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マスター:水音 流
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/09/11


みんなの思い出



オープニング

「あつい……だるい……とける……」

 頭と両腕をだらりと下げ、片足を一歩前に出すたびに止まりながら、残暑厳しい河川敷を歩く下級悪魔の青肌少女ナナコ。

 外が暑いのでエアコンのきいた部屋でポテチ片手にゲームをしていたら、上司に部屋を追い出された。いったい何がいけないというのか。

 お金を持っていないのでファミレスや喫茶店には入れない。立ち読みは疲れるのでコンビニや本屋も嫌だ。何より人が一杯いて恐い。
 あても無くとぼとぼとゾンビのように彷徨っていると、ふと今しがた通り過ぎた橋梁の下が薄っすらとした暗がりになっているのが目に映った。

「ひかげ……」

 吸い込まれるようにフラフラと河川敷に下り、芝生を踏みながら橋の下へ。するとそこには、一箱のダンボールが置かれていた。
 蓋が切り取られ、底に布を敷いて隅にエサと水の入った器が並べられている。そしてその中心には、ちょこんとお座りをしている1匹の仔犬の姿。
 ハッハッと小さく舌先を覗かせながら顔を上げる仔犬を、ナナコはぐったりとした表情で見下ろす。

 頬を伝った一粒の汗が、ぽつりと滴り落ちた――


●とある定食屋
「おばちゃん、俺エビフライ定食」
「俺はカツ丼」
「あたしは焼き鮭定食納豆付きでー」
「じゃあ、私もそれ1つ」

 昼時で賑わう店内で、久遠ヶ原学園の制服に身を包んだ少年少女が声をあげる。

『――次のニュースです。本日午前7時頃、市内のペットショップで、出勤したその店のオーナーが店内の保管ゲージから仔犬3匹が盗まれているのに気がつき110番通報しました。盗まれたのはいずれも犬だけで、隣のゲージに保管されていた猫や鳥などの他の動物や金品は盗まれておらず、オーナーが出勤した時、店にはカギが掛かっていなかったとのことです』
「あれ? このニュース昨日もやってなかったか?」

 料理を待つ間、何気なく見ていた店内のテレビから流れたニュースを目にして男子生徒の一人が首を傾げる。

「それ別の店じゃなかったか」
「じゃあ今ので2件目ってことよね?」
「でもなんで犬なんだよ。盗むなら普通、金だろ」
「血統書付きのペットってのは結構な高値で売れるもんだけど、売りさばく間に世話する手間があるしな」
「犬『だけ』っていうのも謎よね。鳥はともかく、猫だって同じくらい人気があるはずなのに」
「まあ犬カワイイもんねー。あたしも好きー」

 などと話していると、店員が注文の料理を盆に載せてやってくる。一同は手を合わせると、湯気がのぼる出来立ての昼食にありついた。

●郊外
 緑生い茂る山の中。山道から少し外れた場所に随分前から使われなくなったログハウスが一棟、ひっそりと建っていた。

「あー、たまらん!」

 はぁはぁと息を荒げながら目の前の光景を享受する。
 リビングに敷いたカーペットの上で、ふわふわの仔犬達が短い手足でちょこちょこと駈け回りながら別の仔犬やおもちゃと戯れている。近くにきた子に手を伸ばすと、仰向けにひっくり返ってぷにぷにの肉球で手を押さえながら指先にかじり付いてきた。
 まだ生え揃っていない小さな歯の感触が何とも心地良い。

「ああ……時が見える……」
「ナナコ」
「はぇ?」

 名を呼ばれて振り返った彼女の鼻からは、だくだくと鼻血が溢れていた。
 声の主は、身に纏った黒い外套の懐からポケットティッシュを取り出して彼女に差し出しながら、酷く呆れた様子で溜め息をついた。

「なんだこの仔犬の群れは」
「かわいいっしょー」

 ドゥフフ、と鼻息の多い笑みを浮かべながら仔犬を抱き上げ、もこもこの腹毛に頬ずりをするナナコ。

「数が増えているようだが」
「うん、今朝連れてきたー」
「盗んできた、の間違いだろう」

 再び大きな溜め息をついてその悪魔――ベゾルクト――は、小振りな丸眼鏡をくいっと持ち上げながら頭を痛める。
 一昨日どこぞのペットショップから4匹盗んできたかと思えば、今日は更に別の店から追加で3匹。河で拾ったという最初の個体を合わせて、8匹もの仔犬がリビングを走り回っていた。

「そんなに集めてどうする。食用にでもするつもりか」
「バカじゃないの。死ね」
「し……」

 抱っこしていたのを下ろし、近くに落ちていたネコじゃらしならぬイヌじゃらしを振ってやるナナコ。
 仔犬は夢中になってじゃれまわっていた。
 ナナコは鼻血を噴いて悶え転がっていた。

「……」

 ベゾルクトは静かに背を向け、その場を後にする。

 これは、よくない。

 ログハウスを出て山を下り、市内にある書店でボールペンと便箋一式を購入してから適当な公園で腰を下ろすと、彼は紙面にペン先を走らせ始めた。

「私の部下が――と、これはまずいな」

 間違えた部分を消そうとして、気づく。ボールペンだった。消せない。

「む。鉛筆と消しゴムにしておくべきだったか……」

 仕方がないので上からグリグリと塗りつぶして、続きを書き直していく。

「ママー、あのおじちゃん変ー」
「だめよ、早くこっちにいらっしゃい」

 周囲の雑踏を気にすることなく文面を書き上げ、電話ボックス内の電話帳を立ち読みして調べた住所を封筒につづる。三つ折にした手紙を中に入れ、封をして切手をぺたり。

「よし」

 ベゾルクトは立ち上がって公園を後にすると、近くに設置されていた郵便ポストへとしたためた封書を投函した。


●翌日、依頼斡旋所
『拝啓。残暑の候、撃退士の皆様におかれましては益々御清祥のことと存じます。実は先日、■■■■■近所でたまたま見かけた悪魔が不自然な量の仔犬を連れているのを目撃いたしました。もしかすると最近世間を騒がせているペットショップ盗難事件の容疑者ではないかと思い至り、ご連絡した次第です』

「なんだこれは」

 八嶋から渡された文面を見て、局長は訝しげな目を向けた。手紙には、件の容疑者と思われる悪魔の潜伏先や盗まれた犬の数、果ては何故かその悪魔の大まかな一日の生活リズムまで記載されている。

「さあ。今朝届いたんですけど、差出人が書いてないんですよ。どうします? 一応、事件の情報提供みたいですけど」
「確かこの事件、被害にあったペットショップから依頼が出ていたな?」
「はい。2件とも、こじ開けた形跡も無いのにカギが開けられてたんで、透過能力を持つ天魔が関与してる可能性があるということで、警察を通して正式な依頼として受理されてますね」
「ふむ……」

 局長はしばし考えた後、

「わかった。手紙の真偽調査もかねて、依頼情報を更新しよう」

 こうして、掲示板に新たな依頼が張り出されることとなった。


リプレイ本文

「モフモフは良いよねぇ……だけど……」

 依頼の詳細を聞いたジェラルド&ブラックパレード(ja9284)は、いつになく神妙な面持ちで考え込んでいた。
 まるで数学の難問にでも挑むかのように、顎に手を添えて唸る。
 そこにいつもの軽薄さは微塵も――

「何故……犬限定なのか……ネコもリスもウサギも居るというのに……」

 ――やっぱりいつも通りだった。

「話を聞く限りそんなに悪い印象は受けない…というか羨まし…いや、やってるのは悪いことだよね…」

 その隣で、藍那湊(jc0170)が呟く。

「悪い子には『メッ』てしなくちゃね。悪魔にも躾がいるもの」
「やけに詳細な情報提供なのが気になるので、その手紙見せてもらえませんか?」

 一方、オペ子に手紙の現物を要求したのは樒 和紗(jb6970)。
 塗り潰されている箇所をじーっと凝視し、

「…私、の…部、下?」

 辛うじて読み取れた原文。
 手に余る子供を押しつけられたような気分だが、とりあえず仔犬は無事に保護せねばなるまい。

「ちなみに俺も犬派なのでもふもふ天国とか何て羨まs――



 ――その頃。

「肉を独り占めするなんて許せない」

 肉、もとい犬。
 手紙に記載されていた現場の山中。歌音 テンペスト(jb5186)は単身潜入を試みていた。

 その姿は、まさかの全裸(それでも頭のリボンは外さない!)。
 自らの額に『犬』と書き、犬用の首輪を装着している。

 犯人が仔犬の散歩で通りかかったところへ捨て犬のフリをして近づこうという、完璧な計かk――

「キミ、こんなとこで何してるの?」

 その時、誰かが歌音に声を掛けてきた。
 振り返ると、2人のお巡りさん。

「警邏から本部。通報にあったマル被発見。全裸。任同してPSへ向かう。どうぞ」
『本部了解』
「ダメでしょ外で裸になっちゃダーメ。登山者さんビックリしちゃうよー」

 四つ足が、肉球が、と訳の分からない供述を繰り返す歌音を乗せ、パトカーは静かに山を下りて行った――……


●夜
 手配した車2台で山を登り、ログハウスに到着。
 こっそりと建物に近づき、それぞれ突入の準備を進める。

 和紗と武田 誠二(jb8759)がそっと窓を覗き、内部の様子を確認。
 冷房の効いたリビングでは、青肌の悪魔――ナナコ――が仔犬の仕草に鼻血を噴きながら悶えているのが見て取れた。実に幸せそうである。

「…失血で逝けばいい」
「ん?」

 ぼそりと呟いた和紗に、誠二が振り返る。

「いえ、何でもないですよ?」

 ニコリと笑みを返す和紗。
 一方、ナナコや仔犬の視線に注意しながらログハウスの周囲に仕掛けを施していくジェラルドと湊。

 仔犬の身長に合わせ、ジェラルドは建物を取り囲むように逃走防止用の網を巡らせる。
 ついでに一定の間隔で鈴をぶら下げておき、もしも網に掛かった際に場所が特定し易いようにしておいた。

 湊はと言えば、2つある出入口――表口と裏口――の前に罠を設置。
 ナナコが飛び出してきた際に足を引っ掛ける事を期待して、草木で編んだ弦を低い位置にピンと張る。

 最後に和紗が、それらの出入口の鍵を開錠スキルで解除。ただし仔犬がフラリと外に出たりしないように、扉自体は閉めたまま。
 これでいざという時、透過ができないメンバーでも楽に侵入できる。

 準備完了。

「それで? ホシはどこだ?」

 車の中で出番を待っていたゼロ=シュバイツァー(jb7501)は、雰囲気たっぷり真っ黒なサングラス姿で後部座席のドアを開けて登じょ――

 ガンッ

「痛っ!」

 真っ暗闇で何も見えずに車の縁に頭を強打するゼロ。夜にサングラスなんかつけるから。
 イヤホンから仲間達の「プークスクス」という声が聞こえ、彼は咳払いをしながらサングラスを外す。

 気を取り直し、踊っている大捜査ドラマに出てきた管理官のようなBGMを背負って登場。
 車のライトをハイビームで点灯し、用意しておいた拡声器のスイッチを入れる。

「あーテステス。かーらーすーなぜ鳴くの〜♪ よし……犯人に告ぐ! お前は完全に包囲されている!」

 夜の山に、キーンとスピーカーの音が鳴り響いた。
 直後、驚いたナナコが仔犬を抱っこしたまま窓際に立って外を見渡す。

「おとなしく出てくるなら優しくしたるから、ちょっと出てこいや!」

 元プロレスラーのタレント風に挑発。
 だがナナコは出てくるどころか、明らかにビビッた様子でカーテンぴしゃり。

「ど、どどどうしようなんか居る!? ベズ! ベズどこ!?」

 むぎゅーっと、仔犬達を抱き寄せながら上司――ベゾルクト――を呼ぶナナコ。が、応答なし。
 対して、外では次の作戦が。

「おっかさんも悲しんでるぞ!」

 ゼロから拡声器を受け取ったのは、和紗。
 彼女はコホンと咳払いをした後、

「花子、あんたがそないになったんは、うちの所為やろ? あん時…拾うて来た仔犬を『捨ててきい』なんて言わへんやったら。雨の中泣いてたあんたを、うちは…うちは…(涙声」

 母親といえばやはりオカン。迫真の演技を見せる、大阪出身の樒さん17歳。
 とは言え関西弁は喋れないので、ドラマを参考した結果こうなった。

 が、当然というべきか、ナナコは釣れず。

「おかんが通用しない……悪魔ちゃんは関東出身なのかな☆」

 分析官ジェラルド。
 そして事前の打ち合わせでは、次の説得役は湊。和紗は拡声器を渡すべく彼の姿を探して後ろを振り返り……

 たぬきが居た。

 たぬきの着ぐるみがハイビームの逆光を背に、もこもこの手を伸ばして和紗から拡声器を受け取る。

「うちの子を返してくれ〜」

 “仔犬”の父親を装って訴えかける“たぬき”。
 「犬じゃ無いけどイヌ科だから良いよね」と、たぬきはスキル『先読み』を駆使して、カーテンの隙間から顔を出しているナナコと対峙する。

「そんなんで騙さr」
「出てきてくれたらなんとわんこの気持ちがわかるワウリンガルが当たる! 今だけの大チャンス!」
「なんで人語喋r」
「言語? わんこも子供のためを思えば人間の言葉だって喋るポn…ワン!! わんわん!! きゃいん」
「じゃあワウリンガルとか要らn」
「備えあれば憂いなし!」

 気は引けたが、外に出るまでには至らず。

 せめて仔犬を離してさえくれれば、突入待機している誠二が窓から蹴飛ばすなりして、犯人だけを外へ放り出せるのだが……
 ゼロは眉間にシワを寄せ、「飴玉でも転がしてんの?」というくらい舌で内側から頬を押し舐めて唸る。

 こうなれば仕方ない。

「青●、確保だー!!」

 ●島…もとい、誠二と咲・ギネヴィア・マックスウェル(jb2817)へ突入を指示するゼロ。
 瞬間、仔犬用のケージを抱えて待機していた2人が、リビングへと透過で一気に降り立った。

 背後からガバッとナナコを羽交い絞めにする咲。放り出された仔犬を誠二がキャッチ。
 狙うは廬山亢●覇。

「ククク、透過しないと天井にぶつかって首ゴキよ」

 相手が自分より弱いと知るや、途端に大きく出る小者の咲ちゃん。ナナコを羽交い絞めにしたままグワッと天井目掛けて飛び上がる。が、

「ふおー!」

 咄嗟に目の前に居た誠二にしがみついて巻き添えにするナナコ。
 その結果、ナナコよりも身長のある誠二の頭の方が高い位置にきて――

 ガンッ

 抱えていた仔犬を守る為に透過できず、誠二が首ゴキ。
 ガクンと引っ掛かった衝撃で、咲の手からナナコ(と誠二)が落ちた。

 瞬間、妙に芝居掛かった口調のままゼロが叫ぶ。

「あのバカ!」

 一度言ってみたかった。
 などとウキウキする心境も程々に、ゼロ達も一斉突入。

 いいか青●ぁ。逮捕の時が一番危険なんだからな。
 ゼロはドラマの名台詞を思い返しながら、ナナコの背に油断なくライフルの銃口を押し付ける。

「動くな。動いたら撃つ」

 一度やってみたかった。
 対して、バンザイして震えるナナコだったが、

(あ、くしゃみ出そう)

 むずむず。
 彼女は我慢できずに――

 ぶえっくしっ
 ズドンッ

「あばー!?」

 動いたと勘違いしてぶち込まれる銃撃。

「あ、すまん。今のナシで」

 一応ゼロなりに手加減はしていたものの、衝撃でゴロゴロびたん!と壁際に吹き飛ばされるナナコ。
 そうこうしてる間にも、突入騒ぎで驚いた仔犬達がログハウス中を駆け回る。

 ナナコはえぐえぐと泣きながらも立ち上がり、謎のテロリスト集団(ナナコ視点)からわんこを守りたい一心で必死に抵抗。
 イジメられてばかりの落ちこぼれ人生で培った、脅威の逃げ足。一同の追撃を受けながらも、虫のようにチョロチョロと逃げ回って窓やドアを開け放つ。

 首ゴキから復活していた誠二が咄嗟に仔犬確保に動くも、数が多い。
 対処が追いつかず、数匹の仔犬が開いたドアへと駆けていく。まずい――

 だがその時、

「じっちゃんのナニにかけて謎は全て解けた。犯人はお前だ!」

 放送コードに引っ掛かりそうな物言いで現れたのは歌音。
 口端にカツ丼の食べ滓を付けたまま、警察署で着せられたワイシャツとジーンズ姿でスキル『超音波』を発動――と思いきや、スキルを活性化しておくのを忘れていた。

 その隙に仔犬が外に飛び出し――

 ちりんちりん、と。
 ジェラルドが仕掛けておいた網に阻まれてストップ。だがすぐに方向を変えて再び走り出す。

 直後、歌音のスキル活性化が完了。

「肉!!」

 吼える歌音。
 召喚獣か歌音かどちらが放ったのかよくわからない超音波により、仔犬達はびくりとその場で足を止めた。
 逮捕やら非活性やらで後手に回ってしまったかと思いきや、怪我の功名。ジェラルドとの奇蹟の連係が生まれる事となった。

 一方ナナコは、

「観念したまえ……キミは……これから猫派に……じゃなかった、とりあえず盗みイクナイ」
「なんでこんなことしたのー? お仕事は? だめでしょ?」

 マインドコントロールを企むジェラルドと、ハリセンをちらつかせる湊や和紗に囲まれて、ようやく観念した。



「君が連れている子達は本来しかるべき行動をとって連れて行かないとあかんもんや。自分何したかわかってるか?」

 カツ丼を出したりスタンドライトを当てたりするフリをしながら、正座しているナナコにお説教するゼロ。
 それを横で見ていたジェラルドが、「まあまあ」と割って入る。

「そうガミガミ言わなくても……ねぇ? 分かっているよね? モフモフが……モフモフが欲しかっただけなんだよね?」

 言いつつ、懐から1冊の絵本を取り出すジェラルド。
 まるで本物の犬や猫のようなモフモフを堪能できる、写真付きの特性モフモフ絵本。あらゆる品種を網羅したそれをそっとナナコに渡してやると、彼女は写真を眺めてサワサワ撫で撫でドゥフフと嬉しそうに弄り回しながら顔を上げた。

「私がやりました」
「「うん知ってる」」

 それとは別に、飼い方や躾に関する本を差し出したのは誠二。

「…可愛いからといって盗むのは良くない」

 生き物を飼うという事は、その子の一生、命に対して最後まで責任を持つという事。飼う資格があるのは、義務を果たし責任を持つ事が出来る者だけだ。
 それでも飼いたいというのならきちんと学び、正規の手続きを踏んで保健所を訪れれば良い。悲しい話でもあるが、引き取り手を待っている犬はたくさんいるだろう。

 とにかく、盗むのは良くない。

「――公園で小さい女の子が居たからって連れて帰ったら怒られるだろ。最近は見てるだけでも怒られるんだぞ」
「「そうそ……ん?」」

 頷きかけていたゼロとジェラルドが「おや?」と首を傾げる。

「それに小さい女の子もいつかは大きくなる。初めは幼女でも、大きくなったら幼女じゃなくなるんだ」
「「ちょっと聞きたい事がある」」

 仏頂面のまま真剣に諭す誠二の両肩に、ゼロとジェラルドの手が置かれる。
 2人のデカに連行されていくおっさんの代わりに、和紗が話を続けた。

「仔犬はいつか大きくなる。それでも愛せますか?」
「むしろ大きくなったら、それはそれでいっぱいハグできるじゃん。最高じゃん」

 即答する青肌の悪魔。『小さいから』というわけではなく、どうやら本当に好きなようだ。
 ふと見ると、先ほどジェラルドが手渡した犬猫のモフモフ絵本も、犬のページしか開かれていなかった。

 “モフモフ”が好きなわけではなく、あくまでも“犬”が好きという事か。

「でも泥棒はダメだポn…ワン」

 たぬき…いや湊が、着ぐるみ越しのくぐもった声で念を押す。

「大切なのは躾! 調教!」

 瞬間、歌音が高らかに主張。
 犬用首輪(自分で着用中)と一緒に買ったリードを鞭のように振り回し、ナナコに迫った。

「誰がご主人様か言ってごらん! オーホホホ!!」

 やいのやいの。
 一方、騒ぐ一同を他所に、和紗はきょろきょろと部屋の中を見回しながら、

「この悪魔の上司、出て来なさい。いるのでしょう? 捨て悪魔も犯罪ですよ」

 引き取って下さい。
 そう呼びかけると――

「流石に捨てるつもりは無い」

 小振りな丸眼鏡を掛けた男の悪魔――ベゾルクト――が、黒い外套をふわりと揺らしながら姿を見せた。

「うえぇぇ、ベズー!」

 べそを掻いて彼の後ろへ身を隠すナナコ。外套に顔を埋め、ぐじゅぐじゅずびー。
 また、それとタイミングを同じくして、リビングの隅では咲が首を傾げていた。

「んー、1匹多いわね」

 彼女が見ていたのは、ケージに入れられてスヤスヤと丸くなる仔犬達。先ほどの騒ぎも仔犬にしてみれば遊んでもらったようなものなのか、その寝息は穏やかだ。
 しかし妙なのは、ケージの数が足りていない事だった。

 依頼書にあった盗まれた仔犬の数は7。持ってきたケージの数も7。
 しかしここには、8匹目の仔犬が居た。

「その通りだ」

 答えたのはベゾルクト。
 彼は8匹目の仔犬を抱っこしている咲へと歩み寄る。

「この1匹だけは盗んだのではなく、河川敷に捨てられていたところを彼女が拾ったものだ。故に、この仔犬の回収は君達の任務には含まれていない」

 咲の腕の中から仔犬をひょいと摘み上げ、ナナコに手渡すベゾルクト。
 彼は嬉しそうに仔犬に頬ずりしている部下を見て小さく溜め息を零した後、一同の方へ向き直る。

「さて、面倒をかけた上に本まで貰ってすまなかった」

 しかし経緯が経緯だけに、ペットショップや警察へ赴くわけにもいかなかった。

「縁があればまた会おう」

 そう言い残し、ベゾルクトはナナコと仔犬を連れて窓から外へ。
 翼を顕現し、彼らは夜の空へと溶け込んでいく――

「幼女追いかけるんは重罪や。自分何したかわかってるか?」
「そうガミガミ言わなくても……ねぇ? 分かっているよね? 純粋に……純粋に好きなだけなんだよね?」
「(こくり)」

 リビングの隅では、男3人の踊る刑事ドラマがいつまでも続いていた。


依頼結果