「さっきのウェイトレスさん、優輔さんと話した最後ちょっと悪い感じの気配しなかった…?」
「何か企んでるような笑い方、にも見えたなぁ」
カフェを出る間際、ぽつりと違和感を口にするエリス・ヴェヴァーチェ(
jb8697)と神宮陽人(
ja0157)。
優輔の言っていた『占い』も引っかかる。
ウェイトレスの隙を見て、陽人はテーブルに残っていた雑誌のタイトルをちらりと確認してから一同を追いかけた――……
●道路の花子さん
陽人と御堂 龍太(
jb0849)が道路を渡ろうとする優輔についてそっと尾行を始める。カフェでの前振りからすると、この辺りで『花子さん』なる何者かが待ち構えているはずだが……
「花子って言う位だから女子だよね! いや神宮くん女子に優しい系男子ですし…」
美人希望。
とりあえず運転手の訛りっぷりからして、件の花子inトラックは恐らく地方ナンバーのはず。そう考えて探していると、1台だけ条件に合う車両を発見。そしてその荷台には――
誰も居なかった。
2人が首を傾げたその時、
「暴れ牛だー!」
通行人の悲鳴。
振り向くと、少し離れた位置で何とも立派な毛並みの黒毛和牛が鼻息を荒げて地面を蹴っていた。
花子さん3歳。職業、牛。
あ、でも雌っぽいぞ。やったね陽人くん!
荒ぶる花子嬢は、既に通りを渡り終えて背を向けていた優輔の方へ。周囲の悲鳴に気づいた彼が、何事かと振り向き――
「いやぁん! あのアイスクリーム屋さん素敵ぃ――ぬぅん!!(雄牛声)」
瞬間、『さりげなく』横から飛び出した龍太が花子にタックルをかます。花子の軌道が僅かに逸れ、車道を振り返った優輔の死角側をすり抜けて行った先には、
「おーよしよーし!」
回りこんでいた陽人がドシンと花子の突進を受け止める。
重い一撃に息を詰まらせながらも根性で耐え、黒毛の太い首に両腕を絡めて全力で地面に引き倒す。
「わーしゃしゃしゃぃ!」
頭突きや蹄キックを浴びながらも笑顔で花子を撫で繰り回すその様は、動物王国の国王が乗り移ったかのようだった。
優輔が再び前を向く前に、そのまま花子を引きずって路地裏へと消える陽人。
対して優輔は、悲鳴が聞こえたから振り返ってみたものの特におかしな点も見当たらず首を傾げる。
「あぁん、ストロベリーべりうまー!」
しいて言えば、ガッシリとしたオカマがガツガツとアイスを貪っている事くらい。
まあいいか、と優輔は再び前を向いて歩いて行った。
――彼の視界から外れた直後、陽人は龍太と共に花子を宥めつつ、片手でスマホを操作して件の占い内容を調べた。
●寿命の残高
「見守られていないとデートの一つもまともにできない、そんな男には説教の一つでもしてやりたいところだが……」
轟 社萌(
jb9981)が見ていたのは、カフェに居る3人組。
銀行の見取り図を調べていた上に、その様子をウェイトレスに見られかけて慌てていた。
(まさか銀行強盗か?)
これは優輔から遠ざけた方が良さそうだ。
銀行に先回りすると言うセインツ(
jb9982)と一旦別れ、社萌はカフェに残って3人の様子を窺う。
「警備員はどうする?」
「心配するな。俺達にはコレがある」
懐に手を入れ、ちらりと覗かせたのは紛れもなく拳銃。
「銃をチラつかせりゃ、警備の1人や2人――」
どうやら強盗で間違いなさそうだ。
となると、先んじて『足』を潰しておきたいところではあるが……
どれが犯人の車か判らない。かといって本人達が乗り込むまで待っていては、潰すどころかそのまま置いて行かれかねない。
ここは諦めて、早々にセインツと合流すべきか。
社萌はそっとその場を離れ、優輔が向かった銀行への道を駆けた。
――銀行が襲われるとタレコミがあった。
セインツは銀行員に久遠ヶ原の生徒手帳を見せながら、小声で言う。
表情は努めて沈着を装ってはいるが、内心では久しぶりの依頼活動にワクワクだ。
職員が相談の為に警備員を呼ぶ。
そこへ社萌も到着。2人は警備室にあった予備の制服を借りて警備員に成りすまし、彼らの代わりに受付近くで警備に立つ。本当は警察に変装できれば良かったのだが、流石に警官服を調達している時間は無かった。
一方、肝心の優輔はと言えば、ATMコーナーで順番待ちの列に並んでいた。
彼の様子に注意しつつ周囲を警戒する2人。やがて――
例の3人組がやってきた。
セインツと社萌はこくりと顔を見合わせ、手筈通りに会話を始める。
――強盗が来ると通報があったが、本当だろうか。
――その前提で警備していれば、犯人達も容易には動けないだろう。
優輔や他の客の耳には届かないように、しかしすぐ傍――受付窓口の近く――に居る犯人には聞こえる微妙な音量。
(な、何でバレてんだよ!?)
(ど、どうする。中止するか?)
犯人が怖気づく。
よし。このまま何もせず帰ってくれれば……
しかし。
(ビビんな! コレがあるっつったろ!)
リーダー格の男が懐に手を伸ばす。
まずい。
男は手にした拳銃を頭上に掲げ、躍り出るように受付カウンターの上に飛び乗った。
「全員動くn――」
瞬間、社萌がカウンター上の男に飛びつき、セインツも下っ端2人の首に両腕でラリアットをかましながら台の向こう側へと身を隠す。
「今何か聞こえたような…?」
はてと受付を振り返る優輔。が、銀行員が引きつった笑みを浮かべているだけで何も異常は無い。
気のせいかと視線を戻し、彼はお金を下ろしていそいそと銀行を後にした。
(んー! んー!)
カウンターの裏側で、羽交い絞めにされて口を塞がれた男達がもがもがと抵抗する。
社萌とセインツがそおっと首を伸ばして行内を見渡すと、窓の外に優輔の背が見えた。
はあーっと大きく安堵しながら、2人は犯人達の首をこきりと捻る。
あふんと鼻息を漏らし、男達はそのまま牢屋へ直行した――
●血のように赤いバラ
「ツイて無い人って、居るよねぇ…」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)は顎に手を当ててごちる。
フラグにはフラグで対抗だ!
花屋への先回り途中、見かけた雑貨屋でオシャレな赤い懐中時計を買って胸ポケットに入れる。せっかくだから友人達と撮った写真も添えておこう。
「これが終わったら、皆とご飯でも食べようかな♪」
鼻歌混じりで呟きながら、花屋に到着。カフェで見た指令書のようなメモを思い返しながら、赤いバラを全て買い占める。
これで優輔はバラを買えず、胡散臭い黒服から『標的』と間違われる事もないだろう。
(さてと。後は本人に見られる前に退散s――)
バスン、と。
振り返った刹那、1発の弾丸が彼の胸を穿った。バラの花がパッと血飛沫のように散り乱れる。
コンマ数秒後れて銃声が聞こえ、真っ赤な花弁の中で倒れるジェラルドの姿が、まるでスローモーションのように流れていく。
「ああ…死に際までイケメンで、ごめん……」
パタリ。
と思ったら、胸元の懐中時計が銃弾を受け止めていた。
「ふぅ、危なかったねぇ……。これが無ければ、死んでいたかも…☆」
驚いて駆け寄ってきた店員に笑いかけ、彼は顔を上げる。
目を凝らした先――狙撃元と思しきビルの屋上――には、既に敵の姿は無かった。
ジェラルドは店外の物陰で待機していたガイル・アシュー(
jb9985)に合図を送り、散らずに残った分のバラを渡す。
彼はこくりと頷いてそれを受け取ると、こちらに向かっているはずの優輔を目指して歩道を逆方向に歩き出した。
少し行った地点で優輔を発見。ガイルは徐に近づき、
「デートに行こうと思っていたでござるが、断られたでござる。バラがかわいそうだから、ミーの代わりに使ってやってほしいでざる」
通りすがりの失恋おじさんを装って花束を差し出す。
優輔は「じゃあお言葉に甘えて」と素直にバラを受け取り、そのまま花屋前を通り過ぎて行った。
――ビルの出入口。
狙撃銃の入ったジュラルミンケースを持って、黒服の男が出てくる。
「任務完了。これより撤収s――」
「若者の恋路を邪魔するなんてダメでござる〜!」
「な、何だ貴様ら!?」
突如現れた謎の桃髪中年とチャラ男に襲われて、黒服は抵抗も敵わず取り押さえられた。
●鉄の雨
「災難を引き寄せる体質ってのは辛いわねぇ…」
第4フラグと思しき工事現場へ急ぐエリス。その隣で、藤井 雪彦(
jb4731)が相槌を打つ。
「まさしくトラブルメイカーなのかねぇ…」
「でも、身を呈して守ろうとしてくれる親友がいるなんて、素敵ね」
「怜司が護ってきた幸せを台無しにしちゃうワケにはいかないもんねっ♪ …ボクも力を尽くすよ☆」
その時、陽人から着信。雑誌の占いに関してだ。
「ははぁ…。なんか赤だと逆に悪い感じの気配かしらぁ…ちょっと気に留めておこうかしらねぇ――って、今日あたし全身真っ赤なんだけど大丈夫かしら」
たぶんダメだろう。
やがて2人は工事現場に到着。
「電話じゃワイヤーが細いとか言ってたよねぇ」
by カフェに居た作業員。
既に吊り上げられていた鉄骨を見上げると、
うわまて。2本にしろっつってたのに1本のところあるじゃない。
エリスは翼を広げて飛び上がり、上階に居た作業員に声を掛ける。
「ねぇあのワイヤー1本でしかくくってないけど……」
強度的に大丈夫なの?
突然空を飛んで現れたエリスを訝しんでいた作業員だったが、彼女に指摘された宙吊りの鉄骨を見た瞬間、サァと顔を青くする。
「仕方ないわねぇ…ほら、もう1本貸しなさい。繋げてきてあげるから」
ふよふよと宙に浮きながら、危なげに吊られていた鉄骨の束に鋼線を追加するエリス。
対して地上部分を警戒していた雪彦は、蓋の開いたマンホールを発見。すぐ傍に鉄蓋が退屈そうに転がっている。
「危ない危ない☆」
よいしょと持ち上げる雪彦。
丁度その時、角の向こうから優輔が姿を見せた。上空に居たエリスがいち早くそれに気づく。と同時に、ある事を思いついた。
赤が不吉かもしれないという事を、さり気なく彼に印象づけておこう。
エリスはすうっと息を吸い、
「きゃあああああちょっなにまた!? なによ赤がラッキーカラーって嘘じゃない! 災難ばっかり!!」
叫んでから、服の端に鋼線を刺して引っ張った。彼女の真っ赤な洋服がビリリと裂ける。
よし、これで上手く――
しかし、その勢いは思いのほか大きかった。
ほつれさせる程度のつもりだった裂け目はまるで連鎖崩壊でも起こすかのように全身に行き渡り、しかも引っ掛けたつもりの無いアンダーウェアにまで鋼線が刺さっていたからさあ大変。
エリスの衣服は止める間もなくズタズタになり、網のように穴だらけになった布の隙間からは、彼女の白肌がこれでもかと言うほど自己主張。
予期せぬ悲鳴に顔を上げた雪彦はそのラキスケに思わず手が滑り、持っていたマンホールの蓋を自らの足の上に落とす。
蹲る。
穴に落ちる。
綺麗に蓋が閉まる。
ミラクル!
(緊張するなあ……。約束の時間までもう少しあるけど…ひょっとして奏、もう着いてるのかな。会ったら何て言おう……)
ぶつぶつ。
頭上のエリスに気づく事も無く、雪彦の消えたマンホールの上を華麗に通過する優輔。
「運命の赤い糸が消えそうな勢いだわ……」
「げ、下水も滴る良い男……とか?」
げんなりした顔でビニールシートを羽織るエリスと、ぷるぷる震えながらマンホールから這い出る雪彦。
身を呈してフラグを回収した2人は、優輔の後を追ってトボトボと歩き出した。
●エンドレスワルツ
「ごめん奏。待たせちゃった?」
「ううん、今来たとこ」
8人がこっそりと見守る中で、噴水の前に居た幼馴染の少女と待ち合わせを果たした優輔。
まずはどこへ行こうかと話す2人だったが、
「あれ?」
ふと、優輔がベンチの下に小包を発見。『開けてみてください』と書かれた紙が添えられている。
首を傾げながら開封。
出てきたのは、びっくりするほど判り易い時限爆弾。
タイマーの横には赤と青、2本のコード。
物陰から見ていた8人がぎょっと目を剥く。直後、爆弾が起動。
爆発まで残り60秒!
確率は五分。
優輔と奏は正義感から何とか解体しようとソーイングセットの鋏を手にするが、どちらを切るか決められずに手が止まる。
真っ先に動いたのはジェラルド。彼は携帯を自らの耳に当て、
「……ぁー、こないだ言ってた雑誌の占いコーナーあるじゃん? そうそう☆ めっちゃ当たるって言ってたヤツ☆」
携帯の画面は待受け画像のまま。通話なんてなかった。
しかしこれは、赤の他人アピールをしながらさり気なく優輔&奏に『青』を印象づける為の、極めて高度な情報戦。
断じて『ぼっちなのに見栄を張って友達がいるフリをしてる人』ではない。
「ホント当たるねー☆ ボク、おとめ座なんだけどさ、今日のラッキーカラーは赤で――」
言いながら2人の横を通り過ぎる、3月3日生まれのジェラルドさん。
追撃を入れる陽人。
携行品の赤いリボンを小指に巻き、号泣しつつ2人の傍でがくりと膝をつく。
「うわー彼女(花子)との赤い糸が切れたー! もうだめ爆発四散したも同然…」
地面に突っ伏して絶望を表現しながら、這って噴水の裏側へ消える。
一方、爆弾のタイマーと睨み合っていてそれ所ではない優輔と奏は見向きもしなかったが、その声は確かに2人の耳へ。
「や、やっぱり…赤い糸を切るのは良くないと思うんだ」
「う、うん……」
(そう、青よ! 青を切るの!)
物陰で龍太が念じる。優輔の不運っぷりを考えると、『ラッキーカラーが赤だから、赤を切れば正解!』とはどうしても思えない。
残り3秒!
サブリミナル効果のような8人のサポートを受け、優輔が意を決して青を切る。結果は――
ぴたり、と。タイマーの数字はそこで止まった。
と思わせてからの再起動! ふひひ、正解は赤よ! 振り回されたわね!
その時、噴水の裏から飛び出す影があった。オカマだ。
クラウチングスタートで飛び出して2人に接近。
――2
優輔の手から爆弾を奪い取る。
――1
胸元に抱えてその場を離れる。
――0
カッ!
「いやあああぁぁぁん!(重低音)」
ちゅどーん!と火柱が上がり、花火の中心でオカマのシルエットが影絵のように映る。
「いやーイベントの花火が綺麗だなー。真昼間だけど」
噴水裏から陽人の声。
何だイベントだったのか。
優輔と奏はほっと胸を撫で下ろす。
「それじゃ、とりあえずショッピングにでも行こうか」
奏の手を取り、ほのぼのと歩き出す優輔。
任務達成。
7人は「やれやれ」と打ち上げムードで顔を見合わせ、人々で賑わう噴水広場にそっと背を向けr――
「ねえ聞いた? 動物園から虎が逃げ出したらしいわよ」
「大変だ。さっき公園で不発弾が見つかったって警官が騒いでたぞ」
「「…………」」
立ち止まり、くるりと進路を変える撃退士達。
時刻は午前10時。
彼らの永い一日は、まだ始まったばかりだった――