斡旋所を訪れた水枷ユウ(
ja0591)。彼女はそこで、自分とそっくりなオペ子を見てぴたりと足を止めた。
「……」
オペ子を見てる。
「………」
見てる。
「…………」
超見てる。
「……なるほど。ドッペルゲンガー」
違います。
とその時、オペ子も彼女に気がつく。
「「……」」
無言でガン見し合う銀髪ツインテールズ。更にそこへ、「オペ子にそっくり!」なドラム缶ロボ――ロペ子――も通りすがる。
ユウ、オペ子、ロペ子。
3姉妹の長女ユウ(登録順的な意味で)は依頼書にサインすると、三女ロペ子の頭に乗ってブオーっと転移装置へ向かった。
――BrO運営会社
「ヒメちゃん、お客さんが来てますよ」
「へ。わ、私にですか?」
法務部に勤めるはぐれ悪魔ヒメは、オドオドしながら振り返る。入口に木嶋香里(
jb7748)が立っていた。
「ヒメー。昨日企画部から届いた書類だけど――って、あら木嶋さん?」
そこへタイミング良く、法務部室長の嘉瀬 綾子も顔を覗かせる。
「可能な範囲でのご協力をお願いします」
挨拶もそこそこに、本題を切り出す香里。事情を説明し、今日発売のBrO新パッケージ――そのインストールディスク――を何とか用意できないかと頼み込む。
「でぃ、ディスクなら、動作確認用に回ってきたものが、な、何枚かありますけど」
「製品版と中身は同じだし、まあそういう事なら1枚くらい持っていっても構わないわよ」
綾子の差し出したディスクを受け取り、香里は礼を述べて現場へ急いだ。
――現場近くの雑貨店。
「獣に近付くためには、獣の心を知る必要ッ…!」
依頼を受けた水無月 ヒロ(
jb5185)。
店内を物色し、人狼に対抗する為に彼が手にしたのは――……
●(あの犬、主の命令に従って律義に並んでるんですかね)
(ディアボロがゲームするはずないし、きっと廃ゲーマーな悪魔さんがおつかいに寄こしたんだろうね)
シャルロッテ・クローネ(
jb7193)と共に、物陰からヒソヒソとディアボロの様子を窺うユウ。
(なんて忠犬、キュンときました。これが萌えキャラってやつでしょうか)
あの子欲しい、と呟くシャルロッテ。
ともあれ、万が一にも暴れだしたら危険が危ない。シャルロッテは一般人に紛れ込んでわんこ…ディアボロの見張りをする事に。
怪しまれないように、既に並んでいる客の妹……という体にしよう。
あ、でも位置はわんこの後ろで。涎かかるの嫌ですし。
と思ったが、ディアボロを恐れてか、はたまた既に先着人数を超えているせいか、人狼より後ろには誰も並んでいない。
仕方が無いので、涎がかからない程度に離れた前方の客を選ぶ。
『私たちは撃退士なので静かにしてください』
わんこに正体を悟られるとめんどくさいので、筆談。振り向いた男性客に紙を見せる。
『“撃退士”とか口にしたら捻り潰すので注意してくださいね♪』
『それはそれでゾクゾクするな!』
そんな返事まで書かなくて良いです豚野郎。
筆談終了。
「そんなわけだから、よろしくねお兄ちゃん♪」
にこりと笑って腕に抱きつくシャルロッテ。
「正直、私も見張りだけじゃヒマなので暇を潰したいんですよね。なので、BrOのこと、色々教えてくださいお兄ちゃん」
報酬は、身の安全とリア充体験。
デレデレと鼻の下を伸ばす客の頬をつつき、シャルロッテはお仕事(見張り)に励んだ。
一方、ユウは大胆にも横からツンツンと人狼をつついていた。
「ぐる?」
「や。朝早くからおつかれさま」
てきとーに挨拶しながら、読心系スキル『銀惑の瞳』発動。
記憶から命令読みとってー、
(ふむふむ初回版がお目当てと)
前方に並んでいる一般客達を見やる。
「今並んでる人の中に、通常版でもいいやって人いるかな。もしいたら初回版は譲ってほしい。わたしも欲しいから」
言いつつ、人狼の後ろにちょこんと並ぶユウ。
ふと、目の前で人狼の尻尾がゆらゆら揺れていた。
何の気なしに触ってみる。もっふり。
「ん。これはなかなか」
「ぐる……」
もふもふ。
「なんつーか…引きこもりもいろんなのがおるんやなぁ」
「悪魔もゲームするのか。そんなに面白いのか? ちょっと興味が出てきたぞ」
苦笑するゼロ=シュバイツァー(
jb7501)と、ミハイル・エッカート(
jb0544)。
おっさn――お兄さん2人は、相談と交渉の結果、店員に扮する事に。
「目の前に人を食う(かもしれない)人狼がいたら店員も嫌だろうから俺がやるぞ。万が一何かがあっても対応できるからな」
とはミハイルの弁。
レジ応対および不足していて意味を成さない五千円札の返金役はミハイル。手ぶらで追い返すのも何なので、誤魔化し程度のPV映像入り偽ディスクの作成役をゼロが担当。
ゼロは早速バックヤードへと引っ込み、ディスクの作成に取り掛かった。
――その頃、表では。
『依頼人さんですか? 久遠ヶ原の撃退士です』
人狼に気づかれぬよう、列の先頭に居た男性客に筆談用の紙を見せたのは陽波 透次(
ja0280)。
『初回版の空箱だけでも良いので譲って貰えませんか?』
せめてガワくらいは整えないと、人狼も勘付くかもしれない。
『僕もゲームを愛してる。戦場で心身共に傷ついた僕をゲームはいつも癒してくれた。ゲームショップは聖域。絶対に守りたい。譲ってくれるなら僕は貴方の1日奴隷になるくらいの覚悟があります』
自分の分の報酬も不要。更に、所持していた携帯ゲーム機まで差し出して頭を下げる透次。
地面に額を擦り付けそうな勢いの彼を見て、依頼人は――
『まじスか。ホントは箱も取っときたいんスけど……分かったっス、空箱は自分が提供するっス。あ、でもゲーム機は別にいいス。同じ物もう持ってるんス』
そう返事を書いてくれた。
透次は低頭しながら仲間が店員に変装している事を伝え、人狼の主宛に別途所持していたゲーム機とメモも一緒にその仲間に渡してくれと付け加えるが――
『たぶん悪魔もゲーム機持ってるんじゃないスかね。ゲーマーっぽいスから』
指摘され、透次は「ふむ」と頷いてメモの一部に消しゴムをかけた。
開店して列が徐々に進み始めた頃、人狼付近の状況にもある動きがあった。
「……」
無言でのそりと現れた、1人――いや1匹の『馬』。
正確には馬のマスクを被ったヒロ。
が、異様なまでの完成度を誇るそのアニマルマスクは、もはや本物の馬よりも馬だった。
周囲の動揺を他所に、しれっと人狼の隣に付く馬。
一体何をするつもりなのかと、一同が固唾を呑むが……
ひたすら無言。
ぴたりと人狼に張り付いたまま、何をするでもなく佇む。
何しろ心は既に獣。ハフハフと舌を出しながら大人しく『待て』をしている人狼の横で、馬はでろりとはみ出た舌を微動だにせず付き添う。
だがしばらくして、馬は喉が渇いたのか徐にズボンのポケットから缶コーヒーを2つ取り出し、片方を人狼に手渡した。
何しろ心は既に獣。人間よりも狼に友情を感じる。
「ぐる」と鳴いてムシャムシャバキバキと缶ごとコーヒーを飲み込んだ友の隣で、馬は自らの分の缶を馬面に当てて傾ける。
だばだばだば
穴の開いていない作り物の口に阻まれて、茶色い汁はボタボタと地面に落ちた。
「おめでとうございます♪」
半分ほど列が進んだ時、不意に響いた明るい声に一同が振り返る。
そこには、手紙を同封して丁寧なラッピングを施したDVDケースを持つ香里の姿。にっこりと笑顔を浮かべているが、急いで来た為に少し息が上がっている。
彼女は人狼(+馬)に歩み寄ると、手にしていたDVDをプレゼント。
「本日幸運な貴方に特別な景品をプレゼントいたします♪」
「ぐる?」
言葉を理解しきれていない人狼は小首を傾げると、香里の顔に鼻を近づけてすんすんと匂いを嗅ぐ。
べろんちょ。
友好の意思表示か、人狼はその大きな舌で香里の顔をべちょりと舐めてDVDを受け取った。
「おまたせ! アイスティーしかなかったんですけどいいですかね?」
誰かの友人を装って颯爽と現れたのは玉置 雪子(
jb8344)。
彼女はシャルロッテとは少し離れた位置の客に近づき、飲み物と共にメモを渡す。
『撃退士です。とんずらを使って普通ならまだ付かない時間できょうきょ参戦しますた。このアイスティーはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。撃退士だとディアボロに悟られないよう、雪子とお友達の演技をしてくだしあ』
バーボンハウスの常連、真夏の夜のブロント雪子。
相手が頷くよりも前に、彼女は早速BrOトークに華を咲かせ始めた。
「次回のアプデ情報見ますた?」
「クエ限定だったボスが2h単位でフィールドにも湧くようになる、ってのなら見た」
「あのボス硬いわりに経験値もドロップも不味い件…」
「いやドロップも変わるっしょ。ユーストでPも言ってたみたいだし」
前後の客も加わり、和気藹々と繰り広げられるBrOトーク。
「でも最近鯖落ち頻発してて酷すぎワロタ。まあF始まりましたからね、仕方ないね」
おや? BrOの話ですよね? やっぱりエリュs――
バァン!
『CGES freeze! F(ピー) don't move!(字幕:クラウドゲート執行部隊だ! 動くんじゃねえこの糞豚野郎!)』
どたんばたん! バキューン!
ずるずる……
※MSが1人消えたので、ここから先は記録補佐官がお送りいたします。
あ、ちなみに雪子嬢は話していた客が買い物を終えた途端、突発BrO会を開催して揃ってネカフェに消えました。おつー。
――結局、初回版は50人目ぴったりで完売。
仕方が無いので当初の予定通りダミーを渡すことに。
CDケースにGPSと盗聴器を仕込んだゼロは、BrOの新パッチプレイに忙しいと言っていたオペ子と連絡を取り、感度を確認。
「こちら鴉。感度は良好か?」
『チャラそうな息遣いまでバッチリです。あと今忙しいです』
さらっと失礼なこと言われた気がするけどゼロぽんだもんね、仕方ないね。
ゼロは偽ディスクを入れたCDケースをビニールでミッチリカッチリ梱包し、ミハイルに渡す。彼は依頼人から譲渡された空箱に諸々を詰め込むと、店の袋に入れて準備完了。
そしてついに人狼がレジへとやってきた。ハフハフ、じゅるり。
(うわ、涎すごいな。息臭いな)
不足しているとは露知らず五千円札を差し出す人狼。
「ありがとうございました」
二度と来るな、と営業スマイルで偽袋を手渡すミハイル。
帰っていく獣を見送る中、最後にユウの順番が来る。が、初回版が残らなかった今レジに並んでいる必要もなくなったわけで――
その時、事の顛末が気になって店内に残っていた一般客が彼女に声をかけた。
「あの、何なら俺の初回版、定価で譲りましょうか? その代わり踏んでください」
期待するような眼差しで跪く一般客。ユウはクールな表情で彼を見下ろし、
げしっ、ぐりぐり メキッ
「これお土産だよ」
人狼を追いかけ、初回版の入った袋(手紙入り)をその尻尾に括り付けるユウ。
「せっかくおつかいに来たんだし、ちゃんと買って帰れた方がいいもんね」
「ぐる」
理解しているのかいないのか。
のしのしと歩いていく人狼を見送って、ユウは撤収した。
――が、それとは別に人狼を追う影が2つ。
「帰り道もひと悶着あるかもです」
声を弾ませるシャルロッテとゼロ。
「こちら鴉。オペ子、敵の動きはどうだ?」
『今ちょうどレイドボスが時間湧きした所です。おっとたまゆきさん(雪子)がスタンしました。タゲが飛んでピンチです』
ちゃうねん。ゲームの話やのうて。
仕方が無いので彼らは自力で追跡を開始。持ってて良かった信号探知機。
気を取り直して再び人狼を視界に捉えると、何故か人狼の隣に馬が1人――いや1匹。
「なんか馬が増えとる……」
まあいいか。
見なかった事にして追跡続行。やがて町外れの管理放棄された一軒家に到着。
「さてさて、どんな引きこもりさんかいな?」
2人はこっそり中を覗き込む――
●
「おかえり。ちゃんと買ってこれたみたいね」
馬はスルー。
人狼の手から袋を受け取り、早速開封。が、中身はデタラメ。加えて、払ったはずの五千円札と、筆跡の違うメモやら手紙やらが複数入っていた。
――50個限定販売のため、残念ながら51番目のお客様にはお渡しできませんでした。また当商品は9800円でございます。お客様が握り締めていた5000円はお返しいたします。
――BrOを愛する1ユーザー悪魔様へ
今回、BrO新パッケージにあたり正規の購入手続きをして頂きありがとうございます。
しかしながら、手続きに来られた貴方の使者がお持ちの金銭では、初回特典付きプレミアムパッケージ及び通常版の購入金額に足りておりません。
ただ、暴力を使わない他のユーザーと同じ正規の購入手続きを踏んで頂いた点を鑑み、今回は特別に新パッケージのインストールディスクをご提供させて頂きます。
次回よりは事前に販売価格と各店舗での限定販売数を確認して頂くと共に、必要額以上の金銭を可能な範囲で人型の使者の方へ持たせて頂き、お早目の購入準備をして頂けるようにご配慮をお願いいたします。
BrOを愛する1ユーザー撃退士より。
――騙してごめんなさい。人狼が持っていたお金ではゲームを購入するには足りず、万が一暴れられるとゲームショップが危機でしたので今回の処置を取らせて頂きました。
お詫びに携帯ゲー――(消しゴムの跡)。ゲームを愛する事に人も天魔も関係ありません。僕は貴方が良い天魔だと信じております。人狼も無駄に悪さはしませんでした。今回の処置もゲームショップを守るためと理解して貰えるものと信じております。
陳謝と補填の嵐。
「……なんか却って申し訳ないわね――って、あんた尻尾に何付けてんの?」
その時、悪魔が人狼の尻尾にぶら下がっていたもう一つの袋に気づく。
――飼い主さんへ
BrO新パッケージの初回版、わたしが立て替えといた。
だからその分の振り込みお願い。
振り込みの方法が分かんなかったら電話して。
ATMの操作方法とか教えるから(※依頼料別途お見積り)。
じゃ、よろしく(,,廿_廿,,)ノ
○○銀行 □□支店 △△△−△△△△
TEL:×××−××××−×××
●
「悪魔の割に悪そうな子やなかったなぁ」
あ、俺も悪魔やった。
報告がてらオペ子と話していたゼロはカラカラと笑う。何にせよ、
「ぺーちゃんまたよろしゅうな♪」
「はい。またよろしくお願いします」
去っていくゼロを見送るオペ子。その時、端末に1件の通報が届く。
銀行のATMに人狼と馬が出現。
これを受け撃退士達は、今度は銀行へと向かう事になるのだが――
それはまた、別の話。
――少し時間は巻き戻り。
悪魔のお礼参りがあるかもしれない。そう考えてしばらく店に残っていたミハイル。待っている間、バックヤードでノートPCを借りてBrOで遊んでみる。
「こんちくしょう、俺もプレミアムパッケージ欲しかったぜ!」
すっかりのめり込み、彼はいつまでも店裏でBrOを弄っていた。