――現場へ向かうヘリコプターの機内。
「良いですか、私の言った通りに言うんですよ?」
神雷(
jb6374)は最後尾にある席で、弟子(?)の柘榴姫(
jb7286)に教えを説いていた。
「ししょーは冷静沈着で素敵」
「ししょー、れーせーちんちく」
「ししょーはクールでカッコイイ」
「ししょー、くーるでかこいい」
完璧な教育。
こくこくと頷きながら復唱する柘榴姫。
ちなみに神雷は、自分が一体何をしに行くためにこのヘリに乗せられたのか知らされていなかった。
――きょうは、きちんであそぶわ。
そう言った柘榴姫に手を引かれ、気がついたらヘリに同乗空の上。
きちん……キッチンの事だろうか?
(きっとお料理関係のおいしい依頼ですねー)
同乗者の中にメイドさんや子供――斉凛(
ja6571)、藤沢薊(
ja8947)、白野 小梅(
jb4012)――も居るから間違いない。残りのお兄さん方――鷹司 律(
jb0791)、日下部 司(
jb5638)、牙撃鉄鳴(
jb5667)――はきっとフードファイターか何かだろう。
完璧なロジック。
神雷は「リピートアフタミー」と人差し指を立て、柘榴姫に繰り返し教育を施していた。
一方、コックピットでは。
『――すぐに脱出したので、サーバントについては我々も通報した以上の情報は持ち合わせていない。すまない』
「そうですか……」
無線機越しに、漂流中の船長の声。
船の見取り図を確認しながら、司は短く返事をする。
ムカデ脚のゴキブリ。到着前に敵の習性でも分かればと思ったのだが、そうもいかないようだ。強いて言うなら、消火器程度で驚いて逃げる=普通の蟲と大差の無い習性……という事くらいか。
次いで尋ねたのは律。船は港に着いたら自然に止まるのか?
船長の答えは、YESだった。
「汚いのはぁ殲滅してぇお掃除なのぉ!」
すぐ後ろで小梅がはしゃぐ。対して、その隣で血の気の引いた顔をしていたのは凛。
「小梅ちゃんも一緒だから頑張らなきゃ。わたくしは小梅ちゃんのお姉さんだもの」
真っ青な顔のまま、自分の頭と両手脚にGホイホイを装着。
加えて、紐で括った阻霊符も首から下げておく。G-Mの知能がまさしく虫並であるのなら、透過対策は必要無いかもしれないが……
見た目的に、何だか御守りのようだ。
準備を終えた凛はビクビクと震えながら、
「…Gなんて……怖くない…怖くない……小梅ちゃんを守らなきゃ」
ぶつぶつ――
●貨物船上空
ハッチを開けて真っ先に飛び出したのは凛――ではなく、小梅だった。
「お姉ちゃん達がぁ来るんだからぁ、お掃除なのぉ!」
着地点の安全を確保すべく、翼を広げて先行。目指す甲板上に、1匹だけ蠢く黒茶色のヤツを見つける。船長達が消火器で追い払った個体だろうか。
小梅は空中でぐるんぐるんと箒を振り回し、
「にゃんにゃんGO!」
猫の姿をしたアウルの塊が飛び出し、ムカデ脚のゴキブリサーバントを瞬殺。エアクッションのプチプチを指で潰した時のような音が、波音に溶ける。
敵が跡形もなく爆ぜた直後、凛達が降下。最後に、未だに依頼の内容を把握していない神雷も甲板へと降り立った。
離脱するヘリを見送り、律は装備していたスナイパーヘッドセットで船内の音を拾おうとするが、聴覚系スキルほどの効果は得られず。自分達の足音やエンジンの振動音が多少拡大されただけで、敵の位置などを把握するまでには至らなかった。
もっとも、ここまでエンジンや波音によるノイズが酷いと、仮にスキルを使ったとしても周囲の状況を判別できたかどうかは怪しい。
8人は、互いにフォローできる位置を保ちながら船内を進み始めた。小梅は翼を実体化させたまま、ちょこちょこと仲間の後ろを追いかけなら殿を警戒。
順々に各船室を調べていくも、敵の気配はなし。
いや、ことヤツラに関しては、パッと見の視覚情報はアテにならない。ヤツラは、どう見ても自分の体格より狭い隙間にだって平気で侵入してくるファンタジーな生き物だ。
凛は徐にアンパンを1つ取り出すと、小さく千切ったそれを部屋の中へと放り投げる。が、動きなし。
やがて一同は、食料庫へと到達。残るはココだけだ。
――食料庫。やはり料理関係の依頼だったか。
そう内心で頷いたのは神雷。彼女は勇んで前に出て、食料庫の扉に手をかけた。
「常に冷静沈着、クールでカッコイイししょーに任せておきなさい!」
バンッ(開ける)
うぞぞぞぞぞぞぞ!
バンッ(閉める)
なにこれ聞いてない。
「何してんの?」
神雷の身体に遮られて中が見えなかった薊達が、「早く開けてよ」と催促。
「くっ、古傷が開いたようですっ! 私は戦えそうにありません!!」
「何言ってんのさ」
イヤイヤ!と首を振る神雷の後ろ襟を掴みながら薊がドアを開ける――
――がしかし、食料庫の中には何も居なかった。
首を傾げつつも、凛が残ったアンパンをぽいっと部屋の中央に放り投げる。刹那、
部屋が動いた。
床や天井をカサカサと埋め尽くしながら、ヤツラが姿を現す。
白色だった庫内は一瞬にして隙間無く黒光りしたゴキブリで覆われ、まるで部屋そのものが蠢いているかのようにウゾウゾと赤茶色のムカデ脚が波打った。
「あの足でも素早く動けるんだな」
靴越しに足を撫でるGのMの絨毯。司の呟きを掻き消して、メイドとししょーの悲鳴が黒茶色の波音に混じる。
「たかが、蟲でしょ? 叫ぶほどのことじゃないし…なにより、なんでキャーキャー言うの…」
寧ろ小さくて可愛い、と薊。
「まあここまでウジャウジャいると、多少鬱陶しいけどさ」
「まぁ虫とはいえ天魔だ。気持ち悪がっている暇があったらとっとと駆除するとしよう」
「きちん、いっぱい」
×:キッチン
○:キチン質。虫の皮膚とかの主成分の事。
「いっぱい、あそべるわ」
無表情のまま喜びを露わにする柘榴姫。
撃退士達は各々の気持ちのままに武器を手にした。
半狂乱になった凛のアウルが、榴弾となってG-Mの密集地に落ちる。ぶちゃっと水っぽい破裂音が響き、黄緑色の飛沫が上がった。
魔銃からアサルトライフルに切り替えて、より大きな塊目掛けてピアスジャベリンを発射。巻き込み損ねたG-Mの群れにはショットガンの追撃。
「小梅ちゃんは…わたくしが守るの…だってお姉さんだもの」
既に一杯一杯だったが、お姉ちゃんとしての意地から懸命に強がって銃を握る凛。正直、指が震えすぎて、引くつもりが無い時でも指先が勝手にトリガーを引っ掛けているような状態だった。
それでも、味方だけは巻き込まない。
しかしそんな凛とは対照的に、小梅はしれっとした様子で勇猛に戦っていた。
蠢くキチン質の絨毯から足を離し、光の翼で宙に浮かびながら愛用の箒を振るう。文字通り部屋全体を埋め尽くすG-Mを広く見渡し、仲間達に近づく敵を優先して攻撃していた。
遠距離は箒の猫弾で食い潰し、近距離は炸裂掌で根こそぎ刈り取る。
その時、薊の背中に大量のG-Mがへばり付いた。
カサカサギチギチと服の上を這い回るムカデ脚。
「うわ…鬱陶しい…マジでなんなの?」
「先輩に近付いちゃ、メーなのぉ!」
それを払い落としたのは、小梅。途端、耳まで真っ赤になって動揺する薊。
「せ、先輩……先輩……へへ」
だぼだぼの両袖で口元を隠し、ブツブツとその単語を反芻していた。
一方、主に後衛組を庇うように立ち回っていたのは司。
船への被害を意識しながら、漣のように床を浸すG-Mの群れを封砲で薙ぎ払い、飛沫のように個別に飛び掛ってきた個体を大剣による下段の一閃や刃の腹を使った殴撃で叩き潰す。
その頭上では、制圧射撃を行う鉄鳴の姿。
顕現させた翼で滞空しつつ、床そのものとでもいう密度で波立つムカデ脚のゴキブリを、散弾銃で地道に攻撃。
別に虫が苦手なわけではないが、腐っても相手はサーバントだ。何らかの特殊攻撃を有していないとも限らないので、近づかないに越した事はない。なにより、死骸の汁が服にかかっては洗うのも面倒だ。
「これを作った天使は何を考えているのやら。着眼点は悪くないが、ただ気持ち悪いだけで人類が倒せるならとっくに滅んでいる」
確かに戦場において数は重要な要素だが、個々の性能が低すぎてはこうやって蹴散らされるのがオチだ。
以前は大型種が単独で出現したらしいが、ある程度量産に適した性能に落として数を用意されたほうが、よほど脅威というもの。
「…いかんな、集中できていない。疲れが溜まっているのだろうか?」
セミオート独特の後ろに抜けるような反動を掌で感じながら、淡々とトリガーを引く鉄鳴。
銃口からアウルの火が吐き出されるたびに黒い水面が飛沫を上げ、糸くずのような触角が散り、透けた茶羽が千切れ、節の分かれたムカデ脚がギチギチと砕けて積もった――
「うぅ、蠢いてます。体液が飛び散ってます。気持ち悪いです」
半泣きの神雷。
その神雷の実況を聞いてマジ泣きになる凛。
ふと神雷は、蟲海の中で愛弟子の姿を探して首を回し――
絶句。
柘榴姫はまるで泥遊びでもするかのように靴を脱ぎ、素足素手で1匹1匹無邪気に潰したり千切ったり。
「ししょー、つかまえたわ」
唐突に、ざばーっと足元の黒波を掬い上げ、神雷の方を振り返る。
蠢くG-Mを大量に抱えて駆け寄ってくる柘榴姫を見て、慌てふためく神雷。
「ししょー、れーせーちんちく」
瞬間、数匹のG-Mがヴヴヴ!と羽を広げて飛び上がり、神雷の服の中に侵入。
「ひっ、とってとってぇ!!」
パニックになって着物を脱ぎだし、半裸で走り回る神雷。顔面から柱に突っ込む。
「ししょー、くーる」
足を滑らせ、蟲風呂の中にダイブ。声無き悲鳴。
「ししょー、かこいい」
助けてやれよ弟子。
「今助ける! 息を止めて!」
「騒ぐな。たかが虫だろうに」
直後、消火器を持ち出した司と鉄鳴によって何とか救助された。だがそこへ、周辺のG-Mが一斉に密集。
物量的に流石に無事では済まなさそうな数だったが――
キン、と。何かが凍るような音がして、蟲の波がピタリと止まる。
氷の夜想曲。律の放った零度のアウルが、蟲達の身体を眠りの縁へと引きずり落とす。
彼はそのまま、茶色い光沢の群れに火炎放射器を向けた。
一方、
「嫌ー! 嫌ー! 来ないで!」
全身にGホイホイを付けていた凛。ゴキブリまっしぐら。
カサカサギチギチと節を鳴らして集まってくる蟲目掛けて必死に銃口を振り回すが、多勢に無勢。殲滅が追いつかずに無数のムカデ脚が銀色の髪に絡まり、チラチラと揺れる細い触覚が肌をくすぐる。
凛はふぅっと魂の抜けるような息を吐いて後ろによろけるが、次の瞬間、ザッと強く踏み止まっていた。
SAN値が光纏。
新たに足を這い登ろうとしてきたG-Mを蹴り払い、踏み潰す凛。身体中を這っていた敵を振るい落とし、剥がしたホイホイと共に釘バットで殴打。
完全に目がすわっている。
「今度こそ、地上から消して差し上げますの……」
何度も、何度も何度も何度も、噴き散った黄緑色の体液が泡立っても尚、凛は釘バッドを振り下ろし続けた。
また、そんな彼女に呼応して狂化する者がもう1人。小梅だ。
大好きな凛を理性が反転するほど追い詰めた蟲に憤怒。
「汚ラワシイ、シネ、タマシイモノコサズキエロ」
キッチンのお供――アルティメットおたま――に持ち替え、蟲を踏み潰し、すり潰し、握り潰す。
冥土と魔神の3分クッキング。
ちょっとお茶の間にはお届けできない殺戮レシピだったが、「斉はいつも通りだな」と傍観を決め込む事にした鉄鳴。
だがこれに堪らず逃げ出したのは当のG-M達。
半数以上が壊滅した事で本能が危険域に達したのか、一斉に庫内から這い出ていく。
そうはさせるかと、追走する撃退士達。
薊は火花の忍術書による見せ掛けの焔で敵を追いたて、船内へ散ったG-M達を次々と船首甲板へ誘導。
同様に、律も火炎放射器片手に船内を走り回って残党を燻り出していく。
全ての蟲を集めきったところで、薊がナパームショットを放った。
「燃やすと思ったか? 残念、ただの射撃だよ」
だが、それでもまだ相当数が蠢いていた。庫内とは違って、屋外である甲板は広い。集めたは良いものの密度が低く、このままでは埒が明かない。
だがその時、司が前へ進み出る。
「このままだと時間がない、何とか俺が敵を引き付ける。その隙を、俺に気にせず全力でやってくれ」
彼は蟲群の中心に身を割り入れると同時に、アウルを解放。強く響いたその気配に、G-Mの触角が一斉に彼へと向けられた。
心苦しいが、やむを得ない。
司を中心に撃ち下ろされる、律のファイヤーワークス。ある程度狙いを定めることができるその技も、密着状態にあった蟲と司を完全には選り分ける事ができず、僅かに彼の肌を焼く。
身を呈した範囲爆撃で一網打尽にされるG-Mの残党――いや、まだだ。
1匹が範囲から飛び出し、手近に立っていた鉄鳴の頭に張り付く。もっとも彼は動じる事もなく、最後のG-Mを叩き落とそうと自らの手を持ち上げるが――
「「トドメDEATHわー!!」」
釘バットとおたまを握りしめたメイドと魔神が、鉄鳴の頭ごとG-Mを殴潰。青い波の音に、メキッと骨の軋む音が重なった――……
●
船に備え付けられていた清掃用具を使い、船内中のG-Mの残骸を回収する律。
一方、甲板では――
穏やかな波音に耳を澄ませながら、体育座りで水平線を見つめる神雷。
手にしていた花の蕾に虚ろな目でアウルを込めると、ふわりと小さな花が咲いた。
「わぁ、キレイ……」
彼女の髪にはGの触角やMの節足が絡まり、泡だって緑色になった体液が全身にベットリとこびり付いている。
「ワシ、汚れちゃいました……」
ブツブツとうわ言のように呟いていると、柘榴姫がやってきた。
自分の顔に付いていた緑色の体液をししょーの服(の綺麗な箇所)で拭き、落ち込んでいる様子の彼女に、持っていた青汁を差し出す。
神雷は遠い目をしながら、ふるふると首を振った。
頭に大きなタンコブを2つ乗せながら、遠巻きにその様子を眺めていた鉄鳴。
まったく、虫ごときに何をそんなに騒ぐ事があるのか分からない。
ムカデでも無ければましてやサーバントなどでも無かったが、むかし生きた虫を食べたことがある。味はともかく栄養はあった。良い事だ。
いや、もしかすると味もあったのかもしれないが、味覚が壊れている自分にはさして意味のない要素である。
やがて船は港に着き、海保職員と入れ替わるように仲間達が下船していく。ふと、甲板に手付かずの青汁が置かれていた。
鉄鳴は甲板に放置されていたそれを拾い上げる。
ぐびりと一口。
――やはり、味は分からなかった。