●
2階。女性用のセレクトショップが並ぶ通路。
「この時期はどこも華やかやねぇ」
「本当だよ。春っぽくて良いよねー!」
「装いも日射しも春めいていますね、良い季節です」
宇田川 千鶴(
ja1613)、月居 愁也(
ja6837)、夜来野 遥久(
ja6843)の三人が、各々も春服に身を包み、ショッピングモールを歩いていた。
店先にならぶ服はどれも色彩鮮やかで、眺めているだけでも軽快な気分になる。
さっそく三人で店に入り、談笑しながら物色する。試着室に交互に入り、互いに互いを着せ替え人形にして遊ぶこと、十数分。
「ねえ、これどう、これ!」
試着室から出てきた千鶴に、愁也が笑みかける。差し出したのは、ふんわり清楚系な淡色のワンピースにシフォンポンチョだ。
にこにこと爽やかな笑顔を向ける愁也に、千鶴はこっ恥ずかしそうに苦笑する。
「いや、そんな女性らしい服普段着んし。今日も薄手のパーカーをやね‥‥」
彼女の傍に、今度は遥久が控える。
「この季節は、スタイルを活かすカジュアルアイテムをお揃えになってみてはいかがでしょう」
いつの間にやら、腕に数着の春服をかけていた。
「このジャケットとブラウスに、スカートを御合わせになってみては」
冷静さと微笑は、まるで執事のよう。選ぶ服のセンスも良いが、そういうことではなくて。
「あのな、話を――」
「あ、こっちもいい! ね、これどう宇田川さん。てか遥久!」
楽し気に、かつ割と本気で脚線美を活かす方向でコーディネートを検討する男二人。知らぬ間に構築されたイタセリツクセリ空間に、千鶴の頭上に「?」が飛びかう。
「どうぞ、お嬢様」
「な、なんでお嬢様扱い?」
遥久に丁寧に袖を通してもらう。その時だ。
遥久が、ふと千鶴の手に光る指輪を発見した。
「良くお似合いですね」
親友の呟きに、愁也も指輪を見る。途端に頬を緩める。
「宇田川さん、これどうしたの?」
千鶴は指輪を大事そうに手で包み、すっと目を逸らし。
「これは、ほら‥‥。その‥‥‥‥ホワイトデーに、やね‥‥」
「ほほう、なるほどなるほど?」
口角を上げ、によによする愁也に、千鶴は仏頂面と照れが混ざったような赤い顔になる。
「‥‥何よその笑い」
「――うおっ! 目潰しヤメテ! ちょちょちょ力強いやばいやばいやばい!!」
ぎりぎりと進んでくる千鶴の手を愁也が止める。遥久は微笑ましい気持ちで、目を閉じる。
こうして、三人でふざけあえるのも平和があるからこそ。
春の休日。まさか千鶴だって、本当に潰しはしな――
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」
遥久が愕然と目を開く。
「本当に潰したのですか?」
「ちゃうわっ!」「でも危なかったよ!」
顔を赤くする千鶴と愁也。遥久は、響いた悲鳴の出所に耳を澄ます。
外だ。
三人で店を出る。建物のどこかで、『何か』が蠢いている気配がした。
きっとそれは、自分達が戦うべきモノなのだろう。
「‥‥先に行くわ」
「オッケー。買い物は、また後でね!」
光纏が閃く。魔具が現れる。
三人一斉に、床を蹴った。
●同刻、2階。
わんにゃーと賑やかな店の前。獣の匂いが漂う一角。
「……食材を買いに来たのに、まさか追い出されてしまうとは」
体躯を越えるリュックを背負う雫(
ja1894)が、ペットショップの前でむすりと呟く。
可愛い動物は大好きだが、動物=食料と考えている彼女。
買い出しのために入店するなり、小型犬・猫たちの絶叫に迎えられ、まじまじとマンチカンと見つめ合っていた所を、店員から丁重に摘み出された。
「さて、どうしましょうか」
いまだ店内から警戒を続けてくる店員と睨みあいつつ、雫は一進一退を繰り返す。
一方、その付近。
円 ばる(
jb4818)が長蛇の列を待ち終え、念願の甘味を手に入れていた。
「ふぉっふぉっふぉ、ついに噂のくれぇぷなる甘味を手に入れたのじゃー」
ちょきちょきとハサミを鳴らし、甘い香りにうっとりと頬を緩める。
「いただきまーすなのじゃー!」
大口をあけて、かぶりつこうとした、その時だ。
どん。
「ふぉっ!?」
駆けてきた男にぶつかり、床に倒れる。はっと見開かれたばるの目の前で、ぐしゃり、とクレープが踏み潰された。
舞う苺と、ぶち撒かれるクリーム。
唖然とするばるの目から、ぶわりと涙が溢れる。
「ば、ばるのくれぇぷが‥‥!」
見上げれば、足の主は紫色の男。
ぐつぐつと皮膚を溶かし、黄ばんだ眼球で見下ろしてくる天魔だ。
「おのれ貴様‥‥ぐぅるとかいう奴じゃな‥‥!」
唸る天魔に、ばるは衝撃音を立てて跳躍する。だん、と壁に着地し、戦闘開始。
「よくもわしの甘味を! 成敗してやるのじゃー!」
グリースを展開し、乱れる糸でグールの頭部を裂く。地の理を考慮した、高所からの攻撃。
だが、グールは跳ね、爪を振るう。距離を詰めての攻撃に、ばるの腕に赤い線が引かれた。
「ちっ‥‥、まだまだじゃー!」
ばるが再び、グリースを掲げる。その時だ。
がすん、と。グールの上半身が無数の肉塊へと変わる。
振り抜かれた大剣が、天魔を背後から薙ぎ払ったのだ。
「――天魔ですか」
砕け散るグールを蔑視し、斬撃の主である雫は呟く。
「可愛くありませんし、食べられません。そんなもの、今は見たくないですね」
食べ物に関して不機嫌な者同士(?)。
お互いが撃退士であることを確認し、共同戦線を開始する。
●2階、中央。
従業員に避難誘導を依頼し、遥久は、館内放送を行うべく1階の事務室を目指す。
2階の天魔は友人達に任せ、フロア中央の吹き抜けへ駆ける。
手をつき、柵を越え、一階へ降りる。その直後だ。
――赤い舌が、伸びてくる。
「!」
咄嗟に身をそらすと、背後へと伸びた舌は男の子を捕え、天魔の口へと回収した。眼前には、丸々と下半身を膨らませたグリーディ・リップ。
「‥‥天魔の親玉か」
遥久の背後では、二体のグールが唸っている。三対一。事務室に行く暇は無くなった。
(応援が来るまで、耐えるしかないか)
立ち上がり、剣を構える。
「人々に危害を加えさせる訳にはいかない」
遥久の眼前で、黒マネキンが腕をしならせる。
●3階、書店
新書コーナーの本棚の隙間。一人の女性が、一冊を手に取る。
「ん‥‥?」
目次に目を通した結城 馨(
ja0037)が、ふと、賞味期限の切れた卵でも見たように目を細めた。
瞼を伏せ、ぱらりと巻末を確認する。
「‥‥なるほど。違和感の正体はこれですか」
いつの本だろうと思ったら、初版年は遥か前。二十年ほどの前の本を、重版を繰り返して置いてあるのだった。
(最近の議論が反映されてないのが違和感の正体だったということですね)
当然のごとく納得してのけるが、一般人に出来る芸当では無い。新書の内容に違和感を覚え、知識の鮮度を重んじることのできる彼女は、やはり研究者なのだろう。
「それにしても、なにか廊下が騒がしいですね‥‥?」
顔を上げ、首をかしげる。その、同刻。
「うーむ、日本の書籍はどうしてこうも高いのだろうか‥‥」
同書店にて数冊のノンフィクション作品を購入したラグナ・グラウシード(
ja3538)が店を出ていた。
女性の悲鳴があがる。
ラグナが目を向けると、通路の一角で、腐乱死体が、倒れた女性に歩み寄り腕を振り上げていた。
「天魔か」
ラグナは即座に光纏し。
「こんな場所にまでしゃしゃり出てきおって‥‥覚悟はできているだろうな?」
大剣を取り出し、床を駆ける。
グールが女性に爪を振り上げた、その瞬間だ。
「危ないッ!」
振り下ろされるグールの爪に、ラグナが背をすべりこませる。ざん、と斬られる音。見開かれる女性の目。その騎士の口から漏れたのが――
「あぁん‥‥っ!」
――嬌声であった。(スキル『ドMの極み』)
「ふっ、もう大丈夫だ‥‥」
恍惚の表情からキリッと真顔に戻り、ラグナが目を開く。
「天魔は私に任せろ! だから、貴女は一刻も早く此処から――」
女性は既に逃げ出していた。
書店から出てきた馨の傍を、丁度、脱兎のごとく駆けてきた彼女が通る。
「か、怪物と変態が‥‥っ! だ、誰か助けてぇぇっ!」
「‥‥‥‥」
天魔と二人きりになるラグナ。
ふっ、と静かに微笑んで。
「――おのれ天魔ぁあああああああアぁアアアアア――ッ!!」
俺!? と口を開いたグールの首を、荒ぶる非モテの八つ当たりの斬撃が吹き飛ばした。
「可憐な女性をああまで怖がらせおって‥‥覚悟はできているのだろうなッ!」
咆哮する戦士の姿は、どこか切ない。
狂乱に染まる一角。逃げ惑う買い物客。
グールがもう一体、暴れている。
「久遠ヶ原の者です。ここは任せて誘導に従って非難を!」
一般人の盾になるよう位置取り、馨はマビノギオンから剣を連射。
叫ぶグールが、腕を交差させ、体を裂かれながらも接近してくる。
「ふんッ!」
その背後から駆けたラグナが、天魔の上半身を大剣の一振りで斬り伏せる。
ラグナと馨は背を合せ、周囲に敵がいないことを確認する。
「こちらに居た天魔は?」
「心配無用。私が斃した」
馨が息をつく。
「そうですか。では、変態は?」
「‥‥‥‥。何のことか分からない」
泣いていいのよ。
「なんて休日。ともかく、急ぎましょう」
ラグナと共に、馨は行動を開始する。だが、すぐに。
彼女は、はっと足をとめる。
「‥‥なんてこと」
通常依頼ではズボンな彼女。慣れないスカートを手で摘み、非日常へと駆けだした。
●2階
グールに指を伸ばされ、女の子が泣きわめく。
足がもつれ、逃げられない。目の前に迫る腐った手に、成す術は無い。
「‥‥やらせんわ!」
壁を走っていた千鶴が、被害者を見とめ、足にアウルを込める。
足元に立ち昇った黒と白のオーラを蹴散らし、落雷のように突進。ばっとグールが黄色い目を上げるが、防御は間に合わない。千鶴の高速の一閃がその体を袈裟切りにする。
女の子を抱いた彼女は、即座に距離をとった。
「大丈夫、下がっとき」
グールはまだ生きている。体から血を流しつつ、足を踏み出す。
「ふぉっふぉっふぉっ!」
響く笑い。
「ぐぅる如き、わしの敵ではないのじゃー!」
駆け込んだばるが、過ぎ様にグリースでグールを絡め、その体を粉々にする。
雫もまた、周囲の人々に避難を呼びかけ、合流した。
「うおおおお! 俺もいるよーっ!」
威勢の良い声が飛んでくる。吹き抜けを越えた通路で戦う愁也が、丁度、グールを斬り斃したところだった。
「敵のボスは一階だ! 遥久が食い止めてる!」
雫が吹き抜けへと駆け寄る。爪先で立ち、柵から見えた光景は。
●
流石に、無傷ではいられない。
ライトヒールで傷を癒し、遥久は青い瞳で敵を見据える。
前面からは黒マネキンが腕を鞭のように叩きつけてくる。後方からはグールが爪を突き出してくる。
反撃でグールの一体は斃したが、一般人をかばいきる余裕は無かった。
周囲の人々はグリーディ・リップにあらかた呑まれ、天魔の下半身は、上半身と不釣り合いな程に肥大化している。
「遥久!」
上から、親友の声。
愁也と雫が、二階から飛び降りてくる。援軍だ。
「下半身に攻撃するな、愁也! 人が捕まっている!」
遥久の注意をうけ、愁也は黒マネキンの頭部を狙って剣を薙ぎ払った。
だが、開かれた天魔の右手が桃色のバリアを展開する。衝撃音をたて、斬撃は障壁にはじかれた。
雫の大剣も、同様に展開された左手のバリアを削る。罅を入れるも、本体には届かない。
ひゅん、と。
天魔の細く長い腕がしなり、周囲の撃退士達を吹き飛ばす。
そんな中、突破し迫るは、忍びの二人。
「当たらんよ」
千鶴の刃が天魔の首元を斬る。
「くれぇぷの恨み‥‥晴らさせてもらうのじゃあああうにゃああああ!!」
ばるの糸が天魔の腕を裂く。
流れる血に焦ったか、天魔は風船のように吹き抜けへ上昇を始める。
「おのれ逃がさんのじゃー!」
ばるが壁を駆けまわる。攻撃をしかけるも、障壁にはじかれる。
下方からは球体が邪魔で攻撃できず、さらには赤色の強力なバリアにも防がれる。
首や腕など、急所を狙っての攻撃はかすかな動きで避けられる。
ほんのわずかに、しかし決定的に、手数が足りなかった。
唇が笑い、さらに上昇する。二階を越える、その時だ。
「For God's sake, Sir Justice, think of me, for I have none to help me save God.」
天魔の頭に、馨のライトニングが飛来する。
咄嗟に展開した桃色障壁で相殺する。直後、3階から跳躍したラグナが剣を輝かせて天魔の横に躍り出た。
「無粋な天魔め‥‥消え失せろッ!」
彗星のように尾を引く一閃が、天魔に障壁を発動させる。防御は成功。しかし、側面は無防備となり。
「人の休日を潰しておいて、逃げられると思わないで下さい」
縮地で跳躍した雫が、がら空きな天魔の脇を薙ぎ払う。揺れた黒マネキンが、球体上でスタンした。
壁を蹴った千鶴の刀が、愁也の剣が、ばるの糸が、一斉に天魔の上半身を斬り飛ばす。
がくん。
撃破された天魔の球体が、落下を開始。
魔具を捨てて駆けた遥久が、巨大な球体を背で受け止めた。
「あとは、一体だけですね」
3階で息をついた馨が、1階で立ち尽くすグールに手を向ける。ぱり、と雷を光らせた。
「全く、ひどい休日でした」
●
非日常は閉じられる。
球体は慎重に裂かれ、人々は無事に救出された。
学園への報告も済ませ、ショッピングモールに日常が戻ってくる。
「ばるはくれぇぷを所望するのじゃー!」
ばるが、今なら行列もあるまいと猛烈ダッシュ。行列どころか店員もいないだなんて、この時の彼女は思いもしなかった。
「クレープかぁ。俺らも甘い物食べに行かない?」
愁也の誘いに頷きつつ、千鶴はしかし、さっきの服屋に戻らないかと提案する。
「んー。やっぱりあの服、買おう思うわ」
普段と違う服装を見たら、彼はどんな反応するだろう。
想像し、照れ臭そうに少し笑う。それを見て、愁也も笑う。
「によによ」
「‥‥だから何よその笑いはっ」
選んでくれてありがとな、礼を言いつつ愁也の目を狙う千鶴。賑やかな親友達を、微笑ましく見守る遥久であった。
「さて」
雫は置いてきたリュックの回収に向かう。買い損ねた食材達のことを残念がりつつ、最後にぽそり。
「折角の特売だったのに‥‥」
物騒であった。
「――良く戦ってくれた。また機会があれば、よろしく頼むぞ」
共に3階を掃討してまわった馨と握手するラグナ。騎士は毅然と、ショッピングモールを後にする。
そんな彼が、買った本を此処に忘れていたことに気付くのは、帰宅し風呂に入った瞬間のことだが――それはささやかな後日譚。
(‥‥結局、変態の方は捕まえられませんでしたが、)
馨は知的で満足そうな瞳を鞄に落とす。
「良さそうな本も見つかりましたし、良しとしましょう」
ある温かい、春の日のことだった。
〈了〉