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生徒で賑わう、高校の廊下。
ふわふわの赤い髪を揺らすメリー(
jb3287)が、ぱあっと笑顔になった
「文化祭なのですね!メリー、初めてなので楽しみなのです!」
「へえ、初めてなんだな」
一緒に回ることにした木暮 純(
ja6601)が、売店でタピオカドリンクを購入する。ふふん、と片手を腰にあてて、ストローを噛んでニッと笑む。
「文化祭ってのはな、ちゃんとした店よりは食い物もちゃちいんだけど、この活気っつーか雰囲気を楽しむものなんだ」
「活気‥‥です?」
手作り感。連帯感。みんなで作る、この感じ。メリーは記憶を掘り起こし。
「メリー、日本のお祭りでタコ焼きというのを教えて貰ったのです! 美味しかったのです!」
「お、じゃあたこ焼きやってる場所さがしてみるか。山形も落ち着いたし、存分に楽しもうぜ!」
ひとときの平穏。秋色カーディガンの少女が、赤毛の少女を先導する。
一方、放送室。
「よかった。体調不良者も異常事態も、出ていないですね」
運営補佐を引き受けたジョシュア・レオハルト(
jb5747)が、運営委員たちの報告を受け、安堵したように柔く笑む。
白髮赤瞳の、どこか儚い伝説から出てきたような少年の微笑みに、放送室入口に大挙した女子高生たちが、きゃーーっ! と嬌声を上げている。
「え、と‥‥何かあったら連絡をお願いします。すぐに校内放送をして、僕も助けにいきますから」
幻想的な美少年の「僕が助けに行きます」宣言に、またまた何人かの女子が額に手をあて倒れるフリ。ジョシュアが口を開くたびに、こんな調子だ。
「こんな感じで良いのかな……」
苦笑し、ジョシュアは、しかし彼らの幸福を願う。
そう。
せっかくの文化祭なのだから。
「今日一日、皆が楽しめればいいな」
●
女子に華やぐ放送室とは、一転。
体育館は、撃退士のパフォーマンス用に開放され、野郎どもの雄叫びで満ちていた。
「だいぶ、盛り上がってきましたね」
声援を飛ばすギャラリーを見回し、双城 燈真(
ja3216)が汗を拭う。「うん」と微笑むのは、桜木 真里(
ja5827)だ。
二人が演じているのは、模擬戦闘のパフォーマンスである。
「そろそろ演目としては十分でしょうし。シメにいきましょうか!」
スポーツマンシップを感じさせる笑みを浮かべ、燈真が床を蹴った。
「これぐらいしても、大丈夫だよね‥‥!」
会場が、おおっと声をあげる。
模擬刀を掲げた燈真の背に、紛うことなき竜の翼が顕現した。冥魔の血の力で宙を駆り、疾風が如き斬撃を真里に打ち込む。
右に、左に、打ち込まれる斬撃を、真里は緑の瞳で追い、いなしながら、
「なるほどね。俺も、合わせていかなくちゃ」
ごう――、と真里と燈真の周りを、炎の剣が囲んだ。
「っ!?」
「灰燼の書だよ。演出にいいかなと思って」
鍔迫り合いの瞬間、額に汗を伝わせて真里は笑んだ。紅蓮の軌跡を乱舞させながら、六刃の剣を振り回す。勿論、燈真に当たらぬようマージンは取っているものの。
その迫力は、真実だ。
(はは、流石先輩だぜ!)
火炎を肌に感じながら模造剣を必死にさばく燈真に、翔也が心の内から愉快そうな声を張る。連撃の応酬。呼吸の瞬間。燈真と真里を歓声がつつんだ。
最後の一撃のため、互いに距離を一息に踏み込み――
どーーーーーーーーーーーーーん。
突然の揺れに、体躯をよろけさせた。
(おい、地震かっ!?)
「いや‥‥違う――」
頭の中で叫んだもう一人の自分の声に、燈真は首を振る。
「‥‥真里さん、危ないっ!」
真里の背後の床から、ブリキの骸骨が飛び出してきた。
「えっ?」
真里がぎょっと振り返る。まさかの天魔。回転する鋸。
非日常が、開幕する。
●喫茶店
――天魔襲撃前。『喫茶店』と書かれた教室。
フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)が、紅茶を片手に、椅子で脚を組んでいる。大規模作戦で負傷をした彼女。依頼を余暇と捉え、生徒たちと言葉を交わす予定だったが――。
「フィオナさん。僕、弓道でどうしてもライバルに勝てなくて‥‥」
「弓道は好敵手に矢を射る競技ではあるまい。好敵手ではなく、己に勝て。次」
「彼氏からメール帰って来なくて、つらいの‥‥」
「耐えろ。次」
「ふ、フィオナさん! 俺っ、好きな人がいるんですけど」
「本人に言え。愚か者め」
ちょうど良いスペースで寛いでいたら、金髪美女がいるぞと話題になり、口調や態度が珍しいのか、なぜかお悩み相談コーナー状態になっていた。
(‥‥退屈はせん。身体を休めるにはちょうど良いか‥‥)
撃退士の少女が目を閉じ、カップに口をつける。その時だ。
地鳴り。どこかから悲鳴。
フィオナは不審げに眉を顰めた。この感じには覚えがある。あまりにも多く、『こういう状況』に置かれ過ぎてきた。
「皆、聞け」
椅子から立ち上がり、腕を組む。
「万が一の際には、なるべく開けた場所を通って校外に出ろ。放送で指示があればそれに従え」
不敵な戯れの笑みを、口に浮かべて。
「そして――、命が惜しくば、今すぐ我の後ろへ隠れるがいい」
ぎゅいいいいいいん、と鋸を鳴らし、入り口からスカルがこちらを覗いていた。
「やはりか‥‥。我の余暇を台無しにしたその不敬‥‥万死に値するぞ」
悲鳴をあげた生徒達が、フィオナの後ろへ逃げる。むすりと不機嫌な表情で仁王立ちしたフィオナの背後、二十に迫る数の灼光の魔力球が展開する。
「消えろ」
展開した『門』から、無数の武器がスカル目掛けて飛翔した。斧が、剣が、ハルバードが、駆動天魔の身体を激しい音とともに抉る。
同時、高重力場が、スカルの速度を押し潰す。それでも狂った歩調で、進む骸骨。撃退士を殺せ。ブリキの心臓の命ずるままに。
「きゃーーーーっ!」
ついに隣接。目の前で振り上げられた回転鋸に、フィオナの背後の生徒たちが、悲鳴をあげた。
「愚か者」
ガン――! と、鉄を立つ音。
フィオナの振るった直刀が、黄土色の骸骨を、左右へと両断した。
「狼狽えるな。我がいる以上、貴様らに指一本触れさせぬ。我の戦場で賊軍を恐れることは、我が剣へと冒涜と心得よ」
フィオナは生徒達に不遜な笑みを浮かべた。
●体育館
『桜木さん、無事ですか?』
「うん。大丈夫だよ」
振り下ろされた回転鋸を、真里は咄嗟の『緊急障壁』で弾き飛ばした。左腕に傷を負ったが、掠り傷程度である。
文化祭の会場に、どうして天魔が? 事態はあまりに唐突で、かかってきた電話で情報共有をするしかなかった。
『木暮さんによると、校庭にも大きな天魔がいるそうです』
自分達は不運にも、偶然の天魔事件に巻き込まれたらしい。
真里は、ふと文化祭散策中のことを思い出す。
「そういえばこの学校、裏門があったね。皆を避難させるなら、そっちが安全なんじゃないかな?」
ぎゅいいいいいいん、と。真里の眼前で、機械の骸骨が回転鋸を振り上げる。
「こっちは任せて。避難誘導は、お願いするね!」
通話を終えると同時、手の平に溜めた『スタンエッジ』を骸骨に放った。感電したスカルの首を、背後へ回り込んだ燈真が斬り飛ばす。
「了解しました」
息をついて電話を置く。皆を退避させた放送室で、ジョシュアは一人、マイクに向かう。
「避難経路の案内です」
伝えなくてはいけないことを、端的に伝えていく。
「――確認できた天魔には既に撃退士が対処しています。避難には、校舎の裏門をつかってください。怪我をしている人がいたら協力して避難させてください――」
これで誘導は完璧な筈。後はないかなと、少し考えて、最後に一つ。
「皆が楽しかった、そう思える文化祭の思い出を護る為に、ご協力をお願いします」
放送を終えて、廊下に出る。
さっそくだ。逃げ遅れた女子高生が、天魔に壁へと追い詰められていた。不吉な回転音と共に、スカルが凶器を振り上げる。
「折角の文化祭なんだ」
白炎を纏い、ジョシュアは床を蹴った。
「楽しい思い出を、悲しい思い出にさせたりしない!」
オールド・スカルの腕に蒼海布槍を巻きつける。ギシリと振り向いた、髑髏に向かって。
「お前の相手は、こっちだ!」
●校庭
「ああくそっ、お前の日常はこっちだとでもいいたいのかよ!」
不機嫌そうに歯噛みしながら、純はメリーと共に一階の窓を跳び越え、校庭へ飛び出した。
「こいつは俺ら撃退士がなんとかするから安心しろ! 皆は裏門から避難してくれ!」
逃げ惑う人々を、声を張りつつ突っ切っていく。腕の中にアサルトライフルを具現化させながら、純は人混みの奥の、球状要塞を睨んだ。
「メリー、一緒にアレを抑えるぜ。行けるか?」
「はいなのです! 皆さんが楽しみにしていたお祭り‥‥台無しにはさせないのです!」
撃退士の接近を察知したのだろうか。鎮座していた球状要塞が、生えていた大砲を、ぐるりとメリーと純へと向けなおす。
轟音。
放たれた弾丸は、しかしメリーが具現化させたランタンシールドで爆散した。
「あいつ‥‥逃げてく人らに目もくれねえ。狙いは俺らなのか?」
爆風と硝煙の中、純がメリーの盾の陰で訝しむ。
狙われるのは、むしろ好都合だ。
「メリーの方をみるのです!」
二人は、校舎や人を背にしない位置をめざして駆ける。球状要塞は大砲をひっこめ、再びメリー達を狙い直す。誘導成功。この位置関係なら、どう砲撃をされても、背後に被害は及ばない。
ただ――再出現した大砲は、三門だ。
銃撃。爆破にも似た衝撃を、メリーは『銀の盾』で完全に食い止めた。
「よしっ、伏せろ!」
秋の爆風に茶髪をさらしながら、純はメリーに覆いかぶさるように盾の上にライフルの銃口を乗せる。
「いつまでも一方的にぶっ放せると思うなよ!」
『スターショット』で銃弾を連射。狙いは敵の大砲だ。堅そうな外見で唯一の、内からの露出部――。
光を帯びた一撃が、大砲の一門を枯木が如く撃ち砕いた。さらに数発が装甲に弾痕を残す。見た目より脆い。傷はすぐについた。
だが。
「治るのかよ‥‥っ」
装甲の傷が、みるみる消えていく。そして大砲を覗かせる窓も、どうやら装甲の奥まで続いてはいない。大砲は、変形した装甲の一部なようだ。
「一気に倒し切るしかないか」
「みんなが来るまで、メリーが文化祭を守るのです」
大砲が、また増える。メリーが光纏し、盾を構えた。
●
(おい、落ち着けよ! 燈真!)
真里と別れた燈真は、竜の翼を顕現させ、一階の窓から身を乗り出していた。二階は真里に任せ、自分はその上で天魔を探すためだ。
(一人だけでディアボロと戦う気か!)
「また繰り返したら‥‥どうするんだ!」
今でも思い出すのだ。あの日の光景。血と絶望と、後悔の色を。
「天魔が齎す悲劇を、止められるなら止めたいんだ。行こう翔也! 今の俺には、止める力があるんだ!」
返答を待たず、翼で飛翔。
二階では、丁度、放送を終えたジョシュアがスカルを拘束した場面だ。階段を上った真里が合流するようだから安心だろう。
三階もまた、喫茶店でフィオナが敵を制圧しており無問題。
そして、四階。
『お化け屋敷』から出てきたスカルが、仮装した男子を追っていた。
「これ以上、お前らの好きにはさせない!」
こちらへ首を回した骸骨天魔へ、燈真は窓を突き破って跳びかかる。煌めく刃がスカルを捉えたが、同時に敵の鋸も跳ね上がってきた。
凶悪な音。肩が抉られ、削ぎ飛ばされる。
「ぐぁああっ!」
肩を回転鋸に掻き切られながら、燈真は一瞬、腰を抜かして動けない男子生徒を一瞥する。
「‥‥絶対に駄目なんだ。俺の目の前でこの人が死ぬのも。この人の目の前で俺が死ぬのも‥‥」
繰り返す。それだけは、絶対に――。
「俺みたいな奴は‥‥俺だけで十分だ!」
翻す刀で、燈真はスカルを袈裟切りにした。
機械仕掛けの断末魔の中で、燈真は確かに、何かを守れた気がしていた。
●
「はあ‥‥はあ‥‥」
硝煙に煙る校庭。
メリーは、衝撃に痺れた腕で盾を構え、疲労に折れそうになる膝で身体を支えていた。
砲撃の威力は、砲の増加で倍々式に増えていく。純の狙い撃ちで定期的に砲門を減らせていたが、それでも数は着実に増え、今では五つの砲がメリーを狙っていた。
轟音。
メリー達に、何度目かの砲撃が飛来する。空を切って冷酷に飛ぶ、その五つの弾丸を。
魔力を帯びた蒼いマフラーが、メリー達の眼前で叩き落とした。
「遅くなりました」
優しく揺れる白炎。光纏したジョシュアが、柔和な笑みでメリー達に振り向いた。
「頑張ってくれてありがとう。校舎内にもう敵はいないよ」
言ったのは真里だ。集合した仲間たちに、純が球状要塞の特性を伝える。
「半端に攻めても無駄ならば、落ちるまで一瞬で攻め崩すまでであろう」
地に突き立てた剣に両手を乗せ、フィオナは不遜な笑みを浮かべ。
「一気に決めるぞ」
強化された真里の雷が、要塞を打つ。輝きに包まれた球状要塞は、巨人に握りこめられたかのように罅だらけになった。
続いて駆けたフィオナが、燈真が、ジョシュアが――連ねる刀の三閃で、岩盤をこじ開けるが如く要塞を抉る。
「終わりだ!」
純の放った弾丸が、球状要塞の装甲を、ついに粉々に吹き飛ばした。
露わになった本体は、あまりに貧相な黒い骸骨。電撃に痺れたまま、暗い眼窩が映したものは――
ランタンシールドの刃を振りかぶった、メリーだ。
「メリーは文化祭を沢山楽しんで、お兄ちゃんにいっぱいお話しするのですっ!」
髑髏の脳天に、突きこまれる刃。
六人の撃退士がこじ開けた不落要塞。その巨体が、遂に中心から砕け散った。
●
文化祭の閉会式は、秋に似合う。
「せっかくこんな素敵な文化祭に招待してくれたのです‥‥楽しい思い出で終わらせたいのです!」
そう。メリーの心からの「楽しみたい」が伝わって、文化祭はなんと中止にならなかったのだ。
「いやー最後まで遊べて楽しかったな」
ほどよい疲労感と満足感に、純が「んーっ」と背伸びする。活気に揺られ食べ歩くうち、思ったより軽くなった財布に純が気付くのは、帰宅後の話である。
「皆さん、思ったより元気でしたね‥‥」
「そうこなくてはなるまい」
再開後の文化祭でも、人に囲まれたジョシュアとフィオナ。ぐったりしつつも安心に微笑する少年と、腕組みをして満足げな少女だ。
「怪我、大丈夫?」
「ぜんぜん平気だぜ!これくらい!」
真里の問いに答えたのは翔也だ。むしろ燈真は満足なのではと思う。
この傷は燈真にとって、何かを変えられた記憶なのだから。
真里は、静かに、高校生たちとも最後の会話を思い出す。
今日のことで来年の文化祭を怖がってほしくない。
俺に出来ることなら言って欲しいと、伝えたら高校生達にこう言われた。
ならぜひ、来年の文化祭にも来てください。
季節が廻った次の「ある日」も、皆が笑って過ごせればいい。
できるだろうなと、真里は思う。
夕焼けと帰り道。
とある日常が、今日も暮れていった。