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マスター:水谷文史
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/11/08


みんなの思い出



オープニング

●カフェバー『Stagione(スタジョーネ)』


 からららん――。

 秋の昼。来客を示すドアベルが、実りの秋を称賛するように軽やかに鳴る。

 喫茶店のカウンターの奥。
 赤紫の長髪を、清潔感を保って後頭部にまとめた長身痩躯の店主が、食器を拭く手を止め、顔を上げた。
「あら、いらっしゃ――」
 言いかけて、はっと目を大きくする。日焼けさせた小麦色の顔に、ぱあっと明るい笑みを浮かべた。
「あら! ちょっと、お久しぶりじゃなーいっ!」

「ご無沙汰しております」
 少しだけ照れくさそうに――あるいは、ばつが悪そうに頬を掻く一人の女子生徒。
 首もとから爪先まで、一ヶ所たりとも着崩すことなく身につけられた久遠ヶ原学園の制服。肩上に切り揃えられた黒髪は、心なしか、少し伸びたろうか。
「今までどこにいってたのよ! 顔を見せてくれなくて心配したのよ?」
 カフェバーの店主、アビー (jz0059)が、艶のある野太い声色で笑いかけた。
「おかえりなさい、なっちゃん!」
 午後のカフェ。
 コーヒーの香りのなか。
 元自衛官の大学部生、黒峰 夏紀 (jz0101)が、照れくさそうに敬礼して微笑む。
「ただいまであります」



 きちんと両手を膝の上に揃え、背筋を伸ばしてカウンター席に座った夏紀に、アビーが温かいコーヒーを差しだしてくれる。気さくな店主にぺこりと頭を下げつつ、夏紀は口をひらいた。
「申し訳ありません。私用で、長らく顔を出せずにいました」
「私用?」
「はい。実は‥‥」
 そう言って黒峰夏紀は小脇に抱えていた茶封筒から、一枚の書類をアビーに見せる。
 その書類――辞令書に、アビーは目を丸くした。
「『採用内定通知書。あなたを斡旋所職員として採用することを内定致しました』‥‥って、えっ、どういうことっ?」
「来学期以降、大学部を卒業したら、正式に斡旋所職員として勤務できることになったのでありますっ」
 コーヒーカップを手に、夏紀が心から嬉しそうな満面の笑みを浮かべる。
「あら、おめでとう! でもそれって、授業とか戦場とかには、もう出られなくなっちゃうってことかしら‥‥?」
「いえ! あくまで肩書きに斡旋所職員が加わるだけであります。撃退士としての出撃や、授業への参加ができなくなるわけではありません」
 つまり。
 今まで通りに学生でもありつつ、今まで通りに授業に出席しつつ、今まで通りに現場へ同行しつつ、今まで通りに依頼の斡旋を行うわけで――。
「‥‥それは、今までとどこか違うのかしら?」
「肩書きであります!」
「肩書きって‥‥なっちゃんって、そういうのに拘るタチだったかしら?」
 アビーの疑問に、夏紀は、少しだけ真面目な顔になる。
 決意に満ちた瞳は、どこか遠くの景色を見るようだ。ふっと口元を緩め、夏紀は穏やかながらも覚悟の篭った口調で、言った。
「これでやっと、いざという時に、現役の職員の方々と対等な意見を述べられるようになりました」
 そう。
 別に、肩書きにこだわったわけではなかった。
 夏紀は悔しかったのだ。上層部の冷酷な決定に対して、自分や、自分が斡旋した参加者達が「その決定は間違っている」と感じた時に、何もできないことが。

 たとえば、どこかの害意に満ちた卑劣な悪魔が、一般の人々を人質にとったような時。
 かつて灯籠流しの夜の戦闘で、人質を見捨てる決断をした冷徹な教師に、自分は立ち向かうことができなかった。
 力をつけたいと願っていながら、心のどこかで常に『今はまだ』と‥‥『今はまだ、自分は理想を現実に変えられない』と諦めていたのかもしれない。
 理想を現実に変えようと足掻く姿勢を、また一つ、黒峰夏紀は仲間たちに教わったのだ。

 本当に間違った現実を前にした時、わたし達は理想を貫くことを試みても良いのだと。

 夏紀は、アビーに経緯を説明し、決意をこめて結んだ。
「正式な斡旋所職員となることを決めたのは、わたしなりの新しい一歩であります」


●本題


「――ところで、話は変わるのでありますが、進級試験が近づいておりますねっ」

 コーヒーのカップで手を温めるようにしながら、黒峰夏紀が、わくわくと口角を上げた。
「‥‥そんなに目を輝かせてテストの話題を出すコ、アタシは初めて見たわよ」
「実は今、わたしは今期の進級試験に向けて、勉強合宿を企画しているのでありますが」
 黒峰夏紀の好きなものは、努力と根性論。
 皆で精進する一致団結の雰囲気が大好きな夏紀にとって、進級試験は、体育祭や球技大会の次くらいに、好ましい行事だった。
 ‥‥まあ、勉強が得意かと訊かれたら、苦手ではないものの、「全力で頑張ります!」と敬礼することしかできないのだが。
「合宿に使えるような施設が、なかなか見つからないのであります」
 夏紀はアビーに、そう悩みを打ち明ける。
「学園敷地内の部活棟をあたってみたのですが、既にどの部屋がどのクラブの部室なのか不明な状況でありました。仕方がないので、久遠ヶ原島の旅館やホテルに電話をしてみたのでありますが、そちらは進級試験そっちのけで学園祭の準備を始めている方々で満員だそうであります。前者は致し方ありませんが‥‥、後者は少し、許し難いです」
「まあまあ、そう怒った顔はしないであげて‥‥?」
 ああ。久遠ヶ原はなんと、平常運転なのだろう。
 そう感じつつ、アビーはカウンターの陰の資料の束を取りあげた。アビーが『独自のルート』で仕入れた、依頼や相談のデータをまとめたものである。
「合宿ができる施設ねぇ‥‥。あ、こんなのはどうかしら?」
 ふいに、ちょうどいい物件の情報が、目にとまった。

 久遠ヶ原学園市街地から、すこし離れた場所にある、学生会館だ。
 十数人は軽く寝泊りできるだけの、ちょっとした旅館にも似た広さを誇る和風の建物である。大浴場や屋外広場など、施設も充実しているにもかかわらず――何故か、奇妙なことに、数年も昔から誰も使用していないようだ。

「わ! 広さや設備は、理想的でありますね!」
 夏紀は、願っても無い物件に目を輝かせた。
「気に入ってくれたかしら?」
「はい! あの、こちらの資料をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんよ。アタシは学園のみんなの味方だからねっ♪」
 身長190センチ、細身に筋肉をつけた男が、ばちんとウインクする。可愛くない。
「ご協力、感謝であります! さっそく宿泊の手配をしてまいりますね! あ、生徒の皆にも、お誘いの連絡をしなくては‥‥アビー撃退士、いつも本当にありがとうございます!」
 にこにこと資料を抱えた黒峰夏紀を、アビーは手を振りつつ見送った。
 喜んでもらえて良かったわー、なんて。
「‥‥けど、どうしてこんな建物の情報が、うちにあったのかしら‥‥」
 今更ながら無責任な疑問を感じ、アビーは資料を読みなおす。
 そして、目に飛び込んだ文字列――学生会館が数年も使われていなかった、あまりにもお約束な理由の記載に、さっと表情を曇らせた。
「‥‥‥‥あ、ら?」



 そこには、学生会館に出る『幽霊』についての噂話が記されていた。





リプレイ本文



「さて、そんじゃ勉強頑張れ」

 今にも修学旅行の枕投げが始まりそうな、畳の敷かれた大広間。
 入館して早々。ネームレス(jb6475)が窓枠に腰を下ろし、口に電子煙草を咥えた。
「ちょっ、ネームレス撃退士っ!? 何をご自分は勉強をしないみたいに仰っているのでありますか!」
 驚いた夏紀が叫ぶ。
「勉強しねーよ。俺は面白そうな事をしてるなと思って参加しただけであって、ぶっちゃけ試験対策とかするつもりはねえんだわこれが」
 彼はあくまで、努力と根性なんていう真っ直ぐな理論で集まった連中が、幽霊屋敷で一晩頑張る様子を眺めたかっただけ。
「とは言え、何か質問があれば教えてやる。ただし理数系限定な。文系は言葉選んで説明すんの面倒くせぇ」
「む‥‥では、ネームレス撃退士は、教官としてご参加ということで」
 なんだそりゃ、とネームレスは思うも、面白いから言わない。
「なっき先輩、お久しぶりで、おめでとうですー!」
 そんな夏紀に、エヴェリーン・フォングラネルト(ja1165)が背後から抱きついた。
「じゃじゃーん♪ お手軽園芸キットをプレゼントなのですー! よく根ずくって意味があるのですよ♪」
「わっ、あ、ありがとうございます、エヴェリーン撃退士!」
 驚きを隠せない夏紀が、渡された小包を抱きとめる。
「あの、なっき‥‥というのは?」
「ニックネームですー! なっき先輩もリィの事リィって呼んでくれると嬉しいですっ」
 首を傾けて微笑むエヴェリーン。
「では‥‥リィ撃退士と呼ばせて頂きますね」
 少し照れくさそうに笑う夏紀。
 勉強合宿が、始まっていく。

●秋の昼

「撃退士といえど、勉強はしっかりやらないといけませんよね」
 鑑夜 翠月(jb0681)が、長机の前に正座して教科書を広げる。
 教科は『歴史』。紀元前のアニミズムから近年の大規模作戦まで、撃退士が身につけるべき伝承や事件が綴られている。
「勉強会なんてはじめてだから楽しみだなぁ。まだまだ人間界に詳しくなれてないし、歴史は特に頑張らなくちゃ!」
 そう言う草薙 タマモ(jb4234)が広げた教科書には、歴史上の人物の絵に片端から落書きがされていた。ヒゲだのツノだの原型を留めない程で、こんな天魔がいたようないないような、うん、なにこれ。
「あの、これは‥‥?」
 覗き込んだ翠月が、困惑して訊ねる。
「えっ? だって学園で隣の席のコが、教科書の人の顔はこうするもんだって言ってたよ!」
 タマモは八重歯を覗かせて笑む。
「それでね、牙を書くと強そうにみえていいらしいくて――」
「く、さ、な、ぎ、撃退士‥‥?」
 こわい笑顔を浮かべた夏紀が、タマモの後ろで腕組みをしていた。
「‥‥はい、ちゃんとやります」
 正座をして反省のポーズをみせる天使の少女。翠月は、思わず苦笑した。
「皆で勉強をすると、賑やかで楽しいですね」
「ううっ、そうですね‥‥」

 翠月の隣で、水無月 ヒロ(jb5185)が、ボロ泣きしていた。

「ええっ! ど、どうしたんですかっ?」
 いかにも純粋無垢な少年は、赤い目をこすり教科書を指差す。
「ううっ、だって‥‥教科書に載っているこの方は、もう亡くなっていて二度と会うことができないんですよ」
「そ、そうですね、その縄文人さんとは流石に‥‥」
「それってとっても悲しいです。この人だって家族がいて、志もあったのに‥‥ぐすっ」
 腰蓑一丁の縄文人さん(イラスト)を偲んでいるようだった。類まれなる感情移入能力に、一同、狼狽。


●秋の夜


「おら、文字との睨めっこはそれぐらいにしとけ」
 ネームレスが、夕食のカレーの鍋を持って台所から現れる。
 時刻は、早くも午後7時。
 久遠ヶ原では珍しく、ハプニングなく時が過ぎていた。‥‥そう、昼の間は。

「肝試シ?」
 カレーをスプーンで口に運びつつ、長田・E・勇太(jb9116)が、首を傾げる。
「うむ。ずーっと勉強じゃ息が詰まっちまうしな! せっかく曰くつきの館であるし、休憩がてら息抜きに丁度いいと思うのぜ?」
 提案者は、ギィネシアヌ(ja5565)だった。魔族(設定)の本領は夜と決め、昼間はわりと真面目に勉強しまくっていた彼女である。
 そう。この学生会館には幽霊が出るという噂があるのだ。
「あー幽霊ね」
 タマモが、カレーをかきこみつつ、何気なく洩らした。
「うん。私も昼に見たよー」


 !?(一同)


「お昼に休憩で食堂に行ったんだけどね。その途中の廊下に、制服を着た男の子がしゃがんでたの」
 ――あれ? 君、勉強会のメンバーにいたっけ?
 そう気にして振り返った時には、男の子はもうどこにもいなかったという。
 タマモの笑顔は天真爛漫。とても嘘を言ったようには見えない。

 え、マジで幽霊いるの‥‥?

「キ、キモダメシですか? リィはちょっと‥‥」
 震えたエヴェリーンが汗を顔に伝わせる。
「あ、あの、ボクも、ちょっとささくれが剥けて、この怪我では無理かも‥‥」
 ヒロに至っては、ビビりすぎて言い訳が意味不明。
 提案者であるギィネシアヌも、やや顔色が悪くなっていた。まさか深夜を待たずにゴーストの目撃情報が出てしまうとは。もはや曰く云々の話ではない。ぶっちゃけ怖いのぜ。
 しかし。
「どうだい夏紀ちゃん? まさか、怖いなんて事ないよな?」
 ここで退いては魔族が廃る。ギィネシアヌは、引きつった笑みを浮かべた。
「大丈夫であろう。このメンツなら一番頼りがいあるしな、うん」
 はっ、と夏紀が目を大きくする。頼りがいがある? わたしが‥‥?
「――分かりました。そこまで仰るなら開催いたしましょう! 勇気も、撃退士に必要なスキルでありますのでっ!」
 エヴェリーンとヒロが、ひぃっと小さく悲鳴をあげる。
 かくして、勉強合宿は変な方向へもつれ込む。



 撃退士達は2人1組の計4組を作り、会館の各所に置かれたスタンプを押して戻ってこなくてはならない。

 コースは、スタンプの置き場ごとに4種類。

 水場である、大浴場。
 夜の闇に沈む、戦闘訓練用の庭。
 だだっ広い虚無が待つ、食堂。
 そして定番の、トイレ――。

 4組が同時に玄関から出発し、各々の置き場を経由し戻ってくる形式だ。

 抽選の結果。ペアとなったギィネシアヌとネームレスは、担当であるトイレ‥‥ではなく、訓練用の庭に身を潜めていた。
 仮装用の白い布を準備し、別ペアを驚かそうと虎視眈々なギィネシアヌが、木々の隙間にて悪い笑みを浮かべる。
「フフ‥‥まだペアは来ていないようであるな。わざわざ駆け足でスタンプを回収して、先回りをした甲斐があるというものなのぜ」
「トイレまでずっと俺の服掴みっぱなしだったくせに、よく言うよな」
 木に背を預けたネームレスが電子煙草を燻らせた。
「完全にビビって速足だったろアレ」
「び、ビビッてなんかないのぜっ!」
 赤面したギィネシアヌが、くわっと振り向く。
「俺はあくまで、皆を恐怖のズンドコに叩き落とすために急いだのであって――」
「おい、後ろ何かいるぞ」
 ネームレスの嘘に、ギィネシアヌが光纏し、ライフルを振り回しだす。
「うおおおおおおおおおッ!? どどどッどこだぁああああッ!?」
「うおっ馬鹿、危ねぇ! っつーか涙目じゃねえか!」
 怖さを紛らわすかのように吼えるギィネシアヌと、銃身を掴んで逸らすネームレス。賑やかだ。

 一方、別所。
「うわああああああああああああああああんっ!」
 大浴場を目指していたヒロは、ペアの夏紀と並んで、廊下を疾走していた。
「長田さん、ど、どういうつもりでありますかぁーっ!」
 ヒロが、夏紀につられた似非軍人口調で叫ぶ。ただでさえ、ちびらないことに最大限の注意をしつつ暗闇を移動していたというのに、彼は今、拳銃を抜いた勇太と、電撃を吐くヒリュウに追われていた。尿意がやばい。
「センサーにビビる、ヒリュウにも慄く‥‥ジャパンの肝試しはこの程度の恐怖も想定してないネ?」
 ふぅーっと暗闇に歯を剥きだす勇太。退役軍人の育て親に軍隊式☆ホラーを叩き込まれた勇太にとって、ただ暗いだけの屋敷を散歩したって、何も面白くない。
 だから、昼間のうちに廊下に赤外線センサーをしかけ、それに引っかかった二人を殲滅しようとするのは、いたって普通な演出だ。
「命の危機だって立派なホラーね。さあ対処してみせロ、元JSDF」
「り、陸自はヒリュウでサンダーボルトを飛ばしてきたりはいたしませんっ!」
 夏紀の叫び。鬼気迫る勇太の銃撃と電撃を掻い潜り、ヒロと夏紀は廊下の暗がりに隠れる。
 床を軋ませ索敵する勇太をやり過ごし、夏紀は息をついた。
「な、なんとか躱せましたね。さあ、この隙に、スタンプを――」
「上官」
 くい、と。
 体育座りで、ある限界を迎えたヒロが、涙目で夏紀の制服を引っぱる。
「‥‥トイレに、行きたいであります」




















 いやいやいやいや。
 とある依頼の記憶にヒヤっとしかけたが、今回はちゃんとトイレがあるのだ。
 夏紀に入口を守ってもらい、ヒロはトイレに籠った。和式の便所。最も幽霊の出そうな場で、独りになってしまった。
「‥‥まさか、ね」
 幽霊なんて、いるわけがない。震えつつ笑みを浮かべ、ヒロが用を足すべく便器を見ると――、


 便器から、血の気のない水無月ヒロの頭が突き出していた。


「ひ、ぎゃああああああああああああああああああっ!!」

 ヒロの絶叫に血相を変えた夏紀が、勢いよくドアを開ける。
「どうされたのでありますか水無月撃退――って、ええっ!?」

 ヒロが、頭から便器に突き刺さり、両脚を天へと突きだしていた。

「なっ、何をどうしたらそんなことになるのでありますか?」
 訳が分からな過ぎて、その場でへたれ込む夏紀。全くだよ。





「わー暗いなぁ。私、肝試しなんて生まれて初めてだよ! みんなが楽しそうに怖がってるのを見てずっとやってみたかったんだー。あ、あれは何かなっ? なんだ木の影かぁ! わー怖いなあ楽しいな! あ、ねえねえ鑑夜さんっ、あれ見てあれ!」
 訓練用の庭をめざし夜の林を進むタマモは、ちょっぴりの恐怖と夜更けのテンションのせいで、語りが止まらない。上気する頬は完全に、修学旅行の夜が大好きな女の子のそれである。
(草薙さんが喋ってくれているおかげで、ぜんぜん怖くありませんね‥‥)
 ペアの翠月は、なんだか一人だけ肝試しをできていない現状に苦笑する。まぁ翠月も人並みに幽霊は怖いし、命拾いしたと思っておこうか。
「あ、あれはスタンプでしょうか」
 翠月が柳の下に、椅子に置かれたスタンプを発見した。二人で、同時に、手を伸ばす。
 ボタリ。
「‥‥え?」
 真っ赤な血。腕に落ちてきたそれに、翠月とタマモは静かに柳の枝を見上げた。

「とりぃぃぃぃっく、おあぁ、とりぃぃぃぃぃぃとであるぅぅうううううううう」

 のっぺーりと白いお化け(注:ギィネシアヌさん)が、木からぶらさがっていた。
 スキルで禍々しい紅蛇に群がられたソレは、真っ赤な血のしたたる細い手で翠月達の腕を掴む。
「‥‥‥‥‥‥〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
「きゃああああああああああはははは!」
 翠月は声も出せず恐怖に毛を逆立て、タマモは恐怖――というよりは絶叫マシンでも楽しむかのように頬を染め叫ぶ。
 大成功。ゾロリと地に降り立ったギィネシアヌは、布の内側でフラッシュを焚く。参加メンバーを片端から驚かし、ビビり顔をばっちり撮影するのが彼女の計画だった。
 まず二人、と口角をあげ、ギィネシアヌが写真の撮れ具合をデジタルカメラで確認すると――

 翠月とタマモの背後に、青白い肌をした少年が、恨めしそうに映りこんでいた。

「‥‥ウオァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――ッ!?」
 蛇お化けが絶叫した。ミイラとりがミイラになった感満載の突然の悲鳴に、翠月とタマモも輪をかけて叫び、思わず走り出す。もう悲鳴しか聞こえない夜の庭だ。





「だから、ミーは反省してるネ! スキルを使ったのは悪かったヨ! 糞ババアにチクるのだけは勘弁だゼ!」
 会館の一角。勇太はヒリュウ共々正座して、腕組みをしたヒロと夏紀に叱られていた。
 その時だ。悲鳴が聞こえた。
「ん?」
 勇太が振り向く。
 暗い廊下を三人の人影が、物凄い勢いで駆けてきた。翠月とタマモ、そして、なんだかよく分からない蛇の塊である。
「何ダ!? 特に最後ッ!」
 翠月に背中に隠れられ勇太が動揺し、はしゃいだタマモに抱きつかれたヒロが柔らかい感触に鼻血を噴き出し、蛇の塊に飛びつかれた夏紀が悲鳴をあげる。まさにカオス。
「ななな夏紀ちゃん!俺だっ!やややっぱこの屋敷っ何かいるのであるぅぅうわああああ!」
「きゃああああっ! って、ええっ?ギィネシアヌ撃退士でありますかっ!?」
 涙を散らす白い布のお化けと抱き合いながら、夏紀はギィネシアヌの言う『何か』を探し視線を巡らせる。
 たしかに、一直線の廊下を歩いてくる小柄な影が一つ見えた。
「い、いつまでも恐がっていてはいけませんよね‥‥!」
 翠月が気合を入れなおす。そう。暗闇は、先が見えないから怖いのだ。
 『夜の番人』を発動した翠月が、闇を見通す。
 そうして見えた、暗闇を歩いてくる者の正体は――

「ふえぇ‥‥長田さぁーん、どこなのですー?!」

 エヴェリーンだった。
 食堂を目指していたはずが、ペアの勇太が飛んで行ってしまったため、彼女はずっと一人で学生会館を彷徨っていたらしい。
「ふぁ‥‥み、みなさん〜! やっと会えたのですー!」
 翠月が胸を撫で下ろす。しかしそれも束の間。エヴェリーンの背後に見えたソレに、翠月は表情を喪った。
「あれ?」
 駆け寄ってくるエヴェリーンの背後を、タマモが指差した。
「フォングラネルトさんって、双子だったの?」
 エヴェリーンが、立ち止る。
 笑顔のまま固まった顔で、きりきりと、振り向いた。

 そこには、無表情でこちらを見返すエヴェリーン自身がいた。

「‥‥‥‥」
 ぱたーん、と綺麗に倒れる彼女。気絶していた。エヴェリーンさあああああん! と撃退士達の悲鳴が重なる。
 おわかりいただけただろうか。
 幽霊は、いる。
 そして、覚えていただけているだろうか。
 これ、勉強合宿なんだぜ。


●秋の夜長


「で、種明かしをすれば正体は天魔だったわけな」
 数十分後。
 全ての元凶、宙に浮遊した髑髏型のサーバントは、ネームレスの大剣に貫かれ消滅した。学園からは、ほんのちょっぴりの報酬が支払われ、幽霊騒動は終わりを迎える。
「な、なんだか全然、勉強をしにきた気がしないのですー‥‥」
 魂が抜け出てしまったかのように意気消沈するエヴェリーン。
 にっと悪い笑みを口角に浮かべ、「ああ、そういや」とネームレスが一同にデジタルカメラを差し出す。
「ほらよ、記念写真だ」
 気絶するエヴェリーンを抱きかかえた一同が、幽霊を前に絶叫しまくっている心霊写真だった。

 トドメの一撃。
 怖くて眠れなくなった撃退士たちは、無事に徹夜の勉強に成功したのだとか。

〈了〉


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 魔族(設定)・ギィネシアヌ(ja5565)
 優しき心を胸に、その先へ・水無月 ヒロ(jb5185)
重体: −
面白かった!:6人

For Memorabilia・
エヴェリーン・フォングラネルト(ja1165)

大学部1年239組 女 アストラルヴァンガード
魔族(設定)・
ギィネシアヌ(ja5565)

大学部4年290組 女 インフィルトレイター
夜を紡ぎし翠闇の魔人・
鑑夜 翠月(jb0681)

大学部3年267組 男 ナイトウォーカー
タマモン・
草薙 タマモ(jb4234)

大学部3年6組 女 陰陽師
優しき心を胸に、その先へ・
水無月 ヒロ(jb5185)

大学部3年117組 男 ルインズブレイド
Outlaw Smoker・
ネームレス(jb6475)

大学部8年124組 男 ルインズブレイド
BBA恐怖症・
長田・E・勇太(jb9116)

大学部2年247組 男 阿修羅