●放課後の学園前で
「訓練をつけてほしいというのは君ですか。どのような訓練にでも耐えられますね」
コンビニで調達した安物のティアドロップ型サングラスをかけ、厳格冷酷な鬼教官に扮した藪木広彦(
ja0169)が、八人の中央に立ち言った。
「今日は私が監視役を務めます。君が訓練の本義を外れ遊び呆けていると判断すれば、容赦なく懲罰を与えます。無心で彼らの指示に従いなさい」
「ハッ! 本日はよろしくお願いいたしますっ!」
全身にかっちりと制服を着た夏紀が、びしりと撃退士達に敬礼する。その隣では見送りの桜太郎が苦笑いを浮かべていた。
(悪いね。今日はなっちゃんの『訓練』、よろしく頼むよ)
(つまりは思う存分遊ばせろ、という事だな? 得意分野だ、任せてくれ)
ルドルフ・フレンディア(
ja3555)がいつものニヤリ顔でそれに応じる。
(お任せ下さい。私達が、遊んだり笑ったり出来るようにしてあげます!)
或瀬院 由真(
ja1687)もにこりと頷いた。
「さて、それじゃさっそく行動を開始するわよ! キビキビいくから覚悟しなさい!」
と、威勢良く声を上げたのは広彦の隣にちょこんと立った唐沢 完子(
ja8347)だ。
「うむ。ではこれより訓練開始となる! 黙って我々についてこーい!」
「仕切るのはアタシよっ!」
ルドルフと完子の漫才風号令を合図に、九人の『稽古』が始まった。
●兵糧配給(食べ歩き)
放課後の生徒達で賑わう通りを、撃退士達は進んでいく。
「はい、黒峰さん」
佐倉井 けいと(
ja0540)が夏紀に手渡したのは、ふっくらと白い苺大福だ。受け取った夏紀は眉をひそめる。
「ハッ‥‥佐倉井撃退士、これは‥‥?」
「訓練前の腹ごなしさ。移動中に食事をとらないといけない場面も依頼では多いからね」
「その通りですよ。ほら、あそこのクレープ屋さんも美味しいんですよっ」
そう言って店を指差す由真の口元には、いつの間に食べたのかイチゴのアイスがくっついていた。食べ歩きの手本となる目的を忘れ、目をきらきらと輝かせてクレープ屋に突進する。釈然としない顔でそれを眺める夏紀に、月輪 みゆき(
ja1279)は一言添える。
「食べられるときに食べるのも訓練ですよ。夏紀先輩、苺大福は嫌いですか?」
「あ‥‥い、いえっ! ありがたくいただきます!」
ぱくつく夏紀。真面目な瞳が僅かに、うっとり緩む。
「ん、美味しくて幸せなのです」
夏紀の気持ちを代弁するかのように、隣でクレープをもぐもぐしつつ、とろけそうに顔をほころばせる由真であった。
完子が足を止める。
「さあ着いたわ! 次はこの通りでショ‥‥こほん、任務のための衣装慣れをするわよ!」
●戦闘服調達(ショッピング)
女性衣服のセレクトショップ。ウィンドウの服に反応する夏紀の目を逃さずみとめた紅葉 公(
ja2931)の提案だった。可愛らしい服の数々に憧れの眼差しを向けつつも、気持ちを断ち切るように夏紀は首を振る。
「これは一体、何の訓練なのでありましょうか?」
絞り出された疑問に、おっとりと微笑んで公が答える。
「皆ただショッピングを楽しんでいるわけではないんですよ〜。依頼の内容によっては制服ではない方がいい、という事が多々あります。どんな依頼が来ても対応できるように、色々な格好に慣れておいた方がいいんです」
「色々な格好ですか。例えばどんなものが?」
「え? えーとですね〜」
慌てて頬をかく公。その隣で、うーんと唸るみゆきと由真。
「たとえば婦警さんの制服とか」
とみゆき。
「メイド服を着ることもありました」
と由真。
「え」
「とにかく、依頼は多種多様ということです!」
目を点にする夏紀に、公は話をまとめてハンガーを差し出した。
「黒峰さんはこういう服、着たことありますか?」
ボウタイ付きの黄色いプリーツシャツだ。ふんわりと可愛らしい雰囲気に夏紀の気持ちが揺れる。
「私もそれ、いいと思いますよ。手入れの仕方も制服に近そうですし、慣れるには丁度いいかもです」
さりげなく夏紀の日常生活の延長に私服の選び方を置くみゆきの配慮。それが決め手か、夏紀はこくりと頷いた。
「あ、待って」
レジに向かった夏紀に追いつき、公はヘアピンを差し出す。
「黒峰さん、これ気にしてたでしょう? 一緒に買いませんか? 仲間の証に」
デフォルメされた大型犬――いや、オオカミのヘアピンだ。受け取った夏紀は戸惑いつつもそれに見入り、やがてぺこりと頭を下げた。
二人で一緒にレジに並ぶ。
仲間。友達。胸に滲む安心感が、夏紀にはどこか照れくさかった。
●獣舎視察(ペットショップ)
「うーむ、どうも‥‥」
ペットショップ。もふもふの大型犬とじゃれあう女性陣の中で一人だけ動きのぎこちない夏紀を眺め、ルドルフは腕組みをして唸っていた。
「潜在能力は高いのだろう。気持ちがそれに付いて行かないのだろうな」
「真面目過ぎて固くなりすぎてる、ね‥‥」
アタシと同じ、と完子がルドルフの隣で呟く。
二人、ちらりと視線が合い、
「よし、俺様がいこう」
ルドルフが夏紀に近づいていく。相棒リブロスの話で彼女の心を解こうとしたのだった。
●民営特殊訓練施設(ゲーセン)
腕組みをして立つギィネシアヌ(
ja5565)の隣で、ゲーセンの看板を見上げた夏紀が懐疑の表情を作る。
「ここは‥‥」
それを見た広彦が、すかさず進み出た。
「いいですか、黒峰撃退士。ある特殊部隊は、訳も聞かされず穴を掘り続けるという訓練を受けます。それがヒントです。無心で、ひたすらに訓練に打ち込みなさい。無心です」
夏紀の視線が、肩に抱えたガンケースにちらりと行く。広彦はそれを見逃さない。
「銃を撃つだけが訓練ですか。敵に捕らえられたら訓練はできませんか。一見訓練をしていないように見えて、全てを訓練の為に役立てる者。それが真の撃退士なのです」
巧みな言葉選び。圧倒的な説得力。
夏紀はハッと何かを悟ったような顔になり、生真面目に敬礼した。
「反射神経を鍛える訓練だよ」
そう言うけいとは由真とタッグを組みエアホッケーの台に向かっていた。みゆきも夏紀と組み彼女らと対戦する。けいとの刺すようなマレットさばきに、ここまで防戦一方のみゆきチーム。
「わわっ、黒峰先輩っ!」
みゆきに助けを求められ、夏紀が必死の反撃に出る。
「ふっふっふ。ディバインナイトの鉄壁防御がどれほどのものか、教えて差し上げます」
立ちはだかるのは由真である。滑る円盤(パック)を目で追い、的確にそれを弾き返す。弾かれたパックは真っ直ぐにみゆきチームのゴールに叩き込まれず、みゆきチームサイドの隅にカツンとぶつかりそのまま跳ね返ってくる。すかさず由真が防御。弾く、飛ぶ、跳ねかえる、ずっと由真のターン。
「むむむ、中々やりますね‥‥!」
由真の謎の悔しがり。夏紀とみゆきの謎の善戦顔。
移動中、夏紀が目を留めたのはクレーンゲーム内のフクロウぬいぐるみだった。
「ん、あれが気になるのか?」
ひょいっと夏紀の脇から景品を覗き込み、慌てる彼女に不敵なニヤリ笑いを浮かべるルドルフ。
「よし、俺様に任せておくがいい」
「い、いえっ、フレンディア撃退士、申し訳が‥‥」
「さあ、夏紀嬢も協力するのだ! 敵の弱点を見極めるのは撃退士の必須スキルだぞ!」
二分後。
「わっ、惜しい‥‥っ」
「‥‥く、もう一回!」
八分後。
「フレンディア撃退士、もうこの辺で‥‥」
「諦めない気持ちが肝心なのだ! 次こそは!」
横に動くクレーンを止め、縦にゆっくりと進ませる。フクロウの頭上の輪っかを狙い、慎重に――。
「ここだっ!」「そこですっ!」「いまですね」
ボタンを離すルドルフ。いつの間にかゲームにのめり込んでいる夏紀。くるりと振り向くと、そこには 鉄の無表情で仁王立ちする広彦。教官はゲームの戦況を見て静かに、こくりと、重々しく、頷いた。
フクロウが飛ぶ。景品口に落ちてくる。無邪気な歓声。
『THE CITY OF THE LIVINGDEAD!』
分かり易いロゴを掲げるゾンビでホラーなシューティングを前に、夏紀は立ち尽くしていた。
「天魔はもっと恐ろしいぜ?」
たきつけるギィネシアヌは、本日一番の活き活き顔。
「たかがゲームと侮るなかれ、こういうシューティングには実はインフィルトレイターとしての訓練の素養がしっかりと詰め込まれているのだ!」
がしゃこんっ、とガンコントローラーをブローバックし、向かってくるゾンビの群れに銃弾を放つ。
「突然飛び出してくる敵に対処できる反射神経!」
ドアを破ってきた敵を一蹴。
「一度に沢山の敵を捌く状況判断能力!」
距離や動作から優先順位を付けてヘッドショット。
「そして何よりも――!」
画面外にガンコンを向ける。武器をライフルに変更。スコープに変わった画面に遠くのゾンビの顔が拡大される。発砲。反動。得点ゲット。
「――確実に仕留めきる命中精度。それら全てを鍛える事が出来るんだぜ」
まるで歴戦の戦士のような面構えで語るギィネシアヌ。その実力に唖然としつつ、夏紀は羨望の眼差しを送る。
‥‥ずずんっ。
「っ! ギィネシアヌ撃退士、何か来ますよ!」
六本腕の巨大なゾンビ。ステージボスの不気味な姿。
「よーっし、夏紀ちゃん! こいつを仕留めてみな!」
「えっ!? む、無理であります!」
響くギィネシアヌの威嚇射撃。ぎろりと目玉を動かし咆哮するボスエネミー。
「うわあ! な、なにをっ!」
「フフフ、何事も経験! 触らぬ神から虎児は得られないのぜ!」
ボスとの死闘。響く銃声。
サポートに徹するギィネシアヌ。だんだんと様になってくる夏紀の必死な横顔に、思わずくすりと笑う。
やがて轟く断末魔。一面クリアのリザルト画面。
「やるじゃん、夏紀ちゃん。こういうのも中々ためになるだろ?」
ガンコンを肩に担いで笑うギィネシアヌに、頬を紅潮させた夏紀が、よろよろ敬礼した。
訓練の証明写真と言い聞かせ完子がメンバーをプリクラに連れて行く。
「見栄えってのは大切よ、さあ夏紀、好きなのを選びなさい」
「ハッ、了解しました」
明らかに素直になっている夏紀の動きに、撃退士達が後ろで笑い合う。完子の隣で画面に顔を寄せフレーム選び。
「あ! 夏紀、アンタ今こっちの黄色いフレーム選ぼうとして躊躇ったでしょ! 若者が生真面目につまんないフレーム選んでどうすんのよっ!」
完子のリード。決定するフレーム。
ぱしゃり。
●テスト
射撃テストが行われた。
飛んでくる的をわーきゃー撃ち砕き、結果が出る。
トップは本業のギィネシアヌ。飛来した十六の的のうち、十五を穿つ偉業を達成した。
続いて、本人もびっくりの大健闘をしたのが完子だった。慣れない銃を手に芝生を駆け回り、十三的を撃ち抜いた。
「あ、アタシが本気を出せばこんなの余裕なのよっ!」
そう言う完子、胸中どっきどきであった。
由真が十一を砕き三位につけ、同率の四位に九的を撃ち抜いた公、けいと、そして夏紀にアドバイスを求めながら参戦したみゆきがランクイン。
万が一にも夏紀と大差がつかないようにと調整を加えた広彦がジャスト半数の八的を砕き五位に甘んじ、何故か実力ふるえなかったルドルフが七的撃墜の結果にエレガントに崩れ落ちた。
そして夏紀の結果は――七的。
いまいちな結果に全員がひやりとしたが、夏紀の顔はみるみる明るくなった。聞けば、以前は何度やっても二的が限界だったのだという。一同驚愕しつつも、結果オーライである。
「おめでとうございます〜!やりましたね〜!」
公が夏紀に駆け寄る。自分のことのように喜んでくれる彼女の笑顔が、疲労した夏紀には嬉しかった。
「や、やりました。でも一体なぜ‥‥」
「超回復というものをご存知ですか?」
疑問を抱く夏紀に寄り添って、由真が言った。
「筋肉は酷使した後に休ませると超回復というものが起き、それによって筋肉の総量が増加します。言い換えますと、きちんと休息をしないと十分な超回復は起きないという事なのですよ。これは、アウルの力も同様だと思います。夏紀さんは、正にその『休息を取っていないから伸びない状態』だったのです」
休息――。
「これからは、きちんと息抜きを挟んで下さいね。宜しければ、また付き合いますから」
にこりと微笑む由真を、じっと見つめる夏紀。傍に広彦が立つ。
「人々の為に訓練が重要であり、訓練の為に遊びが重要。つまり君が思い切り遊ぶことが、ひいては人々の為になるのですよ」
夏紀が教官を見上げる。その言葉は、彼女の胸に染みていく。
「人々のために、わたしが遊ぶ‥‥」
信じがたいです。
そう言う気になれない自分を、夏紀は不思議に思っていた。
●夕日色に沈む学園内で
「わざと同点になってくださったのでありましょう」
芝生の上に座った完子とルドルフの隣で、体育座りの夏紀が唐突に言った。
「‥‥へっ?」
「藪木教官やフレンディア撃退士が手加減してくださっていたのは分かるのです。いくらわたしでも」
いや、俺様はガチだったが。
「よ、よく見ているではないか。感心したぞ」
すぱんっ、と完子のハリセンツッコミが彼に入るも、夏紀は気付かない。
「遊びはやはり、必要なものなのでしょうか」
「バランスが大事なのだ、遊びも勉強も。食事だって栄養バランスは大事だろう?」
「はい。皆さんのおかげでそれは実感できました。しかし」
夏紀は頬を膝につける。
「やはり遊びは苦手であります」
遠くに沈む夕日を眺め、呟く。
「訓練であれば徹せます。でも、遊びとなると上手くいきません。体が受け付けないのです。わたしは、そういう『悪い病気』なのです」
「気持ちは分かるわ。命懸けの戦いをしてるってのに、ここの皆の気の抜けっぷりにはアタシもイライラしてたし。でも、アタシも最近「気を抜く」って意味がようやく理解出来た気がするの。案外、なんとかなるもんよ」
完子に言われて猶グズグズする夏紀。それを見てルドルフは、ふっと口元を緩めた。
「夏紀嬢、今日は楽しかったか?」
「え‥‥?」
唐突な質問に、夏紀が顔を上げる。
「俺様は楽しかったぞ」
ルドルフの不敵な笑み。そして続けられる言葉。
「また、遊ぼうな」
夏紀は、はっとする。本当に単純な事を彼女は見逃していた。それもそのはず。依頼をうけた撃退士達が、一生懸命『見逃させた』ことなのだから。
そのことが今、ルドルフの一言で夏紀の心にそっと置かれたのだ。
わたしは今日、遊べていたのかもしれない。
声がした。銃を返しにいった撃退士達が戻ってきたのだ。夏紀と目が合ったギィネシアヌが、大きく手を振った。
「おーい、夏紀ちゃん! また、やろうな!」
大声で叫び、にっと笑う少女。
その爽やかさに。
その元気さに。
「ハッ! ‥‥また是非、よろしくお願いしますっ!」
思わず大声で叫び返す。
敬礼姿勢の彼女が浮かべるのは、柔らかい笑顔だった。
〈了〉