●
「仲間と殺し合え、だと‥‥?」
気怠げな悪魔が口にした提案に、騎士ラグナ・グラウシード(
ja3538)が顔を歪めた。
一方、赤坂白秋(
ja7030)はルールを反芻する。
「なるほど。そのルールなら、こっちが攻撃を加減すればそれほどの被害は――」
考えて、はたと彼は仲間を向く。
「‥‥加減しろよ、お前ら?」
翡翠 龍斗(
ja7594)が鋭い瞳で白秋を見る。アスハ・ロットハール(
ja8432)も賭け師の表情で口元を緩めた。
「言っておくが、俺に躊躇という言葉はない」
「ゲームとあらば‥全力で乗るしかない、な」
「おい、待」
「見たいのだろう、私達が殺しあう様が‥‥ならば派手にやれるよう、前半後半の合間に体を癒せる時間をくれ」
白秋を無視してラグナがシルバへ言い、アスハも続いた。
「ついでに傀儡の交代は“何があっても”絶対に、だ。折角の機会だ‥それぐらい調整させて欲しいのだが、な」
「この状況に対して、折角の機会、かよ」
物騒だな、とシルバは髪を掻き。
「休憩ぐらいなら構わないぜ。だが、何があってもは保証できないね。好き勝手されても面倒だ」
「私は観る専なんだけど‥‥ま、面白そうだしいっか」
嵯峨野 楓(
ja8257)は笑んで、摘んだ阻霊符をシルバへと振って見せる。
「今回もお疲れ様ですー。面倒だけどシルバさんの為に頑張っちゃうんで。何かご褒美下さいねー!」
「意味が分からねえよ」
一蹴された。
もうちょっと乗っても良いのに、と指を振る楓。その腕を背後から掴まれる。
「何? ランベ」
ランベルセ(
jb3553)が楓を見つめる。戦場に立つ事は嫌いではない。だが、今回は。
此方を見つめ返してくる少女が、心配で。
「‥‥‥‥」
そっと、頬を撫でた。
「えっ? えっ、何、遂にデレ期‥‥?」
驚きつつ、ほこほこと顔を上気させる楓。こっそりラグナが鬱屈と殺気を滲ませた。
さあ糸が踊る。惰獣イリンクスが黒頭巾をもたげた。
●悲劇的喜劇
「私は誇り高きディバインナイト! さあ、私を狙うがいい!」
名乗りを上げ、糸に縫われたラグナが握るのはカイトシールドだ。惰獣がいくら体を操ろうと、防御専用の盾で仲間を傷つけることは出来ない。
「私は仲間には剣を向けない! リア充以外はな。そうするくらいなら私は盾で守る! リア充以外はな。それが私の戦い方だ!」
「‥‥分かった」
龍斗は地を蹴る。割とリア充が多い空間を駆け抜け、ラグナの眼前で構えをとった。
(惰獣の糸の射程は8m‥‥ならばそれ以上に傀儡を吹き飛ばせば、どうなる?)
狙いは盾。一息に突き出す、烈風突。
「なにっ?」
ラグナが呻く。盾を握る腕が勝手に宙に固定され――
龍斗の一撃はラグナの胴へ叩き込まれた。
「‥‥っ、防御、しなかった?」
龍斗が舌打ちをする。
「痛みを楽しんでいる場合か!」
「違うぞ!? 惰獣の仕業だッ!」
心外と言えば心外、本望と言えば本望、そんな叫び。そんな二人に、渾身の悪人面で迫るのは白秋だ。ノリは猛獣遣いもといヒーローショー。
「ふはははははは!! 来やがったな撃退士共! 踏み潰してくれるわッ!!」
龍斗に殴られた。
「うぐほッ!?」
どす、ばき、どご。
「ちょ、て、手加減っ、手加減! ギブミー手加減!?」
ぼきょん。
「ぁ‥‥タンマ今入ったとこやば‥‥」
ぷるぷると青ざめる白秋から距離を取り、龍斗はフムと息を吐く。
「やはり、意識はあるらしいな」
「その確認のため!? 話せば分かるぜ!?」
「あちらは賑やかだ、な‥‥」
振られた楓の刃を潜って躱しつつ、アスハが敵を観察する。烈風突でラグナが吹き飛んだことで、惰獣は腕をピンと伸ばした姿勢になっていた。やはり敵の動きは傀儡に連動している。
「そっちはどうだ、サガノ?」
「‥‥うーん。点滅できない」
楓は光纏のオンオフを試みているが上手くいかない。もしオフに出来るなら味方への警告にも使えただろうに。
「まあいいや。ハーレムだし」
謎の妥協点。その時、楓は一つの可能性に気付く。
惰獣が、こちらの思考を読んで操っている場合。
この戦いは全て、私達が無意識に考えている戦術が実現させているのだとしたら。
「っ!!」
――それってつまりあれじゃん、私が周りのイケメン達で×××なことを考えれば惰獣さんが実現させちゃうなんてことが有ったり無かったりうぇへへへへへへ
「サガノ」
「はい」
アスハが問う。
「涎が垂れているが‥不調、か?」
「あ、ううん。絶好調です」
それはそれでちょっと。
「‥‥そうか。ともかく時間を稼ぐしかない、な」
アスハは戦場へ踏み込むと、白秋とラグナ目掛けてスリープミストを放つ。対峙していた龍斗とランベルセは回避。散った霧はラグナを眠りに落とすが、白秋は覚醒したままだ。
「‥‥しっかし、つまらねえな」
霧に咳き込み、頬を赤く腫れさせた白秋が嘯いた。聞いたアスハが非常に困惑した表情を浮かべる。
「まだ殴られ足りない、のか‥‥?」
「違えよ? 頼むから憐れむような目で見ないで、マジで」
「つまらない‥何が、だ?」
白秋の嘆息。
「分からねえよ。猛獣遣い、演目はこなされてるんだが‥‥何故だろうな。致命的なまでに退屈だ」
「傀儡とやりあって楽しいものか?」
ランベルセが呼吸を整える。死闘? ああ、嫌いではない。
だが、傷つけたくない相手もいる。
堕天した自分は人界ではアウェイな存在。遺恨を生みたくはない。
「ともあれ、やらなければ出られない、か」
イリンクスが指を軋らせる。
殺気を感じ、ランベルセが飛び退いた直後。一瞬前まで立っていた地面が飛来した青紫の格子に裂かれて弾けた。
楓の『九字切』だ。
悟って視線を向けた先で、龍斗が駆けている。
「悪いが眠ってもらうぞ!」
跳躍し、龍斗は指に白銀色の金属糸を展開した。躊躇は無い。故に修羅。術を放った姿勢で静止している楓を、全力で薙ぎ払う。
斬撃は一瞬。
大量の鮮血が地に散った。龍斗は斬り裂いた対象を眺め、意外そうに眉を顰める。
「なんの真似だ?」
眼前では、龍斗の攻撃を庇ったランベルセが乾坤網を格納していた。
「悪いな、我慢が利かない性分なんだ」
ぼたぼたと血を流す腕の向こう、天使は気がかりそうに楓を振り返る。
「情は捨てろ。三人は今、敵の傀儡だ」
「知るか。なんなら俺とやるか?」
睨みあう二人。
それを見据え、イリンクスが肩を揺らした。
無言で笑う。熱いね、楽しいね、馬鹿馬鹿しいね。
「‥‥っ」
楓の指がランベルセの背を狙う。声を出そうにも唇は動かず。楓の指は、虚空に青紫に発光する格子を描く。
また、血と肉が散った。
●
――30分。
惰獣への攻撃を禁止された段階で、人に勝ち目などある筈も無かった。
傀儡と化した味方により、3人の撃退士達は滅多斬りにされた。
「殺さず生かさず‥‥という感じだ、な」
幸い、傀儡にされた三人の傷は浅い。応急手当を施してくれた白秋へ、アスハは預かっていた武器を手渡す。
「次はそちらの番だ。遠慮なく撃て‥‥何があっても躊躇わず、な」
前半の傀儡組の傷は完全に塞がった。
だが、後半に傀儡をする三人は満身創痍と言っていい状態だ。
「攻撃する時は俺を狙え」
回復もそこそこに立ち上がり、龍斗が仲間達へ告げる。
「これは殺し合いだ。‥‥今度は、躊躇するな」
●喜劇的悲劇
イリンクスが熱狂した指揮者のように腕を振る。
ランベルセが放った鈍色の刺突を、ラグナは『惰獣の手の動き』を見切り回避。大剣の刀身で衝撃を浅く、黒翼の天使をいなす。
「私は‥‥絶対に仲間を傷つけはしないぞ!」
一方、白秋とアスハも遠目にも分かる激戦を繰り広げていた。あえてアスハの射程に踏み込み。自由度が違う分、白秋が確実にアスハの猛攻を抑えていく。
‥‥でもなぁ。と楓は思う。
なんとなく分かる。たぶん私達、30分も持たない。
前半もカツカツだったんだから。『後半の終盤に、まともに動ける人なんている訳が無い』。
このままじゃ作戦を実行に移せない。
つまりは‥‥、勝てない。
(なら、さっさと傀儡を行動不能にしなきゃ。)
楓は素早く狙いを龍斗に定めた。手中にアウルを纏め距離を詰める。
「っ、翡翠君、速‥‥っ」
傀儡にされて猶、龍斗の動きは神速。無情なアルニラムの雨に瑞々しい程の鮮血を散らしながら、楓は『怪鳥庭』で龍斗の意識を眠りに落とした。
「赤坂さん! 庭に! この辺にアスハさん突っ込んで!」
「ああ?」
「たぶん、この流れで傀儡の三人を落とせなかったら私達の『負け』だよ!」
目を上げ、白秋は全てを納得した顔になる。「成程」と頷き、アスハへ回し蹴りを放った。
膝と脚で地を削り、赤髪の男は怪鳥の領域で止まる。耳には確かに怪鳥の鳴き声が届くが――アスハは眠らない。
「ダアトの魔力は伊達じゃねえな」
まだだ。楓の怪鳥庭は数秒持続する。此の場にアスハを留めれば勝機は見える。
「っ! ち‥‥ッ!」
刹那。爆発的な速度で突き出されたアスハの太刀が、紅い残光を引いて白秋の脇腹を貫いた。唇から血を溢しつつ、白秋は凶暴に。
「はっはー! ノッてきたぜオイ!」
弾丸では無く銃身でアスハの抵抗を抑え込む。そして二度目のチャンス。アスハは。
アスハは覚醒したままだ。
「今度はこっち!」
別所。楓が怪鳥庭でランベルセを眠りに沈める。場所は遠い。先程のような蹴りでは到底、間に合わない。
「くそっ、あんまりイケてる絵じゃねえが‥‥!」
ガシッと白秋はアスハの胴へ組みつき、強引に彼の体を押し進む。猶予は数秒。前も見ずに地を踏み、腹に光った赤の残光にも構わず駆けた。
鳥の鳴き声。アスハは眠り、糸に体を委ねる。
「大丈夫か、赤坂殿!?」
「ああ、間に合った。最っ高な気分だぜ」
口元を拭う白秋に、ラグナは恐ろしい物を見るような目を向けて。
「だが、腹を貫かれ‥‥」
「随分、賑やかだな」
シルバが眠そうな目を上げる。
「どうしたよ。前半は‥‥まあ妙な感じではあったが、大人しかったと思ったんだけどな」
「俺達の勝ちだぜ、シルバ」
高らかに言った白秋にシルバは眉を顰める。
「何が勝ちだ? 傀儡を寝せても、稼げる時間は僅かだぜ」
「どうでもいいさ。やっと分かったんだからな」
乱れた髪を掻き上げ白秋は歩く。
「どうりで退屈だと思ったぜ。そりゃあそうだ。獣が従順すぎたんだよな」
テント中央で立ち止る。掠れた笑いが喉で鳴る。
「なあシルバ。猛獣遣いなんて言うが、あんたそもそも‥‥」
ガチリ。
白秋は、『銃口をイリンクスへと向けた』。
「――この『猛銃』を操れるとでも思ってたのか?」
シルバが目を剥く。見渡せば楓も惰獣に手を向け、ラグナも剣を構えていた。
対する惰獣は眠る傀儡に引っ張られ、宙に釘付けで。
「頂戴するぜ。――此度のお代だ」
輝きと共に放たれた銃弾をイリンクスが糸で叩き落とす。それを引き金に、楓が召喚した水の狐が魔力の破裂で惰獣の腕を吹き飛ばした。
「お前ら‥‥」
シルバが舌打ちをする。撃退士達は最初から、大人しく従うつもりなどなかった。
全ては、人が冥魔を化かす茶番劇だったのだ。
「おおおおおおおおおおおおおッ!!」
跳躍したラグナがフルメタルインパクトを惰獣に降らす。莫大な威力を有する上段からの一閃が惰獣の腕ごと肩を斬り砕いた。
「さて、ルールも破っちゃったし」
楓が苦笑まじりに言う。
「もうこれ、殺っちゃうしかないね」
楓の隣に現れた真っ白な狐が高く鳴き、豪雨のような雹が惰獣に降り注ぐ。白秋の追撃もそれに混ざり、白い闇へと惰獣が消える。
やがて晴れる霧。
見えたのは、惰獣に盾にされたランベルセだ。
「構うな‥‥!」
切れ切れな意識で、ランベルセは凍った前髪の奥から強い瞳を仲間に向ける。
「俺を見ず、全力でやれ!」
緑の影が惰獣の足元へと踏み込む。睥睨した黒頭巾と、解き放たれた龍斗の燃える双眸がぶつかった。
「檻から放たれた獣の恐ろしさを味わえ!!」
放たれる蹴りは昇竜が如く。凍りついた皮膚が弾け飛び、螺旋に呑まれた惰獣は体を砕けさせつつ天を仰ぐ。
一瞬の静止。ガクンと向き直る黒頭巾。
糸が踊っていた。
惰獣が放った運命の蒼い糸が、誰かを手繰り寄せ――
「避けてくれ‥‥翡翠殿!」
ラグナがフルメタルインパクトで龍斗を薙ぎ飛ばした。
膨大な血飛沫と剣圧が散る。狂った速度でラグナが跳ねる。肉体の構造も限界も無視して、惰獣が無理矢理に操っているのだ。
一瞬のことだった。
楓の瞳が、目の前で大剣を掲げるラグナを映す。フルメタルインパクト。死ぬ。そう思った。奥には惰獣。その奥にシルバ。溜め息が聞こえた、気がして――
凝縮された一秒の中で動き出したラグナの剣を、白秋の弾丸が撃ち抜く。
楓のすぐ隣でラグナの剣が轟音と砂柱を上げる。髪一重で斬撃は逸らされていた。
「終幕だ」
砂埃を突っ切りアスハが駆ける。
絶叫を轟かせて惰獣が腕を振る。
立ち塞がるのはランベルセ。最後の戦い。異常な速度で閃く槍の連撃を掻い潜り、惰獣を捉えたアスハは右腕に回転式弾倉付バンカーを生成した。
「立っていられるのはお前か僕、か」
爆音と共にイリンクスの背へ貫き抜ける杭。
「どちらに賭ける?」
赫灼たる大爆発が戦場を吹き飛ばした。
●
とさり、とさり、とイリンクスの足が地を歩く。
上半身を失った脚だけだ。震える脚はやがて止まり、勝手に動いているのを見られた人形のように、地に倒れる。そういえば私は死体でした。そんな感じ。
白糸で編まれたテントが、風に攫われるようにさらさらと崩れ消えていく。
「一度会っただけの人間の顔は覚えていないだろうな」
龍斗は血溜りに手をついて、霞む視界でシルバを睨む。
「忘れるな‥‥俺たちは、お前の‥‥」
血の味がした。肝心な言葉を言えず。咽ることも出来ずに龍斗は血の池に沈んだ。
「馬鹿言えよ」
悪魔が瞳を龍斗に落とす。
「お前は、最初に俺に『人間は悪魔の敵だ』と言った奴の番いだろ」
敵。
幾度目か。その概念を考える。勘弁してくれ。お前らは悪魔の家畜でいてくれよと。
「あ、ご褒美考えてなかった」
ふと楓が悪魔に目を向けた。
「シルバさん、約束通りご褒美いいですか?」
「何だ。らしくねえな。面倒気も無く交渉でもする気かよ」
戦いの果て。楓は笑顔で、こう言った。
「今度仕事サボってデートでもしましょう。個人的にシルバさん結構好きなんで」
悪魔が硬直する。
唖然としたシルバは何かを言いかけ――結局は額を押え、呆れたように肩を竦めた。
「だから‥‥それが、人間が悪魔に言う言葉かよ」
●冥魔控
「ふふ、随分とくたびれていますね」
どこかの闇。道化と白の悪魔の笑いが転がる。
「ああ‥‥、疲れたな」
「それで、貴方のショウは成功したのですか?」
強者の証明。猛獣遣い。
シルバは黙する。残ったのは、常識に反した事実だけ。
撃退士達は決して、悪魔の思い通りにならなかったのだった。
〈了〉