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マスター:宮沢椿
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/07/31


みんなの思い出



オープニング

●依頼を受けたい!
 ある日の放課後。久遠ヶ原学園の広大な敷地の隅に、向かい合う二つの影がある。
「エ、エナジーアロー! ……を、使うには、えーっと」
「遅い」
 わたわたとスキルを発動させようとした少女に、向かい合った男が距離を詰める。鞘におさめたままの剣が振り下ろされる。
「いい加減に理解しろ。今の君に出来るのは、味方の影に隠れて援護射撃をすることくらいだ。自分の能力をきちんと心得ることが戦闘では肝要だぞ」
「はい」
 強かに打たれた肩口をさすりながら、少女……この春に久遠ヶ原に入学した坂森真夜は起き上がった。
「でも、私。早く一人前になって、先生みたいに人を救えるようになりたいです」

 先生、と呼ばれた男は、学園の教師ではない。ここの卒業生で、今はフリーの撃退士だ。
 ある任務で、彼は中学校を占拠したはぐれディアボロを討伐した。多くの犠牲者が出た中で、奇跡的にアウルに目覚めた少女が生き残った。それが、真夜だ。
 そして、彼、矢松祥司が彼女を学園に連れてきた。その後も、こうやって時折様子を見に来ている。真夜も彼を『先生』と呼んで慕っていた。

「焦っても無駄だな」
 口が悪くて冷たいことしか言わないのは性分だ。だが、真夜は熱心に聴いている。
 しばらく矢松の講義を受けてから、真夜は恐る恐る言った。

「あの、先生。私、そろそろ依頼を受けてみたいと思うんです。学園の先生方も、いっぱい依頼を受けて経験を積むのが一人前になる道だ、っておっしゃいますし」
 ドキドキしながら言う。矢松にはいつも、未熟さと不器用さをこき下ろされてばかりだ。
 だが、早く彼に追いつきたい、という思い。そして、何かと不穏な最近の状況の中で。真夜は未熟なりに少しでもみんなの役に立ちたい、という気持ちを押さえることが出来なかった。

 まだ無理だ、と叱られるかと思ったが。案に相違して、矢松はため息をついただけだった。
「学園の教師がいいと言うものを、私が反対してもどうしようもないだろう。だが、初めてなんだからあまりハードなものを選ぶな。分相応なものにしておきなさい」

 思いがけない言葉に、喜びがこみあげて。
「先生、ありがとうございます!」
 真夜は元気よく、頭を下げた。

●隣のばあちゃん
 恩師のところに顔を出す、と言う矢松と別れた後。真夜は勇んで、手近な斡旋所へ向かった。初めての依頼はドキドキするけれど、今は不安より期待が勝る。
 どんな依頼があるのか、自分にも出来そうなことはあるのか。誰かの力になれるのか。それだけで、頭がいっぱいだ。
 しかし。
「た……たくさんある」
 掲示板に並んだ依頼の数々を見て、真夜は困惑してしまった。

 依頼がたくさんあり過ぎて、どれを選べばいいのか。どれが、矢松の言う「分相応」なのか。さっぱり分からない。
「こういう時は……」
 真夜は迷った末。人差し指をぐいっ、と掲示板に突きつける。
「ど、れ、に、し、よ、う、か、な」
 順番に依頼の紙を指していく。
「と、な、り、の、ば、あ、ちゃ、ん、の、い、う、と、お、り」
 自分で決めるのを放棄して、どこにいるのか分からない『隣のばあちゃん』に決定権を委ねたのであった! 結構おおざっぱな性格である。
「てっぽううって、バン、バン、バン! ……よし、これに決めた!」
 ということで。
 初めての依頼を、よく読みもせず決めてしまった彼女だった。

●その余波
「ダメだ。お前では力不足だ、帰れ」
 真夜のアバウトな選択は。一時間後、思わぬ余波を生み出していた。
「ちょっとちょっと。先輩、何やってるんですか」
 斡旋所の女性職員、越野はあわてて矢松を止めたが。
 時すでに遅く、乱暴な応対をされた生徒はびっくりして斡旋所を後にしてしまっていた。

「困ります。やめてください」
 越野は文句を言ったが。矢松は意に介さない。二人は在学中、同じ部活に所属していたことがあり、旧知の仲である。
「今の生徒ではダメだ。この依頼に入るにはもっと経験豊富で戦闘能力の高い者でないと」
「そんなこと勝手に決めないで下さい! 生徒の自主性が大事なんです!」
「いつからこの学園はそんなに軟弱になったんだ」
「自主性を大事にすることが、アウル能力の向上につながることは証明されているんです! 私たちの時代みたいな、固い教育は逆効果なんですよ」
「それはそれとして」
 都合が悪くなると聞こえないフリをする。あー、この先輩、全然変わってない。とウンザリする越野であった。
「この依頼に入る生徒は私がよく見定める」
「部外者が勝手にそんなことしないで下さい!」

「まったく」
 矢松はため息をついた。
「どうしてあの子は、迷子の仔猫を探すとか、海岸清掃をするとか、そういう依頼を選ばないんだ。よりによって、戦闘依頼、それも近接戦闘系……」
「知りませんよ。それに、どんな依頼を選ぼうと、それは生徒の自由です」
 ため息をつきたいのは自分の方だ、と越野は思う。

「だいたい先輩、あの子に入れこみすぎですよ。学園に預けたんだから、育成は学園に一任してください」
「せっかく苦労して助けたんだ。あっという間に死なれては寝覚めが悪いだろう」
 もっともらしいことを言うが。コイツ実はロリコンなんじゃないだろーか、と疑う越野であった。

「とにかく、依頼を受けるのは私たちの仕事です。先輩は関係ないから、帰って下さい」
「待て。せめてだな、依頼に入る者には、彼女のフォローをしてもらうように」
「そんなこと依頼にありませんよ! それに、依頼を受けるのにベテランも新人も関係ありません。それぞれが、それぞれの出来ることをする。それでいいんです。この依頼は、駅を占拠したディアボロを退治する、それだけでいいんです!」

「分かった。依頼になればいいんだな?」
 矢松は渋い顔をした。
「私が金を出す。この依頼で彼女をフォローしてくれた生徒には、元の依頼主とは別に私が追加料金を支払う。それでいいんだろう?」

 むむ。越野は眉根を寄せる。異例だが、それは一応……アリと言えばアリだ。
「いくらくらい?」
「そうだな。購買で焼きそばパンが買えるくらいでいいだろう?」
「ケチくさ!」
 思わず本音が出てしまった。矢松は不快げな表情をする。
「フリーランスでやっていくのは厳しいんだ。金を出すだけいいと思え」
 なぜか態度は上からである。やっぱりこの人、学生時代と全然変わってない。再びそう思う越野だった。

「分かりました。ただ、先輩の依頼も合わせて受けるかどうか、それは各生徒の判断になりますからね?」
「そこを何とかするのが君の腕だろう。まかせたぞ。よし、私は出発まで坂森君の特訓をする。少しでも使い物になるようにしなくてはな」
「は……? 待ってください。でも彼女は、依頼に参加する他の生徒と相談をした方がいいんじゃあ」
「どうせ彼女は大したことは出来ない、その場で指示してもらえばいい」
「いや、先輩。彼女自身が自分で行動を決めることが大切……」
 反論している間に。矢松はさっさと斡旋所を出て行ってしまった。

 他の生徒と相談して動くのが大事、とか。むしろ、そういうことを教えろよ。
 越野はそう強く思ったが。全ては後の祭り。

 ということで、余計なオマケがついた依頼がひとつ、斡旋所に残された。
 ディアボロ退治のついでに、(気が向いたら)新人指導をしてあげてください。




リプレイ本文

●初依頼へ出発!
「あ、あの。坂森真夜です。よろしくお願いします」
 真夜は緊張しながら自己紹介した。みんなベテランだと聞いているので、余計に委縮する。

(坂森さんは、今回が初依頼か。自分の初依頼のときを思い出すなぁ)
 若杉 英斗(ja4230)は微笑む。一方、鐘田将太郎(ja0114)は、
(戦闘経験ロクにない新人にこの依頼、荷が重すぎね?)
 と危ぶんだ。だが、懸命に抱負を語っている姿を見て、本人がやる気マンマンなようだから手伝ってやるかね、と諦め混じりに思う。

 真夜の言葉を遮って。厳しい声が響いた。
「依頼の内容を確認せず受けたんですか? 何でです?」
 天宮 佳槻(jb1989)が、射抜くように真夜を見る。隣のばあちゃんが、なんて言えない雰囲気だ。

「えーと。今日の依頼は新人指導と、気が向いたらディアボロ退治だっけ?」
 緊張を和らげるように。砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)が言った。
 白衣姿の鴉乃宮 歌音(ja0427)が、肩をすくめて首を横に振る。
「あ、逆なの」
 あっけらかんと笑ってから、ジェンティアンは真夜に顔を寄せた。
「……らしいので宜しくね、坂森ちゃん」
 微笑を浮かべる。緑と青紫のオッドアイが神秘的だ。
「でも僕、頑張らない人だけど」
 笑顔のまま付け加えられて。真夜は咄嗟に返答できない。
 
「忘れ物ない? 武器持った?」
 雪室 チルル(ja0220)がお姉さんらしく世話を焼く。
 真夜ははい、と元気に返事をして、教科書を取り出して見せた。
「お財布持った?」
「はい!」
「外は暑いよ。帽子ある? 水筒は?」
「あります!」
「よし行くよー!」
「はい!」
 何だか、遠足に行く子供のようだな。と、周りの面々は思った。


●戦闘前
 依頼者である鉄道会社が早期解決を望んでいるため、すぐに現場に向かう。
「攻撃は昼間に仕掛ける。夜間だと俺らが不利になっちまうんで」
 将太郎の言葉にうなずいて、ジェンティアンは真夜を見た。
「初任務で夜戦も厳しそうだし」

「す、すみません」
 自分のせいで作戦に影響が? そう思って真夜は恐縮する。
 それだけじゃなくてね、とジェンティアンは説明した。
「夜だと初撃は当て易い。だから、束縛等で動きを止めての攻撃で、被害を減らせる『可能性』もある。……それ以上のメリットは見えないけど。それで、今回は昼を選んだ」
 真夜は一所懸命うなずいた。
「今後は自分で考えなきゃいけないことだよ」
 と言われ、またうなずく。

「坂森さん、訓練通りにやれば大丈夫だから、あまり緊張せずに味方の動きをよくみて行こう」
 英斗が明るく声をかけてくれる。そこへ、
「新人。お前は初めての戦闘なんだから突撃はするな。よほどの経験を積まねえと前衛向きダアトにはなれん」
 将太郎に釘を刺すように言われ、またビクッとする。
「いいか。戦闘は歴戦猛者だろうが新人だろうが変わらねぇんだよ。どれだけ自分の力を出せるか、だ」
 重ねて言われ。とりあえず、「はい」と小さな声で返事をするのが精一杯。

 一方、佳槻は難しい顔をしていた。
「敵を倒しても、鉄道が通らなくなるような状況では早期解決とは言いがたいです。瓦礫などが線路に落ちれば撤去に加えて安全点検などでかなりの時間を食うでしょうし」
「なるべく駅施設に被害を出さないように、立ち回りに気を付けなきゃな」
 英斗がうなずく。
「特に、線路を破壊されないようにしないと」
「斜面に建っているということは、瓦礫で下に被害が出る可能性も有ります。上の集落は元より、県道や国道への被害も避けたいところですね」
 佳槻は付け加えた。
 
 漏れ聞こえる会話に、真夜は驚く。
 ただ天魔に立ち向かい、倒す。彼女のイメージはその程度だった。だが、彼らはその後のことも考えている。
 真夜は恥ずかしくなった。依頼を読みもせず、『どれにしようかな』で決めるなんて、無責任すぎた。

 その隣に、歌音が静かに立つ。
「矢松という人が、なんでもっと簡単な依頼にしないんだー、とかぼやいてたそうだぞ」
 長い髪が揺れる。
「まあ、戦慣れはしないとだから。少し甘過ぎるのかな、とは思うが。気持ちは解る。今回の敵は速度のあるパワータイプ。ダアトの天敵だ」

 そして。
「一重向こうに死があるから覚悟はしてね」
 淡々と言われた言葉に。緊張が走った。


●いよいよ戦闘
「よっし、あたいの愛馬の登場よ! いざ出陣!」
 三角屋根の小さな駅の見える県道に立ち。チルルはスレイプニルを召喚する。馬のような四肢と二枚の翼を持つ生物の美しさに、真夜はただ感嘆する。

 駅の近くに、大きな影がいる。情報通り三体。白い駅舎と、その隣の無人販売所のあちこちに、穴が開いたり破壊されたりしているのが見えた。
 これ以上の被害を防ぐため、敵を広場に誘い出す。囮役はチルルと将太郎。チルルはスレイプニルにクライムし、突っ込んでいく。将太郎が、大鎌を持ってそれに続く。
 残りの者は、物陰にひそんで敵を待った。

 スレイプニルが超音波を発する。ディアボロたちが首をもたげた。注意は引けたようだ。警戒するようにチルルの方をにらんでいる。
「ほらほら、こっちへおいで!」
 スレイプニルを操り、チルルは広場に向かって移動を始めた。つられたようにディアボロたちがその後を追い始める。
 それを背後から、将太郎がフルカスサイスを振り回し、追い立てる。向かってくるものは、掌底で強引に吹き飛ばす。

「あの、手伝わなくていいんでしょうか?」
 真夜はハラハラして、一緒にひそんでいる歌音とジェンティアンにたずねた。
 ジェンティアンは微笑み。
「はい、おいでー」
 寒雷霊符で広場の辺りに攻撃を炸裂させる。鳥たちは怒り、ますます足を速めた。チルルを追い越してしまう個体もいる。
「ヒクイドリなら足が速い近接タイプだね」
 歌音が評した。
「動物型天魔は概ね元の動物の特長を得るから勉強しとくといいよ」

 三羽が広場の真ん中に来たところで、英斗が阻霊苻を発動させる。これで透過も防いだ。
「それじゃあ、フルボッコといくか」
 大鎌を構え。将太郎は唇の端を吊り上げる。チルルも愛用の大剣を構える。他の者も姿を現した。

「私以上に坂森は脆いと思われるから、離れないように。何かあれば庇う」
 歌音が言う。
「でも」
「心配ない。それが仕事だ」
 それ以上、真夜は返せない。

 囲まれたとみて。ディアボロたちは口々に耳障りな叫びを上げ、手近な相手に向かって突っ込んでくる。

 歌音はアサルトライフルを構えた。相手の足回りを狙う。向かってきた敵は、たたらを踏んでそれを避ける。
「足が動かねば死んだも同じ」
 引き金に指をかけ、彼は言う。
「それはこちらも然り。攻撃したら動いて狙いをつけさせないように。遮蔽物を使い時間をかけさせるのも良い。敵の目の前に立たない事。側面へ回れ。軸をずらせ。爆速で接近されて蹴られるぞ」
「はい」
 真夜はうなずく。

「ダアトって、高火力紙防御だけど。坂森ちゃん、火力に自信ある?」
 ジェンティアンがたずねた。今度は答えられない。彼は薄く微笑んだ。
「あるなら撃って。なくても撃って。但し、紙防御自覚した位置で。味方意識して」
 その先は、自分で考えなきゃ意味がない。だから、それ以上は言わない。

 英斗は佳槻と組んで一体に当たっていた。駅施設に被害を出さないよう位置に気を付け、フローティングシールドα1『飛龍』で、あえて近接攻撃を選択。鋭いくちばしの攻撃をかわし、強烈な斬撃を叩きこんでいく。

 チルルの狙いは別の一体だ。
 今回がスレイプニルとの初めての実戦なので、彼女はクライムしたまま戦闘を行うつもりだった。
 真夜に危険が及ばぬよう気を配りながら、愛馬に攻撃を命じる。鋭いひづめが、ディアボロに向け振り上げられる。
 だがそれは空振りに終わった。ディアボロは鉤爪の一撃を召喚獣の脇腹に叩きこもうと、跳んだ。
 しかし、その瞬間をチルルは待っていた。敵が跳躍の頂点に達した時。大剣が閃く!
 スレイプニルに攻撃をさせたのはフェイク。見事な頭脳プレーだった。
「さすがあたい、さいきょーね!」

 その時。真夜が前に出て、ディアボロに狙いを付けた。
「エ、エナジーアロー……」
 体の周りにぼんやりと光が浮かぶ。だが、とても不安定だ。

「おい、新人! 突撃すんなって言っただろ!」
 将太郎が慌てて叫んだ。怪我をされてはたまらない。
 真夜としては、教えられた通り敵の正面は避けたつもりだった。しかし、完全に素人判断。ヒクイドリがひと息で攻撃できる位置に、彼女はいる。

 薄紫の光の矢は、敵からそれて広場の石畳に当たる。狙いが甘すぎた。
 攻撃された鳥の瞳に怒りが浮かぶ。真夜に向け、必殺の鉤爪が繰り出される。
 だが。

 倒れたのは真夜ではなく。間に割って入ったジェンティアンだった。
「砂原さんっ!?」
 真夜は蒼くなって駆け寄った。着地したディアボロに、歌音が銃撃を浴びせる。
「砂原さん! 砂原さん!」
 動かない相手の横で膝をつく。自分のせいだ。自分のせいで、こんな。

「なーんて☆」
 不意に目を開け。彼は悪戯っぽく微笑んだ。攻撃をシールドで受け流していたのだ。
「自分が怪我するより、他人が怪我する方が堪えるから、理解するでしょ」
 身を起こしざま、八卦石縛風を敵に向かって放つ。翼を広げた姿で、ディアボロは石化した。
「実力知るの大事、死ぬから。あと、足りないとこ補う為の味方ね」
 真夜の全身から力が抜ける。

 その様子を見て、将太郎はホッと息をつく。その拍子に、スタンをかけて新人に始末させようと思っていた敵を、さくっと倒してしまった。
 英斗の攻撃に傷付いた残りの一羽は。佳槻に向け突進する。鋭い嘴が腕をかすり、血が流れる。
 気にせず、佳槻は反撃する。アウルで作られた式神が鳥の全身に絡みつき、動きを止める。

「今だ、攻撃しろ。新人!」
 将太郎の指示に。真夜はビクリとした。先程の一幕で、体が震えてしまって。動けない。
「どうした。撃退士だろう」
 その声に、引きずられるようにして。真夜はぎくしゃくと立ち上がる。

 絶望の中で。助けてくれた人がいた。
 自分に同じ力があると知って。その背中に、追いつきたいと思った。
 けれど、それがどんなに遠い道か。今、彼女は思い知らされた。

 それでも。その道を歩きたいから。動かない敵の前に立ち。アウルを高める。
 薄紫の矢は。今度は命中した。

 とどめは、英斗と歌音が。
 それを眺めている真夜に、将太郎が声をかける。
「良くやった、新人。いや、坂森」
 その言葉に、緊張が解けて。真夜は大声を上げて泣き出した。将太郎は面食らう。泣かれてしまうとは。

「坂森さん、お疲れ様。怪我はない?」
 英斗に優しく言われ。更に真夜は泣く。
「な、泣かないで。あのね、天魔と戦う時は味方との連携が肝だから。適材適所、メンバーそれぞれが適性を活かした活躍をすればいいんだよ」
 説明にも。ふぁい、と泣き声で答える。見かねたチルルがハンカチを差し出す。
「あたいも初めての依頼はいきなり戦闘だったのよ。やっつけたんだから、泣かないの」
「ふぁい」
 
 その横で、歌音は傷付いた仲間(皆、かすり傷だったが)の手当てをし。その後は駅などの被害状況を確認し、レポートに纏める。坂森の動きについても併せて報告しよう、と彼は思った。


●闘いの後
「今の戦いはただ力を振り回せばいいだけのものでは無くなっています。正直、今付いているという師匠との関係を考え直した方がいいのではないですか」
 学園への帰路。佳槻は最初と変わらぬ口調で真夜に言った。
「都合の悪い意見を否定し、肝心なところを放り出すのでは怖いからです。一度離れて、いろんな人の話を聞いて、改めて考えればいいです。それが許容できない師匠ならただのわがままな子供と同じでしょう」

 真夜はうなだれる。
 だが、「撃退士として戦闘すること」の厳しさは身に染みた。それは、他人の命を背負うということ。自分の選択に、仲間の命も左右される。
 今日もらった厳しい言葉も、優しい言葉も。その重い責任を背負い続けた人たちが、伝えてくれた貴重なものだ。

「確かに……私、先生に甘え過ぎていたと思います」
 下を向いたまま。小さな声で言う。
 矢松も分を知れと言ってくれていたのに。甘えがあったから、本気で聞いていなかった。
「天宮さんのおっしゃるように、いろいろな方と触れ合って、お話を聞いて、そして自分で、考えて行かなくちゃ……判断できるようにならなくちゃ。私も、そう思います」

 それから。顔を上げ。今まで怖くて見られなかった佳槻の顔を、初めてまっすぐに見た。
「でも、これから先生とどう付き合っていくかは。私が自分で決めます」
 
 佳槻は、その目を黙って見返して。それから言った。
「学ぶ気があるなら、先輩が関わっている新人向け相互扶助の部活を教えましょう」
「ありがとうございます!」
 真夜は、深く頭を下げた。

 
 学園では、矢松がやきもきして待っていた。真夜の顔を見ると、すぐに駆け寄る。
「泣いたのか?」
 顔を見て言う。真夜はあわてて目をこすったが、矢松はもう他の撃退士たちを睨んでいる。

「矢松ってのはお前か」
 将太郎がそれを、じろりと睨み返す。
「もちっと厳しくしろ。そいつ、危なっかしい」
 矢松はムッとした表情になる。
「最近の学生は、口のきき方がなっていないようだな」

 その袖を、真夜が軽く引っ張った。
「あの。皆さんに、とっても良くしていただきました」
 英斗がにやりと笑う。
「まぁ、ディバインナイトの先輩の依頼とあれば、ね」

 矢松はため息をつき、ポケットから財布を取り出して小銭を数えると、五百久遠をひとりひとりに、押し付けるように渡した。


「また、同じ依頼で一緒になれたらいいね。お互い頑張ろう!」
 英斗は明るく手を振って帰って行った。真夜はそれぞれに深く頭を下げて礼を言う。
 チルルには、今度ハンカチを洗って返すと約束した。ちなみに、歌音のことは男言葉で話す少女だと信じたままだった。

 皆を送って、自分たちも帰ろうとした時。ジェンティアンが戻ってきた。
「どうした? 忘れ物か?」
 矢松が不愛想に言う。
「そんなとこ」
 にっこり微笑み。持ってきた焼きそばパンを、ぐいと矢松の手に押しつけた。

「これで、彼女一生護ってなよ」
「な」
 矢松が返答に窮した隙に、ジェンティアンは真夜に軽く手を振り、さっと姿を消した。

「最近の学生は、本当に礼儀がなっていないな!」
 矢松はかんかんに怒り。しばらく不平を言っていたが。後日その話を聞いた越野は、
(あれだけ甘々じゃ、そりゃあ総ツッコミを受けるわ)
 と思ったという。

 真夜は、仲間たちが去った後を、しばらく眺めていた。
 大切なものを抱きしめるように。チルルのハンカチを、そっと胸に当てる。
 追いかけたい背中が増えた。道は険しいけれど、その姿が見えていれば、きっと前に進める。そう思った。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: ついに本気出した・砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)
重体: −
面白かった!:5人

いつか道標に・
鐘田将太郎(ja0114)

大学部6年4組 男 阿修羅
伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
ついに本気出した・
砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)

卒業 男 アストラルヴァンガード