●対戦を求める剣
――天魔なら魂なり感情なりを集める目的がある筈なのに、何故無人のスクールに居座っているのか……。
蓮城 真緋呂(
jb6120)は頭の中で疑問が浮かびつつ奇妙に思いながら、泰然と呟く。
「……待ってるの? 私達を」
天魔は一言も話さなかった。ただ力のある眼差しは此方の出方を窺っているようで、表情は常に微笑んでいる。
その姿は本当に彼らを待っているかのようだった。自分に対戦を申し込む瞬間を。
「まるで武士道とか騎士道を愛する武人みたいだね」
柔和な声でそう評した狩野 峰雪(
ja0345)だったが、心の底では何とも言えない不信感を覚えていた。一般人を襲わなかった事は好都合だったが、それにしたって――
(なんだってそんな天魔を作ったのかな……?)
この天魔の創造者の腹を探ろうとしたが、どう考えても理解に苦しむ。
アルドラ=ヴァルキリー(
jb7894)も謎が多い天魔に対し個人的に思う所があるようで、
「私と名前が同じ、か」
天魔がそう名乗った訳では無いが、女戦士の如きその特徴から女性職員がヴァルキリーと呼んでいた事も思い出しながら、
「色々と言いたい事はあるがまずは倒してから、だ」
ヴァルキリーを見据えてそう告げる。
そんなアルドラの言葉に水無瀬 雫(
jb9544)が頷いた。
「元となった人の意思か、彼女を作り出した天魔の意思か……。
何が目的かは分かりませんが、闘いを求めているのなら、水無瀬の名と誇りにかけ、全身全霊でお相手します」
ヴァルキリーによる被害は聞いていない。だが天魔であるなら放っとく訳にもいかない。
「こちらの方が数が多いのを生かして囲んで戦うか。へんに小細工すると、そっちの方が周りに被害が出そうだし」
龍崎海(
ja0565)が言って、彼らがヴァルキリーを撃退すべく一斉に中央へ向かい囲む陣形を取る動きを見せると、ヴァルキリーは透かさず掛かってきた。これから始まるのはスポーツ等の試合ではない、命を懸けた戦いである――。
●戦乙女との対戦
激烈な轟雷が鳴り響く。稲妻の名を冠する峰雪の拳銃から放たれた弾丸は、ヴァルキリーの見るからに頑丈そうな盾に命中。そして特殊なアウルが、装甲を溶かしだす。
仲間に加護の文字を施した鷺谷 明(
ja0776)はというと、愉しんでいるかのような笑みを浮かべ、ヴァルキリーを見物する事にした。
「何、戦を肴に飲むだけさ」
戦力的に撃退はそう難しくない筈だ。それに、ヴァルキリーが秘める何かがこの後の酒を美味くしてくれるかもしれない――享楽主義者として、そんな期待も密かに。
「戦乙女の演じる剣舞……共に演じるもまた、一興……ですの……」
黒羽の影を舞わせくすり、と微笑む紅 鬼姫(
ja0444)。陰影の翼で飛翔。血を吸った深紅と、漆黒の闇。その双方の小太刀が仕込まれた龍虎で、剣を狙った奇襲をかける。戦乙女と踊る、剣舞の始まり――。しかしヴァルキリーは彼女の狙いを感じ取り、咄嗟に彼女の一撃を盾で受け止めた。
「……」
――硬い。
武器と融合している躰のようなので、ダメージは入ったようだが。
続けて海も掌に力を込め、剣に打撃を行おうとしたが盾に直撃する。
海は打ち込んだ先が盾であった事に驚いた。
ヴァルキリーは確実に、剣を庇っている。
「剣を潰せば少なくとも攻撃手段が減る……とは思うけど、護りが堅いわね」
真緋呂は冷静に状況を読みつつ、阿弥陀蓮華で斬り込みを行った。
そして攻撃を当てた瞬間、天魔の正体を認識する。
「この手応え……天界側?」
――サーバント。
ならば、とこの後阿修羅曼珠に持ち替え乍ら。
するとヴァルキリーは光の焔が揺れるような大剣で、雫に振り下ろす。
「……っ!」
ガチンッ、と強くぶつかり合う音が鳴った。
雫は氷の障壁を形成した盾で受け止めたが、敵方の攻撃は重い。
ヴァルキリーは近接戦を好むようだった。撃退士の彼らの傍から離れない。
(仕方無いな……)
アルドラは巨大な影の獣を封じ込めし冥界霊符から解放する技をしようとしていたが、この状態では仲間が巻き込まれてしまう。無理はせず、ヴァルキリーを狙い撃ちする事にした。
●愛した剣は……
ヴァルキリーとの戦闘で、彼らは気付いた事があった。どうやら敵は、盾で剣を護ろうとする。
真緋呂は敢えて盾を狙っていた。同時に仲間が剣を狙えば、流石に防ぐ事は出来ないだろう、と。その狙い通り、ヴァルキリーは剣への攻撃を殆どかわせていなかった。だがそれでも果敢に、剣を交える戦い方に拘っていた。
「戦乙女の名前に恥じぬ接近戦、か。よかろう、私も本気で行かせてもらおうッ…!」
アルドラは引き金を引く。焔のように揺らめく大剣の光を飲み込むかのような、常世の闇を纏う弾丸がヴァルキリーを襲う。
一方、半分物見遊山のつもりだった明が此処に来て剣破壊に乗り出していた。
興味を抱いたのだ。
――サーバントなのに剣を振るのが楽しそう。なら剣が振れなくなったらどうするの?
「止めた、今よ」
真緋呂が盾に雷を流し込み、動きを止める。
その隙に明は、剣を見据えて。曲剣に纏いし闇が獣頭に変化した。そしてヴァルキリーの剣を噛みつく。その腕ごと。
――噛み千切る!
すると見事撃砕し、ヴァルキリーの右腕は奪われた。
剣を振る事はもう出来ない。
「さぁ、どうなる?」
激昂するか、はたまた泣き出すか。
その反応を窺うのを楽しみにしていたのだが……
ヴァルキリーは顔色一つ変えず微笑みを浮かべ、左手の盾で殴りかかる。
「……」
もしかしたら特殊なサーバントである可能性もあるかと思いきや、そうでも無いらしい。剣を愛したヴァルキリー。その実態は、ただの見せかけ。上辺だけ。
そんなオチに明は笑ってしまった。如何なる場面でも楽しまなければ。そうでなくては享楽主義者は名乗れない。
やはり戦う事が楽しそうに見えたのは屠る側の解釈に過ぎなかった。真緋呂はそう確信しつつ、引き続き盾の破壊に力を注いだ。
攻撃の要となる剣を失ってしまったヴァルキリーは、一気に攻撃力が低下していた。それでも接近戦に拘るようで残る盾で奮闘するも、撃退士の彼らの戦力には圧倒的に及ばない。
峰雪の弾丸が、急所に貫く。今にも盾は壊れてしまいそうで――
「そろそろ盾の方も破壊できそう……かな?」
海が呟く。
「そうですね、あともう一押しな気がします」
雫が頷き、天を蝕む魔水を纏う水の牙が穿った。
そして海の力強き掌底が盾を粉砕し、破壊を成功させる。
ヴァルキリーは遂に、武器となるものを失った。
――が。
ヴァルキリーは魔法の炎を生成し、飛ばした。
「物騒なものを……!」
隠し持っていた技に、アルドラは眉を潜める。
しかし、ヴァルキリーの体力も、そろそろ限界であるだろう。
察した真緋呂は刺突した。
ヴァルキリーにとって、[次の試合]はもう無い。
「ふふ、笑みを浮かべヒトを屠る戦乙女……屠られる側に立つのはどうですの?
それすらも…戦いの楽しみだと、美しく剣舞を舞い踊ってくれますの?」
もはや最期の瞬間となるヴァルキリーを見つめる鬼姫は悠然と微笑む。
その首は、狩り取って差し上げよう。
『首狩り』と称される一族である鬼姫は、高く跳躍してからの鋭い一撃を音も無く実行した。
「美しい死に様……それが鬼姫が貴女に送る最上の最期ですの」
そして最期の剣舞は幕を閉じる―――
ヴァルキリーはずっと、微笑んでいた。
●依頼解決後
「偶然にしては状況が合い過ぎるというか…その子がサーバントにされたとも推測出来るわね」
真緋呂が言うと、峰雪も頷いた。
「残念ながら、その子の可能性が高い……かな」
ヴァルキリーを撃退した連絡を受け戻ってきた講師に、話を聴いて彼らは確信する。
――どうやら英美という少女がサーバントにされてしまったのだ、と。
なんでも英美という少女は、このフェンシングスクールの元スクール生で、事故で入院していた病院から突如失踪してしまったのだという。自殺をする為に姿を眩ましたのでは等、様々な憶測が当時噂されていたようだが――証言と状況を重ね合わせてみた結果、英美は天使に誘拐され、サーバントに創り変えられてしまったのだと考えるのが自然だった。
その衝撃の事実を知らされた講師は目を見開き涙を溢れさせ零していたが、同時に安堵も浮かべているようだった。
英美は将来を期待される強い子だったらしい。だが不幸にも、或る日交通事故に遭ってしまった所為で、剣を持つ事が出来なくなり、復帰が叶わぬ躰となった。そればかりか、その事故で両親も他界。頼れる身寄りも無く、心を閉ざして病んでいくばかりの入院生活を送っていたのだという。
「ずっと辛そうでした。それはもう、見ていられない程……」
そして講師は、もしかしたらあの子にとったらこれで良かったのかもしれない……、と呟く。
「世界を目指して全てを捧げて剣の道に生きてきたのにもう二度と剣を振れなくなってしまった子が、もう一度振れたんだ。幸せだったのかもしれない」
すると泣いているスクール生達も、「きっとそうだ」「きっとその筈だ」と頷いていた。
英美は良い子で明るくて、好かれていた。
だが夢も家族も笑顔も失い、ずっと絶望し続けている彼女の見舞いを続けられた者は、この中に一人も居なかった。
○真相
――×月××日。
英美はゲートの内部で虚ろな顔をしながら倒れていた。もう彼女が苦しみで泣く事は無い。感情が徐々に搾り取られ、後はただの抜け殻となっていくだけなのだから。
そんな彼女を見守りながら、天使は想像に耽る。見た目はそうだ、女戦士にしよう。誇り高い騎士のような……そうそう、君の大好きな剣も使えるようにしてあげないとな。
『待ってろよ。もうすぐ君を、シアワセにしてやれるから』
英美が本当に幸せか?
そもそも英美ではない別の生物になってしまうのでは?
この天使にとって、そんな事はそれ程重要じゃない。
そう。英美っぽい生物が楽しそうに剣を振って笑ってるように見えるのなら、それで十分。
この後天使は、抜け殻を天界へと連れて行き、理想通りのサーバントを創った。
そして嘗て英美が夢を追いかけた思い出のフェンシングスクールに帰してあげた。
――シアワセにしてあげました。めでたしめでたし。
そう満足して立ち去ったその後……天使が英美という存在を想い出す事は、今後二度と無かった。
●弔い
「最期に剣を交えられて良かったわね……とは私は言わない」
――真緋呂は、優しさゆえ複雑な胸中を抱いた。
(どういうつもりで、剣を握らせたサーバントにしたの……?)
今回のケースはどう見ても、サーバントにしたのは感情収集が目的のようには思えない。
英美が愛した剣まで握らせて。
だから、
「……何らかの方法で事情を知った天使に、戯れにサーバントにされたのかな」
峰雪が心を痛ませ呟いた言葉の通りで違いなく、真緋呂の胸に刺さった。
そして自身の手を強く握りしめ、講師の言葉を思いだす。
(――喜びという感情さえ奪われてるのに、幸せなわけないじゃない)
……確かに、英美が置かれていた状況は絶望的で悲惨だったかもしれない。
孤独な少女の精神では、耐えきれない程。
だが、
(今は辛くても、誰の声も届かなくても、生きていたら、まだ出来たこともあったのに……なぁ)
峰雪にはそう思えてならず堪らなかった。
彼女はまだ若く、未熟だった。けれど、きっと、生きていれば……。
そう思うのは、明もだった。
英美にとっての全ては剣だったかもしれないけれど、この世界にとっては剣だけが全てじゃない。
楽しい話なんて探せばいくらでも転がっている筈だったのに、と。
――それなのに天使に誘拐されサーバントにされたのだから、これは悲劇であるだろう。
まあ、それはそれで酒がすすむ。元々喜劇より悲劇の方が好みなのだ。
そして今も酔えぬ酒を味わいながら、享楽に浸る。
アルドラは何かを考えているように沈黙していた。
「……」
陣営や童話絡みでない等差はあるが自身がよく知るヴァニタスに、何処か似ているような気がした。――果たして英美への救済となっただろうか。
そう自問自答すると、ヴァルキリーを創造した天使の行いは彼女を救済したとは頷きがたかった。
悲しみも喜びも奪うのが天使だ。
ディアボロとは違い、感情を抜かれ切った抜け殻でないとサーバントは創れない。誘拐された英美の最期は、きっと無の中だったのだろう――。
そんなふうに思いながら、自己嫌悪する。その中で倒すことを優先して考えていたな、と。
せめて弔いは丁重に行おうと、雫に協力しながら。
「……っ」
雫はヴァルキリーを弔いながら、唇を噛み締めていた。
彼女も昔、十二の時誕生日を迎えた日。天使の襲撃で一族ごと町を滅ぼされている過去も有り――天使に弄ばれた英美の事が悔しくてたまらなかったのだ。
――そして最期まで死力を尽くし剣士として戦った相手に礼儀を欠くわけにはいかないと、頭を下げて礼を言った。
(守るべき人々の為、肩を並べ共に歩みたい大切な人達の為、私はもっと強くならなければいけません……)
雫がこの闘いで得たものは何だっただろうか。
それは彼女の胸のみぞ知るが――…… 例えば今回のような人を弄ぶ天使を倒す事が出来るのも、雫達撃退士なのである。そして雫が望むのなら、大切な人を守る手になるだろう。
英美の事を知り、海も心情として複雑に思っていた。
傍に居た人も英美を救う事は出来なかったが、天使も英美を救っていない。
だが何の被害を出す事も無く、ヴァルキリーを撃退する事が出来た点についてだけは、幸いだったと言えるかもしれない。
「心情はともかくとしてだけど、何の被害も出さずに解決できた事は……良かった」
――これ以上の悲しみは、あんまりだ。
しかし、峰雪は気掛かりだった。
「本当にもうこれで終わったのかな……」
峰雪の言葉に、真緋呂は頷く。
ヴァルキリーの撃退なら解決した。だが――。
「黒幕はまだ、死んでない」
ヴァルキリーの創造者。その天使はまだ生きている。
だから、また新たなサーバントを創造するかもしれない。
新たな悲劇を生むかもしれない?
そう思うと、明は密かに笑みを浮かばせていた。
そして悲劇がまた生み出されるとするなら、再び撃退士達に撃退の依頼として出されるのだろう。
だが鬼姫にとっては、複雑に思う事は無い。
「どんな理由があれ、敵として鬼姫の前に立ちはだかるのなら……。
討伐対象として依頼が出るのであれば……。
ただ、殺すだけですの」
そう、ふふ……と微笑みを浮かべた。
鬼姫の敵であるなら、首を狩る対象であるだけなのだ。
アルドラはまだ姿見ぬ黒幕の天使の存在を浮かべ、前を見据える。
もしも彼女がその天使と出逢う事があれば何を想うだろうか――。