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マスター:水谷文史
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/03/26


みんなの思い出



オープニング

●窓から夕焼けの日差しが射す部屋で

 うめき声。
「や、やめてくれ……」
「やめねーよ。金出せって言ってるじゃん」
「い、家にある金はそれで全部だ……他は銀行に…………」
 老人が殴られる。
 ここは、少し豪華な洋風邸宅の一室だ。手足を縛られた老紳士と若い侍女が、暖色のカーペットの上に転がっている。
 老人を殴った軍手をさすりながら、青年は、マスクの奥から退屈げに息を吐いた。
「そういう誤魔化し面白くないよー。ほら、やり直し。お爺ちゃん、お金ー」
「やめてくれ……なぜ……こんなことを…………」
 老人がまた殴られる。
 後方では、青年の仲間がメイドの腹を蹴った。
 青年が首を傾げる。
「なんで、か? いい質問じゃん。そう、俺は金に困ってない。だからこれは娯楽と、ちょっとした自尊心の回復ってヤツよ」
 青年はメイドに歩みより、ジャケットの内側から拳銃を取り出した。
 悲鳴を飲み込んだ老人とメイドに青年は笑う。
「拳銃だ。パワーだ。本物だよ」
 茶の瞳を歪め。
「俺には力があるじゃん? 力があったら使いたいじゃん? 力を使うには、無力なヤツが相手の方が 気持ちいいじゃん? だから、強盗してまーす」
 メイドの頬に銃口が押し付けられる。
 何も言えず、絶望した様子の老人に、青年は溜め息をついた。
「あぁ‥‥お金マジでないんだね。でもでも、俺だってせっかく強盗したんだし戦利品欲しいよ。銃買ったから、明日遊ぶ金も無いしさ」
 青年は仲間に目で指示をする。
 ニット帽をかぶった屈強な男がメイドを担ぎ上げた。
 老人がうめく。
「な、なにを……?」
「誘拐だね。見れば分かるでしょ。期限は明日の夜。それまでに金、準備しろよ」
 通報したらお手伝いさんが、ぐちゃっ、ってなるからね。と。
 青年はもう一度老人を殴り飛ばしてから、嬉々と邸宅を出た。


●そんな惨劇の前日。カフェバー『スタジョーネ』


 ある邸宅で強盗と誘拐が行われる前日、あるカフェでは無関係のコーヒーが淹れられていた。
「……ということで、これが、いま斡旋できる依頼よ。県境の道路に出た野良ディアボロの討伐ねー」
 ソムリエエプロンをつけた長身の店主『アビー』こと阿辺 弘明 (jz0059)が、依頼書のコピーを撃退士に達差し出す。
 淹れたコーヒーを振る舞い、にこりと微笑む。
「先週から、ここを通る大型車が野良ディアボロ達に襲われるようになったの。フリーの撃退士が一人で向かったけど、待っていましたとばかりに天魔に反撃されて撤退。怪我を負って帰還した彼が持ち帰った情報のおかげで敵の能力は割れてるわ」
 ……毎度のこと、この店主はどうして学園が知らない所で依頼を斡旋できるのか。
 完全に独自に。それも、アビー自身はいつも店にいるのに。
 無論、それを問うても、
「アタシの人脈をあなどってもらっちゃ困るわよっ!♪」
 と可愛くも無いウインクが返ってくるだけである。不毛だ。
「この道路、今は通行止めになってるのよ」
 とアビーが続ける。
「天魔がらみで危険だものね。封鎖に使われているのは鎖とかだけ。人が入らないように見張っている警察や警備員さんもいないし、一般人を気にせず戦えるわ。……どうかしら? この依頼、受けてみる?」
 アビーはカウンターの向こうで腕を組み、撃退士たちに微笑みかけた。
 依頼を求めてやってきた彼らは、今一度検討し、温かいコーヒーを啜る。
 そして。


●当日。依頼と事件と偶然のある日


「ばーんっ」
 青年が撃った弾丸が、道路を封鎖していた鎖を破壊する。
 夜。
 無人の県境の道路に、一台の車が侵入する。
 理由は分からないが封鎖されているらしいこの道路は、犯罪者である彼らにとっては恰好の逃げ道に思えた。
「いいのか澤木、人なんかさらって」
「ビビんなってー。こっちにはパワーがあんだからさ」
 配達業者用のトラック。ハンドルを握るニット帽の男の質問に、青年――澤木(さわき)は笑う。
「今ごろ荷台の女の子はどうしてるかな? わりとボコったし、逃げようなんて思えないよなー」
 拳銃を玩具のようになで回す澤木。
 その残虐趣味に、いささか辟易とするニット帽。
 その眼前。
「む……」
 道路に立っていた人影に、ニット帽は思わずブレーキを踏んだ。澤木が顔をしかめる。
「どーした?」
「人だ」
「轢けよー」
「無茶を言うな……」
 澤木はトラックから飛び降り、黒フードの人影に近づいた。力無く立ち尽くし、反応する気配も無い黒衣の人物。
 澤木は思わぬ不審者にほくそ笑む。買ったばかりの「パワー」の見せどころに、愉しくなった。
「ほらほら、お兄さん危ないよー。車に轢かれたらどうするのー?」
 拳銃を取りだし、そっと銃口を人物に向けてみる。
「まぁ‥‥轢かれなくっても、危ないことは起こるんだけどねー」
 脅して笑おうとした、その直後だ。

 黒フードの男の両腕がはじけ飛んだ。

「は……?」
 筋肉を突き破って肥大化した骨。それがつくる異形の巨腕が、拳を握りしめて道路まで届く。
 ばさり、と脱げた黒フードから現れた顔は、人間の面影を失った腐肉ののっぺらぼうだ。
「は……あぁっ?」
 正体を明かした天魔に澤木は仰天する。
 咄嗟に引き金をひくも、銃弾は巨腕兵の体を通過し、あっけなく闇に消えた。
「あらっ? なんで当たらないんだよ……」
 冷や汗が滲む。しかし、その時。
 澤木は前方――ディアボロの後方の道路に、それをみた。
 空間のゆがみから出現した七人の人影。
 澤木の脳裏に浮かぶのは、久遠ヶ原学園の存在だ。
 撃退士。
 彼らが、天魔を退治してくれる。
「はは……運もパワーの内ってヤツ?」
 思わず笑んだ。
 彼らは澤木たちの正体を知らない。無垢なる被害者を装えば、助かる自信があった。
 そしてその後は、俺のパワーで奴等をどうにでも――。
「た、助けてくれーっ!」
 拳銃をジャケットに隠し、叫びをあげた。我ながら、なかなか上手い演技だ。



リプレイ本文

●月夜

「およ? ‥‥ヒトがいる?」

 到着の直後。新崎ふゆみ(ja8965)が夜の道路に目を凝らして呟いた。
 視線の先には、手を振って助けを求める青年が一人だ。
「あれ?  この道って封鎖されてたんですよね?」
 Rehni Nam(ja5283)も首を傾げる。
「封鎖できていない山道でもあったのでしょうか。でも、普通そんな道通らない、ですよね‥‥?」
「せやねぇ。貰うた情報と違うわ」
 困った風でもなく蛇蝎神 黒龍(jb3200)。細く閉じられた目が、青年に近づく巨腕兵を捉える。
「鎖を外して入り込んだのかな」
 何でまた‥‥と加倉 一臣(ja5823)も光纏。展開した阻霊符を上着に仕込み、まずはお仕事と気を切り替える。
「とりあえず、天魔を討伐しないことには話は進まないですね」
 怪しみつつも頷いて、紅葉 公(ja2931)が雷帝霊符を取り出す。
「ああ。一般人が襲われてるなら、退治は当然だ」
 礼野 智美(ja3600)が応じ、青い瞳に守るべき対象を確と映した。
「ケラケラケラ! 人ッ子でも天魔でも、喰いモンはどなたでもウェルカムですわッ!」
 ハートの瞳孔をぱちくりとさせ、革帯 暴食(ja7850)が笑う。
「‥‥難しい事は後で考えましょう。今は天魔退治です!」
 白銀の槍を構えるレフニー。星の輝きで周囲を照らす。
 想いは一つ。私達の力は、人を守る為にあるのだからと。


●Greifen.


「こっちだ!」
 一臣が放った弾丸が巨腕の兵の注意を自らに引き付けた。同時に騒ぎ出した上空の蝙蝠達に、青白い靄を纏うレフニーがコメットを放つ。
「チャンス、だねっ★」
 降り注ぐ彗星に呑まれた天魔達を余所に、ふゆみとレフニー、そして暴食が巨腕兵の脇を駆ける。‥‥が、敵も流石の戦闘種族。グライフェンは即座に反応し、巨なる右腕をふゆみの側面へと突き出した。
「わっと!」
 進行方向へ打ち込まれた巨指を、ふゆみは急ブレーキをかけ回避。頬を膨らませ、巨腕兵の懐へ飛び込み――
「ふゆみ必殺☆どどーんっ!」
 掌底を放った。鈍い音と共に、巨体が一臣たちの方へとノックバック。巨腕でバランスをとる敵の頭上から、隕石を逃れた蝙蝠達がレフニーへ襲い掛かる。
「ケラケラケラ! 喰い合うならうちとしろやッ!」
「革帯さんっ!」
 レフニーを庇った暴食は、敵と牙同士でじゃれ合う有様。噛まれ、命を吸われ、噛み返し、引き剥がす。
 カラーボールで蝙蝠達の色分けを行っていた智美へも、黄に塗られた蝙蝠が飛来。纏わりつく牙を智美は躱す。
「かーっこいー」
 そんな光景を、澤木は笑んで眺めていた。
 暴食が高々と足をあげ、グライフェンの骨腕を強烈に踏みつける。青年が口笛を吹く。その時だ。
「君、名前は何て言うん?」
 傍からの声に、はっとする。無音にて接近した黒龍が、いつの間にか隣に立っていた。
「澤木君かぁ。君ら、二人だけなん?」
「‥‥そだよ。見ての通り」
 澤木が笑う。同時に、公のファイアーブレイクが三匹の蝙蝠を纏めて包んだ。
 炎が照らす戦場を駆け抜け、レフニーも澤木の前に到達する。息を整える事ももどかしく、澤木の無事を確認し、安堵した。
「護衛のために、運転手の方にも出てきて頂けないでしょうか?」
 透過能力の説明を含めた彼女の提案に、従う青年達は何故か渋々としていた。レフニーは胸中、わずかに首を傾げる。
(やっぱり、何か怪しいのです‥‥)
 理由は分からない。根拠も薄い。
 しかし、と思うのは智美も同じ。
(道路は封鎖されていた筈‥‥急ぎの配送業者だとしても、鎖を外してまで侵入するか?)
 銃声が鳴り、思考は途切れる。一臣のストライクショットが、巨腕兵の肩の肉を砕いた音だ。
(‥‥ともあれ一般人は守らないと)
 戦場の空気を吸い直す。瞳に宿る意気と共に、闘気を解放。
 眼前の敵を屠る以外に、疑念を晴らす術は無い。





 扇と流星が蝙蝠を屠り、それでも牙達が傷を癒す。
「‥‥しぶといね。随分と」
 一臣が呟き、放つ銃弾で巨腕兵の背を射抜く。
 幾度攻撃を浴びせても蝙蝠が巨腕兵を回復させ、足止め以上の効果は薄い。だが、そんな邪魔な補助役も、公らの奮闘によって残り2体に減っていた。
「回復、追いつかへんやろ?」
 立ち回る黒龍が、まるで扇でも扱うかの様に天魔図鑑を開く。
「敵認識能力があるんや、脳はありそうやな。脳震盪(スタン)は通じるか?」
 言うや否や、白い矢を敵の頭へ射出。迫る矢じりを敵は顔を傾けて躱す。その直後。
「ふゆみ必殺★ずばばーんっ!」
 ふゆみが刀で、巨腕兵の脇腹を薙ぎ払った。唸る天魔は拳を握りしめ、人間の胴を越える太さの巨腕を大きく横に振って彼女を弾く。
「そちらさん、もっと丁寧に扱いなさいサッ!」
 叫ぶ暴食は、たった今振られた天魔の手に掴まれている。万力で握り込まれながら、しかし彼女の笑みは狂気じみ、潰され、倒れず、ただ餓えた。
「ランチタイムだッ!」
 ぐありと顎門を開き、飢餓の牙を天魔の虎口に突き立てる。骨の手の一部が、めきりめきりと音を立て――
 バキン、と砕かれた。唸る巨腕兵を救うべく、何度目か蝙蝠が降下する。
「させません!」
 声と共に飛来する雷の刃。公による雷帝霊符の一撃が、一体の蝙蝠を宙で蒸発させる。――だが、敵はもう一体残っている。牙を剥き巨腕兵へと飛ぶ蝙蝠。その胴体を、ばすん、と飛来した扇が断ち斬る。
「終わりだな」
 扇をキャッチし、智美が呟く。最早、天魔に回復の術は無い。
 ふゆみが日本刀を構え、地を蹴った。手負いの巨腕兵は暴食を放り投げ、交差させた骨腕で、振られたふゆみの刀を弾く。
「背中がガラ空きってね」
 一臣がストライクショットで、弾丸を背から胸へと貫通させる。
 ひゅん、と空を切る音。体勢を崩していた巨腕兵は骨腕を上げ、黒龍のシュトルムエッジを受け止める。
「まだ耐えるん? 苦しゅうないの?」
 微かに頬を曲げる黒龍。グライフェンは唸り、ふゆみを掴み捕えんと右手を伸ばす。その指が彼女に届く、まさにその瞬間だ。
 骨腕の側面に弾丸が弾けた。
 一臣の回避射撃だ。逸れた腕をふゆみが躱し、代わりに暴食が、天魔の懐へ飛び込む。大口を開け、天魔の肩口に牙を埋め、上から下へ、敵の腰までの肉を削ぎ切った。
 両腕を広げ、グライフェンが夜空に咆哮する。それと同時、天魔の胸を、飛来した白い槍が貫いた。
 レフニーのヴァルキリージャベリンだ。巨腕兵は立ち尽くし、ぐらりと身を揺らして崩れる。
「これで依頼は終了‥‥か」
 静かに呟く智美。視界の隅では、命を拾った澤木が笑んでいた。





「怖かったでしょー、もう大丈夫やでー」
 黒龍が澤木に抱きつく。青年はぎょっと逃れ、ニット帽は早々にトラックへと戻った。
 天魔事件も終わり、最早彼らを拘束する理由も無い。

「ね。怪物と戦えるパワーがあるって、気持ちいいの?」

 異様に馴れ馴れしく、青年が撃退士達に話しかけた。やや違和感を覚えつつも、レフニーは彼から離れる。
(心配は杞憂だったのです‥‥?)
 兎に角、今は、敵の全滅の確認が先決だ。生命探知の為に集中する。
 道路に天魔の反応は無い。両脇の森も同じ。反応があるのは撃退士達と、青年、運転席のニット帽男と、‥‥『もう一人』。
「えっ?」
 荷台からの微弱な反応にレフニーは声を失う。澤木は、いるのは二人だけと言ったのではなかったか?
「あー、パワーの話も良いけどさ」
 一臣が暢気に続ける。
「そういえば君達、どうしてこの道路に――」
「‥‥オレンジ。ちょっといいのです?」
 レフニーが一臣を呼ぶ。距離をおいて会話を聞いていた公の元へ集まり、事情を話した。
 澤木の前にはふゆみが残った。仲間達が何やら動き出した事を悟り、彼女は『アウトロー』を発動。黒い笑いを浮かべ、時間をかせぐべく語り出す。
「確かに、こうゆうチカラがあったら‥‥ちょっぴり、ユーエツカンだよねっ★ミ」
「へえ。じゃあさ、パワーを手に入れた日のことって、覚えてる?」
 その、雑談の裏で。
「‥‥成程ね」
 話を聞いた一臣が、トラックに鋭敏聴覚を発動。物音や独り言を逃さぬように、耳を凝らす。
『手に入れた日? うーん、いきなり現れたんだよっ。よくわかんないうちにねっ★』
 これはふゆみの声だ。ニット帽は無言。荷台に集中する。
 無音だ。何かがいるとは思えない。‥‥いや、微かに、物音がする? さらに集中。雑音を排し、耳を鋭くし、そして。


『うぅ‥‥』


 微かに、呻きが聴こえた。
「‥‥どういうことです?」
「分からない。強引に開けるってのも‥‥なんだかね」
 顔を見合わせるレフニーと一臣に、公が「それなら」と名乗りをあげる。
「私が‥‥なんとかしてみます」

「そのパワー、俺も手に入るかな?」
 ふゆみの語りに興味を持ったように澤木が言った。戻ってきた一臣が、軽快に微笑みかける。
「お? おにーさん、アウルに興味ある? なら、ちょいと簡易チェックしてみない?」
「チェック?」
「私でしたら、触れるだけであなたにパワーがあるか分かります」
 公が、歩み出て、光纏した。澤木は、用心深げに車内を一瞥する。ニット帽が首を横に振る。
「あれ、やめるん?」
 黒龍が口端を上げて囁く。
「いつでも出来るもん違うよ。紅葉ちゃんみたいな子が居るんは珍しいんやで」
 その言葉は正に悪魔の甘言。蠱惑な響きに、澤木は仲間の制止も無視して頷いた。
「では‥‥」
 早まる鼓動を抑え、公が澤木の額に触れる。発動するスキルは『シンパシー』。
 嘘も方便。これをしないと真実は掴めないのだから。
 やがて、公の脳裏に澤木の記憶が流れ込む。
「っ‥‥」
 唐突に視えたのは、老人とメイドに振るわれる暴力の光景。思わず息を呑みつつも、動揺を悟られぬよう、公はぐっと力を――
「どうしたの。なんか、分かっちゃった?」
 声。はっと目を開けると、眼前に澤木の顔があった。
「‥‥皆さん」
 公の呟きに、澤木が首を傾げる。

「荷台を開けてください! 中の女性は、この人達に誘拐された被害者です!」

 澤木が目を大きくする。その背後で、暴食が荷台の鍵を喰い壊した。
 開かれた扉から、智美がメイド服の女性を抱き出す。痛々しいその姿に目を細め、彼女は澤木を睨む。
「どういうことだ?」
「あー、いや、病院に運ぶ途中で‥‥」
「病院? 女性を、怪我の手当てせず荷台に乗せてか」
 澤木が黙る。公が続ける。
「あなた方はその女性を誘拐して、逃走の道としてこの道路を使った。‥‥そうですね」
 記憶を読んだ彼女に勝ち目は無い。澤木は撃退士達を睨み、やがて、大きく舌打ちした。
「‥‥ちぇっ。なんだよ、ちょっと力があるからって良い気にさ? 言っとくけど、俺にもパワーが――」
「なんや、ちっさな銃が君の力なん?」
 黒龍の声に、澤木が固まる。
「さっきハグした時、懐になんや堅いモンあったで。あの形、拳銃やろ?」
 飄々と胸を指す黒龍に、澤木が、ぎりと歯を軋らせる。
「‥‥それが、分かったら何なんだよッ!!」
 拳銃を抜く。銃口をメイドへと向け、躊躇わず引き金を引いた。


 銃声。


 高い音を立てて、道路に銃が落ちる。
 煙を上げる突撃銃を構えたまま、一臣が澤木を見つめる。武器を撃ち落とされた澤木は、手を押さえ、茫然と目を剥いていた。
「‥‥楽しい事もしんどい事も、自己の責任と引き替えでさ」
 一臣がアサルトライフルを消して、言った。
「過ぎた力は自分に跳ね返るんだわ、おにーさん」
 澤木が歯を食い縛る。自分の力が、暴力が、自分に返ってきているようで不愉快だ。
 素早く、地面の銃に手を伸ばす。だが彼の眼前で、拘束された長い腕が、ひょいと銃をかすめ取った。
「脆いなぁ、そちらさんのパワーてのはッ。うち等にとっちゃカス以下だッ」
 暴食は、摘んだ拳銃を『口へと放りこむ』。唖然とする澤木を前に、ごりんと音を洩らし、彼女は青年に笑みかけた。
「その顔ッ! 悔しいかッ? うちが憎いかッ!」
「てめ‥‥」
「だったらアウル手に入れて学園に来いッ!」
 暴食の言葉に、澤木が固まる。
「んで復讐しろよ、返り討ちにしてやっからよッ! きっちり足洗って、喰える体になってきなぁッ! 待ってるぜッ! ケラケラケラケラケラ!」
 高く続く笑いに、澤木が目をしばたく。彼の前に公が立ち、語りかける。
「‥‥力を得て気持ちが良かったかと、お訊ねでしたよね」
 切ないほどに、真摯な声だった。
「私はこの力を手に入れて嬉しかったことはありません。‥‥大きな力を手にするには、それ以上に責任や覚悟が必要なんです」
 護るための覚悟。背負うための覚悟だ。公はそれを自覚し、心得ている。
「お前に、その覚悟はあったのか?」
 智美の問いに、青年が黙る。覚悟など無い。彼は常に、奪い、裏切り、潰す側だったから。
 往生際悪く、打開策を探す。助けを求め、視線を上げ――
「‥‥? おい、何してる‥‥?」
 澤木の視線の先で、ニット帽がハンドルを握っていた。哀れそうに澤木を見下ろしている。
「おい‥‥俺を、助けろよっ!」
 叫ぶ澤木。ニット帽は運転席から彼を見下し、呟く。
「無茶を言うな」

 トラックが急発進した。

 大型車が猛スピードで夜の道路へ走って行く。遠ざかる車のタイヤに、レフニーが銃を向けた。
 傷つけるための力を、護るための力で止める。
「‥‥どんな力も使う者しだい、ですね」
 銃の重みを胸に、彼女は静かに、引き金を引いた。



●珈琲と後日譚


「‥‥と、顛末はこんな所ですね」
 カフェバー『スタジョーネ』。紅茶を飲みながら、公が語り終えた。
「逮捕された子達、しっかり反省してくれればいいわねぇ」
 労うアビーを見つめ、「反省かぁ」と黒龍は呟く。
 思い出すのは、あの晩の事だ。

 澤木を拘束したのは、黒龍だった。私刑その他が許されていれば陰でアレコレしたい気もあったが、犯罪者なら好きにして良いという法も無い。
 ‥‥だから、最後に一つ。
「澤木君。力って物は、お手軽に手にできるモンやないで」
 説教と共に、彼は『自ら』を澤木に見せたのだ。
 無限に深く、真っ赤な眼。人のそれとは違う龍の瞳孔と、背から伸びる冥魔の翼――
 ディアボロに襲われた若者が、眼前の男の正体が冥魔だと知った衝撃は、一体如何ほどだったろう。

「反省はしてくれたみたいやったで」
 カフェオレを呑み、黒龍は頬を曲げる。青年が最後に浮かべた恐怖の顔を、他人事のように愉しみながら。
 今日、彼らは報告がてらアビーの店に集まっていた。
 犯人を騙す時の面々が本格的に詐欺師っぽくてアレだったとか、拳銃がいかに美味しくなくて良い子は真似しちゃ駄目なのかとか‥‥そんな話題で談笑する。
 時が経つ。帰り際の黒龍が、ふと言う。
「アビーさん、やっぱりボクの昔馴染みに似とるわ」
「本当? 会ってみたいわね」
 こくりと頷き、黒龍は扉を押し開ける。
「まぁ、きっと機会はあるで。また来た時も、よしなにや」
 言葉の余韻を店内に残し、鐘の音と共に扉が閉まった。


〈了〉


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 優しき魔法使い・紅葉 公(ja2931)
 前を向いて、未来へ・Rehni Nam(ja5283)
 JOKER of JOKER・加倉 一臣(ja5823)
重体: −
面白かった!:4人

優しき魔法使い・
紅葉 公(ja2931)

大学部4年159組 女 ダアト
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
グラトニー・
革帯 暴食(ja7850)

大学部9年323組 女 阿修羅
ひょっとこ仮面参上☆ミ・
新崎 ふゆみ(ja8965)

大学部2年141組 女 阿修羅
By Your Side・
蛇蝎神 黒龍(jb3200)

大学部6年4組 男 ナイトウォーカー