.


マスター:水音 流
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/01/23


みんなの思い出



オープニング

「ブレイカーズオンライン?」
 要請を受けて派遣されてきたフリーの撃退士――御堂 栄治――は、あまり耳にした事の無い単語に首を傾げて聞き返した。
「うちの会社で開発・運営をしている3DMMOアクション――ひらたく言えば、オンライン専用のパソコンゲームの名前よ」
 法務部相談室室長――嘉瀬 綾子――は、警察経由で届いた消費者庁からの書類の束を纏めながら説明する。
 撃退士を題材にしたRPGで、プレイヤーは自分の分身となるキャラクターを操作し、天魔を模したモンスターと戦いながらキャラクターのレベルを上げたりレアアイテムを求めて探検したりする事ができる、多人数参加型のオンラインゲーム。
 サービスを開始してまだ日が浅く、加えて、予算の都合でまともに広告が出せていない事から、その知名度は極めて低いのが現状だ。まあそれはさておき――

 ゲーム自体は普通のネットゲームだが、最近、このゲーム絡みである問題が出ているという。

 俗に『姫プレイ』と呼ばれる行為だ。
 主に、アイドル性の高いキャラクターを演じることで、ファンとなった他のプレイヤーに強力な装備や高額なゲーム内通貨を貢がせたり、レベルアップの手伝いをさせたりする行為のことを指すのだが、この行為自体には、特に違反性や違法性は無い。
 問題は、『とある姫プレイヤー』と2人っきりでオフ会をしたらしい『ファンプレイヤー』数人が、各人そのまま行方不明になっているという点だ。
 『らしい』というのは、これが本当に事件なのかどうかが分からないからだ。
 該当のプレイヤー達はいずれも現実世界では一人暮らしな上に身近な知人などもおらず、元々近況の確認しづらい生活を送っていた為に警察の方でも上手く足取りが掴めていないようで、どこかへ遠出しているだけなのか、実際に失踪しているのかの判断がつかない。
 ただ彼らの全員が音信不通になる直前、ゲーム内の知り合いに、
『明日、姫ちゃんとオフ会んごwwww』
 と意気揚々と話しており、以降、それまでほぼ24時間体制でプレイしていたゲームにパッタリとログインしなくなったという。
 社内の運営チームがログデータを調べた所、いずれもかなりの高レベルプレイヤーであり、姫に貢いだゲーム内資産も相当なものだということが判明している。
 また、件の姫プレイヤーがアカウント作成時に登録したデータは全て偽の個人情報であり、こちらもその正体を含めて何一つ足取りが掴めていない。

 以上の点から、極めて特殊な事例ではあるものの警察と運営チームではこれを天魔によるゲートを使用した誘拐事件と仮定し、その調査と解決に乗り出したというわけだ。
 ただし事が事なので、混乱が広がるのを防ぐために音信不通になっている事実も含めてまだ公にはしていない。

「あなたには一プレイヤーに成りすましてゲーム内で『姫』と接触し、オフ会の誘いに乗ったフリをして対象が出てきたところを確保する役をお願いしたいの」
「なるほど。しかし私は、あまりゲームというものに触れたことが無いのですが」
「あなたほどの能力があればすぐに順応できると思うわ」
 資料を拝見させてもらった、と綾子は先程の束とは別の書類を手に取りながら言う。
「元撃退庁諜報課所属のエリート。潜入活動を得意とし、単独戦闘においても優秀な成果を残している。今回の任務で重要なのは、現実で犯人と接触する段階よ。こういう言い方をしては何だけど、あなたの軍人然とした生真面目な性格は相手のペースに流されてはいけないという観点から見ても適役だと思うわ」
 綾子は書類一式をファイルに納めながら、
「必要な機材はこちらで用意しておきました。書類に記した住所に既に搬入済みよ。ゲーム内のローカル知識を纏めたマニュアル、および運営チームの特別権限を使って作成した囮用の高レベルキャラクターやそのアカウント情報も、一緒に入っているから」
 それを直立不動のままの栄治へと差し出す。
「了解しました。これより任務に当ります」
 彼はびしっと一際強く背筋を伸ばすと、差し出されたファイルを受け取った。


 仮設拠点となったマンションの一室。
「ふむ、なるほど。中々に奥が深いな……」
 必要最低限の家具とパソコン機材だけが置かれたサッパリとした部屋の中、手元の資料とゲーム画面を交互に見比べながら栄治はむうっと唸り声を上げる。
 ゲームには明確な最終目標が定められておらず、プレイヤーは各々で自由に世界を冒険できる作りになっていた。ひたすらレベル上げに勤しむも良し。とにかくレアなアイテムを集めるも良し。知り合った他プレイヤーとのチャットを楽しむも良し。
 これは思っていた以上に手強い任務になりそうだ。
 栄治は運営スタッフが差し入れてくれた牛丼に手を付けながら、書類の中の世界観を頭に叩き込んでいった――……

●2週間後
「状況はどうなってるの?」
 1日1度あるはずの定時連絡が1週間ほど前から来なくなったことに痺れを切らし、綾子は連絡担当員である運営スタッフのもとを尋ねた。
「あ、室長さん。いや、それが実はですね……」

 ――4日前。
 定時連絡が途絶えて3日。当初は何となく『忙しいのだろう』程度にしか思っていなかった連絡担当員も、流石に心配になって仮設拠点として借りているマンションの一室を訪ねた。
 するとそこには、変わり果てた御堂 栄治の姿があった。
「うはwwwwwレジェンドドロップktkr。スレにSSうpするおwwwww」
 自身が操作している美少女キャラクターに今しがた手に入れた伝説級のレアアイテムを装備し、画面のカメラアングルを下側へ移しながらスクリーンショットキーを押下。
「アリスきゅんローアングルぺろぺろwwww」
 今年27歳になるエリート撃退士は、モニターの前でコポォと吐息をくぐもらせながら掲示板のアップロードボタンを揚々とクリックした。
 既に日が落ちているにも関わらず遮光カーテンを閉め切った部屋には証明も点いておらず、床にはペットボトルやコンビニ弁当、宅配ピザの空容器が無数に散乱。
 唯一の光源である液晶モニターの明かりにぼうっと照らされながら、彼は訪ねてきたスタッフには目もくれずにマウスとキーボードを弄っていた――

「人間やめる一歩手前って感じでしたね」
 つまりは、仕事を忘れてハマってしまったのだ。ゲームに。
 運営が用意したアカウントも放置。別のアカウントを新規に作って一から美少女キャラクターを育成し、信じ難い速度で運営キャラクター(♂)のレベルを追い抜いたらしい。
「まだボトラーにはなってないみたいですけど……」
「ぼ、ボトラー?」
 よくわからない単語に首を傾げた綾子は、しかしすぐさま目的を思い出してスマホを手に取る。
 当然、その電話に栄治は出ない。
「どうします? やっぱ、まずいですよね?」
「当たり前でしょ! これじゃ私まで怒られちゃうじゃない!」
 綾子は半ば涙目になりながら、コール音が鳴り続ける電話を一度切り、代わりに依頼斡旋所の番号を呼び出すのだった。


リプレイ本文

「たった2週間かー。余程ツボにクリーンヒットだったのかな」
 自分もゲームは好きだが、堕落はいただけない。
 運営キャラを自力で追い抜く栄治のハマりっぷりに若干引きつつ、永連 紫遠(ja2143)はログイン用アカウントを作成した。


「なるほど、これならエミュレーター仕込めばスマホとかでも出来るようになるかな」
 運営チームに許可を貰ってクライアントファイルを解析していた月丘 結希(jb1914)は、自室でデータを弄くりながらゲームをインストール。


 玉置 雪子(jb8344)はマウスをクリックしてキャラクター作成画面を進めていく。
 撃退士を題材にしているだけあって、選択できる種族や職業は現実とほぼ同じ。
「キャラネームは、たまゆき……っと」
 黄金の鉄の塊で出来ているディバインナイトが皮装備のジョブに遅れをとるはずは無い。遊ぶジョブはディバインナイト♂でFA!


「軽課金者は軽度の課金者ではなく軽自動車が買える位の課金者と聞いた事があるぉ」
 なら重課金は、ダンプカーとかショベルカーなのかと。
 秋桜(jb4208)は、姫プが出来るように♀キャラを選択。容姿は、自分に似せてまんま悪魔な感じに。
 どうやら初期装備のデザインが選べるようだ。
「強さは二の次だぉ」
 とにかく布面積の少ない物を選ぶ。


 姫と聞いては黙っていられない。が、まずは社会復帰させるのが優先だ。
 事前情報によれば、今の栄治のキャラクターは♀。ならばこちらは♂の方が接触しやすいかもしれない。
 ヴィーヴィル V アイゼンブルク(ja1097)は頭の中で段取りを整えつつ、アカウントを作成。


「これはイケるぜ……!」
 作成したキャラクターを見ながら、丹下 茶々丸(jb8498)はニヤッと笑う。

 『この設定で決定しますか?』
 |> はい
   いいえ

 彼女はポチッとマウスを叩く。


 思い思いのアバターを手に、彼女達は『Breakers Online -BrO-』の世界に舞い降りた。



「せっかくだから、自分と似たような感じにしちゃえー」
 各部位の色や形を決めるスライドバーを動かし、ルーガ・スレイアー(jb2600)は金髪ロングの長身グラマーな♀キャラを作成。
 早速ログインしてフィールドに出ると、手近な敵を殴ってみる。しかし操作性は、かなりシビア。
「はじめたばっかりのゲームは何かとむずいぞー」
 最下級と思われる敵相手でこれとは、中々な手応えだ。
 彼女はとりあえず町に戻り、皆と合流することにした。


 真っ先にログインしていたユーリヤ(jb7384)は皆を待つ間、運営から提供されたキャラデータを基に栄治――もといアリス――の好みそうな狩場を推測。その足取りを見事に捉えていた。
 1人で狩りをしていたアリスに声を掛け、パーティーを組みたいと申し出る。アリスは躊躇う事無く快諾してくれた。

「あー、うん…こりゃ相当アレだわ」
 しばらく2人っきりで狩りをする間、元はゲームの『ゲ』の字も知らなかったとは思えないほど流暢なネットスラングを喋るアリスの姿に、ユーリヤは酷く残念な気持ちで一杯になっていった――

『ごめんなさい。知り合いからwisが来ました』
 ユーリヤはチャットを打ち、手を止める。実際はゲーム内チャットのwhisperログでは無く外部アプリによるボイスチャットだったが、そこは黙っておいた。

 皆もログインが完了したようだ。
 彼女は手近なフィールドを合流地点として皆に伝えると同時に、馴れた手つきでキーボードを叩く。
 友達もパーティーに加えて良いかと尋ねると、アリスはこれも快く受け入れてくれた。



 合流地点にやって来たのは全部で8人。どうやら茶々丸のキャラクターがまだのようだ。
 一同が首を傾げていると、

『よお、待たせたな』
 そうチャットログに発言しながら現れたのは、筋骨隆々としたガッチムチの♂。
 思わず鼻から噴いたコーヒーがコーヒー豆に還るくらい意味不明なその超ゴリマッチョは、鉢巻に褌一丁という裸族スタイルで一同にのしのしと近づいてくる。

『ワロス』
 爆笑しながら『たまゆき』がどちら様?と尋ねると、キャラの頭上に『コンゴウ』と表示されているその筋肉は、ログでは無くボイスチャットの方で茶々丸である事を告げる。

『なん……だと……』
『どうしてこうなった』

 ざわ……ざわ……と周章する仲間達。

 これが見たかった。

 茶々丸はモニターの前でニヤニヤと笑いながら、アリスのキャラを右クリックしてパーティー参加申請ボタンを押した。



 全員で狩りを始めて、しばらく経った頃。そろそろ良いかと、ヴィーヴィルがそれとなく本題を切り出した。

 曰く、オフ会をしよう。

『アリスさんて良い人ですよね!』
『是非リアルでもお会いしたいな☆』
『モテ期ktkr』

 誘致は任せる、と静観にまわったユーリヤを除く7人が、やいのやいのとアリスを持ち上げる。しかし――

『サーセン。狩りに忙しいからオフ会行けないお』
 ばっさり。

 迂闊だった。確かに、ここまでドカハマリしている半ニート状態の人間が、わざわざプレイの手を止めて外に出てくる道理は無い。
 相手とのコミュニティにハマっているケースであればオフ会も魅力的に映ったかもしれないが、ゲームプレイにのみ興味を示している狩りプレイヤーにとって、端末から手を離さなければならない時間はまさに誰得状態だ。

 なんとなく予想はしていたユーリヤも、期待を裏切らない栄治の堕落っぷりに内心で溜息を吐く。

 しかしここで諦めるわけにはいかない。引き下がる事無く必死にオフ会へと誘う7人。すると――

『じゃあ、ネカフェのオープン席でプレイしながらでも良いなら行くお』


 こうして、9人は2日後の昼前に市街にあるネットカフェで会う約束をして、この日はそのまま狩場で別れた。


●オフ会当日
 約束した店の前に集まった8人。中でもヴィーヴィルの身嗜みやルーガのオシャレにはかなり気合が入っている。。
 一方でユーリヤは、「もしかしたら使えるかも」と大きめのボストンバッグを持参。中身が何なのか気になったが、とりあえず一同は先に入店しているはずの栄治を目指して自動ドアをくぐった。

 店員に予約していた旨を告げ、案内されたオープン席の端に栄治の後姿を発見。
 目的はあくまでも栄治の社会復帰。そのための作戦第1段はズバリ、身嗜み。

 引き篭もってまともに寝食すらしていない彼に衛生面でのダメ出しを浴びせかけ、我が身を振り返らせようという作戦だ。
 そのダメ出しに説得力と威圧感を持たせるために、ヴィーヴィルは清涼感と気品を徹底的に突き詰めた服装を選んできている。

 顔を見合わせて頷き合い、8人は作戦を開始。
 オープン席へと近づきならヴィーヴィルが栄治の背中に声をかけようとして――

 その瞬間、身嗜み作戦は失敗に終わっていた。

 栄治は、ヴィーヴィルにも劣らぬ充分な清涼感を放っていたのだ。
 髪は綺麗に整えられ、顎には無精ヒゲの1本も無く、クリーニング仕立てのシャツはピンと襟が張っていて、香水を付けているわけでも無いのにシャンプーの仄かな香りが鼻を優しくくすぐる。
 部屋がゴミだらけと聞いていたからてっきり本人もと思っていたが、一体どこにそんな身を正す時間が……。これが効率を突き詰めた元エリートの手際というやつか。
 これではダメ出しのしようが無い。罵倒が度を越さないかと心配していた結希も、その点だけはほっと一安心。

 初手が不発に終わった8人はしかし、動揺を隠しながらそれぞれの椅子に着く。

 仕方が無い、第2段階だ。
 一同は自己紹介をしながらそれとなく栄治に世間話を持ちかける。
「ところで何のお仕事を? 私達は皆学生ですが。社会人でいらっしゃいますよね?」
 ヴィーヴィルの問いに、栄治はゲーム画面から目を離すこと無く『撃退士』と答えた。同時に、『今は休職中だお』とも。

 休職中じゃねえだろ! 任務の途中だろ!

 ツッコミたくなるのをぐっと堪え、紫遠が続けて話しかける。
 ゲームの一番楽しい時期なんかについて語りつつ、ルーガや茶々丸もリアルとの兼ね合いが大事だという事をさり気なく説いてみる。

「預金なら充分あるから、別に平気だお」
「お金の問題だけじゃありません。1人の紳士として恥ずか――」
 ある意味紳士ですしおすし、とヴィーヴィルの言葉を一蹴する栄治。
 駄目だコイツ、早く何とかしないと。

 そこへルーガがすかさず身を乗り出す。
「リアル捨てちゃうと、こうゆうのも楽しめないぞー?」
 推定Fカップの膨らみを栄治の腕に押し当てる。しかし彼は微動だにもしないまま、

「当たってるお( ^ω^)」
「当ててんのよ( ´∀`)」
「えろ杉ワロタwwww」

 異性になど興味の欠片も無いとばかりに、マウスをクリックし続けた。
 これもだめか。実はさっきから密かに言葉の端々にアウルを乗せて催眠も試みていたのだが、彼の強靭?な精神抵抗の前では完全に無力なようだ。
 これがエリートの力か……!

 不意に、ユーリヤがボストンバッグを持って立ち上がった。何事かと見上げる仲間達を他所に、シャワールームへと向かう。
 しばらくして帰ってきた彼女の姿に、一同は草不可避。

 なんとゲーム内で見た栄治――もといアリス――の格好そのものであった。

 眠たそうに、そして面倒くさそうにやる気の抜けた表情が何ともアンバランスで、同性と言えども思わず食指が動くクオリティの高さだ。
 このコスプレに栄治は――


 (  °д °)


 ( °д ° )


 (  °д °)


 (  °д °)、ぺっ


「横から見て厚みのある女の子には興味ねえんだお(#^ω^)」
「……」
 なんだろう、この敗北感。

 しかしその直後、栄治はチラッチラッと彼女の方を気にしながら、

「……でもルーガたそと比べると厚みが少ないお。ちょっと脱いだりとかしてくれるなら、少しくらいなら見てやっても良――」
 ユーリヤはガシッと栄治の顔面を鷲掴み、ぎりぎりと締め上げる。
 彼はバシバシバシッとテーブルを叩いて無言の悲鳴をあげた。

 もはや更生は不可能なのだろうか。
 一気に諦めムードが漂う中、穏便策としては最後になる話題を秋桜はダメもとで呟く。

「最近、『姫プ』してるとやたらと警戒されるぉ」

 その時、マウスを握る栄治の手がぴくりと揺れた。
 ――そうだ

「怖いですね……オフした先で連れていかれるなんて」
 無論、失踪騒ぎはまだ公にされていない為、それを知るプレイヤーなど実際は存在しない。しかしヴィーヴィルはもはや細かい事などすっ飛ばし、ここぞとばかりに秋桜のネガキャンに乗った。

 それは一般にはまだ知られてはいないはずの話題。自分達が運営の回し者である事を悟られる可能性が非常に高い諸刃の剣。
 ……いや、別に悟られたからって特に困らないのだが。目を覚ましてさえくれれば。

 モニターに近づいて丸まっていた背が、静かに伸びる。
 ――思い出した

「運営が広告費ケチってるせいで鯖人口少ないのに、これ以上過疎ったらゲームにならなくね」
「それは困るなー」
「鯖統合からの打ち切りコンボとかワロエナイ」
 更にルーガと雪子も頷く。こちらは演技では無く妙に切実な様子だ。


「「誰か何とかしてくれないかなー」」


 ――私は


『栄治』

 遠い光景。
 セピア色に褪せた記憶の中で、年老いた1人の女性が少年の名を呼ぶ。

『いいかい栄治。お前にはヒトを守る力があるんだよ。神様でも悪魔でも人間でも無い、ヒトがヒトを守る力だ。誰かを傷つけるなんてのは、誰にでもできる簡単な事だ。お前は、その力でヒトを守ってやれる優しい大人になりな……』
 ベッドに横たわるその女性は、シワだらけの手で少年の頬にそっと触れる。

『温かいねえ……』
 やがてその手は力なく下がり、

 いいかい栄治、約束だよ――……


「ばあちゃん……」
 ぽつり、と。何かを呟いた栄治に8人は疑問符を浮かべる。直後、

「すまない。用事を思い出したので私は失礼する」

 彼はがたりと立ち上がると、呼び止める間もなくネカフェを後にした。

 何だろう。何やら空気が一変したようだったが、もしかして今の一芝居で、眠っていた撃退士としての使命感を呼び起こせたのだろうか?
 一同は戸惑いながらも、携帯を取り出して一連の状況を綾子へと報告。そして返ってきたのは、確かめてこいという指示。

 正直もう帰りたかったが……一度依頼を受けた以上は仕方ない。これも仕事だ。
 溜息をつきながら、彼女達は栄治が寝泊りしているマンションへと向かった。


●拠点部屋
 綾子から預かった合鍵を使ってドアを開ける。依頼時に聞いた話では、室内は飲み物や弁当の空容器で酷い有様になっているらしいが……。
 8人がそおっと中を覗くと、予想に反し、部屋の中はちゃんと掃除されて綺麗になっていた。閉めきっていたカーテンも解放して、きちんと換気がなされている。
 はてと顔を見合わせた彼女達は、靴を脱いで部屋にあがった。そして、室内の奥で栄治を見つける。

 彼は申し訳程度に置かれていた質素なソファーの上で、資料の束を抱いたままスヤスヤと寝息を立てていた。

「ちゃんと自分の仕事を思い出したみたいだなー。寝落ちしてるけど」
「2週間もぶっ通しでゲームしてたら、そうなるわよね。むしろよく生きてたわ」
 8人はやれやれと苦笑しながら、整然とした表情で眠る彼を見下ろす。

 そんな時、ユーリヤはふとソファーの傍らに毛布が落ちているのを見つけ、徐にそれを拾い上げる。
 至極面倒くさそうに溜息をつきながらも、栄治の身体に掛けてやろうとして――

「……ユーリヤたそ、まじツルペタ……」

 寝言で呟いた栄治の顔面に拳を突き下ろした。


●後日談
 ある日、学術的な興味からBrOのクライアントを弄っていた結希は、ヴィーヴィルのアカウントデータが現在も時折更新されている事に気がつく。
 気になってログデータを漁ってみると、何と新規に作成した♀キャラで姫プレイと思しき痕跡がズラズラと出てきた。

 ダアト♂から改造済み魔具の貢物。次の日には、高級回復薬のセット。
 流石に貰いすぎたと判断したのか、更に翌日に今度は改造済み魔装を持ってきたダアト♂に対して、
「ゲームを始めたばかりの知人が困っているから、しばらくはその子を手伝ってあげて欲しい」
 と貢物を断っている。
 しかし同時に、新しく信者となった別のキャラからはダアト♂以上に高額な装備をしっかりと受け取っていた。アイテム倉庫は貰った相手ごとに個別に管理し、お返し用と思われるアイテムも几帳面に整理して保管されている。
 どうやら飴と鞭を使い分け、かなり計画的にアイドル人生を構築しているようだ。

「上手く手玉にしてるわね……」
 すっかり没頭している様子の彼女のログデータを眺めながら、嘆息する。

 今度は彼女が帰ってこられなくなった、なんて事にならなければ良いが。

 結希は空中に投影された大量の情報窓を切り替えると、まるで他人事のように再びクライアントの解析作業に没入していくのであった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:7人

撃退士・
ヴィーヴィル V アイゼンブルク(ja1097)

大学部1年158組 女 ダアト
飛燕騎士・
永連 紫遠(ja2143)

卒業 女 ディバインナイト
こんな事もあろうかと・
月丘 結希(jb1914)

高等部3年10組 女 陰陽師
駆逐されそう。なう・
ルーガ・スレイアー(jb2600)

大学部6年174組 女 ルインズブレイド
エロ動画(未遂)・
秋桜(jb4208)

大学部7年105組 女 ナイトウォーカー
撃退士・
ユーリヤ(jb7384)

大学部6年316組 女 バハムートテイマー
氷結系の意地・
玉置 雪子(jb8344)

中等部1年2組 女 アカシックレコーダー:タイプB
新世界への扉・
丹下 茶々丸(jb8498)

大学部2年122組 女 阿修羅