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マスター:水谷文史
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/11/19


みんなの思い出



オープニング

●一か月前

 まだ夏の香りが残る頃、お父さんとお母さんとキャンプに行った。

 バーベキューセットの上で肉が焼けるにおいと、芝生を揺らす風の香りを覚えている。
 自分で言うのもなんだけど私は幸せな子どもだったから、家族と一緒のキャンプ場で、あんなカイブツに襲われるなんて想像もしていなかった。
 暴れる鎧と、兎のおばけ。怖くて、動けなくて、気を失いそうになった時、撃退士の人達が来て、天魔から助けてくれた。
 ――凄い、と思った。
 たとえ力があっても、カイブツを前にしたら、私はきっと怖がるだろう。

 私には絶対に、無理だと思った。


●三週間前

 手を見ると、真っ黒な火が湧き出るみたいに体の周りを踊っていた。

 家で突然そうなった私を、お父さんとお母さんはびっくりして見ていた。
 目を大きくして、口には表情が無くて。でもすぐに、じわじわと変な笑顔になった。
 ――やったじゃないか、祈穂(きほ)。
 お父さんはそう言った。お母さんと笑い合って、よかったよかったと言い合った。
 ――これでもう怪物も怖くないな。
 ――祈穂がやっつけてくれるんだものね。
 私は茫然と、彼らを見ていた。
 手には黒い炎が舞っていた。
 ――これで祈穂は本物のヒーローだな。
 ――やあね、祈穂は女の子だからヒロインよあなた。
 ――祈穂が世界を救うなんてすごいな。
 ――ええ、すごいわねあなた。
 私は黙って、彼らを見ていた。
 彼らが何を喜んでいるのか、理解できなかった。


●二週間前

 お父さんとお母さんが、武器を持ってきた。
 知り合いに、撃退士用の武器を作っている人がいるらしい。両親が持ってきたのは、その見本だった。
 たくさんの種類があった。剣。銃。その他。
 ――祈穂は、どれで戦いたい?
 お父さんが楽しそうに訊いてきた。
 私は、武器なんて欲しくなかった。


●一週間前

 ――祈穂ちゃん聞いて。今日ね、お母さん、あなたの入学の手続きをしてきたのよ。
 入学?
 ――久遠ヶ原学園っていうんだぞ。祈穂みたいな、優秀で才能のある子たちが集まる学校でな、撃退士になるために勉強するんだ。
 お父さんの説明に、私は首を振った。

 いやだ。私、撃退士になんかなりたくない。

 ――我が儘を言うんじゃない祈穂。
 ――我が儘を言わないで祈穂ちゃん。

 いやだ。私、

 ――無責任な事を言うんじゃない!
 ――私達は、あなたのことを思って言っているのよ!


●今日

 動物園の広場で髪を揺らす風は、動物と秋の香りがした。

 私は両親と一緒に動物園を訪れている。学園に入学する直前の、最後の家族旅行だ。
 お父さんとお母さんがアイスを買いに行っている間に、私は逃げ出した。
 走って、走って、走った。息はきれなかった。周りに動物の檻が少ない広場に出た時に、私は、その人に会った。
 背の高い男の人だ。歳は30くらいで、坊主頭で、大人しそうな顔をしている。
 怖くはなかった。私に力があることは分かっていたし、そもそも、その人からは優しい気配がした。
 男の人は私をじっと見て、悲痛そうに目を細めた。
 ああ。と、私は思った。この人は、私の気持ちを分かってくれているんだ、と。
「運が悪かったのだ」
 と、その人は言った。
「悪いのは君では無い。君が苦しいのは、この世、この時代、そして運命のせいだ。君にはちゃんと、幸せになる権利があるんだよ」
 男の人は跪いた。私の両肩に大きな手を乗せる。
「抵抗するといい」
 と、その人は言った。
「私が君を守ろう。だから思い切り、君を間違った運命に乗せようとするこの世を、時代を、そして運命を、君の力で壊してしまうと良い。君には、自由に生きる権利があるんだ」
 そう言って、その人は立ち上がる。
 俯く私に、頭の上から声をかける。
「この世は、人が生きていくには、五月蠅すぎる」
 私は、ゆっくりと、顔を上げる。
「祈穂!」
 と後ろからお母さんの声がした。
 私は振り向く。青白い顔をしたお父さんとお母さんが見える。
「大変よ祈穂! さっき放送があったの! この動物園に天魔が――あなたの戦うべき怪物が出たわ!」
 叫びながら、お母さんは嬉しそうだった。
「さあ祈穂! 怪物の所に行こう! お父さんとお母さんに、祈穂が怪物をやっつける所を見せてくれ!」
 落ち着かない様子のお父さんの手にはビデオカメラが握られていた。
 私は首を回して正面を見た。
 坊主頭の男の人は、どこにもいなくなっていた。
「何をしてる? はやくするんだ祈穂!」
 お父さんが私の右腕を掴んだ。動きは乱暴で、爪が肌に食い込んだ。
「お前がやるしかないんだぞ!ヒーローになれるチャンスだ!」
「やあねお父さん祈穂はヒロインでしょ?大活躍するヒロインよ!」
 お母さんも私の右腕を握る。痛かった。身体も。心も。
 ――悪いのは君では無い。
 回るビデオカメラ。腕を潰そうとする両親の手。
 ――抵抗するといい。
 責任を叫ぶお父さんの声。チャンスと喚くお母さんの声。
 ――この世を、時代を、そして運命を、君の力で壊してしまうと良い。
 私は、黒い炎を纏った。それを見て止まるお父さんとお母さんの声。

 ――君には、自由に生きる権利があるんだ。

 私は、右手に具現化させた大鎌を思い切り振った。
 お父さんとお母さんが悲鳴を上げる。両断されたビデオカメラがコンクリートの地面に落ち、がしゃりと潰れた。
 腰を抜かしたように尻もちをつき、じりじりと後退する両親を、私は見据える。
「――悪いのは、私じゃ無いから」
 悪いのは、この世、時代、あの日の運。
 そして――、何よりも悪いのは、この黒い炎だ。
 私は朦朧としたまま、彼らにむかって足を踏み出す。
 力、なんて。
 アウル、なんて――。
「大っ嫌い」
 私は両親に向かって、大鎌を振り上げた。



リプレイ本文

●夕焼け

 どうすればいいのか、分からなくて。

 辛くて、悩んで、訴えて。
 それでも誰にも解ってもらえないというのは、
 痛くて哀しくて。
 虚しいです。

「急ぎましょう」
 エヴェリーン・フォングラネルト(ja1165)が目を上げる。
 大切な事を、手遅れにしないために。
 8人の撃退士が、夕刻の動物園の門を潜った。



 建物の陰に、お母さん達は居た。

 悲鳴を呑んで、私を見る。
 ――私は、悪くないのに。
 まるで、■■でも見るみたい。

 風が吹く。

 目を細め開けると、両親を庇うように赤髪の女の人が立っていた。
 誰、と訊く。その人は澄んだ瞳を上げる。
「久遠ヶ原学園高等部1年、一条 朝陽(jb0294)」
 薙刀を下段に構えて名乗る。
「撃退士だよ。祈穂ちゃん」
 ――撃退士。
 怪物を狩る、凄い人達。
 ああ、と漏れた自分の声が、信じられない程に渇いていた。

 ――終わりだ。

 目に滲む涙を感じながら、悟る。
 撃退士が来た。
 此処にいる怪物を刈る為に。

 ――親を裂こうとした『怪物』は、彼らに罰されて死ぬのだろう。




「治安当局への連絡は済んでいます」
 夫妻と連絡を取り、仲間の誘導を終えた只野黒子(ja0049)が、携帯を仕舞いながら高峰 彩香(ja5000)にそう言った。
「私達が現場を処理します。高峰嬢はその隙に古谷夫妻を連れて、本園西門まで避難させてください」
「了解」
 2人が頷く。その先で。

「いや」

 祈穂が頭を抱えた。

「いやだぁぁああああああああああ!!」

 懸念、焦燥、自責。現実の全てを拒絶する絶叫。
「念の為に訊くが、作戦に変更は無しでいいんだな」
 黒焔に軋る祈穂の鎌を見ながら、巌瀬 紘司(ja0207)がヒヒイロカネに指をやる。
 エヴェリーンが頷く。
「祈穂さんは絶対に傷つけません」
 紫の瞳で祈穂を見つめ。
「無傷で帰せるよう、私が説得します」
 難しさは覚悟の上。夕陽を映す彼女の瞳には、されど希望が灯る。
 フードを風に靡かせながら、麻生 遊夜(ja1838)が口角を上げる。
「‥‥OK。そんじゃ俺達は、」
 視界の隅に現れた異形、ヒドラと血鋏兎に、銃を向け。

「場違いさんの排除と参りますかぁ!」

 光纏の音が、轟いた。




「布石を一つ!」
 遊夜の放つ弾丸が、ヒドラの白濁色の体に蕾の紋様を刻む。

 装甲を蝕む呪いを残し、彼は担当である血鋏兎の元へ急いだ。
 前方から駆けて来る黒子。その、すれ違いざまに。
「兎のカオスレートは−1です」
「ヒドラの装甲、腐れ堕ちるようにしたぜよ」
 情報共有。通知&スルー。頷き合って、土を蹴った。

 地を割る勢いで放たれたヒドラの触手を、アデル・シルフィード(jb1802)は銀髪を靡かせ回避する。
 蒼き瞳で敵の動きを追いながら、やはり想うは古谷夫妻の事。
 自ら危険を顧みもせず、望むのは勝手な庇護ばかり。
「挙句の果てには求めた救いに裏切られる‥‥滑稽な」
 天賦の才を持って猶、無限の向上の中を生きるアデル。彼にとって、理想を語るだけの夫妻は、戯言を弄する弱者でしかない。
 一方で――。
 思考を断つように振られた触手を、彼は屈んで回避する。
 一方で、生き抜く為に自ら戦わんとする祈穂には、好感を覚えもした。
 ヒドラが、キュイイッと高く鳴く。開いた6本の触手を振り下ろす。

「隙ありです」

 アデルの後方に立つ黒子が、金の前髪の奥から照準を定めた。
 連なる弾撃。ヒドラは身を折って躱す。
 が。
 躱した先にいるのはアデルだ。
 銀の軌跡を描く彼の斬撃が、触手を斬り飛ばす。天魔は焦ったのだろうか。
「っ!」
 黒子の視界の中。ぐんっと身を跳ねさせたヒドラが残る触手でアデルに組みついた。
 みしりみしりと、遠目にも分かる怪力。
(――何処か)
 照準を覗く黒子が探す。味方に当てず、かつ効果が最大になる一点。
 見つけた。脇に一歩移動し、引き金を引く。
 小柄な体躯で放った弾丸は大気を掻き分け、迫った弾は的確に、触手の根本を貫通した。
 黄土色の粘液が散る。僅かに緩んだ隙を逃さずに、銀髪の剣士はさらに1本、触手を斬った。
「2本目」
 軽やかに着地しながら、アデルは太刀を振って粘液を飛ばす。
「目新しくも無い。貴様の力はその程度か」
 切っ先をヒドラに向け、瞳を細め。
「興醒めだ。疾く、滅べ」



「鋏を使う、ね。何ともまあ気が合いそうだ」

 血鋏兎と対峙しながら、ジェーン・ドゥ(ja1442)は飄々と鋼糸を指に弄ぶ。
「さあ、さあ、似た者同士、遊ぼうか?」
 予備動作もなく地を蹴るジェーン。
 滑るように天魔の鼻先まで接近し、嬉々と笑む。
「まずは、まずは、受け取ってくれ」
 怪人の視界が『暗がる』。

「きっと君に似合うだろうさ!」

 スキル『マッドハッター』。何処からとも無く降る帽子が、天魔の兎の目を呑んだ。
 狂声と共に振られた鋏に飛び退きながら、魔女は愉し気に地を叩く。
 ぶわりと伸びた幾束もの茨。襲い来るそれを、兎は跳び越えて、鋏を開く。
 すり抜け様の2連撃が、ジェーンの脇腹を大きく裂いた。
 血を引く鋏に喜ぶ天魔。顔を上げた前方で。

 遊夜が、漆黒の銃口を向けた。

「塵は塵に、灰は灰に」
 黒子に聞いた敵のレートは−1。
 銃から肩に、蒼い光を螺旋状に纏う。充填。騙り。天使の如く。
 カオスレートを上昇させる、『天騙る者』。

「地に還れ」

 目を剥く兎。放たれた白光の弾丸が、天魔のタキシード中央を貫いた。
 地に落ちる敵。穴の空いた腹を晒して、猶も笑いだす。
 崩れ去った帽子の向こう、血走り剥かれた真ッ赤な眼。
 奇声と共に兎はジェーンに跳ねかかった。



 祈穂の鎌をいなし続ける朝陽の二の腕が、刃に裂かれて血を散らす。
「っ‥‥今だ!」
 苦痛に顔を歪める朝陽が叫ぶ。
 隙の生じた祈穂めがけ、エヴェリーンが駆けた。
 目を見開く祈穂。体勢を直そうとするも、間に合わない。
 無理な姿勢から跳ねあげた鎌。その先でエヴェリーンが、

 剣を捨てた。

 肩を裂く鎌に構わず、彼女は祈穂を抱き止める。

「辛かったですね」
 服に染みる血を感じながら、背を撫でる。
「思ってる事、ご両親に解って貰えなくて」
 本当に辛い時、
 一番痛いのは、同情でも叱咤でもない。
 誰にも理解、されないことだ。
「離してッ!」
 祈穂が暴れる。その様に。
「祈穂ッ!」
 朝陽が懸命に叫ぶ。
「その人をちゃんと見て! 言葉を聞いて!」
 震える祈穂を、エヴェリーンが抱きしめる。
「もう、いいんです」
 諭す背に。
 鎌が。
「っ‥‥」
 祈穂が寄せた鎌の先が、エヴェリーンの背に刺さる。
 甘噛みをした犬の牙が、徐々に現実味を帯びていくように。
 少しずつ、沈んでいく。
「大丈夫ですよ」
 汗に濡れる前髪の向こうから、彼女は必死に微笑みかける。
「怪物が怖いの、とーぜんです。撃退士にならない子だっていっぱい居るんです」
 歯を噛みしめて。
「ご両親と話しに行きましょう‥‥? 祈穂さんは、もうイイ子でいなくていいんですよ」
 血と、静寂。

 鎌が、止まる。

「‥‥撃退士は」
 祈穂が呟く。
「天魔退治の他にも、いろんな事、するんですよね」
 困っている友達を助けたり。
 お店の手伝いをしたり。

「アウルに目覚めて、おかしくなった人の『片付け』も」

 エヴェリーンの思考が凍る。この子は、まだ。
「怪物が、怖いです」
 祈穂が呟く。錯乱が収まっていない。
「アウルに目覚めた私も、『怪物』なんです」
 祈穂がエヴェリーンを突き飛ばす。
 後方によろめき、彼女は見る。

 祈穂の頬に浮かぶ苦痛。
 掠れた声で。呟かれる言葉。


 ごめんなさい 


 そして。


 ゆるして


 慟哭と共に振り下ろされた大鎌が、エヴェリーンの体を引き裂いた。




 銃声。

 黒子が銃を連射する。銃弾に体表を削られつつもヒドラはアデルに迫った。
 その体に、真紅の一閃が刻まれる。
 ずるりと上身を滑り落とす天魔の奥には、大剣を振り抜いた彩香が居る。
 金色の瞳を死骸に細め。
「‥‥急ごう」
 彼女が言った。黒子は頷き、携帯を見る。

 説得班からの連絡は、まだ無い。



 血鋏兎が猛烈な速度でジェーンの足に鋏を伸ばす。
 猫の如き跳躍で避ける魔女。兎の赤目が彼女を追い、喜々と曲がる。
 空中で攻撃は躱せない。宙で無防備なジェーンを目掛け、兎は奇声と共に鋏を突き出す。
 ジェーンが目を歪める。人間離れした挙動で傍の檻の鉄格子を蹴り、横に飛んだ。
 一瞬前まで彼女がいた空を挟む二枚の刃。
 ぐるん、と兎が頭を回し、ジェーンを視界に捉える。そして同時に。
「お疲れさん」
 ジェーンの向こうで、遊夜が銃を向けているのが見える。
 連射。
 足元に襲い来る銃弾の雨を、しかし血鋏兎は操り人形が如く跳ねて回避した。
 空中で体勢を立て直す兎。それを見て。
「あーあ」
 遊夜が笑む。
「さっき自分で仕掛けたばっかだろうに」
 かちり、と銃を向け。

「――空中じゃ、攻撃は躱せないんだぜ」

 刮目する血鋏兎。その眼前に、いつの間にかジェーンが屈んでいる。
 使用したのは加速する『首狩り兎』のスキル。
 斧の冷たい刃が、怪人の首に迫って――。

「”その首を刎ねておしまい!” ってね」

 飛ぶ血飛沫と、兎の頭。
 崩れる天魔の脇で、ジェーンは斧をヒヒイロカネに格納する。
「すまないね。随分と気は合いそうだったけれど」
 魔女は指先についた血を舌で拭い。
「――ええ、ええ、キャラが被ってしまうだろう?」




 方法は、一つしかない。

 血溜りに倒れたエヴェリーンを庇いながら、紘司は悟っていた。
 手の中の十字槍。
 これで祈穂の攻撃を受け止め、そのまま武器も絡め取る。
 容易な事では無い。
 しかし、彼女の戦意を喪失させ、言葉を通すにはそれしかない。
「‥‥少々無茶をするが、構わないか?」
 紘司が訊き、朝陽は頷く。
「ボクでも、そうします。そうしたいと思いますから」
 紘司が地面を蹴る。
 大鎌を振りかぶって走りくる祈穂を、真っ直ぐ見据えた。
 チャンスは一瞬だ。
 風に黒髪を靡かせながら、その時を捉えるべく斬撃に目を凝らす。
 迫る大鎌が。
 急速に加速した。
「ッ!」
 石火。黒焔を纏う刃が紘司の槍を越え、彼の胸を横に薙ぐ。
 舞う鮮血。
 よろめく体を、必死に支え。
(まだだ――)
 紘司が目を上げる。翻ってくる大鎌の『刃』を狙い――。
 咆哮。

 十字槍を、思い切り突き出した。

 高く鳴る金属音。
 祈穂の細指から、漆黒の大鎌が、抜ける。
 くるりくるりと宙を舞い、建物を越えて、落下した。
 茫然と手を見つめる祈穂。後ずさる。
「君は怪物なんかじゃない」
 朝陽が声をかけた。
 祈穂が上げる目を、瞳で受ける。
「祈穂ちゃんは人間だよ。ボク達に君を害する気は無い。殺す気なら、今の一撃でそうしてるよ」
 彼女の言葉に、祈穂が口を開く。
 反論の言葉は無い。
「‥‥君は、攻撃も抵抗もする必要が無い」
 体を起こし、紘司が言った。
「ただ選ぶだけでいい。アウルを持つ者である以前に、一人の人として、君には権利がある筈だ」
 よろよろと、力が抜けたように後退する祈穂。
「両親も、君を追い詰めてしまっていたことに気付いただろう。全力でぶつかったからだ。今なら、君の言葉にも耳を傾けてくれる」
 とすん、と檻の一つに祈穂の背がぶつかる。
 紘司はまっすぐ、彼女を見る。
「時間を置きたいのであれば、それもいい。好きにするといい」
 武器を格納。
 祈穂の正気を戻すべく、最後に。

「君の人生は、他の誰でもない君自身のものだ」

 祈穂の顔に、理性の色が帰ってきた。
 耐えていた全てが溢れるように、瞳に潤いの膜が張る。
 地に伏すエヴェリーンの虚ろな瞳と、祈穂の目が合う。
 必死に抱きしめてくれた少女。
 もういいのだと、言ってくれた彼女。
 涙が溢れた。
 祈穂が唇を動かす。その時。後ろの檻の陰から。
 音もなく、坊主頭の男が現れた。




 古谷夫妻は、黒子の手配によって保護され、車両の中で寄り添っていた。
『謝りたかったりするかもしれないけど、後にしてもらうよ』
 助けてくれた少女の言葉を、父は反芻する。
 謝る。
 謝る、か。
「あなた」
 と隣で妻が言う。
「あの子が帰ってきたら、しっかり、話を聞いてあげましょうね」
 祈穂と話す。
 長く、していない気がした。
「ああ」
 潤む声で頷く。
「あの子は、私達の娘だものな」
 迎える夕暮れの時間。
 どちらが先とも無く、手を握り合う。



「誰、あなた」
 警戒して動けぬまま、光纏した彩香が坊主頭の男を睨んだ。
「ああ。”囁いた”のは君か」
 その隣、ジェーンは静かに目を細める。
「それは魔女の領分だろうに」
 男は無言で歩を進める。
 祈穂の手に大鎌を握り直させた。
「その少年の言う通りだ」
 紘司を一瞥。暗い深海のような目で、祈穂を見つめ。
「君には選ぶ権利がある。誰にも邪魔されることは無い。最後まで自分の力で、選ぶと良い」
 男は目を閉じる。
「‥‥私」
 祈穂が言う。
「私は、」
 口を動かし。

「お母さんとお父さんと、話がしたいです」

 男が目を開く。
 祈穂が続ける。
「話そうとしていなかったのは、両親だけじゃない。私も同じです。良い子でいたくて、今を変えてしまうのが怖かったんです」
 祈穂は撃退士達を眺め。
「もう怖がらない。撃退士さん達の様に、正面からぶつかりたい」
 男は表情を変えない。
 地を、蹴る音がする。
「‥‥この子に、何の用かな?」
 縮地で接近した朝陽が、光纏を全開にして男に槍を向けた。
「用、か」
 男が答える。
「望むのは、熟考だ。アウルに目覚めた『不運』についての」
 朝陽を見て、腕を伸ばす。手には数珠が握られている。

「それは、君達も考えるべきことだ」

 言って、男は『光纏した』。

 手の中で数珠が展開する。具現化した刀は紛うこと無きV兵器だ。
(――まさか)
 あっけにとられる朝陽達を見据え、男は右腕で刀を振りかぶる。
 刃にオーラを纏わせ。
 左手を、祈穂の肩に乗せたまま。
「! 待てッ!」
 叫んだ朝陽が駆ける。その直後。

 男の振った剣撃が、地面の土を巻き上げた。

 暴力的な勢いで撃退士達に吹きつけられる土煙。
 腕で顔を守る彼らの前で、煙がしだいに晴れていく。

 そこにはもう、男の姿は無い。

 あるのはただ、地に落ちた大鎌と。
 茫然とした様子で立つ、祈穂の姿だけだった。




 その後。
 撃退士達は、祈穂を学園職員に引き渡した。
 撃退士事件の対応は難しい。専門的な手続きは専門家によって踏まれ、祈穂は数日後に、両親と日常に帰るだろう。
 そして話す。今まで溜めた全てについて。家族で。
 かくして撃退士達は、彼女を救った。

 帰りのバスの中。
 学園職員に事件の顛末を報告しながら、各々が想うは何だろう。
「あの男、」
 報告の最後に彩香が言う。

「坊主の男は、人間だった」

 天使でも悪魔でも。
 シュトラッサーでもヴァニタスでも無い。

「あの男は、あたし達と同じ、『撃退士』だ」

 彼らを照らす紅い夕陽が、水平線の彼方に落ちていく。
 車内は淡い紫に染まり、窓の外には闇が来る。

 夜が始まる。


〈了〉


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 揺るがぬ光輝・巌瀬 紘司(ja0207)
 For Memorabilia・エヴェリーン・フォングラネルト(ja1165)
重体: −
面白かった!:8人

新世界への扉・
只野黒子(ja0049)

高等部1年1組 女 ルインズブレイド
揺るがぬ光輝・
巌瀬 紘司(ja0207)

大学部5年115組 男 アストラルヴァンガード
For Memorabilia・
エヴェリーン・フォングラネルト(ja1165)

大学部1年239組 女 アストラルヴァンガード
語り騙りて狂想幻話・
ジェーン・ドゥ(ja1442)

大学部7年133組 女 鬼道忍軍
夜闇の眷属・
麻生 遊夜(ja1838)

大学部6年5組 男 インフィルトレイター
SneakAttack!・
高峰 彩香(ja5000)

大学部5年216組 女 ルインズブレイド
特攻斬天・
一条 朝陽(jb0294)

大学部3年109組 女 阿修羅
魔を祓う刃たち・
アデル・シルフィード(jb1802)

大学部7年260組 男 ディバインナイト