●月夜
「およ? ‥‥ヒトがいる?」
到着の直後。新崎ふゆみ(
ja8965)が夜の道路に目を凝らして呟いた。
視線の先には、手を振って助けを求める青年が一人だ。
「あれ? この道って封鎖されてたんですよね?」
Rehni Nam(
ja5283)も首を傾げる。
「封鎖できていない山道でもあったのでしょうか。でも、普通そんな道通らない、ですよね‥‥?」
「せやねぇ。貰うた情報と違うわ」
困った風でもなく蛇蝎神 黒龍(
jb3200)。細く閉じられた目が、青年に近づく巨腕兵を捉える。
「鎖を外して入り込んだのかな」
何でまた‥‥と加倉 一臣(
ja5823)も光纏。展開した阻霊符を上着に仕込み、まずはお仕事と気を切り替える。
「とりあえず、天魔を討伐しないことには話は進まないですね」
怪しみつつも頷いて、紅葉 公(
ja2931)が雷帝霊符を取り出す。
「ああ。一般人が襲われてるなら、退治は当然だ」
礼野 智美(
ja3600)が応じ、青い瞳に守るべき対象を確と映した。
「ケラケラケラ! 人ッ子でも天魔でも、喰いモンはどなたでもウェルカムですわッ!」
ハートの瞳孔をぱちくりとさせ、革帯 暴食(
ja7850)が笑う。
「‥‥難しい事は後で考えましょう。今は天魔退治です!」
白銀の槍を構えるレフニー。星の輝きで周囲を照らす。
想いは一つ。私達の力は、人を守る為にあるのだからと。
●Greifen.
「こっちだ!」
一臣が放った弾丸が巨腕の兵の注意を自らに引き付けた。同時に騒ぎ出した上空の蝙蝠達に、青白い靄を纏うレフニーがコメットを放つ。
「チャンス、だねっ★」
降り注ぐ彗星に呑まれた天魔達を余所に、ふゆみとレフニー、そして暴食が巨腕兵の脇を駆ける。‥‥が、敵も流石の戦闘種族。グライフェンは即座に反応し、巨なる右腕をふゆみの側面へと突き出した。
「わっと!」
進行方向へ打ち込まれた巨指を、ふゆみは急ブレーキをかけ回避。頬を膨らませ、巨腕兵の懐へ飛び込み――
「ふゆみ必殺☆どどーんっ!」
掌底を放った。鈍い音と共に、巨体が一臣たちの方へとノックバック。巨腕でバランスをとる敵の頭上から、隕石を逃れた蝙蝠達がレフニーへ襲い掛かる。
「ケラケラケラ! 喰い合うならうちとしろやッ!」
「革帯さんっ!」
レフニーを庇った暴食は、敵と牙同士でじゃれ合う有様。噛まれ、命を吸われ、噛み返し、引き剥がす。
カラーボールで蝙蝠達の色分けを行っていた智美へも、黄に塗られた蝙蝠が飛来。纏わりつく牙を智美は躱す。
「かーっこいー」
そんな光景を、澤木は笑んで眺めていた。
暴食が高々と足をあげ、グライフェンの骨腕を強烈に踏みつける。青年が口笛を吹く。その時だ。
「君、名前は何て言うん?」
傍からの声に、はっとする。無音にて接近した黒龍が、いつの間にか隣に立っていた。
「澤木君かぁ。君ら、二人だけなん?」
「‥‥そだよ。見ての通り」
澤木が笑う。同時に、公のファイアーブレイクが三匹の蝙蝠を纏めて包んだ。
炎が照らす戦場を駆け抜け、レフニーも澤木の前に到達する。息を整える事ももどかしく、澤木の無事を確認し、安堵した。
「護衛のために、運転手の方にも出てきて頂けないでしょうか?」
透過能力の説明を含めた彼女の提案に、従う青年達は何故か渋々としていた。レフニーは胸中、わずかに首を傾げる。
(やっぱり、何か怪しいのです‥‥)
理由は分からない。根拠も薄い。
しかし、と思うのは智美も同じ。
(道路は封鎖されていた筈‥‥急ぎの配送業者だとしても、鎖を外してまで侵入するか?)
銃声が鳴り、思考は途切れる。一臣のストライクショットが、巨腕兵の肩の肉を砕いた音だ。
(‥‥ともあれ一般人は守らないと)
戦場の空気を吸い直す。瞳に宿る意気と共に、闘気を解放。
眼前の敵を屠る以外に、疑念を晴らす術は無い。
●
扇と流星が蝙蝠を屠り、それでも牙達が傷を癒す。
「‥‥しぶといね。随分と」
一臣が呟き、放つ銃弾で巨腕兵の背を射抜く。
幾度攻撃を浴びせても蝙蝠が巨腕兵を回復させ、足止め以上の効果は薄い。だが、そんな邪魔な補助役も、公らの奮闘によって残り2体に減っていた。
「回復、追いつかへんやろ?」
立ち回る黒龍が、まるで扇でも扱うかの様に天魔図鑑を開く。
「敵認識能力があるんや、脳はありそうやな。脳震盪(スタン)は通じるか?」
言うや否や、白い矢を敵の頭へ射出。迫る矢じりを敵は顔を傾けて躱す。その直後。
「ふゆみ必殺★ずばばーんっ!」
ふゆみが刀で、巨腕兵の脇腹を薙ぎ払った。唸る天魔は拳を握りしめ、人間の胴を越える太さの巨腕を大きく横に振って彼女を弾く。
「そちらさん、もっと丁寧に扱いなさいサッ!」
叫ぶ暴食は、たった今振られた天魔の手に掴まれている。万力で握り込まれながら、しかし彼女の笑みは狂気じみ、潰され、倒れず、ただ餓えた。
「ランチタイムだッ!」
ぐありと顎門を開き、飢餓の牙を天魔の虎口に突き立てる。骨の手の一部が、めきりめきりと音を立て――
バキン、と砕かれた。唸る巨腕兵を救うべく、何度目か蝙蝠が降下する。
「させません!」
声と共に飛来する雷の刃。公による雷帝霊符の一撃が、一体の蝙蝠を宙で蒸発させる。――だが、敵はもう一体残っている。牙を剥き巨腕兵へと飛ぶ蝙蝠。その胴体を、ばすん、と飛来した扇が断ち斬る。
「終わりだな」
扇をキャッチし、智美が呟く。最早、天魔に回復の術は無い。
ふゆみが日本刀を構え、地を蹴った。手負いの巨腕兵は暴食を放り投げ、交差させた骨腕で、振られたふゆみの刀を弾く。
「背中がガラ空きってね」
一臣がストライクショットで、弾丸を背から胸へと貫通させる。
ひゅん、と空を切る音。体勢を崩していた巨腕兵は骨腕を上げ、黒龍のシュトルムエッジを受け止める。
「まだ耐えるん? 苦しゅうないの?」
微かに頬を曲げる黒龍。グライフェンは唸り、ふゆみを掴み捕えんと右手を伸ばす。その指が彼女に届く、まさにその瞬間だ。
骨腕の側面に弾丸が弾けた。
一臣の回避射撃だ。逸れた腕をふゆみが躱し、代わりに暴食が、天魔の懐へ飛び込む。大口を開け、天魔の肩口に牙を埋め、上から下へ、敵の腰までの肉を削ぎ切った。
両腕を広げ、グライフェンが夜空に咆哮する。それと同時、天魔の胸を、飛来した白い槍が貫いた。
レフニーのヴァルキリージャベリンだ。巨腕兵は立ち尽くし、ぐらりと身を揺らして崩れる。
「これで依頼は終了‥‥か」
静かに呟く智美。視界の隅では、命を拾った澤木が笑んでいた。
●
「怖かったでしょー、もう大丈夫やでー」
黒龍が澤木に抱きつく。青年はぎょっと逃れ、ニット帽は早々にトラックへと戻った。
天魔事件も終わり、最早彼らを拘束する理由も無い。
「ね。怪物と戦えるパワーがあるって、気持ちいいの?」
異様に馴れ馴れしく、青年が撃退士達に話しかけた。やや違和感を覚えつつも、レフニーは彼から離れる。
(心配は杞憂だったのです‥‥?)
兎に角、今は、敵の全滅の確認が先決だ。生命探知の為に集中する。
道路に天魔の反応は無い。両脇の森も同じ。反応があるのは撃退士達と、青年、運転席のニット帽男と、‥‥『もう一人』。
「えっ?」
荷台からの微弱な反応にレフニーは声を失う。澤木は、いるのは二人だけと言ったのではなかったか?
「あー、パワーの話も良いけどさ」
一臣が暢気に続ける。
「そういえば君達、どうしてこの道路に――」
「‥‥オレンジ。ちょっといいのです?」
レフニーが一臣を呼ぶ。距離をおいて会話を聞いていた公の元へ集まり、事情を話した。
澤木の前にはふゆみが残った。仲間達が何やら動き出した事を悟り、彼女は『アウトロー』を発動。黒い笑いを浮かべ、時間をかせぐべく語り出す。
「確かに、こうゆうチカラがあったら‥‥ちょっぴり、ユーエツカンだよねっ★ミ」
「へえ。じゃあさ、パワーを手に入れた日のことって、覚えてる?」
その、雑談の裏で。
「‥‥成程ね」
話を聞いた一臣が、トラックに鋭敏聴覚を発動。物音や独り言を逃さぬように、耳を凝らす。
『手に入れた日? うーん、いきなり現れたんだよっ。よくわかんないうちにねっ★』
これはふゆみの声だ。ニット帽は無言。荷台に集中する。
無音だ。何かがいるとは思えない。‥‥いや、微かに、物音がする? さらに集中。雑音を排し、耳を鋭くし、そして。
『うぅ‥‥』
微かに、呻きが聴こえた。
「‥‥どういうことです?」
「分からない。強引に開けるってのも‥‥なんだかね」
顔を見合わせるレフニーと一臣に、公が「それなら」と名乗りをあげる。
「私が‥‥なんとかしてみます」
「そのパワー、俺も手に入るかな?」
ふゆみの語りに興味を持ったように澤木が言った。戻ってきた一臣が、軽快に微笑みかける。
「お? おにーさん、アウルに興味ある? なら、ちょいと簡易チェックしてみない?」
「チェック?」
「私でしたら、触れるだけであなたにパワーがあるか分かります」
公が、歩み出て、光纏した。澤木は、用心深げに車内を一瞥する。ニット帽が首を横に振る。
「あれ、やめるん?」
黒龍が口端を上げて囁く。
「いつでも出来るもん違うよ。紅葉ちゃんみたいな子が居るんは珍しいんやで」
その言葉は正に悪魔の甘言。蠱惑な響きに、澤木は仲間の制止も無視して頷いた。
「では‥‥」
早まる鼓動を抑え、公が澤木の額に触れる。発動するスキルは『シンパシー』。
嘘も方便。これをしないと真実は掴めないのだから。
やがて、公の脳裏に澤木の記憶が流れ込む。
「っ‥‥」
唐突に視えたのは、老人とメイドに振るわれる暴力の光景。思わず息を呑みつつも、動揺を悟られぬよう、公はぐっと力を――
「どうしたの。なんか、分かっちゃった?」
声。はっと目を開けると、眼前に澤木の顔があった。
「‥‥皆さん」
公の呟きに、澤木が首を傾げる。
「荷台を開けてください! 中の女性は、この人達に誘拐された被害者です!」
澤木が目を大きくする。その背後で、暴食が荷台の鍵を喰い壊した。
開かれた扉から、智美がメイド服の女性を抱き出す。痛々しいその姿に目を細め、彼女は澤木を睨む。
「どういうことだ?」
「あー、いや、病院に運ぶ途中で‥‥」
「病院? 女性を、怪我の手当てせず荷台に乗せてか」
澤木が黙る。公が続ける。
「あなた方はその女性を誘拐して、逃走の道としてこの道路を使った。‥‥そうですね」
記憶を読んだ彼女に勝ち目は無い。澤木は撃退士達を睨み、やがて、大きく舌打ちした。
「‥‥ちぇっ。なんだよ、ちょっと力があるからって良い気にさ? 言っとくけど、俺にもパワーが――」
「なんや、ちっさな銃が君の力なん?」
黒龍の声に、澤木が固まる。
「さっきハグした時、懐になんや堅いモンあったで。あの形、拳銃やろ?」
飄々と胸を指す黒龍に、澤木が、ぎりと歯を軋らせる。
「‥‥それが、分かったら何なんだよッ!!」
拳銃を抜く。銃口をメイドへと向け、躊躇わず引き金を引いた。
銃声。
高い音を立てて、道路に銃が落ちる。
煙を上げる突撃銃を構えたまま、一臣が澤木を見つめる。武器を撃ち落とされた澤木は、手を押さえ、茫然と目を剥いていた。
「‥‥楽しい事もしんどい事も、自己の責任と引き替えでさ」
一臣がアサルトライフルを消して、言った。
「過ぎた力は自分に跳ね返るんだわ、おにーさん」
澤木が歯を食い縛る。自分の力が、暴力が、自分に返ってきているようで不愉快だ。
素早く、地面の銃に手を伸ばす。だが彼の眼前で、拘束された長い腕が、ひょいと銃をかすめ取った。
「脆いなぁ、そちらさんのパワーてのはッ。うち等にとっちゃカス以下だッ」
暴食は、摘んだ拳銃を『口へと放りこむ』。唖然とする澤木を前に、ごりんと音を洩らし、彼女は青年に笑みかけた。
「その顔ッ! 悔しいかッ? うちが憎いかッ!」
「てめ‥‥」
「だったらアウル手に入れて学園に来いッ!」
暴食の言葉に、澤木が固まる。
「んで復讐しろよ、返り討ちにしてやっからよッ! きっちり足洗って、喰える体になってきなぁッ! 待ってるぜッ! ケラケラケラケラケラ!」
高く続く笑いに、澤木が目をしばたく。彼の前に公が立ち、語りかける。
「‥‥力を得て気持ちが良かったかと、お訊ねでしたよね」
切ないほどに、真摯な声だった。
「私はこの力を手に入れて嬉しかったことはありません。‥‥大きな力を手にするには、それ以上に責任や覚悟が必要なんです」
護るための覚悟。背負うための覚悟だ。公はそれを自覚し、心得ている。
「お前に、その覚悟はあったのか?」
智美の問いに、青年が黙る。覚悟など無い。彼は常に、奪い、裏切り、潰す側だったから。
往生際悪く、打開策を探す。助けを求め、視線を上げ――
「‥‥? おい、何してる‥‥?」
澤木の視線の先で、ニット帽がハンドルを握っていた。哀れそうに澤木を見下ろしている。
「おい‥‥俺を、助けろよっ!」
叫ぶ澤木。ニット帽は運転席から彼を見下し、呟く。
「無茶を言うな」
トラックが急発進した。
大型車が猛スピードで夜の道路へ走って行く。遠ざかる車のタイヤに、レフニーが銃を向けた。
傷つけるための力を、護るための力で止める。
「‥‥どんな力も使う者しだい、ですね」
銃の重みを胸に、彼女は静かに、引き金を引いた。
●珈琲と後日譚
「‥‥と、顛末はこんな所ですね」
カフェバー『スタジョーネ』。紅茶を飲みながら、公が語り終えた。
「逮捕された子達、しっかり反省してくれればいいわねぇ」
労うアビーを見つめ、「反省かぁ」と黒龍は呟く。
思い出すのは、あの晩の事だ。
澤木を拘束したのは、黒龍だった。私刑その他が許されていれば陰でアレコレしたい気もあったが、犯罪者なら好きにして良いという法も無い。
‥‥だから、最後に一つ。
「澤木君。力って物は、お手軽に手にできるモンやないで」
説教と共に、彼は『自ら』を澤木に見せたのだ。
無限に深く、真っ赤な眼。人のそれとは違う龍の瞳孔と、背から伸びる冥魔の翼――
ディアボロに襲われた若者が、眼前の男の正体が冥魔だと知った衝撃は、一体如何ほどだったろう。
「反省はしてくれたみたいやったで」
カフェオレを呑み、黒龍は頬を曲げる。青年が最後に浮かべた恐怖の顔を、他人事のように愉しみながら。
今日、彼らは報告がてらアビーの店に集まっていた。
犯人を騙す時の面々が本格的に詐欺師っぽくてアレだったとか、拳銃がいかに美味しくなくて良い子は真似しちゃ駄目なのかとか‥‥そんな話題で談笑する。
時が経つ。帰り際の黒龍が、ふと言う。
「アビーさん、やっぱりボクの昔馴染みに似とるわ」
「本当? 会ってみたいわね」
こくりと頷き、黒龍は扉を押し開ける。
「まぁ、きっと機会はあるで。また来た時も、よしなにや」
言葉の余韻を店内に残し、鐘の音と共に扉が閉まった。
〈了〉