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マスター:水谷文史
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/12/06


みんなの思い出



オープニング

●P.M.4:37‥‥久遠ヶ原学園/第9射撃訓練所
 冷たく張り詰める空気に銃声が轟く。
 空中で撃ち壊された的が、粉々に砕けて秋風に消える。
 焦げ茶色の落ち葉が積もる野外訓練場で、黒峰 夏紀(jz0101)はライフルを下ろして息を吐いた。
 本日のスコア。
 15的中、10的命中。
(‥‥よしっ)
 ぐっと拳を握りしめ、夏紀は自分を褒める。
 インフィルトレイターとしては並み以下だが、当初2的しか命中できなかった彼女にとってはハイスコアだ。
 休まず訓練したかいがあった。
 今日はまだ明るいし、もう少し――。
「毎日毎日、御苦労なことだな」
 夏紀がライフルを構え直した段階で、背後から声がかけられる。
 振り向けばそこには紺色のスーツに身を包んだ初老の教師と、彼に連れられた4人の大学部生がいた。
「沖村教官‥‥」
 教師の鋭い眼光に気を引き締めつつ、夏紀は反射的に敬礼姿勢をとる。
 ――沖村政晴(おきむら まさはる)。
 旧制度下の学園から教師を務めている古株で、『採点主義』とでもいうべき、生徒の実力を徹底して『テストの成績』で計ることを信条とする男である。
 数字に出ぬ能力は取るに足らぬ物。教育は、優秀な者に効率的に施してこそ。
 沖村の脇に立つ男子生徒達は、彼の『特製試験』をパスした『天才』達なのだろう。
「ご指導お疲れ様であります! 本日は――」
「場所を開けてくれ」
「えっ?」
 夏紀は、きょとんとする。口元を緩め、なんとか笑い。
「あっ、いえ、わたしももう少し訓練をしていこうと思っております。せっかくですし、沖村教官の御指導の現場を見学させて頂ければとも――」
「悪いが」
 溜め息を吐いて、沖村がまた割り込む。
「君の実力は聞いている。今年の転入から、鍛練の時間は相当にとっているようだが、射撃訓練の成績は伸びていないらしいじゃないか。実践に参加した数も高が知れ、しかもそこでの活躍は、点としては並を大きく下回る」
 沖村は眼鏡を押し上げ。
「控えめに言っても『足手まとい』なレベルだ。斡旋所での仕事もしているらしいが、それが正しい。才能の無い者は、才に恵まれた撃退士のサポートに徹しなさい。そのほうが学園全体――いや、人類全体にとって有益だろう」
 夏紀はライフルを持ったまま、ぽかんとする。
 次第に彼が言ったことを理解し、その対象が自分であることも理解し、顔を真っ赤にしていく。
 なっ、な‥‥?
 あっ、足手まといっ!?
「なんてことを仰るんですかっ!」
 身を乗り出して、夏紀が抗議する。
「信じ難いです! 才能が無い者は足手まとい? なんの為の久遠ヶ原学園なのですかっ! だいたい、わたし個人を貶めるのならまだしも、力をつける為に必死に訓練をしている人は大勢いるのでありますよ! それを無駄だなんて‥‥」
「訓練?」
 沖村は眉を顰めると、おもむろに夏紀に向けて腕を差し出す。
 夏紀が目を凝らす。真っ暗い穴が見え、何事かと思ったら、沖村の手にはいつの間にか拳銃が握られていた。
「な――」
 言葉をかける暇も無い。
 トリガーが引かれ、マズルフラッシュが瞬く。放たれた弾丸が空を切る。
 ひとすじの閃光が、夏紀の右ほおを掠めて黒髪を抜ける。引きちぎられた髪が、何本か風に舞った。
 遅れて響く銃声。
 ぴりぴりと頬に衝撃を感じながら、夏紀は茫然と、目を大きくして立ち尽くす。
「‥‥私のような旧世代人の技にも反応できず、何が訓練だ」
 ハンドガンをヒヒイロカネに格納しながら、沖村が言った。
「『必死に訓練』をしている愚か者が、君以外にも大勢いることも知っている。何度でも言おう。才無き者の足掻きなど知れている。君の訓練は、無駄だ」
 突然撃たれた驚きと、あまりに理不尽な意見に、夏紀は言葉を失う。
 ‥‥信じられない。
「分かったら、早く場所を空けなさい」
 夏紀に構わず、沖村とその教え子達は銃の準備を始める。
「無理をしても、寒さで体調を崩すだけだぞ」
 夏紀は動けなかった。
 悔しくて、言い返そうにも、衝撃が抜けず、声が出ない。
(努力は、無駄ではありません)
 夏紀は拳を握りしめ、心中で呟いた。

 才能が無くとも、足手まといなんかには――。


●P.M.3:38‥‥四国某所/秋の山中

『ギゲゲゲケケラッ!』
 奇怪な声でディアボロが笑う。
 剣と銃の音を響かせて、黒峰夏紀と7人の撃退士は、山奥の森で天魔と交戦している。
 最近、天魔が活発化しているらしい四国でのディアボロ討伐が、今回の依頼の内容だった。
『ギゲラッ!』
 低空に浮く敵の姿は、さながらミニチュアのUFOだ。
 銀の円盤状の体に、ガラスの眼球を嵌め込んだような目と、銀色の歯で笑う大きな口。
 外見から能力を掴みにくいタイプの敵を、撃退士達は当然のように警戒する。
 ガバッ、と。UFOが大口を開いて夏紀に飛び掛かった。噛みつこうとする天魔に、夏紀は珍しく、挑みかかるように銃を向ける。
 発砲。
 眉間を的確に撃ち抜かれ、天魔はその中空に痙攣する。
「よしっ!」
 夏紀が笑む。その直後。
『ギ、ギ、ギ』
 天魔が軋るような声で笑う。銀色の体の隙間から、うっすらと光りを洩らし。

 ‥‥ピ――――――――ッ。

 音の後、雷を撒き散らして爆散した。
「えっ――」
 目を見開き固まる夏紀を、撃退士の一人が押し倒す。バチバチと蒼色の電気を纏う不思議な爆炎が彼らの頭上を通り過ぎ、交戦していた大鴉型ディアボロは、天高く青空へと逃げていった。
 ぱらぱらと降り注ぐ土を払い、撃退士達は立ち上がる。
 身を起こされながら、夏紀が言う。
「申し訳ありません。敵の能力も見ずに迂闊でした。‥‥あっ! 誰もお怪我はありませんか‥‥?」
 慌てたように確認した後、夏紀は、ほっと息を吐く。
「申し訳ありません」
 どうも普段の元気の無い夏紀が、唇を噛んで、また頭を下げる。
「足を、引っ張ってしまって」


 異変に気付いたのは、数分が経った時だった。
 撃退士が持っていたコンパスや機械類が、狂ってしまっていたのだ。
 全員が悟る。UFO天魔のせいだ。妙な属性を持つ爆発が副次的に、一時の障害を与えているのだろう。
「だっ、大丈夫であります! わたし達は撃退士ですよっ!」
 夏紀が皆に声をかける。
「コンパスがやられた程度で易々と迷子になる訳が‥‥っ!」

●P.M.5:22‥‥四国某所/秋の山中

「‥‥迷い‥‥ましたね」

 ですよね。
 顔面蒼白で地図を睨む夏紀を見つめ、撃退士達は肩を竦める。
 先ほどの天魔のせいでコンパスが死に、携帯電話も繋がらない。討伐対象のボス天魔が生きている以上、ここを離れる訳にもいかないし――。
 今夜は、ここで野営をするしかないな。彼らは、そう結論付ける。
 撃退士達が空を仰ぐ。
 秋の夕日はだいぶ傾き、ふわふわと散る羊雲には朱と紫が染みている。辺りの森には黒が溜め込まれつつあり、もうじき此処が暗闇に包まれることは明らかだった。
 準備を急がねばならない。
 辺りからは動物の鳴き声がする。鳥の声、哺乳類の声、その他、正体不明な何かの声。
 天魔の声が混じってはいないかと、彼らは耳をそばだてる。



リプレイ本文

●P.M.5:23‥‥広場

「すべき事を確認しよう」
 並べた皆の所持品を眺めつつ、天風 静流(ja0373)が言った。
 寝床の準備、食料の確保。下山の目処立てに、現在地の特定。
「現在地の把握といいましても、どうしたもんですかね」
 地図を広げ、片瀬静子(jb1775)が顎に手をやる。
「機械の類や磁石は使えず。天から見渡せる目がある訳でも無しに」
「あ、それは私にお任せを」
 ひょいと静子の頭上から地図を覗き、加茂 忠国(jb0835)が笑む。
「私も陰陽師の端くれです。風と空さえあれば――」
 スーツの背を伸ばし、サングラスの奥から夕焼け空に目を向ける。古来よりの方位術。数秒後、忠国は地図の一点を指さした。
「現在地は此処です。それ程、山奥って訳でも無いですねぇ」
 おお、と面々から歓声が漏れる。
「見事なものですね」
 藪木広彦(ja0169)が素直に感心する。一大事である遭難状態からはこれで脱した。
 しかし、天魔討滅の為にも今夜は山を離れるわけにいかない。

(すなわち、テントでキャッキャウフフせざるをえない‥‥!)

 忠国が拳を握りしめる。燃え滾る伊達男の浪曼、天魔の恵みで女子達と一泊だなんて!
 あっと夏紀が声を洩らす。
「申し訳ありません。一応、テントを持ってきてはいたのですが‥‥」
 改めて確認した所、なんと寝るスペースが4人分しか無いという。しかも数も一つだけ。
 忠国が歓声を上げる。
 狭いテント1つ! 男女は分けられない! ともすりゃ有りうる、少女との一夜の過――
「では、私のテントも使ってくれ」
 静流が地面にテントを置く。
 ですよね、と崩れる忠国を、「?」と眺める来崎 麻夜(jb0905)の脇で、藍 星露(ja5127)が手を上げた。
「あたし、近くに水辺を探して来るわ。魚が居れば獲ってきてもいいし」
 行動力のある少女達である。静子も森を指す。
「じゃあ私は、捌きやすそうな兎あたりを捕まえてきましょうか」
 ワイルドである。
 広彦が頷く。
「では、男手の私は加茂君とテントの設営をしましょう」
「えっ」
 気を抜いた瞬間に、女子との共同作業の機会を逃す忠国。
 そんなこんなで、役割分担は終わり。
 静流と麻夜が天魔探知用の罠の設置、御守 陸(ja6074)と夏紀が周辺の警戒を担当する。



 森に入るなり、地形把握に優れた陸は、見張りの拠点として最適な樹木に目星をつけた。軽々と枝に登り、ペアたる夏紀にすら見分けれぬほど風景に溶ける。
(夜の見張りも、ここで良さそうかな)
 周囲に敵がいない事を確認し、陸は頷いた。
 ふと目線を下げる。
 下で待つ夏紀の表情は、やはり浮かない。刹那の逡巡の後、陸は問う。
「先輩‥‥何かあったんですか?」



「‥‥という事がありまして、」
 事情を話し終え、夏紀が苦笑する。
「情けないことに少し落胆ぎみで‥‥って、あれ?」
 枝の上に陸がいない。
 と思ったら、目の前に狼マスクの顔がある。
「うわっ!?」
 驚く夏紀の前で陸は拳を握りしめる。
 怒っていた。努力を否定した沖村の言葉に。
「努力は‥‥」
 声が震える。
「努力は無駄なんかじゃないです! 絶対に、芽は出ますっ!」
 必死だった。否定される訳にはいかなかった。
 アウル発現から学園編入まで、陸は両親の元、死に物狂いで射撃の腕を磨いた。努力を、してきたのだ。
「射撃訓練所なら僕もいくつか知ってます。一緒に訓練しませんか? 続けていれば絶対に成果は出ますよ!」
 陸の瞳は精一杯だった。夏紀はそこに、自分に似た何かを感じる。

●P.M.5:49

 陸達が戻ると、テントが出来、魚を捕りに行った静子達が帰っていた。
 ふと、夏紀には広彦と忠国が、少年少女を引率する父親に見えた。
 母親に当たるのは一見は静流だが、しかし、実際に既に母親であるのは星露だったりする。微妙な距離をあけワクワクと興味深そうに準備に勤しむ麻夜は、キャンプに連れて来てもらった黒毛の子犬のようだった。
 家族に似ていた。
 見繕った木の枝を集め、ライターを持つ陸と麻夜が焚火の準備に取り掛かる。夏紀は罠の設置を仕上げる静子を手伝う。
 少し離れた木には麻夜のライトが括り付けられ、それがグールを誘導、テントへの接近を許す前に、鳴子に掛ける仕組みだった。
 やがて、静子がぽつりと問う。
「何を辛気臭い顔してるんです?」
 そんなに分かり易い顔だろうか。夏紀は苦笑する。



「そりゃあ、あなた‥‥自分に失礼ですよ」
 聞いた静子が、そう言った。
「失礼、ですか?」
「ええ。あなたの最大の目標は何ですか?」
 目標は何か。
 戦う力をつける事だ。
 それは何の為か、と訊かれれば「世界を守る為」と答えるだろう。
「ちょっとそっとの努力で辿り着けるもんじゃないんでしょう?」
 手を動かしながら静子が言う。
「それなのに志半ばで糞教師の言うこと真に受けて、今までの努力を顧みないってのは、自分に失礼ってもんです」
 秋風に静子の髪がそよぐ。
「だいたい、才能の無いやつが才能ある奴に勝てないんだったら、とっくに人類は天魔に滅ぼされてますよ。でも未だに滅んでないのは、皆が努力をしてるから」
 静子が鳴子を結び終わる。立ち上がり、背伸びをする。
「今はちゃんと勝ててないけど、最後は勝つ。その為にするもんなんじゃないですか、努力っていうのは」
 頷く夏紀を眺めながら、静子は自分を顧みる。
(私も、か)
 思えば、アウルの適正を認められたのは突然だった。
 流されるように学園に来て、人類を守れと言われた。でもそれは、流石に話が飛び過ぎというものだ。追いつかない頭は易々と目標なんて見つけてくれない。
 道は今でも模索中。でも、いつか見つける日の為に模索だけは止めないつもりでいる。
 今の為の努力じゃない。
「いつかの為の、今の努力ですから」



 焚き火が灯る。

「静流先輩と星露先輩、料理上手いですねっ!」
 陸が声を上げる。
 晩御飯は焼き魚だ。さばき方なのか焼き加減なのか、静流達が調理した身は柔らかく美味だった。
「実家が料理店だから、一応ね」
 と星露は胸を張り。
「まあ、一応な」
 と静流はあっさりしたものだった。
「こういうのも悪くないねぇ」
 麻夜が幸せそうに目を細める。記憶喪失が故に「初」のキャンプ。不測の事態でも気持ちは弾む。
「そういえば黒峰君」
 ふと広彦が夏紀を見る。
「何か調子が優れないのではないですか」
 また言われた。
 夏紀は頭を倒し、しばし沈黙する。
「‥‥少し、相談に乗ってくださいますか?」



 ぱちん、と焚き火が鳴る。

「ふむ」
 と広彦は息をつき。
「随分と、「才能の無い」教官ですね」
 声色は穏やかだ。しかし、人を攻撃するような発言をする彼を夏紀は初めて見た。
「手元に拳銃一丁しかない時に強大な天魔が現れても、我々は拳銃一丁で生きる方法を探すでしょう」
 広彦が言う。
「強力な武器や才能が無くても、無いなりの戦い方ができる、その知恵こそが最大の武器ですよ。無い物ねだりは非生産的です。「才能」ではなく「行動」を、苦しむ人々は待っているのですから」
 行うは、現状でのベストパフォーマンス。それは広彦の基本スタンスでもある。
「無いなりの戦い方‥‥」
 呟く夏紀に、「気分転換を」と広彦はおにぎりを渡す。自身もおにぎりを頬張る広彦に頭を下げ、夏紀は一口、それを食べた。
「‥‥っ! ぶっ!?」
 とたんに咽る。
 広彦が手渡したのは「悪魔のおにぎり」。口に入れたが最後、悪魔的辛さで舌を焼くと噂の一品だ。
「身も心も温まったでしょう、黒峰撃退士」
 藪木教官の言葉。涙を滲ませ目を白黒させる夏紀に、広彦は瞳にほんの微かな笑みを湛える。
(‥‥気分転換、か)
 夏紀は口元を拭いつつ、焚火を見つめる。
 広彦が「撃退士」と呼んでくれた事も、彼女に行動の意欲を取り戻させつつあった。


●深夜


 暗い森。
 青みがかる闇の中を、一点の光を目指して「彼」は往く。絶え間ない唸り声を洩らし、黄色い歯を覗かせて、襤褸布を引き摺りながら彷徨い進む。
「夜の一人歩きは危ないよー?」
 振り向いた「彼」の胸を、背後から三ツ爪が刺し貫いた。
 森に揺蕩う月光の粒子が、グールの背後をとった麻夜の透き通る肌を撫でる。
「闇は、夜に還るといいよ」
 少女が天魔を屠る音は、猟犬が獲物を喰(は)む音に似た。

「調子悪そうだねぇ。どうしたの?」
 得物を仕舞いながら、麻夜が夏紀に首を傾げる。
 時刻は深夜2時。定めたローテーションに従って、二人は森を巡回していた。
「才ある者、ね」
 と聞いた黒衣の少女は顎に指を当て。
「少数精鋭で勝ち取れるのは局所的な戦果だけなのに」
 大規模作戦の例を見ても、天魔との戦争において少数での勝利は有り得ない。
 天才という少数に拘る沖村の方針には、理屈として決定的な欠点が見える。
「片瀬撃退士も仰っておりました」
 夏紀が言う。
「天魔に人間が負けていないのは、皆が努力をしているからで、努力は最後に勝つ為にする物だと」
 勝つ、か。
 麻夜は言葉を味わい、愉快に思う。
「ふふっ、努力で才ある者を追い抜くのも一興だね」
 長い髪を揺らし、腰を折って夏紀を見上げる。月明かりに湿る仄闇の中で、少女は微笑んだ。
「いつかその先生を見返してあげようか」






 満天の星空だ。
 森からは動物の声が聞こえる。
 焚き火は燃え続けた。





「加茂さん、寝なくて大丈夫ー?」
 麻夜達が戻った時、忠国は自身の休憩時間を返上し、見張りの静流・星露と共に居た。
「だってテントには濃い男と狼少年しかいないんですもん。女の子とお喋りしてた方が素敵じゃないですか!」
 夏紀と麻夜は広彦と陸の顔を思い浮かべる。というか、陸は抜かりなくあの恰好で休んだのか。
 ずっと緊張してても疲れます、トランプでもどうです? と誘う忠国を、ぱぁっと目を輝かせた麻夜はテントにつっこみ、依頼中だよ、と星露が止めた。

 そして、広彦と忠国が見張りの時間。

「ふぅん。夏紀ちゃんも苦労してるんですねぇ」
 寝る前の夏紀に相談され、忠国が呟く。
「沖村さんについては、言葉を額面通りに受け取らない方が良いと思いますよ」
 焚き火が忠国の横顔を照らす。
「好きの反対は無関心、とは良く言ったものです。本当に興味がないなら声なんて掛けません。瞳にも写しませんし、邪魔と知覚する事自体ありません」
 忠国は目蓋を下ろす。
「いないのと同じなんです。私がそうでしたから、よく分かる」
「え‥‥」
 目線を上げる夏紀。忠国は口角を上げ、また例の芝居がかった口調で言う。
「沖村さんは最後、貴女に体を気遣う言葉をかけたのでしょう? 貴女が向けられたのは「無関心」じゃ無いんです」
 言葉に棘あれど、歩む道は同じ。
「『月が綺麗ですね』。そんな言葉と同じですよ、きっとね」
 ぱちん、と焚火が鳴る。
 夜空の月は、森の端に沈みかける。



「才能、か」
 月明かりが染み込むテントの中。夏紀の話を受け、静流が呟く。
 夏紀と星露と静流は仰向けに寝ている。脇では寝袋にくるまった麻夜が寝息を立てていた。
 静流が続ける。
「世の中は平等では無いしね。持つ者も持たざる者もいる。その事に打ちのめされる者もいれば、努力で差を埋める者もいる。結局は自分次第なのだろう。誰が何を言おうと、最後に決めるのは自分だ」
「静流さんも考える事あるの?」
 テントの天井を見つめ、星露が呟く。
「自分と才能の関係について」
「あまり無いな」
 静流は同じく仄闇に瞳を向ける。
「経験を積んだ分、強くはなれたかもしれないが、上には上がいる。その差の原因が才能なのか否かは分からない。これもまた、自分で判断するしかないのだろうな」
 最後に決めるのは自分、か。
 呟く夏紀の隣で、星露が後頭部に腕を組む。
「うーん。あたしが言える事はあんまりないかなぁ」
 此処で何を言っても、沖村を変えることは出来ないし。
「でも、一つだけ」
 仄闇の中、夏紀に身を向けた星露が指を立てる。
 温かみを込めて、頬に微笑を浮かべる。
「『撃退士の才能』は、沖村先生の主張するものだけじゃないってこと」
 夏紀の瞳を、真っ直ぐ見つめて。
「黒峰さんは黒峰さんなりの『才能』を見付ければ良いと思うな」
 自分なりの才能。
 夏紀の中で、この一晩に貰った言葉が一気に巡る。
 胸に染みて、何かが動いた。
「そろそろ休もう」
 背伸びをした静流が、心地よさそうに息を吐いて言う。
「朝も近い。天魔が出た時に寝不足では良くないからね」
 星露と夏紀が同意する。静寂の中、目蓋を下ろす。
 おやすみと言い合って眠りに落ちる。その、直前。
「ありがとうございました」
 夏紀が呟いた。




 喧しく罠が鳴ったのは、この数分後だった。




「敵の種類は?」
「鴉です!」
 腰を上げた忠国に、鳴子の紐を掴んだ静子が叫ぶ。無線はUFO天魔の電撃で壊れ、仲間との連絡は巡回役がするしかなかった。
「‥‥来ますね」
 広彦がアサルトライフルを具現化させる。

 夜空に響く鳴き声。

 木葉の煙を突き破るかのような勢いで、追われる陸と、濡羽色の大鴉が森から飛び出した。
「くっ‥‥」
 陸が咄嗟に体を捻る。銃で天魔を狙う、が。
 急降下した巨大な嘴に胸を薙がれ、小さな体が地に叩きつけられる。
 止まらぬ大鴉は風圧で草々を削り、一直線に広場を飛翔する。
「避けて!」
 忠国の忠告。星露と麻夜が脇に跳んだ直後、無人となったテントを嘴が砕く。
 吹き飛ぶ布と鉄棒。暴風の中。子鬼が手繰る鴉の先には、体勢を崩した静流がいる。
 広彦が銃を向ける。が、僅かながら決定的に、弾丸を撃ち込むに距離が足りない。
 瞳を細める静流。
 広彦が土を踏む。その、背後で。


 構えられる陸のスナイパーライフル。


 金色の瞳で狙う。夜目で闇を無効化して彼は引き金を引く。
「努力は――無駄なんかじゃない!」
 空を裂く発砲音。大気を穿って飛んだ弾丸が、大鴉の翼の付け根を撃ち抜いた。
 体勢を崩す大鴉。前方で、静流が戦槍を構える。
 交錯の刹那、瞬いた蒼白閃光の一撃が天魔の頭を薙いだ。
「ノコノコ降りてくるからですよ」
 地面にバウンドした鴉を、静子と星露が打ち砕く。
 勝負は一瞬だった。
 地に転がり、奇襲の失敗を悟った鴉の騎手は奇声を上げる。逃げ出す鬼。その脚を、しかと狙って夏紀が撃つ。
 転ぶ子鬼。麻夜は静かに手を向けて。
「‥‥行っておいで。『ユウヤ』」
 振り向く鬼の瞳は、剥かれた黒犬の牙を最期に映した。

 天魔の討伐は完了し、陽光が差す。
 森に満ちていた闇が緑白色の靄に変わる。撃退士達は景色に瞳を細め、しばしの静寂の後に忠国が呟いた。
「朝、ですねぇ」



「二人とも、良い射撃でしたね」

 陸と夏紀に広彦が言った。臨時野営の撤収中のことだ。
 垣間見えた努力の結果。陸と夏紀は互いを見やる。
「当然であります」
 あの時は呑み込んだ言葉。今度は胸を張って言おう。
「努力は無駄ではありません」
 撃退士達は帰途につく。
 思いもかけず、いい夜だった。

〈了〉


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

優しい鬼教官・
藪木広彦(ja0169)

大学部9年199組 男 インフィルトレイター
撃退士・
天風 静流(ja0373)

卒業 女 阿修羅
あたしのカラダで悦んでえ・
藍 星露(ja5127)

大学部2年254組 女 阿修羅
冷徹に撃ち抜く・
御守 陸(ja6074)

大学部1年132組 男 インフィルトレイター
愛の狩人(ゝω・)*゚・
加茂 忠国(jb0835)

大学部6年5組 男 陰陽師
夜闇の眷属・
来崎 麻夜(jb0905)

大学部2年42組 女 ナイトウォーカー
眠れる獅子・
片瀬静子(jb1775)

大学部3年132組 女 阿修羅