●喰光蟲
見えた。
森を進む異形の蠍が、木々の隙間に民家を見て興奮する。気配をたよりに行軍を続け、やっと見つけた獲物。脚を動かし前進。前進。
その足めがけ、一つの影が草むらから飛び出す。
「先手必勝‥‥喰らえ!」
●食欲への強襲
加速した笹鳴 十一(
ja0101)の薙ぎ払いが、ガスンッ!とイーターの脚関節に叩き込まれた。びくりと驚いた蠍が巨腕を彼に振るう。重い一撃に顔をしかめながら、彼はなんとか踏みとどまった。
十一の奇襲を合図に、イーターに追いついた撃退士達が次々と展開する。
「よくあるんだよな。ゲームネタで敵の攻撃で回復するというパターン、だが、実際に目の前に存在するとは天魔陣営の連中も趣味な戦い方をしてくれる」
新田原 護(
ja0410)が距離を取りつつ、イーターの斜め前方に飛び出した。すかさず屈んでストライクショット。甲殻に矢が突き刺さる。蠍の背にとまっていたモス達が、ブブゥーン!と羽音を立てて舞い上がった。
「アウルを食べるとは物好きにょろね。もしかして異食症ディアボロにょろか? アウルイーターは何かの栄養素が不足しているに違いないにょろ」
うんうん、と頷きながら戦部 小町(
ja8486)の目は真剣だ。
(‥‥危険な能力のディアボロにょろり。ここで潰しきるにょろね)
「あァ、見苦しいわねェ‥‥その姿だけでも万死に値するわよォ‥‥」
前方に気を取られるイーターの背後、黒百合(
ja0422)が撫でるように言う。粘液を垂らす尻尾に金属の糸を巻きつけて、
「だから、死ねェ‥‥♪」
笑顔で後退。締まる糸が、蠍の血と肉を剥ぐ。
「先に行かせてもらう……!」
蠍を囲む味方の脇を、朱烙院 奉明(
ja4861)が駆け抜けた。続くのは楯清十郎(
ja2990)と久遠 仁刀(
ja2464)。阻霊符を展開済みの仁刀は途中で立ち止り、奉明と清十郎を民家に向かわせ、ディアボロ達の十数メートル手前に立ちふさがる。
二匹のモスが黒百合に飛び掛かかった。一匹は躱され、一匹は彼女の肩を打つ。同時に別のモスが護の腹に体当たり。残りの五匹はイーターの執念を感じてか、民家を目掛けて一斉に飛ぶ。
「行かせるか!」
縮地による爆発的な加速。モス達を追った桐生 直哉(
ja3043)が、空中で一匹を蹴飛ばした。ギィ!と鳴いて地に跳ねるモス。
「厄介な能力持ちみたいだけど、犠牲者を出させる訳にはいかないね」
イーターを一瞥しながらソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)もモスを追う。蠍に集中するためにも、まずは蛾だ。
「数が多いから、手早く減らしていきたい所だね」
直哉が蹴ったモスめがけ、魔法の火球を撃ち放つ。が、太った蛾は必死に羽を鳴らし回避した。
ソフィアと並走する緋野 慎(
ja8541)。初依頼に緊張気味、体もぶるぶる震えている。恐いのが半分。もう半分はどきどきわくわくと湧き上がる不思議な気持ち。
(早く闘いたい)
少年は敵の動きを目で追い続ける。
奉明と清十郎が民家に到達した。短い階段を駆け上がり、奉明はベランダから銃を構え、仲間が食い止めるモスに魔弾を撃つ。
「先に二人を頼む」
背中越しに言う。頷いた清十郎はドアを叩き、おばあさんに招かれて民家に入った。
『キュイイィッ!』
獲物に先に手を出され、イーターが怒りの声で鳴く。
「さて、後は嫌がらせに付き合ってもらうぞ」
新しい矢をセットして護がショートボウを蠍に向けた。
「アウルイーター、向こうには行かせねえ」
●アウル持ちの少女
綺麗に整った部屋で、その少女は木のテーブルについていた。護身用のつもりなのか箒の柄を握り絞め、祖母が招き入れた清十郎を睨んでくる。
「初めまして、僕は楯清十郎といいます」
笑顔で穏やかに、目線を合わせて語りかける。焦りは見せず丁寧に。護衛にきた旨を説明して、落ち着いて指示に従って欲しいと頼み込む。
「怖い思いをさせて申し訳ありませんが、少しの間だけ僕達を信じて護らせてくれませんか」
縮こまる少女と、話を聞き入れてくれるおばあさん。
(体だけでなく恐怖から心も護る。難問ですね)
魔具は不活性状態。戦地で丸腰になる心細さに耐えながら、甘味を勧めつつ会話を続けた。
●突進する本能
「おりゃぁああ!」
小さな体で駆け回り、慎がモスを追い立てる。民家に突進しようとする蛾達を彼らは必死に食い止める。集団での体当たりに仁刀は背中を打たれ、他のメンバーも回避を繰り返す。
慎に一匹のモスが体当たりを敢行する。顔面に蛾の体が見事にヒット――しなかった。
すかっ、と『分身』を突き破り、蛾が空中でキョトンとする。
放たれたソフィアの『Fiamma Solare』。太陽の如き光球が、慎達が一か所に誘導した三匹のモスを焼く。それでも素早いモス達、どう隙間を見つけたのか一匹は無傷だった。
「まだだ!」
直哉が地面を蹴り、アウルを集中させた一撃を無傷なモスに叩き込む。衝撃が貫通するも今度は黒焦げの蛾が避けた。連撃を生き延びた三匹が反撃に転じる。
しかし、モスの目に映ったのは直哉と入れ替わるように跳躍した仁刀だった。彼が握った大太刀には月白の光が纏っていて――
「おらぁッ!!」
白虹。爆発的に伸びたオーラの刃が三匹の蛾をまとめて断ち斬った。そのなか、難を逃れた二匹が一気に民家を目指す。
奉明はリボルバーに雷撃を這わせトリガーを引き放つ。スタンエッジを喰らった一匹のモスが、痙攣しながらベランダに墜ちた。すかさず銃口を向け追撃、手負いのモスを砕け散せるも、到達したもう一匹に成す術はない。
「くっ‥‥楯っ! 敵がそちらに行く!」
すまない、と心中で叫びつつ、奉明は腕で顔を守る。
木製の壁が爆砕された。
弾丸の如き速度で突進したモスが、ついに民家の壁を突破。無力な一般人を目指して中に飛び込み、その瞬間――、
「招かざるお客さんは、ご遠慮頂きたいですね」
モスは空中で、綺麗な輪切りになった。
壁に張られたカーマイン――清十郎が仕掛けた鉄線の罠が、飛来した敵を裂いたのだ。
●護る為の戦い
最後のストライクショットは、蠍との間に割り込んだモスに防がれた。護はそれでも冷静に狙撃を続ける。
十一は重心を乗せた斬撃をイーターの尾の付け根に叩き込むが、蠍はやはり民家にしか興味が無いらしい。前進を止めないイーターに焦り、彼は正面に回り込む。
小町も足止めすべく前方から腕を斬りつける。放たれる拳を躱すと、地面がべこんと陥没した。
黒百合は緩急をつけた移動をしつつ、群がるモスをかく乱する。判明したのは、イーターは魔法に耐性を持っているということ。情報を仲間に伝えつつ、彼女は攻撃を止めない。口元にうっすら浮かぶ笑み。
進撃を邪魔されたイーターが、ぐぐっ、と尾部をもたげた。
「チャージ? ‥‥くるか! あの吸収攻撃!」
護が警戒する。身構える撃退士たち。その中、一人。
「にょろっ!」
思いっきり跳躍し、イーターを飛び越しながら尻尾をすこーんと刀で叩いたのは小町だった。着地しすぐに忍装束の裾をめくって、お尻ペンペン。
「悔しかったら捕食してみるにょろ〜」
ぱくり。囮を買った小町をイーターが遠慮なくクラゲ状器官で持ち上げた。ぽっと灯る赤色は吸収開始の合図。イーターの傷が恐ろしい速度で塞がっていく。
「小町!」
それを見つつも、敵の前方を離れるわけにはいかない。十一は蠍の顔面に向かって薙ぎ払いを放つが、頑丈な敵はひるまず前進を続ける。続く吸収。塞がる傷。再度の攻撃を十一が試みようとした、その時だ。
モスが飛来し、十一の顔面に激突した。
がくんと揺れる視界。十一は堪らずその場に膝をつく。
ぶらり、ぶらりと揺れる吸収器官。護はそれを狙う。一発のために耐え忍ぶ。
「‥‥何処にも行かせないわよォ‥‥?」
死角から飛んだ黒百合の『影縛りの術』がイーターの動きを止めた。
今だ。護は狙撃兵の誇りを胸にイーターの尾に矢を射た。命中、蠢動、排出。吐き出された小町にモスが襲い掛かる。
飛んできた蛾の顔面にレガースが強く食い込んだ。駆け付けた直哉が、まるでサッカーボールのようにモスを蹴飛ばしたのだ。敵の勢いを利用した見事な反撃。
(すごいや、そんな事もできるんだ!)
彼の後を駆けてきた慎がその手際に目を輝かせる。直哉は小町の脇に屈む。
「加勢に来たよ。大丈夫?」
「去年死んだおばあちゃんが川の向こうで手を振ってたにょろ‥‥」
液まみれで色んな意味でスゴい状態になった小町はそれだけ呟き、こてん、と気絶した。
羽音がした。直哉と小町に一匹のモスが滑空する。直哉の反応は一瞬遅れた。
飛んできた蛾の体にクレイモアの刃が沈む。慎の大剣が、まるで野球のバッティングのようにモスを斬り飛ばしたのだ。『そっか、そうやって闘うんだ』。戦いのなかで学習した技を、少年は即座に応用した。
モスたちは空中で体勢を立て直し、再度の攻撃を仕掛けんとする。が。
「アウルは人が天魔に対抗しうる唯一の寄る辺。それを奪う敵は、すなわち人にとっての天敵足りうる」
すぐ近くに仁刀が武器を構えて控えていた。
「‥‥ここで確実に、叩き伏せる」
最後の『白虹』。今度はイーターも巻き込んで、直哉と慎を狙った二匹のモスを白い光が両断した。さらにその近くではソフィアの炎が手負いのモスを焼きつくす。
モスの全滅。同時に、仁刀の放った斬撃が成果をもたらした。
敵の尻尾が付け根から、めきりめきりと折れたのだ。同時に響く、蠍の怒号。
イーターが脚と腕で地を掴む。全身に力を込め、ごぼり、と尾部の断面から泡を溢し、
ごぼぼぼぼごぼごぼぼぼっ!
尻尾を再生させた。
毛ほども動じず、黒百合のカーマインが肉を削ぐ。その瞬間、
イーターが『激昂』した。猛烈な突進を開始しながら、ぐぱんっ、とクラゲ器官を開かせる。
「行かせんよ‥‥あの子の元へは‥‥!」
護がイーターの前方に躍り出て矢を射った。器官を穿つ。でも止まらない。
(やべぇ‥‥動かねぇと‥‥)
朦朧とする意識のなか、十一も額を押えて歯を食い縛る。
ソフィアが花びらの螺旋を放つ。喰らうイーターはがくんっと進撃のペースを落とすも、続く直哉の蹴りを受けるとすぐに動き出した。
イーターが慎に吸収攻撃をしかける。慎は一か八かで器官に大剣を突きこむも、止められず呑まれた。蠍が回復する。まるで、不死身。
仁刀が風花で加速し地面を蹴った。尾部を斬りつけ、ぬるりと吐き出された慎を受け止める。イーターの後方に着地。蠍の猛進は止まらない‥‥。
「ここにいてください。朱烙院さんは二人をお願いします」
物凄い速度で向かってくるイーターを見て、清十郎はタウントを纏い、壊れた壁から民家を飛び出した。
奉明も覚悟を決める。最悪、仲間が突破されたとしても決して二人に危害は加えさせない。そのためになら、私は‥‥。
ふと、背後で震える少女に気がついた。
「怖いか?」
奉明の問いに、少女は視線で応える。そうか、と奉明は呟き、
「怖くてもいいんだ。私も、怖いからな」
少女が目を見開く。その姿がどこか、『重なって』見えた。
天魔を怖がる少女。天魔と戦える者達を――そして天魔と戦えるようになった『自分自身』を怖がる少女が。
力持つ者への変化を拒み、嫌うがゆえに『術嫌い』な自分と。
「怖い‥‥? じゃあ、なんで‥‥?」
少女が問う。その時に。
ばきょん。
突進したイーターが前方に立ちふさがる護を殴り飛ばした。ソフィアの魔法と直哉の蹴りを受け、猶も止まらない。
「逃げればいいじゃない。怖いんでしょ‥‥? なのになんで、あなた達はあんな化物と戦えるの‥‥?」
続く少女の言葉。泣くような、それでいて責めるような掠れ声。
血の戦況。その中で、ふらりとイーターの前に歩み出る者があった。
頭から血を流す十一だ。その虚ろな目が、崩れた民家の少女を見る。
(‥‥7歳でアウルが、ねぇ‥‥撃退士をよく知らねぇ興味津々の少年少女と違って、色々聞かされたんだろうなぁ)
イーターが鳴き声を上げ、猛進の勢いを殺さず巨大な拳を振り上げる。
(でも、あの子ぁ‥‥まだ何にでもなれるんだよな‥‥)
イーターが目前に近づいた。十一は武器を構えて敵を睨む。その彼を目掛けて――、
満身の力を込めた巨腕の一撃が、微塵の慈悲も無く叩き落とされた。
地を揺らす衝撃音。振動する木々。舞う土煙。
「戦ったって傷つくだけじゃない! なんで逃げないのよ!」
恐怖のあまり叫ぶ少女の手を握り、奉明は必死に声を出す。
「怖くても、嫌いでも‥‥!」
仲間を信じて絞り出す言葉。戦況から目を離さず、顔を歪ませて、
「‥‥護りたいものが、あるから」
土煙が晴れる。
その中から現れる、
背中で拳の一撃を受け止めた十一の姿。
額を伝う鮮血。その手が武器の柄を握り絞める。
怖がられようと、嫌われようと。
誰かの為になら戦える。
護る為になら戦える。
絶対に助ける。あの子の可能性(みらい)。だから――――
「行かせる訳にはいかねぇんだよ!!!」
翻った十一の斧が、イーターの巨腕を斬り飛ばした。驚愕に剥かれるイーターの目。体勢を崩しながら咄嗟に再生能力を使おうとする。――が。
びきり。
一瞬の痙攣。黒百合が背後から放った『影縛りの術』が、異形の蠍の動きを止めた。
「アハハハハハハハハハハァ!! さぁ、処刑執行の時間よォ、臓腑をぶちまけ無様に死に果てろォォォォ!!」
血まみれ少女の狂った嗤いが、声無きディアボロの絶叫代わりとなる。
甲殻に亀裂が入る。不死にも似たイーターの再生能力、そのガタが今、出始めていた。
イーターの背後に追いついて仁刀が大太刀を構える。オーラを纏う足で踏み込む一瞬、彼の姿が消えて――
「『風花』」
神速の白刃がイーターの胴体に血霞の一閃を刻んだ。散った光は雪に似て。白と赤が舞う森のなか、アウルイーターの巨躯がついに崩れ落ちた。
●未来
「はふー、疲れたー!」
慎が広場に倒れ込む。
(でもすっごく、どきどきわくわくした)
汗に濡れる前髪の下、空を見上げる慎の瞳は達成感に満ちていた。
「あ、いた。大丈夫?」
木の裏に隠れるようにぐったり座っていた十一を見つけ、直哉が声をかける。十一の額には血を拭った痕があり、それが直哉に、彼が隠れた理由を推測させた。
「俺さん、血まみれだからさ。あの女の子、怖がらせたくないんだよねぇ」
十一が弱々しい笑顔で呟く。
「あの子ぁ何にでもなれる‥‥その可能性護んのが俺さんのやるべきことで、したいこと‥‥って、おい?」
自分のTシャツを破いて十一の止血をした直哉が、無言で十一に肩を貸した。引きずるように十一を運びながら、彼が言う。
「可能性なら、もう護れたみたいだよ」
そして指差す。広場に立つ少女を。
少女が十一に頭を下げる。顔に浮かぶは恐怖ではなく、感謝。
「そうか。‥‥そりゃあ、よかった」
十一は思わず、笑みを漏らした。
〈了〉