『バレンタインサービス。期間中、当斡旋所で依頼契約を行った方に職員から久遠チョコをプレゼント』
そう書かれた斡旋所入り口前の立て看板を見て、源平四郎藤橘(
jb5241)は緊急依頼書片手に頷く。
「ほむほむ――自分もオペ子ちゃんからのチョコ、欲しいで御座るぜ」
おま、それどころじゃねえよ。早く現場向かえよ。
そんなツッコミが聞こえてきそうな空気の中、四郎はリア充の証チョコレートを期待してエントランスの扉をくぐる。
「自分、誰かの役に立てることが出来ればと、そう思うで御座るよ」
あ、たぶんコイツ死ぬ。
四郎はキメ顔でナニカのフラグっぽい台詞を口にし、手にしていた依頼書を受付に提出する。そしてそれに応対したのはオペ子――
「あ、チョコボロ討伐の緊急依頼だね。受けてくれるのかい?」
――ではなく、背広姿の男性職員だった。
職員はデスクに山積みされていたラッピング済みの久遠チョコを手に取り、四郎へと差し出す。
「急かして悪いんだけど、すぐに現場へ向かってくれるかな。他にも依頼を受けてくれた子達がポータルルームで待ってるから」
「え、あ、はい……で御座る」
ぽかんとしながらチョコを受け取る四郎。
「情報については、移動中にオペ子ちゃんから通信で受け取ってね」
四郎は男性職員に見送られ、トボトボと転送装置のある部屋へと歩いていった。
●現場付近
相変わらず微妙な座標ズレがある転送装置で飛ばされた先――現場近くの道路――を走りながら、7人は支給された通信機越しに聞こえるオペ子の情報に耳を傾ける。
『――目撃者によれば、チョコボロは切断された腕を自分で溶かして元通りにくっつけたらしいです。先だって交戦したはよいもののチョコ臭に中てられてトンズラした学園生からの情報では、重金属並の密度の液チョコを噴射してくるので気をつけろ、とあります』
「ほぅ、学園生の少年ナイスファイトに御座る。その情報YESだねで御座るよ」
文化扇子をバシッと広げる四郎。
チョコレートが原料だとすると、つまりは油と砂糖とカカオマスの塊。ただ、重金属並の密度で射出するとなると、サイズ的に戦前の戦車砲並の威力という事になる。確かに脅威には違いないが、問題はそこよりも――
「ディアポロがバレンタインになぜ……」
「……まさか、天魔もリア充を恨んで?」
まさかね、と。仁良井 叶伊(
ja0618)と黒井 明斗(
jb0525)が神妙な面持ちで唸る。
「……チョコ…食べたくなる敵…ですね……」
一方、カカオ成分たっぷりの敵を想像してついついチョコ菓子が欲しくなる秋姫・フローズン(
jb1390)。しかしディアボロと化してしまった以上、少なくともそのパーツはもはや食べる事はできない。もったいない話だ、と呟く。
「まったく、食べ物は粗末にしたらダメってお婆ちゃんに教わらなかったのかしら?」
走る息遣いに混ざって憤りを隠すこと無く吐き出したのはエルナ ヴァーレ(
ja8327)。
正直、リア充とかバレンタインだからチョコとかはどうでもいいが、食べ物をディアボロ化させて粗末にしたのは許せない。その身を以て、たっぷりと反省させてやる。
「妙なディアボロだが……厄介そうだ。油断禁物で行こう」
気を引き締める月詠 神削(
ja5265)。
「では少年の頑張りに応えようで御座るよ皆」
やがて7人は商店街へと差し掛かり、その視界に問題のチョコレート型ディアボロを捉えた。
多種多様なチョコを無理矢理押し固めたような姿のチョコボロを見て、四郎が口を開く。
「……あー。こういう細かいのが寄せ集まった系ドロドロもいけるぜな敵って、体のどこかに重要なコア的なものがあるのがセオリーに御座るが」
ソースは漫画。
脳裏をよぎったのは体の半分が炎で半分が氷で出来た禁呪で生まれた生命体。火系魔法上位を5発同時とかしてきそうな。
――ならば。
「まずは押し潰してみます!」
明斗が光纏し、スキルを詠唱する。胎動したアウルが無数の彗星へと姿を変え、チョコボロへと降り注いだ。
チョコボロは咄嗟にその場に蹲り、アルマジロのように丸くなって流星群の猛雨に耐える。
あわよくばこのまま仕留めきるつもりで、明斗はコメットの残弾全てを叩き込むが……
もうもうと立ち込める塵埃を押し退けるように、むくりと身を起こすチョコボロ。確かに直撃したはずだが、その全身は表面が僅かに焼け爛れているだけで致命傷には至っていない。
先の学園生は一撃で腕を切り落とせたらしい事から、てっきり大した防御力では無いと思っていたのだが……いや違う。これは――
身構える7人の前で、僅かに溶けかかっていたチョコボロの表面がみるみる内に冷え固まっていく。
――溶けると同時に再生している。
仮にコアのようなものが存在するとして、ソレと物理的に接触している限り、いくら破壊しようが即座に溶接されてしまうという事か。
――それなら、物理的に引き離して粉砕するのみ。
「チョコボロだかチョコロボだか知らないけど粉々にして湯煎しやすくしてやるわよぉ!!!」
叫んだのはエルナ。コメット炸裂中に先んじて闘気を解放していた彼女は紫のオーラで外套をたなびかせながら、開眼した右目の眼帯を外す。
魔法は拳から出る。
エルナは篭手型の格闘武器を構えて側面から回り込むように飛び出した。なんという肉弾系魔女。
チョコボロの手足が届くよりも外の距離から、高速で拳を振り抜く。拳圧が衝撃波となって飛び、敵の左腕を肩の付け根部分から砕いた。
チョコボロの首がぐるりと彼女の方を向くが、瞬間、その顔面で爆ぜる1発の魔法弾。
先陣を切ったエルナに紛れて距離を詰めていたセレス・ダリエ(
ja0189)の電撃が、チョコボロの頭部を焼く。
しかし痛覚も生体組織も持たないチョコ型のモンスターは怯む事無く、標的をセレスへと変更して首を向けた。
だが今度は、エルナとは反対側の側面から接近していた叶伊が仕掛けた。
チョコボロの正面軸から逸れたポジションに位置取りながら肉薄し、巨重を支えている敵の膝関節を打ち砕く。
右脚を砕かれて片膝をついたチョコボロの首が叶伊側へと動くが――
片膝をついた事で低い位置に下りてきたその顎に、神削の三節棍が小気味の良い音を立てた。
パァンと弾けるような快打音を響かせて、チョコボロの下顎が割れる。半壊したその頭部は正面に居る神削の方を見ようとして、しかしその途中で視界の端に映った明斗の姿に気を取られてそちらを振り向く。
「お借りしますよ……修羅姫…!」
静かに、けれど強くごちたのは秋姫。
『ふ…使うが良い…』
頭の中で、冷徹な別人格――修羅姫――の声が響く。
秋姫は柄が鎖で繋がれた一対の片刃斧を実体化し、神削の脇を抜けてチョコボロへと斬りかかった。
「円舞・木端双刃」
清冽とした声が響き、容赦なく振りぬかれた双斧が敵の頭を木端微塵に吹き飛ばす。
間髪容れずに仲間達が、粉々になったチョコの破片を地面に転がったままだった左腕もろとも、チョコボロ本体から遠ざけるように蹴り飛ばしていた。
残骸を砕くだけの簡単なお仕事です。
ゴロゴロと転がってきたチョコの群れを、四郎が鞘に収めたままの大太刀『霧氷』で更に細かく粉砕する。
しかしお給金(討伐報酬)をいただくのにそれだけというのもアレで御座る。折角だから新しい忍法も試してみるで御座る。
顕現したのは無数の蝶。
アウルで模られた妖蝶が一斉に舞い、チョコボロをメッタ打ちにする。
フルボッコ。チョコボロまじ涙目。
切断されたパーツを遠ざけられて再接合する事もかなわないチョコボロ本体はしかし、不意にブルブルと震えだす。直後――
首、肩、腕、胸、腹、脚。文字通り全身から、ドロドロの液チョコを360°全方位に乱噴射してきた。
だが、いじめっこの如く一方的に相手を取り囲んでいた撃退士達は戦闘を開始する前から思っていた。
『この攻撃だけは食らうまい』
砲撃級の威力、重金属並の粘度。
ダメージの大きさだけではなく行動阻害の悪影響まで及ぼす可能性のある液チョコの噴射に対して、彼らは他の全てを後回しにしてでも被弾しないよう注意していたのだ。
チョコボロが不審な震え方をした時点で魔具を盾に持ち替えていたセレスは、しっかりと身構えた状態で防御。さすがに衝撃を抑えきれずに大きく後ろに押し出されたが、その被害は最小限。
叶伊、神削、秋姫、明斗の4人も咄嗟に飛び退いて、高圧噴射された液チョコを回避していた。だが――
ドンッ、と。
くぐもった打撃音がして、エルナが凄まじい勢いで飛ばされる。
もちろん彼女も注意はしていた。だが、
『仮に食らってその場から動けなくなったとしても、遠距離攻撃で反撃すれば良い』
心のどこかでそんな風に腹を括っていたのが仇となったのか、掌だけではなく全身から乱噴射してきた液チョコを彼女は躱しきる事ができなかった。
そしてもう1人――
「エルナ殿!」
ピンチの時は助けるぜで御座る。そう心構えていた文化悪魔――四郎――は、圧し掛かる重チョコに埋もれて呻き声を漏らすエルナを掘り出そうと、翼を広げて彼女のもとへ駆けつけて――
ドンッ
「あびば!?」
無防備に晒した背中に2射目の乱噴射を受け、エルナの上にぶつかる形で揃って重チョコの中に沈んでいた。
――自分、誰かの役に立てることが出来ればと、そう思うで御座るよ。
四郎の笑顔が、キラリと空に光った。死んだかな。
一方、チョコボロは尚もエルナにトドメを刺そうとピンポイントで右掌を向ける。
一点に凝縮された液チョコが、動けないままの彼女へと容赦無く照射され――
刹那、間に割って入ったのは明斗。
彼は躊躇う事無く、腰元に溜めた槍を真っ直ぐに突き出した。
極めて正確に弾き出された切っ先が空気の壁を穿ち、白閃のような衝撃波を伴って液チョコの中心を貫く。
線の内側から爆ぜるように液チョコが四散し、突き抜けた一閃はそのままチョコボロ本体をも吹き飛ばす。
そして『その瞬間』を、神削と秋姫は決して見逃さなかった。
チョコボロは、その右腕で自身の下腹部を庇っていた。
神削が駆ける。
手にした三節棍を振って正面からチョコボロの下腹部を砕きに行くが、チョコボロはその一撃を右腕で強引に払い返した。死に物狂いのガードカウンターで攻撃を弾かれた神削は、三節棍ごと腕を大きく後ろに仰け反らせてしまう。
がら空きになった彼の胴体を狙ってチョコボロは大きく右腕を振りかぶるが、別の方向から飛来した雷刃がそれを押さえ込んだ。
離れた位置で魔法書を開いて立つセレス。そして彼女の放つ無数の雷刃と共にチョコボロへと迫ったのは叶伊。
独特な体捌きで一気に距離を詰め、敵の右腕を肩から打ち砕く。
両腕を失い、無防備に下腹部を曝け出すチョコボロ。
「一撃……必中…!」
秋姫がクロスボウの引き金をひく。
――瞬間、神削は手にしていた三節棍の端に付いていた鎖を引いた。三つ折れになっていた短棍が真っ直ぐに引っ張られて1本の長棍へと姿を変える。
風を裂く音がしてアウルの矢がドカリと敵の下腹部に刺さり、その矢尻めがけて神削は手にした白龍棍を力一杯振り抜いた――……
●
「ちょっと死ぬかと思ったわ」
エルナは文字通りの骸へと帰したチョコボロの残骸を掃除しながら、重チョコのボディブローが直撃した自身の腹をさする。
ダメージそのものは明斗がライトヒールで回復してくれたものの、まだ胃が引っくり返っているような気がする。
「当分チョコを食べる気はしないわねぇ」
確かに、と頷く明斗。
周りに散らばっているチョコの破片を箒で掻き集めていると、商店街店主の1人が倒れた看板などを直しながら頭を下げてきた。
「戦闘で已む無しとはいえ、汚したままでは心が痛みますから」
彼は優しく微笑むと、崩れた商品棚などの重たい荷物を店主の代わりに運び出していく。
「装備品一式も、クリーニングに出さないと痛みそうですね」
チョコのこびり付いたV兵器を眺めながら、叶伊が呟く。
集塵にメンテに報告書。やる事は一杯だ。
仲間や商店街の人達と苦笑し合いながら、一同は現場の後片付けをせっせと手伝った。
●後日談
秋姫は紅茶葉と手製の焼き菓子――クッキーやパウンドケーキ etc.――を持って、斡旋所を訪れていた。
「よかったら…どうぞ……」
「どうも」
オペ子は小次郎を頭に乗せたまま器用に一礼して差し入れを受け取る。
「廃倉庫の件ではお世話になりました」
「いえ…ご無事で…何よりでした……」
給湯室で秋姫と一緒に紅茶を淹れ、応接室に移って閑談すること数十分。ふと思い出したようにオペ子が尋ねる。
「ところで源平さんは」
「ああ…四郎様でしたら……」
――とある学生寮の一室。
「イベント後に安売りとなったチョコオイシイデスで御座る」
半額シールの貼られたパッケージを破き、泣きながらボリボリとチョコを貪る四郎。
良かった生きてた。
一心不乱にカカオを頬張る彼が次に手に取ったのは、斡旋所で貰った一口チョコ。
「職員さんの久遠チョコ……あったかいナリ……で御座る」
彼は撮り溜めたアニメを鑑賞しながら、1人涙の味を噛みしめていた。