●
周囲には木々。降るのは陽光。ここは、自然の闘技場だ。
「‥‥真正面から迎撃、か」
ブロンドの長髪を風に靡かせ、ルドルフ・ストゥルルソン(
ja0051)が懐中時計に視線を落とす。敵の到着までは、およそ3分強だ。
「走りながら考えた作戦、上手くいくかな。あっちの小細工とこっちの小細工、どっちが上をいくかって感じ」
「成功を祈りましょう。敵を孤児院に近付けるわけにはいきませんから、ね」
楊 玲花(
ja0249)が泰然として微笑んだ。
突然のSOSに、あの時に斡旋所にいた彼らはほとんど反射で駆けだした。
七種 戒(
ja1267)も、その一人。重体の身であっても参じぬ訳にはいかなかった。
(‥‥たとえ再び沈んでも、今出来る事を――)
「七種さんは、お兄ちゃんのお友達さんなのです?」
振り向くと、赤毛の少女メリー(
jb3287)が微笑んでいる。
「お兄ちゃんのお友達さんに何かあったら、お兄ちゃんに怒られちゃうのです。七種さんも他の皆さんも、メリー必ず護るのです!」
「ん、戒で構わんぜ‥‥へえあいつの妹か、かわええなええいアノヤロウめ」
思わずうりうりとメリーを撫で回す戒。撫でられつつ、赤毛の少女は一人の男を見とめ、瞳を輝かせた。
「ランベさんも一緒なのですね! メリー嬉しいのです!」
天使ランベルセ(
jb3553)が、目で返事をする。彼は橙の瞳で、戒を見やった。
彼女が重体に負い目を感じているのは明らかだ。
しかし同時に、変わらず強く光る瞳も見える。
心が折れていなくて何よりだ。思った矢先に、彼は気付いた。
「‥‥来たか」
南から、三体の獣人がやってくる。
ランベルセの視線が、先頭を進んでくる大山猫の獣人のそれと交差する。鋭いリンクスの双眸に、天使は微かに口角を上げた。
「奴は俺が引き受けよう。各々、狙う相手がいるだろう」
ずしん。
地を揺らして進み出た猪頭の獣人をメリーが見上げる。少女はボアが持つ大剣を、自らが防ぐべき物と見極める。
「私たちが敗れれば孤児院が、か‥‥」
銀髪の悪魔シルヴィ・K・アンハイト(
jb4894)も、星煌の柄に手を添え鹿男を見る。
「負けるわけにはいかないな」
キュア・ディアを紅い瞳で見据え、彼女は獲物に冷気を這わせた。
(見える敵は3体、残り1体は森の中‥‥)
ルドルフが紫の瞳を戦場に流す。状況は予想通り。後は、こちらの策がどう転ぶかだ。
敵が3体しか広場に出てこなかったように、撃退士も2名、森に潜んでいる。
「――狙撃主をしていれば自分は狙われないだなんて思ってないわよね?」
ナナシ(
jb3008)が葉の間で目を細める。姿なき梟の狙撃主に、宣戦布告。
「そこそこやるって話ね。新しい術式の効果を調べるには持ってこいだわ」
月丘 結希(
jb1914)が木に背をつけて端末を構える。
見つかれば墜ちるステルス戦。
やがて、戦端を切ったのは――。
●
「やあっ!」
玲花が、胡蝶扇に『影縛りの術』を纏わせ投擲する。真っ直ぐ飛んだ遠距離攻撃を、しかしディアは脇へ跳んで回避。着地と同時に草を蹴り、神速の獣人は玲花に迫った。
「っ!」
危険を察知し、玲花は左へ跳ぶ。直後に振られた獣人の魔法杖から稲妻が迸り、一瞬前まで玲花が立っていた地面を砕いた。
「流石に速いな」
ディアの脇に駆け込むのはシルヴィだ。銀髪をなびかせる彼女は指を振り、描く八卦陣で玲花に駕籠を纏わせる。ほんの一瞬、攻撃を疑ったディアの目が彼女に止まった。
「余所見、いただくよ」
飛来した矢が鹿男の肩を射抜く。
広場を大きく回り、ルドルフはディアの背後をとっていた。三人で囲んでまず一撃と、青年は手応えを感じる。
(今の所、鹿の引き留めは上手くいってるかな)
6人の撃退士は、広場の南側入り口を覆う様に半円状に展開している。
限界まで孤児院から敵を遠ざけられる陣形だが、密集がやや怖い。問題は、獣人の連携を如何に封じるかだが――。
ずんっ。
ボアが大地を踏んで力を溜める。撃退士達の陣を崩すべく、大剣を構えて突進した。
「やらせないのです!」
メリーが盾を構える。轟音を響かせつつ大剣を受け、ブーツで草原を抉りながらも攻撃を止めた。
「‥‥っ」
流石に重い攻撃だ。メリーが瞳を上げると、筋骨隆々の猪男が遥かな高みから鋭い眼光を飛ばしてくる。
――そうだ、重いなどと言っていられない。
「猪さんの攻撃は‥‥メリーが全部止めるのです!」
挑発ともとれる小柄な少女の強い声に、よく言ったとばかりに獣人が咆哮を返す。
その時だ。
戒が、はっと瞳を南の森に向けた。
誰かがこちらを見ている。狡猾な殺気。筒状のサイトで命を狙う、馴染みの感覚。
(――そうだ。撃ってこい。)
私は手負いだ。狙うなら私にしろ。
風が止む。不可視の円筒が、戒と森を結ぶ。
獣の匂い。かちり、と音。
「来い」
戒が目を凝らすと同時。
発砲音。
ボアもメリーもすり抜けて、天魔の銃弾が戒の肩口を捕えた。痛みに歪む戒の口元に、確かに刻まれる勝利の笑み。
「梟を発見。南西の森、入り口の端から3本目の木の陰‥‥!」
結希が地を蹴った。
木々をすり抜け、跳躍する。草むらに隠れていたスナイプ・オウルを、端末を構えて目視する。
「木製の狙撃銃ね。それってメリットはあるわけ?」
『――――!!』
展開する術式[Conversion]。ぎょっと目を剥いた梟の狙撃主に、電子の五芒星が突きつけられる。
「味わいなさいッ!」
結希が発動させたプログラムから、しかし梟は咄嗟の動きで脱した。
木々の隙間を縫うように動き、木を背にする。即座に狙撃銃を翻し、かちりと鳴らして結希をロックオン。
死ね。
物騒に笑んだ、梟の天魔に――。
「悪いけど、これ以上貴方には何もさせないわ」
十数メートルの彼方から、ナナシが魔本で狙いを定めた。
「墜ちなさい!」
高速で放たれる光の魔弾。はっと天魔が目を動かした時には既に遅く、圧倒的カオスレート差による悪魔の魔法がオウルの頭部を吹き飛ばした。
「作戦が上手くいってよかったわ」
散る羽毛を眺めつつ、ナナシが身を起こす。敵は広場にいた6名で、撃退士が全員だと思ったのだろう。
結希が宙のウィンドウを畳み、足を踏み出す。
「さあ、次よ。まだまだ試さないといけないアプリがあるのよね」
●
「やったか‥‥」
戒が安堵する。まずは一体、要注意の獣人を撃破した。‥‥が。
ドクン。
「‥‥っ!」
痛みが走る。オウルの銃弾が持つ毒が、戒の体を蝕んでいた。
「‥‥くっ」
傷の痛みが心を弱くする。重体で全力を尽くせない事が、こんなにも悔しいなんて。
(耐えろ‥‥今、倒れるわけには‥‥)
額の汗を無視し、前を見る。
戦場の動向を、見逃さないように。
「お前の仲間が斃れたな」
天使の拳を、獣人の膝が受け止める。肉体同士の鍔迫り合いだ。
「何も思わないのか、サーバント」
ランベルセが、山猫の獣人と対峙していた。止めるからには正面にと、彼は手に黄昏珠を巻き格闘戦を挑んでいる。
構える拳に魔力を纏わせ、天使は片頬に獰猛な微笑を浮かべる。
「存分に楽しもうじゃないか。お前も好きだろう?」
戦いは熱。聞くや否や、山猫の獣人が動く。
リンクスの鋭い蹴りを、ランベルセは左脇腹に抱えて回避。メリーの堅実防御のおかげで、ダメージは最低限に押えられている。
流れるような右フックで天魔の頬を貫く。獣人は体勢を崩すも、身を屈めで左蹴りを放ってくる。腹部への一撃に仰け反りかけた天使だが、反射的にリンクスのネックレスを右手で掴む。
「…‥ふんっ!」
撓らせる左手を、リンクスの顎横に叩き込んだ。発動させた術は『吸魂符』。負った傷を癒し、ランベルセは山猫と視線を交差させる。
「どうした、こんなものか」
口角を上げるも、流石にサーバントの一撃は確実に体力を削ってくる。
退くわけにはいかない。獣人同士を合流させれば、敵の連携は一気に激化する――
「貴方は、ここで止めます!」
玲花が遠近を織り交ぜた攻撃でディアを翻弄する。決定打は未だ無く、永遠とも思える回避合戦が続いている。
そして、遂に。
ディアが今までと違う動きを見せた。リンクスを回復すべく、駆けだしたのだ。
「邪魔するよ、と‥‥!」
ルドルフが鹿頭の鼻先へ矢を放つ。命中はしなかったものの、ディアの苛立たし気な目が確かに青年に向いた。
光が閃く。
ルドルフの脇腹を、稲妻が貫いた。
「ぐ‥‥‥‥ッ」
目を歪ませ、体を抱く。激痛を堪えつつ、前を見る。
「‥‥ッ、今だ!」
刹那。
ディアの胴に、白い一閃が刻まれる。
敵の背後に踏み込んだシルヴィによる居合斬り。冥魔の女戦士が鞘に刃を納めると同時、獣人はスピードを緩め、ルドルフに目を留めたまま崩れ落ちた。
「これで二体。‥‥残りは猫と猪か」
シルヴィが呟く。身を起こし、赤い瞳で戦場を見る。
直後に響く、猪の咆哮。
「うっ‥‥」
クレイモアの斬撃をいなし続けていたメリーが、ボアの大声に肩を跳ねさせる。猪の獣人は掲げた大剣を打ち鳴らし、かつて無い気迫でメリーに剣撃を振った。
巨大な二連撃が、少女の胴を薙ぎ飛ばす。
「あ‥‥ッ‥‥!」
鮮血が散る。息が止まる。強烈な衝撃に舞ったメリーの体を、しかし背後から腕が抱き留める。
微かに目を開けたメリーに、癒しのアウルが注がれる。彼女の背後に居た戒による応急手当だ。
「あ‥‥ありがとうなのです!」
「ん、気にしなさんな‥‥」
起き上がるメリーに、戒は朦朧と微笑む。
「もとより支援が得意でな。援護は任せて‥‥メリーは、前を‥‥‥‥」
それだけを、口にして。
毒によって昏倒した戒は、その頭をメリーの肩に落とした。
「え‥‥?」
ずり落ちる戒の体。兄の友の厭な沈黙。メリーが声をあげようとした、その直後。
ずしん。
少女の目の前に、ボアが立ちふさがった。
「立ち止まっちゃ駄目だ!」
ルドルフが声を張る。ボウガンを猪に向け、駆け寄ってくる。
「山猫を片付けたらそっち手伝う! メリー嬢も、なんとか持ちこたえて!」
必殺技の直後で力を溜めているボアを見据え、メリーは唇を結んで立ち上がる。あの二連撃を受けて猶動けるのは、戒が回復をしてくれたから――。
「メリー‥‥お兄ちゃんの友達を、絶対に護るのです!」
瞳を蒼に染めて敵を見る。奇しくもその瞳色は、戒のそれと同じだった。
別所。ランベルセも、戒の異常に気付く。咄嗟に向おうとした彼に、されどリンクスが距離を詰めた。
舌打ち。放たれた獣人の蹴りを、黒翼の天使は乾坤網で受け止める。
「‥‥なんだと」
リンクスの動きが止まらない。限界を越えた速度で脚を引き戻し、再び蹴る。二発。三発。なんと、四発。
ランベルセは右に左に乾坤網を展開するが、最後の一撃を遂に受ける。鳩尾に打込まれた強烈な一撃に、一瞬、意識が遠のいた。
「悪いが、悠長にやっている訳にはいかなくなった」
口元の血を拭い、ランベルセが敵を睨む。傷だらけの天と天が対峙する。
「幕を引くぞ」
ランベルセが獣人に拳を叩き込む。発動する『吸魂符』。敵が魔法に弱いらしいことが、効いてきている。
「助太刀致しますっ!」
「ごめん、手出すよ!」
玲花の火蛇とルドルフの矢がリンクスに直撃する。がくんと上半身を揺らした獣人だが、それでも双眸は、眼前の天使を射抜いている。
リンクスが蹴りを放った。
ランベルセが体を振って躱す。そして気付く。今の蹴りがやけに軽かったことに。
『凪蹴』。一撃を躱させ次撃に繋ぐ、リンクスの技だ。
「――面白い」
ランベルセが拳に炎球を纏わせる。
リンクスが右足に全膂力を込める。
「来い」
業火。
山猫の蹴りがランベルセの胴を喰らう。天使の炎陣球が敵を呑む。
崩れ落ちる天使と獣人。細められた両者の目は、互いにどこか満足げだった。
残る敵は、あと一体。
ボアの背後に、悪魔が迫る。全力で飛翔したナナシが、獣人の上空で宙返り。回転の勢いを乗せ、手の中に炎の剣を生んだ彼女は、一つの斧のように猪の頭部へ落下した。
「ここから先は通行止めよ!」
兜割り。死角からの強烈な一撃が、ボアの脳天を貫く。一撃で猪の体力を刈り取り、巨大な敵の意識を朦朧とさせた。
「今よ、この状態なら避けられないわ!!」
逃さず駆け込むシルヴィが、抜き放つ刃から『鎌鼬』を放つ。脇腹を風に裂かれたボアが、ぎろりとナナシに眼光を飛ばす。
振り下ろされた大剣が、ナナシを吹き飛ばした。
「‥‥っ!」
強靭な体躯が幸いしダメージは少ない。だが重い一撃に意識を狩られ、ナナシは頭を押えて地面に膝をつく。
ボアを視界に捉えつつ結希が駆ける。彼女は戒へと駆け寄り、治癒プログラムである[Genbu] を機動させる。
「起きた? しっかりしてよね」
ツインテールの少女が戒を一瞥する。
「怪我を気にするのは勝手だけど、あんたも大事な戦力なんだから」
素直ではない言葉だが、戒の心には染み入った。
「戦力」。自分を称した、その言葉。
仲間の重荷であることが悔しかった。でも違った。自分は戦力。出来ることはある。
――出来ることがあるなら、やれるではないか。
「うん。‥‥ありがとな」
切なくも強い微笑みを浮かべ、戒は頷く。
戦いは、意思。どんな状況でも、意思があるなら戦える。
「さあ、一気に決めるわよ」
「ん、了解!」
端末を手に駆ける結希と、応じる戒。同時に地を蹴るシルヴィと、盾を構えて進むメリー。
ボアが吼える。巨大な双剣を打ち鳴らし、再びあの二連撃で結希とシルヴィを襲う。
「やらせない‥‥!」
戒が突撃銃の引き金を引いた。介入した弾丸がクレイモアを弾く。わずかにずれた軌道を活かし、結希が刃を潜り抜け、シルヴィも斬撃を跳び越える。
猪が唸り、左から二撃目の大剣を振る。今度はメリーが斬撃に割り込み、展開する盾で、それをいなす。
結希とシルヴィの咆哮が重なる。
獣人の眼前へと踏み込んだ二人が、顕現する電子の剣とカマイタチで猪の巨躯を吹き飛ばした。後方へ体勢を崩したボアに、戒がさらに銃弾を叩き込む。
それでも耐えた猪の獣人に、玲花が背後から影縛りを撃つ。
「この戦い、わたしたちの勝ちです!」
固まるボアに、ルドルフが駆けた。白色の騎士双剣を翻し、接敵と同時に振り放つ。
胸に交差する二本の斬撃に、天魔の巨体が遂に沈む。
後に残ったのは明るい広場と、孤児院を守れたのだという確かな安堵だった。
●
「‥‥無様だな、我が蒼よ」
「‥‥ばっきゃろーおめー、無茶したのはどっちよ」
リンクスと相討ち倒れていたランベルセが、未だ残る毒にくらくらしている戒から応急手当を受けていた。共に満身創痍。互いに、あまり人のことは言えない。
肩を貸そうというランベルセの申し出を、戒は自分で歩けるからと断る。気を張りつつ足を震わせる少女を、天使は口角を上げて抱き上げる。
「知った事か」
撃退士達が、森を去る。
戦の後の森は、ただ静かだった。
〈了〉