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マスター:水音 流
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/03/29


みんなの思い出



オープニング

 化け物。
 怪物。
 気味が悪い。

 叔父さん達はそう言って、顔を見るなり毎日わたしのことを叩いた。
 どうして叩くの? とわたしが聞くと、お前はまともな人間じゃないからちょっとくらいぶたれても平気だろう。そう言って、いらいらした顔でもっと強くわたしを叩いた。
 確かにわたしは、あまりケガや風邪をしない方だった。たまにケガをしても、すぐに治った。でもイタいものはイタい。叩かれるのはイタい。

 わたしが産まれてすぐお父さんとお母さんが死んでしまって、わたしは叔父さんと叔母さんのお家で暮らすことになった。
 初めは叔父さん達も優しかった。ある日わたしがケガをして帰った時には、ちょっと大げさだなと思うくらいすごく心配してくれた。だけど次の日の朝起きて、わたしのケガが治っているのを見てから叔父さん達はコワくなった。

 化け物。
 怪物。
 気味が悪い。

 学校でもみんなに叩かれた。イタい。コワい。

 ある朝、わたしがいつものように起きて1階に行くと、叔父さんと叔母さんの顔が真っ黒な塗り絵みたいになっていた。
 どうして顔がないの? とわたしが聞くと、叔父さん達は気味の悪いことを言うな。と大きな声ですごく強くわたしを叩いた。ずっとずっと叩いた。

 学校でもみんな顔が真っ黒だった。顔がないから、誰がアカネちゃんで誰がジュン君なのかわからない。わたしがそう言うと、みんなわたしに近づかなくなった。代わりに、遠くからひそひそとわたしの悪口を言うようになった。

 みんなが真っ黒になってからしばらくして、わたしが学校から帰るとリビングで叔父さんと叔母さんが真っ赤になっていた。
 顔も手もお洋服も床も真っ赤になって倒れていた。ヒトみたいに二本の足で立っているワンちゃんがいて、手だけ叔父さん達と同じで真っ赤だった。

 ワンちゃんはわたしを見ると、真っ赤な手でわたしを引っかいた。今までで一番イタかった。イタ過ぎておでこを押さえると、わたしの手も真っ赤になった。イタい。コワい。

 わたしが蹲っていると、ワンちゃんはもう一度わたしを引っかこうとした。イヤだ。

 わたしがブンッと手を振ると、ワンちゃんはいなくなっていた。真っ赤になった叔父さんと叔母さんもいなくなっていた。代わりに、お部屋がごうごうと燃えていた。玄関も燃えていた。

 わたしは怒られると思って、慌てて2階のじぶんのお部屋にかくれた。アツい。コワい。

 でもココじゃすぐに見つかってしまうと思ったわたしは、大好きなぬいぐるみのウサギちゃんと一緒にお家から飛び出した。
 隣町は危ないから近づいちゃダメだと学校のみんなが言っていたのを思い出して、そこなら叔父さん達にも見つからないと思ったわたしは一杯走った。

 隣町には、本当に誰もいなかった。お店もやっていなかったけど、わたしはお金を持ってないから一緒のことだった。

 お腹がすいた。ごはんもお水もなかったけど、ねこちゃん達がゴミ箱からナニカを拾って食べているのを見て真似をした。初めは臭くてイヤだったけど、イタくないからまあいいか。

「どうした、迷子か?」

 声がして、わたしは顔をあげた。知らない学校の制服を着たお兄ちゃんが立っていた。
 みんなと同じ真っ黒な顔のお兄ちゃんは、わたしの方に手を伸ばしてくる。またイタいことをされる。イヤだ。

 わたしがウサギちゃんをぎゅっと抱っこしながらもう片方の手をブンッと振ると、近くにあったゴミ箱が爆発して、お兄ちゃんはびっくりした声を出した。しまった。また怒られる。

 けれど、そのお兄ちゃんは怒らなかった。

「お前、アウルが使えるのか」

 お兄ちゃんはしゃがんでわたしの頭を優しく撫でてくれたあと、そっとこう言った。


「良かったら、俺と来るか?」


●斡旋所ロビー
「俺、今回きりでチーム抜けさせてもらうわ」

 依頼の報告を終えるや否や、ディバインナイトの青年は告げる。

「何故だ、理由を説明してくれっ」
「どう考えてもお前の相方のせいだろ!」

 全身包帯とギプスだらけの青年は、ロビーの長椅子に腰掛けているダアトの少女を指差した。

「敵の目の前で『俺に』異界の呼び手命中させるわ、動けなくなった俺に飛び掛ってきた敵を迎撃しようとして単体魔法のフレイムシュート唱えたはずが、間違えて範囲魔法のファイヤーブレイク発動させて一緒に燃やされるわ。俺こんなに怪我してんのに敵に付けられた傷が一個もねえとか、逆にすげーよ」
「そ、それは何と言うか、あいつにも色々と深い事情があってだな……」

 ルインズブレイドの青年――羽柴 柳正――が言い淀んでいるのを振り払い、彼は溜息をつく。

「そりゃお前は良いよな。一発も誤爆されてねえんだから……。とにかく俺にゃ無理だから、わりーけど他あたってくれ」

 そう言って、彼はよろよろとした足取りで去っていった。

「柳正」

 抑揚のない声に呼ばれ、振り返る。
 先程まで長椅子で暇を持て余していた少女がすぐ後ろに立っていた。

「柳正、また怒られてた。私のせい。ごめんなさい」

 柳正は、伏せ目がちに謝る少女――長門 アイリ――の頭を優しく撫でる。

「お前も悪気があってやってるわけじゃないんだ、仕方ないさ。とは言え、チームメンバーは探さないとな」
「私は柳正がいればそれで良い」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、撃退士の仕事にはどうしても危険が付き纏うのはお前も知ってるだろう。助け合える仲間がいるってのはやっぱり大切な事だ。それにせっかくの学園生活なのに、話し相手が俺だけってのも味気ない。もっと友達が作れるようにならないと」
「でも私は、人も天魔も顔がわからないから区別が付けられない。そのせいでいつも柳正が怒られる」
「うーん……」

 柳正は、今しがた去っていったディバインナイトの青年の言葉を思い出しながら頭を悩ませる。
 もっとも、暴投の原因は外見の識別如何という単純なものだけでもないのだろうが……。

「だがあいつが言うように俺に誤射したことは一度も無いわけだから、不可能じゃないと思うんだがなあ」
「柳正は特別。柳正の顔、ちゃんとわかる」

 ほっそりとした両手で、彼の顔を触るアイリ。
 一方、柳正はぺたぺたと顔中を撫でくり回されるのも気にせず、やはりこれしかないかと一つの手段を決意した。


●依頼掲示板
 模擬戦を行う為のメンバーを募集したい。

 俺はルインズブレイド、相方はダアトをやっているんだが、どうにも不憫な相方でな。魔法を撃つのが苦手なんだ。狙った所に出せた試しが無い。
 敵ごと味方を焼き払ったり、敵側に緊急障壁を張って味方の攻撃を打ち消したり。敵の動きを止めるつもりが、異界の呼び手で味方にいた女子のスカートを片っ端からフルオープンにしたこともある。

 あまりのノーコンっぷりにどんどんチームメンバーが減って、ついには俺と本人の二人だけになってしまった。だが決して嫌な奴じゃないんだ。悪気もない。アウル適性だってある。ただちょっと普通より視力に問題があるというか、人見知りするというか、人の顔を見分けられないというか……。

 差し当たり戦闘中の暴投問題を克服できれば、色々変わってくると思うんだ。個人の見分けが苦手でも、場の空気や気配なんかで敵と味方の違いを覚えるだけでもかなりマシになるはず。
 頼む。手を貸してくれ。


リプレイ本文

 ――孤児同然で彷徨っていたアイリを柳正が発見、保護した。

 依頼書に添付されていた柳正とアイリのパーソナルデータを見た九鬼 龍磨(jb8028)は、彼女が彷徨っていたという町について調べていた。
 当時、ゲート出現によりゴーストタウンと化していた区画。既にコアは破壊されていたようだが、その時点では復興作業は未着手のまま。そこから更に情報を遡り、その近辺で天魔による殺傷事件などがなかったかを検索。アイリが孤児となった原因が分かれば、何か暴投克服への糸口が掴めるかもしれないと思ったのだが……それらしい記録は見つからなかった。
 ただ、気になる記事が1つ。アイリが柳正に発見される数日前、隣町のとある民家が火事で全焼する騒ぎがあったという。
 全焼した屋内からは、住民と思しき2人分の焼死体。だが調べによれば、その家は本来3人暮らしだった。家主である夫妻が、引き取った親戚の子と共に住んでいたというのだ。

 しかし焼け跡から見つかった遺体は2つだけ――……



「1人で回るより効率はいいだろう」

 アイリの元チームメイトに話を聞きに行くと言ったヒビキ・ユーヤ(jb9420)に、ディザイア・シーカー(jb5989)はそう答えていた。
 その内の1人であるディバインナイトの青年を訪ねると、そこには嶺 光太郎(jb8405)の姿もあった。
 面倒臭いとぼやきつつもアイリに関する記録をきちんと調べていた光太郎を交え、ユーヤは密かに気になっていた事を尋ねる。

 ――アイリは柳正を独占したくて、わざと味方を攻撃しているのではないか。

「あー、ヤンデレとかってやつ? いや、まあ流石にそれは無いんじゃねえかな。そりゃ味方に背中撃たれて俺も頭きたけど、少なくとも羽柴は良い奴だと思うし、その羽柴が『悪い奴じゃない』って言うんだからそうなんだろ」

 しかしそれと暴投の是非とは別問題。青年は「俺には無理」と答えて去っていく。
 悪意はないだろうとの事だが、はてさて……。

「まあ人間、良い感情だけで動けるわけでもねぇし、魔がさすこともある。そうでないのが一番だがね」
「杞憂であるなら、それで良い、何も問題はない」
「……めんどくせ」

 大きく嘆息した光太郎はしかし、携帯で他の仲間達へ状況を報告する事は決して怠らなかった。



●模擬戦当日
『こんにちはアイリさん』

 くぐもった声に呼ばれ、左手で柳正の袖を掴んで立っていたアイリが振り返る。もふもふの着ぐるみ猫が居た。
 不審に思い、少し困ったように眉を下げて柳正を見上げるアイリ。それに対し柳正は、大丈夫だと言って着ぐるみの方を向く。

『緊張していますか? うん、もふもふで解してあげましょう』

 もこもこの大きな手で包むように、彼女の右手を取って握手する。拒絶されないのを確認してから、今度はハグ。一頻りもふった後、着ぐるみは「ふう」と息をついて頭の被り物を外した。

 中に入っていたのは或瀬院 由真(ja1687)。素顔を見せた彼女は、改めてアイリに挨拶する。

「模擬戦では同じチームですね。宜しくお願いします」

 だがアイリは一度だけ彼女の顔を見やってから、すぐに視線を外して俯く。そう簡単には気を許してくれないようだ。
 由真は特にめげる事も無く、安心させてあげたいという気持ちからアイリの頭を着ぐるみのままの手で撫でてやる。だが、心なしか先程よりも警戒されている気がした。

 そこへ、他のメンバーも到着。
 雨宮 祈羅(ja7600)と緋流 美咲(jb8394)はアイリの前で屈んで目線の高さを合わせると、各自で用意したぬいぐるみをプレゼントしながら優しく笑いかける。
 対してアイリは由真の時と同じように一度だけ2人の顔を見やった後、興味が無いのか怯えているのか、重ねて相手の顔を見ようとはしなかった。ぬいぐるみも受け取ってはくれたが、いまいち効果薄だ。
 元々可愛い子好きだった祈羅はそんなアイリを撫でたい衝動に駆られるも、明らかに警戒している彼女にスキンシップを試みて良いものか考えあぐねていた。
 一方で美咲もアイリが肩を強張らせているのには気づいていたが、しかしだからこそ、あえて彼女はアイリの頭を撫でにいく。

 美咲のアウルが、仄かな香水のようにふわりと漂う。

「信頼出来る友達が増えると、もっと安心出来るよ♪ お友達になろうよ♪」

 彼女は笑みを浮かべてアイリの頭を撫でてやるが……
 アイリは、すすすっと後ずさって柳正の後ろに隠れてしまった。

 その様子を見ていた龍磨は、彼女達と同様に身を屈めて目線の高さを合わせながら和やかな雰囲気で自己紹介。そして一度柳正の方へ向き直り、それとなくアイリに気を遣いながら昨日調べた件を報告。
 すると柳正は特に驚いたふうでもなく小さく頷いた。どうやら知っていたようだ。

「すまん。別に隠すつもりは無かったんだが……」

 アイリの方をちらりと伺う柳正。これといって嫌がる様子が無い事を確かめた後、彼は掻い摘んで事情を話した。
 アイリを保護した後、彼女自身から聞いた話。所々表現を濁してあるものの、その内容はお世辞にも良い環境と呼べるものでは無かった。そしてそうした境遇から、彼女は人の顔を判別できなくなったのだと。

「化け物ねえ…」
「どこにでも腐った奴がいるもんだな」

 ユーヤと共に少し離れた場所に居た光太郎やディザイアが気に食わないといった様子で鼻を鳴らす。
 話を聞き終えた龍磨は、心中で唸る。

 ――心の傷を癒やしてあげる、なんて偉そうなことは絶対に言えやしない。きっと、僕にはどうしたって実感し得ない何かがあったんだろう。けど、これからの事を一緒に考えて、力になることはできる筈だ。

 そんな時、雫(ja1894)がポラロイドカメラを持って現れる。雫は、学園長や一同の写真を使ってちょっとした実験を行うつもりだった。
 目的は、他人を判別できないというのが具体的にどの程度なのかを明確にする事。

 実験1。柳正と自分達の写真を見せ、名前を当てられるかどうか。 

 雫に言われ、一同は喜怒哀楽に分けた表情写真を撮影。ただしユーヤ、光太郎、ディザイアの3人は『コミュニケーションの有無で暴投率に差が出るか否か』を試す為に、実験にはあえて加わらなかった。
 雫は写真を並べ、アイリに問う。
 アイリはまず柳正の写真を指差し、名前を呼ぶ。正解。

 ――だが、それで終わり。

 彼女は柳正以外の写真は一切当てられなかった。

 実験2。柳正以外のメンバーを『顔に触れた、触れていない』の2種類に分け、接触の有無で喜怒哀楽の表情を見分けられるかどうか。

 まずは雫自身が顔に触れてもらう事に。次いで手を上げた由真。それに続いて美咲。

 3人は順にアイリに触れてもらうが、その間もアイリは左手で柳正の袖を掴んだまま、ビクついた様子でそれぞれの顔を撫でていた。対して、ぽや〜っとした『にへら顔』で撫でられていた美咲は、

「顔はね怖い顔だけじゃないんだ♪ 嬉しい顔や愛しい顔…素敵な顔が沢山あるんだよ♪」

 言いながら、お返しにとアイリの頬に触れる。しかしそれでも、彼女の肩は強張ったまま。
 そうして、各写真を見比べた結果は――

 柳正以外は全敗だった。
 顔に触れたから分かるのではなく、顔が分かるから触れるのかもしれない。
 こうなるといっその事アイリは連携には参加せず、常に柳正のサポートだけに専念するというやり方もあるが……

(模擬戦の結果次第ですね)

 雫は内心で呟く。

「大丈夫、見分けくらいは、付くようになる」

 とりあえず実際に戦ってみよう、と口を開いたのはユーヤ。
 味方チームが柳正、アイリ、由真、祈羅、美咲。敵チームが雫、龍磨、ユーヤ、光太郎、ディザイアという構成で分かれ、より判別し易い目印として色別の腕章を装着。
 更に味方チームは、ハンカチや携帯といった『柳正の所持品』をアイリの目の前で本人から借り受けておく。『コレを持っている者は味方』と思ってもらう為だ。
 加えて、美咲は『俯いてても見易いように』と個人的に用意しておいた緑のカラーテープを足首に巻いていた。

「私達は、同じ力を持った仲間です。一緒に頑張りましょうっ」

 由真がアイリに声をかける。

「あ、私に誤射しても気にしないで下さいね。こう見えて、頑丈さには自信がありますから。誤射を克服出来るようになるまで、とことん付き合っちゃいますよ!」

 直後、ふとアイリが顔を上げて由真を見るが――
 またすぐに俯いて、柳正の袖を強く握り直していた。

 あくまでも模擬戦。攻撃する際は怪我を負わせない様に注意しつつ、しかし防御時は本番の様に力を抜かずにしっかりと行う。『手加減』と『テキトー』は似て非なるものだ。

「折角の模擬戦なのですから、手を抜かずに行きます」

 雫が告げ、戦闘が始まった――



 ――アイリは戦闘に参加できずにいた。

 視界では柳正と他のメンバー達がめまぐるしく立ち位置を変え、その度に周りから攻撃指示や支援要請が飛んでくる。しかし、

 ――失敗すれば、また怒られるかもしれない。

 自分が怒られるのももちろん怖いが、自分の代わりに柳正が怒られるのも同じくらい怖い。
 暴投を恐れてアイリが二の足を踏んでいると、

「遠慮無く撃って! 僕達は君を嫌いになったりしない!」

 相手陣営の1人が叫んだ――



「遠慮無く撃って! 僕達は君を嫌いになったりしない!」

 そう言ったのは龍磨。
 本心からの叫び。普段は滅多に語気を荒げない龍磨が、強く言い切る。

 直後、雫が柳正に肉薄。
 雫を狙ってくれと美咲からアイリに指示が出され、彼女は意を決してスキルを詠唱した。
 一点に凝縮されたアウルの炎が、柳正と鍔迫り合いする雫をピンポイントで狙い撃つ。

 暴投どころか極めて正確な狙いで飛んできた炎の塊を、盾を構えて割って入った龍磨が正面から受け止めた。
 隊列をスイッチして後ろに下がった雫の代わりに、今度はディザイアとユーヤが柳正から少し離れた位置にいる由真を狙って駆け、再び美咲から指示が飛ぶ。

 アイリは2人が由真へと距離を詰めきる前に牽制しようと範囲魔法を唱えるが、柳正を援護した時とは違い、その狙いは大きく逸れて由真の方へ。ディザイア達ではなく自身の眼前で爆ぜた火球に、しかし由真は冷静に盾を展開して炎を打ち消していた。
 だがアイリには懸念していた誤射に気後れしている暇など無く、今度は全員が中央に集まって乱戦状態へと突入。三度、美咲から支援要請が掛けられたアイリは、異界の呼び手を連続で発動させ――

 無数の黒手は、敵ではなく由真や祈羅、そして美咲へと絡み付いていた。

 由真は足下から生え出てきた黒手を盾で弾き、祈羅はこんな事もあろうかとズボンを着用していたおかげでセーフ。だがアイリを徹底的に信じると決めていた美咲はあえてスカートのままブルマもスパッツも着用せず、無防備な腰布がバサリと捲り上げられてしまう。

 しかし美咲はそれほど動じなかった。確かに友達――少なくとも美咲はそう思っている――に誤射されたのはショックだが、想定はしていた事だ。何より、それを克服する為の模擬戦であり、そもそも撃退士たるもの戦闘中に少しくらい下着が見えた所でさして気にしない!

 そう。むしろ、気にしたのは本人では無くその周りにいた男子である。

 龍磨、ディザイア、光太郎、柳正の4人は突然のラッキースケb…もとい事故に思わず足を止め――

 ずるり、と。

 絡み付いた黒手が地面へと戻っていく際に、4人はズボンを引きずり下ろされていた。



●昼
 光太郎の提案で、一旦休憩する事に。
 昼食は龍磨が用意したお弁当。柳正とアイリの分は、お互いの姿がイメージされた特製キャラ弁だ。

 それまでアイリの反応を気にしていた祈羅も、心の距離を縮める為のきっかけになればと、果敢にスキンシップを試みていた。
 しかしガールズトーク全開で明るく盛り上げるも、やはりアイリは柳正の袖を掴んだまま――

 さっきは由真がきちんと盾で防いだから良かったものの、直撃したらきっと彼女らも怒り出すに違いない。またイタい事をされる。

 ――イヤだ。コワい。

 ぎゅうっと柳正の袖を引っ掴む彼女の様子に、美咲達も徐々に静かになって心配し始める。何とかしてあげたい。

「……お前人の顔あんま見ねえのな。何でだ?」

 吐き出すように、光太郎が言う。それは彼なりの、本当に心配した気持ちからの一言だったが、その優しさはあまりにも不器用すぎて。


 ――真っ黒だから。見ても、分からないから。




 戦闘中にどこまで聞き取れるかは怪しいが、このまま何もしないよりはマシだろう。そう考えて、味方側に鈴を付ける事に。だが、やはり効果は無かった。
 幾度目かの暴投を受け、由真の操盾術が底を尽きる。しかし混戦状態で続けざまに詠唱したスキルを中断できずに再度アイリの魔法は由真へと逸れ、守りを失っていた彼女の背に直撃する。

「はうあ!?」
「あ……」

 ――しまった。怒られる。

 アイリはびくりと肩を揺らすが、

「わ、私は大丈夫です。さぁ、まだまだ頑張りますよ!」

 由真は苦言1つ零さず、それどころか逆にアイリを励ましていた。
 刹那、アイリが顔を上げる。

 治癒スキルに切り替えながらこちらを振り返った由真の顔には目が、口が、鼻がちゃんと付いていて――



 ――優しく、笑っていた。



 途端、アイリはぺたりとその場に座り込むと、もぞもぞと膝を抱えて泣き出してしまった。
 驚いた一同が慌てて駆け寄り、どうしたら良いかわからずに由真はおろおろしながらアイリの頭を撫でる。

 ――柳正や由真だけでは無い。龍磨が、美咲が、祈羅が、雫が、光太郎が、ユーヤが、ディザイアが、『困惑した顔』で自分を見ている。

 真っ黒では無くなった世界の中で、アイリは咽が枯れるまで泣き続けていた。



●後日談
 結局の所、暴投は完全には直っていなかった。
 未だに数回に一度は本人の意図していない所に魔法が飛ぶし、初対面の相手の顔が黒いのも相変わらずだ。だが――

「こんにちは」
「雫……」

 ベンチに座って柳正を待っていたアイリは、真っ黒ではない人物に気づいて顔を上げる。

 ――あの依頼に関わっていた8人の顔だけは、はっきりと見分けられるようになっていた。

 雫はアイリの隣に腰掛けると、徐に自分の事を話し始めた。貴方はある意味でもう1人の私なのかもしれない、と。

「私と貴方は良く似ていますね。貴方に羽柴さんが居るように私にも明るく楽しい姉と呼んでいる人が居ます」

 貴方はどうですか。

「私は姉ですが、貴方にとって彼は兄ですか?」

 尋ねた雫に、アイリはこくりと頷く。けれどその頷きは、ほんの少しだけ横にも揺れていた気がして――

 やがてやってきた柳正の姿に、雫はすっくと立ち上がった。
 アイリに小さく手を振ってから、彼の横を通り抜ける。すれ違う際、何を話していたのか聞かれ、

「秘密です」

 そう言って雫は、静かな足取りで歩いていった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 揺るがぬ護壁・橘 由真(ja1687)
 圧し折れぬ者・九鬼 龍磨(jb8028)
重体: −
面白かった!:7人

揺るがぬ護壁・
橘 由真(ja1687)

大学部7年148組 女 ディバインナイト
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
撃退士・
雨宮 祈羅(ja7600)

卒業 女 ダアト
護黒連翼・
ディザイア・シーカー(jb5989)

卒業 男 アカシックレコーダー:タイプA
圧し折れぬ者・
九鬼 龍磨(jb8028)

卒業 男 ディバインナイト
誠心誠意・
緋流 美咲(jb8394)

大学部2年68組 女 ルインズブレイド
無気力ナイト・
嶺 光太郎(jb8405)

大学部4年98組 男 鬼道忍軍
夜闇の眷属・
ヒビキ・ユーヤ(jb9420)

高等部1年30組 女 阿修羅