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マスター:水谷文史
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/05/21


みんなの思い出



オープニング

●戦いは

 数だ。力だ。速さだ。距離だ。技だ。相性だ。チームワークだ。時の運だ。どれだ。


●型と種族

 真昼。
 舗装されていない道路が貫く、深い森の奥。
 ルインズブレイドである青年とその仲間達が、天魔の『パーティ』に敗北した。

「くっ……こいつら…………」
 青年が、咳と共に血を吐く。彼はサーバントに胸倉を掴まれ、その体の爪先を地から浮かせている。
 敵は一言で言えば、大山猫の頭をした獣人だった。
 鋭利な緑黄色の双眸と長い頬髯は、邪悪さよりもむしろ凛々しさを深く感じさせる。灰色の体毛に薄く包まれた体は、格闘家のように引き締まっている。身に着けているのは、腰に巻かれた真紅の布と、エスニックな皮のネックレス、そして足元の、血に濡れた皮のレガースだけ――。
「うぁ……っ!」
 唐突に胸倉を離された青年が、草むらに落下する。
 青年は視線だけを動かして天魔を見上げる。猫男は既に敗者に興味が無いらしい。鋭い目で仲間の獣人二体を一瞥すると、灰色の尾を揺らして真昼の森の行軍を再開した。
 その時だ。
「ま、待て……!」
 悲鳴に近い叫びを上げて三体の獣人の前に躍り出た……というより転がり込んだのは、青年の仲間である少年だった。職業は阿修羅。攻撃は粗く命中率には乏しいが、当てた時の威力が大きいというパワータイプである。
「こ、この先には進ませないぞ……! お前らの狙いは……この森を抜けた所にある、孤児院だろ……! 子供達を連れ攫って……悪魔の糧にするつもり、だろぉ……っ!」
 震える少年を真正面から黄色い目で見下ろすのは、2メートル半はあろうかという巨躯を持つ、猪頭の獣人だ。天を衝くような牙、皺のよった鼻柱、盛り上がった胸板に生えた黒茶色の胸毛など、猪男が部位ごとに伝えてくる迫力は計り知れないが、現実的に最も恐ろしいのは、その両手である。猪男は成人男性の身長ほどはありそうなクレイモアを、なんと片手に一本ずつ持っているのだ。
 獣人達が通り過ぎた戦場には、青年を含めて7人の撃退士が倒れ伏している。
 そのほとんどが、猫男の脚技と猪男の豪剣によって薙ぎ倒された者達だ。
「う……」
 メタルクローを震わせていた少年が、筋肉質な足で地を蹴る。
「うぉおおおおおおッ!!」
 せめて、と思ったのだろうか。少年が狙ったのは、猫男でも猪男でも無い獣人だった。
 鹿の顔を持つ、長身痩躯の天魔だ。肩から足にかけて、粗雑だがローブと言えなくもないものを着ている。獣人達のなかでは最も露出度が少ない。木彫りの杖を両手で握っており、天に伸びる角の美しさと相まって、華奢な魔導師を思わせる。
 三体のサーバントの中では、最も戦闘力が低そうな個体。
 だが――。
 突き出されたメタルクローが貫いたのは、一瞬前まで鹿男がいた虚空だった。
 あっけにとられる少年。そのこめかみに木の杖が突きつけられ、刹那、雷光が迸る。鹿男が放った魔法の一撃が、少年を最寄りの大木まで吹き飛ばしたのだ。
 ぎゃっ、という悲鳴を上げて少年が地に落ちるのと、鹿男が猫男の隣に戻るのが同時。
 ――速い。
 戦闘中に青年達が見た鹿男の技は、獣人仲間へのヒール技のみだった。事実ヒール役なのだろうが、回避力が群を抜いている。
(徹底、するしかない……)
 青年はそう判断し、携帯電話を耳にあてる。だが。
「ま、まだ……だ…………」
 少年が起き上がる。よろける足で、なんとか立つ。
 青年は息を呑む。少年はとても戦える状態には見えない。今、獣人達に襲われたら、間違いなく…………。
 だが、獣人達は一体として襲って来なかった。
 猫男が少年を眺める。その瞳にはどこか戦士を讃えるような光すらあって、天魔の凶暴性を忘れさせるような堂々とした美しさがある。
「お前達を……孤児院に行かせは、しない……」
 少年の言葉を理解できているかのように、猫男と猪男が目を細める。
 獣人達はしばし少年を見つめた後、再び森の先へと歩き出した。
「待っ――」
 瞬間。
 少年の叫びを止めるが如く。

 乾いた銃声が響く。

 どさり、と少年の体が崩れる。こめかみから血を流し、絶命している。
 唖然とする青年。その眼前に、ばさり、と『それ』が舞い降りた。
 鳥の足。ふくよかな胸と人間に似た腕は、灰色の羽毛で覆われている。腰には何本かのレザーベルトを巻き、上半身には茶色いチョッキを着ている。顔はキョロリと丸い目をしたフクロウのそれである。
 四体目の獣人――もとい鳥人だ。
 梟男の腕には、木製にみえるスナイパーライフルがある。どうやらコイツは今の今まで森に隠れていて、獲物が弱った所をこの武器で狙ったらしい。
 ホウホウと満足そうに喉を洩らした梟男は、何度か首を傾げると、かちり、と銃口を青年の眉間に向けた。
 ――最早これまで。青年が覚悟と共に瞑目した、その瞬間。
 鋭い、大山猫の鳴き声が飛んできた。
 猫男が放った怒りの声――と解釈できるような声だった。梟男は一瞬硬直し、数秒の間ぐりぐりと首を回していたが、やがて口惜しそうに、けれど怯えたように、銃口を青年から逸らす。
 梟男は三体の獣人達に続く。後に、青年と6人の仲間。そして、息絶えた少年を残して。

 獣の戦士達が、進軍を続ける。


●久遠ヶ原学園依頼斡旋所


「緊急の依頼でありますっ!」
 天魔の迎撃に失敗した撃退士達からの連絡を受け、斡旋所手伝いの女子生徒、黒峰 夏紀(jz0101)が声を上げる。
「山間施設を狙う天魔の迎撃に向かった撃退士達から、『任務失敗』との連絡がありました。敵は依然、孤児院に向け進行中であります。どなたか至急、迎撃に動ける方はいらっしゃいませんかっ!」
 椅子から身を起こした一人の撃退士が、先遣隊の救助は? と夏紀に問う。「既に派遣済みです」という返事を受け、頷き、任務を受諾した。
「ありがとうございます。詳細は、転移装置に移動しながら説明いたします!」
 かくして、八名の撃退士が久遠ヶ原の廊下を駆ける。



リプレイ本文




 周囲には木々。降るのは陽光。ここは、自然の闘技場だ。


「‥‥真正面から迎撃、か」
 ブロンドの長髪を風に靡かせ、ルドルフ・ストゥルルソン(ja0051)が懐中時計に視線を落とす。敵の到着までは、およそ3分強だ。
「走りながら考えた作戦、上手くいくかな。あっちの小細工とこっちの小細工、どっちが上をいくかって感じ」
「成功を祈りましょう。敵を孤児院に近付けるわけにはいきませんから、ね」
 楊 玲花(ja0249)が泰然として微笑んだ。
 突然のSOSに、あの時に斡旋所にいた彼らはほとんど反射で駆けだした。
 七種 戒(ja1267)も、その一人。重体の身であっても参じぬ訳にはいかなかった。
(‥‥たとえ再び沈んでも、今出来る事を――)
「七種さんは、お兄ちゃんのお友達さんなのです?」
 振り向くと、赤毛の少女メリー(jb3287)が微笑んでいる。
「お兄ちゃんのお友達さんに何かあったら、お兄ちゃんに怒られちゃうのです。七種さんも他の皆さんも、メリー必ず護るのです!」
「ん、戒で構わんぜ‥‥へえあいつの妹か、かわええなええいアノヤロウめ」
 思わずうりうりとメリーを撫で回す戒。撫でられつつ、赤毛の少女は一人の男を見とめ、瞳を輝かせた。
「ランベさんも一緒なのですね! メリー嬉しいのです!」
 天使ランベルセ(jb3553)が、目で返事をする。彼は橙の瞳で、戒を見やった。
 彼女が重体に負い目を感じているのは明らかだ。
 しかし同時に、変わらず強く光る瞳も見える。
 心が折れていなくて何よりだ。思った矢先に、彼は気付いた。
「‥‥来たか」

 南から、三体の獣人がやってくる。

 ランベルセの視線が、先頭を進んでくる大山猫の獣人のそれと交差する。鋭いリンクスの双眸に、天使は微かに口角を上げた。
「奴は俺が引き受けよう。各々、狙う相手がいるだろう」
 ずしん。
 地を揺らして進み出た猪頭の獣人をメリーが見上げる。少女はボアが持つ大剣を、自らが防ぐべき物と見極める。
「私たちが敗れれば孤児院が、か‥‥」
 銀髪の悪魔シルヴィ・K・アンハイト(jb4894)も、星煌の柄に手を添え鹿男を見る。
「負けるわけにはいかないな」
 キュア・ディアを紅い瞳で見据え、彼女は獲物に冷気を這わせた。
(見える敵は3体、残り1体は森の中‥‥)
 ルドルフが紫の瞳を戦場に流す。状況は予想通り。後は、こちらの策がどう転ぶかだ。
 敵が3体しか広場に出てこなかったように、撃退士も2名、森に潜んでいる。
「――狙撃主をしていれば自分は狙われないだなんて思ってないわよね?」
 ナナシ(jb3008)が葉の間で目を細める。姿なき梟の狙撃主に、宣戦布告。
「そこそこやるって話ね。新しい術式の効果を調べるには持ってこいだわ」
 月丘 結希(jb1914)が木に背をつけて端末を構える。
 見つかれば墜ちるステルス戦。
 やがて、戦端を切ったのは――。



「やあっ!」
 玲花が、胡蝶扇に『影縛りの術』を纏わせ投擲する。真っ直ぐ飛んだ遠距離攻撃を、しかしディアは脇へ跳んで回避。着地と同時に草を蹴り、神速の獣人は玲花に迫った。
「っ!」
 危険を察知し、玲花は左へ跳ぶ。直後に振られた獣人の魔法杖から稲妻が迸り、一瞬前まで玲花が立っていた地面を砕いた。
「流石に速いな」
 ディアの脇に駆け込むのはシルヴィだ。銀髪をなびかせる彼女は指を振り、描く八卦陣で玲花に駕籠を纏わせる。ほんの一瞬、攻撃を疑ったディアの目が彼女に止まった。
「余所見、いただくよ」
 飛来した矢が鹿男の肩を射抜く。
 広場を大きく回り、ルドルフはディアの背後をとっていた。三人で囲んでまず一撃と、青年は手応えを感じる。
(今の所、鹿の引き留めは上手くいってるかな)
 6人の撃退士は、広場の南側入り口を覆う様に半円状に展開している。
 限界まで孤児院から敵を遠ざけられる陣形だが、密集がやや怖い。問題は、獣人の連携を如何に封じるかだが――。
 ずんっ。
 ボアが大地を踏んで力を溜める。撃退士達の陣を崩すべく、大剣を構えて突進した。
「やらせないのです!」
 メリーが盾を構える。轟音を響かせつつ大剣を受け、ブーツで草原を抉りながらも攻撃を止めた。
「‥‥っ」
 流石に重い攻撃だ。メリーが瞳を上げると、筋骨隆々の猪男が遥かな高みから鋭い眼光を飛ばしてくる。
 ――そうだ、重いなどと言っていられない。
「猪さんの攻撃は‥‥メリーが全部止めるのです!」
 挑発ともとれる小柄な少女の強い声に、よく言ったとばかりに獣人が咆哮を返す。
 その時だ。
 戒が、はっと瞳を南の森に向けた。
 誰かがこちらを見ている。狡猾な殺気。筒状のサイトで命を狙う、馴染みの感覚。
(――そうだ。撃ってこい。)
 私は手負いだ。狙うなら私にしろ。
 風が止む。不可視の円筒が、戒と森を結ぶ。
 獣の匂い。かちり、と音。
「来い」
 戒が目を凝らすと同時。

 発砲音。

 ボアもメリーもすり抜けて、天魔の銃弾が戒の肩口を捕えた。痛みに歪む戒の口元に、確かに刻まれる勝利の笑み。
「梟を発見。南西の森、入り口の端から3本目の木の陰‥‥!」
 結希が地を蹴った。
 木々をすり抜け、跳躍する。草むらに隠れていたスナイプ・オウルを、端末を構えて目視する。
「木製の狙撃銃ね。それってメリットはあるわけ?」
『――――!!』
 展開する術式[Conversion]。ぎょっと目を剥いた梟の狙撃主に、電子の五芒星が突きつけられる。
「味わいなさいッ!」
 結希が発動させたプログラムから、しかし梟は咄嗟の動きで脱した。
 木々の隙間を縫うように動き、木を背にする。即座に狙撃銃を翻し、かちりと鳴らして結希をロックオン。
 死ね。
 物騒に笑んだ、梟の天魔に――。
「悪いけど、これ以上貴方には何もさせないわ」
 十数メートルの彼方から、ナナシが魔本で狙いを定めた。
「墜ちなさい!」
 高速で放たれる光の魔弾。はっと天魔が目を動かした時には既に遅く、圧倒的カオスレート差による悪魔の魔法がオウルの頭部を吹き飛ばした。
「作戦が上手くいってよかったわ」
 散る羽毛を眺めつつ、ナナシが身を起こす。敵は広場にいた6名で、撃退士が全員だと思ったのだろう。
 結希が宙のウィンドウを畳み、足を踏み出す。
「さあ、次よ。まだまだ試さないといけないアプリがあるのよね」





「やったか‥‥」
 戒が安堵する。まずは一体、要注意の獣人を撃破した。‥‥が。
 ドクン。
「‥‥っ!」
 痛みが走る。オウルの銃弾が持つ毒が、戒の体を蝕んでいた。
「‥‥くっ」
 傷の痛みが心を弱くする。重体で全力を尽くせない事が、こんなにも悔しいなんて。
(耐えろ‥‥今、倒れるわけには‥‥)
 額の汗を無視し、前を見る。
 戦場の動向を、見逃さないように。

「お前の仲間が斃れたな」
 天使の拳を、獣人の膝が受け止める。肉体同士の鍔迫り合いだ。
「何も思わないのか、サーバント」
 ランベルセが、山猫の獣人と対峙していた。止めるからには正面にと、彼は手に黄昏珠を巻き格闘戦を挑んでいる。
 構える拳に魔力を纏わせ、天使は片頬に獰猛な微笑を浮かべる。
「存分に楽しもうじゃないか。お前も好きだろう?」
 戦いは熱。聞くや否や、山猫の獣人が動く。
 リンクスの鋭い蹴りを、ランベルセは左脇腹に抱えて回避。メリーの堅実防御のおかげで、ダメージは最低限に押えられている。
 流れるような右フックで天魔の頬を貫く。獣人は体勢を崩すも、身を屈めで左蹴りを放ってくる。腹部への一撃に仰け反りかけた天使だが、反射的にリンクスのネックレスを右手で掴む。
「…‥ふんっ!」
 撓らせる左手を、リンクスの顎横に叩き込んだ。発動させた術は『吸魂符』。負った傷を癒し、ランベルセは山猫と視線を交差させる。
「どうした、こんなものか」
 口角を上げるも、流石にサーバントの一撃は確実に体力を削ってくる。
 退くわけにはいかない。獣人同士を合流させれば、敵の連携は一気に激化する――
「貴方は、ここで止めます!」
 玲花が遠近を織り交ぜた攻撃でディアを翻弄する。決定打は未だ無く、永遠とも思える回避合戦が続いている。
 そして、遂に。
 ディアが今までと違う動きを見せた。リンクスを回復すべく、駆けだしたのだ。
「邪魔するよ、と‥‥!」
 ルドルフが鹿頭の鼻先へ矢を放つ。命中はしなかったものの、ディアの苛立たし気な目が確かに青年に向いた。
 光が閃く。
 ルドルフの脇腹を、稲妻が貫いた。
「ぐ‥‥‥‥ッ」
 目を歪ませ、体を抱く。激痛を堪えつつ、前を見る。
「‥‥ッ、今だ!」
 刹那。
 ディアの胴に、白い一閃が刻まれる。
 敵の背後に踏み込んだシルヴィによる居合斬り。冥魔の女戦士が鞘に刃を納めると同時、獣人はスピードを緩め、ルドルフに目を留めたまま崩れ落ちた。
「これで二体。‥‥残りは猫と猪か」
 シルヴィが呟く。身を起こし、赤い瞳で戦場を見る。
 直後に響く、猪の咆哮。
「うっ‥‥」
 クレイモアの斬撃をいなし続けていたメリーが、ボアの大声に肩を跳ねさせる。猪の獣人は掲げた大剣を打ち鳴らし、かつて無い気迫でメリーに剣撃を振った。
 巨大な二連撃が、少女の胴を薙ぎ飛ばす。
「あ‥‥ッ‥‥!」
 鮮血が散る。息が止まる。強烈な衝撃に舞ったメリーの体を、しかし背後から腕が抱き留める。
 微かに目を開けたメリーに、癒しのアウルが注がれる。彼女の背後に居た戒による応急手当だ。
「あ‥‥ありがとうなのです!」
「ん、気にしなさんな‥‥」
 起き上がるメリーに、戒は朦朧と微笑む。
「もとより支援が得意でな。援護は任せて‥‥メリーは、前を‥‥‥‥」
 それだけを、口にして。
 毒によって昏倒した戒は、その頭をメリーの肩に落とした。
「え‥‥?」
 ずり落ちる戒の体。兄の友の厭な沈黙。メリーが声をあげようとした、その直後。
 ずしん。
 少女の目の前に、ボアが立ちふさがった。
「立ち止まっちゃ駄目だ!」
 ルドルフが声を張る。ボウガンを猪に向け、駆け寄ってくる。
「山猫を片付けたらそっち手伝う! メリー嬢も、なんとか持ちこたえて!」
 必殺技の直後で力を溜めているボアを見据え、メリーは唇を結んで立ち上がる。あの二連撃を受けて猶動けるのは、戒が回復をしてくれたから――。
「メリー‥‥お兄ちゃんの友達を、絶対に護るのです!」
 瞳を蒼に染めて敵を見る。奇しくもその瞳色は、戒のそれと同じだった。
 別所。ランベルセも、戒の異常に気付く。咄嗟に向おうとした彼に、されどリンクスが距離を詰めた。
 舌打ち。放たれた獣人の蹴りを、黒翼の天使は乾坤網で受け止める。
「‥‥なんだと」
 リンクスの動きが止まらない。限界を越えた速度で脚を引き戻し、再び蹴る。二発。三発。なんと、四発。
 ランベルセは右に左に乾坤網を展開するが、最後の一撃を遂に受ける。鳩尾に打込まれた強烈な一撃に、一瞬、意識が遠のいた。
「悪いが、悠長にやっている訳にはいかなくなった」
 口元の血を拭い、ランベルセが敵を睨む。傷だらけの天と天が対峙する。
「幕を引くぞ」
 ランベルセが獣人に拳を叩き込む。発動する『吸魂符』。敵が魔法に弱いらしいことが、効いてきている。
「助太刀致しますっ!」
「ごめん、手出すよ!」
 玲花の火蛇とルドルフの矢がリンクスに直撃する。がくんと上半身を揺らした獣人だが、それでも双眸は、眼前の天使を射抜いている。
 リンクスが蹴りを放った。
 ランベルセが体を振って躱す。そして気付く。今の蹴りがやけに軽かったことに。
 『凪蹴』。一撃を躱させ次撃に繋ぐ、リンクスの技だ。
「――面白い」
 ランベルセが拳に炎球を纏わせる。
 リンクスが右足に全膂力を込める。
「来い」

 業火。

 山猫の蹴りがランベルセの胴を喰らう。天使の炎陣球が敵を呑む。
 崩れ落ちる天使と獣人。細められた両者の目は、互いにどこか満足げだった。
 残る敵は、あと一体。
 ボアの背後に、悪魔が迫る。全力で飛翔したナナシが、獣人の上空で宙返り。回転の勢いを乗せ、手の中に炎の剣を生んだ彼女は、一つの斧のように猪の頭部へ落下した。
「ここから先は通行止めよ!」
 兜割り。死角からの強烈な一撃が、ボアの脳天を貫く。一撃で猪の体力を刈り取り、巨大な敵の意識を朦朧とさせた。
「今よ、この状態なら避けられないわ!!」
 逃さず駆け込むシルヴィが、抜き放つ刃から『鎌鼬』を放つ。脇腹を風に裂かれたボアが、ぎろりとナナシに眼光を飛ばす。
 振り下ろされた大剣が、ナナシを吹き飛ばした。
「‥‥っ!」
 強靭な体躯が幸いしダメージは少ない。だが重い一撃に意識を狩られ、ナナシは頭を押えて地面に膝をつく。
 ボアを視界に捉えつつ結希が駆ける。彼女は戒へと駆け寄り、治癒プログラムである[Genbu] を機動させる。
「起きた? しっかりしてよね」
 ツインテールの少女が戒を一瞥する。
「怪我を気にするのは勝手だけど、あんたも大事な戦力なんだから」
 素直ではない言葉だが、戒の心には染み入った。
 「戦力」。自分を称した、その言葉。
 仲間の重荷であることが悔しかった。でも違った。自分は戦力。出来ることはある。
 ――出来ることがあるなら、やれるではないか。
「うん。‥‥ありがとな」
 切なくも強い微笑みを浮かべ、戒は頷く。
 戦いは、意思。どんな状況でも、意思があるなら戦える。
「さあ、一気に決めるわよ」
「ん、了解!」
 端末を手に駆ける結希と、応じる戒。同時に地を蹴るシルヴィと、盾を構えて進むメリー。
 ボアが吼える。巨大な双剣を打ち鳴らし、再びあの二連撃で結希とシルヴィを襲う。
「やらせない‥‥!」
 戒が突撃銃の引き金を引いた。介入した弾丸がクレイモアを弾く。わずかにずれた軌道を活かし、結希が刃を潜り抜け、シルヴィも斬撃を跳び越える。
 猪が唸り、左から二撃目の大剣を振る。今度はメリーが斬撃に割り込み、展開する盾で、それをいなす。
 結希とシルヴィの咆哮が重なる。
 獣人の眼前へと踏み込んだ二人が、顕現する電子の剣とカマイタチで猪の巨躯を吹き飛ばした。後方へ体勢を崩したボアに、戒がさらに銃弾を叩き込む。
 それでも耐えた猪の獣人に、玲花が背後から影縛りを撃つ。
「この戦い、わたしたちの勝ちです!」
 固まるボアに、ルドルフが駆けた。白色の騎士双剣を翻し、接敵と同時に振り放つ。
 胸に交差する二本の斬撃に、天魔の巨体が遂に沈む。
 後に残ったのは明るい広場と、孤児院を守れたのだという確かな安堵だった。





「‥‥無様だな、我が蒼よ」
「‥‥ばっきゃろーおめー、無茶したのはどっちよ」
 リンクスと相討ち倒れていたランベルセが、未だ残る毒にくらくらしている戒から応急手当を受けていた。共に満身創痍。互いに、あまり人のことは言えない。
 肩を貸そうというランベルセの申し出を、戒は自分で歩けるからと断る。気を張りつつ足を震わせる少女を、天使は口角を上げて抱き上げる。
「知った事か」

 撃退士達が、森を去る。
 戦の後の森は、ただ静かだった。

〈了〉


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

銀閃・
ルドルフ・ストゥルルソン(ja0051)

大学部6年145組 男 鬼道忍軍
『九魔侵攻』参加撃退士・
楊 玲花(ja0249)

大学部6年110組 女 鬼道忍軍
あんまんマイスター・
七種 戒(ja1267)

大学部3年1組 女 インフィルトレイター
こんな事もあろうかと・
月丘 結希(jb1914)

高等部3年10組 女 陰陽師
誓いを胸に・
ナナシ(jb3008)

卒業 女 鬼道忍軍
蒼閃霆公の心を継ぎし者・
メリー(jb3287)

高等部3年26組 女 ディバインナイト
撃退士・
ランベルセ(jb3553)

大学部5年163組 男 陰陽師
マシュンゴの英雄・
シルヴィ・K・アンハイト(jb4894)

大学部7年48組 女 陰陽師