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マスター:宮沢椿
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/09/08


みんなの思い出



オープニング

●日記
7月31日
 今日から待望の新居での生活だ。娘は大喜びで、家じゅうを駆け回っている。会社は少し遠くなったが、家族のために頑張ろう。
 保証人になってくれた親父にも、新居を見せたかったな。急に亡くなったのは残念だ。
 夕方、粗品を持って家族でご近所に挨拶に出かけた。いい人ばかりのようだ。
 裏のご老人だけが、挨拶をした時に渋い顔をした。本当にあそこに住むのか、と何度も聞かれた。
 工事の間に失礼でもあったのだろうか。それとも、ただ偏屈なだけなのか。まあ、一人くらいはそんな人がいるものさ。

8月2日
 前の学校での娘の親友が遊びに来てくれた。これからも変わらずに仲良くしてもらえると良いが。
 隣りの学区とはいえ、転校することになって娘には悪いことをしたな。新しい学校でも、いい友達が出来るといいのだが。

8月5日
 頭痛がする。新しいベッドが合わないのだろうか。引っ越して来てからよく眠れない。
 妻が寝坊して、朝食抜きで出勤する羽目になった。つい怒鳴りつけてしまって、悪いことをしたな。帰りには、アイツが喜ぶものを買って行ってやろう。

8月7日
 真夜中に娘がものすごい叫び声を上げ、跳ね起きた。
 慌てて子供部屋に行くと、声をかけても揺すっても泣いたり叫んだりするだけで、目の焦点も合っていない状態だった。
 妻が抱きしめてなだめて、ようやく少し反応がかえってくるようになった。その後は一緒に眠ったが、何だったのか。
 明日も寝不足決定だ。

8月10日
 夏バテなのだろうか、食欲がない。妻も娘も同じようで、あまり食事をしなくなった。
 家に戻って来ると、二人ともリビングや寝室でグッタリしていることが多い。

8月15日
 会社を休む。

8月16日
 会社を休む。恐ろしい夢ばかり見る。今日も泣き叫びながら目が覚めた。

8月19日
 無断欠勤。いつから連絡を入れていないのか分からない。何もする気にならないし、先のことも考えられない。
 妻がリビングにぼんやり座っている。庭に置いた娘の植木鉢に、アサガオが咲いている。
 娘の姿を最近見ていない気がする。
 ダメだ、何も考えられない。

8月20日
 電話が鳴るのがわずらわしくて、ソケットを抜いた。携帯は電源を切った。

8月27日
 二階から妻の笑い声。それがあまりにも普通でなかったので、重い体を起こして階段を上る。しばらくリビングで寝起きしていたから、寝室に行くのは久しぶりだ。
 子供部屋にいるようだ。ドアを開けると、妻は床に座り込んでゲタゲタ笑っていた。
 ベッドの上では、娘が動かなくなっていた。ああ、そうか。だからずっと姿を見なかったんだな。

8月30日
 思い出したように妻が笑う。とても耳障りだ。
 どうでもいい。何もかもどうでもいいが、ただ、妻の声だけが。ひどく、耳障りだ。
 玄関に誰か来た。ドアを叩いている。うるさい、うるさい。やめてくれ。
 放っておいてくれ。そっとしておいてくれ。
 もう、このままで良いのだから。


●一年後
「いかがですか? この通り、内装も外装もきれいなままです」
 不動産屋の店員の売り文句に。物件を見に来た客は、落ち着かない様子で室内をきょろきょろ見渡した。
 部屋には小さな女の子を抱いた若い夫婦の家族写真がいくつも飾ってある。クッションやカバー類は全て手作りだ。子供の描いたクレヨン画もある。

 部屋はきちんと掃除されていて、埃も積もっていない。
 なのに。ひどく落ち着かない。

「その……これ全部、買わなくちゃいけないのか?」
「あー、ええ」
 店員は少し言葉を濁す。
「現状そのまま、ということでのお値段ですので。もちろん、ご購入なさった後は捨てるのも売り払うのもお客様のご自由ですよ」

 客はもう一度リビングを見回し。
「すまないが、この話はなかったことにしてくれ」
 早口に言って、玄関に向けて歩き出した。


●売れない家
「やれやれ、また不成立か」
 客を見送って。店員はため息をつき、門に鍵をかけた。

 住んでいた一家が天魔により死亡してから一年。家は住宅ローンの貸主の持ち物となっている。そして彼の勤める不動産会社が売却を扱っている。
 家自体に損傷はないし、事故物件だから新築だが値段も破格。事件を起こした天魔も退治されている。被害者たちが家に住んでいた時期は一ヶ月に満たない。本来なら右から左に売れてもおかしくはない。
 だが、売れない。

「まいったなあ。また、店長が文句を言うぞ」
 もう一度ため息をつく。
 正直、客が逃げ帰る気分もわからないでもない。被害者の遺品でいっぱいのあの家は。『どなたですか』と故人が現れそうな、そんな雰囲気なのだ。

「また客を連れて来たのか」
 声がして、ハッとして顔を上げる。
 裏の家に住む老人がそこにいた。犬の散歩の途中らしい。
「こんな幽霊屋敷、誰が買うものか。あんた方も、この家で商売しようなどという浅ましい気を起こさないで、そっとしておきなさい」
 言い捨てて去って行くその背中を。店員は黙って見送った。


●幽霊屋敷の噂
「困ったものだな」
 報告を聞き、店長はため息をついた。
 その噂は、一家の死から二ヶ月ほどで広まったものだ。
「近所で聞くのは、夜に敷地内で光るものを見たとか。見慣れない女の子が家の前にいて、すぐ消えたとか。そういうありがちな話だけなんですけれどねえ」
 ネットの方は話がどんどん大きくなり、今では呪いの家のような書かれ方をしている。

 面白半分で敷地や家に侵入しようとする人間も多いので、今では通りに面した側にフェンスを立て、玄関前には頑丈な門も設置してある。

「あれは遺族のイヤガラセだ、と依頼主は言うんだけれどなあ」
 残されたローンが巨額だったため、遺族は相続を放棄したのだが。その後、遺品の処分を巡って依頼主と遺族の間にトラブルが生じている。そう聞いている。
「噂ですか? 確かに、所有権が融資先に移ってから聞くようになったらしいですけど」
 センセーショナルな事件だったから、噂が立ってもおかしくない。そんな状況ではある。

「監視カメラとか、警備会社と契約してもいいと思うんですけどね」
「依頼元はこれ以上、あの家にお金をかけたくないんだよ。さっさと手離したいんだ」

 店長はもう一度、ため息をつき、それから。
「久遠ヶ原に依頼してみるか」
 と言った。
「元々、天魔のせいでケチがついたんだ。アフターサービスみたいなもんだろ。久遠ヶ原の撃退士に、あの家をもう一度調べてもらおう」


リプレイ本文

●調査
「凄惨な話だ」
 黄昏ひりょ(jb3452)が呟いた。
 幸せな一家を襲った不幸。その無念さが家に染み付いていそうだ。
「本当に痛ましい事件。せめて彼らが静かに眠れるよう出来る事があるといいのですが」
 レティシア・シャンテヒルト(jb6767)が目を瞑り、祈るように白い手を組む。

(もしも、幽霊が本当にいるのなら、それはそれで見てみたいものですが)
 カードを玩びながら、エイルズレトラ マステリオ(ja2224)は思う。
(……まあ、不謹慎ですので口にするのは止めておきましょうか)

「本当に幽霊屋敷なら、遺品を取り去るとなにか心霊現象が起こるのかもしれないし」
 Robin redbreast(jb2203)が淡い翡翠のような色合いの瞳を見開いて、あどけない口調で言った。
 
「私は未だ、ヒトの道理や感情について理解不足なところがあります」
 考え込みながら、眠(jc1597)は言葉を紡ぐ。
「それも理由の一つでしょうが、それでも、不可解な部分が多過ぎる。慎重かつ詳細な調査が必要ですね」
「集めた情報はみんなで共有、ですね」
 藤宮真悠(jb9403)も言う。全員がうなずいて、彼らはいったん別れた。


●撃退士の話
「あまり役に立つことは話せないな」
 眠に問われて、事件に関わった撃退士は言った。
「全てのサーバントを倒したと確認した後、俺たちは撤収してしまったから。ああ、でも……」
 何かを思い出したように付け加える。
「通報者の爺さんが、運び出される遺骸を見てがっくりしていたな。『もっと早く通報すれば良かった』と、涙ぐんでいた」
 彼から得られることはそれで全てのようだ。眠は一礼し、その場を去った。


●夫の妹の話
 板川家の仏壇に線香を上げ、真悠は手を合わせていた。
「わざわざありがとうね。お菓子、いただくわ」
 板川隆の妹、美香はそう言った。母親はあの事件以来、臥せっているそうだ。
「ショックが大きくてね」
 沈痛な声だ。

 聞き辛い、と思いながらも。あの家について質問する。
「ひどいわよね。こっちだって、好きで手離したわけじゃないのよ。それなのにあの担当者。菜々ちゃんや兄さん義姉さんの大切な形見が、関係ない他人にゴミとして捨てられるなんて許しておけないわよ」
 穏やかならぬ口調だった。


●近所の人の話
 レティシアとRobin は近所の聞き込みをしていた。更なる噂の種とならぬよう、学園の制服姿で、学生証を見せながら歩き回る。
「一年前の事件のアフターケアです。心配事があれば遠慮なく言ってくださいね」
 金髪と白金の髪の美少女たちに、近所の主婦たちも目を丸くする。

「裏に住んでいるおじいさんが、工事中に影を見たっていうのは本当なのかな」
「この辺りで昔なにか事件はなかった?」
 幼い子供のような表情で。小鳥のように首をかしげてRobin が問う。
 老人と親しい人はあまりいないとのことだった。過去の事件にも、心当たりはないそうだ。

「心霊現象でないなら、家を売りたくない誰かがそう見せかけているとか、かな」
 Robin は小さく呟いた。


●妻の弟の話
 ネットに噂を流したのは、妻の弟かも。根拠はないが、資料を読んで真悠はそう感じた。

 彼はアパートにいた。持参した菓子折りは『甘い物は苦手だ』と断られたが、部屋には上げてくれた。 使い込まれたパソコンと、積み上げられたオカルト関係の本やディスクが室内で目立った。

 質問に、弟は唇を歪めた。
「家が売れないのも自業自得だね。子供のランドセルだの、描いた絵だの、欲しいヤツなんかいないだろ。なのに、法律がどうこう言われてさ」
 その口調と。板川美香の言葉を思い合わせ、真悠の中の疑いが濃くなっていく。

「ネットでずいぶん噂になったそうですけど。そういうことって、よくあるんですか?」
 相手の挙動に注意しながら、さりげなく話を振ってみる。
「まあね。そういう話が好きな人間の集まるところで煽るようなネタを投下すれば、結構広まるよ。呪いとか因縁とかそういう話にすれば結構食いつくヤツが……」
 言いかけて。ハッとしたように口をつぐむ。
「姉貴の件は、ニュースになったから。それで噂が広がったんだろ。もう知っていることはないよ」
 アパートから追い出され。真悠はひとり、考え込んだ。


●アサガオの庭
 エイルズレトラは件の家で遺品の精査をしていた。泊まる気満々で、懐中電灯や食料も持ち込んでいる。日記以外に記録がないか、特に、この家で撮影された写真と現在の家を見比べて不自然なところはないか……に注目しているのだが。
「ないですね」
 ため息をつく。この家の写真は、施工途中の物が幾枚か、後は引っ越しの時のものと、娘の友達が遊びに来た時のものくらいだ。
「空振り、でしょうか」
 うーん、と伸びをして。窓の外に目をやった。

 ひりょはアサガオを見ていた。朝にこの庭に立てば、さぞかし壮観なのだろう。
(見知らぬ女の子の目撃情報か)
 もしやそれは、板川菜々の『親友』なのでは。彼はそう考えていた。

「これ。役に立つでしょうか?」
 家から出てきたエイルズレトラが、ひりょに写真と、年賀状を差し出した。写真は、この庭で板川菜々と女の子が遊んでいるもの。年賀状には『かなたに まり』と幼い字で名前が書かれている。

 礼を言って、家を出ようとして。ひりょはレティシアに行き会った。門のところで何かを調べているようだ。
「シャンテヒルトさん。何か分かった?」
 声をかけると、レティシアは金の髪を揺らして顔を上げる。
「この、門の格子ですけれど」
 細い白い指を差し入れてみる。彼女の小さな手でも、途中でつっかえてしまうが。
「もっと小さい、子供の手だったらどうだろう、と考えていたんです」

 見かわした目で。二人は、同じ疑惑を共有していることを理解した。
「でも、女の子が朝顔に水をあげに来ているとして」
  ひりょは言った。
「一人でなんとかなるものだろうか」
 彼の言葉に、レティシアはうなずく。
「夜中の光や怪しい影のこともあります。侵入者は一人じゃないかもしれませんね」

「俺はこれから、菜々さんのお友だちのところに行くけれど」
 どうする? と問いかけられて。レティシアは首を横に振った。
「そちらはお任せします。私はマステリオさんにこれをお渡ししませんと」
 手に持ったスーパーの袋を見せる。それは? と尋ねると。
「牛乳とアンパンです。張り込みの必需品です」
 真顔で言われた。どこまで本気なのか、読めない。
 なんだかクラクラした気分になりながら。ひりょは家を後にした。

 レティシアは敷地に入り、庭に回る。青々としたアサガオの葉が、庭一面に広がっていた。かがみこみ、その葉に触れる。
「お前は見ていたのかしらね。一家が壊れていく様を」
 呟いた声は、誰の耳にも届かなかった。


●融資元の話
 真悠は融資元の事務所に来ていた。
(どんな態度を取られても笑顔! 相手に合わせ、機嫌を損ねないよう低姿勢で我慢!)
 決心して足を踏み入れる。
「そういう物は、受け取れないんですよねえ」
 差し出された菓子折りを、担当者は厭味たらしく拒絶した。
「こちらは被害者ですよ。家を売ったってねえ、損しかないわけですから。それをあの遺族、頭を下げるでもなく。こっちも腹が立ちますよ」
「それでは、遺品をそのままにしているのは、何か理由があるんですか?」
 たずねると。更に厭な顔をされた。

「もう、関わりたくないんですよ。買い取った人が話をすればいいでしょ。私は、ゴミのために時間を割く気はないですよ。キ○○イには困りますよね」

 その言葉を聞いた時。真悠の頭の中で何かがぷつんと切れた。
(うぬぬ……話には聞いていたけど)

「その言い方は、あんまりじゃないですか」
 椅子を蹴立てて立ち上がり、緑の瞳を怒らせて。正面から担当者を睨みつける。
 礼儀正しく、おしとやかな印象だった真悠の豹変に、担当者はギョッとした様子になる。しかし。温厚な人ほど怒らせると怖いのだ。

「あなたにはゴミでも、他の人には大切な宝物なんです。もう少し柔軟な考え方は出来ないですか」
 緑の目が、気付かぬうちに紫色を帯びる。締め切った室内に、風が吹く。
 担当者はその迫力に腰を抜かして、椅子から転げ落ちた。

 真悠はハッとする。……やってしまった。急いで光纏を解く。
「とにかく、もう少し相手の気持ちも考えて下さい。何か分かったらまた来ます」
 相手が正気に戻る前に。急いで事務所を出た。


●アサガオの少女
 葉書の住所を頼りに、ひりょはその家を訪ねた。
 隣りの学区と言っても、案外近かった。子供でも、三十分かからずに来られるだろう。
 チャイムを押し、出てきた母親に事情を説明。娘さんと話をさせてほしい、と頼んだ。
 出てきた女の子に挨拶し、板川菜々さんの事件を改めて調べている、と言うと。幼い顔が哀しげになった。

「これは俺の推測なんだけどね。聞いてくれるかな」
 そう、ひりょは静かに話し始めた。
「菜々さんの家の庭に、アサガオが今も枯れずに咲いている。アサガオは、とても水が好きな植物で、夏場には水やりが一日に二回必要な事もあるらしい。……誰かが、水をあげているんじゃないかと思うんだ」

 聞いている内に。少女の顔は蒼白になり、下を向いてしまう。
「責めるつもりはない。菜々さんの大事なアサガオを守ろうとしたのではないかと思うから。本当のことを聞かせてくれないか?」


●情報交換
 登記所や図書館を巡ってこの場所の過去を調べていたRobin、当時の捜査関係者に話を聞いていた眠を待ち、撃退士たちはいったん件の家に集合した。
 特に目立った情報はなかったが、それは現在の状況に天魔が関係しておらず、心霊現象の線も薄いということだ。

 真悠の話、ひりょの話と合わせると。
「複数の人物の思惑が今回の状況を構成している、ということですか」
 眠が眉根を寄せる。

 ネットで噂をまいたのはどうやら遺族だ。遺品を守るためだろう。
 そして、菜々の友人だった少女の行動。親友の死が信じられず、彼女は何度もこの家に来た。大人に見つかったら叱られると思い、人影を見ると姿を隠していたそうだ。

「あと、気になるのは裏のおじいさんかな?」
 Robinはまた、小鳥のように首をかしげた。
「通報したのもおじいさんみたいだし、何か知っていそう」
 皆がうなずく。裏の老人には、誰もが一度話を聞く必要を感じていた。

「それでは、ちょっと策を弄しましょうか」
 エイルズレトラが、身軽に立ち上がって庭へ出た。携帯を出し、
「すみません。緊急でこの家の一部を破壊する必要が出てきた場合、許可をいただけますか? ……そうですか」
 と、殊更に大きな声で言った後。笑顔で戻ってくる。

 もの問いたげな仲間たちの前で、彼は大げさにお辞儀をした。
「ショーの開幕は日が落ちてから。皆さま、しばしお待ちください」


●訪問者
 深夜。アサガオに囲まれた家は静まり返っている。
 その中、裏の家との境の石壁にぼんやりした光が浮かんだ。
 人影が塀を乗り越える。地に足を付けると、手に持っていたものを放した。それはハッハッと荒い息遣いをしながら、草をかき分け走って行く。
 懐中電灯で足元を照らし、前に出た時。

「深夜のご訪問、理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
 不意に声が降ってきた。青い目の少年が、見えない床を踏むかのように空中から彼を見下ろしていた。
「申し訳ありません。家を壊すと言えば、今夜のうちにおいで下さると思いまして」
 エイルズレトラは侵入者に礼をする。
「悪くお思いになりませぬよう」

「俺たちは久遠ヶ原の撃退士です。幽霊屋敷の噂について調査に来ました」
 進み出たひりょが、誠意を込めて言う。

「話を聞かせて下さい。利己的な目的じゃなければ怒りません」
 マインドケアを使用しながら、レティシアが穏やかに声をかける。

「わぁ、可愛い犬ですね」
 真悠が草むらにかがみこむ。そこにいた犬は、抵抗せず抱き上げられた。動物好きなのが分かるのだろう。Robinと眠も、犬をのぞきこんだ。

 老人は観念したように肩を落とした。


●夜明け
 後悔しているのだと、老人は言った。彼は、家に出入りする怪しい影を見ていた。
 だが、信じてもらえないのではないかと恐れ。嫌がらせだと誤解されるのを恐れ。言い出すことが出来なかった。その結果が、あの惨事だ。

 せめて。この家が他人に踏み荒らされるのを止めたかった。
 自分が深夜に庭を見回ったことが、心霊現象だと噂されていると知り。それ以降は、自分でも積極的に噂を広めていたのだと言う。

「遺体が搬出された日、あなたが涙ぐんでいたと聞きました」
 眠が言った。
「何かしたかったんですね」
 犬を膝に乗せ撫でながら、真悠は言う。老人は黙ったまま、うなずいた。

 この家で幸福に暮らすはずだった家族。
 それが無惨な最期を遂げ。残された人々は、彼らの記憶を守りたいと思った。
 その行動が、この場所を幽霊屋敷にした。そういうことなのだろう。
 
 だが、今の状況は誰の幸せにもつながらない。
「あの方々が心安らかに眠れるよう、一緒に考えてみませんか?」
 レティシアが優しく言った。
「幽霊として留まることを、ご一家が望んでいるとは思いません」
 その言葉に。老人は肩を落とす。

「以前の遺品交渉は、悲しみを持て余した遺族と、施工費も回収できず仕事先の立場を悪くした担当者とでこじれる要素があって、おかしくなってしまいました。けれど一周忌を迎え、今度は違った答えが出せるんじゃないかと」
 静かに続けるレティシアに、真悠がうなずく。
「私、交渉に立ち会ってもいいです。第三者がいた方が、お互い冷静に話せるでしょうし。家を売りたいなら、遺品は撤去した方がいい筈だ、と説得もしたいです」
「いくら事故物件で安くても、写真とか手作り品が飾ってあったら欲しがる人は少ないと思うよ」
 Robinも同意する。
「その辺りが突破口になりそうですね」
 手に持ったカードを華麗にスプリングさせながら、エイルズレトラが言った。

 老人を帰した後。夜明けの庭に、レティシアは立つ。
「黄昏さん。これを、菜々さんの親友さんに渡していただけませんか?」
 名前を呼ばれて。ひりょは差し出された白い手を見る。
 そこには、アサガオの種が載せられていた。
「その方が菜々さんも喜ぶような気がして」

 種を受け取り。ひりょは力強くうなずいた。
「分かった。必ず渡すよ」

 次々と開いていくアサガオの花を見ながら、眠は呟く。
「家、というものは、結局何なのでしょうか」
 家族とか。財産とか。自分は未だ、勉強不足なのだろうか。

「家は、家、だよね?」
 Robinがそれを耳にして、不思議そうに首をかしげた。

 そう、家は家。そこに想いを乗せるのは人。
 降り積もったたくさんの想いが、払われる日が来れば。
 幽霊屋敷はただの家に戻り、この場所に再び明るい声が響くのかもしれない。


依頼結果