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マスター:水谷文史
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/06/10


みんなの思い出



オープニング



 桜が散り、時は過ぎる。

 曇天の光が、四国の町を灰に染める。
 黒く白く浮かぶ町並みは廃墟に似て、割れたアスファルトと崩れたビルが、人々の心の空虚な傷痕を象徴している。
 香川県高松市。
 町の景色は、あの日から何も変わっていない。
 剣が振られ、血が散り、人と魔の対流がぶつかったあの日から。

 二〇一三年五月、現在。
 四国での決戦から、二か月の時が流れようとしていた。


●害意、常闇にて


「くッははははははははははははははははははははははははははッ!」

 ゲート内部の広間の一つに、甲高い笑いが反響する。
 薄闇に囲まれた床に立つのは、イエローブロンドの長髪を背に流した細身の男だ。闇に映えるどぎつい緑のフロックコートの胸を反らせ、真っ赤な唇から高らかに声をあげている。
「ああッ! やはり、チカラに満ちた体躯はスバラシいですねえッ! ワタシの『才』が、噴出する新たな機会を待ち焦がれているようですよッ!」
 悪魔ドルトレ・ベルッキオが、毒々しい紫の翼を広げ、両腕を掲げる。
 四国での巨大ゲート展開に参じた彼には、その功績は僅かだったとはいえ褒美として人間の魂が与えられた。負った傷は癒え、数か月前のゲート展開失敗で失った魔力も取り戻したのだ。

「……高え声で喚くなよ。うるせえな」

 同僚の声に、ベルッキオが首を動かす。
 簡素な黒のコートを羽織った男性冥魔が、白いソファに横たわっている。四国での戦いの任を解かれた彼は、剣も帯びず、目に腕を被せて眠っていた様子だ。
 黒い髪はソファへと流れ、印象的な紅い瞳は、腕に隠れて見えない。
「相変わらず怠惰ですねえ。君も素直に喜んだらどうです? 君も褒賞を得、新たな力を得たのでしょう? ならば――」
「なあ」
 同僚の男が、目を閉じたまま呟く。横臥したまま、言う。
「今回の戦いでは、悪魔が死んだんだぜ」
 四国での決戦。
 人が放った神器が、冥魔の戦士を幾度か穿ったのだ。
「それがどうしたと言うのです?」
「……特別な感想は無えってわけか」
 嘆息。怠惰の悪魔は黒髪を掻き、続ける。
「殺し合いで悪魔が死ぬのは、まあ普通だ。なんたって殺し合いだからな。だが、今回の相手は撃退士だったんだぜ? 天使じゃねえ。元が『人間』の妙なヤツらに、悪魔が殺された。二体もだ」
 重大な問題に直面したような。
 何かに葛藤しているような。
 色を帯びた同僚の声に、ベルッキオは辟易とする。
「――だから何です? 人類の評価を改めるとでも? 愚かなッ! 四国での死者など、原住民が弄ぶ神器にあたった不運者達、それだけの存在、それだけの出来事ではないですかッ!」
 気怠げな同僚に、緑コートの悪魔は蛇のような目を細める。
「近頃の君は、ひとつ勘違いをしているのではないですかねぇ?」
 ベルッキオは頬を歪め、こう言った。

「人間は、冥魔の敵ではありませんよ」

 静寂。数秒の後、怠惰の悪魔が呟きを返す。
「…………ああ、全くだな」
 人間は冥魔のエネルギー源。
 魂を生み出す、『野菜』にすぎない。
 それが、常識だ。
「分かっているなら結構。誇り高き冥魔の一柱として、分別を忘れぬことです。……とはいえ、問題は『君の事』ではありません。ワタシがどうしても許せぬのは、ワタシが今君に指摘したのと同じ勘違いを、『人間が、している事』ですよッ! かあァッ!」
 怒ったベルッキオが床を蹴り飛ばす。冥魔は歯を軋り、骨ばった指を自らの脇腹に沿わせた。
「人間共は、自らが悪魔と戦える存在だと『勘違い』していますッ! 四国の戦で我らに楯突いた人間共……ッ! このワタシの武勲を妨げ、不遜にも牙を剥き、あまつさえ過ぎた槍でワタシに傷を負わせるとはッ! 彼らの『勘違い』を正さなくては、冥魔としてのワタシの誇りが! 怒りが! 才がッ! 静まらないんですよッ!!」
 武勲とは、神器の回収のことを指すのだろう。
 四国での決戦においてベルッキオは、目前まで迫れた聖槍アドヴェンティを撃退士達に回収された。未練がましく撤退を渋った彼は、逆に神器を操った撃退士によって脇腹を抉られたのだ。
 ゲート展開を阻止された事も含め、悪魔ベルッキオは人への復讐に燃えている。
「……うるせえな。あんたの苛立ちは分かったが、それで、俺に何の用なんだ」
「先の一斉ゲート展開の折、君が上から貰った四国の資料を渡しなさいッ! あるのでしょう? 彼の地の地理が纏められた手紙がッ!」
「熱心なこったな。何に使う気だよ」
 ベルッキオは薄い眉を寄せ、真っ赤な唇を吊り上げる。「だから、先程から言っているじゃないですか」とほくそ笑む。

「――人間達の『勘違い』を、正してあげるのですよッ」



●人間界の結婚式 -The best day.-


 今日は間違いなく、人生で最高の日だ。
 自信を持ってそう思えたのは、今日が初めてかもしれない。
 青と白。海辺にある純白の教会で、私の娘は今日、最愛の青年と結ばれる。

「……汝、紗枝は、この男、牧男を夫とし、良き時も悪き時も、病める時も健やかなる時も共に歩み……他の者に依らず、死が二人を分かつまで愛を誓い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに――誓いますか?」

 荘厳かつ温かい空気が、教会内を満たしている。
 純白のウェディングドレスに身を包んだ私の娘、谷川紗枝(たにかわ さえ)が、花婿である若者、乃村牧男(のむら まきお)君の瞳を見上げる。
「――誓います」
 永遠の愛を縫いとめるように、紡がれる言葉。
 娘の姿に涙が滲む。いらんと言ったが、家内がハンカチを差し出してくる。
 親というのは皆、こうも子離れが出来ぬものなのだろうか。
 産まれたての紗枝の寝顔が、そして、私を初めて「おとうさん」と呼んだ日の微笑みが、誕生日にモンブランを希望した笑顔が、高校受験に臨む真剣な横顔が、一度に思い出された。
「……皆さん、御二人の上に神の祝福を願い、結婚の絆によって結ばれたこの御二人を――」
 神父の穏やかな声に、紗枝と牧男君が寄り添った、その時だ。
 ずしゅり。
 鮮血が噴く。銀色のレイピアが、神父の胸を貫いている。
 思考が止まる。何が起きた? 声をあげるよりも前に、声がする。
「御機嫌ようッ、原住民ッ! ああ、動くなッ! くっついていなさいッ!!」
 緑のコートを着た男――翼を広げた冥魔が、神父の死体を蹴り飛ばす。固まる紗枝と牧男君の肩に、細く揺れる手をかける。
「――ワタシの名はドルトレ・ベルッキオ。恐れず、震えず、安心なさい……ッ!」
 何をする気だ。私は立ち上がる。悪魔が牙を剥いて笑む。やめてくれ。
「死は一瞬です。撃退士共を苦しめる駒として、もっと有意義な生命を授けてあげますよぉッ!!」
「やめ――――」

 紗枝の喉元をレイピアが貫通した。
 牧男君の首を細指が握りつぶした。

 悲鳴が聞こえる。家内の声だ。私は絶句している。娘が、震える眼球で私を振り向いた。頬を伝う涙を、微かに動く唇を、生成されていく漆黒の仮面が覆っていく。
 嗚呼、駄目だ。
 絶対に助ける。こんな日に娘が死んでいいはずがない。手はある。あるはずだ。絶対に助ける。決して紗枝達を死なせはしない――――


●久遠ヶ原学園

『――緊急の依頼です。』
 機械の音が冷静に告げる。血の温もりも、感じさせぬ声で。
『四国の教会に悪魔が出現、ディアボロが生成されました。撃退士は現場に急行し、これを殲滅してください。繰り返します……』



リプレイ本文



 大きな音を立てて、教会の扉を開ける。
 粉々になったグールの肉塊を踏み越えて、クリスティーナ アップルトン(ja9941)が大聖堂に足を踏み入れた。
 教会内は、狂乱に満ちていた。恐怖、哀哭、懇願――極限の感情を人々が叫んでいる。その異様さに、クリスティーナの顔に悲痛な影がよぎる。青い瞳を上げ、祭壇に立つ存在を見据えた。
「アレがこの惨状を生みだした張本人……」
 緑色のコートの男。嫌らしい嘲笑を浮かべる、害意の悪魔。
「やっと来ましたかぁ、撃退士! 待ちくたびれましたよッ!」
「んー? あぁ、この間の悪魔さん」
 目を凝らした神喰 朔桜(ja2099)が微笑む。その視線を、悪魔の左手に向けて。
「手は、大丈夫?」
 ぴくり。ベルッキオが眉を顰める。彼の左手は、まさに朔桜達のチームに貫かれたのだから。
「ああ、別に、別に皮肉ってるとかじゃないから。私、今は割と機嫌が良いんだよ。キミに話した友達と、色々話せた後だからさ」
「はッ。例の、使徒ですか……。『家畜』から『道具』へ成り下がった下等種族に、まーだ拘っているわけですねぇ?」
 家畜、ね。と珠真 緑(ja2428)が呟く。
「記録によればあんた、人間を食料とか、随分と嘗めているみたいね。理解できないわけじゃないけど――その食料も時には牙を剥くの。油断してると痛い目見るわよ?」
 緑は悪魔の左手を一瞥し、くすりと嘲笑を浮かべる。ベルッキオは額に青筋を立たせ、歯を軋らす。
「ああ、やはり君達は、ワタシに実力で傷を負わせたと『勘違い』しているようだ……ッ。ええ、良いですとも! 君達の不遜を正すために、ワタシは舞台を用意したのですからッ!」
「お前が、やったんだな」
 月居 愁也(ja6837)が珍しく、低く唸る。
 人間の本質とは何か。自分なりの答えを愁也は見つけたばかりだった。愛。それを踏みにじった、冥魔の男を睨む。
「ゲスの極みだな、クソッタレ」
 祭壇。
 血濡れたウェディングドレスを着た紗枝が、右腕の盾を構えて立って居る。
 女性に寄り添う黒いタキシード姿の牧男が、巨大な左腕を背に回している。
 もはや息もしていぬ『二体』に、フレイヤ(ja0715)が呟く。
「……結婚出来る位のリア充なら、もっと幸せになりなさいっての」
 どうして死ぬのだ。こんな日に。どうして彼らが、殺されなくてはならなかったのだ。
 ここは戦場になる。避難誘導をすべく、フレイヤは明るく、声を張った。
「はーい! 皆さんちゅうもーく!! 超クールな撃退士、フレイヤ様が来たからもう安全よー!」
「待ってくれ」
 男が、声をかけてくる。雰囲気から察するに、紗枝の父親なのだろう。
「娘たちを、どうする気だ……?」
 フレイヤの目が一瞬歪む。だが、すぐに。
「……紗枝さんと牧男さんは、私たちが助けます」
 嘘だ。分かっている。ディアボロを元に戻す方法は無い。
「だから、今は逃げましょう?」
 微笑んだ。悲しくならない様に。余裕と救いを捏造した。

「さあ、我が新たなコマ達よ……!」
 立ち去るべく飛翔したベルッキオが、嬉々として眷属に手を振る。
「彼らを八ッつ裂きにしなさぁあああいッ!!」

 アンドラスが、跳んだ。

 化物の跳躍力。大聖堂の端から端までを一っ跳びにし、フレイヤと一般人達めがけ、巨大な爪を振り下ろす。狙いの中心は――紗枝の父親だ。
「おっと」
 朔桜が反応する。
 アンドラスの周囲の空間に黒く燃える鎖を出現させ、花婿の体を絡め取り、床に落下させる。
「よりによって結婚式を挙げている方を襲うなんて……」
 鑑夜 翠月(jb0681)が、灰燼の書を握りしめる。
「でも……、やるしかありませんね。悔やむ事は後でも出来ます」
 クリスティーナも剣を胸の前に構える。
 眼前では、拘束された花婿が、床で狂ったように暴れている。動き出せば、一般人を襲い始めるだろう。
「殲滅を躊躇っている場合では、ありませんわね!」
 翠月とクリスティーナが、同時に動く。
 闇色の十字架と輝く流星が、アンドラスへ飛んだ。
 だが、当たらない。一瞬のうちに花婿の前に滑り込んだギネカが、身の丈ほどもある盾で、攻撃の全てを受け止めたのだ。
「防御役……!」
 翠月の目の前で、ディアボロ達が手を繋ぐ。ギネカが盾に負った罅が急速に修復された。
 愁也が床を蹴る。ランタンシールドを、ギネカの盾に叩き込む。『徹し』によって伝わった衝撃でギネカの腕自体にダメージを加えた。
「こっちは俺が抑える! そっちはその間に――」

 牧男さんを、殺せ。

「……ッ……」
 言えずに愁也は、首を振る。愁也と緑がギネカを引き受け、アンドラスと距離をとらせる。
 同時に、花婿のもがきは激しくなる。恋人の危機に激怒と心配でも感じるのか。巨腕で鎖を千切らんと足掻く。
「その腕、壊そうか」
 朔桜が黒槍を展開する。翠月が咄嗟に言った。
「待ってください! できれば、異形化してない部位は無傷で――」
「OK」
 朔桜は微笑む。興味が無いから。
「“できるだけ”、ね」
 飛んだ魔法の槍が、花婿の巨腕を貫く。されど破壊には至らない。降り注ぐ攻撃を、天魔は執念深く回避していく。

「ねぇ、あんたは何を想ったの?」

 愁也の連撃が盾を抑えている隙に、緑がギネカとの距離を詰める。
「人としての生を終える時、何を考えたの?」
 興味があった。返事は無い。既に死んだ人間に聞いても無駄か。と、緑は鞭を、盾と化しているギネカの右腕に巻きつける。それに伝わせた電撃に、ギネカが隙を見せる。
 愁也がランタンシールドの刃を突き込んだ。
 狙ったのは、ギネカの『右腕』。血が吹き出すも致命傷にはならなず、ギネカは体勢を立て直す。
「……どうして腕を狙ったの?」
「助けられないのは分かってる。……だけどせめて、顔と異形化してない左腕だけは綺麗なまま遺してあげたいんだ」
 緑の問いに、連撃で乱れた息を整えつつ、愁也は答える。
「親子の絆や愛は、何にも穢されない。あのクソ悪魔の思い通りには、させねえよ」
 討伐は避けられなくとも、そこに救いを見いだせなければ、悪魔に負ける。大切な何かを失うのだ。
「っ、来るわ!」
 咆哮。
 ギネカが、愁也達に旋回する暴風を放った。
 愁也が、盾で緑を庇う。凄まじい勢いに、耐えられたのは数秒。彼の足は床を離れ、砕け散る椅子の破片と共に壁へと叩きつけられた。
「ぐぁ……っ!」
 ギネカが突如、猛烈な勢いでアンドラスへと駆けだす。
 緑が、魔法の風を逆巻かせて立ち塞がるも、花嫁は盾を前にして進撃する。抑えが一人になってしまった今、彼女を食い止める事は難しい。
「!」
 クリスティーナが、はっと気付く。自らのすぐ後ろまで、敵が戻ってきていることに。
 そして同時に。鎖を引きちぎったアンドラスが、巨腕をしならせて衝撃波を撒き散らした。
「ぐっ――!」
 見えない暴力に弾き飛ばされ、クリスティーナと緑が椅子を砕いて床に激突した。
 朔桜が、再び黒い鎖を展開させようとする。その、彼女をも、駆け込んだギネカが巨大な盾で殴り飛ばされる。
(まずい……)
 避難誘導を終え、扉を守っていたフレイヤが身を乗り出す。二体の天魔はあまりにも近い――。

「牧男」

 背後からの声に戦慄する。教会の扉から、牧男の母親と、紗枝の父親が戦いを見ていたのだ。
 牧男の母親が、ふらりと聖堂へと駆け込んでくる。アンドラスの仮面が彼女に向けられた。
「危ない!」
 アンドラスとフレイヤが、牧男の母親へ飛びついたのがほぼ同時。

 教会に赤が散る。

 振られた爪が床を削り、フレイヤと母親は傍へと転がった。庇ったフレイヤの背から零れた血が、床に溜まる。
「っ……」
 裂傷の痛みに堪えながら、フレイヤは牧男の母へと呼びかけた。
「大、丈夫……? 怪我は――」
「どうして?」
 はっとする。牧男の母親が、作り物めいた暗い瞳でフレイヤを見ていた。
「助けてくれるって言ったじゃない。なのにどうして、あの子達をあんなに血塗れにしているの?」
「それは――」
「牧男たちを助ける方法は、」
 母親の目から涙が流れる。

「本当に、あるの?」

 フレイヤが口をつぐむ。
 騙してでも助けるつもりだった。不幸に嘆く人々を助ける御伽話の魔女のように。物語を笑顔で終わらせるために。でも、これは現実だ。大切な人を亡くした彼らは笑えない。
 だから嘘をついた。
 ――そうだ。
 私は、彼らに生きて欲しい。

「あなた達は、死んじゃだめ」
「え……?」
 泣きそうな声で続ける。
「あなた達は、生きないといけないの。辛くても、悲しくても、大好きな子ども達に、殺されたりしちゃだめなのよ」
 嫌われても良い。私は、彼らを生かすのだ。
「さぁ、立って」
「待って……! 答えてよ! 牧男を助ける方法は――?」
 泣き縋る母親を、フレイヤは真っ直ぐ見つめる。

「無いわ」

 母親が固まる。最後の声は、蚊が泣くような音量。
「――どうして」
 嫌うといい。恨むといい。私は無理矢理、あなたを救う。お伽噺の魔女は、王子様とお姫様の幸せのために、嫌われ者にだってなるのだ。
 生きていればいつか、笑顔に戻れる時も来るから――。
 アンドラスが、フレイヤ達に腕を振りかぶる。衝撃波を放たんとした巨腕を、落下した黒い十字架が、圧し潰す。
「やめろっ!」
 スキルを放った翠月に、紗枝の父親が掴みかかる。
「彼らを傷つけるな……! 何か、方法は無いのか!」
「ごめんなさい……」
 胸倉を掴まれたまま、翠月が目を細める。
「僕達に、花婿さん方を助ける術はありません」
「そんな――」
 炎の槍が飛来する。
 朔桜の術が、アンドラスの巨腕を射抜き、体からもぎ取り、教会の壁へと串刺す。
 ギネカが駆け寄る。手を伸ばす。アンドラスも手を差し出す。
「回復は、させませんわ……!」
 クリスティーナと愁也が駆け、新郎新婦の間へと割り込んだ。
 クリスティーナが花婿の腕を盾で押さえ、愁也が花嫁の盾にランタンシールドをぶつける。
「はやく……! 逃げて下さい!」
「親父さん、退がっててくれ。この距離に居られちゃ、俺達も戦えない……!」
「私などどうなっても良いのだ!! 娘が助かれば――」
 ああ、そうだよなあ。愁也が血が出る程に歯を食い縛る。絶対に、離れたくないよな。
 でも、折れる訳にはいかないんだ。
「全身全霊で愛した子供に、どうか親殺しなんてさせないでくれよ!!」
「何もかも、どうでもいい……彼女達が生きてくれるなら……」
 誇り、意地、体裁、何もいらない。生きてくれるなら。だから命だけは。
「紗枝達だけは……あの二人だけは殺さんでくれ……!!」
 手負いの体を引き摺って、緑がやってくる。
「人の想いっていうのは、強いのね」
 水龍の光纏をする。紗枝達の想いを、確かめるために。
 発動する『水鏡』。水龍が触れた紗枝の父親の過去が、緑の視界に再生される。
 美しい部屋。教会内の、親族用の着替え室だ。

 ――駄目な父親だったな、私は。

 花嫁衣裳を着た娘に、彼は自分の欠点をあげつらねた。

 ――稼ぎも少なくて、ロクな暮らしをさせてやれなかった。お前が珍しく『お願い』をしてきたモンブランも、たしか、別のケーキを買ってきてしまった。本当に、我慢をさせた。

 ――素直に「綺麗だ」の一つも言ってよ。こんな時くらい。

 ――ああ、すまん。

 駄目な父親をするのも、今日で終わりだ。
 これからは、娘は自分の人生を歩んでいく。
 私はもう、老いて、いなくなるだけだ。娘の足を、引っ張ることも無い。

 ――幸せになれよ、紗枝。

 私はそっと、俯いた。



 ――なに言ってるの?



 顔を上げた。
 娘は、頬を膨らませていた。

 ――私は、私だけが幸せになるのなんて嫌よ。お父さんのこともお母さんのことも、これからやっと幸せに出来るんじゃない。

 お父さん達と過ごした日々も、感謝も、忘れずにいよう。
 死が二人を別つまで、家族みんなで歩もうと決めたのだ。

 ――言うのは、式まで待とうと思ってたんだけど、

 娘はそう、照れ臭そうに頬を微笑んだ。

 ――今日までありがとう、お父さん。


「紗枝さんは、自分の幸せだけじゃない……あんたの幸せだって、願ってたんじゃないの」
 緑が声を紡ぐ。紗枝の父親が、目を見張る。
「なのにあんたが、どうしてそんなに我が儘な事言ってるのよ。親でしょう? 娘の最後のお願いくらい、聞いてあげてもいいじゃない」
 父親の目から、涙が零れる。
 くずおれ、嗚咽を漏らす。だんだん強く。言葉になる筈も無い、ひたすらの慟哭だった。
「…………っ」
 クリスティーナが、アンドラスの腕を押し返す。
 哀しくない訳がなかった。ただ、それを表に出すのは性に合わない。
「流れる星々の輝きを御覧なさい――」
 剣に、輝きを纏わせて。

「スターダスト・イリュージョン!!」

 振り放たれた流星群が、アンドラスの体躯を吹き飛ばす。

 ギネカの注意が一瞬、花婿に向いた。その隙を、撃退士達は逃さない。
「うぉおおおおおおおおおおおお――ッ!!」
 武器をデュランダルに持ち替えた愁也が、ギネカの盾に次から次へと刃を打ち込む。防御を一か所に引き付ける。
 翠月のファイアワークスが、鮮やかな色を撒いて炸裂した。圧倒的な威力。ギネカの盾が砕け、その体が高く舞って、床に落ちる。
 まだ耐えた。
 骨格を軋ませながら、天魔が床に這う。傍にはアンドラスが倒れている。
 震える花嫁の手が、花婿に伸びる。愛おしそうに、その右手を握る。
 繋がれた手。
 回復は、起こらない。

 アンドラスは既に、息絶えていた。

「死が二人を分かつまで……ね」
 緑が目を細めて言う。
「安心しなよ、あんた達は死んでも一緒だから」
 床に膝をつき、漆黒の仮面で天を仰ぐ花嫁。その背後で、クリスティーナが静かに魔具を振り上げる。
「……せめて、安らかに」
 声が震えそうになった理由は分からない。

 ただ、剣を振った。





 教会の外は、良く晴れていた。
 潮風のなか、座る紗枝の父親に愁也がある物を手渡す。
「これを」
 紗枝の指輪だった。無傷だったギネカの左手に残ったものだ。
 父親は何も言わなかった。ただ大事そうに指輪を握る。儚げではあったが、それでも、生きようという意欲の感じられる動作だった。

「私達は、あの二人を救えたのかしら」
 少し離れた所で、クリスティーナが呟いた。
「……あの悪魔は、人の、大切なものを壊そうとしたんです」
 翠月が呟く。やはり、自分に向けた言葉のように。
「でも、僕達は紗枝さんの左手を守れました。指輪もです。悪魔は、僕達にそれを壊させることが出来なかった。紗枝さん達の永遠を穢せなかった。だから、紗枝さん達は、きっと救われていました」
 そう信じよう。
 愁也が姿勢を正す。紗枝の父に、静かに一礼をした。
「仇は、必ずとります」
 結婚式。
 人生で最高の日。
 たとえその日から救いが奪われても、避け得ぬ別れを前に人は願い、涙を溢し、
 景色のなかに、救いを見出していくのだろう。


〈了〉


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 水神の加護・珠真 緑(ja2428)
重体: −
面白かった!:6人

今生に笑福の幸紡ぎ・
フレイヤ(ja0715)

卒業 女 ダアト
愛すべからざる光・
神喰 朔桜(ja2099)

卒業 女 ダアト
水神の加護・
珠真 緑(ja2428)

大学部6年40組 女 ダアト
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
華麗に参上!・
クリスティーナ アップルトン(ja9941)

卒業 女 ルインズブレイド
夜を紡ぎし翠闇の魔人・
鑑夜 翠月(jb0681)

大学部3年267組 男 ナイトウォーカー