●
「林の中の妖精、ねえ‥‥天魔じゃなきゃメルヘンで終わるのにな」
後頭部に腕を組んで歩きながら月居 愁也(
ja6837)が言った。
「妖精でも妖怪でも構わないが、天魔とあれば見過ごすわけにはいかないな」
と、並んで歩く夜来野 遥久(
ja6843)が続く。暗い雑木林に、潜んでいる筈の天魔を警戒しながら。
その後方では、桝本 侑吾(
ja8758)が考えを巡らせていた。
(証言者の発言が一致せず、か‥‥)
今回、最も不可解なのは全くそこだ。
「‥‥考え事ですか。熱心ですねえ‥‥」
隣から加茂 忠国(
jb0835)に声をかけられる。侑吾はスマートホンを取り出し、応じた。
「ええ‥‥例のザントマンなんですけど、デンマークにも似た妖精がいるんですよ。
そっちは二人兄弟で構成されているらしくて、今回の敵を考えるヒントになる気がしたんです」
「なるほどな」
と、声をはさんだのはルーノ(
jb2812)だ。
「サーバントが人間界の神話生物と似ることは多いと聞く。侑吾の観点が正しければ、あるいは今回も――」
こくりと頷く侑吾。
短く息を吐き、ルーノは忠国に目をやる。
「どうした。先ほどから、元気がないな」
「ええ‥‥超やる気でないです」
白スーツの肩を激しく落とし、鬱々と俯きぎみの忠国は言った。
「依頼者は男。斡旋者も男。まぁここまでは百歩譲って良いとしましょう。‥‥ですが。ですがね」
ふ、と口元を震わせ。
「依頼同行の方が皆男っておかしいでしょおおおお!!」
叫んだ。身を反らして仲間を指す。
「美少女いっぱいの久遠ヶ原でこれって一体どんな確率ですか! これでやる気が出るわけがないですよ!」
「うるせぇな‥‥くだらねぇことで騒ぐな」
列の最後方。ルチャーノ・ロッシ(
jb0602)が熱の無い声で言った。呆れすら見せぬ彼の無表情は、並の人間なら逃げ出す威圧感がある。
歩き続けて数分後。
「‥‥あれか」
木々の向こうに現れた建造物に、ロッシが足を止めた。
「二階の窓の鉄格子に、一階に一つのみの入り口。間違い無さそうですね」
「ん、じゃあ‥‥。改めて、今回はよろしく」
遥久の発言に、侑吾は軽く茶の髪を掻いた。
「‥‥まぁ、お仕事はお仕事ですからねぇ‥‥‥‥ん?」
芝居がかった落胆を崩さぬ忠国が、ふと振り向く。
ああ、と。同じく気付いたルーノも、六人の後方に立った影を見とめる。
「来たか」
闇を背に、煤けたオーバーオール姿の老人がぽつりと立っていた。
大きな麻袋を引きずる太った体。異様に長い腕を除けば、まるでサンタクロースのようだ。侑吾が展開していた阻霊符に、天魔は奇襲のチャンスを奪われたらしい。
「見た目、全然メルヘンじゃないな」
苦笑しつつ、愁也も対峙。パルチザンを具現化させ、後ろ手に構えて敵を見据えた。
「さてと。じゃあ、ここは引き受けるんで! その隙にルーノさん達は廃屋に急いでください!」
新しい獲物を喜ぶように、目玉の飛び出たザントマンが歯を軋らせて笑い声を上げた。
ロッシは怪人に拳銃を向け、吐き捨てるように。
「こんな化物が現実にいる、てぇのが、俺には胸糞悪いんだがな」
閃いたマズルフラッシュが、彼の横顔を照らす。
●
ポーチを狙った銃弾を躱した怪人は、麻袋が宙に浮くような速度で撃退士達に接近した。
「っ、見た目より早いな‥‥!」
敵の後方に回り込むべく駆けていた愁也が声を上げる。
ロッシの眼前に到達したザントマンが拳を放つ。咄嗟に交差させた腕でそれを受けたロッシは、鈍く重い痛みを顔に出さず、場馴れした調子で体勢を立て直した。
瞬間。遥久の『星の輝き』が、林の闇を急速に取り払う。
「今だ、愁也!」
「ナイス、遥久っ!」
雪を蹴散らして跳躍した愁也がパルチザンでザントマンの腰を狙う。闘気解放、背後からの奇襲、視界の確保が相まって、紅蓮の一閃はポーチの紐を見事に切断した。
ぐりゅん、と目を回した天魔が、慌ててポーチを掴む。崩れゆくそれから、何とか六つの光球を握り出した。
飛び立った青白いウィスプ達に遥久は盾を構える。
「ロッシ殿、敵の自爆にご注意を」
光球の一体が、ふわりとロッシに飛来する。蔑視にも似た視線をウィスプに投げ、彼は距離を取りつつ、オートマチックSA6を構えた。
「人型でいやがる癖に、満足に殴り合いもできねぇと来てる」
光球の中心に照準を合わせ。
「小細工か、面倒くせぇ」
トリガーを引く。
飛んだ弾丸がウィスプを貫通。一瞬遅れて、硝子が砕けるような音と共に消滅させた。
だが、それを越えて。
もう一体のロッシの眼前に到達したウィスプが、ぽぅ、と息を吹きこまれたかのように膨れた。
はっと気付いた遥久が駆ける。天魔が熱されたガラス玉のように光り、膨張して――。
爆発した。
青白い爆風を、遥久が盾でかばう。制服と皮膚が焼かれるが、ロッシを守ることに成功する。
そして、熱を感じながらも遥久は、ある重要な問題の答えを得ていた。
召喚されたウィスプに、爆発の徴候はあるか?
「‥‥膨張か」
遥久が呟いた。
「ウィスプは自爆の前に膨張する。アビー殿に持ち帰るデータが取れましたね」
●探索組
開戦時、侑吾と忠国、ルーノは廃屋に駆けていた。
「あの鉄格子から中が覗えるな」
見上げたルーノの背に光り輝く天使の翼が出現する。侑吾達が地で警戒するなか、飛翔した。
二階の窓に一気に近づく。鉄の錆が見えるくらいに格子に接近した、その時だ。
内側から伸びた白い手が、格子を掴む。
「!」
思わず身構えるルーノ。だが、暗闇に浮かんだのは痩せた少女の顔で。
「たす‥‥け‥‥‥‥」
人間だ。部屋の奥にも数人の気配がする。
(サーバントに捕えられた人々か)
ルーノは眉を顰め。
「すぐに助ける。待っていろ」
呟いて、降下する。
猶予は無い。忠国達と合流し、すぐに懐中電灯をつけて廃屋に突入した。暗い階段を一気に駆け上がり、三人は例の鉄格子の部屋までたどり着く。
鍵がかかっている。
侑吾が扉をノックした。
「あー、中の人、聞こえる? 五秒後にこの扉壊すから、出来るだけ離れて」
宣言。そして、実行。
三人揃っての蹴りが、木製の扉を粉砕する。
室内に突入すると、四人の人間がいた。
「全員、無事か?」
ルーノが彼らを見渡す。気を失っている中年男性に、気弱そうな癖毛の少年。彼に寄り添う、おさげ髪の小学生女子‥‥。
少女が瞳に光を灯らせた。安堵に唇を綻ばせて。
「た、助けに来てくれたん――」
それを、遮って。
「幼女万歳っ!!」
忠国が歓声を上げた。猛烈な速度で少女の前に跪き、手を少女に差し出す。
「待ちに待った女の子! あぁ! 麗しの我が姫‥‥お名前は?」
「り、理子だけど‥‥」
「理子よ! 私は貴女で出会うためだけに生まれたと言っても過言ではない! どうか、その唇にちゅーさせてくださーい!」
がばん、と覆いかぶさらんとする忠国。悲鳴をあげた理子と少年・春太の脚が、忠国の顔面を蹴り飛ばした。
床に転がった三十路男に、入り口に立ち尽くした侑吾とルーノが嘆息する。
そして。
そんな二人の背後にザントマンが立っている。
ぐん、と容赦なく振り下ろされた巨腕が、破砕音を響かせて、一瞬前まで侑吾が立っていた床を叩き割った。
目を剥く怪人。躱した侑吾は、床に手をついて天魔に苦笑した。
「ああ‥‥やっぱりか」
推理の結果。一致しない目撃証言。その矛盾に答える、あまりにも単純な可能性に気付いていた。
証言は全て正しかった。ザントマンは1体ではなくて――。
「こいつら、最初から2体組(ザントマンズ)だったんだ」
帽子頭のやせ形の怪人が咆哮を上げる。戦う気は満々らしい。
「少し、ここは狭いですねぇ」
サングラスの奥で目を細め、忠国はクロスボウを窓のある壁に向けた。
バシュン、と一発。コンクリートに罅を入れた矢を、さらに靴の底で蹴る。
「‥‥来いっ」
侑吾に挑発されて、怪人は唸りを上げてポーチに手を突っ込んだ。室内を照らすのは、六つのウィスプ。
ルーノと忠国で一般人を担ぎ上げる。
室内中央に到達したウィスプが、ぽぅ、と膨張して――。
●
屋外。
ザントマンの紫色の砂が、愁也を睡眠に落としていた。
地に刺した槍に体を預け、寝息を立てる彼にウィスプ達が迫る。
親友の危機に遥久が走った。迅速に接近し、凧形の装甲盾を構えて、
盾で、思い切り愁也の頬を殴った。
「ぐぉああっ!?」
愁也が派手に転がる。遥久は冷静に。
「起きたか」
「起きたか、じゃねえよっ! 盾の使い方間違ってんだろお前!」
「俺の手が痛いからな。丁度良かった」
事も無げな遥久に、涙目で猛抗議する愁也。そこに、三体ものウィスプが飛来する。
膨張。そして。遥久の眼前で、全て同時に爆発した。
「く‥‥」
遥久が呻く。一体分の爆発は抑えた。しかし二体目の爆風は素通り。三体目も、位置的に自分への衝撃を殺すので精一杯だった。
焦げ、煤けた二人を、ザントマンが大口を開けて笑う。
「こんにゃろ‥‥!」
頬に流れる血を拭い飛ばし、愁也が地を蹴った。拳で迎撃せんとする怪人に、パルチザンを振りかぶり。
「おらぁあああっ!」
真正面から薙ぎ払いを放った。
ザントマンの右肩から左腰へ紅い線が刻まれる。衝撃に痺れた怪人が地に膝をついた。
その眉間に、ロッシが銃口を押し当てる。
「‥‥化物にも痛覚、てぇのはあんのか?」
呟く疑問。冷たい瞳。
「まぁ、どうでもいいがね」
銃声。
放たれた弾丸がザントマンの脳天を貫通する。宙に腕を伸ばして仰け反った巨体は、地に落ちると同時に砂となってかき消えた。
そして、その、直後だ。
廃屋で爆発が起こった
爆風を突き破って、一般人をかかえた忠国とルーノ、一瞬遅れて侑吾が飛び、着地する。間一髪で壁を破壊し離脱した為、怪我は少ない。
だが、安堵の時もまた短く。
ぼっ、と瓦礫の二階から跳躍したザントマンが、落下の勢いを殺さずに、拳で侑吾の頭を殴りつけた。
「ぐぁ‥‥っ!」
視界の揺れに顔をしかめつつ、侑吾は距離をとり大剣を構える。即座に、剣魂で傷を癒した。
理子を抱えていた忠国に、春太が駆け寄る。
「理子、早く逃げよう‥‥!」
救い出すように少女の手を引く春太。忠国は芝居じみた風に笑み。
「成程、ボーイフレンドがいたわけですか」
ぽん、と春太の背を叩き、忠国はザントマンにボウガンを向ける。
若人の恋路を助けるのも、たまには粋というもの。
「理子ちゃんのことは君に任せましたよ。私は勝てない恋はしない主義でね」
放つ矢で怪人の肩を削る。
続々と二階から降ってくるウィスプを、接近したロッシが射撃で破壊。ルーノもレラージュボウを具現化させ、放つ矢で一体を砕く。
しかし、猶もすり抜けた光球が、侑吾の頭上で炸裂する。
「‥‥っと」
爆風が襲うも、侑吾は的確に上半身を低めて回避した。
ザントマンがさらに唸りを上げて、振った袋から紫の粉を撒き散らす。
侑吾は咄嗟に息を止め免れる。が、ウィスプに集中していたロッシは舌打ちして膝を折った。
「厄介だな」
侑吾が眠ったロッシに駆け寄る。彼の強面に、一瞬の躊躇を覚えるも。
「‥‥恨みっこナシってことで」
緊急事態だ。張り手を、思い切り振った――――が。
ロッシの左手が、侑吾の右手首を掴んで止めた。
「へ?」
事態を呑み込めぬ侑吾の前で、ロッシの右手が銃を持ち上げる。自らの腿に銃口を当て、無意識に――――撃った。
雪に鮮血が散る。覚醒し、身を起こしたロッシは唸るように言った。
「目を休めただけだ」
「‥‥‥‥」
何事も無かったかのように立ち上がり、ロッシが銃撃でウィスプを屠る。
残った最後の一体も、ルーノが放った矢に貫かれ消滅した。
「ど、どこまで逃げるの!」
春太の手を振りほどき、理子が言う。
「せっかくスリルをさがして来たんでしょ? なのに――」
「なるほどね。それで、天魔に攫われたのか」
闘気解放と回復を負えた愁也と遥久が、二人の傍に立つ。
「楽しいことは、退屈に見える毎日の中にいっぱいあるんだぜ? 危険につっこむ前に、まずは日常を見直すのも悪くないよ。今日だって、怖かったろ?」
う、と詰まる理子に、愁也は繊細な微笑みを浮かべた。
「非日常は怖いよ」
遥久を指して。
「だからお兄さんも、早く帰ってこの人に暖かいコーヒーを奢って貰うんだ」
「おい」
「盾で殴った分、償ってもらうんだ」
「良い顔で言うな。奢らないぞ」
きょとんとする子供達に、愁也は笑いかけ、遥久は肩を竦め。同時に、地を蹴った。
愁也達の急接近にザントマンが括目する。が、もう遅い。
パルチザンによる薙ぎ払いが天魔の体を弾き飛ばす。舞った怪人を、落下点にいた侑吾がクレイモアのスマッシュで打ち返した。
そして遠距離。
宙で白目を剥く天界の眷属に、天使として、レラージュボウを引き絞ったルーノが狙いを定め――。
「終わりだ」
薄暗い雑木林に奔った光の軌跡が、ザントマンの頭部を破壊した。
断末魔。
響く鋭い弦音と共に、怪人の体が煌めく砂に霧散する。
町外れの神隠し。異形の元凶は、かくして討たれたのだった。
●後日
「サーバントが廃屋に人間を監禁した理由は何だ?」
カフェバー『スタジョーネ』のカウンター席で、ルーノが言った。
「感情吸収の為に一旦保管しておいた、というのは?」
遥久が応ずる。
「好奇心旺盛な者を狙ったのかもしれません。カラスが光る物を集めるように。心を糧とする天界としても不自然は無いのでは」
サーバントの『収集癖』。その全ては天界の利の為に。
ルーノは瞼を下げた。
(この事件も天使が居なければ起こらなかった、か‥‥)
天使である彼。人間には負い目を、自らには責任を感じている。
やるべきことは多いなと。未だ、気分は晴れなかった。
「そういえば」
報告を聞いたアビーが声をかけてくる。
「今日は人が少ないけど、どうしたの?」
「加茂さんは、女の子で目の保養をするって学園に行ったよ」
のんびりとした調子で侑吾が答える。
「ロッシさんは分からない。依頼の後から見てないな」
ふと思い出されるのは、事件解決後の彼の手際だ。
救助された中で最も重態だったのが、脱水症状を起こした色白な少女だった。
場面が緊迫した際、ロッシは水の入ったボトルを遥久に放り、飲ませてやれと無言で促したのだ。
彼女が回復したのに、それが無関係ではあるまい。的確な判断だ。
「‥‥怖い部分もあるけど」
右手首をさする侑吾には、不思議がるしかないアビーであった。
「さて、ご馳走さま!」
愁也がコーヒーカップ(結局、奢ってもらった)を置いて、立ち上がる。
「コーヒー、美味しかったですー。また、ちょくちょく顔出しますんで!」
「ええ、待ってるわ。今回は本当にありがとうね♪」
アビーの声を背に四人は店を後にする。まだ雪が降る、冬の久遠ヶ原へ。日常へと、撃退士達は帰っていった。
〈了〉