前日に続き、金曜日も午前から強い日差しが降り注いでいた。
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)、ライアー・ハングマン(
jb2704)、ルーノ(
jb2812)の三人は、太陽光線と地面からの照り返しに挟まれ、サーバントより日射病のほうが怖いととぼやきながら緑地に向かっていた。
封鎖されているからか、この暑さのせいか、緑地の周囲は人影も少なく、先発の浪風 威鈴(
ja8371)、静馬 源一(
jb2368)、ソーニャ(
jb2649)らはすぐ見つかった。
「はい、パンフレットを全員分用意しておいたで御座る」
六人が日陰を求めて近所のコンビニの軒下に移動したところで、静馬が緑地のパンフレットを渡してまわる。
「広い……なぁ……敵……狩れる……かな」
パンフレットに目を通しながら浪風が首をかしげていると、ソーニャが捜索について進言した。
「あの、はぐれた動物って身を隠せる場所を探しますよね。だからステージを狙ったのかなって思います。まだ緑地を出ていないならそういうところを探すのがいいんじゃないでしょうか」
地図にはそれらしい場所に印をつけておきました、と自分の分を広げてみせる。
「あ、ボクもいいかな♪ できればさあ、これ以上ステージ壊されたくないんだよね☆ だからサーバントを見つけたときはステージから離したいな☆ そのほうが戦いやすいよね?」
「あとはお互いすぐフォローできる位置取りってところだな」
ジェラルドの提案をライアーが締め、方針が固まる。
撃退士一同は緑地入り口に立ち並び、光纏にて全身にアウルをまとった。
閉じられていた鉄柵がゆっくり左右に開いていく。
誰もいない敷地内に足を踏み入れ、まずは目視で目標を探る。
「起伏が……少ない……見通しも……いい」
「でも、見える限りでは索敵にもひっかかりません」
が、予想通りあっさり見つかることはなく、ルーノが翼を広げて空に上がってみても状況は変わらない。
「だめだな、上からもわからなかった。やはり地道に探す他ないようだ」
「さぁて、どこに隠れてるのかな☆」
六人は十メートルほどの距離を保ちつつ、足でのサーバント捜索に切り替えた。
入り口近くの公衆トイレが空振りに終わり、一行はステージへ向かった。緑地とは言うものの、その実、樹木は池の向こう側に集中しており、彼らの頭上には直射日光がさんさんと降り注いでいる。たかだか数分間日の下にいただけで、皮膚に火照りを感じ出す陽気。
「暑いで御座る……」
「お前、マフラーは脱いだらどうだ」
空気にこもった熱が場の緊張感を削ぎ始めたとき、六人の中で、ステージに向かって左前方を歩いていた浪風が立ち止まった。気づいた他の者が同調し、行進は停止する。
「微かに……聞こえる……土を……擦って……る」
鋭敏に研ぎ澄まされた聴覚が、ステージに近づいたところでうごめく何かの音を捉えた。ルーノが生命探知でその気配を確認する。
「いた、舞台装置のあたりだ」
その言葉と同時に六つのヒヒイロカネから魔具が具現化された。
真っ先に静馬がステージ右側を回りこみ始める。得意の潜伏術をもって目標の足止めができる位置に移動する腹づもりだった。
だが、そのサーバントはすでに撃退士の接近を察知していたらしい。身を潜めていた鉄骨の残骸から抜け出し、ステージ中央に躍り出てきたのである。低く鋭い咆哮が辺りに響きわたり、たまげた鳥達が止まり木から一斉に飛び立った。
茶褐色の体に映える白毛のその姿は、ステージと比すれば目立たないはずだが、威圧的な存在感は怒れる百獣の王を連想させた。
「そこで暴れられると困るで御座る!」
咆哮の隙を狙った静馬だが、気を高ぶらせ研ぎ澄まされた獣の運動神経は、彼の影縛術をかわさせた。
矢継ぎ早にステージ正面から、ソーニャがアサルトライフルをバーストモードで構える。しかし、発射された三発ともが命中には至らず、それがサーバントに『敵』を認識させる結果となる。
目と目があい、敵意の矛先が明確に自分であると悟ったソーニャは、後方へさがろうとする。相手を見定めたサーバントはステージを飛び降り、猛烈な勢いで彼女に迫った。
「間にあわねえ!」
「行けるか!?」
フォローし得たのは、彼女の両サイドにいたジェラルドとライアーである。
先に動いたジェラルドは、盾になるため割って入ろうとするも、一秒に満たぬわずかな差で後一歩及ばなかった。サーバントは彼の眼前を駆け抜け、少女目がけて突進する。
ソーニャは両腕を前に身を固め、体当たりをなんとか凌いだ。受身のおかげでダメージは抑えられたものの、スピードにのった突撃は相手の体を軽々吹き飛ばした。これを、後ろに控えていたルーノが走りこみ受け止めた。
「大丈夫か」
「ありがとう、ございます」
ソーニャは腕の痛みに顔をゆがめながら、なんとかうなづく。
「甘い甘い♪ それじゃあ俺達は躱せないよ☆」
爪を立て、地面を滑りつつ動きを止めたサーバントに、全身から赤黒い闘気が立ち上るジェラルドが、エーリエルクローを振り上げ飛びかかった。
「悪いけど……キミのステージはもう終わりにしてくれないかな☆」
その動きを、眉根をひそめた眼が一瞬にらみつける。
白い体毛を散り飛ばし、爪は頬をかすめて空中を薙いだ。三本筋の傷口から血が流れでたが、常識外れの反射神経で致命傷は避けられていた。
傷つけられてひるんだサーバントは、飛び込んだ場所が自分に不利とみるや、周りへの警戒を解かぬままステージへ引き返そうとする。
「おっと、ここはもうボクのものだよ」
そのことに慎重な観察を続けていた浪風がいち早く気づき、ステージの上に跳び上がって、威嚇射撃にショットガンを一発撃ち放った。後ろからの轟音に驚き身を翻した猿ライオンは、陣地が占領されていることに憤り、憎々しげに吠え立てた。
そこに光の矢が幾本も飛び交い、油断のうちにあったサーバントの四肢や胴に突き立った。苦痛の叫び声があがり呻き声に変わる。
「ここはお前の居るべき場所ではない、大人しく消えてもらう」
「観念するで御座る!」
ルーノのロザリオが繰り出した攻撃に、静馬が呼応して動く。
巧みに操られた視認困難な金属の糸がサーバントを縛り上げ自由を奪っていく。猿ライオンは爪を使ってワイヤーを切ろうともがくが、痛めた脚は思うように動かず、ますますその身は絡めとられるばかりである。
もはやこの野獣に逃れる術も、抵抗の糸口もなく、怒気をこめた喚き声をまき散らすだけだ。
「いいタイミングだ。ジェラルドさん、離れたほうがいいぜ」
「おっとと、まずいまずい☆」
冥府の風をまとったライアーに注意を促され、ジェラルドがその場から退く。
「サーバントならコイツが一番だろう? ……刻まれろ!」
とどめとばかりに放たれた無数の三日月状の刃が、猿ライオンを容赦なく斬りつける。
天魔の、相反するが故の痛烈な威力に、開いた口から断末魔すらあがることなく、事切れた小さな乱入者は静かに体を横たえた。
「さて、これで目標は達成だが、思ったより簡単に片付いてしまったな」
時間は正午。依頼の目的は完遂し、『昼までに』という条件も守った。後は依頼人への報告を残すのみ。
「えーと、これで解散で御座るか?」
「みんな……帰る……?」
「んー、ステージに余計な被害は出さなかったけどね☆」
「この程度では報酬分の働きには足りないだろう」
「ちょぉっともの足りないよなぁ」
「ステージ作り、間に合うのかな」
全員、とぼけた表情で顔を見合わせ、そしてニカッと笑った。
「えっほ! えっほ! そこ危ないで御座るよー!」
日が傾きだした頃合の緑地は、ステージを中心に盛況さを取り戻していた。
「いやぁもう、ほんと何とお礼を言ったらいいか! ほんと頭が上がりません!」
撃退士たちは報告を済ませた後、率先してステージの補修の手伝いをかってでた。加えて、ジェラルドとライアーが各々の知り合いを集めたこともあり、イベント準備は着々と進んでいた。
喜び勇んで駆けつけた依頼人はその光景に感涙し、何度も彼らに頭を下げていた。
「あれだけのことでもらうには額が多すぎる。見合ったことをしている、……それだけだ、他意はない。
それよりいい加減頭をあげてくれないか」
三拝九拝する依頼人とそれをもてあましているルーノの横で、ライアーがケラケラ笑っている。
そこに、前髪に桜をあしらった髪留めをした小柄な少女が、スーツを着込んだ女性と共に近づいてきた。
「社長!」
「おお、牧田!」
依頼人は少女を手招きし、自分の横に並ばせた。
「紹介します、うちの看板アイドルの牧田ゆいり」
鼻高々に胸を張る社長を横目に、少女は深々とお辞儀した。
「この度は本当にありがとうございました。私、このライブ絶対成功させたくて――」
「えー、この子がアイドル? お、やっぱり可愛いね☆」
挨拶の途中でどこからともなくジェラルドが現れ、そのまま困惑する牧田をナンパし始めた。
「ボクさ、バーを経営しているんだけど、よかったら今度、遊びにおいでよ♪ イベントやる時は教えるからさ☆ あ、そうだ、番号――」
「ちょ、ちょっと、ちょっと! いきなり何言ってんですか! そういうのはまず事務所を通して――」
社長が大事なアイドルを庇うが、ジェラルドは構わずナンパを続けようとする。
押し問答する二人の横を通り過ぎながら、ソーニャはアイドルのほうに関心を寄せた。
「へぇ、あれがアイドルねぇ。ボク、初めて見るよ」
苦笑しながら話を合わせる牧田が、どこか孤独そうに見えるのは何故だろうなどと思案する。だから人は人をもてめて、つながって、それはサーバントも同じかも? と、今日自分たちが倒したサーバントに思いをはせた。
手伝いついでに現場を見学していた浪風は。
「なんだか……ライブ……って……お祭り……みたい
明日……も……来よう……かな」
会場に響く賑やかな金属音と人の声の交わりにそんなことを感じていた。
太陽が西の空にとけ始め、ようやく気温が下がってくると、依頼人が六人を呼んだ。
「皆さんのおかげで万事解決です。あとは機械の調整くらいなもので、うちのスタッフだけで十分です。本当におつかれさまでした。
報酬、心ばかりですが、上乗せさせてもらいますよ」
へっへっへと冗談めかしてニヤつく社長。そして社長と牧田があらためて礼を述べた。
「あ、そうだ。自分ちょうどカメラを持ってるで御座るよ。よかったら記念写真でも撮るで御座る」
「お、いいじゃん♪ 撮ろう撮ろう☆」
社長と牧田を真ん中に据えて、まわりを背の順に囲む。
「撮りますよー。はい、チーズ」
後日、学園宛てに手紙が届いた。無事成功したライブを皮切りに牧田の知名度が上がり始めた旨が書かれ、封筒には一枚の写真が同封されていた。