●夏祭り会場で
「お祭りなのですー♪ 賑やかなのですー♪」
色鮮やかな屋台に心を弾ませ、紺の浴衣に身を包んだエヴェリーン・フォングラネルト(
ja1165)が軽やかに飛び跳ねる。
「人がいっぱいなんだぞ! 日本のお祭りって実は憧れてたんだぞ!」
同じく外国出身なフォルド・フェアバルト(
jb6034)も、青地にススキ柄の浴衣姿で興奮に目を輝かせた。
「まだ明るいですけど、思ったより込んでますね〜」
夕日の混ざる蒼天に目を細めて、紅葉 公(
ja2931)が微笑む。
「お久しぶりです黒峰さん。今日はよろしくお願いしますね〜」
「はい。こちらこそでありますっ」
姿勢を正して夏紀は敬礼――の代わりに頭を下げる。敬礼でないのは、今日の恰好の都合だ。
公も、今日は青を基調にした色彩の浴衣を着ている。少し離れた場所には、そんな浴衣女子達を眺める真剣な瞳が二対。
「……眼福であるな……」
「うん、全く」
七種 戒(
ja1267)と嵯峨野 楓(
ja8257)だ。今回の依頼に際し「浴衣を着ていこう!」と提案したのは彼女達だった。
動機は第一に、みんなで夏祭りを満喫したいから。
第二に、「だってかわいこちゃんの項とナマ足に眼福したい。」(戒さん談)
第三に、「着付け中なら、さり気無く揉んでも事故だよね。」(楓さん談)
結果。夏紀も今日は、緊張ぎみに笑いながらの浴衣姿だ。楓に着付けをしてもらった彼女の浴衣には、紺地にヒマワリの柄が染め抜かれている。
「これだから夏はやめられぬ……っ!」
夜目をギラギラと活性化させ、拳を握る戒。学園放浪中に寄った店でアビーに勧誘されて本っ当に良かった。
「夏紀さん初めましてなのです♪ リラックスして行きましょうですよー♪」
エヴェリーンが緊張をほぐすように、夏紀の傍にすり寄る。
さあ。いざ、夏祭りへ。
●野外訓練1
「さぁって祭りだー! 縁日で鍛えつつ、楽しんでいきましょー先輩!」
「わっ! 待ってください、嵯峨野撃退士っ!」
夏紀の手を引き、楓が先陣を切って人混みを進む。楓が着ているのは、赤×黒のフリル・レースで飾られたゴスロリ風のミニ丈浴衣だ。
「いろんなお店があるのですねー!」
赤毛の少女、メリー(
jb3287)が連なる屋台に歓声を上げる。
「メリー、日本のお祭りについてはよく知らないのですー。黒峰さん、お勧めは何ですー?」
首を傾げるクォーター少女も今日は和服姿だ。祭り客とすれ違うたび、艶やかに結われた赤髪と着た浴衣が風に撫でられる。
「おすすめ、でありますか……?」
「自分の得意分野を活かせる屋台とか、どうですか?」
隣から助言をしたのは、着流し姿の若杉 英斗(
ja4230)だ。
「日常の中にも撃退士の訓練と通じるモノがあるかもしれませんよ。ようは考え方と工夫次第です!」
語る英斗の隣。内心こっそり頭を抱えている少女が一人。
(遊ぶのは、簡単。難しいのは、……人付き合い……)
月見里 万里(
jb6676)が、持前の人見知りを絶賛発揮中だった。
(むぅ……、どう、声を掛けたもの、か)
万里も楓に浴衣を着せてもらっていた。赤の染め抜きが零されたように映える白地の浴衣が、彼女の髪と瞳によく合っている。
「夏紀さんにはやっぱり、これが向いてるです?」
エヴェリーンが指さしたのは『射的』の看板だ。夏紀と夏祭り初心者組が、「おおっ」と声を漏らす。
「命中率とか、弱点部位の把握力とか、鍛えられますよきっと!」
「射撃職の本領でありますね!」
ファイトですっ、と応援する楓に、夏紀が頷く。
「射的ならおいらもやりたいぞ! 色々噂は聞いてたしな!」
海外出身のフォルドが胸を張る。
「射的の良い物って錘付いてるんだよな? 後くじ引きは1等は入ってないって聞いたぞ!」
情報源は誰だ。
「あっ、あのにゃんこのぬいぐるみ可愛いのですー!」
言いだしっぺなエヴェリーンが食いついて、的も決定。
「た、確か、伝説の殺し屋は、こう、構えたよう、な?」
実技は苦手と自称する万里も挑戦はする。読書家の彼女は本の知識に従って銃のトリガーを引いた。
「……そこっ!」「あ、れ……」「えいっ!」「むぅ……っ?」「あっ……っ」
十三連続で失敗した。
「かたき、とって、欲しい……」
万里、泣きそうになりながら、夏紀に銃を譲る。
「後は任されました月見里撃退士……!」
しかと銃を受け取る夏紀。まるで戦場である。
「俺も射撃が特別得意というわけではないけど……」
と、胸中呟きつつ英斗も参戦した。玩具の銃を構える。
「ここだっ!」
狙いバッチリ。放たれたコルク弾は真っ直ぐに飛び、猫ぬいぐるみにヒット――
「させるかっ!」
――する直前で、戒の『回避射撃』に弾かれた。
「ええええっ!?」
英斗、絶叫である。
「……わかるかね黒峰氏。このように戦場では何が起こるかわからんのだよ」
「綺麗にまとめたけどただの悪戯だろそれ!」
涼しすぎるポーカーフェイスで言った戒に、対抗するように再挑戦する英斗。
「ふ。若様、獲物は何度でも墜とすのが狙撃主ってものなんだぜ――。てことでおっちゃん弾を頼む」
「弾はいーけど6発300久遠だかんな。遊んだ分ちゃんと払えよねーちゃん」
残酷な現実に、マイおこづかいがっ! とショックをうける戒。その脇で、歓声と嘆息があがる。
「やったー!にゃんこ可愛いのですー♪」
歓声は、景品をゲットしたエヴェリーンのものだ。嘆息の方は――
「あれ、なかなか取れませんね〜……」
「うう……メリー、あれをお兄ちゃんにプレゼントしてあげたいのですー……」
公とメリーが狙っているのは、真っ赤な熊のぬいぐるみだ。
「だから錘が入ってるんだぞ! おいらしっかり習って来たからな!」
なんと。フォルドの主張を訊いて不敵な笑みを浮かべたのは射的屋のおっちゃんだ。えっ、まさか、と目を向ければ。
「へへっ、撃退士用の特別製よ。普通の的にポンポン当てるお前らにゃ丁度いいだろ?」
楓がむくれた。
「威力を調整できない玩具じゃ流石に無理でしょ。残念だけど諦め――」
「えー、諦めるってなんなのですー?」
と、目だけ笑っていないメリーさん。
「お兄ちゃんのためなのです。メリーはあれを貰ってお兄ちゃんに喜んでもらわなくちゃいけないのですー♪」
冷たい何かを感じさせるメリーの笑顔。あ、これあかんスイッチ入ったなと、戒たちが悟った2秒後だった。
「よいしょ、なのです」
「え、ちょ、メリー……?」
メリーは玩具の銃を、バットが如く大きく振りかぶった。そして――
フルスイング。
引き金を引くまでもなく、『遠心力でコルク弾が飛び出す』。
撃退士の腕力を直に乗せた一撃を叩き込まれ、クマは物凄い勢いで屋台の後幕まで吹き飛んだ。一瞬そのまま張り付いた後、ずん……と重い音を立てて落下する。
「これでお兄ちゃんに喜んで貰えるのですっ♪」
ぬいぐるみを抱きしめるメリーの笑顔。
愕然とする店主。震えつつも一同、ハイタッチ。
●野外訓練2
「金魚を一番掬えなかった人がかき氷奢るってのはどうよ? 私、結構得意だからね!」
軽く腕まくりをしながら、楓が口角を上げる。
言葉に偽りなく。波紋を立てずにポイを操り、楓は次々と金魚を掬っていく。
「金魚掬いは集中力が鍛えられますよねー! 射的と違って、的が動きますしっ」
「む。そうでありますね……」
「集中……」
夏紀と万里は、水面をガン見していた。完全にガチである。狙いを定めて万里がポイを握る。
「撃退士の能力、以て当たれば……これくらい……っ!」
一瞬でポイは、ただの輪になった。
「か、かたき、を……」
「共に頑張りましょう、月見里撃退士……!」
泣く泣く夏紀にポイを託す万里。何気に仲良くなっている。
「精神を集中……」
同じく、いつの間にか本気で挑んでいるのは英斗だ。メリーや戒に見守られつつ、ポイをじりじりと金魚に近づけ――。
「いまだっ!」
カッ! と何かを召喚しそうなほど眼鏡を光らせて英斗は一息にポイを動かした。
「よし! 黒でめきん、ゲッ――」
どこどこどーーん。
「……ト?」
突然聞こえた音に、思わず 英斗が目をあげる。
「おお! ドラムより叩きやすいぞ! 和楽器は本当に不思議だぞー!」
いつの間にか、フォルドが特設ステージをジャックしていた。和太鼓に夢中。バチを振るって歓声を浴びている。
「はは……元気だなぁ」
微笑ましく思って、 英斗はポイに視線を戻す。
穴が空いていた。
水槽で元気に黒デメキンが泳いでいらっしゃる。
「若様、大物狙い過ぎてビリかぁ」
戒のゲームセット宣告に、声にならない悲鳴を上げるディバインナイト。
「まだだ……まだ終わってない……!」
「いや、終わったよ若杉君」
「絶体絶命の窮地に陥った時、道を切り開くのは運を呼び込む力……! くじ引きでその力を鍛えるんです!」
と、最寄のくじ屋に向かった。
「さぁ! 時代よ、俺に微笑みかけろおおおおッ!!」
●
「すごいです〜! 3等、やりましたね〜!」
「ええ……まぁ、ざっとこんなもんですよ……」
公が拍手を送るなか、くじの景品『黒子お面』(目穴無し)を魂の抜けた表情で握りしめ、英斗は歩く。
「メリー、夏祭りは出店の食べ物を食べるミッションがあるって聞いたのです! 黒峰さん、一緒にコンプリートするのですよー!」
「ミッションですか?」
やる気まんまんなメリーに、夏紀は首を傾げる。
「じゃーん♪ これなのですっ!」
そこにエヴェリーンが掲げたのは一枚のプリントだ。
【任務! 下記の屋台1件を探して食べましょー】
・イカ焼き
・大判焼き
・りんごあめ
・たこ焼き
・フランクフルト
・気になった屋台の飲食物(幾つでも)
※一般の人の迷惑になるのはNGです。
※折角なので味わって食べましょう〜
「現場に行って、ポイント毎に詳細を調べる依頼ってあると思うのですよ〜。この任務にも通じる物があるのです!」
「成程、調査力でありますね……!」
「食べ物か! オイラも腹減ったぞ!」
英斗の奢りであるカキ氷を味わいつつ、フォルドが言う。
「後輩に色々教えるのも訓練の一つだぞ! どんな食べ物がお勧めなんだ?」
「えーっと……」
夏紀は久しぶりに昔の記憶を探る。少し照れくさそうに。
「小学生の頃は、チョコバナナが美味しかった記憶がありますね」
「チョコバナナ? なんだぞ、それ?」
「これだな!」
しゅばっ、と戒が構えた両手には、チョコたっぷりバナナが二本握られている。おおっ! と声を洩らしたフォルド達を餌づけするような絵になりつつ、戒は、ふと一つの屋台に眼光を鋭くした。
「む、たこ焼きかっ!」
「TAKOYAKI? ですー?」
「メリーはたこ焼き初めてか? ふ、見てろ。最高のひっくり返しを魅せてやるッ!」
焼ける音を聞き逃すまいと『鋭敏聴覚』を活性化させ、店主にお願いして焼かせて貰うべく、戒&メリーは屋台へ駆けた。
「……林檎飴!」
同時。用紙の一点を見つめて万里も声をあげた。とたたた、と屋台の一つに走り、戻ってくる。
「これ、ないと、話にならない!」
万里がメンバーの前に掲げたのは、数本の林檎飴だ。
「大粒の、紅玉のような、この輝き! 一舐めした瞬間、口内に広がる独特の甘さ! おそるおそる囓れば、二層からなる、魅惑のコンチェルト! まさに、クィーン・オブ・屋台フード!」
最後はそこはかとなくポーズを決めて、真っ赤な飴をぱくり。「……なので、どうぞ」と、残りの林檎飴を皆に差し出した。
「ありがとうございます〜! おいしいですよね〜!」
「ん……好き」
公に頷く万里。友人達への綿あめも買って、楓が空を仰ぐ。
「よーしっ、空もいい感じに暗くなってきたし。ミッションクリアしつつ裏山行ってみよっかー」
●夜空の下で
「最後は花火ーっ!」
公とエヴェリーンが用意した花火を広げ、みんなで夏祭り最後の騒ぎをやった。
「しゅわしゅわ音してますけど光らないのですー!」
とエヴェリーンがヘビ花火に失望してみんなの笑いを誘ったり。
「撃退士たるもの平常心を保たなくちゃねぇ」
鼠花火を皆にけしかけようとした戒&楓が、しゅるばばば!な暴走花火に逆に追い回されてお約束だったり。
「アイルランドの花火はもっとWARみたいにやってるのですよー?」
その騒ぎを見たメリーの感想に皆で戦慄したり。
「地味ながらも、精一杯輝いて、散ってく様。人の一生の縮図みたいで、なんか、好き」
線香花火への万里の感想に、過ぎ去ってしまった今夜の祭りを早くも懐かしんでみたり。
楓のデジカメには、たくさんの写真の最後に全員集合の記念写真も加わって。
花火が散るごとに、夏祭りは着実に〆へと向かっていく。
「お祭り、とても楽しかったです〜」
夏紀や英斗と共に寺の階段に腰を下ろし、公が笑う。
「楽しかったですね。皆様のおかげであります」
結った黒髪に触れつつ、夏紀も笑んだ。
「ご協力、感謝であります。本当にどうも、苦手な分野で……」
「どういたしましてです〜」
公はにこにこと微笑んだ。
「撃退士にとって大切なのは、なにより仲間との連携です。こういうお祭りで皆で楽しんで親睦を深めるのも、大切ですよね〜」
「撃退士は一人では戦えませんからね」
と、英斗も頷く。
「俺は入学した時、アウル能力は最低ラインの才能しかなかったんですよ。タフさだけが取り柄だったのでディバインナイトになって……俺に出来ることは限られてますけど、出来ないことは仲間がやってくれてます」
「だから黒峰さんも、楽しむ時は皆で楽しんでいいんですよ。絆が深まれば、それは私達の力になってくれます」
公の前髪には、小さな髪留めが光っている。
最初の最初。夏紀が学園に編入してきた時に一緒に買った、お揃いのヘアピンだ。
「絆、でありますか――」
「おーい、楽嶋せんせーが来てくれたぞー」
戒が、夏紀達を呼んだ。
レポートはしっかりまとまっていた。
海外メンバーの無邪気で新鮮な感想と、楓が描いた絵に、エヴェリーンの任務用紙も添付して。楽嶋教授へ手渡した後、戒は張り巡らせた「しかけ」に点火する。
しゅわっ、と寺の庭が明るく照らされた。
『たのしかった!』
「花火文字のレポートである。コレならば文句あるまいて!」
びしっとサムズアップ。得意げな顔も伊達ではなく、鮮やかに燃える花火の文字は美しくも明瞭だ。
「ふむ」
楽嶋教授は鉄の無表情を崩さぬまま、両腕で大きな○印を作った。
「合格だ。満点だ。アイデアで勝ったな。実に、楽しい」
撃退士達がガッツポーズをしたのと、同時だ。
「あーっ、花火だぞ!」
フォルドが指さす夜空に、鮮やかな花火が散った。
「綺麗ですね〜」
「感動的でありますっ!」
夏紀の横顔に、楓が笑む。
楽しませてあげられたことが嬉しくて。
花火の音に負けないように、声を張った。
「また一緒に来ましょーねっ!」
ひときわ大きく咲いた花火が、新たな絆で結ばれた彼らを明るく照らしたのだった。
〈了〉