――斡旋所。
「ふうん? 影が…ねぇ…つまり、影が本体ということかしらね」
むかーし、そんな忍法小説があったような気がするわね。卜部 紫亞(
ja0256)がごちる。
一方で、
「影型のサーバントというのも珍しいですね」
「影だけとか変な敵……まぁ変で妙なのはよくある事な気がするけど」
鑑夜 翠月(
jb0681)とリリル・フラガラッハ(
ja9127)。女子2人――いや翠月は、男…子…?――は依頼書を見直していた。
「外見はとてもシンプルでそこまで脅威を感じる様には思えませんでしたけど、お話しを聞いた限りだと気を抜いていいお相手ではなさそうですよね」
「何が相手でもいつもの様に油断も容赦も躊躇もせずやればいいよね」
これ以上被害者の方が出る前に討伐出来るように頑張りますね。
さて、お仕事お仕事……と。
各々のノリで気を引き締める2人。
対して、既に準備に取り掛かっている者達も居た。
「がんばるぞー。この依頼の為に『影絵』を練習してきたんだっ」
気合の入れ方が少しおかしい藍那湊(
jc0170)。
「シャドー(と)ボクシング、といったところか」
こちらは和泉 大和(
jb9075)。
敵のラッシュを受けきり、己が友――勝之助(ヒリュウ)――のヒリュウキックを成功させるという個人目標を抱いての参戦だ。
その横では、彩・ギネヴィア・パラダイン(
ja0173)が淡々と小道具を調整していた。フラッシュライトのレンズ部分に傘を張り、光線をより一点に収束し易いよう細工。
シャドーにダメージを与えるには、おそらくこちらも“影で殴る”必要があるのだろう。そう考えた彼女は、試しに肉体ではなく影を意識しながら手足を動かしてみる。
椅子の影を右手の影で掴むフリをしてみたり、光源であるライトを動かして影の伸びる方向を変えてみたり。
それを見た大和も、彼女にライトを当ててもらって体と影の“ずれ”を確かめる。
一通り試した後、彩は眼鏡の鼻掛け部分をくいっと持ち上げた。
「光源を背にして戦えば、隙を衝かれることはないでしょう。あとは、慣れ、ですねぇ」
「んー、とりあえず殴られるのはヤだなー」
そう言ったのは砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)。
「影に対して攻撃されるとなると、どうしたら防御出来るんだろね?」
盾の影で受けられるのか……。しかし地元撃退士の報告通り物影に隠れるとなると、無機物の影は通過されてしまう可能も。
「ナマモノの影は当たり判定あるなら、人垣で肉の壁作って囲むとかすればいいのか」
ひどい物言いで、武田 誠二(
jb8759)が人形魔具のアンジェリカを大事そうに撫で撫で。
「全員で一列に並んでみるか?」
「でも地元撃退士ちゃんが同時にダメージ受けちゃったの考えると、影がくっついてると同個体扱いになるのかな。だから互いの影がくっつかないような位置取りの方が良いかもねー」
するとオペ子が、
「いえ、ジモピーの皆さんは同時ではなく順々にやられたっぽいです。個々が瞬殺だっただけですね」
「あ、そうなんだ?」
ま、手探りで色々やってみて、上手い方法見つかったらラッキーくらいな感じで。
そうしてジェンティアン達は、頷きながら現地へと出発。
ふと、誠二はロビーで1人立ち止まったまま、
「今回はこっちがいいか…」
影で殴るには不向きだな、と。
爪魔具と入れ替え、少し残念そうに人形を仕舞った。
●
佇んでいるシャドーを発見した7人。
大和が勝之助を召喚し、後方上空から戦場を俯瞰させて視覚共有。自身は盾役として前衛を買って出る。
四股を踏んで気合を入れ、慎重に前進。
対して、アストラルヴァンガードであるジェンティアンもこくりと頷く。じりじりと足を動かし――
後 衛 へ 。
「痛いのはヤだよね」
「「……」」
無言の眼差し。
耐えられなくなって渋々前へ出るジェンティアン。視線が痛いのもヤだよね。
盾役と攻撃役と光源役。
役割を分担し、湊は光源役として仲間達の影が本人の正面に発生するよう、後方でトワイライトとフラッシュライトを駆使。
彩は予備の光源役として、側面に位置する建物の壁に張り付いて高所から戦況を観察・分析する事に。
各々準備が整い、紫亞が盾役にウィンドウォールを掛けて戦闘開始。
「さて、目撃情報の信ぴょう性を確かめてみるとしましょうか」
直後、空気の切り替わりを察知したのか、それまで微動だにしていなかったシャドーがピーカブースタイルで迫ってきた。
「影、だけにどこかに潜まれると厄介だけど…」
影の手で影を縛ることは出来るのか。
La main de haine. アウルで描いた円の中に紫亞が両腕を突き入れると、押し出されるように無数の白い腕が飛び出してシャドーへと伸びる。
群がる腕を意にも介さず、しかしその影の軌道からは逃げるようにフットワークを刻んで突っ込んでくるシャドー。
狙われたのは、見るからにいかつい大和ではなく、パッと見が柔弱そうなジェンティアン。
が、彼は思いのほか頑丈だった。
緊急活性した盾の影にシャドーの拳が当たって重い打撃音が響くも、涼しい顔で踏み止まる。
無機物(盾)の影は透過されるかもしれないという懸念もあったが、きちんと効果があるようだ。
――と思った次の瞬間、シャドーが盾とそれを持つジェンティアン自身の影の中をすぅっと通り抜けて、真横に回り込む。
透過は自在。ただし透過と接触を同時に行なう事は出来ない、といったところか。
ジェンティアンの影が振り向くよりも早く、敵はガラ空きのわき腹へとフックを打ち――
どんっ
と、音が聞こえそうなほど盛大に突き飛ばされたのは、シャドーの方だった。
フックが決まる寸前、翼を生やしたおっさんの影が高速でシャドーに突っ込んでいた。撥ね飛ばされる棒人間。
見上げると、空を飛んで駆けつけた誠二の姿。
間髪容れずに、紫亞が再びhaineでシャドーを縛りにかかる。ただし、今度は腕の影部分で。
シャドーは慌てて起き上がり、必死にhaineの影から逃げ回る。
中々に素早い。だが、
「剣の影でなら斬れるのかなぁ?」
逃げた先に、大剣を持ったジェンティアンが居た。
刃の影で狙いを合わせ、フォンッと振り下ろす。
ぱしぃ!と見事な白刃取りで受け止めるシャドー。
盾で受けた時もそうだったが、どうやら影越しでも感触はあるようで、ぐぐぐっと堪えているシャドーの振動がジェンティアンの手にも伝わってくる。
斬られまいと耐えるシャドー。
しかしそこへ降り注ぐ無慈悲な追い撃ち。
L' Eclair noir. 紫亞の放った黒い稲妻――その影が、棒人間を穿つ。
更に別方向から、魔法弾の雨。ヘルゴートで自己強化した翠月が、手にした古めかしい魔導書を解錠。魔力の刃を飛ばし、その影部分で敵を刻む。
シャドーが弾かれて横に転がり、ジェンティアンの大剣がガキンと地面を叩いた。
シルエットに変化は無いが確実にダメージは受けているらしく、シャドーは僅かにフラつきながら起き上がると、改めてフットワークを整えて向かってくる。
狙いは、紫亞よりも近い位置に居た翠月。
――その時、琥珀色の光が揺れた。
アウルで出来た蜂翅を羽撃かせ、リリルが炎のような軌跡を引きながら翠月の前に割り入る。
「コードQ・W・E、空(クウ)よ盾となれっ」
空間の一部がアウルで変質・結晶化。透明度の高い結晶壁はそれでも微かに地面に影を落とし、シャドーの拳を確りと遮断してくれた。
「防御力はそれなりに自身があるんだよ?」
対するシャドーは半歩横に跳び、左ジャブ。
リリルの結晶壁も瞬時にその位置へと動くが――
ぴたり、と。
シャドーはジャブを寸止めして元居た位置に戻り、右ストレートを繰り出していた。
防御を見越したフェイント。反応が間に合わず、リリルの影が腹部に直撃を受ける。
本当に殴られたかのようにこみ上げてきた痛みと胃液を、リリルはぐっと飲み下した。
「っ……この程度でやられはしないから」
だがその一瞬の隙に、シャドーは後方の翠月へと襲い掛かる。
咄嗟にナイトドレスを身に纏う翠月。本体同様、彼女…いや彼の影も黒い靄の影で包まれて防御姿勢を取るが、その上から叩き込まれるシャドーの重い一撃。
更にもう1発打ち込もうと敵は左腕も振りかぶるが、刹那、湊がライトの位置を変えた事で翠月の影の位置もパッと変わり、2撃目は空振りに終わる。
しかしすぐさま切り返し、翠月の影を執拗に襲うシャドー。
「左だ」
その時、大和の静かだが強い声がした。
勝之助との視覚共有により上空から一帯を俯瞰していた彼は、影の位置ずれを地上組よりも早く正確に把握できていた。
そして同じく上空に居た誠二が、瞬時に対応。ライトを当てて翠月の影を更にずらし、シャドーの一撃をいなす。
それでも尚、追い縋るシャドー。
だが今度は、建物の壁に張り付いていた彩がライトを点灯。
空を切るシャドーの拳。
そこでシャドーが取った行動は、光源役を先に潰す事だった。
だが湊の傍には屈強そうな大和が。
誠二は空を飛んでいて動きが素早そう。
となれば、残るは――
ビルの壁面に居て仲間達からの援護も届き難そうな彩を狙い、シャドーが滑るように壁を駆け上がる。
が、それはとんだ選択ミスだった。
この中で影の動きについて最も念入りにシミュレーションしていたのは、彩である。
彩は壁に張り付いたまま自身の影を巧みに動かしてシャドーの拳を躱し、貫手によるカウンターで風遁・韋駄天斬りを見舞う。
さらに、着撃と同時に掌を開いてシャドーの黒丸頭を鷲掴み。そのまま壁を駆け下りてシャドーを再び地上へ引きずり下ろしてやった。
影として元々地面に張り付いている性質上、流石に叩きつけるという事はできなかったが、風遁のダメージは相当堪えたらしい。彩が手を離して遁甲の術で離脱する間も、シャドーはべしゃりと地面に横たわったまま(元々横向きではあるが)。
「……こいつ、地面ごと抉って持ち上げたらどうなるんだ」
ふと誠二が呟く。一緒に持ち上がるのか、それともそのまま下の地面に残るのか。
地上に降り、装備していた爪でシャドーの周囲をドカリと抉り取ってみる。
すると持ち上げた瓦礫の形に添うように、のっぺりと張り付いて一緒に持ち上がるシャドー。瓦礫の中をグルグルと走り回るばかりで、まるでそこに閉じ込められているかのようだった。
どうやら地続きになっていない場所には移動できないらしい。
もしかしてこのまま持ってれば、こいつ何も出来ないんじゃないか?
そう考えた刹那、手と瓦礫の表面が接している僅かな隙間にできた誠二の手の影を殴りつけるシャドー。
鈍痛が走り、彼は堪らず手を放す。
瓦礫が転がった瞬間、シャドーは慌てて地面へと移った。
光源役を先に倒すという思考は変わらず。しかし彩は手強い。ならば湊を先に、と襲い掛かるシャドー。
頑強そうな大和の影が間に立つが、透過モードでするりとやり過ごして湊に肉薄。だが、
「残念でしたー」
梟ノ眸(グラウコーピス)を発動した湊は、シャドーの攻撃軌道を予測。両手に持ったライトで自身の影をずらして回避し、燐光散る瞳でウインクしてみせる。
それでもしつこく追撃してくるかと思いきや、シャドーはくるりと反転。一目散に後退して向かった先には、建物の影。
逃げるつもりだ。
だが、いまさら影に翻弄される一同では無かった。
建物の影に入った直後、ジェンティアンが星の輝きを発動。オンステージとでも言わんばかりの眩い光を放ち、建物の影を丸ごと掻き消していた。
それに感動したのは湊。
「き、きれいだ…そしてカッコイイ。まさに僕の憧れるきらきらした男の人の姿…!」
ふと、ジェンティアンの光で自分の影も実物よりも少しだけ大きく伸びているのに気づく。
「将来は…これくらいには大きくなりたい!」
体の動きに連動して影の拳がぐっと握られ、アホ毛がみょんみょん跳ねる。
いつかはきっと。
5年前から2cmしか伸びてないが、そのうち絶対。
一方、炙り出されたシャドー。
両膝に両手をつき、肩で息をするように上下に揺れていたところを一発で発見されて盛大にキョドっていた。
瞬間、紫亞のhaineと翠月のダークハンドがそれぞれの影でシャドーを縛り上げる。
「もう逃げられんぞ」
飛び出したのは大和――ではなく、勝之助。
上空から降下しながら敵の背後に回り込み、チャージラッシュで全力蹴りを見舞う。直後に反転して、もう一撃。ヒリュウ反転ダブルキック。
次いで仕掛けたのは誠二。
「効くかどうかわからないが…まあ物は試しだ」
吸魂符。アウルで練り上げた符の影を、シャドーに当てる。すると、先ほど殴られて赤くなっていた誠二の手首が、見事に回復。
一方ジェンティアンは、掠り傷を負っていた翠月を「頑張って☆」と労いながらライトヒールを使用。
そんな中、最も重い一撃を受けていたリリルは軋む腹部を押さえながら、縛られたままのシャドーの前に立つ。
昔、とある魔法使いがこう言った。
魔術とは、己の中の風景で外の世界を塗り潰す事に他ならない……と。
「事象否定……再構築」
己自身に囁くように詠唱する。負傷したという事実を塗り潰す、歪な治癒術式。
衣服の下にはもはや痣一つ無く、リリルは自身と同じ名を冠した魔銃を手にして敵に突きつける。
「逃しはしないよ……!」
無数の魔弾の影がシャドーを射抜く。
「はい、鳳凰どーん!」
更にそこへジェンティアンの召喚した鳳凰の影が圧し掛かり、束縛の解けかかっていたシャドーの黒丸頭をドカッと張り倒す。
「よく見るとサッカーボールみたいな頭だよね。大きさが」
僕の長い脚でハットトリックでも決めてあげようかな。
冗談めかすジェンティアン。その時、誰かのフラッシュライトが灯って、ジェンティアンの影が短足極まりない姿に変わる。
「ちょっと今のライト誰!?」
誰も名乗り出ず。
代わりに湊が、
「あ、そうだ」
と思いついた声を上げ、徐に手で影絵の『犬』を形作る。
手を光源に近づけて、影犬を巨大化。
「がおー。がうがう」
噛み付くような動作でシャドーに迫ると、シャドーは閉じようとする影犬の口を必死に押さえて、ぬおぉぉと耐えていた。しかし、
ぷるぷるぷる べしゃっ
力尽き、噛み潰されるシャドー。
ペシャンコになった(元からだが)シャドーを湊がフラッシュライトで照らしてみる。すると、光の当たった箇所がスッと消えた。
箒で掃くように、ライトの光を前後左右に往復。そうして、シャドーは完全に消滅した――
●戦闘終了
「よくよく考えると阻霊符使ってても戸の下の隙間から侵入される可能性とかありそうだしかなり危険な敵だった様な気がするなぁ……投入場所がここじゃなかったなら、だけど」
ふと思いを巡らせるリリル。
それを他所に、
「ほう、やるな」
大和は、勝之助と一緒に影絵でじゃれ合って遊んでいた。