寮生たった6人、小さな木造二階建てのうぐいす寮。
周りの雑音も少なく普段静かな庭先が、今日は和気あいあいとした空気に満たされていた。
「よいしょっと! これで陽射し対策はバッチリっす!」
パラソルを庭に立て、大谷 知夏(
ja0041)が得意げに胸を張る。かんかん照りの初夏の太陽は暑く、日陰にヤンファ・ティアラ(
jb5831)が大喜びでもぐりこむ。
「わー、うさぎさんのパラソル大きいですのっ!」
「風が吹くといいっすね! 打ち水するとさらに気持ちいいっすよ!」
和む二人のところへ、もみじとクラウス レッドテール(
jb5258)が納屋からバーベキューコンロを運びこんできた。
「いいねー、気持ちよさそうだよねー。たしかアイスもあるんだったよね?」
パラソルから少し離してコンロを置き、一息つく。
同じように屋外用のイスを運んでいたフェイン・ティアラ(
jb3994)は申し訳なさそうな顔でもみじにたずねてきた。
「いまさらかもしれないけど、ボク達庭に出てよかったのー?」
「へ? いや全然かまへんけど、なんで?」
疑問符を浮かべるもみじは、促されて募集内容を見直した。合点がいって苦笑いしながら後頭部をさする。
「あー、勘違いさせてもうたんやね。『屋内は』調理場以外立ち入り禁止って意味やってん。ごめんなぁ」
「庭出てもいいんだねー! じゃあコンロの火付け手伝ってくるー」
コンロの前には麦わら帽子をかぶった二人の男。テーブルを設置し終えた虚神 イスラ(
jb4729)とジズ(
jb4789)が火付けを始めようとしていた。
「ジズ、やってみる?」
「……うん」
「じゃあこれ使うといいぜ」
クラウスからバーナーを受け取り、木炭の隙間に詰めた新聞紙に火をつける。
「火ついたー?」
「まだだよ。炭は火がつくまで長いからね。ジズ、もっと新聞紙入れよう」
一掴みの新聞紙が放り込まれる。
庭の準備がおおむね整ったところで、調理場の方からも小気味良い包丁さばきが聞こえてくる。
「あ、たしか遠山さんが着火剤買ってきてたんちゃうかな」
「じゃあボクもらってくるねー」
調理場に入っていくフェインと、クラウスも食材の下ごしらえをしに後をついて行った。
「……火消えた」
「あれ?」
炭が新聞紙に埋もれていた。
さて、庭からガラス戸一枚隔てた調理場では、腕に覚えのある者達が料理の下準備に精を出していた。
「うん、この位で丁度良いと思うわよ」
「ほんま? だいぶ前に教えてもろたからちょっと自信なかったけれど」
月臣 朔羅(
ja0820)は宇田川 千鶴(
ja1613)特製の屋台風味ダレの味にうなづいた。
「じゃあこっちも手伝って貰おうかしら。普段は和食中心だから、こういういのにはまだ慣れていないのよね」
「わかった。いつも出来合いやインスタントで済ますから、勉強になってえぇねぇ」
玉ねぎとバターが食欲をそそる音と匂いを発しながら炒められていく。
隣では海城 阿野(
jb1043)が、茹でて冷水でしめたパスタを、ほぐしたトウモロコシと和えている。
「へー、冷製パスタ!」
横から市川 聡美(
ja0304)が覗きこんできた。
「手軽に作れるから、夏の暑いときにぴったりなんでよ。あとはスープも冷やしてあります」
「スープかあ、なんか小学校の頃の給食思い出した」
「市川さんはもう準備終わったんですか?」
「うん。枝豆は茹でた、トマトは冷やして丸かじり! 両端のヘタを切っておくと塩味がしみておいしいんだよねー」
できたパスタを皿に盛りつけ、海城は手で顔を扇いだ。
「それにしても室内と言えど暑いですね……。もう汗が出てきましたよ」
「お、それじゃあ――ハイ」
市川は冷蔵庫からよく冷えたタオルを取り出し、手渡した。
「大谷さんが用意してくれたやつ。たぶん使っていいと思うよ」
「あら、じゃあ遠慮なく」
頭に巻いた濡れタオルをとりかえ、至福の吐息をもらす海城。市川はそのタオルに感心していた。
「絞ったタオルを冷やしとくなんて、大谷さんも憎いことするよねー」
「知夏がどうかしたっすか?」
いつの間にかウサギの着ぐるみが二人のそばにいた。そして海城のパスタに気づくと一気にテンションが上がる。
「ぬぉおおお!? パスタじゃないっすか! あ、味見は必要じゃないっすか! 必要にならないっすか! 味見させてくださいっすよ!」
味見したい光線をもろに受け海城はたじろいだ挙句、一口分を小皿に取り分けた。
料理が苦手なヤンファは、それでも物を切るくらいはできるはずだと考えた。
「ヤンファも手伝うですの!」
パラソルの下から飛びだした彼女は、調理場にかけこみ遠山に詰め寄った。
「……ヤンファちゃん、その手に持っている物はなぁに?」
「ヤンファが持ってきた包丁ですのっ!」
持っていたのは、鉈だった。さてどうしたものかと遠山は固まる。するとヤンファの後ろからフェインが注意した。
「ヤンファ、それは鉈って言うんだよー」
「え、包丁ってこれじゃないですの?」
鉈は兄に没収されたが、彼女はかわりにエプロンを出してきた。
「エプロンだってちゃんと持参なのですよっ! 狼さんのあっぷりけ付きなのです。おにいちゃんにはお花模様のを持ってきたのですの」
今度こそ鼻高々の妹。
「ヤ、ヤンファ、これ、花柄はちょっとなー……」
女の子趣味のエプロンに狼狽する兄を放って、ヤンファは包丁を借りて切れそうな食材を探し始めた。
「じゃあヤンファちゃん、俺のを手伝ってみるかい?」
ちょうどクラウスがバーベキュー用の肉を切り分け始めたところだった。
喜び勇んで挑戦、し始めたものの、手つきが危なっかしく出来上がったものはサイズも形もバラバラ。
「も、もうちょっとちゃんと握ろうか!」
「うー、難しいですの」
悪戦苦闘を見かねて、月臣と宇田川が手招きした。こちらは野菜を竹串に通す作業である。
「ヤンファにまるっとお任せくださいですのっ。とぅ!」
ところが串が刺したのは本人の手だった。
「あうっ。お野菜じゃなくて何故か手に刺さりましたのですよっ。避けるとは、なかなかの好敵手なのです」
「これは特訓が必要のようね……」
「そうやな……」
串が刺さった手をぶんぶんやるヤンファの背中で、二人の目がキラリと光った。
庭に料理や材料を運び終わると、頃合を見計らったかのように秋常が降りてきた。
「なに、トウモロコシパーティってマジだったの」
「そうよぉ、さぁこれ持って行ってー」
「お、重……」
秋常が遠山に持たされたのは氷水が入ったクーラーボックスだった。
「まったく手伝わなかったんだから、これくらいはやってもらわないと。それともジュースも入れましょうか?」
「いいえ、けっこうです!」
ヒイヒイ言いながらなんとか全員が待つテーブルの横まで運ぶ。面々は今や遅しと割りばしと紙皿を用意し、すでに準備万端で待っていた。そして遠山が音頭をとる。
「それじゃあみなさん、手を合わせてー。いただきます!」
「いただきまーす!」
「やっぱり本命をいただかないとねー」
真剣な眼差しでトウモロコシを選ぶ市川。
「濃い茶色したヒゲがたくさんあるのが熟してておいしんだよねー」
「……そうなのか」
ジズも真似してトウモロコシを選び出す。
「タレならバター醤油あるよ。満遍なく塗って、仕上げに軽く炙れば香ばしい良い風味がでるよ、きっと」
虚神のバター醤油で炙ったトウモロコシをほおばる。鼻腔をくすぐる甘辛い匂いが、コーンにもからまって舌の上を転がる。
「えぇ香り。けどタレやったらこっちも負けへんよ」
輪切りにされたトウモロコシは網に寝かされたあと、宇田川のタレにつけられる。バター醤油とはまた違う甘さ辛さだ。
「ポタージュはどうかしら? 上手く出来ていると良いのだけれど」
「スープなら私も作ってますよ」
「いやー、旨いよどっちも。あ、俺のバックリブも食べてみてよ」
お互いの料理を交換し合う三人。
ミルクベースに透き通った玉ねぎとコーンが浮ぶ月臣のコーンポタージュ。そしてトウモロコシの芯からダシをとり、炒めた玉ねぎ、コーンとコンソメを混ぜ合わせた海城のスープ。シンプルながら妥協のないスープに食欲が刺激され、それを前座に程よく焼き目がついたクラウスのバックリブが胃袋に踊り込む。見た目に反して柔らかい骨付き肉は、バーベキューソースの手引きで咀嚼するほど旨みが出てくる。
「そのお肉はヤンファが切ったんですのっ! この串もヤンファが刺したんですのよっ!」
「まあ、上達はした、よねー……。手を刺したのは最初だけだったしー」
はしゃぐヤンファにフェインは苦笑する。
「そうなんだ、ちょうど焼けたのがあるよ」
火の番をしている虚神が大谷と海城に野菜串をすすめる。
「それはすごいっすね! 見事にピーマンが縦に並んでるっす! 緑っす!」
「こっちは玉ねぎだけね。さーさ、私のパスタもどうぞー」
冷たいパスタの流れに乗ってツナとコーンが口の中にやってくる。めんつゆの和とパスタの洋をマヨネーズが橋渡し、清流のような爽やかさが広がる。
「わ、ヤンファ、これ凄く美味しいよー。食べてごらんー」
「えへへ、美味しくて美味しくて手が止まらないのですの」
赤銀色の兄妹の尾がパタパタ左右に振れている。
「パスタもええなぁ、参考にしよ。枝豆もいただこうかな。ん、えぇお味♪」
「トマトいただきますっす! んー、旨いっすよ! 五臓六腑に染み渡る感じっす♪」
宇田川と大谷が自然にごく近い味に接する。
端だけ切られた赤い球体と緑の房は中まで塩を取り込んで、塩の隠れた甘さを存分に引き出している。
「そうでしょー。あ、ジュース持ってきてくれたんだ、忘れてたんで助かったー」
「はい、お二人さん、リブお待ち。俺もジュース貰うよ」
クラウスがジュースのかわりにバックリブを持ってきてふるまう。
「お、ありがとうー。バーベキュー、夏らしさが出てなんかいいね!」
「……ヒゲだ」
ヒゲの多いものを見つけたジズは、おもむろにかじりついた。だが口にあわない。
「ちょ、ジズってば、トウモロコシは生で食べるものじゃないよ? それに黄色い粒だけ食べるんだよ、芯までがじがじしちゃダメだって」
苦笑しつつも彼の肩を優しく叩いて、虚神は焼きたてを渡す。
「……おいしい」
「ジズさん、トウモロコシ初めて食べるのかしら。じゃあ茹でたものもどうぞ。ジューシーで美味しいと思うわよ」
みずみずしくやわらかい粒々が、プチプチ弾ける感触とじんわり広がっていくほのかな甘みに顔がほころぶ。
「おにいちゃんは、もぐ、何を、もぐもぐ、食べてますの?」
「焼きトウモロコシだよー。もみじのおじーさんのトウモロコシ、凄く綺麗だよねー。それに美味しいー!」
誰よりも食いっぷりのいいヤンファ。すでに3本トウモロコシを食べきっていた。
「すごいなぁ、ヤンファちゃん。よかったらうちの分もどうぞー」
「んぐんぐごっくん。いいんですのっ? えへへ、ほっぺとお腹がしあわせなのです〜っっ」
その一本を食べ終えたところで、トウモロコシはきれいに平らげられた。
料理もあらかたなくなり、参加者達は腹を落ち着かせながら談笑ムードである。
「デザートに、アイスを冷やしておいたので、お腹に余裕があれば召し上がって下さいっすよ!」
そろそろか、と大谷が冷凍庫からアイスを持ってきた。
甘く冷たいアイスにときどき頭を痛めながら、だんだんとお開きの空気になっていった。
調理に使った包丁や鍋は、食事会を始める前に片付けていたため、締めの後片付けにそう時間はかからなかった。
バーベキューコンロやテーブルが庭から引き上げられていく。調理場では食器を洗う音がする。
パラソルをたたみ、余ったジュースを皆で分けると、もういつものうぐいす寮に戻っていた。
「みなさん、急な呼びかけに応えてもらってありがとうございました。おかげで楽しい食事会になりました」
遠山が集まったメンバーに向かって軽くおじぎする。
「ごちそうさまっす! また何か届いたら、是非にご相伴に預かりたい所っすよ!」
「いやー、なんだか早いうちから夏を堪能できてよかったよー」
「たまには、こういう依頼に参加して息抜きをする事も大事よね。ここ最近は、気を張っている時が多かったし」
「そうやね、料理の勉強もできて一石二鳥やったねぇ」
「和やかな雰囲気の食事会でしたね」
「皆で食べるとやっぱ美味しいよねぇー。遠山さんありがとー!」
「トウモロコシいっぱい食べれて嬉しかったですのっ!」
「夏らしくてよかったよね、ジズ」
「……また食べたい」
「呼んでくれたもみじに感謝だね、ありがとう」
本当は厄介払いのつもりが予想以上に喜ばれたことに、もみじは頭をかきながら終始照れくさそうにしていた。
そうしてめいめい、かげり始めた陽の中を家路についていった。