作戦決行日、依頼に参加する一同が依頼主の元に集まった。見回りの生徒数人が状況のおさらいをした後、全員に見回り役を示す腕章を渡した。
質問は、との問いかけにユリア(
jb2624)がたずねる。
「屋台が現れるのは路地裏だけなの? 今まで何か反撃はしてきたのかな?」
「一度、工事中のビルに出ました。我々に反撃こそしませんが、必ず逃げ道を用意しているようですね」
確実に包囲して捕縛に移りたいですね、と続ける。
散開と言い渡されたところで、もみじは単独行動に出る。
「うちはこないだ会った男の子探しに行ってくるわ。もし焼き芋屋に会ったんやったら、どうやって見つけたんかわかるかもしれへん」
「では何かわかったらメールくださいね」
「ボクも行ってきマス」
もみじに続いてリンクス キャスパリーグ(
jb7219)も、焼き芋を食べる約束を袋井 雅人(
jb1469)と月乃宮 恋音(
jb1221)と交わしてその場を離れた。
「ようやく二人になりましたね」
袋井がもじもじしている月乃宮の手をとる。
「……聞き込みもしないと……駄目ですよ……」
「カップルを装うんです。だから本気でデートします」
肯定のかわりに指を絡める月乃宮。
「いやー、月乃宮さんとの深夜デートは本当にドキドキですねー」
「やきいも気になる系女子……夜に専門のお店があるってきいたのだ……ぜひぜひ行ってみたいので、情報キボーン( ´∀`)……、と」
ルーガ・スレイアー(
jb2600)は流行のネットコミュニティに何か情報があるかもしれないと、スマートフォンをいじっていた。ネット上でも芋の出所を探る動きはあり、今夜の出没地を絞り込もうと意見は飛び交っていたが、まだ確度の高い情報は少なく、複数の大雑把な地点が候補にあがっているだけだ。
そのまま携帯をいじっていると、もたれていた建物から九 四郎(
jb4076)がでてきた。
「あ、ルーガさん」
「情報あった?」
「ここいらで出る、という噂はあるっす」
「じゃあ、ネット情報の場所を重点的に探してみるか」
二人の腹の虫が鳴る。
「……おなかすいたぞー」
「屋台見つけるまで我慢っす」
「ムムッ! 私ノセンサーガ反応シマシタ! ナンデスカコレハ!」
箱(
jb5199)は路地を塞ぐ露天を通りがかり、ホルマリン漬けになったビンが置いてあるのを見つけて立ち止まった。アメーバのようにぶよぶよ半透明で、中には目玉が一つ浮んだ、人の手らしき物がビン詰めされている。
腕章と一緒に任務中であることも頭の引き出しにしまいこみ、大喜びして財布を出す。
「コレ、イクラデスカ」
「いったい何をしているんだ!?」
後ろから冷や水を浴びせられた気で箱が振り返る。道の反対側で黒井 明斗(
jb0525)が見回り生徒を従えて、青年らを問い詰めていた。
「今何時かわかっているのか、高校生ならもう門限は過ぎているだろう。その芋も噂の闇芋屋のものじゃないのか。認可されていないものに金を払うということは、それを助長するということだ。風紀を乱す行為だということくらいわからないのかね」
喧々囂々、しばらく言いあいが続き、あわや殴りあいになるかというところで黒井たちは引き上げていった。
「……ヤッパリイイデス」
箱は財布をしまった。
青年らが立ち去った黒井たちへの不満をはばかることなく口にしているところへ、袋井と月乃宮の二人が近づいてきた。
「いやぁ、おっかないですね。見回りの人たちってなんで融通きかないんでしょうね。ところでその芋、やっぱり噂のですか」
好意的な態度を装う二人に青年らは特に警戒もしない。彼らが持っていた芋は普通の店の物だったのだが、彼らも焼き芋屋は探していた。
「僕らも噂のじゃがバターを食べたいなと思いまして。焼き芋屋のこと何か知りませんか」
袋井と月乃宮が手に入れた、通りの西側が怪しい、という情報はそれ以前と同じようにメールで全員に共有された。
そのメールを見て、リンクスは感心する。
「先輩達すごいデス、どんどん絞られていきマスね。ボクも負けてられないデス! 北方向の場所を見にいきマショウ」
ガッツポーズをしてから、銀髪のツインテールをなびかせてそれらしい場所に飛んでいく。
女子グループを捕まえて話を聞いていたユリアにもメールが届く。メールで示された場所の一つは自分が一番近いらしい。ユリアは明々とする通りを離れ、暗がりの中の路地裏に入っていく。やや湿って肌寒い空気だが、見上げれば細長く切り取られた快晴に輝く月が浮んでいる。
「月光浴を楽しむ機会ではあるけれど、やることはやらないとね」 少しだけ足を止めて眺めてから、捜索を再開した。
都会の迷路のような裏道を右に左に歩いていると、やがて四つ辻のような場所にでた。そしてその手前の角に身を隠した。ユリアは四つ辻の様子を伺いながら全員にメールを打った。
「今、ヒ、ヒリュウが飛んでった」
「ヒリュウくらいいつも飛んでんだろ」
ノッポの気の小ささに辟易してチビが舌打ちした。
「でも、今日の見回りは、なんか、すごいみたいだよ」自分の携帯のメール画面チビに見せる。
芋を転がしていたハモ顔は訝しむような顔をしてチビにたずねた。
「チビ、今日の売上はどうだ」
チビがスマートフォンにメモられた帳簿を見せる。
「ふむ……。大事をとって今日は撤収するか……」
「お客さん、きたよ」
思案するところに袋井と月乃宮の二人がやってきた。
「やっと見つかりましたよ、月乃宮さん。噂のじゃがバターがようやく食べられますね」
「……うん……楽しみ」
ぴったり寄り添って歩いてきた二人にチビが強く舌打ちした。ハモ顔は声のトーンを落とす。
「お客さん、珍しいですね。うちの客は大概独り身か、バカやってるグループ連中なんですがね。ま、いないことはないやな」
「いやあ、深夜デートをしてみようと思って、そしたらおいしい焼き芋屋がやってるって言うじゃないですか。これは買うしかない、と!」
「すいませんね。今日は店じまいなんでね」
おもむろに釜の火を消す。
「お、おい、また客だ……」
袋井と月乃宮の後ろからノッポが一人客を連れてきた。チビが憤慨する。
「あぁ? 今日は店じまいってんだろ! 連れてきてんじゃねぇよ!」
「エ、オ終イナンデスカ」
先の二人同様、客に扮した箱は、至極残念そうな表情を浮かべた。らしかったが、本人の顔は箱の被り物でまったく見えない。
「悪いね、お客さん」
ハモ顔は顔を伏せてぶっきらぼうに答える。
「ソンナ……、一個クライオ願イデキマセンカ、カッコイイオ兄サン」
「は!? え、いや、おだてても終いは終…い……?」
予想だにしないほめ言葉に慌てて顔をあげ、そこでさらに予想の斜め上いく風貌に別の動揺を覚えるハモ顔。
「あんたら、今日は終わりだってんだよ!」
チビの号令でハモ顔とノッポがリヤカーを引き始める。客役三人の心中に焦りが生まれる。ここを逃せば今日はもうチャンスはない。月乃宮は背後に隠した携帯からメールを送った。
「来マシタ、作戦開始デス! ルーガサン、そのまま20メートル先に屋台がいマス!」
四つ辻の上空に待機していたリンクスが、現場に向かって飛翔するルーガに知らせる。ルーガは指示された場所にさしかかると、減速を極力抑えて急降下し、屋台の三人組の進路上に自分の得物を突き立てた。2メートル超の白色大鎌、その向こうには強い威圧感を放つ金眼。ハモ顔が「やはりかっ!」と苦々しく叫ぶ。
三人はリヤカーを方向転換させようと試みた。
「そんな暇与えないよ」
が、真っ黒な太ましい腕がリヤカーの両側を抑えつけた。屋台骨がミシミシと悲鳴をあげ、プラスチック製の提灯が吹き飛んだ。前方はルーガと、ビルの壁面から姿を現していたユリアによってふさがれてしまったのだ。
迫る二人の手を払いのけ、ハモ顔は屋台の小棚を引っ掻き回した。件のバター箱を取り出し、チビに投げ渡して声を張り上げる。
「それは金塊だ、チビ!」
受け止めたチビの目つきが急に鋭くなり、帽子の唾を後ろに向け、金銀が混じった光炎を体からほとばしらせた。靴を魔装に変え、一拍遅れて光纏する一同の間を抜き去り、チビは瞬足で大通り方向に走り出した。目の前の角を抜ければもうチビは追いつかれまい。
「どうやら、引っかかってくれたようですね」
突如、角道に黒井が姿を現した。手にした十字槍の切っ先をチビに向けて構え、弓を引き絞るような前動作の後に、音速を超える突きを放った。チビは槍の軸線上にいる。しかし、全速の勢いそのままに避けることは不可能だ。チビが上体を斜めにバランスを崩したところを、槍が貫く。
「ノッポだ!」
ハモ顔のかけ声に、チビはバター箱を投げた。四つ辻の真ん中にいて、一人光纏のできないノッポが慌てふためきながら、なんとか受け取る。ノッポは屋台と逆方向へ逃げ出す。
そこには、腕を突き出し腕章を見せつけながらも、頭にのった提灯がことさら禿頭を強調する大男がいた。
「観念するっす! 後ろぐらいことがないなら正々堂々商いしろ!」
身長190センチのノッポが、250センチの九に羽交い締めにされた。
「ノッポよりノッポの禿げだと!?」「禿げちゃうわ!」
「ノッポ、放り上げろ!」
ノッポはなんとか二の腕を動かしてバター箱を空中に放る。ハモ顔は拳銃を取り出し素早く狙いをつけた。発砲音が響くと、バター箱は破裂し、中に残っていたバターは四つ辻に飛び散った。
最重要物品は処理できた、とハモ顔はしたり顔を浮かべた。だが、その次には周りから一斉にV兵器を叩きつけられて顔から地面に突っ伏していた。ノッポはうなだれて、黒井に拘束されたチビは舌打ちした。
「オオ、マダ芋残ッテマシタ。ジュルリ」
「これ、食べていいっすか。いや、芋自体の調査っすよ!」
腹を鳴らした芋目当ての連中は、自然、屋台に集まっていた。
「かまわんよ。お代は俺たちの勉強代ということにしておこう」
他の二人同様、縛り上げられたハモ顔が余裕しゃくしゃくに答える。
「やったー、いただきまーす。(´〜`)モグモグ…ウマイ!(・∀・)テーレッテレー♪」
「それで、門限的に問題ない時間に営業してれば取り締まり対象になることもないだろうに、なんでわざわざそんな時間にやってたのかな?」
「そう、僕もそれが知りたかった」
ユリアと袋井がハモ顔に詰め寄ると、ふんと鼻を鳴らした。
「いいかね、諸君。学生という時間はだ、長い人生で無理無茶無謀が許容される数少ない機会だ。社会にでれば規則に則った生活が強要されてしまうのだ。今やれることは多いが、今でなければできないことも多い」
「夜遊びがそこに含まれるとはとうてい思えないが」高圧的な態度が抜けない黒井が意見を挟む。
「バカをやれるのは若いうちだと言うのだよ。いい大人は週末でなければ一晩遊び倒すなどできやしないし、身体も衰える。そのぶん知的な遊びができるだろうが、勢いにまかせた馬鹿馬鹿しい遊びはモラトリアムでないとできん」
「ばかはキミデス」
徐々に語調が強まる。
「この屋台は、そういうバカを求める連中の夜遊びに加える一摘まみのスパイスだ」
「ばかデスね? キミ、ばかデスね?」
「怪しいだの不思議だの不可解だのという事柄はいつだって人を魅了する。そうして追い求めた先に、五感を刺激する物と出会うことで一種のカタルシスを得るのだ! 我々はその少しばかりの手助けをしているにすぎない!」
「ばかデス!キミ、ばかデス!」
リンクスの罵倒を受けながらハモ顔は言い切った。
「この屋台がここまで流行った理由を考えたまえよ。相応の需要があり、同調する者がいるということだ。夜遊びに興味のある者ならわかってくれると思うんだがなあ」箱が手を挙げそうになったが、皆の手前、自重した。
「特にこの学園の生徒は天魔との戦いの渦中にいるんだ。受けるストレスは一般人よりはるかに大きいはず。その発散に寄与できていると、自負している」
「ポリシーかなんかわかんないっすが、こそこそやるのは、こそこそやるのは卑屈なんすよ!」
「こそこそせんでとうするか。謎解きと探索の結果、旨い物にありつけるからカタルシスにつながるんだろう。こういう時間に限るというのは、規則違反のスリルというものも同時に味わってもらうためである」
「確信犯か……。動機はわかった。だが、尋常じゃない常習者もいると聞いているんだ。いったい何を使っていた」
「……あのバター……怪しい」
「やっぱりふかし芋よりじゃがバターが食べたかったな」
急にハモ顔は神妙な面もちになった。
「それは、言えん。身体に害を及ぼす物でないことだけは確かだ。だが出所は教えられん」
「引き渡す前にもう少し苦しい思いをしてもらってもいいんだが」
「腐ってもビジネスだ。ネタ元は明かさない、というな」
ほくそ笑むハモ顔とそれを見下ろす黒井が睨み合う。
ハモ顔、チビ、ノッポの三人は見回りの生徒に引っ張られて夜の街から去っていった。一同が大通りで見送っているところにもみじが帰ってくる。
「あちゃー、もう終わってしもたかー」
「おや、おかえりなさい。そっちはなにかありましたか」
「連中、出没する日時や場所をメールマガジンで回してたみたいや。口堅そうな客にだけ教えて、後は口コミで広まった。うちが会った男の子はそれを上級生から教えてもろたらしいわ」
「ほい、お芋あげよう」
「お、ありがとう」
こうして初秋夜の芋騒動は収まった。味が忘れられない一部の元客たちは、万に一つの可能性を求めて徘徊を続けたが、門限破りの数は次第に減っていったのだった。