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茂る木々の緑色が、曇天の灰色を歪に切り取っている。
老人の亡骸を、8人の撃退士が囲んでいた。
「ご無念いかばかりか。後は、確かに引き受けました」
合掌し目を閉じる藪木広彦(
ja0169) が、静かに言った。
同じく合掌を解いた北条 秀一(
ja4438)が、周囲を見渡す。
(‥‥状況は落ち着いている様に見えるが、事前の資料を見る限り不可解な点も多い。
気を引き締めなければならない。しかし、心配し過ぎても仕方がない)
小紙にまとめられた資料を胸ポケットにしまい、ふと上げた彼の目に、明確に緊張をした黒峰夏紀(jz0101)の姿が映った。
「黒峰氏、余り気追う事はない」
秀一の言葉に、はっと夏紀は顔を上げる。
「まずは1つずつ、着実に完遂していこう」
現場の雰囲気に呑まれかけていた彼女を引き戻した秀一は、猪狩 みなと(
ja0595)と共に、周囲の警戒に向かった。
撃退士達は各自の調査を開始する。
土を踏む靴の音と、カメラのシャッター音。時々交わされる話し声と寒風の音が、周囲に流れていった。
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「――石岡さん。一体、何があったんだ‥‥?」
謎に満ちた現場。
小田切ルビィ(
ja0841)は膝立ちの姿勢で、静かに老撃退士に語り掛けた。
「小田切君。この状況をどう見ますか」
広彦の声に、ルビィは目線を上げる。
彼らは二人ともカメラによって周囲の状況を撮影済み。資料の確保と共に、推測が可能な量の情報を得ていた。
「‥‥状況的には多対一による戦闘で劣勢を余儀無くされ、奮闘するも敗北‥‥って処だが、」
立ち上がりながら、ルビィが言う。
「――最初から不利が分かってたんなら、他に遣り様はあった筈だ。その辺の判断を石岡氏が誤るとは思え無ェんだが‥‥」
「足跡の種類は、骸骨と棺桶の天魔のものの二種類だけでした」
広彦が語る。
「此処に死体の無いような、強力な天魔が出現した可能性は低いでしょう。
‥‥ひとつ気になったのは、地面に残された足跡の数が、此処にある死体の数に比べ、多過ぎる事です」
「多い?」
ルビィが眉を顰め、広彦が続ける。
「事件当時に此処にいた天魔の数は、此処にある死体の倍は下らないでしょう」
「‥‥遭遇時は対処可能だった敵戦力が、突然増強したとでも言うのか?」
胸騒ぎを覚えつつ、ルビィが口角をあげる。
「だとすれば、初戦に勝利しコテージに戻る最中に再度襲撃を受けた‥‥ってな可能性もあるな。
血痕量のバラつきにも説明がつく。石岡氏が最初に勝負を躊躇しなかった理由も、頷けるぜ」
ルビィの考察を静聴し、広彦が頷く。
「仮にそうなら、考えなくてはならない事がありますね」
「ああ。一番の問題は、『増強した理由』だ」
形式はともかく、天魔が増えたのは明らかだ。
早急に知るべきは、一体何がその引き金なのか、ということだろう。
広彦とルビィは視線を、棺天魔の死骸に向けた。
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微笑む加茂 忠国(
jb0835)から、天魔が増えた可能性を伝えられ、久遠寺 渚(
jb0685)は恐る恐るカラの棺を覗き込んだ。
それは、天魔をコピーする能力? はたまた何処かから転移させる能力?
(コピーなら骨の特徴が一致しているかも‥‥)
彼女は、骸骨の調査へと歩きだす。
棺天魔の脇に立ち、時駆 白兎(
jb0657)が息をつく。
足跡と付近の血痕の飛び散り方から、大体の顛末の予測は出来た。
後は――。
「夏紀先輩と渚先輩」
呼ばれた夏紀が振り返り、骸骨の傍に屈んでいた渚がびくりと肩を跳ねさせる。
「夏紀先輩は、骸骨達が所持している武器を調べてください。渚先輩は、眼前の骸骨の傷の様子を見てください。
大事なのは、『死因は剣による攻撃か、それ以外か』です」
「「は、はい!」」
最年少の少年相手の指示をうけ、夏紀はしゃきりと、渚はおどおどと返事をした。
(えーっと‥‥)
渚はすぐさま骸骨を観察する。
ついでに先程見た別の骸骨と比較し、その特徴が共通していないこと、すなわち、コピーされていない事も確認する。
「が、骸骨は、その‥‥剣で斬られた感じじゃ、ないです‥‥! 衝撃で砕かれてるというか‥‥えっと‥‥」
「「遠距離攻撃」で‥‥!」
今度は白兎と渚の声が重なる。
「成程、分かりました」
棺桶後方にぽつりと転がっている骸骨は、遠距離攻撃によって斃されている。
(ならば、やはり――、)
「時駆撃退士!」
夏紀が遠くから声を張る。
「骸骨は所持しているのは、全て剣であります」
(――最初に斃されたのは、棺型天魔だ)
石岡の遺体に近づくにつれて、斃された順は後となる。
だとすれば、骸骨が増えたトリガーにも棺桶の破壊が関わっている可能性が高い。
対策法を考案し、斡旋所に提出する分には十分な情報だ。
区切りをつけ、一旦全員で合流をしようと白兎は身を返す。
その時だ。
「こ、困ります‥‥っ!」
忠国に口説かれ、顔を真っ赤にした渚が声をあげた。
「わ、わわっ私っ、そういうの全然なので‥‥! い、今はっ、ち、調査を‥‥!」
「大丈夫です。私、しっかり働いてきましたから♪」
事実だった。
黙祷を終え、白手袋をはめた忠国は即座に石岡の様子を観察、怪我の程度や装備など、撃退士でないと識別不能な事柄について調査を終えたのだ。
「照れたお顔もカーワーイーイー! ね、このお仕事が終わったらぜひ一緒に――」
二秒後。
すっ飛んで来た夏紀に、徹底的に叱られた。
まだ顔の赤い渚の前で、忠国は、ふぅと息を吐き、遺体の傍にしゃがむ。
「全く、この人も‥‥。せっかく撃退士なんていうブラックな仕事をやめたのに、愛する人を残して逝くなんて、男として最低ですよ。本当に、バカですねぇ」
それを聞いた渚が、きゅっと唇を結び、泣きそうな顔で抗議をしようとする。
だが、はたと立ち止る。
屈んだ忠国の表情が微かに、確かに、憐れむように歪んでいた。
――胸中。
家族と力を持ち、魔に立ち向かった石岡の、あっけない末路。
力を欠くが故に家族から『欠陥品』と呼ばれた忠国には、その結末は余りにも虚しく映っていた。
力を以って足掻いて猶、幸福な最後を迎えられないのなら、
戦いを避け、
誇りを捨て、
何としても、転げ逃げれば良かったのだ。
そうすれば、今だって。
‥‥きっと。
「やはり我々は、アウルなんて持つべきではないんですよ」
思わずといった風に呟いた忠国が、ふと、渚の視線に気付く。
何事もなかったかのように目を細め、にぃと口を曲げる彼。
そこには只、いつもの軽薄な笑みが浮かぶのみだった。
●
「不可解な事件、ね‥‥みんな普段から色々考えながら物事見てるんだなぁ」
みなとが、周囲の警戒にあたりながら呟いた。
石岡死亡時の状況を再現するべく夜の出発にしないかと提案も行ってみたが、明確な申請は無かった為に今は昼。
曇天からの明りに照らされる天魔の足跡を見とめ、それに沿うように森を見て回る。
「ねぇ、そっちはどうー?」
近くを警戒している秀一に声をかけた。
さらさらとノートに鉛筆を走らせていた彼が、顔を上げる。
「異常は無いと判断する」
「そう。ところで、そのノートはなに?」
「簡単な絵と文字で記録をしている」
さらに、十数分後。
「結構見て回ってるけど、何もないね。そろそろ、時間も時間じゃない?」
秀一は、最後に念のためにと、上空からの警戒を実施することにする。
「どうー?」
地上から手を振るみなと。小天使の翼で飛び、周囲を見下ろす秀一の、
心臓が、どくりと跳ねた。
(まさか‥‥)
彼の目に飛び込んだのは、みなとの数メートル前方、
地面から生えた、白い骨の手だ。
「――前に敵だ! 猪狩氏っ!」
咄嗟に叫ぶと同時に、天に向けて銃を撃つ。
タァン、と空を割る発砲音。
同時に土から飛び出た骸骨が、みなとに襲い掛かった。
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警告を受けたみなとの反応は速かった。
奇襲の影響は皆無。地面から涌き出た骸骨に、先手をとってハンマーを振る。
「ふっ!」
骸骨は紙一重でそれを避け、大槌は土にめり込んだ。
槌の柄に沿わせ、敵は剣の一撃を突きだしてくる。
「‥‥!」
咄嗟に身を反らすも、天魔の切っ先は彼女の鎖骨の下に紅い線を引く。
薄暗い森に赤が散るなか、第二のスケルトンが彼女に剣を振り上げる。
銃声。
みなとの眼前で、攻撃半ばのスケルトンの眉間が粉々に砕け散った。
「援護する。今は後退を!」
みなとの背後。オートマチックを構えた秀一が叫ぶ。
「ありがとっ!」
続く三体目の斬撃を躱し、みなとは反す戦槌で、敵の頭蓋骨を打ち砕いた。
頭部を失い崩れる天魔。後退する彼女の前方からは、次々と骸骨、そして棺型天魔が現れる。
敵は多い。しかし、このタイミングで、みなと達の背後に銃声を聞きつけた仲間達が集結した。
初の戦場。 拳銃を構えた夏紀が棺を狙うが、広彦に銃身を手で押さえられる。
「黒峰君、棺は後回しです」
取り出した拳銃を伸ばし、広彦が発砲。切っ先から血を滴らせるスケルトンの胸部を弾丸が貫通する。
ぐらりとふらつくが、まだ生きる。
「棺の能力は未知数です。逸ってはいけませんよ」
拳銃で次の敵を狙いながら、広彦が言う。
「黒峰君、覚えておくように。私達が死ねば、必ず悲しむ人があるのです」
頬に汗を伝わす夏紀の脇を、ルビィが駆け抜ける。
――数分前まで能力の推察をしていた謎の敵。
今はそれに、自分達が襲われている――。
「はっ‥‥命がけで『答え合わせ』しろってことかよ!」
抜刀。そして、『封砲』。
地を裂いて奔った衝撃波が、向かってくる骸骨の3体を並べて吹き飛ばした。
骨片が舞い飛ぶなか、前線のみなととルビィに、2体の骸骨と1体の棺が襲い掛かる。
振られた剣が、みなとの頬を掠る。切っ先とゾンビの蹴り攻撃を、ルビィは舞うように回避する。
銃声。
ルビィに剣を空振りした骸骨の下あごを、秀一が銃弾で吹き飛ばした。
(‥‥比較的、脆い)
思えば、石岡が1人で15体も粉砕しえた相手なのだ。
そこまで強くないことは、既に分かっていた。
「さあ、呼ばれた分は働いてください」
嘶き一つ。白兎に召喚されたスレイプニルが、蒼白い煙を纏う足で地面を蹴った。
広彦と夏紀を高く跳び越え反転。目にも止まらぬ後ろ蹴りで、下あごの無いスケルトンを粉砕する。
「夏紀先輩も弱っている骸骨を狙ってください」
「了解です!」
白兎に言われ、狙うは広彦が傷を負わせた骸骨。夏紀が初の攻撃を放つ。
ヘッドショット――には程遠い。だが、鎖骨の中央を撃ち砕かれた骸骨は、胴体を散らせて崩れ落ちた。
「犯人は現場に戻ってくると何かで見ましたが、本当でしたねぇ」
炸裂符を指でつまみながら、忠国が笑う。
「さ、一緒にアレを狙いましょう、渚ちゃん!」
「は、はいっ!」
忠国と渚、2人の陰陽師が駆ける。迎え討つように、スケルトンが右手の剣を振り上げた。
忠国が放つ札の爆発が、骸骨の右腕を吹き飛ばす。
渚が人型の紙を撃ち出し、
「えい‥‥っ!」
骸骨の髑髏を破壊した。
「キャー、渚ちゃん素敵ー」
忠国が飄々と手を振る。その直後、彼の目に「それ」が飛び込んだ。
「流石に多いね!」
最前線で戦うみなとの背後に、1体のスケルトンが迫る。
彼女は気付かない。剣を腰に溜め、居合切りの如く、一息に。
嗤う骨の天魔が、残忍な得物を振り抜いた。
ざん、と音。
曇り空に映える、鈍い赤。
間一髪でみなとを胸に庇った忠国の背で、血がスーツに染みていく。
「あーもう。まだ挨拶してなかった女の子を口説きに来たら、これですからねぇ」
目を見開いて心配するみなとに、忠国は微笑んでみせた。
骸骨も笑う。
今度こそ忠国を殺そうと、剣を構え直して――
「背後から不意打ちたぁ、卑怯だぜ」
声に骸骨が振り向く。そこにいたのは、ルビィだ。
「真似じゃねぇぞ。目には目を、だ」
笑んだルビィの太刀が翻り、スケルトンを肩から腰まで斬り伏せた。
広彦と秀一が放った弾丸が、最後のスケルトンの頭蓋を粉砕。残った天魔は、棺桶だけだ。
「どうやら、向こうが自発的に何かをすることは無いようですね」
白兎が分析し、駆ける。
手の中に鎖鎌を活性化させ、ステップを踏む棺桶めがけ――、
放った鎖を、胴体に巻きつけた。
そのまま前方に引き倒す。ずずんと土にめり込む天魔。
「‥‥頭を潰してください」
暴れる棺桶を押えながら、白兎が仲間に目配せする。
渚が駆け寄り、掲げた符をゾンビの頭部にあてた。
零距離で破壊。
腐食した脚を痙攣させ、棺型天魔の動きが止まる。
何も、起きない。
「思った通り、これが最良の策のようですね」
服の土を払い落としながら、召喚士の少年は最後の棺天魔を見据える。
「同じ策で、さっさと片付けてしまいましょう。これ以上の長居は、報酬の割に合いません」
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後日、後続の天魔討伐隊が結成され、山の攻略が行われた。
その後の、ある日、先行調査隊の面々は斡旋所の一角に集合した。
皆が気にした棺天魔、判明したその能力を知る為である。
「‥‥ということで、斡旋所からデータを借りてきたよ」
にこりと笑って資料を掲げたのは、みなとだ。
「能力としては、渚ちゃんが考察した『転移』が一番近かったみたいだね。実際にはもっとシンプルで、『呼び寄せる』系のモノだったらしいけど」
破壊された棺は『目印』となり、周囲の森にいる骸骨を呼び寄せる。
呼ばれた天魔は歩きで、あるいは透過能力で地面下を通り、斃れた棺を目印に地上に出現するらしい。
「今回の討伐隊が森の中で遭遇したのは、20体のスケルトンだったって」
石岡が最後に目にしたであろう、彼が倒した数の倍以上の髑髏である。
「個体数は私達の調査――特に足跡の分析のおかげで見積もれたし、相手も弱めだしで、8人の討伐隊でも楽勝だったってさ」
「それは、残念ですね」
ぽそりと呟いた白兎に、みなとがきょとんとする。
「ああ、失礼。語弊がありますね」
白兎が首を振る。
「ボクが言いたいのはつまり、骸骨の弱さを考えれば、いっそ棺をあえて破壊して、呼ばれた骸骨もボク達が全て狩ってしまえばよかった、ということです。
そうすれば、後続の討伐隊のぶんの報酬金も総取りする交渉が可能だったかもしれません」
呆れるやら驚くやら。金の絡みの頭の回転では群を抜く白兎であった。
「? ‥‥黒峰氏?」
秀一が、自分を見つめる夏紀に気づく。
はっと目を逸らした彼女を、秀一は追及した。
「い、いえ、別に重大事ではないのでありますが‥‥」
夏紀は目線を逸らしながら言う。
「依頼の報告会の際に、北条撃退士が描いた天魔の絵が話題になりまして‥‥」
それが、これ。
『
(:3[ ]っ
-棺型天魔- 』
(‥‥かわいい‥‥)
此処に来て一同、かつて無い程に気持ちがシンクロした。
真顔で沈黙する秀一と、慌てて謝る夏紀。
陽光が床を温める学園の一室で、新人の初任務はこうして終わりを迎えたのだった。