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マスター:水谷文史
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:10人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2012/05/29


みんなの思い出



オープニング


 斬撃、銃撃、また斬撃。
 緑色の影が落ちる森のなか。三人の撃退士の攻撃音が午後の空気を震わせていた。
「どうだァ、そろそろ参ってきたろォ!?」
 突き込んだ大剣を怪物の体から引き抜きながら、大柄な男性撃退士が声を張る。
 彼らが戦っているのは、全長が四メートルもある巨大な怪物だ。赤い節で構成された体はサソリに似ているが、サソリならば本来ハサミがある部分にはゴリラのごとき太い腕があり、さらに曲がった尾部の先には畳まれた袋のようなものが付いている異形だった。
「先輩、コイツまだ動けますよ!」
「そうよ、気を抜かないでよねっ!」
「分かってるっつーの!」
 サソリの怪物が高く啼き、太い拳を繰り出した。三人は一斉に地面を蹴り、土を抉る一撃を躱す。
「しぶてぇなァ、オイ!」
 男は着地しながら、赤い巨腕に斬撃を加えた。仲間の二人も、少年は飛び退いた先から銃を撃ち、ルインズブレイドの少女も長剣で斬りかかる。
『キュィイイイイイイッ!』
 傷だらけになったサソリが焦ったように叫びを上げる。ぐぐっと尾部を持ち上げ、そして――。
 ぐぱんっ、と不気味な音を立て、先端の袋を開かせた。
 クラゲのような赤いお椀。透明度のある膜のなかに、人間の腕ほどの触手が無数に蠢いている。
「うわっ! ‥‥な、何か来ますよっ!」
 空中で狙いをつけるように固まった尾部が、猛烈な勢いで突き出された。
「くらうかよォ!」
 男は再び跳躍し、敵を怯ませるべく尾部の側面を斬りつける。仲間の少年もハンドガンを発砲しクラゲ状の器官に銃弾を撃ち込んだ。しかしそれでも、サソリの攻撃は止まらない。
「えっ‥‥うそ‥‥ッ!」
 いっぱいに広がった赤い膜が、回避の遅れた少女をぱくんと包む。地面に転がる彼女の長剣。閉じた袋はそのまま空中に持ち上げられ、さながら手術室のランプのように、ぽっと深紅の光を放った。袋の口からはみ出した少女の細足が、助けを求めてバタつく。
「くそっ! オイ、助けるぞ!」
 男が叫んだ、その時だ。
 ブブゥーン、と空気を震わす羽音がした。
 直後、男が受けたのは激しい打撃。体勢を崩しつつも目を上げると、そこには宙を舞う巨大な虫が群れていた。数は‥‥十。小さな羽とはアンバランスなほどに太った体の、バスケットボールのような巨大蛾だ。
(運がねえ‥‥こんな時に新手かよ‥‥っ!)
 男は盛大に舌打ちをした。
 じわりと胸に滲む不安を抑え、一匹の蛾を斬りつける。二撃、三撃と加えると、虫はボトリと落ち、死んだ。
 慌てて少女に視線を向ける。途端に広がる恐怖心。さっきまでバタバタと抵抗をしていた彼女の足が、ぐったりと力なく垂れていた。
 パパッ、と赤い膜に二発の着弾がある。少年が放った弾丸だ。見ると、彼もまた妨害に入った巨大蛾の一匹を落としていた。
 クラゲに似た袋が開き、触手の隙間から少女がぬるりと落下する。
「二階堂さん! 大丈夫ですかっ!」
 少年の叫びに、地面に倒れた彼女は震える手足で立ち上がることで答えた。怪我は無いが、息が切れている。粘液に濡れた顔は血色も悪く、大丈夫とは言い難いようだった。
 そこにさらに追い打ちがかかる。
 ブブゥーンと羽音を響かせて、巨大蛾の一匹が彼女に飛び掛かった。迫る体当たり攻撃を防ぐため、少女はヒヒイロカネに格納したシールドを緊急活性化させようとする。そして――――、その『異常』に気が付いた。
「えっ‥‥?」
 ヒヒイロカネが反応しない。いや――。
「光纏‥‥できない……?」
 手足に絡む粘液のせいで動きも鈍り、少女は蛾の体当たりをもろに喰らった。ぐらりと上半身をのけぞらせた彼女に、次から次へと蛾が突進する。
「二階堂――ッ!」
 八匹の蛾の一斉攻撃に曝された彼女に、男と少年が駆け寄った。気絶した彼女を抱き起し、男は撤退を決意する。体を起こし、正面に目をやり、サソリの化物が視界に入って、彼はこの戦闘に入って何度目かのショックを受けた。
 サソリの怪我が、治っていた。
 あれだけ浴びせた攻撃、その傷のほとんどが、完全に塞がっていたのだ。
「こんなの、どうしろっつぅんだよッ!」
 命からがら、転がるように撃退士たちは逃走する。
 敵を失ったサソリは蛾を連れて、ゆっくりと森の奥へと進みだす。
 まるで、これと決めた目的地があるかのように‥‥。

●久遠ヶ原学園内・依頼斡旋所
「‥‥というワケで今回の依頼は、三人の撃退士を退散させたサソリ型ディアボロ、およびそれを取り巻く巨大蛾型ディアボロの討伐です。気になるサソリ型ディアボロの能力ですが‥‥実際に戦闘を行った三人の証言から、学園はこれを、『アウルを吸収する能力』と見なしました。攻撃を受けた女子生徒は、サソリの器官内でアウルを吸われたせいで、魔具と魔装の活性化、および魔法を一時的に封じられたようです。よってただいまより、このサソリ型ディアボロを『アウルイーター』と呼称します」
 斡旋所内の生徒たちにざわつきが広がった。無理もないだろう。撃退士にとってアウルとは力の源。それを奪う能力ほど、危険なものもないはずだ。
「今回の依頼は、そのアウルイーターを探すトコから始めろってことか? 何か手がかりは?」
 と、一人の男子生徒が質問した。
「敵が向かった場所の見当はついています。‥‥残念なことに、ですが」
 斡旋所の担当生徒は何故か曇った顔で答え、こう続ける。
「実は、今回アウルイーターと戦った三人は、天魔討伐の任務にあたっていたわけではないんです。彼らは、森の奥にある一軒の家を目指す途中で、ディアボロと遭遇したにすぎません。‥‥彼らの本来の目的地には、『アウルの力に覚醒したにも関わらず学園への入学を拒否した七歳の少女』と、『彼女と一緒に暮らしている一人のおばあさん』が住んでいます。三人が遂行中だった任務は、この二人の様子を見に行くことでした」
 ぴりっ、と斡旋所内の空気が張りつめる。誰かが唾を飲み込んだ音が聴こえるほどに、一瞬で室内が凍りついた。
「‥‥つまり」
 斡旋所の生徒が、言葉を詰まらせるようにして言う。
「アウルイーターが推測通り、アウルを吸収することで利益を得るディアボロなのだとしたら、ヤツが次に『喰らう』べく狙うのは――」
 ガタン――! と音をたてて椅子から起き、数人の撃退士たちが斡旋所を飛び出て行った。事態は一刻の猶予も無い、そう悟った生徒達が行動を起こしたのだ。
「‥‥‥‥どうか、よろしくお願いします」
 廊下を去っていく撃退士たちの背中に、担当生徒の声が弱々しくかけられた。



リプレイ本文

●喰光蟲
 見えた。
 森を進む異形の蠍が、木々の隙間に民家を見て興奮する。気配をたよりに行軍を続け、やっと見つけた獲物。脚を動かし前進。前進。
 その足めがけ、一つの影が草むらから飛び出す。
「先手必勝‥‥喰らえ!」

●食欲への強襲
 加速した笹鳴 十一(ja0101)の薙ぎ払いが、ガスンッ!とイーターの脚関節に叩き込まれた。びくりと驚いた蠍が巨腕を彼に振るう。重い一撃に顔をしかめながら、彼はなんとか踏みとどまった。
 十一の奇襲を合図に、イーターに追いついた撃退士達が次々と展開する。
「よくあるんだよな。ゲームネタで敵の攻撃で回復するというパターン、だが、実際に目の前に存在するとは天魔陣営の連中も趣味な戦い方をしてくれる」
 新田原 護(ja0410)が距離を取りつつ、イーターの斜め前方に飛び出した。すかさず屈んでストライクショット。甲殻に矢が突き刺さる。蠍の背にとまっていたモス達が、ブブゥーン!と羽音を立てて舞い上がった。
「アウルを食べるとは物好きにょろね。もしかして異食症ディアボロにょろか? アウルイーターは何かの栄養素が不足しているに違いないにょろ」
 うんうん、と頷きながら戦部 小町(ja8486)の目は真剣だ。
(‥‥危険な能力のディアボロにょろり。ここで潰しきるにょろね)
「あァ、見苦しいわねェ‥‥その姿だけでも万死に値するわよォ‥‥」
 前方に気を取られるイーターの背後、黒百合(ja0422)が撫でるように言う。粘液を垂らす尻尾に金属の糸を巻きつけて、
「だから、死ねェ‥‥♪」
 笑顔で後退。締まる糸が、蠍の血と肉を剥ぐ。
「先に行かせてもらう……!」
 蠍を囲む味方の脇を、朱烙院 奉明(ja4861)が駆け抜けた。続くのは楯清十郎(ja2990)と久遠 仁刀(ja2464)。阻霊符を展開済みの仁刀は途中で立ち止り、奉明と清十郎を民家に向かわせ、ディアボロ達の十数メートル手前に立ちふさがる。
 二匹のモスが黒百合に飛び掛かかった。一匹は躱され、一匹は彼女の肩を打つ。同時に別のモスが護の腹に体当たり。残りの五匹はイーターの執念を感じてか、民家を目掛けて一斉に飛ぶ。
「行かせるか!」
 縮地による爆発的な加速。モス達を追った桐生 直哉(ja3043)が、空中で一匹を蹴飛ばした。ギィ!と鳴いて地に跳ねるモス。
「厄介な能力持ちみたいだけど、犠牲者を出させる訳にはいかないね」
 イーターを一瞥しながらソフィア・ヴァレッティ(ja1133)もモスを追う。蠍に集中するためにも、まずは蛾だ。
「数が多いから、手早く減らしていきたい所だね」
 直哉が蹴ったモスめがけ、魔法の火球を撃ち放つ。が、太った蛾は必死に羽を鳴らし回避した。
 ソフィアと並走する緋野 慎(ja8541)。初依頼に緊張気味、体もぶるぶる震えている。恐いのが半分。もう半分はどきどきわくわくと湧き上がる不思議な気持ち。
(早く闘いたい)
 少年は敵の動きを目で追い続ける。
 奉明と清十郎が民家に到達した。短い階段を駆け上がり、奉明はベランダから銃を構え、仲間が食い止めるモスに魔弾を撃つ。
「先に二人を頼む」
 背中越しに言う。頷いた清十郎はドアを叩き、おばあさんに招かれて民家に入った。
『キュイイィッ!』
 獲物に先に手を出され、イーターが怒りの声で鳴く。
「さて、後は嫌がらせに付き合ってもらうぞ」
 新しい矢をセットして護がショートボウを蠍に向けた。
「アウルイーター、向こうには行かせねえ」

●アウル持ちの少女
 綺麗に整った部屋で、その少女は木のテーブルについていた。護身用のつもりなのか箒の柄を握り絞め、祖母が招き入れた清十郎を睨んでくる。
「初めまして、僕は楯清十郎といいます」
 笑顔で穏やかに、目線を合わせて語りかける。焦りは見せず丁寧に。護衛にきた旨を説明して、落ち着いて指示に従って欲しいと頼み込む。
「怖い思いをさせて申し訳ありませんが、少しの間だけ僕達を信じて護らせてくれませんか」
 縮こまる少女と、話を聞き入れてくれるおばあさん。
(体だけでなく恐怖から心も護る。難問ですね)
 魔具は不活性状態。戦地で丸腰になる心細さに耐えながら、甘味を勧めつつ会話を続けた。

●突進する本能
「おりゃぁああ!」
 小さな体で駆け回り、慎がモスを追い立てる。民家に突進しようとする蛾達を彼らは必死に食い止める。集団での体当たりに仁刀は背中を打たれ、他のメンバーも回避を繰り返す。
 慎に一匹のモスが体当たりを敢行する。顔面に蛾の体が見事にヒット――しなかった。
 すかっ、と『分身』を突き破り、蛾が空中でキョトンとする。
 放たれたソフィアの『Fiamma Solare』。太陽の如き光球が、慎達が一か所に誘導した三匹のモスを焼く。それでも素早いモス達、どう隙間を見つけたのか一匹は無傷だった。
「まだだ!」
 直哉が地面を蹴り、アウルを集中させた一撃を無傷なモスに叩き込む。衝撃が貫通するも今度は黒焦げの蛾が避けた。連撃を生き延びた三匹が反撃に転じる。
 しかし、モスの目に映ったのは直哉と入れ替わるように跳躍した仁刀だった。彼が握った大太刀には月白の光が纏っていて――
「おらぁッ!!」
 白虹。爆発的に伸びたオーラの刃が三匹の蛾をまとめて断ち斬った。そのなか、難を逃れた二匹が一気に民家を目指す。
 奉明はリボルバーに雷撃を這わせトリガーを引き放つ。スタンエッジを喰らった一匹のモスが、痙攣しながらベランダに墜ちた。すかさず銃口を向け追撃、手負いのモスを砕け散せるも、到達したもう一匹に成す術はない。
「くっ‥‥楯っ! 敵がそちらに行く!」
 すまない、と心中で叫びつつ、奉明は腕で顔を守る。
 木製の壁が爆砕された。
 弾丸の如き速度で突進したモスが、ついに民家の壁を突破。無力な一般人を目指して中に飛び込み、その瞬間――、

「招かざるお客さんは、ご遠慮頂きたいですね」

 モスは空中で、綺麗な輪切りになった。
 壁に張られたカーマイン――清十郎が仕掛けた鉄線の罠が、飛来した敵を裂いたのだ。

●護る為の戦い
 最後のストライクショットは、蠍との間に割り込んだモスに防がれた。護はそれでも冷静に狙撃を続ける。
 十一は重心を乗せた斬撃をイーターの尾の付け根に叩き込むが、蠍はやはり民家にしか興味が無いらしい。前進を止めないイーターに焦り、彼は正面に回り込む。
 小町も足止めすべく前方から腕を斬りつける。放たれる拳を躱すと、地面がべこんと陥没した。
 黒百合は緩急をつけた移動をしつつ、群がるモスをかく乱する。判明したのは、イーターは魔法に耐性を持っているということ。情報を仲間に伝えつつ、彼女は攻撃を止めない。口元にうっすら浮かぶ笑み。
 進撃を邪魔されたイーターが、ぐぐっ、と尾部をもたげた。
「チャージ? ‥‥くるか! あの吸収攻撃!」
 護が警戒する。身構える撃退士たち。その中、一人。
「にょろっ!」
 思いっきり跳躍し、イーターを飛び越しながら尻尾をすこーんと刀で叩いたのは小町だった。着地しすぐに忍装束の裾をめくって、お尻ペンペン。
「悔しかったら捕食してみるにょろ〜」
 ぱくり。囮を買った小町をイーターが遠慮なくクラゲ状器官で持ち上げた。ぽっと灯る赤色は吸収開始の合図。イーターの傷が恐ろしい速度で塞がっていく。
「小町!」
 それを見つつも、敵の前方を離れるわけにはいかない。十一は蠍の顔面に向かって薙ぎ払いを放つが、頑丈な敵はひるまず前進を続ける。続く吸収。塞がる傷。再度の攻撃を十一が試みようとした、その時だ。
 モスが飛来し、十一の顔面に激突した。
 がくんと揺れる視界。十一は堪らずその場に膝をつく。
 ぶらり、ぶらりと揺れる吸収器官。護はそれを狙う。一発のために耐え忍ぶ。
「‥‥何処にも行かせないわよォ‥‥?」
 死角から飛んだ黒百合の『影縛りの術』がイーターの動きを止めた。
 今だ。護は狙撃兵の誇りを胸にイーターの尾に矢を射た。命中、蠢動、排出。吐き出された小町にモスが襲い掛かる。
 飛んできた蛾の顔面にレガースが強く食い込んだ。駆け付けた直哉が、まるでサッカーボールのようにモスを蹴飛ばしたのだ。敵の勢いを利用した見事な反撃。
(すごいや、そんな事もできるんだ!)
 彼の後を駆けてきた慎がその手際に目を輝かせる。直哉は小町の脇に屈む。
「加勢に来たよ。大丈夫?」
「去年死んだおばあちゃんが川の向こうで手を振ってたにょろ‥‥」
 液まみれで色んな意味でスゴい状態になった小町はそれだけ呟き、こてん、と気絶した。
 羽音がした。直哉と小町に一匹のモスが滑空する。直哉の反応は一瞬遅れた。
 飛んできた蛾の体にクレイモアの刃が沈む。慎の大剣が、まるで野球のバッティングのようにモスを斬り飛ばしたのだ。『そっか、そうやって闘うんだ』。戦いのなかで学習した技を、少年は即座に応用した。
 モスたちは空中で体勢を立て直し、再度の攻撃を仕掛けんとする。が。
「アウルは人が天魔に対抗しうる唯一の寄る辺。それを奪う敵は、すなわち人にとっての天敵足りうる」
 すぐ近くに仁刀が武器を構えて控えていた。
「‥‥ここで確実に、叩き伏せる」
 最後の『白虹』。今度はイーターも巻き込んで、直哉と慎を狙った二匹のモスを白い光が両断した。さらにその近くではソフィアの炎が手負いのモスを焼きつくす。
 モスの全滅。同時に、仁刀の放った斬撃が成果をもたらした。
 敵の尻尾が付け根から、めきりめきりと折れたのだ。同時に響く、蠍の怒号。
 イーターが脚と腕で地を掴む。全身に力を込め、ごぼり、と尾部の断面から泡を溢し、
 ごぼぼぼぼごぼごぼぼぼっ!
 尻尾を再生させた。
 毛ほども動じず、黒百合のカーマインが肉を削ぐ。その瞬間、
 イーターが『激昂』した。猛烈な突進を開始しながら、ぐぱんっ、とクラゲ器官を開かせる。
「行かせんよ‥‥あの子の元へは‥‥!」
 護がイーターの前方に躍り出て矢を射った。器官を穿つ。でも止まらない。
(やべぇ‥‥動かねぇと‥‥)
 朦朧とする意識のなか、十一も額を押えて歯を食い縛る。
 ソフィアが花びらの螺旋を放つ。喰らうイーターはがくんっと進撃のペースを落とすも、続く直哉の蹴りを受けるとすぐに動き出した。
 イーターが慎に吸収攻撃をしかける。慎は一か八かで器官に大剣を突きこむも、止められず呑まれた。蠍が回復する。まるで、不死身。
 仁刀が風花で加速し地面を蹴った。尾部を斬りつけ、ぬるりと吐き出された慎を受け止める。イーターの後方に着地。蠍の猛進は止まらない‥‥。

「ここにいてください。朱烙院さんは二人をお願いします」
 物凄い速度で向かってくるイーターを見て、清十郎はタウントを纏い、壊れた壁から民家を飛び出した。
 奉明も覚悟を決める。最悪、仲間が突破されたとしても決して二人に危害は加えさせない。そのためになら、私は‥‥。
 ふと、背後で震える少女に気がついた。
「怖いか?」
 奉明の問いに、少女は視線で応える。そうか、と奉明は呟き、
「怖くてもいいんだ。私も、怖いからな」
 少女が目を見開く。その姿がどこか、『重なって』見えた。
 天魔を怖がる少女。天魔と戦える者達を――そして天魔と戦えるようになった『自分自身』を怖がる少女が。
 力持つ者への変化を拒み、嫌うがゆえに『術嫌い』な自分と。
「怖い‥‥? じゃあ、なんで‥‥?」
 少女が問う。その時に。

 ばきょん。
 突進したイーターが前方に立ちふさがる護を殴り飛ばした。ソフィアの魔法と直哉の蹴りを受け、猶も止まらない。

「逃げればいいじゃない。怖いんでしょ‥‥? なのになんで、あなた達はあんな化物と戦えるの‥‥?」
 続く少女の言葉。泣くような、それでいて責めるような掠れ声。

 血の戦況。その中で、ふらりとイーターの前に歩み出る者があった。
 頭から血を流す十一だ。その虚ろな目が、崩れた民家の少女を見る。
(‥‥7歳でアウルが、ねぇ‥‥撃退士をよく知らねぇ興味津々の少年少女と違って、色々聞かされたんだろうなぁ)
 イーターが鳴き声を上げ、猛進の勢いを殺さず巨大な拳を振り上げる。
(でも、あの子ぁ‥‥まだ何にでもなれるんだよな‥‥)
 イーターが目前に近づいた。十一は武器を構えて敵を睨む。その彼を目掛けて――、
 満身の力を込めた巨腕の一撃が、微塵の慈悲も無く叩き落とされた。
 地を揺らす衝撃音。振動する木々。舞う土煙。

「戦ったって傷つくだけじゃない! なんで逃げないのよ!」
 恐怖のあまり叫ぶ少女の手を握り、奉明は必死に声を出す。
「怖くても、嫌いでも‥‥!」
 仲間を信じて絞り出す言葉。戦況から目を離さず、顔を歪ませて、
「‥‥護りたいものが、あるから」

 土煙が晴れる。
 その中から現れる、
 背中で拳の一撃を受け止めた十一の姿。
 額を伝う鮮血。その手が武器の柄を握り絞める。

 怖がられようと、嫌われようと。

 誰かの為になら戦える。
 護る為になら戦える。

 絶対に助ける。あの子の可能性(みらい)。だから――――

「行かせる訳にはいかねぇんだよ!!!」

 翻った十一の斧が、イーターの巨腕を斬り飛ばした。驚愕に剥かれるイーターの目。体勢を崩しながら咄嗟に再生能力を使おうとする。――が。
 びきり。
 一瞬の痙攣。黒百合が背後から放った『影縛りの術』が、異形の蠍の動きを止めた。
「アハハハハハハハハハハァ!! さぁ、処刑執行の時間よォ、臓腑をぶちまけ無様に死に果てろォォォォ!!」
 血まみれ少女の狂った嗤いが、声無きディアボロの絶叫代わりとなる。
 甲殻に亀裂が入る。不死にも似たイーターの再生能力、そのガタが今、出始めていた。
 イーターの背後に追いついて仁刀が大太刀を構える。オーラを纏う足で踏み込む一瞬、彼の姿が消えて――

「『風花』」

 神速の白刃がイーターの胴体に血霞の一閃を刻んだ。散った光は雪に似て。白と赤が舞う森のなか、アウルイーターの巨躯がついに崩れ落ちた。

●未来
「はふー、疲れたー!」
 慎が広場に倒れ込む。
(でもすっごく、どきどきわくわくした)
 汗に濡れる前髪の下、空を見上げる慎の瞳は達成感に満ちていた。

「あ、いた。大丈夫?」
 木の裏に隠れるようにぐったり座っていた十一を見つけ、直哉が声をかける。十一の額には血を拭った痕があり、それが直哉に、彼が隠れた理由を推測させた。
「俺さん、血まみれだからさ。あの女の子、怖がらせたくないんだよねぇ」
 十一が弱々しい笑顔で呟く。
「あの子ぁ何にでもなれる‥‥その可能性護んのが俺さんのやるべきことで、したいこと‥‥って、おい?」
 自分のTシャツを破いて十一の止血をした直哉が、無言で十一に肩を貸した。引きずるように十一を運びながら、彼が言う。
「可能性なら、もう護れたみたいだよ」
 そして指差す。広場に立つ少女を。
 少女が十一に頭を下げる。顔に浮かぶは恐怖ではなく、感謝。
「そうか。‥‥そりゃあ、よかった」
 十一は思わず、笑みを漏らした。

〈了〉


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:7人

ありがとう‥‥・
笹鳴 十一(ja0101)

卒業 男 阿修羅
Drill Instructor・
新田原 護(ja0410)

大学部4年7組 男 インフィルトレイター
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
太陽の魔女・
ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)

大学部4年230組 女 ダアト
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
道を切り開く者・
楯清十郎(ja2990)

大学部4年231組 男 ディバインナイト
未来へ願う・
桐生 直哉(ja3043)

卒業 男 阿修羅
術嫌いの魔砲使い・
朱烙院 奉明(ja4861)

大学部9年47組 男 ダアト
撃退士・
戦部こまち(ja8486)

大学部4年243組 女 鬼道忍軍
駆けし風・
緋野 慎(ja8541)

高等部2年12組 男 鬼道忍軍