「責任逃れだか知らないけど情報は正確に寄越せっての…」
「顔色伺いあってて役に立たないらしいねぇ」
東雲 凪(
jb9404)が舌打ちする一方で、来崎 麻夜(
jb0905)はクスクスと笑う。
光信機を持ってヘリに乗り、出発。機内には地図とカードキー、そしてリアクター破壊用の爆薬以外にも、様々な物資が置かれていた。
高濃度アウルの影響でV兵器が使えない場合を想定し、米軍から提供された装備品。中には米軍とは関係の無い武器まで混ざっている。
「俺の私物さ。欲しけりゃ持っていきな」
操縦士が告げる。それを聞き、各々好みの武器を手に取った。
そんな中、染井 桜花(
ja4386)は一番欲しい武器が見当たらずに操縦席を振り返る。
「……スズメバチナイフ」
彼女は2人の操縦士をじっと見つめる。
「ヘイ聞いたか相棒。このお嬢さんはwasp knifeをご所望らしいぜ」
「ああ、とんだおてんばレディだぜ」
米軍配備どころか、そもそも対人用ですらないナイフ。本来は、ダイバーが海でサメに襲われた際などに用いる護身用の狩猟道具だ。
「ま、あるけどな」
操縦士は、自らのブーツに仕込んであったソレを取り出して桜花に渡してやった。
一方、長物を敬遠して拳銃とナイフを選んだのは桜庭 葵(
jb7526)。
「銃は、なれてないんだ」
一応装備はしたが、あまり使う気は無かった。
そして最も軽装だったのは華愛(
jb6708)。
もし敵が居た場合、音で注意を逸らせるかもしれない。そう考えて持参していた爆竹や携帯ライトがポケットにある事を確認して、コンバットナイフと手榴弾だけを取る。
「いざとなれば壊して進まにゃならんな」
武装を整えた麻生 遊夜(
ja1838)が地図を広げる。ルートを話し合い、更にエリーゼ・エインフェリア(
jb3364)は、生存者が居た場合に避難させるのに都合が良さそうな部屋も指摘。
やがてヘリは現場へと到着。エリーゼは腕時計型タイマー、マスターキー、爆薬を仲間達に配った。
機体が着陸し、扉を開けた瞬間むせ返るような濃い空気が鼻をつき、8人は異常なアウルの漏出を実感。凪が爆薬の取り忘れがないか確認し、一同は順にヘリを降りていく。
そんな中、遊夜と麻夜は機内にあった担架を広げ、その上に余った爆薬や弾薬を乗せられるだけ乗せていた。
「いちいち戻ってはこれないからな」
「備えあれば憂いなし、だね」
邪魔になったらその場で投棄すれば良い。
2人は担架を担ぎ上げると、6人に続いてヘリを降りた。
離陸していくヘリの風圧を背中で感じながら、地下への入口へ。まるでシェルターのような無骨な扉には、電子ロックが赤く点っていた。
先頭の葵がカードキーでロックを解除しようとした時、不意にエリーゼがそれを制止する。
高濃度のアウルがV兵器やスキルにどれほど影響を及ぼすのか確かめておきたい。
そう言って彼女は、床めがけて魔法を発射。しかし撃ち出された炎は、狙った場所へ着弾する前に煙のように大気に滲んで消えてしまった。
水中で水鉄砲を撃つような感覚。
列の後ろで鋭敏聴覚を使用した遊夜も、両耳の穴を指先で塞いだ時のような低い流動音に眉を顰める。
今度は葵がV兵器の具合を見る。だが忍刀をヒヒイロカネから実体化させる瞬間、バチッと静電気のような軽痛がして葵は微かに顔を歪めた。
それを見ていた華愛は、召喚スキルが気になって実行してみる事に。少し離れた位置にプーちゃん(スレイプニル)を最小サイズで呼び出し――
バチン!
「ぴっ!?」
他者にも聞こえるくらい大きな静電気音が弾け、華愛は両肩を跳ねさせる。だが、召喚そのものは成功していた。V兵器と違って、召喚後は痺れも残らない。おそらく常時アウルを注ぎ続けるか、召喚時にだけまとめてアウルを注ぐかの違いだろう。
どちらにせよ、通常火器の方が良さそうだ。
葵は仕方なくコンバットナイフに持ち替え、エリーゼ達も銃を構える。華愛はとりあえずそのままプーを連れて行く事に。
そんな中、エリアス・ロプコヴィッツ(
ja8792)は一連の現象を興味深げにメモしていた。
気を取り直し、今度こそ葵がロックを解除する。ピーという電子音と共にランプが緑に変わり、分厚い扉が重々しく左右に口を開いた。
一同の銃口と視線が、通路の端々を精査する。不審な気配は無し。だが、この静けさが却って不気味ではある。
プーがのしのしと先頭を歩き、その足下を葵が。後ろにエリーゼ、凪、桜花、華愛、エリアスと続き、最後尾は担架を抱えた麻夜と遊夜が最短ルートで進んでいく。加えて、遊夜は時折担架の中から弾薬を取って通路の端に少しずつ置き残しながら歩いていた。こうしておけば、帰り道の途中でも弾を補充できる。
『誰か』が拾ったりしなければ、だが。
しばらくして、静かだった光景は終わりを告げた。
十字路の先に、白衣を着た人間が複数横たわっている。周囲には夥しい量の血と銃弾の痕。
足を止めて武器を向ける一同。
「私、こういうゲーム知ってるんだけど…」
凪が呟く。
遠巻きに凝視するが、動く気配は無い。ナイフを向ける葵とライオットシールド片手にSMGを構えたエリーゼが、プーの足下をくぐって近づいていく。
何か重度の薬品でも浴びたのか、白衣達の肉体は酷く腐敗していた。エリーゼが声を掛けてから銃口の先でつついてみるが、無反応。完全に事切れている。
2人が武器を下ろしかけたその時、十字路の左右を見渡していた凪が不意に口の前で人差し指を立てた。
――左側の通路の先に、立っている人間がいる。
ソレは、ユラユラ揺れながらこちらを振り向き……
8人を視界に捉えた瞬間、だらしなく口を開けて呻きながら迫ってきた。腕は腐り、顔の肉が削げ、着衣にはベットリと血が付着している。どう見ても健常者では無かった。
凪は迷う事無く発砲。ライフルの弾が相手の額に風穴を開け、どさりと倒れて動かなくなる。しかしその直後、銃声を聞きつけたのか通路の奥から同じような者達がわらわらと現れる。振り向けば、正面と右の通路からも。
通路に溢れたゾンビの群れに、遊夜と麻夜も担架を下ろして銃を構えた。
遊夜は背負っていたMGLを麻夜へと投げ渡して代わりに彼女のSMGを受け取り、自身のSMGと二丁持ちにして仲間達に「伏せろ」と告げる。
言われるがまま頭を下げる6人と、逆に天井付近まで飛び上がって射線を開けるプー。だがそれとは別に、意図を察して咄嗟に動きを合わせたのは桜花。
「……さあ、踊ろうか?」
2人は十字路の真ん中に背中合わせで立ち、その場で二丁持ちのSMGを縦横無尽に走らせた。
3方向から迫る敵の群れへ前後左右に腕を振って銃弾の雨を叩き込み、最大効率で計算された射線が次々と敵の眉間を撃ち抜いていく。
やがて4丁分の弾丸全てを撃ちつくした2人は、ピタリと手を止める。虫のように湧いていたゾンビ達は、悉くが地に伏していた。
硝煙を燻らせたSMGの弾倉をガシャっと切り離して新しい物に換装する。
他の6人もやれやれと頭を上げるが――
まだ1人、右側の通路に立っている者が居た。煤汚れた白衣を纏い、頭を押さえながらフラフラと歩いてくる。だがその身体は、今しがた襲い掛かってきたゾンビ達のように腐敗してはいなかった。
生存者だ。
そう思って近づこうとした華愛の肩を、葵が掴む。刹那――
『ご、おアァ!』
骨は歪み、肉が軋み、肥大してミチミチと裂ける皮膚。男が目の前で体液と血飛沫を撒き散らしながら異形化していく。グロテスクな光景に華愛は「お、おぉ……」とカタカタ震え、葵は「うえ……」と眉根を寄せた。
変異し、全長3m近い怪物と化した男。首から下げた職員証の名前は、鈴木 幸久――
獣のような幸久の咆哮が轟く。
重たげに地面を揺らしながら突進してくる敵を見て、対抗するように吼えるプー。しかし効果は無く、遊夜と桜花は再び銃を構え、エリーゼと凪も躊躇う事無く引き金を引いた。しかしケロイドのように醜く膨れ上がった筋肉は、彼らの銃弾を物ともしない。
咄嗟に、麻夜がMGLを発射。榴弾が敵の胴に着弾して爆ぜる。それと同時に、エリアスは「仕方ない」と内心で溜息を零しながらありったけの手榴弾を敵の足下に放り投げていた。
爆炎が広がり、右路が完全に瓦礫に埋まる。
敵の這い出てくる気配が無い事を確認し、8人はほうっと肩を下げた。
「ゾンビゲーとか、実際に体験したいものじゃないね」
「変異の原因は、アウル…なのですかね……?」
凪が肩を竦め、華愛が首を傾げるが、答えは出ず。とにかくリアクターの破壊が優先だとして、8人は先を急ぐ事にした。幸い、最短ルートは左の通路だ。
崩落させた右ルートに背を向けて前進。すると、横壁に少し大きめの電子扉が見えてくる。確か見取り図では、データを解析する為の電算室になっていたはずだ。
「丁度良いです。ここで一度、弾薬を補充しましょう」
エリアスが提案し、台車代わりの担架を運んでいた遊夜と麻夜も頷く。
既に召喚が解除されていたプーの代わりに凪、葵、桜花の3人が前衛に立ち、華愛がカードキーでロックを解除。扉が開いた瞬間、それぞれの武器を構えて3人が室内の安全を確かめていく。
慎重に足を踏み入れながら、机や棚の陰を注視。左右と正面に分かれながら奥まで進み、左を担当していた凪が、銃口を向けながら書類棚で隔てられた隅の空間へと飛び出した瞬間――
じゃきり、と。
凪が銃を向けたのと同時に、そこに潜んでいた人影もまた彼女の鼻先に銃を突きつけていた。
迷彩服姿の米軍兵が1人。先行突入して連絡が途絶えた部隊の生き残りか。
「噛まれたりしてないよな?」
銃を突きつけたまま相手の全身をチェックする凪。だがそれは向こうも同じだったようで、兵士は凪の肌が無傷であるのを確かめてからようやく銃を下ろした。
「救援か」
「助けに来たわけではないですよ」
安心したように嘆息する兵士に、エリーゼはふわふわとした笑顔を返す。
目的はあくまでもリアクターの破壊だ。
「動けるなら手伝ってくれるか」
遊夜の言葉に兵士はこくりと頷いた。
一方、彼らから少し離れた所で、エリアスは起動したまま放置されていた端末を弄っていた。
仲間達がこちらを見ていないのを確かめ、隠し持っていたUSBメモリを端末に挿す。データをコピーしている間、彼は脇にあった薬品棚に目を向けた。
ふと、その中に見慣れない濃緑色の液体が詰まった試験管を発見して、手に取る。厳重に密封されたそれは、よく見ると液体では無く気体だった。
信じがたいほど高密度に圧縮された、アウル粒子。どうやら件のリアクター内で生成されているのと同じ物らしい。
彼はこっそりとその試験管を胸元に入れ、硫酸の瓶も取って棚戸を閉めた。
「出発だよ」
エリーゼに呼ばれ、エリアスは短く返事をする。彼女達が背を向けた直後、USBを抜き、端末に硫酸をかけてから部屋を後にした――……
歪んで開きっぱなしになっていた扉をくぐり、最深部に到達。ひび割れた巨大なアウルリアクターが、深く静かに唸っていた。一同は爆薬を設置し、華愛がタイマーを設定。行きに掛かった時間より少し余裕を持って――
「ぎゃああ!」
突然の悲鳴に振り返る。
扉口に立っていた米軍兵が、後ろから巨大な爪に深々と貫かれていた。爪の主である怪物の首には幸久の職員証。
「生きてたのねぇ」
麻夜が場に似つかわしくない笑みを浮かべる。
怪物は兵士を投げ捨てると、すぐ近くにいたエリアスを狙った。彼は咄嗟に飛び退いて爪を回避。だがその時、切っ先は僅かに懐を掠め、胸元では割れた試験管からじわりと緑色の液体が染み出していた――
死角から距離を詰めた桜花が、敵の背中にスズメバチナイフを突き立てる。瞬間、柄に付いていたボタンを押し、刃先から高圧縮された冷凍ガスが噴き出して傷の内側をズタズタに引き裂く。
怪物が僅かによろめいた。
「華愛さん、タイマーだ!」
短くセットし直せ、と遊夜が叫ぶ。背後で7人が敵に集中砲火を浴びせる中、華愛は片道よりも更に短い時間に設定し直してボタンを押す。設置完了を確かめた遊夜が麻夜に頷き、彼女は崩れかけていた天井の一角をMGLで破壊。
降り注いだ瓦礫に押し潰される怪物。だがまだ息がある。
8人は構う事無く扉をくぐり、担架も捨てて全力で走った。光信機でヘリに呼びかけながら先頭の数人が脇道の前を通り抜け、華愛もそれに続こうとした瞬間、横から大量のゾンビが現れて道を塞ぐ。
「いやー! こっち、来ないで下さい、なのです!!」
涙目になりながら、無我夢中で反対方向へ爆竹を放り投げる。連続して弾けた破裂音にゾンビの注意がほんの一瞬だけ逸れ、刹那、華愛は誰かに後ろ襟を力いっぱい引っ張られていた。
集まっていたゾンビの足下に手榴弾が投げ込まれ、爆発。
「汚ねぇ花火だ」
華愛を引っ張った葵の後ろで、手榴弾を投げた遊夜が言う。しかし今度は、後方からゾンビの群れ。
「こっち来ちゃダーメ」
クスクス笑いながら、MGLを連射する麻夜。一同は再び走り出しながら、死に物狂いで出口を目指した。
「あと何秒だ!」
「に、20秒、なのです!」
腕時計を見ながら華愛が叫ぶ。
ゾンビを振り切り、出口の扉が視界に映る。だがその時、腕時計の数字が0に変わった。遠くの方で轟音が聞こえ、押し上げるような熱風が通路を埋め尽くしながら迫ってくる。
8人は息が上がるのも忘れて駆け抜け――
最後の扉から飛び出して一斉に地面に伏せた。瞬間、頭のすぐ上を爆炎が突き抜ける。
そして吹き上がった炎は、閉じた扉に吸い込まれるようにして地下施設の中へと消えていった。しかしその直後、内部が崩落して支えを失った地盤が揺れ始める。
急ぎヘリに乗り込み、離陸。
「た、たまやー………? なのです?」
連鎖爆発を起こして崩壊していく施設入口を見下ろしながら、華愛達はようやく胸を撫で下ろした。
ふと、遊夜は端に座って妙にうな垂れているエリアスに気づいて声をかける。
「どうした?」
「いえ、少し疲れただけです」
眩暈のする頭を押さえながら彼は答える。
服の下で割れている試験管を隠しながら――……
●斡旋所
華愛や葵が報告へ行っている間、遊夜達はロビーで待っていた。長椅子ではエリアスが一言も喋らぬままぐったりと頭を垂れている。
心配した遊夜が何度も呼びかけるが、反応が無い。
流石におかしいと思い、顔を寄せてエリアスの肩に手を置いた瞬間、
ぐあっと大口を開けた彼の歯牙が遊夜の首筋に突き立てられた――
――……
―…
―
ずる……ずる……
だらりと垂れた手足を引きずり、だらしなく口を開けて唸り声を発する人々の姿を、無人となった警備室のモニターがぼうっと映し出している。
肉が削げ、血は固まり、腐臭を漂わせた集団。
その内の1人が、カメラの前で大きく歯を剥き出し――ザ、ザザッ……ブツッ