけ! 王たるわしが、これしきで‥‥ん?」
硯の視線が、闖入者にぽかんとしたような六面ろくろ首と合う。
「なんじゃ貴様らは。わしの戦を邪魔する気か?」
え? いや、私らは屋敷に向かってくる奴らを撃退したいだけd
「今宵のわしは血に飢えておる! 寄るならば全て微塵に砕いてくれるわーっ!!」
聞いてねー! てか寄ってきたのはお前だろ!
『魔物どもが…邪魔だッ!』
哀れ夢の妖怪。並んだ首達は、荒ぶる炎と斧槍に成す術もなく散らされた。朝緋とレイラがその隙を狙う。
「掴まってなぁ!」
「はいなのです‥‥!」
ぐんっと加速。ついに屋敷の入り口に達し、破れた障子を砕け散らせ、二人は内部に突入した。
派手に転がり、停止する。互いの体を気遣いながら、彼らはゆっくりと顔を上げた。
静かだった。外の喧騒が嘘のように。微かに聞こえるのは、笛の音‥‥?
ひゅ〜〜どろどろどろどろ‥‥
「‥‥これって‥‥」
二人が顔を見合わせる。この音と暗さ、空気の涼感は‥‥。
「看板、確かめるぞ」
朝緋が起き上がる。そうだ。屋敷の入り口には、煤けて読めない看板があったのだ。
●
薔薇の迷宮。カボチャのマスクに黒のタキシード、シルクハットにマントという怪人の姿で、エイルズレトラが全速力で鳥居を目指していた。
時折転がってくる車輪に、走りながら目を凝らす。連なる馬。正体の推測は、出来ていた。
迷路を抜け、森に入る。むせ返るような深い緑。そこで、後ろから声をかけられる。振り向く先に立っていたのは、佐藤としおだ。
「せっかく夢の中ですし手合わせをと思ったんですが、どうでしょう?」
エイルズレトラは微笑み、ゆらりと体をとしおに向けた。
「構いませんよ。どうせ最後は夢オチです。後学のために、試しに死んでみるもまた一興」
としおがアサルトライフルを具現化させる。エイルズレトラと交戦開始。
同時刻。
悠もまた、まっすぐに鳥居を目指していた。
(勝利条件があるなら、それを最優先とするべきだよね。ゴールになるのは鳥居なんだろうし)
彼が描いたイメージは、純粋に普段出来ることの延長だった。なんせ普段がプロの忍。迷路の上を気配を消して駆け抜ける。
森に到達する。そのまま山を駆け上ろうとして――
「うわっ!」
鼻先を弾丸が掠り、木陰に身を隠す。見ると、前方でとしおとエイルズレトラが戦っている。
(どうしよう‥‥迂回しようかなぁ。バトルは避けたいし、ここはやっぱり‥‥)
――『職種的に』いこう。
(‥‥ふむ、なるほど)
エイルズレトラは回避に専念し、としおの動きを目で追っていた。としおは木々の隙間を駆け、距離を保って射撃をしてくる。鬼道忍軍というジョブを警戒し、接戦をさせないつもりなのだろう。
エイルズレトラは思惑を胸に、わざと接近する振りをみせた。瞬時に対処するとしおが、射程ギリギリに後退する。――エイルズレトラの予想通り。
エイルズレトラの手に忍術書が現れる。一歩踏み込み、腕を振り、としおに向かって烈風の刃を放った。
「っ!?」
としおの体を風が裂く。これが鬼道忍軍の恐ろしさだ。ジョブだけでは得意射程を見極めることが出来ない。エイルズレトラの手にトランプが現れる。放たれる札。スキル『バイスクル』による中距離追撃。
全カードがヒットした。そよ風の中でアサルトライフルを落とし、としおは膝から崩れ落ちる。
「ありが‥‥とう‥‥ございまし‥‥た」
全身の輪郭がぶれ、彼の体が霧散した。勝者はエイルズレトラ。カボチャ頭の少年奇術師は右手を背中に回し、深々と一礼。
一方で悠は、戦闘中の彼らに悟られず目の前を通ることに成功していた。
イメージは忍の理想、周囲との同化。見えてはいる。感じてはいる。それでも人は通り抜ける『そよ風』を怪しむことは出来ない。
皆が辿り着く前にと、悠は懸命に山頂に向かう。
と、前方の木陰から人影が飛び出てきた。悠のかなり前を山頂に向かって走っている。誰だろう? 目を向けるとそれは、
倒されたはずの、としおだった。
「‥‥ええっ!?」
愕然とする悠。
――実験開始時、としおがイメージしたのは『分身』だった。
さすがに全員分に分身は出来なかったが、それでも攪乱には十分すぎた。分身がバトっている間、本体は木々も透過能力でなんのその。鳥居の男の正体を知るべくゴールへ一直線!
「一番乗りはいただきだっ!」
圧倒的リードを保ち、としおが全力ダッシュする。ふと顔を上げた彼の、笑顔が固まった。
としおの真上に、光の車輪が迫っていた。
「え‥‥わぁああああーっ!?」
分身を操って本体が疎かになったか。べしゃんっ、と回転に巻き込まれる。叫び声と一緒に彼は山を転がり落ちていった。
●
(夢の世界に果てはあるのでしょうか?)
杏達と分かれた後、ニナエスは空中を散歩していた。
フロート状の雲が涼しげに流れる。彼は迷路の端、夢世界の果てを目指して歩く。
どれだけ進んでも迷路は途切れなかった。否、ループしていた。
どこまで行っても眼下には迷路があり、鳥居の山があり、仲間がいた。夢の世界には「ここ」しかないのだ。
「‥‥綺麗ね」
楽しげな雰囲気に目を細めながら、ニナエスは近くを転がっていく車輪を眺めた。近くで見るとネオンの車輪には小さな部屋のようなものがたくさんついている。光。光。光‥‥。
びゅん、と。車輪の回転にあわせて目の前を人が過ぎた気がした。さらに、その人には見覚えがあった気がした。さらにさらに、悲鳴も聞こえた気がした。気がしたが、気にしないことにした。
ニナエスは視線を朱色の鳥居に向ける。ふわりと進路を変え、歩き出す。
●
必殺☆ふゆみろけっとで飛んできたふゆみと、同じくジェットで飛んできた巧樹が、山頂に降り立った。
鳥居に座る男を見据える。袴を穿いて烏帽子を被った神主姿の野倉がそこにいた。
「お話しない?」
巧樹が柔らかく声をかける。夢の中の野倉が味方とは限らない。武器はスタンバイ状態だ。
ふと――野倉が消えた。
「!!」
次の瞬間には、野倉は巧樹の眼前に立っている。神主は巧樹に向かって――
「‥‥え?」
シャンシャンと大麻祓いの動きをして、すっと消えた。
「な、なんだったんだろ、今の?」
山頂を囲む森から、悠、続いてエイルズレトラが出てきた。上空からはニナエスも降りてくる。
夢解釈のピースが、揃いつつあった。
●
「喰らうのじゃーっ!」
相変わらずろくろ首が首を振り回す上空で、硯とザラーム、そして参戦した杏がぶつかり合っていた。
何かの復讐のように襲い来るろくろ首を最小の動きで躱し、硯がザラームに斧槍を突き出す。悪魔に扮するザラームは、炎を絡ませた右腕でそれを受け止めた。腕を振る。切っ先を弾く。爆炎が天を焦がす。
「防ぎおるのう! 敵ながらあっぱれじゃ!」
硯がハルバートを回転させて炎を散らす。
(止むを得ん‥‥『あれ』を使う時がきたようじゃの!)
炎を手繰るザラームを見据え、硯はぐんっと後退した。
妖怪の首を次々と踏み台に、今度は杏がザラームとの距離を詰める。反応するザラームが炎を放つも、杏は素早く躱した。
『ぬぅッ!?』
ザラームが腕に炎を纏わせる。防御だ。杏はそれを見極める。
「ふっ!」
息を詰めて左脚を繰り出す。蹴りがザラームの手首を捉え、腕を弾いた。がら空きになる褐色の胴体。
杏が、黒翼を発現させた脚を振り、数多の羽根を矢の如く放った。スキル『影手裏剣』の誇張版がザラームに命中し、派手なノイズを散らせる。
距離をとった硯が頭上でハルバードを振り回す。
「括目せよ者ども! わしが放つ夢中世界での最終奥義を、しかとその目に焼き付けるがよいっ!」
その名も、ムラクモトルネード(仮)。自分自身を真紅の竜巻に変えて敵を粉砕する必殺技だ。
「覚悟するのじゃーっ!」
吹き荒れる竜巻、破壊の化身となった硯がザラーム達目掛けて突撃する。実現は成功。イメージは完璧、すぎた。
(‥‥目が‥‥回る‥‥っ!? 馬鹿な! このわしがそんなベタな‥‥っ!)
「わーーっ!!」
コントロールを失った竜巻が、獲物を求めて飛んでいった。
●
「‥‥やっぱりなのです!」
朝緋と協力し、ついにレイラが看板を解読した。早く仲間に報せなきゃと急ぐ気持ちに顔を上げ、彼女は眼前の光景に凍りつく。
いつの間にか、ろくろ首に囲まれていた。
反応が遅れた彼らが慌てて戦闘態勢をとるも、敵の方が一瞬速い。
顔をもたげた妖怪が二人を狙う。その時、頭上から声が聞こえてくる。いや声というか、悲鳴というか、嵐の音というか。
レイラと朝緋と、ろくろ首が、上を向く。目に入ったのはもちろん。
暴れ狂う竜巻、ムラクモトルネード(硯)だった。
またお前かーっ!!!
戦慄するろくろ首を、竜巻の中の硯が睨む。
「ええい!丁度いいわっ! このまま滅せよ博士のトラウマぁーっ!!」
レイラを抱きかかえ、間一髪で躱した朝緋を除き、その場にあった何もかもを竜巻が吹き飛ばした。ろくろ首達が無念の悲鳴をあげながら消滅していく。悪夢は去った。南無。
朝緋達はそのまま、鳥居班に合流するべく空中を滑った。
●
怪物の邪魔が入らないような空中で、遊夜ととしおが対峙する。
「ときに、そっちは鳥居に向かったんじゃなかったかね?」
「いやぁ‥‥いろいろと事情がありまして」
としおが苦笑し、遊夜は頷く。
「そうかい。ではでは、一丁お手合わせ願おうか!」
「こちらこそ!」
遊夜ととしおが空を蹴る。二人はいずれもインフィルトレイターだが、選んだのはどちらも近距離戦だった。
剣術と銃撃と体術が乱れ飛ぶ。が、次第に遊夜の手数がとしおの大剣を圧倒していった。
(剣じゃ厳しいか? ならっ!)
としおが一歩退きながらブラストクレイモアを突き出す。遊夜に切っ先を躱させ、その一瞬を逃さず、大剣をアサルトライフルに変えた。大剣と銃の直径差のおかげで、具現化した銃口は遊夜の眉間を捉える。
「終わりですっ!」
としおが引き金を絞る。
しかし遊夜の手甲が、目にも止まらぬ速さで銃身を弾いた。放たれた弾丸が遊夜の肩上から空に消えていく。目を剥くとしお。間合いを詰める遊夜。
としおがライフルを向ける。遊夜がバレルを掴む。弾丸が逸れ、遊夜の拳銃がとしおに届いた。発砲、ダメージ。遊夜の体術が、銃口の向きそのものを包括していく。
「イメージ次第ってのはなかなか‥‥心がざわめくねぇ」
遊夜がクスクスと笑う。夢が叶った瞬間、感動的だ。
「‥‥ん? そういや夢だっけか、これ」
苦笑する遊夜に、としおが声をかける。
「いやぁ凄い動きです‥‥参ったな。でも諦めませんよっ!」
弾かれる前にと放った連射が、遊夜を襲う。的確な射撃が被弾。
遊夜が腕を振った。トリガーを引き続けて放った銃弾が、さながら剣の軌跡のようにとしおを薙ぐ。元からダメージが蓄積していたとしおの体が、ノイズと共にぼやけていく。
「手合せ、ありがとうよ」
霧散するライバルに笑いかけ、遊夜は静かに銃をしまった。
鳥居に向かおうかと考え、山に目を向ける。と、車輪が転がってくるのが見えた。
小さな小部屋をつけたようなネオンの車輪。その一か所に、『誰か』が巻き込まれている。
やがて遊夜は、目を疑う。
降りてきたのは、としおだった。
●
「つまり‥‥こういうことかな?」
巧樹が腕組みをして、全員の話を回想する。
「まずは、僕と新崎さんがここで野倉さんに会った。彼は祓串を振って消えた」
「第一印象では、鳥居は縁結びの神様とかだと思ってたんだよね、なんとなく」
悠が呟く。
「あっ、ふゆみも〜! 6月って言ったら、ジューンブライドだよねぇ☆」
ふゆみがウインクをする。。
「光の輪は『結婚指輪』じゃないかなって思ったの。ろくろ首は『娘の結婚を首を長くして待つ母』?ってね?」
「面白いな。でも、六面ろくろ首の看板には、単純に『おばけやしき』の文字があった」
朝緋が言う。ニナエスが反応する。
「それをうけて考えると、光の車輪は観覧車に見えなくもなかったですね」
「なら、光る馬の車輪は、メリーゴーランドといった所ですか」
エイルズレトラがシルクハットを押し上げる。推理のパーツは、だいたい揃った。
単語が連想させる場所は一つ。博士が休暇に訪れたのは。
「「「「「遊園地」」」」」
う〜ん、と悠が唸る。
「じゃあやっぱり、遊園地デートに誘って最後は神社でとか、そんな単純な話なのかな?」
しっくりこない。お札はどうなる? 鳥居は縁結びの神社なのか? 神主野倉の行動は一体?
エイルズレトラが笑った。全員が、彼を見る。
「お札の謎ですが‥‥仮説が出来ました」
休暇と札について訊いた時の、博士の狼狽を思い出す。
「博士は休暇に遊園地に行った。そこでお化け屋敷が怖くて、未だお札が手放せないんじゃないですか?風見先輩が見た助手さんが『お祓い』の動きをしていたことを考えると、博士はきっと、神社で『お化け屋敷の呪い』を払ってほしい‥‥その際に、野倉さんいついて来て欲しがっているのでは?」
なんとも突飛な内容だが、一応、筋は通っている。
とにかく、後は起きてから確認だ。彼らは空中の激戦に目を向けた。
●
「分身してみたんですよ」
歩いてきたとしおが、笑いながら言った。
そう。遊夜が戦ったのは、彼の分身の残党だったのだ。
「分身が経験した事は全て、本体である僕にフィードバックされます。つまり僕は麻生先輩の攻撃を全て一度見ている。同じ手は、もう通じませんよ」
ハッタリではなかった。バトルを再開するが遊夜の攻撃は一切通じない。銃身を弾こうとする手甲を受け流され、どうやっても銃口に反撃される。
(なんだろね、このラスボス感‥‥!)
離れて対策を練るしかない。遊夜が距離をとる。
それが仇となった。
「夢ン中だし派手に行きましょうや!!」
としおの最後のイメージが発動。腕の中の突撃銃が砕け、散った欠片が銃になる。無慈悲な銃口が遊夜を球状に包囲した。
(しまっ――‥‥)
全ての銃が一斉に火を噴いた。
全方位から集中する無限の弾丸。
遊夜が最後の抵抗をする。追い求める理想の形。両腕を振る。銃を連射する。放たれる弾丸を信じがたい反射と動きで撃って撃って撃ち落として突撃銃を破壊して――、それでも弾丸の数は遊夜の対処を上回った。鉛の弾が彼の肩を撃ち抜き、頬を抉って腹を貫いて腰を首を脚を手を全身を――……。
轟音。
遊夜の姿が幾千のマズルフラッシュの中にかき消えた。
「‥‥見事でした」
煙と閃光に霞むアサルトライフル達をヒヒイロカネに戻し、としおは遊夜がいた空間に一礼する。
あれだけの弾丸によくぞ抗った。最後まで諦めない姿勢は、尊敬に値した。
「お疲れ様でした!」
にこりと笑う。そして、カチャリ、と。
「どこに礼しとるんだ?」
としおの背中に銃口があてられた。
驚愕して振り向くと、そこにいたのは麻生遊夜。
「テレポートしたのぜ。バトルの最中にまた、ハイ使えませんでしたじゃ堪らんから控えてたんだが…おかげで分身サンには見られなくて済んだな」
穏やかな顔で硬直する両者。
やがて、としおが微笑んだ。
「‥‥せっかくです」
としおの手にブラストクレイモアが具現する。
「最後までやりましょうか!」
「オッケー!」
一瞬だ。
としおが体を捻った。握り絞る大剣。振り向きざまに横薙ぎの一閃。手ごたえは、無かった。
刹那に身を屈めていた遊夜。視線がぶつかる。
としおの胸に突きつけられる銃口。
交錯するのは、戦い抜いた二人の笑顔。
「ありがとうございましたっ!」
「こちらこそぜよ!」
放たれた遊夜の黒と赤の一撃が、としおの体を吹き飛ばした。
「ぐああああああああっ!!」
痛みは無いが、最後はノリである。爆炎に包まれながらとしおは声をあげる。
何故かビリビリに破け去るとしおの服。(!?)
全裸の局部に気の利いたモザイク夢Verを纏い、キリモミ状態で宙を舞う。
虹色に輝く空の中心。激戦を演じたラスボスが爆散した。
●
朝緋は激戦を見ていた。
時折、レイラが隣で視線を向けてくる。その様子が、彼には純粋に愛おしい。
気付いていた。その仕草から。
好きだった。結構、前から。
「レイラぁ?」
朝緋が微笑みつつ、不意をつくようにレイラの耳元に囁く。
「愛してるぜ?」
目を大きくするレイラ。何が起こったのか分からない、そんな顔。
告白の背景で丁度、としおが砕け散った。
同時に、全員で鳥居にタッチする。
モザイクの花火が咲く空が、あっという間に遠ざかっていった。
●‥‥という、
「夢を見たんだ」
「誰に言ってるんですか、佐藤先輩」
現実世界。ベッドで呟いたとしおを、杏が不審な目で眺める。
結論から言うと、撃退士達の推理は的中した。
博士は遊園地に行き、お化け屋敷の呪いを本気にして、除霊の為に神社を訪れようと思っていた。だがその神社というのは高い山の上にあるため、高いところが苦手な彼女は一人では怖くていけなく、野倉を誘おうか迷っていた。‥と、これが真相である。
(お化け屋敷のトラウマにお祓いってお前‥‥)
ぶっとんだ真実だったが、撃退士達はさらに、博士達の予想を上回る成果を出した。すなわち、博士の恋心を明らかにしたのである。
「山頂に座っていたのは野倉助手でした。博士の想い人は、彼なのでは?」
エイルズレトラが笑顔で訊ねた。内心では、黒い笑みが止まらない。
本心を見破られた博士は、ぼんっ、と煙が立ち昇るほどに赤面した。意図せずファンタスティックな告白を遂げさせやがった夢共有装置を、八つ当たりで破壊しようとし、機械愛から涙目になる巧樹が必死にそれを阻止し‥‥まぁいろいろあったが、それはまた別のお話。
「いやさかーっ」
祝福の意を込めて悠が言った。離れた場所で、レイラが隣のベッドで目を擦る朝緋を見る。
告白されてしまった。
夢だけど、夢じゃない世界で。
「はぅ‥‥嬉しいのですぅ」
今さら真っ赤になる。でもまだ、終わっていない。
朝緋が体を起こす。レイラは勇気を振り絞り、ラブレターとお菓子を差し出した。
「私の‥‥気持ちなのです‥‥!」
夢は確かに、限りないほどに自由だ。
だが、現実も決して不自由では無い。
「朝緋」
レイラは伝える。
「私も、大好きです」
朝緋が微笑んで、彼女を抱き寄せた。少々賑やかではあるけれど、今はもう恋人同士の時間。
見果てぬ夢などない。必死になって動けば、現実だって案外、応えてくれるものである。
ニナエスがスケッチブックを閉じる。画用紙の端に、今日生まれたカップル達への気持ちを乗せた。
『どうぞ、末永くお幸せに。』
願わくば良い夢と、より良い現実があらんことを。
〈了〉