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マスター:宮沢椿
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/08/29


みんなの思い出



オープニング

●真夏の一日
 八月の午後の陽光が街を灼く。アスファルトが熱を放射し、更に気温を上昇させる。
 海に近い街なのに海風はなく。湿気を含んだ暑い空気が淀んでいる。

 女子高生である奈々枝と双葉は、人気のアイスクリーム店の列に並んでいた。
 観光地の一つにも数えられる、有名な商店街だ。高級店や老舗が立ち並ぶ、オシャレな通りをウィンドーショッピングした後、テレビで取り上げられた人気のアイスを食べてから、海辺でのんびり船など眺め、最後は中華料理店の並ぶ一角でお土産を買って帰る。
 それが今日の、二人の予定だった。

「秩父での情勢は……撃退庁の本日の発表によりますと……」
 隣りの店先に置いてあるテレビのワイドショーで、秩父の事件が報じられている。奈々枝は何となくそちらを見る。ワイドショーの司会者が、用意された地図のパネルを前に興奮した様子でしゃべっている。

 東京から比較的近い場所で大事件が起こったことで、奈々枝の親は今日の外出にもいい顔をしなかった。落ち着くまで家で大人しくしていれば、と言うのだ。
 でも。そうじゃなくても、新聞にはいつも天魔関係の事件が載っている。日本中で毎日のように、誰かが襲われているのだ、
 襲われなくたって、交通事故で死ぬ人だっている。病気で死ぬ人だっている。
 そんなことを言っていたら、一生どこにも出かけられない。

 そう言ったら。母親は不承不承、外出に同意してくれた。
「気を付けてね」
 と言って。
 気を付けると言っても。何にどう、気を付ければいいのだろう?
 どこにいたって同じだ。運が良ければいつも通りの日常を過ごせるし、運が悪ければ死ぬ。厭世的かもしれないが、こんな世の中に生まれてしまうと、そう思わざるを得ない。
 だから、幸運が続くことを信じて。奈々枝はアイスクリームの列に並ぶのだ。

 カップに山盛りの、二色のアイスクリームを店員から渡される。客席のあるコーナーは、もう人でいっぱいだった。
「どうする?」
 双葉にたずねる。通りは人が多いし、店は狭い。この辺りで立ったまま食べるというわけにもいかなさそうだ。

「裏の通りに行ってみる?」
 双葉が言った。
「川が見えたよ。それに、あっち側は人が少なさそうだった。日陰もあるかも。食べてからまた、こっちに戻って来ようよ」
 奈々枝は狭い路地の向こうに見える裏通りをのぞいて見た。大した距離ではないし、確かに人通りは少ないようだ。同意して、アイスのカップを持ったままそちらへ向かった。


●暗い川辺
 結論として、日陰についての期待は裏切られた。川の上には高速道路が走っており、川面は日陰なのだが。
 その横の狭い道は、日差しが当たり放題だった。
「まあ。人もいないし、車も通らないからいいけど」
「でも、なんか臭いよ、この川」
 海臭い、というか。独特の生臭さがある。この場所から海までは一キロもない。潮の具合で海水が入って来るのかもしれないが。風がないせいか、爽やかには感じられず、ただ臭い。そんな感じだ。
「早くアイス食べちゃって、商店街に戻ろう」
「そうだね。もう溶けて来てるし」

 二人は山盛りのアイスクリームを口に運んだ。冷たさが心地よい。
 奈々枝は何となく、水面を眺めた。水は真っ黒だった。かなり深いのかもしれない。そして、流れている様子がなかった。淀んでいる。そんな感じだ。
 高速道路を支える支柱の陰には、小型のボートがいくつか係留してあるのが見える。どれも古びていて、使われているようには見えなかった。

「ねえ、あれ、ゴミ? 汚いなあ」
 黒い水の中にぷかぷかと浮くものを指して、奈々枝は言った。白いビニール袋のようなものがいくつか目に付く。
「ん?」
 双葉はしばらく目を凝らしてから、
「クラゲじゃない? うわ、キモ、いっぱいいる」
 と言った。
「え、クラゲ?」
 奈々枝は川を見直した。よく見てみると、初め白いビニール袋と見えたモノはゆっくりと収縮を繰り返している。そして、双葉の言ったとおり。
 目を凝らすと、黒い水の中は一面、クラゲだらけだった。
「うわ、すご。どれだけいるの」
「お盆過ぎたからねー」
「海もこんななのかな?」
 話しながら、アイスを食べ終わる。表通りに戻ろうか、と。そう思った時。
 双葉の体が、激しく痙攣した。


●襲いかかる触手
「双葉?!」
 驚いた奈々枝の目に。双葉の背中に突き刺さる、白い管のような物が見えた。
 双葉は目を虚ろに見開き。びくんびくんと激しく痙攣を繰り返した後、ぐったりと動かなくなった。
「双葉っ……」
 駆け寄ろうとして、目が。双葉の背から伸びている、管の先を追う。

 黒い水の中に。小さな、青いガラスで出来た餃子のような形のものが浮かんでいた。管は。その下から伸びている。

 水音がした。
 巨大なものが。水の中から、道路に上がって来ようとしていた。
 白く丸く、大きなそれは、まるでビニールで出来ているように半透明で。収縮を繰り返しながらずるずると這い進むその体は、やわらかで、ある程度可変するようだ。

 陸に上がって、尚も動き続けていることを除けば。その姿は、黒い水の中にたくさん浮いている白い塊に酷似して見えた。はるかに大きいが。

「ひ……」
 そんな声が、口から洩れた。
 倒れた友達に手を伸ばすことなく。奈々枝は後ずさった。その背後から。再び水音が響く。
 振り返ると、後ろにも。巨大な白い半透明の生物が、上陸しようとしている。

 天魔。そんな言葉が頭をよぎる。
 天使と、悪魔。そんな言葉から想起されるイメージとは、大きく隔たっているけれども。この悪夢のような情景を説明する言葉は、他に見つからない。

「や……いやあああああ!!」
 ようやく、喉から声が出た。それはしわがれて、自分の声ではないようだった。もっと大きな声が出ればいいのに、普段話すより少し大きなくらいの声しか出なかった。
 
 奈々枝は、走って逃げ始めた。商店街はすぐそこだ。この白い塊の動きは遅い。商店街まで行って、助けを求めれば。きっと助かる。双葉も、助けられる。きっと……。
 右手がポケットの携帯を探る。

「異常があったらこの番号へ」
 そう周知されている、近隣撃退署への直通番号を指が押す。
 撃退士を。呼ばなければ。天魔に会ったら、撃退士。そう、塀に貼られたポスターにだって書いてある。だから、早く。

「はい、中区撃退署」
 数コールの後。電話から声が響く。
「もしもし? 何かありましたか? もしもし?」
 だが。それに応える声はない。

 奈々枝の体には、あの白い管が刺さり。
 双葉と同じようにびくびくと全身を痙攣させながら。口から泡を吹き、彼女は灼けたアスファルトの上に横たわっていた。


リプレイ本文

●川辺の長い午後
 道路のアスファルトは白く輝き、高架下の陰になった川面は対照的に黒く沈んでいた。
「暑いですの。折角水辺で多少の涼が取れるかと思いましたのに、不愉快ですの」
 紅いメッシュの入った長い漆黒の髪をかき上げ、紅 鬼姫(ja0444)は呟いた。視線の先には、のろのろと路上を進む半透明の不格好な存在がある。

「海って奇妙な生き物多いねー」
 砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)が、見物でもしているような口調で言うと。それに合わせたように水面から飛び出した細い糸のような物が鋭く路面を叩いた。それを冷たく見やり、彼は肩をすくめる。
「まあ、これは素直に海の生き物じゃないけどさ」

「クラゲなんて気持ち悪いですの!」
 マグノリア=アンヴァー(jc0740)の白い二の腕に鳥肌が立っている。不気味な姿にぞわぞわしているらしい。
「所詮はディアボロ、本物のクラゲのような風情は欠片も感じられませんね」
 和風の衣装に身を包んだ眠(jc1597)が、冷静に論評する。

「これ以上被害が広がらないうちに敵を殲滅しなきゃ」
 太い眉をキッと上げ。六道 鈴音(ja4192)は黒い大きな瞳で倒すべき敵を睨みつける。
「急がなくちゃね。捕われてる子達も急がないと危険だろうし、手分けして当たるか」
 ジェンティアンが同意した。

 そこへ、地元の撃退士たちと話し合っていた狩野 峰雪(ja0345)が戻ってきた。
「待たせたかな。避難誘導の方は、放送も使ってやってもらうよう、お願いして来たよ」
 打つべき手を確実に打っている。周辺の人々の避難が遅れていることは懸念事項であったが、これで全員が戦いに専念できる。

 不吉に蠢くクラゲたちに向け。誰からともなく、撃退士たちは歩き出す。
 いち早く光纏した鈴音が、すぐに阻霊苻を発動させた。戦いが始まる。


●水中の暗殺者
 敵は三体。二体は、目の前をよたよたと動いている不気味なミズクラゲ型のディアボロだ。だが、問題はもう一体。水中にひそんで、長い触手で攻撃をしてくるカツオノエボシ型が、この場での一番の脅威だ。

 黒い水面に波紋が立つ。長く伸びた細い管が、まだ人々の残る商店街の方向へ伸びようとする。その行く手を塞ぐようにジェンティアンが路地を背にする位置に立った。
「ドブ臭いから、そのままだと商店街には行かせられないなぁ? 身嗜みは大事だよ」
 軽口と共に、水晶の如き大剣の透明な刃が触手を斬り裂く。薄笑いを浮かべる双眸は、いつかどちらも青紫色に輝いていた。

 マグノリアは銀の弓を構えた。標的は迅く、細い。本来、弓は不利だが。
「問題ありません! ワタクシが射手なのですからっ」
 星のように輝くアウルの矢が射出される。過たず命中したそれは、ジェンティアンの剣が半ば斬り裂いていた触手を完全に引きちぎった。
 地面に落ちた後も動きを止めず、びちびちと動くそれを見て。彼女はまた鳥肌を立てる。
「ううっ、やっぱり気持ち悪いですわ!」

 一方、鬼姫は翼を大きく広げ水面に向かっていた。
 川向こうの道路に、様子を見に来たらしい野次馬の姿が見える。反対側には、まだ避難勧告が行き届いていないのだろう。
「こちらは、現在閉鎖エリアになっていますの」
 左頬に紫の蝶を刻んだ美女の登場に、野次馬たちは色めき立つ。それへ。
「死にたく無ければ早期の避難を。……要は、邪魔ですの」
 容赦のない言葉が赤い瞳の一瞥と共に投げられる。

 迫力に、邪魔者たちは慌てて逃げ出す。それを見届け、彼女は本来の標的に目を向けた。黒い水面に浮かぶ、青い小さなガラス細工のようなもの。あの下に、カツオノエボシの本体があるはずだ。
 それを引きずり出さなければ、殲滅は出来ない。だから、一直線にここに来た。
 チェーンのついたピアスに飾られた口元が、にいっと吊り上る。手にするのはネビロスの操糸。
 目に見えぬほど細い、金属製のこのワイヤーで。あの敵を引き上げる。

 狙いすまして、鬼姫はワイヤーの先を水中に向かい投げ入れる。
 手ごたえがあった。水中を浮き沈みする、わずか十センチの目印を捉えた魔具の先端が、ぬるりとした感触を伝えてくる。構わず、繊細な操作で金属の糸をしっかりと絡みつけ、ぐいと引く。

 青いガラス細工の下に。いくつもの紐が垂れ下がったようなグロテスクな姿が露わになる。安全な水中から引きずり出された不気味な生物は、抵抗するように蠕動する。
「見目麗しくありませんの」
 鬼姫は呟いた。そのまま、ワイヤーごと陸上へ投げる。そういう考えだ。
 と、不意に重さが感じられなくなった。続けて、水中に物が落ちる音と水飛沫。

 水分を多く含んだ可塑性の強い体は。浮き袋を縮ませワイヤーを逃れたようだ。鬼姫は眉根を寄せる。面白くない。
「逃がしませんの」
 ぷかぷかと浮いている青い餃子を睨み、即座に影縛の術で相手を束縛する。
「貴方、まだ人の受けた恐怖を理解してませんの。鬼姫がこの身を盾としようとも邪魔してやりますの」
 呟いて。動きを封じられた本体とは無関係とばかりに岸辺の仲間たちに攻撃を加えている二本の触手に、彼女は目を向けた。

●乱戦
 二体のミズクラゲを相手取るのは峰雪、鈴音、眠の三人。
 半透明な体の中には、囚われた人の姿。その生死は分からぬものの、救出を最優先とすると全員が合意している。
 逃がさないよう、両端から挟み込むように分かれて敵に向かう。

 スーツ姿の峰雪が一番に動いた。サンダーブレードを構える。狙うのは、ミズクラゲの傘部分だ。
 こちらの攻撃が、内部の人に影響するかもしれない。それを彼は懼れた。だから、あえて『防御力が高い』という傘にスタン狙いの攻撃を仕掛ける。敵の体を、クッションとして使うのだ。
 そして動けなくなったところで、まずは内部の人間を救出する。

 電光の刃が傘に当たる。半透明のゼリーが大きくたわむ。……そして、アウルの剣ごと、峰雪は弾き返された。防御の高さが想定を上回った。
「やれやれ」
 彼は黒いワイヤーを手にし、即座にそれを触手に向け放つ。こうなったら、足を断って移動力を殺ぐ。救出はそれからになりそうだった。

 攻撃されていると分かったのか。もう一体のミズクラゲがゆっくりと川に向け後退を始める。
 鈴音は素早く瞬間移動した。クラゲの退路を塞ぐ位置、かつ相手のほとんど目の前。これぞ突撃型ダアトの真骨頂!
 
 ぴりぴりと。長い髪が、白い脚が、突き出した腕が電気を纏う。『六道鬼雷撃』、六道家に代々伝わる雷撃の術だ。
 傘には弾かれる、かもしれないが。だったら、傘以外を狙い撃ちしてやる。

「待って、六道さん」
 峰雪の制止の声が聞こえた。鈴音が大技を準備していると見て、彼は自身の懸念を口にする。
「僕たちの攻撃が、中の人に影響するかもしれないよ。気を付けて」

 鈴音はハッとする。もちろん救助すべき人間に攻撃を当てるつもりなどないが。『ディアボロの内部にとりこまれた人間』に対象識別が有効に働くかどうか。保証はないのだ。

「……ああ、もう!」
 放たれるばかりになっていた雷撃を、何とか鎮める。行き場を失くしたエネルギーが、体の中を駆け巡る。
 大丈夫、なのかもしれない。でも。懸念を聞かされてしまったら。余計な危険は冒せない。一刻も早く助けたいのに。そこに、姿が見えているのに。もどかしい。
 
 魔具を素早く忍刀に持ち替える。悔しさをぶつけるように。裂帛の気合いと共に口腕を、触手を断ち。腹側からミズクラゲの体を斬り裂いた。
 敵はじゅるじゅると体液を流して活動を止める。その傷口を慎重に切り開き、ためらいなく腕を差し込んで一人ずつ助け出す。
「しっかりして」
 脈があるかを確認する。そこから伝わってくるかすかな拍動に、彼女は胸をなでおろした。

 その間にも、縦横無尽に暴れまくるカツオノエボシの触手は、無差別に撃退士たちを襲う。知能は低く、感知した存在をただ襲うだけの相手だが。射程の異常な長さが、対処を困難にしていた。
 そして、どんな偶然か。眠は誰よりも多く、その刺胞のある鞭のような触手の攻撃を身に受けていた。

 麻痺の効果で、足の感覚がなくなる。だが。
「ディアボロ相手に負ける訳にはいきません。敵は断ち斬り、これ以上の被害は出させませんよ」
 細い腕を伸ばし。眠は自ら、ミズクラゲの口腕を掴み。身体に絡めた。これで、まだ戦える。
 優先するべきは要救助者を解放すること。刀を振るえる限り敵を斬り続ける、そう決意して。口腕の根元を狙って小太刀を突き刺した。

 彼女のフォローに向かおうとしたところで。峰雪も、カツオノエボシの触手に襲われ麻痺を食らう。だが彼は、一瞬も躊躇することなくワイヤーでミズクラゲの触手を切断した。眠が敵を止めてくれている。移動できないことは、不利とならない。
 触手を半分以上叩き切ったところで彼はクラゲを持ち上げ、傘を引っくり返した。
「本物なら、傘の下に口があるけれど。このディアボロにも口はあるかな?」
 あった。かなり大きなものだ。ここから人々を取りこんだのかもしれない。

 口から囚われた人を救出できないかと考えたが、傘はかなり大きい。腕をつっこんでも届かないかもしれない。すぐに決断する。そのままワイヤーで、ディアボロを注意深く切開した。

 峰雪の手が中の人間を救い出すのを確認し、眠は安堵のため息をついて敵から身を離した。この程度の毒なら自力で対抗出来るが。そのためには休む時間が必要だった。


●最終局面
「鬼姫も多少の毒は我慢しますの」
 上空の鬼姫は。カツオノエボシの細い触手が高く上がった瞬間を狙い、ためらいなくそれを掴んだ。
「今度こそ、ぶん投げますの。敵の殲滅が今回の依頼ですの。それだけは、最低限ですの」
 鋭い痛みが全身を貫き、麻痺毒が体をめぐる。翼が動かなくなり、彼女は落下する。
 それでも腕が動く内に。彼女は触手を岸に向け、思い切り引く。

 彼女の様子を、ジェンティアンが見ていた。自分も残る触手を捕える。
「僕を痺れさせたいなら、もっと魅力のある毒じゃないと……ね!」
 軽口と冷ややかな笑み。レジスト・ポイズンで毒への抵抗は高めてある。
 鬼姫が投げるのにタイミングを合わせ、思い切り触手を引っ張った。二人がかりの力技。
 長い触手を持つ、奇怪なディアボロは。ついに、岸辺に引きずり上げられた。

 それを見届けて、水晶の輝きが手にした触手を完全に断ち切る。それからジェンティアンは、落ちた鬼姫の様子を確認しようと彼女のもとに向かった。係留された舟の甲板で彼女はぐったりと座り込んでいた。上半身は何とか動かせるが、下半身や翼が麻痺してその場から移動できない。
「紅ちゃん。大丈夫かな?」
 ジェンティアンの問いかけに、彼女はうなずいた。
「少々痺れますの。治癒、お願いできますの?」
「もちろん」
 彼はうなずき、クリアランスを発動した。

「狩野さん。地元撃退署に被害者の搬送要請をしたわ」
 被害者の応急手当てを終えた鈴音は、スマホを見せながら峰雪に声をかける。
「ありがとう」
 彼は柔和な笑顔でうなずき、
「じゃあ、手当の終わっている人から安全な場所に運ぶね」
 と言った。麻痺状態からは脱しつつある。運ぶだけなら可能だろう。

「悪いけど、そちらをお願いしてもいいかな?」
 彼が指さす先には。引き上げられたカツオノエボシの本体がある。陸上に引き上げられてもそれだけではダメージにならぬのか。まだ不気味に蠢いている。
 鈴音は眉を上げ。元気よく首を縦に振った。好都合だ。鬼雷撃が不発に終わったので、もの足りなさを感じていた。
 そして、今度こそ。この相手には、何の遠慮も要らない。

 召炎霊符を再び手にする。好戦的な気分が高まる。
「クラゲなんて、私の炎で蒸発させてやるわ」
 掲げた右手から紅蓮と漆黒の二筋の炎が生み出され、渦巻き、束となる。
「くらえ、六道呪炎煉獄!!」

 六道家に伝わる最大奥義。噴き出した炎は奔流のようにディアボロに襲いかかり。焼き尽くそうと燃え上がる。

 だが、その業火の中。なおも敵はうぞうぞと動いている。往生際が悪い。もう一撃、呪炎煉獄を叩きこむか。そう鈴音が思った時。

 アウルで作られた槍が飛来し。トスっ、と炎の中でのたうつクラゲを貫いた。本体が動きを止める。
「クラゲの串刺し出来あがり?」
 声のした方を振り返ると。鬼姫に肩を貸しながら岸に戻ってきたジェンティアンが目に入る。おいしいところを持って行った男は、にこにこと微笑んでいた。

「まだですわ!」
 マグノリアの声が飛ぶ。本体が活動を止めても。一本残った触手はまだ『生きて』いた。
 モデルになった生物と同じく、このディアボロは群体なのだ。それぞれの器官は別個の生物であり、体を融合し共有して一つの個体のように振舞う異形。

 マグノリアの矢をかいくぐり。それはまたも眠を襲う。
 小太刀が迎え撃つ。刃の一閃が、最後の敵を叩き切り、地に落とした。

 触手はのたうち続けているが、既に機動力は奪われた。後は地元の撃退署に処理してもらえる。
 ホッと息をつき。眠はもう一度、その場に腰を下ろした。


●残暑の水辺
 その、少し後。黒い水辺に、白い日傘があった。
「これでやっと、少しは涼しくなりましたの」
 靴も靴下も脱いで、鬼姫は細い足を水に浸して涼を取っている。その隣りで、眠が一緒に休んでいる。

 他の撃退士たちは、地元の撃退署の面々と共に救護活動に参加している。この場所からも見上げれば、救急箱を持って駆け回っている鈴音とそれを手伝うマグノリア、スキルを使って手厚い治療を行うジェンティアンの姿が見える。峰雪は撃退署の人間に搬送の指示をしている。

 かがみこんだジェンティアンが、高校生くらいの女の子の頬をなで、何か声掛けをした。彼女の目には、金の髪に縁どられた整った優しげな顔立ちが自分を見下ろす姿が映っているのだろう。

 鬼姫は興味を失っている。やるべきことは終えた。クラゲを掴んだ白い手は無惨に腫れているが、それも別に気にならない。

「動きは遅くとも強力な毒を持った敵、ですか」
 戦いを振り返り、そう呟いて。眠は、自分も水に足を浸してみる。川の水はぬるかった。少し前には、この川がクラゲで満たされていたのだが。そのことは、彼女たちは知らない。
 いずれにせよ、たくさんいたクラゲたちはディアボロに追い散らされたように姿を消していた。

「これを機に、新たな剣技を編み出す鍛錬を始めるべきかもしれません」
 その言葉に、答える者はない。鬼姫は黙って水の中で脚を動かしている。
 眠も返事を求めていない。ただ、今日の経験は。本業の用心棒や、次の戦闘にも役立てることが出来るかもしれない、そう思った。

 海の方から冷たい風が吹き、二人の少女は顔を上げる。
 陽射しはまだ、突き刺すような厳しさだが。吹く風には、秋の予感が感じられた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: Mr.Goombah・狩野 峰雪(ja0345)
 闇の戦慄(自称)・六道 鈴音(ja4192)
重体: −
面白かった!:6人

Mr.Goombah・
狩野 峰雪(ja0345)

大学部7年5組 男 インフィルトレイター
暗殺の姫・
紅 鬼姫(ja0444)

大学部4年3組 女 鬼道忍軍
闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード
オンリーワン魔女・
マグノリア=アンヴァー(jc0740)

大学部4年322組 女 ダアト
魔法使いの用心棒・
眠(jc1597)

高等部1年7組 女 阿修羅