●捜索開始!
「子供達を守るために、保育士さん達がディアボロの注意を引き付けたんだ」
六道 鈴音(
ja4192)は、歪んだ鉄柵を眺め、呟いた。
「なかなかできることじゃないわね。怪我をした保育士さんに応えるためにも、園児達が怪我をする前に、全員保護しないとね!」
「この状況で姿が見えないのは心配だな」
藍那湊(
jc0170)が、うなずく。鈴音も眉を寄せた。
「道路には穴もあいてるし、瓦礫もある。緊急車両だって走っているから危ないわ」
「赤ん坊の足ではそんなに遠くには行けないでしょう」
雫(
ja1894)は首をかしげる。
「迷子になって心細い思いをしているのかも知れません。早く見つけてあげたいですね」
眠(
jc1597)も静かに言った。その横で、
「大きな事故になる前に見つけないと」
と、低い位置から声がした。他の面々の視線が集まる。一人目発見か?!
「あ、あたしは小さいですが、園児ではないですよ?」
深森 木葉(
jb1711)はあわてて否定した。幼いが、彼女は立派な撃退士である。もちろんみんな承知だが、ここはお約束。
「これが園周辺の地図です」
スマホを操作していたレティシア・シャンテヒルト(
jb6767)がにっこりと微笑んで、画面を皆に向けた。
「園内の見取り図も確認しておきましょう」
手際が良い。必要な段取りは考慮済みのようだ。
「私は、まずは保育園から公園に至るルートを探してみますね」
一刻も早くみつけてあげないと。そう思い、鈴音はすぐに園を出た。他の面々は、下駄箱前に向かう。(レティシアは何やら作成中)
「脱いだお靴、きれいに並べられるのって、えらいですね」
並べられた靴を見て木葉が言うが。保育室にいる子供の分まで靴が出されているようだ。
「靴箱に入れて、何足たりないかで外に出た人数を判断できるんじゃないかな」
提案する湊。靴には全部、名前が書いてある。対応する靴箱に入れてみると、ないのは二足分だ。
「上履きで出て行った子がいなければいいけどなぁ」
湊は呟いた。
「ではまいりましょうか」
そう言ってレティシアが掲げたモノを、表情こそ変えなかったが眠はじっと見つめる。それは『お出かけ園児捜索中なう』のプラカード(手作り)。
「周辺で働く方々が新しい目撃情報を仕入れていれば、と」
微笑むレティシア。情報収集は眠も考えていたので、その方針に異存はないのだが。
プラカードと、微笑む彼女を見比べて、眠は思った。読めない人だ、と。
というわけで。病院付近で作業している者で、緊急の作業中でなさそうな相手を狙ってレティシアと眠は聞きこみを開始。
確実な情報は得られなかったが、公園方向に向かった子供を見たような気がする、という話の他に。反対側の路地を歩く子供を見た気がする、と言う者がいた。
公園には、既に鈴音が向かっている。二人は、路地に向かうことにした。
●見つけてからが本番です・1
雫と湊は園庭を捜索する。雫は目線を低くし、大人からは死角になる箇所も丹念に調べるが成果はない。
「少々甘く見ていたかも知れませんね。中々の強敵揃いです」
湊は裏庭に向かった。
「プールに近寄っていたら危ないな。水が無くても落ちたら大変だ」
『生命探知』を発動させる。反応する気配があった。
「れーかちゃん? それとも、そよちゃん?」
六人の名前を次々に呼びかけてみる。茂みが揺れ、女の子が現れた。
「えーと、誰ちゃん?」
「れーかちゃん」
と返答が。一人目発見に湊は安堵した。
「もう大丈夫ですよ。怖い事は終わりましたからね」
合流した雫が、安心させようと微笑む。普段、笑顔を浮かべないので表情筋が攣りそうだ。意識しないと無表情に戻ってしまう。
そんな努力にもかかわらず、れーかちゃんは動かない。それなら、と雫は用意していたチョコマシュマロやホットチョコレートを取り出した。
「美味しい御菓子はどうですか? 一緒に戻ってくれるなら皆には内緒であげますよ」
それを見た途端。れーかちゃんが反応した。予想とは逆の方へ。
「もらっちゃ、メッ、なのよー!」
目じりを吊り上げ。叱りつける口調で雫を指さす。
「メッ、よー! にげるのよ!」
れーかちゃんは叫び。脱兎のごとく逃げ出した!
『知らない人がお菓子をくれると言っても、ついて行っちゃダメよ』
れーかちゃんは。家族からそう厳しく教えられていたのだった。
とはいえ、膝上ほどの背丈しかない二歳児。つかまえるのは簡単……と思いきや、これが意外に速い。短い脚を動かし、大人がスタート体勢に入る前にとっとと駆け去ってしまうのだ。狭い通路も、園庭の大穴の横も最高速度で走り抜ける。あっという間に半開きの門にたどり着いた。撃退士の速度をもってしても、すぐには追いつけない。
「ま、待って」
湊は叫ぶ。敷地の外に出してはならない。
「戻ってお兄さんたちと遊ぼう!」
れーかちゃんの足が、停まった。振り返る。
「ちわうっしょ! おねーさんれしょ!」
「え、いや。お姉さんじゃなくてお兄さんだから」
れーかちゃんは首を横に振る。
「うそはメッ、れしょ! おねーさんれしょ!」
「いや、お兄さんだから。お兄さんだからねー?」
湊の叫びはむなしく。子供は首を横に振り続けるのだった。
「どうですか? もふもふですよ。楽しいですからこっちに来ませんか?」
雫がケセランを招喚し、ようやく確保。知らないケセランについて行ってはいけない、とは言われていなかったことが幸いした。
敷地内での短い追走劇だったが。そのわずかな距離が星より遠い気がした雫と湊だった。
だが。男らしくあろうと心がけている湊の一人称が。いつの間にか『俺』から『僕』に変わっており。
笑顔を浮かべるのに苦労していたはずの雫も、いつか自然に微笑んでいる。
そのことに、二人は気付いていなかった。
●見つけてからが本番です・2
「ぺんぎん組さーん。もうすぐおやつの時間だよー。お部屋にかえるよー」
時折しゃがんで小さいコの目線の高さで辺りを見たり、裏道や茂みの中も見たり。普通なら五分ほどの道を、時間をかけて鈴音は進む。
上下四車線の広い道路を横断し、公園にたどり着く。そこに一人で座っている男児を発見した時には、彼女はホッとした。
「こんにちはぁ。一緒に保育園に帰ろう?」
近付いて名前を聞くと、
「しょうくん」
元気な答えが返ってくる。「しょう」と書かれた白い上履き。湊の懸念通り、靴にはきかえずにお出かけしてしまった園児だ。
園に発見の報告を入れ。連れ帰るため抱き上げようとする、と。彼はいきなり、
「ばしゅ!」
と叫んだ。腕の間から暴れて抜け出し、道路際で再び「ばしゅ!」と言う。理解不能だ。
「ちょっといいかな?」
鈴音は手を伸ばし、素早く子供の額に触れた。『シンパシー』発動。これで、対象の記憶を知ることが出来る。……もしかして、これだろうか。母親を力ずくで引き止め、バスを指さし『ばしゅーっ』と叫ぶ記憶が、彼の中に。
どうやらバス好きなこの子は。見るまで帰らない、そう言っている。そんな気がする。
だが現在、この区画には非常線が張られ、道路は緊急車両以外通行禁止。つまり。
「バス……来ないんだけど」
呟く鈴音としょうくんの間を、夏の暑い風が吹き抜ける。
長期戦になりそうな予感がした。
●保育園のアイドル
一方、木葉は園内の捜索をしていた。まずは保育室の中から調査にかかる。隅に置いてある椅子や机の陰や、トイレも念のために確認。
その彼女の後を、ぺんぎん組の園児たちがついて歩く。彼女は、園児から見ればちょうど「憧れのお姉ちゃん」の年頃。子供は子供が好きなのだ。
大正浪漫な服装も珍しいのか、長い和服の袖や、袴の裾にそっと触れてみる子供もいる。
「押し入れを念入りにチェックです。おもちゃ箱の裏側に隠れてないかな?」
じっとのぞきこむ。動くものは見えないが、彼女の中の何かが、ここを探せと訴えかける!
一つずつ、おもちゃ箱を動かしていく。その奥に。にっぱー、と微笑む女の子発見!
「まりちゃん。どうしてそんなところに?」
呆れる園長。再びにっぱーと微笑むまりちゃん。ただ隠れたかっただけらしい。
そして、まりちゃんも嬉しそうに木葉に寄って行く。大人気だ。
木葉も楽しくなってきた。自分より小さな子供たちに囲まれ、笑顔を向けられると。家族を失って凍えてしまった心が、少しだけ暖まる。そんな気がする。
「何だか、かくれんぼしてるみたいでワクワクです。次は誰ですか〜」
張り切って、園舎の他の部屋の捜索に向かった。
給食室。展示される見本が美味しそう。いやいや、おやつの時間までおなかを空かせて待たなければ。
「絵本コーナーはどうかな。ご本が好きな子なら読んでるかな?」
のぞきこんで見ると……発見! 女の子が絵本をたくさん並べ、真ん中でページをめくっている。
「お気に入りのご本は見つかりました?」
優しく微笑みかけると、女の子は木葉を見つめ、それからうなずいた。
「お部屋で一緒に読みましょうね」
と言うと、本を持って黙ってついてくる。木葉パワー最強だ! 子供を連れ帰る苦労は、彼女には無縁だった。
●がんばれ撃退士たち
「お出かけ幼児捜索なう」のプラカードを掲げたレティシアと眠は。路地の隅にうずくまる男の子を見付けていた。黄色い靴には、「たける」の文字が書いてある。
レティシアはかがみこんで子供と視線を合わせた。それだけで相手は、怯えたように目をそらし、後ずさる。
「こんにちは、たけるくんですよね?」
にっこりと挨拶する。
「私はレティシアと申します。こちらは眠さん」
微笑んでいる彼女をたけるくんはチラリと見て、また目をそらす。これは、時間がかかりそうだな。レティシアはそう思った。
「眠さん。ここは私にまかせていただけますか?」
眠はすぐにうなずいた。まだ、見つかっていない子がいるなら、それを探す方が効率的だろう。
それを見送り。レティシアはまた、たけるくんに向かい合う。こう見えてたいそう年寄りな彼女は、子供に優しい気持ちを持っているのだった。
焦るつもりはなかった。相手が心を開くまで、忍耐強く待つ。彼女には難しいことではなかった。
眠は状況を確認するため、一度ぺんぎん組に戻るつもりだった。だが、園の傍で。ぼんやりたたずむ男の子を発見した。靴にはひろき、と名前が書いてある。行きには出会わなかった。お散歩した後、自分で帰ってきたのかもしれない。
「おやつの時間に遅れちゃいますよ。そろそろ、一緒に帰りませんか」
彼女は、姿勢を低くし、落ち着いた声音で話しかける。
「おやつ」
子供の目が輝いた。
ひろくんは食べ物に弱かった。その言葉だけで、園の門に向けて走り出そうとする。その手を、眠はそっと握った。彼はちょっと彼女を見上げたが。つないだ手をギュッと握り返して、楽しげに保育園の門をくぐった。
この時点で六人全員発見、四人が確保済み。任務達成は目の前であった。
その頃、鈴音は。
「もう、おやつになっちゃうよ」
「ばしゅ」
まだ、戦いを続けていた。
ため息をつく。他の園児の捜索にも行けない状態だ。
それでは、とヒリュウを招喚した。小さな龍が、嬉しげに鈴音にまとわりつく。
「いい? 園児をみつけたら私に知らせるのよ?」
解き放とうとした時。彼女は、隣りにいるしょうくんのキラキラした瞳に気が付いた。
「さわりたい?」
たずねると。しょうくんは、こくりとうなずいた。
●泣く子と古きもの
人見知りが強く、知らない人が話しかけるだけで泣き出す。たけるくんはそんな子だ。だが、そんな彼も。距離を置き、黙ってずっとこちらに微笑みかけているだけのレティシアに、少しずつ興味を持ち出したようだった。
こちらを見る時間が長くなってきた。頃合とみて、レティシアは隠し持っていた玩具を出す。籠絡の一手に、と、園から借り出しておいた子供たちのお気に入り玩具のひとつだ。
「きしゃ」
それを見て、子供は呟いた。
「そうですね。汽車ですね」
レティシアはうなずく。
「いーい?」
少しだけ彼女に近付いて。小さな手が突き出される。持たせてくれ、と言っているのだろう。
「いいですよ。でも、遊ぶのはぺんぎん組に帰ってからにしましょうね?」
汽車を渡すと。たけるくんはそれを、大切そうに触った。
「……おばけ」
ぽつりと、彼の口から言葉が漏れる。
「おばけ、こわーいってエーンしたら。るりせんせー、いっちゃったの」
そう言って。涙をこぼす。
この子は。帰って来ない先生を、探しに来たのか。怯えて泣いた自分を、責めているのか。
怖かったのだろう。淋しかったのだろう。
レティシアは手を伸ばし、彼を抱きしめる。他人に懐かない子は、黙ってそれを受け容れた。
●おやつの時間
午後三時。その少し前に、何とか全ての園児がぺんぎん組にそろった。レティシアとおとなしく手を洗うたけるくんの姿は、園長を驚かせた。
鈴音はヒリュウと共に、しょうくんを連れて無事帰還。長い戦いだった。
そして、ボロボロになっているのは子供たちの遊び相手を務めた湊。
どうしても「おねーさん」と呼ばれてしまう彼は、子供たちを肩車したり馬になってやったりして、お兄さんらしさをアピールした。結果、体力を絞り尽くされたが、それでも呼称は「おねーさん」のままだった。残念。
木葉も、絵本を読んであげたりかくれんぼの相手をしたり大活躍だ。
園児たちと共においしいおやつをいただく。食べ終わると、子供たちは一人、また一人と眠そうに目をこすり始めた。襲撃でお昼寝が中断され、眠りが足りていないのだろう。
しょうくんを、鈴音は抱き上げる。寝顔はとても可愛い。眠も、ひろくんを抱き上げてお昼寝布団に運んだ。
「まったく。散々、迷惑を掛けておきながら幸せそうに眠って」
れーかちゃんの髪をなでながら、雫が優しく言った。
その脳裏に。不意にある光景が閃く。
「昔……、今回の様に誰かの面倒を見ていた様な……」
同年代の誰かの面倒を、溜息を付きながら看ている自身の姿。記憶の中の相手の顔は、霞がかかったようにはっきりしない。
「ん? なぜ、同年代の面倒を私が看ているのでしょう?」
首をかしげる。けれど、それに答えはなかった。
(疲れたけれど、小さい子と触れ合うのって楽しい。将来は、保父さんなんて良いかもしれないなあ)
と湊は思った。面倒見の良さは、祖父譲り……なのかもしれない。
レティシアは帰りに病院に寄って重傷を負った保育士達を癒していこう、と思っていた。彼らにも一日も早く戦線に復帰し、いつも通りの日常に戻ってもらわねばならないのだから。
非常線が解かれる、と病院の方から声がする。
我が子の無事な姿が見たくて。やきもきしていた親たちが、もうすぐ駆け込んでくるだろう。
こうして最強の敵との戦いは無事、終わったのだった。