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マスター:水音 流
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/04/06


みんなの思い出



オープニング

※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。
 オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。



「もー、タカ君がしっかり調べてくれないから迷っちゃったじゃんー」

 とっぷりと日の暮れた山道。
 軽自動車の助手席に座っていた女性が唇を尖らせる。

「うーん、前に一度通ったことあるから平気だと思ったんだけどなー」

 前、と言っても、10年以上も昔の話だが。しかもその時は、運転していたのは自分の父親だった。
 ハンドルを握る男性はゴメンゴメンと苦笑いしながら、何となく見覚えのある横道に気づいて車を乗り入れる。

「確か、親父が近道だって言ってココを通って山を抜けたんだよ。そうだそうだ、思い出した」
「でも外真っ暗だよ。とりあえず今日はもう、どこか近場で一泊してこうよ」
「一泊っつってもなあ。こんな山奥に泊まる場所なんて――」
「あ、ほらあそこ! 旅館あるじゃん!」

 シートベルトを押し伸ばしながら身を乗り出し、彼女が前方を指差す。促されて見た先に、一軒の大きな宿が仄かな明かりを灯していた。

(あれ? ここって確か、前に親父と通った時には廃屋だった気がするんだけどな)

 まああれから10年も経っているのだ。誰かが買い取って建て直したのかもしれない。
 そう思い、彼氏はその旅館の前で車を停めた。

「すみませーん。泊まりたいんですけどー」

 車から降りた彼女は入り口の引き戸を開け、趣のある和装の玄関で声を張って従業員を呼ぶ。一方、車の鍵を閉めて彼女の後に続いた彼氏は、戸をくぐる際にふと建物の造りに目が留まって首を傾げる。
 10年かそこらの内に建て直したにしては、随分と古びている気がした。
 橙色の柔らかい証明や、そもそもの優雅な間取りに紛れて分かりづらいが、廃屋になって痛んでいた箇所などほとんど手直しされないまま使われているのではなかろうか。

「いらっしゃい……。お2人様ですか……?」

 すると、奥から着物姿の女性が現れた。女将だろうか。
 すうっと音も無く近づいてきたその女性は、元気の無い――というより、生気に欠けたような――静けさで、部屋へと案内してくれた。

「随分静かですけど、私達の他にお客さんっていないんですか?」

 不躾な質問に、隣で彼氏が「おいっ」と袖を引く。

「ええ……何せ、こんな山奥ですから……」

 すいませんと頭を下げる彼氏とは裏腹に、女将は特に気に触った様子もなく、しかし終始俯き気味にぼそぼそとした声で答える。

「お食事は……後ほど運ばせていただきます……。それまでどうぞ……温泉にでも浸かって、ごゆるりとお寛ぎください……」


(最初はちょっと不気味だと思ったけど、温泉は風情があるな)

 脱衣所のガラス戸を開けて広がる山間の光景に、彼氏は満足げな表情を浮かべた。

『すごーい! 露天風呂だよ露天風呂!』

 柵一枚隔てた女湯の方から、同じように感嘆する彼女の声が聞こえてくる。
 彼氏は「おう」と相槌を返し、さっそく置いてあった手桶に掛け湯を汲んでザバッと頭から被る。が、そのお湯に混じって何かヌルッとした糸のようなものが大量に肩に絡み付いて、彼氏は頭に疑問符を浮かべた。
 顔の水気を手で拭って目を開けると――

 全身に、長く真っ黒な髪の毛が大量に纏わりついていた。

「おわあ!?」

 思わず悲鳴をあげ、身体中にへばりついた黒髪を払い落とす。あまりの気持ち悪さにお湯で洗い流そうとして、手桶を持って湯船の方を振り向いた彼は、目の前の光景に再度悲鳴を上げた。

 岩で囲われた露天造りの湯船には、まるで血のように赤黒い液体が広がっている。

 堪らず風呂場から飛び出した彼は、脱衣所を抜けて腰タオル一枚のまま廊下へと出る。
 すると一拍遅れて、女湯の方からも悲鳴が上がる。同様にタオル一枚の姿で脱衣所から飛び出してくる彼女。
 しかし2人はあられもない互いの薄着姿に構う余裕も無く真っ青な顔で寝部屋へと戻ると、必死の形相で内線電話に手を伸ばす。

「もしもし! さっき部屋に案内された者ですけど、お風呂が――」

 ツー、ツー、ツー

 繋がっていない。いやそんなはずは。確かに内線ボタンを押したし、今も間違いなく内線ランプが点灯して――

 ガチャッ

 その時、受話器から聞こえていた電子音が切り替わる。よかった、ちゃんと繋がった。
 怯えて腕にしがみつく彼女の手を宥めるように叩きながら、彼氏が再度声を出そうとした刹那――

 バチッ

 唐突に部屋の照明が消え、驚いた彼女が「ひっ」と肩を跳ねさせる。

「だ、大丈夫、ただの停電だって」

 言い聞かせるように呟いた彼氏の耳元で、

 ずる……ずる……

 受話器の中から、何かが這うような音が聞こえてくる。

(……え? 停電……だよな。何で電話が繋がって……)

 やがてその音はぷつりと途切れ、触ってもいない受話器の内線ボタンがフッと暗くなる。
 物音1つしなくなった部屋の中で、不安に身を寄せて縮こまる2人。

 ぞわり、と。
 不意に背後で生暖かい風が吹いた気がして、彼らは恐る恐る背後を振り返り――

 ――……
 ―…
 ―


●斡旋所
 眠れない。夜中に何となく目が覚めて、気晴らしに依頼でも物色しようと斡旋所を訪れる。
 性質上、24時間運営である斡旋所には深夜でも職員以外に誰かしらウロついているのが普通だが、今日はどういうわけかロビーに人っ子一人見当たらない。
 珍しいこともあるものだと首を傾げながら、職員を呼ぼうとして誰も居ない窓口へと近づいた時、天井の照明がバチリと消える。

 停電か? と見上げるも、明かりはすぐに戻った。
 やれやれと窓口に視線を戻したその時、つい一瞬前には居なかったはずのオペ子が、窓口の椅子に座っていた。
 少し驚きつつも、呼ぶ手間が省けたと彼女に声を掛ける。

 夜勤? おつかれさま。

 オペ子は俯いたままでコクリと微かに頷くが、返事は無し。デスクの上に居る小次郎もこちらに背を向けたままで、時折、その真っ黒な尻尾だけがユラユラと揺れていた。
 何だか元気がないな。夜勤で疲れているのだろうか。

 スッ、と。
 徐に、無言のままのオペ子が1枚の紙をカウンターの上に置く。

 そこには、ただ一文だけ。山の中と思しき住所だけが、掠れかかった墨字で記されていた。
 これがどうかしたのか? そう尋ねようとした時、再び照明が消える。

 先程と同じようにすぐに明かりが戻ると、しかしそこに既にオペ子の姿は無かった。

 ……まあ、どうせ暇だったしちょっと見に行ってみるか。



 タイミング良く山行きのバスを見つけて乗り込む。
 山道に揺られること数十分。残りの道は徒歩で行くしかないようだ。

 真っ暗な斜面を進んでいると、ふと1人の坊さんが立っていた。

「撃退士か。こんな夜中にどこへ?」

 坊さんに尋ねられ、斡旋所で貰った住所を見せる。すると坊さんは神妙な面持ちで唸った後、懐から8枚の御札を取り出した。

「古い旅館があるはずだ。着いたら、建物内の8箇所に貼ってある古い札を探してこの札と貼り替えてきて欲しい。札の場所は、探せばすぐに見つかるはずだ」

 そう告げると、坊さんはこちらの返事を待たずに山道を降りていった――……


 ――旅館に到着。

「いらっしゃい……」

 長い暗道を登るうちに御札の事などすっかり忘れ、撃退士達はぼんやりと灯った和装の旅館で思い思いにくつろぎ始めた――


リプレイ本文

「古い旅館で札の交換ねぇ…」

 去っていく坊さんの後姿を見送り、各自1枚ずつ受け取った札を胡散臭げに眺めるディザイア・シーカー(jb5989)。

「いかにも『出そう』な雰囲気じゃありませんこと?」

 対して、声を弾ませたのはシェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)。
 彼女は燥ぎながら茂みや樹木にカメラを向けてパシャパシャとフラッシュを焚く。

 その横で、武田 誠二(jb8759)は札を持った右手でぽりぽりと自らの頭を掻いた。もう一方の手には、斡旋所へ行く前に寝酒として飲んでいた日本酒の一升瓶。

「まあ…現地で何もなければ適当に呑んで帰るか」

 ツマミの袋が入っているのとは反対側のポケットに、無造作に札を捻じ込む。
 そうして8人は、暗い山道を登って行った。

 ――燥ぎ疲れたのかいつしかシェリアの口数も減り、景色の変わらない暗道に誰もが御札の事などすっかり忘れた頃……

 ぼんやりと灯る旅館が見えた。吸い込まれるように門を叩き、中に入る。

「いらっしゃい……」

 すうっと、影のように立つ女将が8人を出迎えた。

 小さく会釈したディザイアが、ふとシェリアが妙に静かな事に気づく。そういえば、初めは一番元気があったのに途中から完全に無言だった。
 燥ぎ過ぎて疲れるなんて子供みたいだな、と悪戯っぽく笑うディザイアに、彼女は何も答えない。

 他の宿泊客は居ないので、好きな部屋を使って構わない。そう説明を受けている間も、彼女は1人俯いていた。時折何かをブツブツと呟き、かと思えば、急に静かになる。
 永連 紫遠(ja2143)が心配そうに声をかけると、

「ナンデモ…ないデスワ。ゴメンナサイ。ワタクシ少し疲れタので、サキに部屋でヤスンデいますわね…」

 彼女はふらふらと廊下を歩いていった――



「僕、旅館の中を見てくるね」

 6人に声をかけ、山本 ウーノ(jb8968)は物珍しそうに館内を散策。
 初めての旅館。橙の照明が和装の廊下を仄かに照らし、1歩進むごとにスリッパの擦れる音が響く。所々内装が傷んでいる気もしたが、これが風情というものだろうか。
 内心ワクワクしながら、彼は人気の無い館内を歩き回った。



(なんだか随分とじめじめした所だな)

 ウーノにつられ、自らも景色の良い場所を探して部屋を出た誠二。しかし趣というよりも薄暗い感の漂う空気に、少々怪訝な顔で通路を歩く。
 まあ、この湿気も『味』のうちかもしれない。
 やがて彼は裏口近くに縁側を見つけると、持参していた酒とツマミを置いて腰を下ろした。



(……私は此処に何しに来たのでしょうか?)

 個室に荷物を置いた雫(ja1894)は、唐突に湧いた疑問に首を傾げた。
 なぜ夜の山道なんて登っていたのか……思い出せない。まあ、いいか。

(こんな時間にチェックインでは、朝食は無しでしょうね)

 カチ…カチ…と秒針を刻む時計。
 のんびりと座椅子に腰掛けていた雫は、とりあえず温泉にでも入ろうと部屋を後にした。
 他の女子達の部屋を回り、一緒にどうかと声をかける。
 二つ返事でついて来る紫遠。
 次いで神雷(jb6374)の部屋へ。既に浴衣になっていた彼女は、畳でごろごろしながら携帯ゲーム機に夢中になっていた。

「いま良い所なので、後で入りますー」

 足をパタパタさせる神雷に手を振り、2人はシェリアの部屋へ。ドアをノックするも、返事が無い。そういえば「疲れたから休む」と言っていた気がする。
 起こすのも気の毒だと思い、そのまま声をかけずに離れる。
 そして最後にリディア・バックフィード(jb7300)の元を訪れたが、彼女は既に風呂を終えた後だった。

 良い湯だったとご満悦な様子のリディアに見送られ、いそいそと女湯へ。
 脱衣所に入り、紫遠が脱いだ服をしまおうと目の前のロッカーを開けた刹那――

 人の頭。

 中に入っていたモノを見て、紫遠は詰まるような声を上げた。飛び退き、雫にしがみ付く。何事かと顔を向けた彼女にロッカーの中を指差すが、そこには空っぽのロッカーがあるだけだった。

 見間違いだと言われ、紫遠も首を傾げながら頷く。
 湯浴衣を纏って浴場へ入った雫に続き、ロッカーに背を向けた直後、

 がたり、と。

 ロッカーから物音が聞こえて紫遠は肩を上げた。

「きゃ! ちょ、ちょっと待って。いま確かに―――」

 恐る恐る振り返るも、脱衣所は静まり返ったまま。自分の思い過ごしかと、紫遠は浴場に出て脱衣所の戸を閉めた。 
 浴場は、透明な湯船に星明りが反射してとても綺麗だった。2人は高揚しながら掛け湯を汲み――



 ――男湯。

 ディザイアは湯船に身体を沈めながら、染み入るような熱さに長い溜息を零した。
 そういえば、何故自分はここに居るんだったか……。
 ぼんやりと考えていたその時、柵で隔てられた女湯から紫遠の悲鳴が上がる。
 何事かと立ち上がり、湯船から出ようとするが――

 ずるり……。

 足首にぬめりとした何かが絡み付いて、前のめりに転倒。振り返ると、血に濡れた真っ黒な髪の毛が湯船から伸びて足に巻きついていた。
 再度、紫遠の悲鳴。顔を上げたディザイアが舌打ちしながらもう一度自身の足首を見やった時、既に髪の毛は消えていた。
 足に残る気味の悪い感触に構う暇もなく、彼は引っ掴んだ浴衣を乱雑に羽織ながら女湯の前へと駆けつける。しかし踏み込むわけにもいかず、暖簾越しに声を張り上げて紫遠へと呼びかけた直後、濡れたままの身体に浴衣を羽織った紫遠と雫が飛び出してきた。

「か、かか髪! お湯!」

 涙目で訴える紫遠の脳裏に、道中で出会った坊さんの言葉が浮かぶ。

「そうだ御札っ、僕たち御札貼りに来たんだよっ」

 思い出したという彼女の様子を見て、ディザイアと雫の頭にもハッとその時の事が甦る。
 札は荷物の中に放り込んだままだ。

「とりあえず取りに行かんとな」

 そう言ったディザイアに、2人はこくりと頷いた。



「旅先の部屋での読書。贅沢な休日です」

 座椅子で本を読み耽っていたリディアは、ふと思いついたように携帯を取り出す。無事に旅館へ着いた事を、オペ子に報告しなければ。
 長いコールの後ガチャリと通信の切り替わる音がして、彼女は電話の向こうへ話しかけた。

「もしもし。いま例の旅館に居るのですが良い湯でしたよ。今度一緒に――」

 にゃー……

 不意に受話器から猫の鳴き声がする。小次郎か?
 聞き返そうとした彼女の声を遮って、猫の声は徐々に増えていく。そして次第に金切り声のようなしゃがれた鳴き声へと変わっていき、唐突に劈く様な悲鳴が流れて彼女は耳から携帯を離した。
 キンと響いた耳を押さえ、彼女が電話の切れた携帯を不思議そうに眺めていると、

 ずる……ずる……

 どこからともなく、何かを引きずる様な音が聞こえる。ふっ、と前触れもなく照明が消えた。
 生暖かい風が背中を撫で――

 バンッ、と乱暴に部屋のドアが開け放たれてリディアは振り返った。浴衣姿で1枚の札を握りしめた紫遠が立っていた。同時に、消えていた部屋の明かりが再び灯る。
 紫遠は酷く慌てた様子で部屋に入ると、預かった札はどうしたかと尋ねる。しかしリディアが何の事かわからないと返すと、紫遠は山道に居た坊さんの話を聞かせた。

 そこでようやく事の経緯を思い出した彼女は、妙に浮ついた感覚の頭を押さえながら荷物を漁った。

「この感覚、現実のような夢のような……?」

 指摘されるまで、目的や行動が一致していなかった。論理を見失うとは自分らしくもない。
 取り出した札を持ってすっくと立ち上がるリディア。

「札を貼るだけの簡単なお仕事です……」

 ホラー小説などでも、こういう物は掛け軸の裏と相場が決まっている。部屋の壁に掛かっていたソレを捲ると、思った通り古札が貼られていた。
 すぐに持っていた新しい札と貼り替え、残りの札も探すべく部屋を出て行くリディア。

「…ま、まって、1人は危ないから2人以上で行動しようヨ」

 紫遠は慌ててその後を追いかけるが、

(ううう、よくよく考えてみたら…御札の貼られてる場所なんて、一番危ない場所に決まってるじゃない。なんでこんなこと引き受けちゃったんだろう…)

 涙目でリディアの浴衣をぎゅっと掴み、ビクビクしながらついていく。だが前を歩く彼女が角を曲がった瞬間、館内中の電気が一斉に暗転。
 びくりと天井を仰いだ紫遠はただの停電だと必死に自分に言い聞かせるが、不安を和らげるためにリディアの浴衣を掴み直そうと顔を向けて――

 彼女が忽然と居なくなっている事に気がついた。

 刹那、通ってきた廊下の奥から水に濡れた様な足音が追いかけてくる。
 水――そうだ風呂場。きっとあそこに古札があるに違いない。

 紫遠は泣きながら走り出し、女湯へと向かう。暖簾をくぐり、暗がりの中を見渡す。すると、1つだけ不自然な位置に置かれているマッサージチェアが目についた。薄ら寒いものを感じつつ、意を決して椅子をどかす。
 千切れかけた古札が、床に貼られている。
 彼女はすぐ後ろまで迫っていた足音を振り払うように、手にしていた札を貼り付けた――



 電気が消え、手元のゲーム機まで画面が暗転。あれ?と思って神雷が画面を覗き込んだ瞬間、液晶に反射した自分の背後に髪の長い女が立っていた。振り返る事もできずに、嫌な汗を浮かべる。
 彼女はゲーム機を置いて立ち上がると、後ろを見ない様にしてそっと部屋から出た。心細さに耐えながら、誰かしら居そうなロビーへと向かう。が、

「誰も居ませんね……ホラーゲームなら、出入り口の扉が開かなくなってたりするんですよねぇ」

 悪寒を誤魔化す様に努めて明るく声に出しながら、戸に手をかける。

 開かない。

 だらだらと汗を流しながら、はたと思い出す。坊さんから札を渡されていた。
 しかし、札は部屋に置きっぱなし。
 半泣きで部屋へと戻り、変な物を見ないように気をつけながら鞄から札を取る。手にした札を握りしめて踵を返し、

 ひたり、と。

 誰も居ないはずの室内で後ろ手を掴まれた瞬間、彼女はパニックを起こした。
 動転し、発動してもいない透過能力を使った気になって壁へと突っ込み、額を強く打ちつけた所で失神――



 突然暗くなり、躓いたウーノは咄嗟に近くにあった壷置きに手をつく。傾いた壷が真っ逆さまに床へ落ちるがなんとか受け止めた。
 安堵した彼は、壷を棚に戻そうとする。だがその時、壷が置かれていた場所に古札が貼ってあるのを見て、おやと首を傾げる。
 しばらくして、彼は「ああ」と内心で手を叩いた。一旦壷を床に置き、ポケットにあった新しい札と貼り替えてから壷を戻す。

 すっかり忘れていたが、初めは他の7人もホラーがどうのと燥いでいた気がする。いきなりの停電と言い、もしかするとあの坊さん自体が旅館側からのサプライズだったりするのだろうか。

(なんて、考えすぎかな)

 自嘲した彼の頭上に、ずるりと誰かの髪が垂れてきて――



 縁側で横になっていた誠二はむくりと身体を起こした。いつの間にか寝ていたらしい。
 口直しにもう1杯飲もうと、日本酒を注ぐ。しかしその直後、透明な酒に混じって真っ黒な髪の束がごぼりとコップの中に落ちてきた。
 驚いた誠二は手を滑らせ、縁側から落ちたコップが砕け散る。しまったと思いつつ、髪の毛が混じっていた事に首を傾げて一升瓶を見やり、

 瓶に反射した自分の顔に、眼鏡が掛かっていない事に気がついた。

 慌てて顔に手を当てる。無い。
 辺りを見渡す誠二。すると割れたコップの破片に混じって、砂利の上に落ちているのを見つける。コップと違って、傷ついてもいない。
 ほっと安堵しながら拾おうと手を触れた瞬間、縁の下から誰かの腕が伸びてきてその手を掴まれた。
 信じ難いほど強い力で掴まれ、誠二は床下へと引きずり込まれる。そこには、仰向けで床下にへばり付いている髪の長い女が居た。不気味に笑いながら、眼鏡を持つ誠二の手を引き込もうとする。
 大切なソレを奪われそうになって激昂する誠二だったが、不意に視界の端に古い札が映って、坊さんの事を思い出す。

 ポケットに捻じ込まれていた札を取り出し、必死に片手を伸ばして札を貼り替えた――



 荷物から札を取り、古札を探すディザイアと雫。途中、妙な位置に飾られていた水墨画の裏に古札を見つけて雫が貼り替える。

「何時もはある程度の下調べをするのに……緊急依頼でもないのに今回に限って調べないなんて」

 一体いつから天魔の術中に嵌まっていたのか。
 札を貼り替えつつも一連の怪現象はあくまでも天魔の仕業と考えた雫は、女将が元凶に違いないとして、その行方を探る為に響鳴鼠を発動。だが鼠達は、呼びかけに一切応じてはくれなかった。
 女将を探し出して問い詰めると言う雫。
 雫の実力を知っていたディザイアは無理にそれを止める事はせず、自分は札を探すと答えて別方向へ。

 そして雫が1人になった直後、

『ねェ、アナタの髪、トテモ綺麗ね…』

 髪を撫でられ、振り返る。シェリアが立っていた。だが様子のおかしい彼女に雫が警戒の色を見せた瞬間、彼女は『真っ黒な髪』を伸ばして雫を壁に縛り付ける――



 館内を回るディザイアだったが、札はおろか仲間達の姿すら見つけられずにいた。まだ見ていない場所といえば、神雷とシェリアの部屋。特にシェリアの方は、チェックイン以降一度も顔を見ていない。嫌な予感がして彼女の部屋のドアを開ける。

 和室の隅に不気味な光を帯びた日本人形が置かれていた。その背には古札の跡。

 ディザイアはすぐに札を貼り替えるが、光は消えない。
 どうなっているのかと舌打ちした彼は、ふと対面に鏡が置かれているのに気づいた。
 鏡の中に人形が映り込んでいる。
 まさかと思い、彼はシェリアの鞄から彼女の分の札を取り出すと、鏡の人形に貼り付ける。刹那、膨れ上がった光は瞬く間に旅館中を覆いつくし――……



 気がつくと彼らは、私服姿で廃屋の前に倒れていた。身を起こし、顔を見合わせる。雫はシェリアの様子を窺うが、首を傾げる彼女はいつも通りの彼女だった。
 一体あれは何だったのか。一同は奇妙な感覚に眉を顰めながら山を下りる。

 斡旋所に着く頃には日も昇りきり、雫達は受付にいたオペ子を見て声をかけた。

「昨夜受けた依頼ですが、もっと詳しい情報は無かったのですか?」

 雫の苦情に、彼女は何の話かと首を傾げる。

「昨夜は局長の晩酌に付き合わされて私は斡旋所には居ませんでしたが」

 その言葉に、雫達は沈黙。ふと思い出したように、貼り替えた古札を並べてみせる。
 1枚、2枚……6枚と、新札が1枚。

「「え?」」

 足りない上に、1枚貼り替えられていない。1人だけ新札を持っていた神雷がサーっと青くなり、直後、紫遠がこの場に居ない1人に気づく。

「ねえ、山本さんは……?」




 暗い山道を登り、道に迷っていた男女はぼんやりと明かりを灯した建物を見つけて門を叩いた。
 音もなく出迎えてくれたその女将は、俯きながらそっと呟く。



 ――――。




依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 飛燕騎士・永連 紫遠(ja2143)
 絆は距離を超えて・シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)
 永遠の十四歳・神雷(jb6374)
重体: −
面白かった!:7人

歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
飛燕騎士・
永連 紫遠(ja2143)

卒業 女 ディバインナイト
絆は距離を超えて・
シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)

大学部2年6組 女 ダアト
護黒連翼・
ディザイア・シーカー(jb5989)

卒業 男 アカシックレコーダー:タイプA
永遠の十四歳・
神雷(jb6374)

大学部1年7組 女 アカシックレコーダー:タイプB
金の誇り、鉄の矜持・
リディア・バックフィード(jb7300)

大学部3年233組 女 ダアト
撃退士・
武田 誠二(jb8759)

大学部7年118組 男 陰陽師
さりげないフォローが光る・
山本 ウーノ(jb8968)

大学部4年82組 男 アストラルヴァンガード